ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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そろそろ自重を捨てて行こうかなと思います。



プランは提案した!

 

吸血鬼の帝国ミョルニル。

一万年もの昔、真祖ブラッドが興したとされる国を下敷きにした国家はミズガルズの中で最も長い歴史を持つ国であった。

かつては光の妖精姫ポルクスとも鎬を削ったとされる魔王の座した国は、今や燃え上がっていた。

 

 

竜王の攻撃は徹底的かつ、無慈悲に行われている。

最初に宣言した吸血鬼を絶滅させるという彼の言葉に嘘は全くないと判る容赦のなさである。

 

 

 

七芒星を模していた大通りは断絶させられ、歴史ある建造物は根元から倒されていた。

国の中央を通る運河には幾つもの死骸が浮かび上がり、竜の放つブレスによる熱量で表面は燃え上がっている。

 

 

真祖ブラッドの彫像はミョルニルの代表的な芸術品であった。

10メートル程にも及ぶこの迫力と存在感がある一品は、建国者ブラッドを称えるためのシンボルであった。

 

しかしもうない。

飛来した竜のブレスは脛から上を消し飛ばし、火で炙ったキャンディの様にドロドロに溶かしつくしてしまった。

 

 

 

メメント・モリ博物館はミョルニル、ひいては吸血鬼と言う種族の歴史を纏め、編纂した記念館であった。

古代の貴重な資料や、多くの文献、もう滅んでしまった種族の残した作品などを数多くまとめていたこの建物は金では決して買えない貴重な歴史の宝庫だった。

 

 

しかしもうない。

アイガイオンから放たれた砲撃はメメント・モリ博物館が存在していたミョルニル第三区画を纏めて消し飛ばし、巨大なクレーターへと変えてしまったから。

 

 

 

闘技場はミョルニルで最も人気ある娯楽施設であった。

毎夜毎夜、捕まえてきた魔物を殺し合わせて賭け事に興じるのが吸血鬼たちの数少ない娯楽なのだ。

 

 

しかしもうない。

闘技場に囚われていた魔物たちは竜王の配下により解放され、今やかつての主である吸血鬼たちを追いかけまわし、食い殺そうと躍起になっていた。

“四強”の一角が近くにいる。ただそれだけで彼の配下たる魔物たちは強化され、想像を絶する攻撃性を付与されるのだ。

 

 

 

非戦闘員の吸血鬼たちは逃げ回るが、それでもかつては弄んでいた魔物たちに捕まり、悲鳴を上げながら全身を食い散らされていく。

皮肉な事に、高すぎる生命力が彼らの苦痛を長引かせていた。

 

 

 

一隻はベネトナシュが落としたとはいえ、もう一隻のアイガイオンは未だ健在であり、この馬鹿馬鹿しい程に巨大な竜は絶え間なく竜を生産し、戦線に送り込み続けていた。

それどころか内部に収納していた竜以外の兵員も次々と喜びの絶叫を上げながら目の前の“ごちそう”に飛びついていた。

 

 

魔物。

竜。

そして亜人。

 

 

全て竜王の配下である。

かつてはレベル100どころか50,いや、30にも満たない弱者である彼らであったが、もう違う。

全員が全員レベル250オーバーの怪物、それが今の彼らであった。

 

 

魔物の群れが闊歩する様は正に恐怖劇としか言いようがなかった。

誰も彼もが破壊の快楽に身を委ねていた。

何もかも、目につくモノ全てを壊していいという快楽である。

 

 

「ラードゥン様、バンザァァァイ!」

 

 

誰かが叫んだ。たまらないと言った様子であった。

竜王の齎してくれた力にとある亜人は酔いしれ、目じりから涙を流していた。

彼は魚人であった。

魚と人を奇妙な割合で混ぜ込んだ様な容姿の彼は、今まで馬鹿にされ、見下される人生ばかりであった。

 

 

しかしそれも過去の話。

今の彼は誰の目を気にすることなく、目につく者を全て思うがままにする権利を得ていた。

 

 

 

そうだ、竜王は約束を守ったのだ。

弱者であり、奪われるだけの彼らを一転して奪う側に転嫁させるという約束を。

竜王の血と細胞の一部を取り込まされた彼らは今や最低でもレベル200は確実に超えるという圧倒的な力を付与されている。

 

 

 

“ぜんぶ食べていいよ。ミョルニルは、きみたちのご飯さ!”

