ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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お注射の時間です。


アリストテレスの“お注射”!

 

 

 

“竜”という物は人では決して及び得ない超越種である。

ただでさえ強大な恐竜種がマナによって変異した結果、人外だらけの化け物の坩堝といってもよいミズガルズにおいてさえ手の付けられない怪物となった存在である。

ただの恐竜であるディノレックスでさえ街一つ平らげてしまうことを考えるに、更に飛行能力に高い知性、果てはブレスという必殺技さえ手に入れた彼らがいかに次元違いの怪物なのか判るモノだろう。

 

 

 

一国の軍隊があらゆる準備を整え、策を練り、後は女神に祈りを捧げて天命を乞うてから出陣するほどの存在……それが竜である。

そんな存在を前にアリストテレスは悠々と闊歩して近づいていった。

当然、ノーガードの取り巻き達が反応し甲高い鳴き声を上げながら襲い掛かる。

 

 

が、アリストテレスを襲おうとした偽竜ワイバーン3匹が、ユーダリルより超音速で飛来した矢によって撃ち抜かれて爆散する。

ユーダリルの城壁の上には弓兵の部隊が既に配備されており、高い士気をもって魔物の軍団に鋭い視線を向けていた。

 

彼らの何名かが腕を高く上げてアリストテレスに何かを伝えた。

【一致団結】によって繋がっている彼は、兵士たちが何を伝えようとしていたか理解できる。

 

 

 

──竜退治を見せて下さい。

 

 

──奴の取り巻きはお任せを。

 

 

 

兜の下にあったのは激戦を前にしているとは思えない程に無邪気な笑顔であった。

議場でドワーフが見せていたソレに近しいもの……英雄に憧れる男の顔だ。

 

 

アリストテレスがプルートで何をしたかについての噂は広がり始めており、彼ならばもしかして竜を倒せるのでは? と多くの者たちが期待を抱いていた。

更には今じぶんたちの中に漲る力もアリストテレスが何かをしているのだと朧に理解している兵士たちのプランへの信頼は強かった。

 

 

彼らはアリストテレス卿は違うと既に判っていた。

普通の貴族ならばこういう時真っ先に逃げてしまうのに対して、彼は率先して前線に赴き、自分たちの為に戦ってくれるのだから。

 

 

兵士ならば誰もが思う事である。

ただ逃げ隠れしているだけの者よりも、誰よりも最前線を征き続ける者の為に戦いたいと思うのは当然だ。

竜に恐れを見せず堂々と突き進む姿を誰もが憧憬と共に見つめている。

 

 

 

うむ、我ながらいい構図だとアリストテレスは内心で頷いた。

定期的にこういうことをやっておかないと舐められてしまうのが貴族社会の辛い所なのである。

 

 

 

アリストテレス卿を援護せよ、と大声が響いた。

 

 

偽竜が飛び交う中、強化に強化を重ねられたユーダリル防衛軍の射手が矢を連続で番えて弦が引きちぎれる勢いで矢を放つ。

【パワー・アロー】というアーチャーのクラスがもつ典型的な一撃は、本来ならば弾かれる偽竜の鱗を軽々と撃ち抜き、胴体に大穴を開けて叩き落した。

まずは一頭。先の3頭と併せて残りはだいたい96匹くらいか。

 

 

ノーガードがアリストテレスを見た。

濁った金色の瞳がちっぽけな人間を見据え、この個体が他の個体と比べて多少は濃いマナを保有していることを認識した。

竜は人の個体区別などつけられないが、それでも保持するマナの濃度によってある程度の強弱は判別することができる。

 

 

 

この個体と城壁の上にいる細長い個体は他に比べてかなり強いことを認識。

まずはそちらから排除すべきだろうと考え、後ろ足二本で立ち上がり翼を大きく広げた形態……戦闘形態へと移行した。

 

 

 

 

 

偽竜たちが恐ろしい勢いでユーダリルに殺到する。

彼らはアリストテレスを素通りした。

ノーガードが戦闘に移行したことを悟った彼らは竜の攻撃に巻き込まれることを恐れたのだ。

 

