ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

45 / 221

原作番外編「吸血姫の憂鬱」を先にご覧になられると一層ミョルニル編をたのしめるので是非どうぞ。




ベネトナシュの“飛びかかる”!

 

プランとピオスはミョルニルの宮殿の一角に並んで立っていた。

先の騒動の後、ベネトナシュはプランを一瞥だけすると何の興味も持たずに去ってしまい、その後は何事もなくミョルニルの破壊された区画は修復されたのだ。

後は当初の予定通り、二人はベネトナシュへの謁見を求める貴族たちの列に並んだのである。

 

 

 

特に珍しくもない事だったのだろうか?

ミョルニルに滞在する吸血鬼の【アルケミスト】たちは手慣れた様子で破壊された個所を修復するとそそくさと立ち去ってしまい、直ぐに住人達はいつも通りの生活へと戻ったのである。

誰も先ほどの魔物が何をしたか、何故死んだのか、何がベネトナシュの逆鱗に触れたのかなど語ろうともしない。

 

 

 

この国においてベネトナシュは唯一絶対の神であり、その意向に間違いなど存在しないというのは常識である故に、誰も疑問を抱きなどしない。

なるほど、彼女があんな眼をするわけだとプランは内心で頷いていた。

 

 

 

ベネトナシュとプランは一瞬だけ眼が合っただけだ。

もちろん向こうに取ってプランは有象無象の一匹であり、弱い人類である故に何の興味も抱かないだろう。

だがしかし、プランは彼女の瞳を見て……奇妙な懐古を抱いていた。

 

 

 

自分は彼女と出会ったことがないプランであったが、彼女の瞳は何処かで見た事があるなと朧ながら思ったのだ。

つい最近だったか、少し昔だったかはよく覚えていないがあの瞳を自分は知っていると。

何もかも諦め、世界全てに興味をもっていない瞳。生きていても何の楽しみもない眼。

 

 

 

果たして、アレは誰の瞳だったかと頭を捻っていると、一人の吸血鬼が近寄ってくるのを感じてプランは気を引き締めた。

吸血鬼と言う不滅の種族の中において非常に珍しい老人の吸血鬼だ。

 

 

彼の名前はロイ。

真祖の時代より吸血鬼の王に代々仕えてきたミズガルズにおいて最年長の人類だ。

それもただ年を取っているだけではなく、それに相応しい経験と実績を積み重ねた賢者である。

 

 

 

故にアリストテレスは彼にしては珍しく心からの敬意を込めた動作で頭を下げた。

彼の1万年を超える歳月にはまさしく頭が下がる思いであった。

同じように隣のピオスもまた一礼し、貴族同士の会話の邪魔にならない様に少しばかり距離を取った。

 

 

 

「アリストテレス卿、まさか貴殿がこの地を訪れるとは。活躍の噂は耳にしているぞ」

 

 

 

「まずは此度の入国許可、まことに感謝いたします。

 至らぬ身ではありますが、ベネトナシュ陛下の威光を目の当たりにできる機会を得ることが出来て光栄の限りです」

 

 

 

ベネトナシュに変わって実質この国の政の頂点に立つ男はアリストテレスの振る舞いに満足したかの様に頷いた。

多少は穏健とはいえ彼もまた吸血鬼。種の持つ傲慢は変わらずもっている。

しかし、このように身の程を弁えた下等種族に対しては彼はかなり温情がある方である。

 

 

それにアリストテレスの名を彼は聞いた事もある故に、この男がただの馬の骨でないことも要因として重なった。

 

 

 

「私は法に従い許可を出したまでだ。最終的な判断は陛下が出されたモノだ」

 

 

「陛下の決断は絶対。あの御方が謁見に値すると判断したのであれば、私の意思など意味はないのだよ」

 

 

 

彼もまたベネトナシュに絶対の忠誠と崇拝を抱く男である。

彼の今まで見てきた幾人もの王と比べてなお次元の違う力を持つ王の中の王。

吸血鬼という種から生まれ、その遥か先を往く新たな神を幼少から見守っていたのは彼の誇りであった。

 

 

 

