ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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今回の話は色々とアレですが先の展開はしっかり出来てますのでご安心ください。


ラードゥンはいのりを捧げている

 

 

今まで抱いた事のある怒りなど全てが些事に思えてしまう程の憎悪を乗せて少女は怒りを吐き出していた。

憤怒、最も心の中の触れてほしくない部分を不躾に逆なでされた少女の頭にはソレだけがあった。

怒りを乗せて彼女は踏み出す。狂化がかかっているのではないかと思う程の速度で彼女は一直線にラードゥンの頭部を目指して跳ねた。

 

 

 

過去最高の速度であった。

ミョルニルの補正と、怒りと、こいつだけは絶対に殺すという思いが彼女に今までより一段上の強さを与えていた。

全てが停止した世界の中で、竜王だけが普通に動く。

 

 

 

彼は構えもせずに右腕をベネトナシュに向けて翳し、解いた。

現れたのは腕を形成した5匹の蛇竜だ。

一頭一頭がレベル1000の怪物たちである。

 

 

それらがいつの間にか顔の直ぐ下に小さな腕を形成して構えていた。

 

 

何をと吸血姫が思ったのは一瞬だった。

彼女は次の瞬間、()()()()()に襲われる様を幻視した。

ラードゥンの右腕は、ベネトナシュの動きを完全に模倣していたのだ。

 

 

竜王は、これまでの戦いにおいてベネトナシュの動きを観察し理解していた。

今の彼は彼女と同じ戦法を彼女よりも高次元で実現できる。

その証明がコレであった。

 

 

 

 

 

【アイアン・フィスト】

 

 

攻撃力上昇の拳技であり、ベネトナシュもよく使う技だった。

 

 

【ダブルブロウ】

 

 

【フォースブロウ】

 

 

それぞれ2回、4回連続攻撃のスキルだ。

超高速でこれを相手に叩き込み続けるのがベネトナシュの基本戦法であり、殆どの魔物や魔神族はこれで死んでしまう。

 

 

【ソニックフィスト】

 

 

【チャンピオン】と【グラップラー】のクラスレベルに応じて攻撃回数が増える技だ。

彼の接近戦担当の頭はこの2つを200レベルずつ取っているため、一回における攻撃回数は400回となった。

 

 

 

【スマッシュ】

 

 

当たれば確実にクリティカル判定が出る技だ。

これを上記の『ソニックフィスト』と組み合わせることによりベネトナシュは400回のクリティカルを浴びる事となった。

 

 

 

【アーマーブレイク】

 

 

【パワーブレイク】

 

 

【スピードブレイク】

 

 

 

それぞれ攻撃力、防御力、スピードに対するデバフを与える技である。

ラードゥンは猛烈な連打の中にこれを巧妙に混ぜ込み、着実にベネトナシュのスペックを削り取っていく。

 

 

これで全てではない。

その他、多種多様なスキルがベネトナシュを襲った。

いつも彼女がやっていた、超高速で息もつかせぬ間に相手に連打を叩き込むという戦法そのままで。

 

 

竜王は進化する。

レベル1000に至った殆どのモノが満足し、そこで歩みを止めてしまう中、彼だけは進化を続ける。

彼こそ真の先を征く者、古き偽物である吸血姫を嬲る姿は正しく“本物”と呼ぶに相応しい。

 

 

「ォォオォォォォォォオ!」

 

 

少女とは思えない絶叫で吸血姫は答えた。生涯最大の焦燥と微かな怯えがそこにはある。

微かに絶望が混じったソレはラードゥンを大いに喜ばせた。

 

 

 

一秒の間に万を通り越し、億にも届く攻防が繰り広げられる。

ベネトナシュは必死の形相であらゆるスキルを行使し抵抗を行うが、手が足りない。

彼女には腕は2本しかないのだ悲しいことに。

 

 

対して竜王は10本。

さらに追撃として角が5本動けば哀れな少女は完全に圧倒され、手足を弾き飛ばされ、無防備になった胴体に数えきれない程の乱打を叩き込まれる。

全て【峰うち】が掛かっているので彼女が死ぬことはない。死ぬことはできない。

 