 

 

更に言うならばアリストテレスが他の餌に比べて手ごわいことを悟った偽竜たちは、他の容易く食べれそうな餌に向かう事にしたのである。

防衛軍たちが鬨の声を上げて剣を抜く。槍を構え、矢を番えた。

 

 

 

「第一波、来るぞ!! 構え!!!」

 

 

逃げる者は誰もいなかった。

急ごしらえの数合わせとして雇われた冒険者たちでさえ逃げなかった。

誰もがここから逃げたら自分の未来はないと悟っている。

 

空を覆う魔物の群れの下を一人で走り回った所で、体のいいおやつ扱いされる事など誰もが知っていた。

 

 

そしてユーダリル治安維持部隊の者たちの士気は更に高かった。

 

彼らの家族はユーダリルに住んでいる。

自分たちがここで倒れたら、このおぞましい化け物たちが愛する者たちの所へと向かってしまうことを何としても阻止しようと奮起していた。

多くの者が同じことを考え、同じ方向性を得ることにより【一致団結】は更にその効力を増していく。

 

 

 

地を這う魔物の群れたちは魔竜と人間を避けてユーダリルに押し寄せていく。

アリストテレスのレベルが自分たちに比べて高いというのもあったが、もっと本能的な部分で魔物たちはアリストテレスに関わりたくないと思ったのだ。

 

 

 

激しい戦闘の音を背後に魔竜と人間は荒野で向かい合っていた。

方や全長40メートルを超える巨大な竜。

方や不気味なマスクと不可思議な鎧をまとった人間。

 

 

 

サイズ差で言えば数十倍もあり、レベルもまた大きな開きがある。

普通に考えれば人間に勝ち目はない。

それは竜も同じことを考えていた。

こいつはどうして自分の前に立っているんだとさえ思った。

 

 

 

 

竜が大きく右腕を掲げ、勢いをつけて振り下ろす。

スキルでもなんでもないただ身体を動かすだけ。

人で言う所の軽く叩く程度の動きだが、常識はずれの竜がそれをやるだけで大地は隆起し、地面には巨大なクレーターが刻まれた。

 

 

大量の土砂が巻き上がり、数トンもある岩などが空高く跳ね上がった。

魔竜は顔を傾げた。どうにも手ごたえがない、と。

竜が視線を向けるとアリストテレスの姿はそこにはない。

 

 

 

直撃して肉片も残さず消し飛んだというわけではない。

竜が顔を傾げ……カツカツというブーツが硬いモノを叩く音を捉えた。

 

 

アリストテレスはノーガードの右腕の上を歩いていた。

時折軽く爪先でトントンと何かを確認する様に鱗を突きながら。

竜の瞳に怒りが浮かぶ。この小さな生き物はどうやら身の程を弁えていないようだと。

 

 

 

左腕で右腕を叩く。

人が皮膚の上を這う蚊を潰すときの様に。

が、やはり手ごたえはない。

 

 

アリストテレスは直立した姿勢のまま空へと飛びあがっていた。

竜と同じ目線にまで彼は上り詰めている。

ドヒャァァという奇妙なマナ放出音と共に腰から圧縮されたマナが噴射され、推進力を彼に与えていた。

 

 

竜が瞬時に反応し口を開く。

人の分際で超越種たる自分と対等だと勘違いしている愚者に裁きを与えんとする。

大きく開いた喉の奥にはとてつもない温度の炎が見えた。

 

 

 

チチチチと空気中の埃が着火し、火花が周囲に舞った。

 

 

背後に瞬時に展開した【サイコスルー】の念壁に微かに身をめり込ませ、指先でカンと突くと彼の身体は弾かれたように吹っ飛ぶ。

竜の目からは一瞬で人間の姿が消え去ったように見えたことだろう。

徐々に加速するのではなく、一瞬にして超速度に達し空中を切り裂くように吹っ飛んだアリストテレスに思わず竜は目を見開いた。

 

 

訳のわからないモノを見てしまった竜は取り乱す様に人間を探した。

あの気持ち悪いモノ、何処に行きやがったと苛立ちながら。

 

 

 

───オ゛オオ゛オオォ゛ォォオオゴ゛オォオォォオ゛!!

