ラスボスからは逃げられない! 作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)
原作でも過労死したインフレさんに過労の魔の手が迫る事でしょう。
“アイガイオン”
レベル740にも及ぶソレは一頭の巨大な竜というよりは、複数の竜が細胞レベルで結合し製作された一種のキメラである。
竜の身体、というよりは細胞はとてつもない再生能力を秘めており、時間があれば失った手足が生えてくると言われるが
これはソレを応用して製作された怪物であった。
コレの材料はラードゥンを形成する100にも及ぶ竜の頭である。
ソレをまず数本切り落とした後、好きにさせておくと周囲の魔物や魔神族などを切断面から肉の触手を伸ばして好き放題に貪り始める。
普通の竜ならばともかく常識を外れた生命力を持つ竜王だからこそ頭だけで生存できるのだ。
そこに高濃度の竜王の血を呑ませると、頭同士が結合し合い新たに肉体を生成しだす。
その際の変異の方向性を本体であるラードゥンが直に操作することでこの怪物は製作されていた。
全長は2300メートル。
翼幅は3980メートル。
全高は520メートル。
二対四翼の翼だけでは飛行を維持できないのか、身体の各所には“穴”が開いており
そこから推進剤の様にブレスを放出し続けて滞空を続ける怪物である。
生物学的な雌雄は存在しないが、これは体内に無数の子宮の様なモノを保持しており
その中で単体で生殖行動を行う事ができる。
子宮の中に満たされた培養液はラードゥンの細胞をすさまじい勢いで活性化させ、あっという間に戦闘が可能な竜を作り出してしまうことが出来た。
つまり、端的に言うとコレは竜を量産できるのだ。
偽竜、蛇竜、ワイバーン、何であれ竜に属するモノであれば竜王の血と細胞から生産可能である。
生まれたての時点で既にレベル200を優に超える竜は時間と共に成長を続け、最終的には劣化/複製ラードゥンともいえる存在へと進化できた。
空飛ぶ難攻不落の要塞にして軍団の生産拠点にして補給拠点。
アイガイオンに求められる役割はソレらである。
ミズガルズ中の魔物を集め、結成されつつある竜王の軍勢の兵器の一つ。
それがアイガイオンであった。
いずれ来る大団円を飾る大事な大事な兵器のお披露目は、ミョルニルにて行われるのだ。
月をも覆い尽くす馬鹿げた大きさの竜から無邪気な声が響き渡る。
ミョルニルの上空に突如として出現した巨竜アイガイオンの口から彼のモノではない声変わりしていないような少年の声が発せられていた。
『みなさんごきげんよう! ぼくの名前は“竜王”らーどぅん っていうんだ!!』
キンキンと響く爆音であった。
聞く者の事など欠片も考慮していない騒音と言ってもいい。
しかし誰もがソレに対して異を唱える事など出来なかった。
空が落ちてきた様な重圧に吸血鬼たちは誰もが動けなかった。
桁が違うと誰もが本能で悟ってしまった。
そんなことを知ってか知らずか竜王は一方的に話し続けた。
『えー、きょうは ミョルニルのみなさんにこうして挨拶できてぼくはうれしいです!』
『でもでも、きみたちのおうさまの ベネトナシュちゃんは“わるいこ”なんだ』
『それにきみたちも“わるいこ”だね! 女神さまをしんじてないんだもん!!』
ケタケタ笑う。
まるで子供が何もないのにいきなり笑いだすかの様に。
何処までも一方的で、相手の事など考えもしない傲慢な感性がそこには見て取れた。
『なんかいも ダメだよって言ってるのに ベネト……あー、ベネットちゃん? はぼくの国をあらしました』
『ぼくがそっちにむかわせた使者をころしました』
『ぼくの邪魔をしました』
だから、と一拍が置かれる。
その先に何が続くかは誰もが判っていた。
『だから、ぼくもかのじょを殺しちゃうことにしました!』
竜王の声が一オクターブ高くなる。
隠し切れない興奮と狂気を乗せて大々的に彼はミョルニルに存在する全ての存在に宣戦布告を叩きつけた。
『宣誓! ぼくは 女神さまの教えにのっとり せいせーどーどー、戦争することを ここに、ちかいまーす!』
『つげます! これより ミズガルズの“じんるいしゅ” は七つから六つにかわります!』
『きょうがきみたちの最後のよるになります! きみたちの歴史は、きょうで終わりとなります!』
『これより宗教裁判をはじめます!!』
『被告“ミョルニル”!!