 

見る見る間にベネトナシュはベネトナシュだったモノへと変わっていく。

しかしラードゥンはそれを許さない。

彼は【ヒール】を幾度もベネトナシュに掛けてやり、回復してやる。

 

 

治る。破壊。

 

治る。破壊。

 

治る破壊治る破壊治る破壊破壊破壊……。

 

 

何万回もベネトナシュは破壊と再生を繰り返される。

痛みだけは据え置きで、延々と嬲られるのだ。

 

 

彼女は意識を失う事も出来ず、延々とラードゥンの暴虐に晒される事となった。

端正だった顔が叩き割られる。吸血鬼としての象徴だった犬歯が抜け落ちた。

銀色の髪は燃え上がり、心臓以外のあらゆる臓器は幾度も再生と破損を繰り返され、ジュースの様に真っ赤な液体となって彼女の孔という穴から噴き出た。

 

 

 

 

 

『ははははハハハハハ!』

 

 

 

竜王が哄笑する。

5人の自分に襲われて弄ばれる少女は最高の見世物であった。

ほんの数秒、しかし彼女にとっては今までの生涯で過ごしてきた全てより長い拷問だった。

 

 

また治癒が施される。

少女は傷一つない状態で大地に倒れ伏し痙攣を繰り返していた。

都合34万2221回ほど瀕死の後に治癒を施された彼女は動かない。

 

 

そんな吸血姫にラードゥンは歩み寄り、しゃがみ込んで覗き込んだ。

 

 

 

女神さま(ママ)に助けを乞い、えいえんの信仰をささげるんだ。そうすれば楽にしてあげる』

 

 

 

ベネトナシュは指一本動かさない。

そんな彼女に竜王は一方的に持論を展開していく。

 

 

 

『ねぇしってる? 

 女神さま(ママ)ってほんとうはすごく可哀そうなんだよ!』

 

 

 

 

竜王は天を仰ぎ、空の遥か向こうを見た。

それこそこの宇宙の果てよりもずっとずっと向こう側にいるアロヴィナスに思いを馳せる様に彼は続ける。

 

 

『これまでも、この先もずっとずっと独りぼっち! 

たったひとりであまねく世界を統べるあいする女神さま(ママ)!!』

 

 

『かわいそう! かわいそうだよね! だからぼくにできる事は女神さま(ママ)を楽しませることなんだ!』

 

 

 

それは息子が親孝行したいという願いに似ていた。

竜王のソレは歪み切り、悪意に満ち満ちているが根っこはたった一人で世界を支配する女神を楽しませたいという純粋なモノなのかもしれない。

 

 

 

『ミズガルズの皆はさ

“女神さまたすけてぇ~”っていうばかりで、だーれも女神さま(ママ)のことを考えてないんだよね』

 

 

 

『どいつもこいつも甘えすぎだと思うの。

 だけどぼくは違うんだ。

 ぼくだけが女神さま(ママ)の本当に欲しいものがわかってる!』

 

 

 

 

あぁ、と一拍置いてから竜王は宣言した。

間違ってはいないが、正解でもない答えを。

 

 

女神さま(ママ)は! 

 “絶望”がだいすきなんだ! 皆がくるしむところを見るのが大好きなのさ!

 

 

でなければこの世界がこんなに歪な筈がない。

ミズガルズの現状こそが己の考えの正しさの証明である。

 

 

『だからぼくがいっぱいいっぱい苦しめるの! このミズガルズのすべての存在を、ぼくが無茶苦茶にするのさ!!』

 

 

 

『ぼくは女神さま(ママ)をたのしませる“わるいやく”! 