 

 

喉の奥からこみあげてくるブレスをいまさら止める事は出来ず、竜はいなくなった人間を探す様に火炎を吐き散らしながら首を振り回す。

莫大な量の火炎が20秒間ほど周囲に撒き散らされ、哀れにも幾つかの魔物を飲み込んで炭へと変えてしまった。

 

 

コツ、コツと竜は己の首筋から足音を聞いた。

目線だけを向けるとそこにはアリストテレスがいた。

竜は怒りに満ちた形相で思い切り右腕を叩きつけ……受け止められた。

 

 

 

 

竜の攻撃を、ただの人間が。それも片腕で。

遠目から自分たちの戦いの合間にプランを見ていた兵士たちでさえ唖然としていた。

 

 

バカな、と内心疑問で埋め尽くされた魔竜であったがすぐに異変に気が付く。

力が全然入らない。どれだけ力を込めようと、普段の自分の一割程度しか出せない。

今の魔竜はそこらへんの魔物にさえ劣るほどの力しかもたない、ひ弱な存在へと貶められていた。

 

 

 

竜は無我夢中で己のステータスを開き、意味不明なモノを見た。

己の全ステータスがやはりというべきか、平時の1割にまで落とされている。

どれほどの毒やデバフを掛ける魔法を使おうと、こうはならないだろうという程に魔竜は弱体化していた。

 

 

装備 『インフィニティ』

 

 

そして一つ、全く身に覚えのないモノを竜は装備させられていた。

それは女神の悪ふざけとしか思えないアイテム。

装着者の全ステータスを9割カットする代わりに全てのスキルのSP消費量を1にするという尖りに尖った装備だ。

 

 

本来ならば使い道などないデバフアイテムであるが、それは自分で使った場合である。

相手に装備させればこれは素晴らしい神アイテムへと早変わりだ。

理屈の上では十倍強い相手でも倒せるようになる、最高の初心者救済措置と言えよう。

 

 

 

アリストテレスのやったことは簡単である。

彼は以前、オークをすり抜ける際に心臓だけを選んで抜き取った事がある。

今回のコレはあれの応用だ。逆をやったに過ぎない。

 

 

 

魔竜の身体をすり抜ける際、彼は『インフィニティ』という腕輪を竜の体内に置いてきたのだ。

良い感じに血管に引っ掛ける様に置いてきた結果、世界は竜がこの腕輪を装備したと認識し、デメリット効果を与えたに過ぎない。

外すのはとても簡単だ。心臓の動脈に置いてあるソレを取るために胸を切開して、脈を切断して外せばいい。

 

 

 

 

※ さて

 

 

 

魔竜はアリストテレスの微かな呟きを聞いた。

初めてノーガードはこの人間と言う個体を認識した。

真っ青な、寒々とした瞳が竜を見ていた。

まるで檻に閉じ込められた実験動物を見る様に。

 

 

カチン、カチンと彼の尻尾の先端が開閉し、中央部分に存在する巨大な針を見せつけた。

蒼く発光する液体が中には充填されており、それの切っ先は真っすぐにノーガードに向けられていた。

 

 

背筋が寒い。身体が震える。視線が定まらない。

気づけば牙がカチカチと鳴り、息が荒くなっていた。

今まで自分を見ていた者たちと彼は同じ症状に陥っていた。

 

 

食われる前、潰される前、飲み込まれる前にこんな風になっていた。

 

 

人はこの感情を“恐怖”と名付けている。

 

 

 

 

「■■■■■■───!!」

 

 

 

 

竜はわき目もふらずに暴れ出す。

がむしゃらに腕や尻尾を振り回し、この恐ろしい小さな人の様な何かを押しつぶそうと足掻いた。

ステータスこそ1割にまで落とされたが魔竜の圧倒的な質量は健在である。

 

 

 

