ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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やっと彼女にドレスを着せてやれました。


ルファス 装備 “おしゃれなドレス”

ルファス・マファールは眼前に広がる戦場痕を見て絶句していた。

ユーダリルを襲った魔物騒動が解決してから半日。

避難施設から解放された彼女は用意された特別な部屋で暫く時間を潰していたのだが、生憎ルファスは部屋でずっと待っている様な気質ではない。

 

 

ただでさえ空が見えない閉鎖空間でピリピリした人間たちの相手をしていた彼女がストレスをためていたというのも理由の一つである。

 

 

窓から少しだけ空に飛び立った彼女は、月明りに照らし出されたユーダリル近郊を見て言葉を失うことになった。

地平の果てまでとてつもない“力”によって大地は抉り取られ、彼方に見える山は明らかに形がおかしい。

凸であった筈の部分が凹の形に削られているのだ。

 

 

 

更にルファスには見えた。

この地域の至る所には未だにとてつもないマナの残照が漂っていることを。

大規模な魔法によって収束された魔法は発動を終えて数時間たっても周辺のマナの濃度を狂わせていた。

 

 

 

ルファスは目を凝らす。

ユーダリル近郊に多くの松明がたっている個所が見えた。

何人もの人間が馬車などを何台も行き来させ、しきりにその地点と往復を繰り返している。

 

 

 

あそこに何かあるな、と少女は目を細めた。

体内のマナが循環しルファスの瞳は弓兵も顔負けの視力を得る。

彼女は願うだけで己の身体を最適化できるのだ。

 

 

 

見れば人々は小高い丘に登り何かの作業をしているようだった。

はて、あんな所に丘などあったかと少女は頭を傾げた。

奇妙な違和感を解消すべく、彼女は瞳に意識を集中させた。

 

 

 

「……──っ!」

 

 

 

何度か調整を行い、夜の光に目を慣れさせたルファスは丘の正体に気が付き絶句した。

どう見ても40メートルを超えている巨大なアレは……死骸だ。

とてつもなく巨大な魔物、竜の亡骸である。

 

 

 

かつて魔竜ノーガードと呼ばれた巨竜はいまや、ユーダリルの人間たちに資源を解体される文字通りの宝の山と化していた。

殆ど無傷で状態もよい竜の素材など滅多に手に入るものではない故に、多くの職人や加工業者などが我さきにと竜にアリの様に群がっている。

打倒者であるアリストテレス卿が竜の血や一部の素材だけを受け取った後、ユーダリルに竜の亡骸を丸ごと提供した結果であった。

 

 

数日から、もしくは数週かけてノーガードはバラバラにされ、多くの武具に加工され直されることだろう。

そしてプラン・アリストテレスは竜の素材によって発生する収益の一割を受け取る事になっていた。

どう低く見繕っても数百万単位の金が彼の懐に飛び込んでくるのは間違いない。

 

 

 

プルートの地下で見たバーサークエンペラースコーピオンに比べれば小さいとはいえ、アレを人間が倒したとは到底信じられないとルファスは思った。

が、しかし……プラン・アリストテレスが関わるとなれば話は別であった。

避難所から出るとき、多くの人たちがアリストテレスの名を呟き、狂乱していたことを彼女は思い出す。

 

 

 

曰く 竜殺しの英雄。

 

曰く ユーダリルの守護者。

 

曰く 他の貴族連中と違い、前線で戦う変わり者。

 

 

 

 

確かにあの男ならばやれるだろうと彼女は思いなおし、複雑な感情を抱いた。

 

 

自分のレベルは250。

対してプランのレベルは221。

レベルだけ見ればルファスよりも彼は下だ。

 

 

更に言うならば色々な【クラス】を中途半端に取っているプランに比べてルファスは【グラップラー】【ソード・ファイター】【ウォーリアー】などの

前衛に特化した能力構成となっており、単純な腕力などのステータスだけを見れば上である。

 

 