 

 

 

そして竜王の命令は単純にして効果的な物であった。

少なくとも魔物の軍団に対する命令としてこれ以上ない程に。

下手に戦術を説明するよりも、ここを壊してとだけ伝えて、後は自由にさせているのだ。

 

 

 

アイガイオンから降下したラードゥンの軍団はミョルニルの各所、重要拠点に徹底的な破壊を加えていた。

それ以外の個所にも無差別攻撃を行い、民間人に膨大な犠牲者が出ているが、これは仕方ないだろう。

竜王の軍団は人間同士の戦争で適用されるルールなど関係ないのだ。

 

 

目についたから殺す。

腹が減ったから食う。

理由はないけど殺す。

 

とにかく殺したい。

壊したい。

この世の何もかもを食い尽くし、搾り取った絶望を女神に捧げよう。

 

 

 

彼の軍は竜王と女神アロヴィナスを信仰していればそれでいいのだ。

 

 

 

 

まずはベネトナシュの宮殿。

何十もの竜が群がり、突撃を繰り返されたソレはもはや半壊といった有様であった。

先祖代々受け継がれてきたミョルニルの王城はさすがというべきかとてつもない抵抗を続けていたが陥落は時間の間近だろう。

 

 

 

次に巨大な時計塔。

石造りで、ベネトナシュの属性でもある『月』のレリーフが堂々と掲げられた時計塔だ。

ミョルニルの象徴的な建造物であるコレは、同時にミョルニル全土を見渡し監視するための拠点であった。

 

 

 

そこにも当然の様に竜が群がり、壁面には百を超える魔物や亜人が這い上がっていく。

やがては頂上に到達した彼らは、中で抵抗をしていた吸血鬼の四肢をもいで手足を投げ捨てた。

残った胴体は生きたままワイバーンたちに群がられ、自分が咀嚼される音を聞きながら命を終えるのであった。

 

 

 

 

死、死、死。

ミョルニルには死が満ちていた。

全人類の中でも最高と言える程の生命力を持つ吸血鬼たちが、次々と殺されている。

 

 

 

魔物たちはしぶとい吸血鬼たちへの対処法を編み上げていたのだ。

中々死なないのであれば、食べてしまえばいいと。あとは胃袋が解決してくれる。

もちろん、大勢の仲間たちと一緒に分け合って食べるとなお良い。

 

 

 

故に竜王はミョルニルを指して「ごはん」と表現したのだろう。

今宵、この地は巨大な皿となった。

吸血鬼と言う食べ放題のフルコースを乗せた巨大な皿に。

 

 

 

ミョルニルは燃えていた。

その火柱は遥か空から見ると、女神アロヴィナスを称えるようなきれいな十字を描いていた。

 

 

女神さま、女神さま、偉大なる女神様万歳!

女神アロヴィナス万歳! この国を満たす絶望を捧げます。

この国で作った屍山血河こそ貴方様を称えるモニュメントです、という竜王の無垢な訴えが聞こえてくる様な美しい光景であった。

 

 

 

 

 

そんな地獄の中をアリストテレスは黙々と歩いていた。

彼が目指すのは恐らくロイがいるであろうベネトナシュの王城である。

彼の忠誠心の高さからして、己の主の城を守護しているのは容易に想像できた。

 

 

故に彼は大通りを真正面から往き、吸血鬼たちを救助しながらロイの下へと歩いていた。

途中、目につく吸血鬼たちを片っ端から救助しながら。

既に20人ほど彼は助けていた。

 

 

こういう個人的な“恩”は後々役に立つという計算高さからくる行いであった。

 

 

 