幾らアリストテレスことプランのレベルが221という超人の域にあろうと、さすがに万を超えるトンで伸し掛かられてしまったらぺっしゃんこになるだろう。

が、この小さくて恐ろしい生物はノーガードの動きを右に左にとスライド移動をして全て避けてしまう。

彼の目は不可視ではあるが、確かに存在する“軸”を認識し、ちょっとしたテクニックによって別次元の()()に潜る事ができた。

 

 

 

足も何も動かしていないというのに、それどころか重心の移動さえない筈なのに、彼の身体はススススゥウとまるで摩擦を失ったかの様に地面の上を滑っていた。

ここではない何処か別の軸にいる間、通常の攻撃は彼に意味をなさない。

中には確実に当たっているのに、何故か当たっていないという事さえあった。

 

 

ジジジとノイズを纏い始めたのを感知してアリストテレスはうっかりしていたと言わんばかりに声を漏らした。

 

 

※ おっと。

 

 

いけない。余りこういう動きは人前では見せては行けなかったと彼は思い出す。

最近ヘルヘイムの件と言い、ディノレックスの件と言い、余り気にせず力を使っていたから、つい、と彼は反省した。

もっとこう、激戦の果てに竜を倒す、という絵面を誰もが求めていると彼は気を取り直した。

 

 

 

カチンと音を立てて右腕に仕込んでいた装置の安全装置が解除。

中に仕込んでいたのは小さな針である。

ミスリル製のそこそこ高価な針は長さが3センチあり、太さは0.5ミリ程度だった。

 

 

 

“待ち針”といえば想像しやすいソレを20本ほど彼は右腕に仕込んでいた。

スコーピオン種の持つ麻痺針を加工して使いやすくされたソレは本来ならば下級の魔物程度にしか効果を発揮しない麻痺毒を宿していた。

本来ならば、だ。

 

 

 

 

アリストテレスの【観察眼】が効果を発揮する。

ユーダリルにて“糸”を握っている1000人以上の人の瞳が重なり合い、精度が跳ね上がったソレで人間は竜を診た。

結果、彼には竜の身体が透き通って見えた。

 

 

血管の配置。

神経の形。

細胞一つ一つの状態。

心臓の鼓動に、脳の中でどのような物質が分泌されているかまで。

 

 

 

あぁ、こいつは怯えてるなとアリストテレス達が分析し雑談した。

 

 

もちろん、身体の各所に存在する“急所”もはっきりと見えた。

神経の収束地点と言うべき場所か、生物であるならば誰でも持っている構造上の弱点だ。

如何に竜と言えど、そこに直接麻痺針を叩き込まれれば効果を発揮するであろう個所をアリストテレスは見透かした。

 

 

 

 

───ゴオ゛ァァ゛ァァァ゛!!

 

 

 

 

竜は怒り狂った悲鳴を上げて人間に手を伸ばす。

何としてもこの化け物を殺さなくてはという使命感さえ帯びながら。

 

 

 

まずは右腕。

中指の付け根に一本。

二の腕の真ん中に一本。

肩の肩甲骨と筋肉の狭間に一本。

 

 

竜の右腕が脱力して垂れ下がった。

目を血走らせた竜がどれだけ力を込めようと、うんともすんとも言わない。

 

 

 

──アッ、ァァァア……!

 

 

指先まで全く動かない現実を前に、ノーガードは引きつった声を上げた。

彼の目の前にはアリストテレスがいた。

どうやっても潰せない、人の姿をした断じて人とは言えないナニカは鳥の骸顔の奥から青光りを以て竜を見ていた。

 

 

 

その後、適度に竜に暴れさせながらアリストテレスはノーガードを全身麻痺へと追い込んだ。

余りに圧倒しすぎるとユーダリルの兵士たちに恐怖を与えてしまうということも考慮し、そこそこの激戦を演出しながら彼は魔竜を完全に無力化していく。

 

 

左腕。三本。

右足。四本。

左足。三本。

 

 