ならば自分にあの竜を真っ向から倒せるか? と問われればルファスは頷く事など出来なかった。

マナを可視化できるようになった彼女は未だにノーガードに色濃く絡みついているマナを観察することができる。

死後半日たった上に【バルドル】により蒐集されたというのに亡骸からはマナの残りカスがひたすら垂れ流しにされている。

 

 

生前の竜のレベルは恐らく400は優に超えるとルファスは見抜いていた。

それをプランは単体で倒した。

微かな劣等感と、同時にちょっとだけの優越感を少女は抱いた。

 

 

誰も知らない事だろうが、プランは私のモノなんだと彼女はほくそ笑んだ。

プルートの一件から彼女の中に芽生え、そして自覚した粘性を帯びた執着がそこにはあった。

元よりアリエスを始めとした己の所有物に対する執心の強い彼女だが、プランに向けるモノは一際異質なものとしか言えない。

 

 

 

 

──誰もが褒めたたえる男の命は私のモノなのだ。

──お前たちのモノじゃない。

──私がいつか超えて奪ってやると決めた命なんだ。

 

 

 

ルファス自身にさえ意味の分からない理屈がそこにはあった。

少し考えればおかしいと思えるソレを、彼女は心底信じ切っていた。

自己暗示の様に、ルファスは己に呪をかけ続けている。

 

 

 

──多くの人々に認められた存在を私が上回り、殺す。

──そうすれば私は多くの人たちに認めて貰えるんだ。

──プランを超えれば、私の価値を皆が知る事になるんだ。

 

 

 

──だから、その時まであいつは私の傍にいないといけないんだ。

 

 

 

人のそれというよりは魔物に近しい価値観であった。

弱肉強食を始めとした、強さこそを至上とした原始的な序列制度だ

己の中に芽生えた弱さや恐怖を覆い隠す様にルファスは強さと張りぼての理屈に逃げ込んでいた。

 

 

 

翼をはためかせ黒い羽を幾枚か零しながらルファスは自分の部屋に戻る。

あれ以上あそこにいても何の意味もない上に、夜風は純粋に寒かったからだ。

外出した時と同じように窓から部屋に戻ると少女はブーツを脱いでベッドにうつ伏せに倒れ込んだ。

 

 

 

 

足をぱたぱたと動かし、何度もベッドのシーツを蹴る。

避難所から解放された時に一度きりのみで、もう半日もプランの顔を見ていない。

これは許されない行為であった。

 

 

人にあんな重大な仕事をいきなり押し付けておいて、その後はずっと放置などふざけている。

報酬だ。報酬を寄越せと彼女の心は叫んでいた。

枕に顔を埋めてもぞもぞと彼女は呟きだした。

 

 

「おそい」

 

 

 

苛立ちを込めて呟くが現実は何も変わらない。

無駄に広い部屋に一人ぼっちである。

自分の声だけが空しく反響していた。

 

 

 

「ふざけてる」

 

 

 

構わず更に続ける。

苛立ちは紛れるどころか募るばかりだが、それでも彼女は止まらない。

思えば今回もまた、プルートの時の様に面倒ごとに巻き込まれただけじゃないかと彼女は怒りを煮込みだした。

 

 

 

「何でいつもいつも、面倒ごとばっかり引き受けるんだあいつは」

 

 

 

何が竜だ。

何がノーガードだ。

何が竜王だ。

 

何が魔物の群れだ。

何が人類の連携だ。

何が何が、何が……。

 

 

 

延々とルファスは愚痴を吐き散らす。

記憶を延々と遡り続け、プランがミョルニルに派遣されるかもしれない事を彼女は思い出した。

魔物の襲撃でうやむやになったが、かの吸血鬼の国に存在する“吸血姫”ベネトナシュとの交渉に彼が出向く事はほぼ間違いないだろう。

 

 

 

ベネトナシュ。

吸血姫。 

四強。

紅一点。

 

 

見知らぬ誰か(女)。

ふと浮かんだ言葉にルファスの額に青筋が浮かんだ。

翼が大きく開き、何度も激しく羽ばたく。

 

 

「大嫌いだっッ!」

 

 