 いずれミズガルズの“あくやく”を魔神王からうばってやるんだ!!』

 

 

 

『それがぼくの夢さ!!』

 

 

 

ミズガルズに存在するあらゆる人類/魔物/魔神族/その他の根絶。

それもただ滅ぼすのではなく徹底的に苦しめ、あらゆる絶望を味わわせてからの死。

それこそが“竜王”の願いであった。

 

 

徹底した聖絶の後に残るのは竜王に付き従い、女神を称える“いい子”だけだ。

ラードゥンの作る新秩序において女神アロヴィナスはこれまで以上に敬われ称えられ、信仰される。

誰もが女神に跪き感謝を捧げて生きていく、正にユートピアだ。

 

 

 

全てはその為の準備期間。

女神の世界における“わるい子”を排除するのもその為である。

自分が女神さまに捧げる最高のショーを邪魔されないための下ごしらえの様なモノだ。

 

 

 

『だから、きたいはずれのベネットちゃんはその第一号ってことさ!』

 

 

 

『パパとママにあいされなかった可哀そうなベネットちゃん! 

だーれもお隣にいないひとりぼっちのベネットちゃん!』

 

 

 

竜王がベネトナシュの髪の毛を摘まみ上げ持ち上げる。

脱力した彼女はぷらぷらと人形の様に揺れるだけであった。

 

 

 

『きょうで君のつまらないじんせいは終わりとなります! 

さいごに一言、どうぞ!!』

 

 

 

んー? と竜王が少女の顔を覗き込む。

ベネトナシュの瞳は絶望に塗れ、くしゃくしゃの泣き顔を晒して……いない。

 

 

 

「言いたい事は……それだけか……下等なっ……トカゲ。

 ママ、ママと煩いぞ、図体だけデカいガキが……っ」

 

 

 

恐ろしい程に真っ赤な瞳で少女は竜を睨みつけていた。

欠片も、これっぽっちも彼女の戦意は失われていない。

勝ち方など見当もつかない。だが、諦めない。

 

 

諦めていない。

吸血姫、ベネトナシュの心は折れていない。

その様を見た竜王は大きくため息を吐いた。

 

 

子供がいきなり玩具に興味を無くすような極端さがそこにはあった。

 

 

『もういいや』

 

 

 

その一言だけ呟き、彼は少女を大きく振りかぶった。

ブチ、ブチと根っこから髪が引き抜けていくが彼は気にも留めない。

そのまま砲丸でも投げる様にラードゥンはベネトナシュを夜空に浮かぶ月めがけて投げつけた。

 

 

 

誰しも一度は空に浮かぶ月を目指して石を投げた事はある筈だ。

絶対に届かないが、まあそういう気分だと思って。

地上から40万キロほど離れた位置にまで普通は投擲など無理だろう。

 

 

 

今のレベル500のルファスが全力でやっても精々高高度か、成層圏くらいにまでしか石は飛ばない。

 

 

 

しかしラードゥンは違う。

彼の計測する事が不可能な腕力は、少しばかりコンパクトになったベネトナシュの150センチ程度の肉体をほぼ光速で投擲することが出来る。

その日、ミズガルズに住まう全ての者は奇妙な逆さ流れ星を見た。

 

 

 

地上から空に向かって突き進む銀色の星だ。

真っ赤に加熱しながらも決して崩壊しないソレは怪しくも何処か美しいと思えてしまう程であった。

 

 

 

無音の世界を衝撃だけが揺らす。

巻き上がった粉塵は地上へと墜ちず、ただ暗黒の世界をさ迷うだけである。

 

 

音がない。

空気がない。

そして何より熱がない。

 

ベネトナシュは完全な無音と暗黒の世界に送り出され、彼方で輝くミズガルズを睨みつけている。

身体中に力が満ちていく。ソレは怒りを燃料に倍々に増え続けていた。

「月」属性と“月”を活力源とする彼女にとってこの世界は正に無尽蔵の力を供給してくれるミョルニルを超えるホームグラウンドといえよう。

 

 

 

「────」

 

 

息が、出来ない。

月に背中から叩きつけられたベネトナシュはまるで魚の様に口を開閉し、宇宙の洗礼を味わっていた。

太陽光が直に皮膚を焼いていく。しかし煙を上げる皮膚がそれを上回る速度で再生していった。

 