竜一匹を合計十三本の針で彼はただの木偶へと貶めてしまった。

地にひれ伏し、痙攣するだけとなった竜の背を彼は散歩する様に歩きまわり……丁度いい個所を見つける。

心臓のちょうど裏側、血管の配置的にもここならいい感じに全身にいきわたるだろう。

 

 

 

カチ、カチと音を立てて尻尾が存在を主張する。

図太い針が先端から液体を零しながら微かに震えていた。

竜は全身を小刻みに揺らす。

それで逃れられないこの先に訪れるナニカに必死に抵抗しているつもりなのだ。

 

 

 

鱗の隙間に針が斜めに差し込まれ、液体が流し込まれる。

コップ一杯分程度の量の新型の薬剤……ネクタールとエンペラースコーピオンの毒のブレンド液が音もなく竜に注入された。

 

 

 

ネクタールとは言ってしまえばステータス増強剤の原液である。

これを多くの薬剤や希少なアイテムと合成することによってステータスをドーピングする一種のポーションを作成可能とするのだ。

 

 

これの効果は凄まじく、どれだけひ弱な存在……。

例えば飲用者がアリエスなどであってもあっという間にレベルを数十一気に上げるような能力の増強を可能とするのだが、当然の話としてデメリットも存在する。

単純に能力の伸び率が一度飲むたびに下がっていくのだ。

 

 

 

反比例する様に必要とされる量も増していき

最初はコップ一杯で十分だったのがジョッキになり、樽に変わり、最終的には湖いっぱいのネクタールを飲もうとステータスは上がらなくなってしまう。

簡単に言うとこれの原理としてはネクタールに対して一種の抗体を身体がもってしまい、慣れてしまうからである。

 

 

 

 

そこでバーサークエンペラースコーピオンの毒の出番である。

これの恐ろしい所はほぼ対象の抗体を無視するということだ。

それこそ完全にこの毒を解明し、一から作り出された特効薬でもなければ解毒は不可能だろう。

 

 

 

さて、後は簡単な話だ。

あらゆる抗体を無効化し掻い潜る毒と、抗体さえなければ理論上では無限にステータスを上げるドーピング材。

この二つを配合して作り出した新種のネクタール、名を【アンタレス】と名付けた薬品をアリストテレスは竜へと注射したのである。

 

 

 

一応安全のため、解毒剤や『インフィニティ』を複数用意しての行動であったが、今までミズガルズに存在しなかった新種の薬品をよりにもよって竜に打ち込むというのはリスキーな行為であると彼は自覚していた。

自覚していてなお、素体としては申し分ないほどの頑丈さを秘めている竜を実験体にするという行為を行ったのである。

プランもまたアリストテレス家の一員である故に、こういう面があるのだ。

 

 

本来ならばノーガードの居城に出向いてやるつもりだったが、こうやって向こうから来たのだからまたとない機会でもあった。

 

 

 

 

 

 

ぎ、がぁぁぁぁAAAAAAAA!!!

 

 

 

 

竜が堪らず絶叫する。

成長痛を何千倍にもしたような痛みが彼を蝕んでいる。

ぼこ、ぼこと音を立てて筋肉が隆起し、沸騰した。

 

 

レベルはそのままに、ステータスだけが無尽蔵に跳ね上がっていく。

『インフィニティ』を装備していてなお、元のステータスと同等以上に能力は上がり、上がり続ける。

 

 

ナニカが軋む音がした。

それはレベルという肉体の器の許容量に対して、内包されるステータスという中身が釣り合わない結果、世界が奇妙な処理を走らせる音であった。

ビシ、ビシという音と共に魔竜の身体に断裂が入り始める。

 

 

手足が痙攣する。何度も何度も胴体が跳ねた。

翼が限界まで広がり、関節が逆向きに曲がった。

 

 

目は白目を剥き、ぐるぐると何度も回る。

舌が垂れ下がり、涎がぼたぼた零れた。

吐しゃ物を撒き散らし、最後は溶けた内蔵が口から逆流した。

 

 

ゲボ、ゴボォ……ぐしゃぁぁぁぁ……。

 

 

 