被告“ベネトナシュ”!!
被告“きみたち全員”!!!!』
『はんけつ!! ────死刑!! 死刑っ!! 死刑死刑死刑ッッッ!!!!』
『─────死刑、しっこぉおぉおおおおう!!!』
竜王の宣誓が終り、彼は吸血鬼を絶滅させるために己の軍勢に命令を下した。
アイガイオンの口が開き、超高温のブレスが放たれる。
それはミョルニルの一角に着弾し、都市の2割にも及ぶ面積を瞬時に消し飛ばした。
ぎゃはははははっはははははははは!!!!!
爆発を認めた巨竜の口から恐ろしい高笑いが木霊する。
竜王の悪意と狂気に満ちた狂い笑いは遠く離れた隣国まで届くだろう。
アイガイオンが身悶えする。
幾度も幾度も破水が発生し、ボタボタと水が大地に向けて垂れ流された。
大きく膨らんだ腹部にいくつも空いた穴から次々と竜たちが降下を開始。
産まれたばかりの個体でさえレベル200オーバー。
少しだけ育っていた個体でさえレベル400は優に超える怪物の群れが次々と落下してくる。
さながらそれは夏の曜日に見られるスコールの如き勢いであった。
あっという間に無数の黒い粒がミョルニルを覆った。
そしてミョルニルの各所で火柱が上がった。
竜たちが空を飛び回り国のあらゆる個所にブレスによる爆撃を開始したのだ。
一撃ごとに優雅ともいえた夜の国が壊れていく。
真祖の時代より万の年月を超えて存在してきた都市が燃え落ちていくのだ。
各地から悲鳴が上がる。
完全なる不意打ちに吸血鬼たちは右往左往していた。
多くの者がこれを現実と認める事さえ出来なかった。
ミョルニルに敵襲?
ベネトナシュ陛下のおわすこの国を滅ぼす?
空を埋め尽くす竜の軍団?
まさか、コレは何かの冗談ではないか、とさえ多くの者は思っていた。
が、しかし燃え盛る業火とブーツの底から揺さぶられるような振動が彼らを現実に引き戻した。
普通の国ならば恐れるだけだっただろう。
恐怖に震え、怯えながら竜の餌になるのが関の山だ。
しかしここはミョルニルである。
吸血鬼の帝国は、侵入者を決して許しはしない。
直ぐに吸血鬼たちは己の誇りを取り戻す。
我らはミズガルズ最良にして最強の種。
竜などトカゲと何も変わらないのだ、と叫びを上げて迎撃が開始された。
大地が隆起する。
ミョルニル周辺、数十キロの大地が丸ごと蠢いた。
吸血鬼の者達の大半が所持している【ネクロマンサー】のクラスによるスキルが行使された結果だ。
百人単位の術者が同時に息を合わせてスキルを行使している。
結果、続々と地の底より死者があふれ出し、それらはあっという間に地平を覆い尽くす群れとなった。
呻きながら死者たちは空を舞う敵を睨みつけ、自分たちもまた飛行能力を得るためにその姿を変貌させる。
腐りかけの肉と肉が結合され、皮肉な事に姿かたちは侵略者である竜を模した姿が形成された。
さしづめドラゴンゾンビといったところか。
腐敗したガスと濁った魔力が噴射剤となり、翼膜の破れた翼から放出される。
竜を相手に腐竜の軍団が飛び立った。
レベル的には100にも満たない弱い偽竜もどきであるが数が異常であった。
ミズガルズ中のあらゆる死者を持ってきたのではないかと思える程の数だ。
竜たちの10倍以上の数を以てドラゴンゾンビの大群が吸血鬼の帝国を守る為に飛翔し、熾烈なドッグファイトが始まった。
「……」
プラン・アリストテレスはピオスを傍らに控えさせて守りながら冷静に頭を回していた。
お題はいうまでもなく、ミョルニルの戦力で竜王の軍団に勝てるかどうか、である。
結果は直ぐに出た。ベネトナシュは確かに強いが、もしもこの場に竜王が自ら参戦していたとしたら……勝てないだろう。
竜王のレベルは1000。
それに対してベネトナシュは900。
レベルだけ見ても彼女は竜王に劣る。
このミョルニルが彼女の本拠地であり、吸血姫としての能力を増幅させるモノがあったとしても難しいと彼は思っていた。
理屈ではない。アリストテレスは竜王の声を聴いた時に感じ、悟ったのだ。
以前、アラニアが語っていたことは正しいと彼は理解した。