 

 

巨大な月の加護が彼女にはあった。

今の彼女は天法によるブーストで能力を増強させたラードゥンの足元に及ぶ程の力がある。

そんな彼女の視線は、自分に迫る衝撃を見ることが出来た。

 

 

 

これは……拳圧だ。

信じられないかもしれないが、ミズガルズから月へと向けてラードゥンは拳圧を打ち込んでいた。

【シャインブロウ】は光速を超える速度で月へと飛来し、ベネトナシュの隣に着弾した。

 

 

何てことはない。彼は外したのだ。

 

 

1キロほど右にズレたソレは月にまた一つクレーターを刻んだ。

次は3キロほど左。北に5キロ。

他にも次々と月に穴が開いていくが、中々ベネトナシュには当たらない。

 

 

 

一瞬攻撃がやむ。

あのふざけた竜王が頭を傾げている姿がありありと想像できてベネトナシュは顔を顰めた。

同時に彼女は身体中にありったけの魔力を充填していく。

 

 

 

────月よ、私に従え。

 

 

 

月が放つ全ての魔力/マナを吸収し、体内で増幅させる。

全身が崩れる程の激痛が走るが、先のラードゥンによる猛威と比べれば何てことは無かった。

 

 

 

 

ふと、奇妙な空間の揺らぎを彼女は感じた。

雑音がない完全な静謐の世界だからこそ気づけた違和であった。

 

 

 

瞬間、彼女は横へと飛んだ。

足裏から魔力を噴き出して推進力を得ながら彼女は10キロほど瞬時に移動した。

 

 

 

刹那、彼女がいた場所が大きく抉り取られた。

拳圧が着弾した後であるが、これには飛来の予兆は一切なかった。

 

 

 

(“孔”…?)

 

 

 

空間に拡がる奇妙な暗黒の孔がそこにはあった。

ミョルニルに軍を送り込まれた時に空に展開されていた術……【エクスゲート】とよばれる秘術だ。

生物は基本的に心からの同意がなければ通れず、そもそも術を維持/展開を続けるのに膨大な魔力と天力が必要になる伝説の技法だった。

 

 

 

ラードゥンは【エクスゲート】に対して拳を打ち込み、発生した衝撃を月のベネトナシュに直接攻撃を送り届けている様だった。

確かに自分の拳であるならば問題なくゲートを通れるだろう。

しかし40万キロほど離れた位置まで空間の孔を繋げるだけのバカげた出力があればの話であるが。

 

 

 

 

さらに10個ほど自分の直上に【エクスゲート】が広がったことを察知したベネトナシュは駆けていた。

右に、左に、嵐の様に降り注ぐ拳圧を躱していく。

月の形がどんどん変わっていく。

それどころか無遠慮に叩き込まれた拳によって少しずつ公転軌道が歪み始めた。

 

 

 

『みぎにぃ~♪ ひだりにぃぃ~♪』

 

 

鼻歌を混ぜながらラードゥンは遠く離れた地へと拳を送り込み続ける。

五匹の竜が混ぜ合わされた拳は膨大な天力と魔力を循環させ続けており、インパクトの瞬間に一瞬だけ【エクスゲート】を展開しては閉めるを繰り返す。

そうやって彼は一方的に不幸な暴力を少女にプレゼントし続けているのだ。

 

 

 

もちろんリスクもある。

彼は出力はともかく術の技量はそこまでではなく、開かれた門の空間は余り安定できていない。

安定していない空間に拳を潜らせた結果、彼の手はズタズタに引き裂かれるが、瞬時に再生をしているためデメリットらしいデメリットとは言えなかったが。

 

 

 

 

『アハハはははは!! た~の~しぃぃ~ぃぃぃ♪』

 

 

 

狂い笑うラードゥンの視界の先、月の一角が一瞬だけ爆発的に輝いた。

同時に膨れ上がるのは莫大なマナの気配である。

想像を絶する程に高密度で、敵意に溢れたソレは銀色の光をしていた。

 