蒸気を上げるピンク色のスライムの様なナニカを竜は吐き出す。

これがかつて竜の腎臓、胃、肺、大腸、小腸であったなど誰が思うだろうか。

 

 

 

心臓の鼓動は限界知らずに跳ね上がり、血圧は800を超えた。

竜の内部で幾つもの血管が吹き飛び、内出血が発生した。

それどころか脳の血管さえも吹き飛び、竜は人間で言う脳出血/くも膜下出血を連続して発症した。

 

 

 

目玉が飛び出て竜の脳は活動を停止する。

それでも心臓だけは何度も停止と再起動を繰り返し続け、最後は破裂する。

 

 

44倍。

魔竜ノーガードは最終的に元のステータスの44倍まで能力を向上させたが、肉体が耐え切れずに自壊したのである。

竜と言う頑強な素体のおかげもあるが、それでもレベルだけはそのままにステータスだけを上げ続けるとこうなるという実験結果を彼は齎し、死んだ。

 

 

 

 

※ 改良の余地は大いにあるな。協力ありがとう、ノーガード。

 

 

アリストテレスは動かなくなった竜に一礼した。

手を翳し、念を送る事で彼の体内から『インフィニティ』を【サイコスルー】を用いて回収する。

血肉に塗れた腕輪を取り出したハンカチで丁寧に拭いてやってから彼は役目を終えたアイテムを懐にしまった。

 

 

 

もう動かなくなったノーガードにアリストテレスは歩み寄る。

竜は飛び出た目玉で虚空を見つめ、何が起こったのか判らないと言った様相で息絶えている。

瞳の中にはぬぐいきれない恐怖が刻まれており、誰もこの無惨な残骸がかつてはユーダリルを恐怖に陥れた魔竜とは思わないだろう。

 

 

 

 

ちゃんと計算通り、原液を1600倍に希釈しての使用であったが、効果は予想以上であった。

さすが文明を滅ぼす蠍の毒と言うべきか、ネクタールの能力上昇効果がむしろ対象へのオーバーフロー攻撃に転じさせてしまっている。

まだまだ希釈するか、はたまた試行錯誤による弱毒化が必要だとアリストテレスは判断した。

 

 

 

竜でコレなのだ、間違って人間に使用などしたら……まぁ、誰もが目を逸らす光景が出来上がるだろう。

 

 

 

魔物は誰もがアリストテレスから距離を取った。

結果、ユーダリル防衛軍と魔物たちの戦闘音が嘘に思える程に彼の周囲は無人であった。

彼らには碌な知性はないが、それでも恐ろしいモノから距離を取る本能はある。

 

 

彼はユーダリルを見た。

【一致団結】は問題なく発動され続けており兵士たちの戦闘能力も安定した数値を維持し続けている。

間違ってもノーガードの様に能力を上げすぎた結果、全身が溶け堕ちるなどということはない。

 

 

ノーガードが死んだ結果、自分たちの主を失った偽竜たちの動きは遠目で見て判るほどに精彩をかいていた。

群れという強みを用いず、各々が勝手に動き回って人間を襲った結果、次々と矢で撃墜されている。

破れかぶれで人に襲い掛かった者たちもまたレベル200相当にまで強化された者たちの剣で両断され、槍で貫かれ、ハンマーで叩き潰されている。

 

 

次々と偽竜が死に、マナが空間に充満していくのを男は見て取った。

 

 

アリストテレスは【瞬歩】を用いてユーダリルの城壁の上に移動する。

瞬間的に隣に現れたというのにアラニアは全く驚いた様子を見せない。

彼は片手で次々と魔法を行使していた。

 

 

 

20の魔法、火属性の【ファイアー・ボム】という中位の爆炎魔法が押し寄せる魔物の群れの先頭に次々と着弾し、轟音が響く。

本来は4秒のクールタイムが発生するが、それらは【一致団結】による繋がりを通して、他の誰かに押し付けられる。

よって彼はデメリット無しで魔法を乱射できた。

 

 

 

空中には五芒星が幾つも幾つも展開され、その五芒星の外に「月」を象徴する陣が展開。

更にその月の上にもう一つ「日」を意味する円陣が描かれる。

これで魔方陣は完成である。

 