あふれ出る激情のままに少女は叫んだ。

枕に思い切り顔を押し付けて声量を押し殺したが、それでも部屋の壁が一部震える程であった。

 

 

 

ふー、ふー、と威嚇する猫の様な息遣いをしていたルファスであったが、直ぐに彼女は遠くから部屋に近づいてくる足音に気が付いた。

ピクっと翼が震え先に視力を強化したように今度は聴覚を調整し、足音の感じから来訪者がプランである事に直ぐに気が付いた。

 

 

「いまさらかっ!」

 

 

どれだけ私を待たせてるんだと吐き捨てながらも、行動は素早かった。

 

 

 

ベッドから飛び降り、彼女は扉の前に仁王立ちする。

腕を組み、憎々しい魔物でも見る様に視線を鋭くして待ち構えた。

己の存在感を強くするために翼を展開し、威厳を得るために紅い外套を纏う。

 

 

さしづめ今のルファスは小さな覇王といった風体であった。

普通の子供ならば可愛らしい動作だろうが、生憎レベル250という実力も兼ね備えている彼女がやれば大人顔負けの圧がある。

 

 

トントン、とノックされる。

ルファスは努めて硬い声で「入れ」と答えた。

少しだけ躊躇うような間が開いた後、扉が開かれ───。

 

 

 

「遅いっ!」

 

 

 

プランの姿を認めた瞬間ルファスは叫んでいた。

半日分、たまりにたまったうっ憤を晴らす様に。

そんな彼女の姿と声にプランは申し訳なさそうな顔をして、身体を小さくしつつ入室する。

 

 

竜を殺し魔物の群れを消し飛ばした男は少女に心から謝罪をした。

 

 

「すまない。もっと早く来るべきだった」

 

 

竜の素材を巡る駆け引きやら、移動した魔物たちの追跡やら、魔神族の動向などなど多くの後始末の件は言い訳にせず彼は謝った。

心の底から己の非を詫びている姿にルファスの溜飲が下がり、ちょっとだけ怒りが収まる。

大股でプランに近づき、彼の顔を見上げた。

 

 

 

「貴方が遊んでいた訳じゃない事は知っている」

 

 

貴族の貴方がやる事が多いのも判る。

でも、とルファスは言葉を区切った。

 

 

 

「それはそれとして、私だって遊んでたわけじゃないんだぞ?」

 

 

 

いつ破裂してもおかしくない程に張り詰めた空気の避難所は最悪だったと漏らす。

多くの者が自分の姿を不躾に眺めてきた記憶は不快極まりなかったと。

 

 

 

「貴方は私の後見人(保護者)なんだからな。ソレを忘れるんじゃない」

 

 

 

シュンとした姿で頭を下げるプランを見て少女はようやく心が落ち着いていく。

先ほどまで胸を満たしていたムシャクシャした気持ちが消え去り、心が平常に戻る。

ふーと大きく息を吐いてからルファスは話題を転換するべく口を開いた。

 

 

 

「それで、私に何か用でもあったか?」

 

 

 

「うん。突貫ではあるけど戦勝記念のパーティーが開かれることになったんだ。

 だから、一緒にどうかなって思って」

 

 

 

ルファスは腕を組んで考えた。

彼女は人ごみの中に行くのは余り好きではない。

更に己の翼もそうだが、今回もってきた服の中で相応しい装いのモノがあったかどうかを想起していく。

 

 

 

……あるにはある。

母がユーダリルに向かうと聞いた時に持たせてくれたドレスが。

 

 

 

渋々受け取ったモノではあったが本心ではルファスはあのドレスを気に入っていた。

白を基調としながら所々に紅と金で刺繍が施された装いは決して豪奢とはいえないが、気品ある風情である。

もしも自分が大人になって、ドレスを着ることになったらアレをそのまま大きくしたようなドレスが欲しいと思う程に。

 

 

 

内心の考えを表には出さずルファスはプランに問う。

 

 

「パーティー? ……貴方が挨拶でもするのか? “竜殺し”の英雄殿」

 

 

 