 

正に流星。

正に銀の閃光。

 

 

これこそベネトナシュの持つ最強の魔法にして切り札。

その名を『銀の矢放つ乙女』と言った。

「月」属性最強の魔法にして、現存する使い手は彼女だけの実質ベネトナシュ専用の技だ。

 

 

 

月に満ちるマナを限界以上にまで練り込まれて形成されたソレはミズガルズを削り取る程の威力が内包されている。

巨体であるラードゥンさえ小蠅に見えるほどに巨大な流星が落ちてくる。

竜王が今まで己に与えた屈辱を返すという意思だけがそこにはあった。

 

 

 

数十の視線がそちらを同時に向いた。

さすがは竜王というべきか、瞬間的にソレを脅威と把握し20にも及ぶ竜が咢を最大まで開いた。

喉奥からブレスがこみ上げ、発射。

 

 

大地から伸びる20の閃光が空から落ちてくる“矢”を迎え撃った。

 

 

迫りくる銀の流星にそれらは狙いたがわず命中。

とてつもないエネルギー同士が拮抗し、稲妻が迸った。

漏れ出た熱波が周囲を溶かし、竜王の身体が魔法の圧に押されて大地に沈んでいく。

 

 

 

着実に。だが確実に。

『銀の矢放つ乙女』は徐々に竜王のブレスを押し込んでいく。

限界まで酷使された蛇竜たちの身体が赤熱し溶け始める。

 

 

 

 

────あ゛あ゛ア゛アア゛アア゛アァァァ!!

 

 

 

 

ベネトナシュが吠える。

瞳を炎の様に燃やし、身体全てが崩れる程の激痛に耐える。

ありったけの殺意と憎悪と敵意を魔法に込めれば『銀の矢放つ乙女』は更に二回りほど巨大化し竜王を飲まんと更に強く輝きを放った。

 

 

 

 

 

遂に拮抗が崩れる。

“矢”は竜王のブレスを打ち破り……彼の身体にその刃先を深々と突き刺さらせる。

胸の中央に魔法が突き刺さり、内包されていた膨大な破壊を解放した。

 

 

 

銀色の魔力光が竜王の身体の内側からはじけた。

パン、パン、パンと彼の頭が連続で破裂を始め、次々と肉片と変わっていく。

 

 

 

『ギヤァァァあアァアアア!!』『オオ゛ォオオ゛アァア!!』

 

 

 

   『ガッアァァアアア!!』

 

 

 

 

 

身体から生えている全ての竜頭が悲鳴を上げ悶える。

大地を削りながらラードゥンの肉体が砕けていく。

101本あった頭を次々と失い、仮面の様な顔に焦りが産まれた。

 

 

 

『そ、そんなっ……うそ、うそだ!』

 

 

 

『おーのーのーのーのー! ないない!! こんなの、ありえないよっ!!』

 

 

 

こんなはずない、あり得ない、負ける可能性などなかったと竜王は無様に喚いた。

自分は竜王、自分は最強。

自分こそ女神さまの理解者で、欠番となった龍を埋める存在なのにと叫び散らす。

 

 

 

 

『うあぁぁぁぁぁ!!』

 

 

 

 

ミズガルズ中に届くような悲鳴を合図に『銀の矢放つ乙女』が大爆発を起こした。

惑星が比較対象になるほどの巨大な光の柱を創造し、ラードゥンの全身をベネトナシュの殺意が抱きしめる。

 

 

 

肉片一つ残さず竜王の身体が光に包まれ消える。

全ての頭が吹き飛ぶ。

最期まで頑迷に残っていた白蛇……不気味な仮面の様な顔さえも砕け散った。

 

 

眼窩の光は最期までベネトナシュを見つめていたが、吸血姫は相手にもしなかった。

失せろクズが、と一瞥してそれで終わりである。

 

 

 

 