繰り返すが、彼は吸血鬼としては非常に穏健な男である。

かつては真祖と共に光の妖精姫ポルクスと争った過去もあったが、今となってはかつての血気盛んさは消え去り

他の吸血鬼の者と比べても明らかに下等種への当たりは柔らかい人物だ。

 

 

 

だからこそ彼は先の喧騒を目の当たりにし、そそくさと多くの貴族や他国の使者が逃げ帰る中でありながら逃げも隠れもしないプランに興味をもっていた。

ちなみにピオス司祭については意外な事に彼は高く評価していた。

彼の変人っぷりと奴隷たちの浄化に対する狂気的な熱意に対しても彼は一定の敬意をもってさえいる。

 

 

 

 

「先の魔物の事が気になるようだな?」

 

 

 

「……恐れ多いですが……えぇ」

 

 

 

ロイの探るようでありながら何処か悪戯っぽさも含んだ問いにプランは苦笑しながら答えた。

誰だっていきなり宮殿の一角から魔物が吹き飛ばされてきたら驚くし、何があったか気になるのは仕方ないことだ。

 

 

 

 

「奴は“竜王”ラードゥンの使いでな。

いきなり乗り込んできたかと思えば、降伏しラードゥンに下れと陛下に吐き捨てたのだ」

 

 

 

「それは何とも……大胆というか、愚かというか……」

 

 

 

顔を引きつらせながらプランは返答に困ったような声を出す。

まさかここでラードゥンの名前が出てくるとは思っていなかったというのが本音だった。

確かにあの魔物は断末魔に竜王の名を叫んでいたが、まさかかの怪物がベネトナシュに対してそのような……まるで、強国が弱小国にするような勧告をするとは意外極まりなかった。

 

 

おおかたミョルニルに潜ませていた密偵か工作員がベネトナシュに見つかり排除された程度だと彼は思っていたのだ。

所々で聞く「竜王は魔物による文明創造を目論んでいる」という夢物語がますます現実味を帯びてきたのをプランは感じざるを得なかった。

 

 

 

「言いたいことは判っているぞ。

曲がりなりにも使者を殺すという事がどういう事かなど、陛下も含めて全員が理解している」

 

 

 

「故に自分はミョルニルを訪れたのです。竜王は既に見過ごせない脅威になりつつあります」

 

 

 

 

ロイは哀れむような目でプランを見た。

さながら貧乏くじを引いてしまったモノを見るような瞳だった。

絶対に成功しない任務を与えられた人間に対して憐憫を抱く程度の慈悲くらいは彼にもある。

 

 

 

「……礼儀さえ欠かなければ陛下が手を下す事はないと断言しよう。

 決してあの御方は多くの者たちが思うような暴君ではないのだから。

 ただし……礼節を欠いた時は覚悟しておくのだな」

 

 

 

「肝に銘じておきます。忠言感謝いたします」

 

 

 

うむ、とロイは礼節を弁えた人間の態度に相応しい鷹揚な返答を行い、踵を返していく。

暫くすると吸血鬼の従者からの呼び出しが入る。

ベネトナシュへの謁見の準備が整ったという事を知らせる呼び出しであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“四強”の一角である吸血姫。

人類七種、吸血鬼の王にして最強の人類。

ミズガルズのパワーバランスの一角を担う存在にして、そのバランスを乱した存在。

 

 

 

竜王が最も邪悪な一角とするならば、彼女は最も無節操な一角と言える。

わざわざ違う大陸にまで出張って強大な竜たちを狩り殺し、ラードゥンの顔に泥を塗りたくっておいて何も思わない、顧みない存在である。

そのレベルは既に900であり、彼女がやろうと思えばミズガルズの生命を殺しつくす事だって可能だろう。

 

 

ふと頭に浮かんだのはルファスの小さな呟きであった。

“彼女は強くなって満たされたのだろうか”という言葉である。

プランは階段の遥か上に拵えられた玉座に腰を下ろす彼女を一目見てその答えを得ることが出来ていた。

 

 

 

聞くまでもない。

間違いなく彼女は……己の人生をつまらないと思っていると。

理屈ではなかった。何の彩もない瞳を改めて見た瞬間に彼は確信し、共感を覚えたと言っていい。

 

 

 