“皆が貴方の活躍を口にしていたぞ、有名人”と皮肉を込めた笑みを浮かべたルファスが言うと、プランは僅かに疲れが滲んだ笑みを浮かべた。

実際問題、今日一日の彼の仕事量はとてつもないものがあった。

ノーガードとの戦闘が気休めになるほどに、多くの仕事を彼は行っている。

 

 

各方面への挨拶に、竜の素材を巡る駆け引きに、パーティーの準備に……他多数。

半日間続けていた諸々の疲れを彼は吐き出す様に呟いた。

 

 

「最初に一言くらいは求められるだろうなぁ……」

 

 

ははは、と乾いた笑みを浮かべたプランにルファスは哀れみの目を向けた。

こいつは嫌いな男ではあるが、こうもさびれた姿を見るのも忍びないというのが正直な話であった。

 

 

 

「……皆、貴方に頼りすぎじゃないか」

 

 

 

プルートの時から思っていたことをルファスは吐き出していた。

幸い部屋には二人きり。誰にも聞かれてはいない上に、自分は子供だ。

これくらいの言葉ならただの子供の戯言になると計算した上で彼女は本心を少しだけ漏らしていた。

 

 

「誰も彼も貴方を便利屋扱いしてるようにしか見えない。

 ……自分の手に余る事を全部貴方に押し付けてる」

 

 

 

 

「貴族というのはそういうものなのさ。

 民たちから税を取っている以上、彼らを守る義務が生じるからね」

 

 

 

「だけどユーダリルやプルートは貴方の街じゃないぞ」

 

 

 

ルファスの言葉にプランは笑った。

それは痛い所をつかれたからというよりは、いまだ世界を知らない子供を見守る様なモノだった。

 

 

「全ては繋がっているんだ。

 確かにこの街やプルートは自分の領地ではないけど……。

 それでも自分が今日彼らに手を貸した事によって

 いつか困った時に助けてもらえるかもしれない」

 

 

 

「…………しがらみだらけだな」

 

 

 

プランの言葉にルファスは思わず「面倒くさい」と思ってしまった。

“助け合い”やら“一致団結”や“協調”などといったお上品な言葉で誤魔化しているが、実態は恩の売り合い、押し付け合いだと彼女は見抜いていた。

 

 

大義名分と言ってもいいだろう。

自分の行為にはこれだけの正統性があると周囲に宣伝するために善行を行っているようにしか彼女は見えない。

もっと世界はシンプルに出来ているべきだ。

最も強い奴が全てをねじ伏せて運営させたほうがいいのにと彼女は思ってしまう。

 

 

そしてプラン・アリストテレスにはソレが可能なのではないかと少女は続けて考えた。

竜を単独で殺し、理解不能な技の数々を併せ持つこの男がどうしてあんな小さな町の領主でしかないのか彼女は本当に不思議であった。

 

 

 

 

 

……仕方ないので彼女はこの男に褒美を与えてやることにした。

面倒な仕事を黙々とやり続け、竜を殺しユーダリルを救った男に相応しい褒美を。

誰も与えないのならば自分がやるしかないと彼女は己を納得させた。

 

 

彼女は腕を組み挑戦的な笑顔を浮かべて男に宣言した。

 

 

 

「仕方ない。本当に仕方ないが、パーティとやらに私も出てやる。感謝しろ」

 

 

 

「ありがとう。本当に嬉しい」

 

 

 

真っすぐ自分の目を見て感謝するプランにルファスは顔を逸らし、ドレスに着替えるから早く出て行けと矢継ぎ早に告げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

即興とはいえ、各国の使節や王の代理人を迎えるにあたってユーダリルの中でも最も大きく絢爛なホールを貸し切られてパーティは執り行われていた。

用意にかかった時間は半日どころか3時間にも満たないモノであったが、ユーダリルの多くの商人の品の提供や冒険者という下請けを総動員して一応の見栄えは整えられていた。

 

 

記念すべき人類の勝利の日。

本当ならば決して勝ちえない竜さえも打倒した日として今日はユーダリルの記念日になることだろう。

 

 