光が消え去った後、そこには何もなかった。

あれほど圧倒的な存在感を放っていた竜王は跡形もなく蒸発し、残るのは激戦を物語るクレーターだけ。

ジュゥゥゥウと微かな肉片が煙を上げているが、それも直ぐに霧の様に気化して消え去った。

 

 

 

 

「……ぐっ」

 

 

 

数秒間意地だけで立っていたベネトナシュはラードゥンが完全に消滅したと確信すると仰向けに倒れ込んだ。

ぜーぜーと荒い息を吐きながら満月を眺める。

身体の節々に激痛は残り、少しでも気を抜くと気絶してしまいそうだった。

 

 

 

ほぼ奇跡といっていい勝利である。

竜王の中にあった嘲りが彼女を勝利へと導いた。

かつてないほどの激戦であったが、今回も彼女は勝ったのだ。

 

 

 

「たのしくない……」

 

 

 

口から零れたのは純粋な感想であり嘆きだった。

 

 

 

「つまらない……」

 

 

 

また勝ってしまったという嘆きである。

独りぼっち。自分は世界に一人。

誰も自分に並べない、誰も自分を判ってくれないという悲しみ。

 

 

ラードゥンは確かに強かったが……違うのだ。

ベネトナシュが求める存在ではない、断じて。

 

 

ベネトナシュは10歳で王の座を受け継いだ少女である。

10歳で自分は世界に一人だと理解してしまった怪物である。

 

 

 

「…………」

 

 

 

彼女は自分の命にさえ興味がない。

今の彼女にあるのは勝利の喜びなどなく、何ならラードゥンに殺されていた方がこのつまらない人生を終えられたかもしれないという後悔であった。

 

 

 

「……」

 

 

 

ある程度の体力を回復させた後、立ち上がる。

遥か彼方、己の国で起きている戦火を彼女の感覚は捉えた。

あの程度の雑魚に手こずる自分の民に苛つきを覚えつつも歩き出す。

 

 

 

自分を産んだ存在と兄弟たちがいる国である。

たとえ同族には見えなくても、それでも見捨てる気にはなれなかった。

ベネトナシュは、本人も自覚していないだけで情が深い女なのだ。

 

 

 

一歩を踏みだし……止まった。

気付けば周囲に霧が漂っていた。

感じるのは濃厚なマナの気配。

 

 

 

「まさか」

 

 

ベネトナシュの口から少女の様な口調で声が漏れた。

彼女は知らないが、彼女の血はこれが何なのかを理解していた。

 

 

 

受け継がれる魂(ソウル・サクセッション)

 

 

ライフ・ストック(残り66665の命)

 

 

 

途方もない圧がベネトナシュを襲い、彼女の全能力を数段階下げた。

余りに圧倒的なデバフであった。

同時に霧から発せられる圧が跳ね上がった。

 

 

 

霧が収束していく。

 

 

全長100メートルを超える巨躯に

無数の竜の頭を身体中に張り付けた不気味でおぞましい怪物が瞬く間に死の淵より帰還した。

 

 

 

 

『じゃぁぁぁぁん!!』

 

 

 

『ごーきげんよぉー!』

 

 

 

『ぼく、ラードゥン! またあえて嬉しいよ、ベネトちゃん!!』

 

 

 

 

 

 

驚愕を隠せずにいるベネトナシュの前に“竜王”は再臨し、変わらず楽し気に笑うのであった。

音を立てて彼の細胞が活性化し、失った命のストックをあっという間に補充してしまう。

つまり……今までのベネトナシュの奮戦は全て無意味となったのだ。

 

 

 

故にベネトナシュはあと66666回、竜王を葬らないといけない。

その度に彼のスキルは発動し、強化とベネトナシュの弱体化が繰り返されるが。

 

 

 

“竜王”ラードゥン。

 

 

クラス 

 

 

【勇者】 レベル1000

 

 

 

 

そう、彼のクラスは……【勇者】である。

彼こそ最恐の魔物であり、最狂の竜であり、そして最強の勇者なのだ。

ミズガルズにおいて前例のない【クラス】を保持した魔物の真骨頂がこれであった。

 