間違いない。
竜王はかつてよりも遥かに力を増している。
比較にさえならない。いま、ミズガルズで最も強いのは疑いようなく彼だ。
今の彼に比べれば他の“四強”など大したことのない存在に成り下がってしまうだろう。
魔神王こと■■でさえ超えうる力をもっていると評するしかないナニカを彼は感じていた。
そして先の竜王の宣誓は現実となる可能性が高いことを彼は悟っていた。
それは、このままだとミズガルズの七つの人類種の一角である吸血鬼は彼の手によって絶滅させられるということだ。
数万年の年月を生き延びてきた種が終るかもしれないという事実はとてつもなく重い。
(さて)
それを踏まえた上でプランの心には微かも揺らがなかった。
そうか、吸血鬼が滅ぶか。ソレは困るな、としか。
幾ら排他的で、傲慢な種とはいえ滅ぼされるのは困る。
特に“吸血姫”が死んでしまう事だけは避けたいと彼は思っていた。
もしも彼女が死んでしまったら、ミズガルズのパワーバランスが大きく狂う。
彼女がいるからこそ大人しいゾンビを始めとした魔物たちがいるのだ。
彼女がいなくなったら魔神王はともかく、獅子王あたりが変な欲を出すかもしれないというのも困りものだ。
結果、ミズガルズは竜王と獅子王と魔神王の三つ巴の戦乱時代に陥ってしまうかもしれない。
それは凄く凄く困る。
何とかしなくてはいけない。
なので彼は順序だてて考えた。
大目標としてはミョルニルを守る。
最悪ベネトナシュだけでも生存させる。
吸血鬼はまぁ、彼女さえいれば何とでもなるだろう。
その為には竜王の軍勢を倒さないといけない。
全滅とまではいかないまでも、撤退まで追い込めたら上々だ。
そうするにはやはり敵の大部分を撃破することが望ましい。
さて、どうしたものかと考えを纏めているとピオスがプランに話しかけた。
「私は私の力を必要とする所に行きましょう」
ピオスが声を上げる。
彼が目的とする個所は恐らくだが避難所か、もしくは医療系統の施設だろう。
高位のサポーターでもある彼の力を必要としている所は幾らでもある筈だ。
不気味に輝く蒼い瞳がピオスを見た。
アリストテレスは感情のない声で言う。
「送ろうか?」
プランの提案にピオスは首を横に振った。
自分がこれから命がけの行脚を行うことを知り尽くした上で彼は平然としていた。
恐ろしいまでの平常心であった。思わずプランが感嘆してしまう程に。
「結構。ミョルニルの構造には詳しいので、上空から見えづらいルートを通りますとも」
「だから……貴方は貴方の成すべきことをしてください。
この戦いを終わらせることを最優先に考えるのです」
それだけを言うと彼は駆け出していく。
遠巻きに彼を眺めていた何人かのゾンビが彼を追うように走り出す。
一瞬だけプランを見ると、頷く。
任せて欲しい、と言葉にしないが強い覚悟がそこにはあった。
誰も彼もが彼を守るという強い意思を瞳に宿していた。
例えここで死んだとしても、後でピオスが心を込めて弔ってくれるという強い信頼を抱いているのだ。
こんなにも腐り果てた自分たちをまだ人間として扱ってくれる存在をむざむざ死地に一人で送り出す程に彼らは腐ってはいない様だった。
気晴らしでもするようにプランは無造作にリボルバーを抜き取り空に向かって放つ。
視線さえも向けず、腕だけを動かして銃を撃ったのだ。
【サイコスルー】で回転を加えられた弾丸は狙いもつけていないというのに超音速で飛び回る竜の口蓋に完璧なタイミングで飛び込み、瞬時に頭蓋骨にまで達する。
【剣の冬】
脳髄を内側から串刺しにされた竜が落下する。
レベルは大体380と言った所か。
残りの竜の数は……とりあえず万に届くとだけ。
つまりキリがない。
一秒に一頭ずつ倒しても数時間は掛かってしまう。
終わる頃にはミョルニルは綺麗さっぱり消え去っている事だろう。
更に厄介な問題がもう一つある。
吸血鬼という種が持つ傲慢さだ。
彼らは誇り高い。
いや、高すぎると言いなおすべきか。