楽器が奏でられ、たまたまユーダリルに滞在していた有名な吟遊詩人が美麗な声で歌を口ずさむ。

用意された料理は最高とまではいかないまでも誰もが文句を言わない上質なものだった。

炎の魔法を利用して各所に灯りが灯され、白亜に輝くシャンデリアが幾つも揺れていた。

 

 

多くの種がいた。

人間種にエルフにドワーフ、小人に獣人に、数は少ないが天翼族までも。

最も天翼族の背に生えている翼は少しだけ濁ったものであり、生粋のヴァナヘイムに住まう彼らとはちょっとばかり違った存在のようだが誰も気にも留めなかった。

 

 

 

翼の色がどうのこうのなど、多くの種が交じり合うユーダリルにおいては余りに細かい話でしかない。

この日ばかりは身分や人種の違いは横に退かされ、街の人々は互いに笑顔で杯を掲げ合っている。

普段は使い捨ての人材としてぞんざいに扱われることの多い冒険者でさえ貴族たちに交じって談笑しているのだ。

 

 

 

笑い合いながら互いにどれだけ武勲を上げたか誇りあっていた者達が、ふとした空気の変動を感じ取って視線をさ迷わせた。

そして原因を見つける。ホールの入り口が従者によって音もなく開かれていくのを彼らは認めた。

 

 

堂々とした足取りで入場してきたのはプラン・アリストテレスとルファス・マファールの両名であった。

 

 

竜殺しにしてリュケイオンの領主。

ユーダリルの守護者。

人類最高峰のレベル200オーバー到達者。

 

 

各国のバランサーとも謡われる男は気負わない様子で微笑みを顔に張り付けていた。

 

 

冒険者たちは彼らにしては珍しく心の底から敬意を込めた瞳でプランを見た。

ただの貴族のボンボンなど彼らにとっては嘲りと侮蔑の対象であるが、アリストテレス卿は例外であった。

真っ向から竜をねじ伏せ、エルフとの連携技で地形を書き換える規模の力を行使する存在を軽視など誰もしなかった。

 

 

そして、そんな男の隣に無表情で佇む少女もまた目を引いた。

黒い翼に紅い瞳。先端が朱色に染まる金糸の長髪。

金髪を彩る紅い髪飾りに、怪しく輝くペンダント。

 

 

そして恐ろしいまでに少女に似合っている紅と白のドレス。

 

 

今はまだ可愛らしい少女のお洒落の域を出ないが、将来この娘が成長し同じようなドレスを着こんだら恐ろしい程の美貌に至るだろうと多くの者は思った。

多くの者らはアリストテレス卿の娘か、もしくはその親族か、果ては未来の婚約者か、と当たりをつけながらルファスを見つめていた。

ひそひそと多くの者らが天翼族の娘に対しての所感を囁きあう。

 

 

 

──あれは誰だ?

 

──天翼族、みたいだ。

 

──プラン卿のご息女かね。結婚したって話は聞いてないが。

 

──まさかの未来の婚約者、とか?

 

──黒い翼だな。だからどうしたって話だが。

 

 

 

誰もが好き勝手に噂をするが、ルファスは気にも留めない。

彼女の心は硬い防壁に覆われており、部外者からの言葉を完全に締め出していた。

 

 

 

そして一定以上の実力者……レベル50以上の者達は直感で彼女がかなり強いという事を悟る。

外見は本当にただの少女に過ぎないというのに、ルファスの発する気配と、彼女の放つ自信は歴戦の戦士の様であった。

プランはルファスの手を取り、エスコートしながら真っ赤な絨毯の上を優雅に進む。

 

 

 

「プラン・アリストテレス卿。そしてルファス・マファール様のご入場です」

 

 

従者が滔々と二人の名を宣言する。

よく通る声でユーダリルの者達はプランはともかくルファスという名前を胸に刻んだ。

そうか、ルファスというのか、と多くの人々は少女の存在を記憶にとどめた。

 

 

 

奏者たちが楽器をかき鳴らす。

今回の主役を仰々しく出迎えるが、プランはともかく少女にも焦りはなかった。

多くの人々の視線を浴びながら二人はホールの真ん中にまで歩を進める。

 