右に左に、上に後ろ。

プランは全く視線を向けずにリボルバーを発砲する。

【サイコスルー】によって“回転”を加えられたソレは亜人の心臓を貫通し、そのまま壁に当たって跳弾、また違う亜人の頭を吹き飛ばし跳弾……それを都合20回程繰り返す。

時には空中で銃弾同士が衝突し合い、軌道修正を加えられて次の哀れな獲物を貫き続ける。

 

 

 

偽竜が落とされる。

魔物が消し飛ばされる。

亜人が刀剣のオブジェに変わる。

 

 

これは戦いというよりは作業である。プランにとってはいつもの事だ。

拳銃の装弾数は6発。

シリンダーが一回転するごとに120ほどの命が消え去っていくのだ。

 

 

 

黙々と歩きながら腕だけが別の生き物の様に動き回り奇跡的な精度による精密射撃を繰り返す。

慈悲もなく、情もない。ドワーフの作る戦闘ゴーレムの様であった。

気付けば彼を中心として半径500メートルほどの竜王軍が殆ど駆除されてしまっていた。

 

 

悲鳴を上げながらボトボトと偽竜が堕ちてくる。

まるで虫けらの様にレベル200を超えた竜たちが次々と叩き落され続け、不気味な肉の雨の中をプランは闊歩した。

 

 

 

 

 

「いやっ! いやぁっっ! やめてぇぇぇぇっっ!!」

 

 

また一人、彼は魔物に襲われている吸血鬼を見つけた。

ワイバーンに足を齧られ、ぶんぶんと振り回されている少女であった。

彼女は泣きながら己の齧り取られた足を速く再生してくれと叩いていた。

 

 

 

さらに二頭、ワイバーンが彼女に群がり……同時に刀剣のモニュメントへと変わった。

同じように彼女を加えていた偽竜も眼窩を正確に撃ち抜かれ、脳髄を破壊されたことで死亡した。

弾丸は空に向かって飛翔し、数十という竜を次々と叩き落し始めた。

 

 

アリストテレスは呆然とした顔を晒す少女に近寄り、語り掛けた。

 

 

 

「大丈夫ですか?」

 

 

「あ、ああ、ああ……」

 

 

こくこくと彼女は頷き、震えながらアリストテレスの手を取って、生えかけの足で何とか立ち上がった。

そして足の再生を終えた後、彼女は一礼すると王城へと走っていった。

 

 

 

「よせ゛っ!!や、やめろっ゛! ごうざんずるがら、やめっ゛!!」

 

 

 

次に目についたのは吸血鬼の男性であった。

彼は何故か魚人に馬乗りにされ、顔を滅多打ちにされていた。

筋骨隆々の魚人は残忍な笑みを浮かべ、吸血鬼のかつては端正であっただろう顔を壊して遊んでいた。

 

 

拳を振り下ろすたびに鼻が砕ける。

拳を振り下ろすたびに歯が全て割れた。

拳を振り下ろすたびに男の哀れな悲鳴が響いた。

 

 

見下す様に魚人は吸血鬼の男に語り掛けている。

返事など期待していない、一方的なものであった。

 

 

「どうなんだな? 痛いんだな? 

 でもでも、オイラの受けた痛みはこんなもんじゃない!!」

 

 

 

唾を吐きかけ、喉を抉り、丹念に吸血鬼を解体する魚人を見てアリストテレスは首を傾げた。

こういう特異なモノを見ると興味が湧いてしまうのは彼らの性のようなものであった。

 

 

優先度6に設定した【観察眼】で見ると、彼のレベルは何と330と出た。

地上においては最上位といっていい戦闘力を持つ亜人が彼であった。

多くの魔物を食い漁らないと至れない領域の力であるが、それにしては彼は小型だというのが気になった。

 

 

何より、魔物を丸のみに出来る程に彼の口は大きくはなかった。

やがて彼はアリストテレスの視線に感づいたのか吸血鬼を嬲るのをやめると、人間の男を見て口を開いた。

 

 

「お前……オイラを笑ったな? オイラの顔が、醜いって笑ったな?」

 

 

「……さて?」

 

 

 

「笑った! 今、お前もオイラを笑ったな!! 許さないんだな!! 