仮にここでプランが何らかの手段で竜王とその軍勢を撃破ないし撃退したとしよう。
そうなると彼らの面子は丸つぶれである。
助けてくれてありがとう、お礼に人類の同盟に加わります、とはならない。
よりにもよって下等種に救われたという屈辱が彼らを焼く事だろう。
確実に揉める。
彼らの時間感覚では数十年は一瞬である故に、この先数百年は確実に揉めごとの火種が出来る。
なるほど、では彼らの面子を立てて行動しようかと考え、プランはマントの内側にぶら下がっている金属の筒を軽く撫でてから歩き出した。
まずはロイを探そう。
この国の重鎮であり、多少は穏健な彼と交渉するのが第一と彼は判断していた。
「……」
歩きながら気配を感じて空を見る。
宮殿より飛び出した銀色の閃光が空を駆けていた。
小さいながらも圧倒的な存在感を放つソレが誰なのか考えるまでもない。
この国の王にして吸血鬼より産まれその先へと進むモノ。
“四強”の一角にしてミズガルズ最強の人類、ベネトナシュだ。
月を従えた夜の擬人化存在は竜の大群を前に怯むどころか、むしろ楽し気でさえあった。
絶対的な自信がそこにはある。
自分が負ける等ありえないという強者の傲慢ともいえるものが。
彼女は攻撃的な笑みを浮かべ、アイガイオンに向かって一直線に突き進んでいた。
進行方向上にある竜が迎撃の為に動くが……彼女が腕を一振りするだけで弾き飛び、肉片と変わってしまう。
5500回。
彼女は一秒間に腕を5500回動かし、軽く竜を引っ掻いただけだ。
余りの速さに傍から見ると一振りしたようにしか見えないが、実際はそうなる。
吸血姫の細いながらもこの世で最も鋭利な爪は竜の鱗や甲羅を紙細工か何かの様に千切り取り、バラバラに変えてしまった。
悲鳴さえ上げられず、レベル300オーバーの竜332頭は万にも及ぶ肉片と血の雨に変り果てて落下していく。
ベネトナシュが受け入れきれなかったマナがばら撒かれ、それをプランは軽く手を掲げて集め取る。
完成した黄金色のリンゴを彼は懐にしまう。
ベネトナシュの唇が小さく動いたのをプランは見た。
読唇術を一応は使えるプランは彼女が何と言ったかを読み取ることが出来た。
つ ま ら ん
たった四文字であったが、そこには彼女の今までの人生全てが含まれているような圧があった。
小手調べで300にも及ぶ竜を細切れにした彼女は勢いを落とさず、全身に月属性の魔力を纏ってアイガイオンの腹部に飛び込んだ。
全長数キロにも及ぶアイガイオンに対してルファスと同じか、むしろ小さいまであるベネトナシュではあまりに馬鹿馬鹿しい程のサイズ差がある。
蟻と像という例えでさえ及ばない程の大きさの違いだ。
が、次の瞬間……アイガイオンの腹部に巨大な穴が開く。
幾つもの子宮を宿していた竜の腹部は大きく膨らんでいたというのに、今やその部分が丸ごと消し飛んでいるのだ。
アイガイオンは全体の質量の4割以上を一瞬で失い、白目を剥いて墜落を始め……穴の中心部に佇んでいたベネトナシュが軽く手を握りしめる。
ベネトナシュは魔法に特化したクラスである【メイジ】と【ソーサラー】のクラスも所持している故にこれは当たり前の話である。
赤を通り越して青い炎が彼女を中心に巻き上がる。
典型的な“火”属性の攻撃魔法である【ファイアー・ストーム】だ。
渦巻く炎を召喚し、巨大な燃え盛る竜巻として行使するこの高位の術をベネトナシュは片手で軽々と発動させていた。
炎の渦はあっという間に腹部を失ったアイガイオンを飲み込み、この巨竜を真っ二つに引き裂いた上でまとわりつく。
全身を超高温で嬲りつくされた上に、体内まで引火させられたアイガイオンは悲鳴を上げながらミョルニル近郊へと落下した。
ドォンというとてつもない爆音を響き渡らせ、そこにあった山を上から押しつぶして竜王の巨大兵器は地に落ちたのだ。
ミョルニル中から歓声が上がる。ベネトナシュ陛下、ベネトナシュ陛下、我らの王よと全ての吸血鬼が喝采を上げている。
月を背後に控えさせ、己を称える民たちを見るベネトナシュの瞳はやはりというべきか、何の感慨もなかった。