 

 

 

『もっともっとあそぼうよ? ベネトナシュちゃん』

 

 

 

真祖を捕食し、その固有スキルをわが物とした怪物は小さな女の子に優しく語り掛ける。

まるで幼子を相手にするようなその声音は吸血姫の逆鱗を叩き割るのに十分な嘲りであった。

 

 

 

「こっのぉぉォオオオオオオオ!!!」

 

 

 

ベネトナシュが全力で駆けた。

足裏から魔力を放出し全身全霊で飛びかかる。

もはや爪ではなく拳をラードゥンへと叩きつける。

 

 

技術も何もなく、ただ怒りだけが乗ったソレを振りかざした。

 

 

竜王は動かない。

仮面のような顔でも判るほどの明らかな笑顔を浮かべたまま少女の一撃を腹部に受けた。

ドンっという重音はベネトナシュが本気の殺意を込めていたとあらゆる者に知らせるだけの圧があったが……竜王は微動だにしなかった。

 

 

 

両腕を広げ、まるで親愛のハグでもするかのようにベネトナシュの攻撃を受けているのだ。

少しだけめり込んでいた拳が腹筋の圧で押し返され、ベネトナシュの拳から血が噴き出る。

微かな虫さされとでもいえる竜王の損傷は即座に治ってしまった。

 

 

 

【勇者】のスキルによって弱体化したベネトナシュと強くなったラードゥン。

そのどうしようもない実力差がこれ以上ない程に現れた光景である。

 

 

「死イィィィィイィネエエエエエエエエエ!!!!!」

 

 

 

血涙を垂れ流し、限界を超えて動かされた身体の各所から血を噴き出しながらもベネトナシュは絶叫を上げてラードゥンに何発も拳を打ち付け続ける。

一秒間に数万、数十万、数百万にも及ぶラッシュは吸血姫が産まれて初めて抱いた本気の憎悪と殺意の権化である。

 

 

 

 

しかし悲しいかな。

何の効果も得られない。

竜王は笑いながら拳を受け止め続ける。

一歩も後ずさらない。それどころか、身体を揺らしもしない。

 

 

破壊不能オブジェクトの如き絶対の堅固だ。

そしてまるで親が子供のか弱い攻撃を受けているかの様な態度であった。

 

 

竜のただでさえ頑強だった肉体はもはや少女の細腕では何の痛打も与えられない。

奇跡的にクリティカル判定が発生して受けてしまったダメージも直ぐに治る。

結果、ベネトナシュの延べ1000万にも及ぶ乱打は何の意味もなく終わってしまった。

 

 

『こそばゆいね。虫けらにちを吸われるとかゆくなるっていうのは本当なんだ』

 

 

 

ははははは、と悪い竜は笑う。

彼は首を傾げ、少しだけ汚れた己の胸をさっと掌ではたいて舞い上がった土砂などの埃をおとした。

 

 

 

「くそっ!! クソッ!!!」

 

 

 

己の全力が何の効果も得られていない現実を前にベネトナシュは獣の様な呻きを上げてラードゥンから距離を取り、翳した右腕になけなしの「月」属性の魔力を収束させた。

 

 

 

【銀の矢放つ乙女】

 

 

 

ベネトナシュの持つ最大最強の切り札は先には劣るとはいえ、今だせる限界の威力を持っていた。

地面に落下すれば大陸さえ割りかねない魔力の塊である。

 

 

それを竜王へと投擲。

が、竜王の身体から剥がれた蛇竜は目にも留まらぬ速度でソレを咥え込むと、ぶんぶんと首を振ってベネトナシュの全力の一撃を空の彼方へと放り捨ててしまった。

ペッと一緒に唾まで吐き捨てると、その蛇竜はベネトナシュに向けて「べろべろばー」をした後にラードゥンの身体へと戻る。

 

 

 

 

「……ぁ?」

 

 

 