 どいつもこいつも、オイラを笑う奴は全部殺してやるんだな!!」

 

 

「なるほど。よくわかった」

 

 

 

言葉は通じるが、話は通じないとアリストテレスは瞬時に眼前の魚人……ひいては竜王の軍団に対しての裁可を下した。

つまり、魔神族と同じである。

下手に買収や説得をするのは無意味と判ったのは大きな収穫であった。

 

 

 

さらに深く【観察眼】で見れば、彼のステータス欄には『狂化』と出て、アリストテレスはため息を吐きたくなった。

なるほど、竜王の軍は多かれ少なかれ、精神的に狂わされているんだなと彼は理解したのだ。

 

 

何らかの方法で竜王が配下のモノのレベリングをしたのは明らかであった。

少なくとも眼前の魚人がレベル300台までの激戦を制する事が出来るとは思えなかった。

と、なると……強制的なレベルアップというものは必ず何処かに不具合が生じるモノだ。

 

 

 

最も副作用の小さな“果実”でさえ一気に食らいつくと強制的な肉体の変化による鈍痛という効能があるのだ。

アリストテレスの技術の粋を集めたアレでさえそうなのだ。

竜王の取った方法が何にせよ、恐らくだが精神的に不安定になる副作用が付随する事は想像に容易かった。

 

 

 

 

「オイラを笑ったんだな! 間違いない!! 

 オマ、オマエオマエェ!! 殺すゥっ──!!」

 

 

ビキビキと魚人の筋肉が増加し、彼の身体は一回りも二回りも大きくなった。

丸太の如き剛腕を振りかざしながら彼はアリストテレスに迫った。

 

 

そんな魚人をアリストテレスはじっと観察し続けていた。

竜王の軍団に対して感じていた違和を解消するために。

彼が、どうやってこれほど高レベルの軍団を多数用意したのかを彼は考えていた。

 

 

 

コンプレックスの肥大化。

悪意と攻撃本能の先鋭化。

後は、理性的な判断能力の大幅な欠如あたりだなとアリストテレスは副作用を列挙しつつ顔を傾げた。

 

 

肥大化した翡翠色の肉体は魚人特有の魚の鱗に覆われている。

人間と同じような四肢をもっているが、身体の所々にエラなどが付随しており、人と魚の要素を入り混ぜた姿をしているのが魚人である。

 

 

「死ぃぃいィィィィイねぇぇエエエエ!!」

 

 

魚人は唾を撒き散らし、殺意を吐き散らす。

そんな彼の瞳は血走っており、殺意しか宿っておらず……見苦しい物であった。

 

 

 

だから、アリストテレスは一度だけ術を使った。

 

 

 

【ターゲティング】 対象は魚人の“両目”

そしてお馴染みの【錬成】である。

ジュッと自分の両目の水分が沸騰する音を魚人は聞いた。

 

 

単純な話だ。

アリストテレスは【錬成】を用いて魚人の眼球をピンポイントで丸焼きにしたのだ。

ほどよく潤った眼球には水素が多分に含まれており、それは小さな火種一つで美しい“目玉焼き”になった。

 

 

熱が神経を通じて脳髄に伝わり、彼の脳みそは茹でこまれた。

 

 

「ぎっ、やぁぁぁぁぁあああ!!!」

 

 

ミョルニル全域に届くのではないかと思う程の絶叫を上げて魚人は転がり回る。

がむしゃらに振り回される手足をアリストテレスは右に左に躱しながら近寄ると、手早く彼の手足に麻痺針を打ち込んで無力化する。

 

 

 

「いたい゛よ゛ぉぉ゛ぉぉぉ゛……らーどぅんさまぁぁ、たすけてぇ……」

 

 

 

完全に動けなくされた魚人はさめざめと泣きだすが真っ黒になった眼窩からは涙は零れなかった。

仰向けに倒れ込んだ彼をアリストテレスは覗き込み【バルドル】の尻尾が動く。

先端から針を露出させたソレは魚人の首元に突き刺さり、吸血を行った。

 

 