残ったもう一頭のアイガイオンを見てから……彼女は弾かれたように顔を全く違う個所へと向けた。
アイガイオンの事はもう視界にも入っておらず、どうでもいいとしか思っていない様だった。
そして彼女は空中を蹴り、雷の数百倍の速度で姿をかき消した。
アイガイオンと燃え盛るミョルニルに背を向け、彼女は何かに取りつかれたかのように一目散に移動するのだ。
アリストテレスが眼を細めた。
彼には吸血姫がどうして姿を消したか思い当たる節があった。
ミョルニル近郊に、とてつもない空間の乱れが発生しようとしている。
巨大惑星……いや、星系一つにも匹敵する程の、膨大なマナ集積存在が降臨する予兆を彼は感じ取っていた。
これはまずい事になったと彼はここから予期される未来に対して思いを馳せた。
……これは、ベネトナシュの命は諦めた方がいいかもしれないな、とアリストテレスは冷徹に考えるのであった。
ベネトナシュの人生は今まで灰色であった。
産まれた時から己が“外れた”存在だと認識し、周囲とはどうしようもなくズレた世界で生きてきた彼女にとって、ミズガルズとは退屈極まりない箱庭でしかなかった。
生誕より100年以上生きてきた彼女であるが、本当の意味で彼女が生きてきたことなど一度もなかった。
物心ついた時より彼女は周囲を“薄い”と感じて存在していた。
余りに薄い。弱い。ちっぽけだ。下らない。
多くの兄や姉がいた。父と母もいた。
だというのに、彼女はそれらを一度も同族、ましてや家族と思えなかったのだ。
人間が自分の両親を名乗るサルを見て、そんなことあるわけないだろうと苦笑交じりに思ってしまうのにこれは近い。
それほどまでに彼女と他の吸血鬼は隔絶した存在なのだ。
先祖がえりを超えた突然変異。
プランは彼女をそう評したが、それでもまだ彼女という存在への評価には生ぬるい。
そこらへんのトカゲが卵を産んだら竜王が孵った、そういう次元の笑えない笑い話なのだ。
10歳の時に偽竜を200頭あまり殺害した異端中の異端。
真祖ブラッドを超え、新たな時代を作る先を征く者。
吸血鬼にして吸血姫。
ミズガルズ最強の一角。
単体で竜の群れをも軽々と絶滅に追い込む生きた大災害。
それが彼女である。
銀色の髪を翻しながらベネトナシュはミョルニルから10キロほど離れた荒れ地に移動していた。
移動にかかった時間はもちろん一秒にも満たない。
限りなく光速に近い速度を叩きだす彼女の脚力ならばミズガルズ一周でさえ瞬く間に終えることが出来るだろう。
「私を殺す、だと?」
思わず彼女は呟いていた。
先の竜王の宣誓を彼女は当然聞いており、それに対して抱いた感情は怒り……ではない。
ベネトナシュは竜王の殺害宣言に奇妙な話ではあるが、ぞっとした喜びを抱いたのだ。
「随分と舐めてくれるものだ」
腕を組んで荒野の一点を睨みつける。
荒れ果てた大地の一角にぽっかりと黒い“孔”が開いていた。
そこから迸るのは天と魔の力である。
互いに反発しあいながらも循環を繰り返す天魔の力は力任せに世界の一角を切り取り、此処と何処を繋ぎ合わせていた。
「…………」
そして……そして、ベネトナシュは生まれて初めて“濃い”と感じた。
途方もない、想像を絶する程のマナが向こう側から送り込まれてきている。
それこそミズガルズ全土に拡散するマナを一カ所にかき集めたかの如き量だ。
いや、それでもまだ足りない。
ミズガルズをダース単位で用意してようやくという規模のマナだった。
概念的なマナは素体に対して受肉し、一つの形へとこねくり回され形作られていく。
全てはベネトナシュを殺すという当初の目的を果たす為に。
彼の行動に星が震えた。
異変はミョルニルだけにとどまらない。
“竜王”が戦闘を始めようとしている。
その事実一つだけで、ミズガルズにおけるあらゆる強者が彼のいる方向を向いた。
“魔神王”は玉座に腰かけながらも虚空を仰いだ。
■■としての本能か、世界を乱し全てを引っ掻きまわす者への嫌悪を彼は抱いた。
“獅子王”は牙を剥きだしにして笑った。