余りに呆気ない切り札の末路にベネトナシュの瞳が揺れ……その背筋にどうしようもないナニカが這い上がるのであった。

 

 

 






あとがき



とりあえずこれでラードゥンのターンは一通り終了となります。




そして↓の続きには原作キャラ死亡描写があるのでご注意ください。







大地を醜い黒焦げのナニカが這いずっている。
酷い有様であった。
両足は根元から切断され、右腕もまた存在しない。


喉は潰され、目も溶け堕ちた。
美しかった銀髪もなく、あるのは黒焦げた頭だけ。
しかしそれでも死ねないソレは大地を這っていた。


自分が今どこにいるのか、そもそも自分が生きている事さえ自覚できていない無様な虫けらだ。
それの名はベネトナシュと言った。
かつては吸血姫とよばれ、ミズガルズの四つの頂の一つでもあった少女である。


スキル『ライフ・ストック』が無事に発動したのを確認した竜王はもう彼女には用事はないと言わんばかりに攻勢に回り、その結果がこれだ。
元より今回の戦いの主目的はそれであったのだ。
一度死なないと発動しないスキルがちゃんと狙ったとおりに勇者のスキルと噛み合って発動するかどうかのチェックである。


結果として理想的なスキルのシナジーを確認できた竜王にとってベネトナシュの価値はもうない。
先の宣言通り、足を切断し咀嚼した後、全身を炭になるまでブレスで炙っているのだ。



竜王の身体から生えた竜頭たちはあえて低出力でブレスを撒き散らし、周囲に火炎放射をばら撒いていた。
肉を炙る様にラードゥンはニヤニヤ笑いながら目の前の黒焦げた物体を嬲っている。



『ラーラーラーラ~ララララら~♪ 
 ぼくはーあいっされてるぅ~♪ 
 め・が・み・さ・ま、ありがとぉ~♪』



スキルが上手く噛みあい、自分が無敵の力を手に入れたと確信した竜王の機嫌はすこぶる良かった。
鼻歌を混ぜながら彼は黒焦げで蠢く物体……ベネトナシュに笑いかけた。



『ありがとう! ありがとう!! 
 きょうはね、ほんとうに楽しかったよ! 君の足もおいしかった!!』



ペッとベネトナシュだった残骸の前に細い骨を吐き出す。
かつては吸血姫に無敵の速度を与えた足の骨である。
竜王は宣言通り彼女の足を切断し“シャクシャク”したのだ。



自分の足に手を伸ばそうとするベネトナシュに影が差す。
竜王の足裏であった。



ドォン。


重低音と共に数十万トンもの質量が瀕死の少女に止めを刺した。
人間がそうするように踵で何度も踏みにじり、少女を大地の染みへと変えていく。


二度、三度と脚を叩きつけた後に退かせばそこには何もない。
ベネトナシュの身体は多くの吸血鬼が死する時の様に灰へと変り果て、風に吹かれて消えていく。


『虫けらのじんせいはこれにて終了~♪ まぁ、そこそこだったよ?』



『あしたまでにどうして負けたのか考えてきてね! 
 あ、もうしんだんだった!! ごめんね!!』



『なにはともかく だいしょーり!!』



竜王は残忍な笑顔を101個ある顔に張り付け、踵を返した。
もうここには用はない。
一応作ったこの身体の調子もよいので、このまま“獅子王”か“妖精姫”の所にでも挨拶しに行こうかなどと考えながら。



“吸血姫”ベネトナシュはこうして死んだのだ。
彼女が今までそうしていたように、彼女にもまた順番が来た───それだけの話である。



竜王は消え去ったベネトナシュの事などもう忘れたような顔をしてミョルニルを見て……頭を傾げた。



『……あれれ?』



おかしいぞ、と彼は呟いた。



とうの昔に滅んでいる筈のミョルニルはいまだ健在。
それどころか、彼の軍勢はもはや壊滅し敗走しているといった有様だったから。



女神の法は絶対。
上がれば落ちるというのはこの世の必然である。


それは竜王とて例外ではない……それだけの話であった。

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