水筒程のアンプルの中身が満たされたのを確認してから針を引き抜く。

期待は余りしていないが、竜王の軍団の秘密を知るための方法は幾らあってもいい。

 

 

 

「協力感謝するよ」

 

 

 

「おじひを……」

 

 

 

 

アリストテレスは既に魚人に興味を失ったのか背を向ける。

しかしどうやら、先ほど彼にズタズタにされた吸血鬼の男は別のようであった。

彼は何とか再生を終えたらしく、ぎらついた瞳でアリストテレスを見ていた。

 

 

彼は誇り高い吸血鬼。

いかに己の怨敵とはいえ、他者の獲物を横取りするなどプライドが許さないのだろうか。

だから人間の男は無感動な微笑みを込めてプレゼントを彼に贈るのであった。

 

 

 

 

「どうぞ」

 

 

吸血鬼の犬歯をむき出しにし彼は笑った。

ロイと合流するために歩を進める人間の後ろで、壮絶な断末魔が木霊するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「生きていたか、アリストテレス卿」

 

 

「何とか、と言った所です」

 

 

 

ベネトナシュの王城で吸血鬼たちに指示を出し、非戦闘員の避難などを優先的に行わせていたロイは顔を見せたアリストテレスを見て全く心の籠っていない感想を述べていた。

返すアリストテレスの応答も慣れたものであり正しくテンプレと言ったものだった。

 

 

彼は次から次へと入ってくる報告を適切に捌きながらプランの顔を懐疑的な様子で見た。

皺だらけの顔に疑問と微かな警戒を滲ませて言う。

 

 

 

「とうに逃げたと思っていたぞ。噂に聞く奇妙な術を使えば容易いだろうて」

 

 

 

「まさか。自分が帰る時はベネトナシュ陛下との交渉を終えた時だけです」

 

 

出来れば三日以内に終わらせたいですね、と彼は微笑みながら続けた。

そんな人間の男に吸血鬼の老人は視線を逸らした。

最高齢の吸血鬼であり、ベネトナシュ王の側近である己がこのような非常時に何をやっているんだと彼は自省した。

 

 

 

燃え上がるミョルニル。

襲来する竜王の軍団を認識しながらも堂々と返すプランにロイは少しだけ眼を伏せた。

 

 

 

 

「……すまない。私とした事が」

 

 

 

「誰が貴方を責められるでしょうか。

 このような非常事態、誰であろうと多少は動揺を抱くのは当然でしょう」

 

 

 

ふぅと一息吐いてからロイはアリストテレスを見た。

周囲の家臣たちもまた、最年長の男の動作をまねる様に人間の男を見た。

 

 

既にアリストテレス卿の戦闘能力に関しての話は広まっていた。

先の少女や男以外にも彼は多くの吸血鬼たちを救助しており、難を逃れて避難してきた彼/彼女たちは口を揃えて言ったのだ。

 

 

 

アリストテレスという人間の男に助けられた。

彼は強い。彼ならもしかしたらこの戦争を何とかしてくれるのではないか、と。

 

 

屈辱であった。

人類七種の内、最も夜に愛され、個体としては最強ともいえる戦闘能力を持つ自分たちが人間などに頼るなど。

 

 

恐怖であった。

ベネトナシュ陛下さえいれば負けはない筈だというのに、心の何処かで彼女の勝利を信じ切れない程に巨大な気配を直ぐ近くに感じるのは。

“竜王”ラードゥン。名前だけは誰もが知っていたが、誰もがその脅威を甘く見ていたというのが本当の所であった。

 

 

所詮はトカゲ。

所詮は偽竜と変わらぬ者たちの王。

何が「100の頭を持つ竜」だ。

竜など、ベネトナシュ陛下は10の時に200は狩ったぞ、と。

 

 

 

言ってしまえば彼らは舐めていたのだ。

曲がりなりにもミズガルズという惑星全土を揺るがす怪物の事を。

その慢心がミョルニルの奇襲に対する反応の遅れとなって表れていた。

 

 

 

 

 

「……あるのか?」

 

 

 

「えぇ」

 

 

 