なぜそう思ったかは自分でも判らなかったが、とにかく彼はベネトナシュに対して心からの同情を覚えてしまっていた。

もちろんそんな事を表面に出したら大問題である故に、あくまでも内心に留めてはいるが。

 

 

 

「あぁ、お前か。飽きもせずよく来るものだな」

 

 

 

ベネトナシュは跪いているプランとピオスの内、老いた司祭に対して最初に声をかけた。

王として一応は彼の活動を知っている故にベネトナシュにとっては「またか」程度の感慨はあるのだろうか。

毎回毎回、何が楽しいのか判らないが下僕たちの浄化活動に精を出す変わり者、くらいにはピオスを認識していた。

 

 

彼女にとってはゾンビやグールなど居てもいなくても何も変わらない有象無象である。

だから今回も同じようにひらひらと小さな手を振って気だるそうな声と顔で言った。

 

 

「今回も好きにしろ。奴らの代わりなど幾らでもいる」

 

 

 

暗にお前のやっている事はただの徒労だと吐き捨てながら彼女の視線はあちらこちらをさ迷っていた。

この謁見さえも時間の無駄。つまらない。早く終われという内心を隠そうともしていない。

百年を超える倦怠に身を沈めさせた小さな怪物は、この世のあらゆる全てに興味がないようだった。

 

 

 

「ありがとうございます」

 

 

 

「お前は下がっていいぞ」

 

 

 

 

退室を命じられたピオスは大きく礼をすると、音もなく部屋から出て行った。

既に彼の頭の中はゾンビを始めとした恵まれない最期を遂げた者たちを癒す事のみを考えている様だった。

ベネトナシュから見ても異常な熱意を持っている男、というのが彼の評価であった。

 

 

自分とは違う、生きることにとてつもない意義と使命感を燃やす司祭を彼女は何処か眩しいものを見る様に見ていた。

 

 

「さて」

 

 

ベネトナシュの紅い瞳がプランを見た。

縦に裂けた吸血鬼特有の瞳孔が男を見定める様に何度も拡大/縮小を繰り返す。

 

 

 

「プラン・アリストテレス、と言ったか……わざわざリュケイオン等と言う田舎からご苦労な事だ」

 

 

足をプラプラ揺らしながらベネトナシュはため息交じりに吐き捨てる。

一応は王としてプランの持ってきた各国、各種族からの手紙に眼を通したようだったが……やはりというべきか何の感動もないようだった。

 

 

「私に人類種の同盟に加われ、という話だったか」

 

 

 

「左様でございます」

 

 

ベネトナシュの顔に嘲りが浮かんだ。

絶対の強さに裏打ちされた強者としての傲慢な顔だ。

哀れにも自分と言う絶対者の前に駆り出されてきたちっぽけな人間を嬲る事に、多少の楽しみを抱いている顔でもあった。

 

 

彼女基準からすれば微かに、しかし他の有象無象からすれば心臓が潰れる程の圧を発しながらプランに声をかける。

 

 

「なぜ私がお前たちに力を貸す必要がある?」

 

 

 

「“竜王”の脅威はもはや魔神族を超え、人類、ひいてはミズガルズの全てを滅ぼしかねない域に達しつつあります。

 増大するかの者の脅威に対抗するためには人類が団結するのは大前提と考えます」

 

 

 

つらつらとプランの口からは淀みなく声が発せられる。

その様子にベネトナシュの顔が無表情になった。

この薄い存在は、遥か格上である自分が圧をかけてやっているというのに何の反応も返さない事が少しだけ不快であった。

 

 

 

 

「そんなものに加担して私に何の得がある?」

 

 

 

 

「貿易において貴国においてはとてつもない利益があると断言できます」

 

 

 

 

ベネトナシュの瞳が細まった。

てっきり人類の為に力を貸してくれや、強いものが弱者の為に力を振るうのは当然等と言ったお決まりの文句が出ると思っていた

彼女にとって現実的なメリットを語り出すプランの姿は意外なモノであった。

 

 

彼は吸血姫を前にしても臆さず、堂々と己の意見を口にする。

下手に出るよりもこうした方がよいと彼は短い時間の中で彼女の気性をある程度読んでいた。

 