 

 

さっと人波が引いていく。彼らの邪魔にならないように。

入場と同時の一曲。そして正装を纏った男女とくれば何が行われるか誰でも判る。

 

 

 

大人と子供。男と女。

身長差は何十センチもあったが、ルファスはともかくプランはこういったことも手慣れていた為に何の問題もない。

十分な技量さえあれば身長差は問題なく克服できるのだ。

 

 

彼は瞳を蒼く輝かせながら【一致団結】を用いてルファスの無意識に己の意思を送る。

 

 

ダンスのちょっとした基礎と、こう動くんだよ、と情報を送り込めば彼女はあっという間にそれらをモノにしていく。

元より身体能力だけならばプランよりも上で、なおかつ優れたセンスの持ち主のルファスである。

彼女は自分自身でさえ気が付いていないが数多くの才能を秘めているのだ。

 

 

 

曲が激しくなり、動きが活発になろうと問題なく男の動きについていく。

腰を逸らし、握った彼の手に体重を預けてルファスは跳ねたり回ったりを繰り返す。

あっという間に一曲、彼女は何の問題もなく踊り終えてしまった。

 

 

締めに彼女は男の胸に顔を預ける。

柔らかく暖かい感触に彼女は身を委ねていた。

右手はしっかりと握りしめられており、腰には彼の手が添えられている今、彼女は脱力しきっていた。

 

 

ドク、ドクという彼の心臓の音を聞きながらルファスは自分たちが拍手を浴びていることに気が付く。

少なくとも誰も、この場で自分たちを笑っている者がいない事に安堵するが……彼女はそれどころではなかった。

 

 

 

顔が熱い。

胸がうるさい。

少しだけ息が荒い。

 

 

疲れていないのに、彼女の顔は真っ赤になっていた。

 

 

 

(何だ)

 

 

たった一曲。時間にして数分。

間違いなく5分は踊っていない。

普通の子供ならばともかく、今のルファスにとってこの程度運動とさえいえない。

 

 

(体が、熱い……)

 

 

だというのに、ルファスは己が不調をきたしている事に気が付いた。

全く訳が判らないが己がおかしくなっている事実に少女は愕然とした。

まさか誰かが自分を攻撃しているのでは、と思ってしまう程に彼女は困惑した。

 

 

 

だからこれは仕方ない事だった。

彼女は自分の異変を確認するために、恐る恐るといった様子で男の胸に顔を埋めた。

体重を預けて目を閉じる。まるで■が■にそうする様に彼女はプランに抱き着いたのだ。

 

 

 

とたん、腹の奥底から意味不明な激情と熱が湧き上がり少女を満たす。

恐ろしい程に熱い。怖い程に……心地よい。

アウラに抱きしめられた時に感じたようなモノに近いが、何処か違うソレ。

 

 

今まで知らなかったナニカに少女は怯えを抱く。

いや、知らなかった、ではない。

知ろうとしなかった。逃げていた。目を逸らしていたというのが正しい表現か。

 

 

 

マズイ、と彼女は思った。

コレはマズイ。これはとてつもなく深い沼の入り口だと直感する。

自分の目指す強者の頂きという地平において、こんなものは不要だと内心で叫ぶ。

 

 

弱くなる。憎悪が薄れてしまう。怒りがくすぶってしまう。

今まで自分を支えていた根幹が消えていくのを彼女はなによりも恐れた。

 

 

(いらない。いらない。いらない。いらない……!)