たったそれだけ。

ミョルニル───吸血鬼を滅亡から救えるのかという問いかけに対して彼は頷くだけであった。

無駄な言葉を並び立てるより見る方が早いと彼はマントの裏にぶら下げていた武装の一つに手を伸ばし、見せつける様に翳す。

 

 

 

 

それは金属の筒であった。

振るとチャポンと水音がし、水筒にしか見えない。

怪訝な顔を見せる周囲のモノに言い聞かせるようにアリストテレスは自信満々に断じた。

 

 

 

「これは“エンペラーバーサクスコーピオン”の毒素です」

 

 

 

 

「───馬鹿な、何処でソレを……」

 

 

 

多くの者が「?」を浮かべた。

聞き覚えのない名前を聞かされた彼らは頭を捻るが……ロイだけは別であった。

彼は一万年を生きている。

 

 

当然ながら、7000年前にあった事も知っている……というよりは体験し、乗り越えてさえいた。

ミズガルズにおける大絶滅を幾度か見てきた彼にとってその名は正に悪夢としか言いようがなかった。

 

 

故にロイの浮かべた顔は正に絶句としか言いようがなかった。

彼は微かに震えながら水筒を指さし、無意識に後ずさっていた。

大体1gの毒素があれば、このミョルニルに住まう生物を絶滅させるだけの毒を生成できると彼は知っている。

 

 

そんな危険物が水筒一本丸ごとだ。

彼が受けた衝撃は計り知れないものがある。

よりによってそんな危険物が、最も有効利用できるだろうアリストテレス卿の手にあるというのは竜王に匹敵する脅威としかいいようがない。

 

 

 

 

「いや、今は聞かないでおこう。

 確かにそれならば竜王の軍を滅することも出来るだろうが……。

 この国をも滅ぼしかねないぞ」

 

 

 

「なので少し手を加えます。

 かの蠍は“特攻毒”を生成することさえ可能と聞きます」

 

 

 

「だから自分もその例に倣い

 人類種には無害かつ竜には劇物となる毒を【錬成】するつもりです」

 

 

ミョルニルで生物兵器を使ってもいいかと彼は言っていた。

とんでもない話であったが、アリストテレスは本気だった。

 

 

淡々ととんでもないことを口走るアリストテレスにロイは顔を顰めた。

彼にはこの男が、下手をすれば竜王と同種かそれ以上の脅威に見え始めていた。

もしかしたら、この場で竜王の軍を撃退できたとしても将来的には自分たちの主の大きな障害になりうるのでは、と。

 

 

 

「しかしそれには時間が足りません。

 自分ひとりで生成するには余りに処理能力もサンプルも足りない」

 

 

 

「我々に何をさせるつもりだ」

 

 

 

プラン・アリストテレスはマスクを脱いで微笑んだ。

いつも浮かべている何の中身もない、空っぽの笑顔であった。

 

 

「自分の“一致団結”を受け入れてくれるだけでいいのです。

 同じ志を持ち、同じ目標に向かって進む……ただそれだけで構いません」

 

 

 

簡単なことでしょう? と提案する彼にロイはこれ以上ない程の渋面を作るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“竜王”の一方的な布告から始まったミョルニルの戦いは誰がどう見ても吸血鬼が不利であった。

最大戦力であるベネトナシュは郊外でラードゥンと戦闘を開始しており助力は期待できず、完璧ともいえる奇襲攻撃に吸血鬼の軍は指揮系統さえ確立することが出来ずに

押し寄せる魔物や竜、亜人の軍団を前に各地で分断/孤立/排除を繰り返され、ただでさえ開いていた戦力差はどんどん広がっていく有様であった。

 

 

上空に居座ったアイガイオンが居る限り竜王の軍勢は絶えず補充を続けられ、負傷したモノはアイガイオンの中で治療を施されて再度戦線に戻ってきてしまう。

時折地上からの要請に応じてブレスで爆撃を行いミョルニルを削り取りながら巨竜は空に蓋として座している。

正に天空要塞。動く補給拠点にして基地であった。

 

 

 