 

 

都合30の魔法の為の陣をアラニアは秒にも満たない時間で作り上げていた。

普通のエルフ……例えば今のメグレズならば一つの陣を作るのに3秒はかかるものを彼は1秒未満で30個である。

 

 

第一工程、魔方陣の展開、完成。

次に第二工程、マナの充填/固定を開始。

これも彼は1秒もたたずに片づけた。

 

 

 

「そちらは片付いた様だな」

 

 

 

戦闘の最中とは思えない涼しい顔と声で彼はアリストテレスに話しかけた。

【バルドル】の恐ろしい骸顔の男は彼に手を上げて答える。

 

 

 

 

【一致団結】の結果、言葉にせずとも彼らは意思疎通をし、双方のやりたい事は合致した。

目線を向けると新たな魔物の群れ……数はだいたい500匹ほどのソレが新たにユーダリルに押し寄せてこようとしているのが見て取れた。

更には空中には新しい偽竜たちが現れ、ユーダリルに向かってきていた。

 

 

 

恐らく彼らの目的は死したノーガードの亡骸だろう。

新鮮な竜の肉など、これから大遠征をおこなう魔物たちにとっては極上の糧となるのだから。

しかしアレをアリストテレスは魔物に渡す気はなかった。ノーガードの血はこれから必要になるのだから、とられるわけにはいかない。

 

 

 

「合わせ技と行きましょうか」

 

 

 

「承った」

 

 

 

プランの穏やかな口調で話せば、アラニアは変わらず淡々と返す。

プランは【観察眼】を維持したまま、ぐるんとユーダリルを物理的/概念的に見渡す。

ユーダリル防衛軍の中より【エスパー】のスキルを持つ者を検索。

 

 

36人ほど発見。

【一致団結】によるラインを用いて、全員のスキルを同時に発動し、重ね合わせる。

 

 

 

プランの眼前、30の魔方陣の前に【サイコスルー】を36回同時に使用した方向性のある力場を生成。

20の力場は細い孔の様に、中心部に向けて押しつぶす様な圧力を加えるために。

16の力場は魔物の群れに対しての方向性を持たせるために。

 

 

更にそこにプランの【サイコ・コンプレッション】を用いて更に圧縮力場を強化。

結果完成したのは、物体をとてつもなく圧縮して勢いよく発射するカタパルトであった。

大砲の“筒”といってもよい。

 

 

 

つまり後は“弾”を装填するだけだ。

どれだけ圧縮しても壊れず、むしろ威力を上昇させる弾を。

 

 

 

 

30の魔方陣が重なりあう。

中位の魔法を重ね合わされ、上位の魔法3つが同時に発動する。

かき集められたマナが変換開始。

 

 

何もない個所からマナを媒介に水が生み出される。

 

 

【ダイダルウェイブ】

 

 

【ダイダルウェイブ】

 

 

【ダイダルウェイブ】

 

 

 

膨大な、とてつもなく膨大な水が生成される。

小さな湖程度ならば生成可能な量の水であった。

 

 

本来ならば一挙に相手に押し寄せる大津波が一滴も零すことなくプランの用意した圧縮/発射力場に注ぎ込まれる。

超高圧をかけられた水は流動性のある、この世の何よりも強固極まりない“弾”となった。

 

 

 

 

ダイダルキャノン(海大砲)

 

 

 

その水量、約800万㎥にも及ぶ。

それら全てが【サイコスルー】の16連鎖によって発生する速度……秒速200キロの速度で射出された。

もちろん超高密度に圧縮された上でだ。

 

 

プランは力場を器用に動かす。

右から左に、大きく地平を薙ぐように。

当然【ダイダルキャノン(海大砲)】もそれに合わせて動いた。

 

 

 

結果、どうなったか。

たかが水が押し寄せてきただけだろ? と何も知らない者は言うかもしれない。

確かに強そうではあるが、それでも魔物の群れを相手取るのに水程度で何が出来るんだと。

 

 

 