 

「ドワーフのプルート、エルフの森、ユーダリルの商人たちにクラウン帝国。 

 そして貴国の間において同盟が結ばれれば関税の撤廃を前提とした異文化の交流が盛んとなり、多くの物品や情報の流通が行われる事になるでしょう」

 

 

 

プランが後方に目配せをすれば、ロイが入ってくる。

彼は布に覆われた台車をガラガラと押しておりベネトナシュの前に来るとそれをはぎ取った。

 

 

 

「……ふん。馬鹿ではないようだな」

 

 

僅かに脱力し玉座に身体を預けながらベネトナシュは呟いていた。

紅い瞳に微かに光が宿り、彼女の中にある希少な少女としての側面が僅かだけ顔をのぞかせている。

 

 

 

上に載っていたのは数多くの菓子類だ。

焼き菓子は当然として、あらゆる国のあらゆる種のあらゆる菓子がそこにはあった。

彼女の好みを考慮し甘味の類が多いが、それ以外の味の菓子や、果実なども多くある。

 

 

「人類の為に戦え、等とほざいていたら蹴り出していた所だ」

 

 

「我々は陛下に陳情する身です。そのような事など恐れ多いです」

 

 

 

深く深く頭を垂れるプランを一度だけ見てから、ベネトナシュの瞳は台車の上の菓子に固定された。

というよりはそれしか見ていない。

 

 

実際、王としての彼女はプランの提案を悪くはないと思い始めていた。

同盟だの何だの下らないが、貿易が盛んになるのは悪くはない。

政務をロイに投げる事も多々ある彼女だが、それでも100年以上王として君臨してきたのだ。

 

 

ミョルニルの閉鎖的な環境にうんざりしてる面もある彼女は、新しい物に飢えている節もあった。

 

 

 

「……考えておいてやる。下がれ」

 

 

 

王の言葉にプランが礼節を崩さず退室しようとする。

とりあえずは門前払いされなかっただけ大収穫であり、これ以上粘ったら逆効果だと彼は知っていた。

皮肉なことに天翼族の混翼の者らとの交渉で得た経験が役に立っていた。

 

 

 

 

「……」

 

 

 

背を向けるプランに対しベネトナシュは立ち上がった。

彼女の瞳は人間の音を見て薄いと感じていた。

誰を見ても、何を見ても、今まで全ての者を彼女は薄いと感じていた。

 

 

 

比較的マシであった竜たちでさえ今の力を増した彼女の前では等しく薄い。

が、これは奇妙な直感だったのかもしれない。

吸血鬼を超えた吸血姫としての発達した第六感が齎した天啓、といえるか?

 

 

 

ベネトナシュはプラン・アリストテレスに奇妙な違和を抱いていた。

自分を相手にして堂々と振舞う彼の姿は……奇妙な自信さえあった、と。

 

 

故に彼女は少しだけ試してみたくなった。

軽く脅してやろう、という思惑もそこにはあった。

 

 

 

たん、っと床を蹴る。

それだけで天法で保護された玉座の間のタイルの一部が砕けた。

瞬間、彼女の身体は音を超え、光が比較対象になる速さでプラン・アリストテレスの背に向かって飛翔した。

 

 

 

時間がずれる。

余りに途方もない速さに到達した結果、彼女の周囲の時間はほぼ停止した。

 

 

 

ロイの顔は玉座に座っていた自分を見たままだ。

窓から差し込む月明りの、光の粒子が見えた。

蹴り砕かれたタイルは未だに舞い上がらず、欠伸が出る程の速度でゆっくりと破片へと変わっていく。

 

 

 

そして、そして……プラン・アリストテレスはこのように圧縮された時間の中で当然の様に振り返って、ベネトナシュを見た。

 

 

 

 

─────。

 

 

 

蒼い瞳であった。

恐ろしい程に蒼く輝いた眼であった。

満月の様に煌々と輝くソレはじっとベネトナシュを見ていた。

 

 

見ていたのだ。

この極めて高次元のレベルのモノしか入れない超圧縮時間の中で。

 

 