仮にベネトナシュがラードゥンに勝利し帰還したとしても、このままでは彼女の目に映るのは更地となったミョルニルの残骸だけであろう。

己の国に対してさえ無関心な気がある彼女であるが、さすがに綺麗さっぱりなくなってしまったらどう思うかは誰にもわからない。

 

 

爆発。また一つ、ミョルニルの防衛拠点が吹き飛ばされた。

アイガイオンは地上から送られてくる要請を適切に処理し、次々と吸血鬼たちの軍団を消し飛ばしていた。

固まって動けばアイガイオンの的。だからといって散らばったら偽竜や亜人たちの餌食。

 

 

 

 

 

一万年の歴史が終ろうとしていた。

誰がどう見ても吸血鬼に逆転の目は無かった。

ただでさえ基本的なレベルに差がありすぎるというのに、頼みのベネトナシュは動けず、敵の軍団は減らずに増え続けるばかり。

 

 

 

対して竜王軍は勝利を確信していた。

アイガイオンの初の実戦投入には不安な点が多かったが、おおむね期待通りの働きをしてくれており、吸血鬼たちは組織だった抵抗さえ出来ずに敗走を繰り返している。

巨竜から更に多数の竜が投下される。レベルは300オーバーで、その数は500を超える。

 

 

竜たちはベネトナシュに粉砕されて死骸を晒す巨竜に群がるとその肉を貪る。

メキ、メキという音と共に複製とはいえ竜王の血肉を食した彼らのレベルは跳ね上がり、レベル450にも及ぶ軍団が完成した。

 

 

 

第四波を投入後、アイガイオンは更なる竜の増産を開始。

これを何とかしない限り竜は無限に増え続ける。

 

 

 

 

 

終わりか……?

 

 

 

誰かがそう呟いた。

自分たちはもう終わりなのか、と。

竜王の宣告通り、今日が吸血鬼という種の黄昏なのかもしれないと誰かが諦めた。

 

 

 

 

嫌だ。

 

 

誰かが吠えた。

ふざけるなという憤りがあった。

ベネトナシュ様さえ戻ってこられたらこんな奴ら……と思って彼はふと気が付いた。

 

 

 

何でもかんでもベネトナシュに頼りっきりで、自分だけでは侵略者を倒せないという事実に。

今までだってそうだった。

吸血鬼としては年少ともいえる少女に何もかもを背負わせ、押し付けていたのだ。

 

 

 

ただレベルが高い、強い。

それだけの幼子に全てを投げており、いざ彼女の手が回らないとなると泣き言をいうだけの自分がいることに気が付き彼らは恥じた。

 

 

 

 

申し訳ありません。

 

 

 

誰かが謝罪を口にした。

それはベネトナシュへのモノであったが、何について謝っているかは誰にもわからない。

弱い自分へのモノなのか、それとも全てを押し付けてしまった少女への謝罪なのかは誰にも。

 

 

 

 

ミョルニル全土を退廃的な空気が覆っていた。

誰もが「どうにかしなければ」と思いながら、どうにもできない絶望が帳を降ろしている。

女神など信じない彼らであるが、信奉するベネトナシュも頼れない現状においては誰に祈ればいいか判らなかった。

 

 

 

 

だからこそアリストテレス達は笑った。

なるほど、これは……中々いいシチュエーションだとほくそ笑んだのだ。

 

 

 

 

 

その瞬間、全ての吸血鬼たちが同じ声を聴いた。

同じ声、同じ内容、同じ提案を。

ロイというベネトナシュに次ぐ吸血鬼の極めて優れた脳髄を中継ポイントとして利用したアリストテレスはソレを用いてミョルニル全土に【一致団結】を用いたのだ。

 

 

 

 

『こんにちは諸君。私はアリストテレスというモノです』

 

 

 

『時間がないので簡潔に提案します。───勝ちたくはないかな?』

 

 

 

 

それはさながら悪魔の如き囁きであったと後に吸血鬼たちは語る。

 

 

 

 




ルファス様とはまた違った方向性のやばさが表現出来ていたらいいなと思っております。
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