 

 

何度も何度も自分に言い聞かせるが、曲が終わり余韻が冷めるまで彼女の手は決してプランから離れてはくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜、無事にパーティも終えてユーダリルの街が寝静まった頃合い。

プラン、アラニア、ドワーフにクラウン帝国の使者、そしてユーダリルの代表は個室に集まってささやかな集会を開いていた。

テーブルの上にはいくつかの酒やつまみなどが置かれ、時折舌鼓を打ちながら彼らは少しばかり秘匿性の高い会議を行っている。

 

 

表にはあまり出せない話題や新しい計画の草案などが提案される簡易的な会議がこれであった。

 

 

 

「竜王が大きく動いているのは確かだ。

 魔物たちが次々と奴の領土である北へと向かっている」

 

 

アラニアが果実のワインで喉を潤してから発言する。

竜王の脅威を以前より説いてきた彼の言葉はもはや疑う余地がない。

誰もが空を覆う魔物の群れを見れば信じざるを得なかった。

 

 

 

 

「我らクラウン帝国には竜王とぶつかり合う力などありません。

 真っ向勝負となれば数日で我々はおしまいだ」

 

 

 

帝国の使節が暗い顔をしながら彼我の戦力差を冷静に分析し言う。

クラウン帝国の総兵力は20万を超えるが、兵士たちの平均レベルは50から70だ。

人類の築いた国家としては極めて高く、正にミズガルズ最強の帝国と言える力をもつクラウン帝国だが、相手が悪すぎる。

 

 

 

竜のレベルは優に200を超える。偽竜も平均はレベル70。

魔竜ノーガードは400オーバー。

中には極めて高い個体だと600から700に迫る個体さえいるかもしれない。

 

 

 

更にそれらを統べる竜王のレベルは堂々の1000。

単体で惑星を終わらせる力を持つ怪物である。

 

 

極論すればラードゥンに軍勢などいらないのだ。

彼がミズガルズ全土を悠々と飛び回り、各国にブレスで爆撃でもすればそれで人類は終わりだ。

 

 

「奴の目的は何だ? あれだけの量の魔物を集める必要など何処にある」

 

 

仮に戦争となれば自分が前線に出るだけで全て終わらせられるというのに、とユーダリルの代表は続ける。

 

 

 

「“建国”だろう。はたまた“文明”の創造といったところか。

 昨今のラードゥンは以前までの粗悪さからは信じられない程に知的な行動を取っている」

 

 

 

エルフの優れた魔法による偵察によってアラニアは多くの情報を仕入れていた。

木属性の上位魔法【ゴシップ・ギャザー】という蒐集魔法により彼らは文字通り“風の噂”をかき集める事が出来るのだ。

 

 

極めて成熟したエルフ数人がかりで発動/制御されることによって

【ゴシップ・ギャザー】は術者が指定した特定のワードに関する噂話や、誰かが呟いた言霊を拾い集める事ができるのである。

 

 

 

保守的で最近までは己たちの森に引きこもっていたエルフたちが急速にミズガルズの各国と互角以上に渡り合える理由の一つがこれであった。

彼らの情報収集能力は明らかに他国と比べて頭一つ以上飛びぬけている。

 

 

 

「……信じがたいことだが、奴は女神アロヴィナスを魔物たちに崇めさせ

 それを軸に己の国を形にし始めている」

 

 

 

「魔物が女神を? ……冗談きついぜ」

 

 

 

アラニアの言葉にドワーフは乾いた笑みを浮かべた。

魔物……それも“四強”と謡われる程の別次元の存在がよりによって人類を愛する女神を奉るなど、どう考えてもおかしいからだ。

宗教を国の運営に使うのはそう珍しい事ではないが、それは人類が様々な意味で弱いから必要となるのだ。

 

 

 

人類は弱い。レベル的にも、精神的にも。

ほんのちょっとした違いだけで差別がまかり通り、貧富や身分の差で憎しみが直ぐに膨れ上がる。

魔神族や魔物という外敵がいるというのに同族で戦争をすることも多々あるほどだ。

 

 

魔神族という絶対的な天敵が存在するおかげで大規模な大戦こそ起きていないが

仮にもしも彼らがいなければミズガルズにおいての超大規模戦争……世界大戦と呼ぶべきモノさえも起きていたかもしれない。

 

 

皮肉なことに魔神族という存在は一種の戦争の抑止力となっていた。

共通の敵が存在することで人類は辛うじて纏まっているのである。

その点だけはアリストテレスも女神を認めていた。

 

 

 

「竜王の行動を止める事は出来ません。我々にできる事は備える事だけです」

 

