ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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ようやく台風が過ぎ去ったので更新します。


プランの“どくどく”!

 

ある吸血鬼は【バルドル】のマナ噴射能力と【サイコスルー】そして【瞬歩】の合わせ技を用いて超高速で空を駆けずり回っていた。

それは時間を圧縮した光速戦闘の世界。

レベル40程度の彼ならば本来は決して味わう事の出来ない超圧縮世界である。

 

 

しかし今の彼は違う。

彼であり、アリストテレスである彼は問題なく高次元戦闘時間の世界に入門することが出来ていた。

それどころか慣性の法則を始めとしたあらゆる理を無視し、全く負荷を感じない。

 

 

彼は今、吸血姫と同じ世界に入門していた。

 

 

 

眼前に迫りくるのはアイガイオンから新たに投下された竜150頭。

全てレベル200オーバーで、活きのいい個体は300さえも超えているモノさえもいる。

普段の彼ならば一頭も倒せず、秒で竜たちの餌食だが……今は違う。

 

 

1秒間の間に一年分の動作を行える【アリストテレス実行端末】は瞬き一回の間に1892160000F分の追記/修正を行えるのだ。

そんな彼からすれば最高でもマッハ100程度しか出せない竜たちの動きは余りに遅すぎた。

 

 

 

“攻撃”

 

 

 

3回“攻撃”を実行し、1296回分の判定をばら撒けば竜の群れは何の反応も出来ずに粉々の肉片と血の雨に早変わりであった。

そして吹き飛んだ肉片に吸血鬼が貪りつく。

血をよく味わい、肉を食む。

しっかり、じっくりと味わい研究する様に。

 

 

端末は味を堪能し、その詳細は本体へと送られる。

どのような物質なのか、どのような構成で、どのような変異が行われているのかを。

 

 

 

ミョルニルに存在するアリストテレスの端末はおおよそ1万だ。

一体でヘルヘイムを陥落させた存在が4桁もいると聞けば、かの魔王でさえわき目もふらず逃走を選ぶかもしれない。

 

 

それら全ての脳を最適に活用し、プランは竜王軍の分析を開始した。

かの軍団の異常な高レベルの正体、竜王が何をしたのかを探っていくのだ。

ここでの勝利は簡単である。しかしそれは戦術的な勝利であり、大局を変えることは出来ないものだ。

彼は長期的な、誰でも竜王の軍団に対抗し勝利するための手段を得るつもりであった。

 

 

 

 

ミョルニルで虐殺が行われていた。

至る所から悲鳴が木霊する。

しかしそれは決して吸血鬼の滅亡を意味するものではない。

 

 

竜たちが、亜人たちが、魔物たちが。

竜王から力を与えられ、強者として吸血鬼の国を蹂躙していた筈の者達が、今度は追い詰められていた。

 

 

 

上下に全身をシェイクしながら亜光速でドゥエドゥエドウェという意味不明な効果音を撒き散らして移動する吸血鬼がいた。

 

 

 

 

「やめてくれ! 俺たちは竜王の奴に脅されて……!!」

 

 

 

ノイズ交じりに迫る【バルドル】にとある魔物は命乞いをしていた。

ドドドド───という耳障りな音だけが耳朶を不気味に叩いている。

どのような攻撃を加えようとすり抜けてしまい、何の痛打も与えられないこの存在を相手に戦意などもてようもなかった。

 

 

【バルドル】の視線が動く。

この魔物は腰のベルトにいくつもの“戦利品”をぶら下げていた。

 

 

……耳だった。男、女、子供……そしてもっと小さいモノ。

彼は殺した住人の耳を切り落とし、それを誇る様に持ち歩いていたのだ。

視線の動きに気付いた魔物は涙でくしゃくしゃになった顔で一言だけ乞う。

 

 

 

「ゆるして……」

 

 

 

“攻撃”が放たれ、二度と彼は喋らなくなった。

 

 

 

 

 

【サイコスルー】と【瞬歩】とマナ噴射による合わせ技を用いてベネトナシュと同じかそれ以上の速さで空を吸血鬼たちが駆けずり回っていた。

 

 

 

“カァオ”という音を放ちながら5体の【バルドル】はアイガイオンとそれを護衛する2000の偽竜へと迫っていく。

背から更に高濃度のマナが噴射され、加速する。

限りなく光速に近い速度で彼らは飛びまわるが、実際の視界はとても緩やかなものであった。

 