中々やる奴がいるな、まぁ、俺には届かないがと彼は嘲た。
“魔王”は傷を癒し、新たに深海に繋がる道を作りながら顔を歪めた。
アリストテレス諸共、必ず殺してやるぞと決意を新たに抱く。
“邪神”は気だるげに地上を見た。
自分の安息を乱しかねない存在を彼は認識し、微かな苛立ちを覚えた。
リュケイオンにて留守を任されていたルファスは母に寄り添いながらも窓の外を見ていた。
彼女は己の直感が当たってしまったことに気付き、ここにはいない男を睨みつけた。
「……うそつき」
苛立ち紛れに小さくルファスは呟くのであった。
何がダメだったらすぐに帰ってくる、だと。
それは11の首をもっていた。
10の漆黒の頭と、それに相反する純白の頭だ。
無機質な兄たちを従えた11本目が、急速に【エクスゲート】の向こう側からこちらに顔を覗かせようとしていた。
まずは三頭、深淵より伸びてきた漆黒の竜頭がゲートの淵に噛みつく。
本体を持ち上げる様にそれらは空間に噛り付き、踏ん張るような呻きを上げていた。
熱波が【エクスゲート】の奥より吹きつけてくる。
漏れ出た微かな熱だけで、周囲の温度はあっという間に人間が生存できるモノを超えたが吸血姫は気にした様子も見せない。
そして……七つの頭が真下に向かってブレスを絶え間なく噴射し、推進剤代わりとして竜王の巨躯に飛行能力を与えていた。
とてつもなく巨大な竜王の身体が【エクスゲート】より出現する。
真っ白な頭は眼下に佇む小さな小さな少女を見て陽気な声を上げた。
『ごきげんよぉーう! きみがベネットちゃんだね?』
あえて嬉しいよと竜王はケタケタ笑う。
翼が大きく広がり、11の首が同時にベネトナシュを見た。
しかし、本当の意味で見ているのは11本目だけであり、残りの兄たちにはまるで意思や自我というものがない。
ソレはベネトナシュが初めて見た“濃い”存在であった。
しかしながらその存在を認めた彼女の中に喜びはなかった。
「醜いな……反吐が出そうだ」
吐き捨てる。
初めて出会った己と同じような外れた存在だというのに、彼女の胸中には苛立ちと嫌悪が満ちていた。
こんな醜悪な怪物と自分が同一視されていたと考えるだけでベネトナシュの額には青筋が浮かんでしまう。
そんな彼女の憤りなど知った事ではないと竜王は傲慢に語り掛けた。
『はいはいはーい! ちゅうもーく!!
ええっとね、こうやって折角であえたんだからさ、さいごにもう一回だけチャンスをあげる!!』
にこっと竜王の瞳が細められた。
チロチロと舌が口より出入りし、涎を垂らしながら彼はベネトナシュに対してまるで上位者の様に提案するのだ。
『いまからでも遅くないよ。ぼくと“友達”になろう!
ぼくといっしょに───』
言い終わる前にベネトナシュは動いていた。
陶酔しながらふざけた言葉を並べ立てる白蛇に向かって大地を蹴ると、腕を振るう。
固定され続けた満月の夜とミョルニルの国土そのものが彼女に膨大な補正を与え……吸血姫の細腕は竜王の首を一本軽々と切断した。
「お前の戯言に付き合うつもりはない……消え失せろ、下等なトカゲが」
右から4番目の頭が落ちていく。
白目を剥きながら口をあんぐりと開けた間抜けな顔だった。
それを認めた11本目は小さなため息をついて言った。
『ああそう。ざんねんだね。すっごく残念』
つまらないものを見る様に竜王はベネトナシュを見つめて告げた。
『じゃ、やっぱり死ぬしかないね』
“吸血姫”と“竜王”の戦いはこうして始まるのであった。
アイガイオン
切り落とされた頭を生やせるのなら、頭から身体も生えてくるのでは
というラードゥンの閃きによって誕生した巨竜。
言わば竜王のクローンであり、これ自体が巨大な移動式軍事拠点として機能する航空母艦である。
作中の個体もまだまだ成長中であり、放っておくと更に強くなることだろう。
何より恐ろしい事実としてこの竜は量産品である。
ラードゥン。
恐らくこの作品で一番美味い空気を吸って生きているキャラ。
もう四強で一番影が薄い等と言わせない。