───この光景を見た誰もが自分の考えは間違っていたと認めるしかないだろう。

 

 

 

綺麗に大地が地平線の果てまで削り取られていた。

魔法の射線軸にいた魔物の群れは()()しており、肉体からはじき出されたマナだけが周囲を漂っていた。

どう低く見繕っても万単位の魔物が消し飛んでいるのが見て取れた。

 

 

彼らは文字通り水に流されたのだ。

 

 

数十キロ先にあった筈の山の幾つかは形を変えていた。

超速の砲水攻撃は星の重力を振り切り、彼方の雲を消し飛ばして宇宙空間に消え去ってしまっていた。

一瞬の静寂の後、偽竜の一匹がユーダリルから飛び出した。

 

 

 

人と戦っていた筈のその個体はわき目もふらずに全力で都市から離れていく。

偽とはいえ、竜の名を冠する存在が、レベル70のただの人間では勝てない存在が一目散に逃げていた。

 

 

 

後は止まらない。次々と竜たちが飛び去って行く。

そればかりか上空を覆い尽くしていた筈の魔物の群れさえも軌道を大きく変えてユーダリルを避ける様に向きを変えた。

 

 

 

「勝った……?」

 

 

 

誰かがぽつりと呟いた。

疑問の様であったのは実感がないからだろう。

人が魔物から逃げる事は当たり前の様にあれど、魔物が人から逃げるなどまず見られないからだ。

 

 

 

1秒。2秒。3秒。

魔物たちが完全に向かってこないことを実感し始め、人々は喝采を上げた。

生き残った喜びと、勝利の美酒を誰もが味わっている。

 

 

 

そんな歓喜の中、アリストテレスは戦場に手を翳し【バルドル】を起動させる。

全身に不可思議な文様を浮かべたソレは以前とはけた違いの規模と精度で戦場に霧散していたマナを蒐集していく。

アリエスの羊毛とオリハルコンという最高の素材を組み込まれたソレは神話の御業を完璧に再現可能であった。

 

 

 

魔物1万4555体と魔竜ノーガードの宿していたマナがかき集められ、その手には黄金色に輝く果実が生み出される。

もはや値段さえつけられない程に価値あるソレをプランは暫し見つめた後、懐にしまった。

 

 

 

彼の戦場はここからが本番なのである。

戦争とは後始末まで含めて戦争であることを彼はよく知っていた。

 

 

最後にアリストテレスは戦場の痕を蒼い瞳で観た。

ほんの数人であるが命を落としてしまった者たちの亡骸を彼は見た。

 

 

 

彼らの肉体から一つの光が零れ落ちると、空中で二つに分かれ一つは天に。

もう一つは虚空にしみ込む様に消え去っていった。

 

 

 

そんな光景を黙って彼らは見つめていた。

 

 

 

 






ノーガード


前任者は消費されました。
次のノーガードが古城に訪れるまでお待ちください。

4代目がとある冒険者たちに打ち倒されることにより、魔竜の歴史は終わりとなるがそれはまだまだ先の話である。




尻尾


バルドルの尻尾である。
今まであまり活躍していなかったが、普段はこういう風に使われている。



アンタレス


実質∞ドーピング。
効能は理屈上ではレベル1でもレベル1000を超えるステータスを手に入れられる。
ただし副作用は考えないモノとする。


インフィニティ


原作においてルファスとベネトナシュが地球に来訪する際に用いていたアイテム。
全盛期を取り戻したルファスが使った時は壊れたが、逆を言えば僅かな時間であってもフルパワーの彼女を抑え込むことも可能である。
比較的安価な素材から量産可能な腕輪である。


主に魅力的な魔物の捕獲の為に使われる。
もしくは仮に獅子王とやり合うことになった場合に備えてアリストテレスはこれを複数所持している。


余談であるが昔のアリストテレス卿は光の妖精姫ポルクスを捕獲するために
彼女の強力なスキルを封殺するためのスキル封じのアイテムを用意したことがあるという。
それと併用すれば相手を何も出来ない木偶に変えることが出来るだろう。
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