条件反射だったのだろう。

彼の右腕は今の限りなく圧縮された体感時間を生きているベネトナシュから見ても目視できない速さで腰のリボルバー銃に伸ばされ、直ぐに吸血姫の額に向けて照準を固定された。

後は引き金を引くだけ、であるが……彼ははっと気が付いたかのような顔をしてそれをホルスターに戻す。

 

 

次に彼は怯えるような顔を張り付けた。

無様で、絵に描いたような弱い男の顔を。

 

 

 

時間が戻る。タイルが音を立てて砕け、無数の破片が周囲を舞った。

ロイが驚愕を張り付けた顔で玉座から消えたベネトナシュを探し、プランの首に爪先を突き付けた主の姿を見つけた。

 

 

 

「お慈悲をっ……!」

 

 

情けない声をプランはあげていた。

命を強者に握られた弱者の声であった。

プランは、怯えるかの様に両腕を降参の意を表すかの如く上げ、数歩後ろに下がろうとして腰が抜けたかのようにその場に崩れ落ちる。

 

 

 

多くの吸血鬼たちが求める姿がそこにはあった。

ベネトナシュという絶対者が来訪者を弄ぶ姿が。

 

 

 

「……戯れだ、戻っていいぞ」

 

 

 

「か、感謝します……!」

 

 

呆れた様な顔でベネトナシュは言い放つと、プランはそそくさと今度こそ退室した。

玉座の間の扉までは腰を抜かしたような何度も躓く惨めな歩き方だったというのに、扉を閉めた瞬間スッと背筋を伸ばして淀みなく歩き去ったのを彼女の感覚は捉えていた。

 

 

 

ふざけた奴だと彼女は鼻を鳴らした。

あの男、何を隠している? と微かな好奇心を同時に抱く。

何もかも灰色で空っぽの世界を生きているベネトナシュにとってソレは珍しい感情であった。

 

 

ベネトナシュは台車の上にある菓子を幾つか鷲掴みにするとソレを口に放り込む。

とても甘くて美味しい味であった。

軽々とした身のこなしで玉座に戻り腰を下ろすと彼女は変わらず付き従うロイに言った。

 

 

 

「奴の経歴を纏めて持ってこい」

 

 

ユーダリルで魔竜ノーガードを殺したやら、プルートをヘルヘイムの脅威から守った等、どうせ大げさに誇張された事だろうと思っていた彼女であったが、どうやら違うらしいとベネトナシュは彼への評価を変えていた。

 

 

 

側近に命じれば、ロイはいつも通りに答えた。

 

 

 

「仰せのままに」

 

 

 

変わらぬ忠誠を誓った老吸血鬼の声だけが玉座の間に響くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「愛の源なる女神アロヴィナス。高き貴女の名の下に私は告げる」

 

 

 

 

滔々とピオスの言霊が響く。

彼は広場に集められた役目を終えた下僕たち──多くのゾンビを前に女神への祝詞を捧げていた。

誰もが彼の声に聞き入っている。

死してなお誰かに使われるだけだった彼らは、最期を前にしてようやく人として扱って貰えている。

 

 

 

「世を限りなく愛する女神の子たる我らは誓う」

 

 

 

涙があった。

感謝があった。

報われない人生だけだった彼らは誰もが安らかな顔を浮かべていた。

 

 

ピオスを中心に浄化の天法が発動され、暖かく優しい光が広がっている。

それは徐々に勢いを増し、永遠の夜であるミョルニルの一角を昼へと塗り替えていた。

 

 

「心と魂。力と知恵。尽くを尽くし貴女様を愛することを誓う」

 

 

 

何処までも純粋な願いがそこにはあった。

極点に座す女神を称えると同時に、彼女さえも慈しむ博愛があった。

たった一人の女神よ、我らを愛してくれる心優しき貴女よ、いつか私達は貴女様を孤独から救いましょうという傲慢さえあった。

 

 

 

【我らは貴女様の子として誓う】

 

 

 

【世を愛することを。世を美しくするために尽くを尽くすことを】

 

 

 

ピオスの祝詞に合わせて誰かが声を上げていた。

誰かは判らないが、死したモノらの内の何者かが頭にこびり付いていた女神への祈りの一節を声に出していた。

 

 

 

 