 

 

プランの言葉に全員が彼を見た。

誰もがプランの次の言葉を待っていた。

この男の言う備えという名前の具体案を聞きたいからだ。

 

 

彼は微笑みながら頷いた。

 

 

脳裏をよぎったのヴァナヘイムにおいて見てしまった“処分”リスト。

そこに無数に乗っていた名前であった。

ルファスの様に拾い上げる事が出来なかった命たちを噛み締めながら彼は続けた。

 

 

 

「これからの世において優れた人材は何物にも勝る価値を生むでしょう。

 故に、自分は提案します」

 

 

 

プランが微笑む。自分の行為がとんでもない偽善だと自覚しながら彼は提案を述べた。

もしもここにルファスがいれば彼を「自己満足の偽善者め」と罵ったかもしれない。

 

 

 

「ヴァナヘイムにおいて虐げられている非白翼の天翼族。

 彼らを段階的に受け入れた後、戦力として育成するのはどうでしょうか?」

 

 

1500年以上の寿命を持ち、飛行能力を備え、更には天力/天法に関して非常に強い素養がある天翼族。

そんな彼らをこの未曽有の危機において腐らせておくのは惜しいのではとアリストテレスは道理を説いた。

なるほど、とアラニアが頷き、ドワーフもまたいいんじゃないかと髭を撫でた。

 

 

帝国の使節も皇帝に進言する価値のある言葉だと納得を浮かべた。

ユーダリルの代表も彼らを鍛えた後、自分たちの交易を手伝ってもらえばかなりの利が上がるなと考えをはじき出した。

天翼族の空路貿易は早い上に隠密性も高いが、値段も相応で決して無視できない支出なのだ。

 

 

 

今まで天翼族の風習に嫌悪を感じながらも仕方ない、彼らには彼らの理由があると諦めていた男が一歩を踏み出す。

彼らが変わらないのならば、自分たちがそれに合わせて対応すればいいと彼は動いた。

ルファスが竜王の声を聴いたというのも一助になった。

 

 

もしかしたら、亜人が下ったように天翼族に迫害されていた彼らまで竜王の下に行ってしまうかもしれないという危惧である。

ただでさえ多い敵が増えるのは絶対に阻止しなくてはならない。

 

 

 

それは何も持たない一般人が言えばただの世迷言で済まされてしまうだろう。

しかし竜殺しを成し遂げ、プルートを救い、クラウン帝国に“リンゴ”を提供するアリストテレス卿が言えば話は別であった。

 

 

 

次々に賛同の声が上がる。

いまだ草案でしかないが、1か月もすれば明確な計画書として仕上げられるだろう。

 

 

 

(ルファスには決して言えないな)

 

 

 

もしも知ったら怒り狂う彼女の姿が見えた。

「今更? この偽善者め」と当然の感想を貰う事だろう。

綺麗な言葉で誤魔化しているが、要は便利な人材が欲しいだけという本心を彼女は簡単に見透かすだろう。

 

 

 

とんでもない偽善だなとプランは自嘲した。

ほんの数年前まではどうでもいいと割り切って切り捨てていた者たちをいきなり利用価値があるからと掬い上げる自分を彼は嘲った。

 

 

彼の提案を基軸に話はどんどん進んでいく。

各々が自分たちに出来る対策を練る方向に話は流れていった。

 

 

エルフは有事に備えてのポーションなどの増産を。

ドワーフはゴーレムによる軍拡を。

そしてクラウン帝国は竜王討伐の為に新たな勇者の召喚を試みる、という流れで話は終わるのであった。

 

 

 

 

───また一人、犠牲者がミズガルズに招かれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





混翼引き抜き雇用計画


プラン・アリストテレスが主導し出資して始めた計画。
ヴァナヘイムにおいて腐らされている彼らを他国で受け入れて育成するというもの。



しかしプランはルファスには決してこの計画を明かさないことだろう。
彼は言い訳はしないが多くも語らないのだ。



勇者召喚

「何の心配もありません。私がしっかり導いてあげます」


────女神アロヴィナス。

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