【貴女を愛する様に、我は人をも我が身の様に愛し、支えることを誓う】

 

 

プランもまた女神へと祈りを捧げていた。

嫌いで仕方ない世界の主であり、殆どは人間関係の円滑な構築の為に覚えて口に出していた祈りであったが、此度だけは真摯に唱えていた。

 

 

 

正直に言おう。

プラン・アリストテレスは女神も女神の世界も嫌いだが……彼女の世界を生きる命だけはそこまで嫌いではない。

そして彼にとっての女神への祈りとは、忠実なる女神の信徒を演じることで他者から好ましく映る為の演技であった。

 

 

あとは単純に集中力向上の為のおまじない、みたいなものでしかなかった。

しかしこの瞬間だけは、彼は本気で女神に祈っていた。

かつて“子隠し”を消し去った時や、かの存在の残した傷跡を癒すための慰霊祭の時と同じように。

 

 

 

彼らを本当の意味で救済できるのは女神だけである故に、彼は真摯に乞うのだ。

 

 

【願わくは全能にして慈悲深き女神よ、我らを見守り、その罪を赦されよ】

 

 

 

光が広がる。

ゾンビたちがソレに呑まれて身体が崩れていく。

そして彼らから露出した光は二つに分かれた。

一つは空に、そしてもう一つは虚空に溶ける様に消え去った。

 

 

 

 

「よき眠りを」

 

 

 

プランが呟く。

何処か苦々しい口調であった。

女神は綺麗なモノしか救わない事を知っている彼は、少しだけ顔を顰めた。

 

 

 

「次の目覚めは良きモノでありますように」

 

 

 

ピオスが誰もいなくなった眼前の空間を見て微笑みながら別れを告げた。

そのまま彼はじっと空を見つめ続けた。

まるで昇天した彼らに思いを馳せる様に。

 

 

 

長く永く───ずっと。

5秒が過ぎ、10秒を超えたあたりでさすがのプランもおかしいと思い出した。

何だ、と思って自分もピオスと同じところに視線を向けて……微かな違和を覚えた。

 

 

 

浄化は終わった、ソレは間違いない。

だというのにピオスは何を見て……。

 

 

 

「まさか」

 

 

思わずプランは呟いていた。

気付けば背筋が少しだけ冷えている自分がいることに気が付いた。

彼の視線の先でジジジジという音と共に空が歪んでいく。

 

 

 

莫大な魔力と天力の奔流を彼は感じた。

明らかに規格外の出力であった。

彼の使う“上書き”に近しいながら、次元違いの規模でソレは行使されようとしていた。

 

 

 

思えばアリエスと出会ったときにも、この気配を感じたかもしれない。

 

 

【エクスゲート】

 

 

 

世界の一部が上書きされ、巨大な穴が形成される。

または通路、もしくは少し洒落た表現をするならば回廊と言った方がいいか。

真っ黒な回廊の奥から途方もなく巨大なナニカがこちらに向かってきているのを彼は感知した。

 

 

 

 

(あぁ……これは、ルファスの勘は正しかったな)

 

 

 

プランは内心でルファスの言葉を思い浮かべていた。

レベル500の彼女の発達した第六感はもしかしてこれを予見していたのかもしれない。

 

 

 

真っ黒な影がミョルニルを覆い尽くす。

月灯りに照らされる吸血鬼の帝国はその日はじめて月を奪われたのだ。

 

 

 

 

【アイガイオン】

 

 

レベル 740

 

 

種族  航空母竜

 

 

 

現れたのは、空を覆う絶望であった。

 

 

どう見繕っても全長数キロはある超超巨大な竜が2頭ほどミョルニルの上空に現れ、次いでこの国に住まう全員が同じ声を聴いた。

舌ったらずで誰が聞いても子供のソレである声は興奮を隠しきれない様子で空から響き渡った。

 

 

 

 

 

『ごきげんよう!』

 

 

 

“竜王”ラードゥンの喜色と狂気に塗れた声がミョルニルへと降り注ぐのであった。

 

 

 




竜王「きちゃった♡」



いきなりですが次回より
「ミョルニル大爆発! ぶっちぎりバトルヴァンパイアーズ!!」
を開始したいと思います。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。