 

 

舞い散る埃の一つ一つまでしっかりと見て取れるほどの超圧縮世界。

あぁ、吸血姫様はいつもこんな光景を見ていたのかと彼らは嘆いた。

なんと隔絶した力、何ととてつもない強さ……こんな世界を一人で見ていたのか、あの方はと嘆いた。

 

 

 

ミョルニルへの攻撃は彼ら吸血鬼のベネトナシュに対する考え方を少しずつ変え始めていた。

ずっと頼っていた。押し付けていた。

彼女を祭り上げ、何もかも押し付け、その力を背景に好き勝手していた。

 

 

きっとベネトナシュは優しいのだろう。

同族とは思えない程に劣った者たちの為に嫌々ながらも王として君臨し、求められたことを求められるように行ってくれていたのだから。

 

 

100年だ。

100年もの間、吸血姫は名ばかりの王として自分よりも遥かに劣っている者たちの為に働き続けてくれていた。

 

 

 

その結果がこれだ。ミョルニルは燃え上がり、砕かれている。

彼女の力だけで築かれていた平和は、それを上回る力が訪れた時には脆いモノだった。

 

 

 

「吸血姫様……申し訳ございません。

 せめてミョルニルだけでも貴女様の手を借りずに守り抜いてみせましょう」

 

 

 

先頭の一人が呟けば、付き従う者達も同じ心持だと頷いた。

そして彼らは竜の群れと交戦を開始し、ミョルニルの空に鮮やかな光の渦が産まれるのであった。

 

 

 

 

 

 

とある【バルドル】は亜人種に囲まれていた。

彼を取り囲むのは先にプランが処理した魚人たちである。

3メートルを超える筋骨隆々の肉体に、エラが所々生えている彼らは地上でも問題なく活動できる異形だ。

 

魚の様な顔には殺意がありありと浮かんでおり、目の前の【バルドル】を憎々し気に見つめ……叫んだ。

 

 

 

 

「死ねぇッッ!!」

 

 

憎悪を込めた拳が降りそそぐ。

三方向から息を合わせて魚人たちは吸血鬼を殺さんと迫った。

レベル350を超える魚人たちの拳は超音速で吸血鬼に迫り……次の瞬間には腕が弾き飛ばされた。

 

 

「な、なななな……げぇぇあぁ?」

 

 

根元から吹き飛び、青い血液を撒き散らすソレを呆然と魚人たちは見る。

誰しもが己の両腕があった場所を驚愕した顔で凝視していた。

 

 

 

殴りかかろうとしたら、自分の腕が吹っ飛んでいた。

ありのままに状況を説明すればこうなる。

こんなこと、誰だって何が起きたか判らないだろう。

 

 

種明かしをしよう。

 

 

【リベンジ】と【テクニカルガード】のスキルが混ぜ合わされた結果、彼は構えるだけで相手の攻撃を反射することが出来るのだ。

これは相手の攻撃を受ける必要がない。

相手が攻撃動作をした瞬間……名付けるならば【テクニカル・リベンジ】を適格なタイミングで発動することで、そっくりそのまま相手の力を返すことが出来る。

 

 

 

もちろんこれの難易度はかなり高く、猶予はほんの万分の3フレームであるが、今の吸血鬼にとっては問題なく実行可能だった。

相手が攻撃の動作を見せた瞬間に両腕でガードの体勢を取る。

たったそれだけで魚人たちはズタズタにされ、意味も判らないといった顔で命果てるのだった。

 

 

構えたら勝手に相手が死ぬ。

傍から見ればそうとしか見えない所行である。

 

 

吸血鬼は飛び散った肉に噛り付き血を啜る。

青色の血は食欲がそそらなかったが、契約なので仕方ない。

自分たちに力を与えているアリストテレスという男はどういう訳か血液を所望の様であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミョルニル中の吸血鬼たちが血を啜り、その情報がプランに送り付けられていく。

結果、彼は豊富に齎されたサンプルから直ぐに各々の血液の中に存在する類似する点を見つけ出した。

成分というよりは、これは概念に近いが確かに存在する。

 

 

 

 

竜王の軍勢は、多かれ少なかれ竜王の血を分け与えられている。

それが彼の導き出した事実であった。

特に血が濃いのは上空から降り注ぐ偽竜と、空を塞ぐ巨竜である。

 

 

 

莫大な力を行使する竜王の血を加工し、自分たちで言う所の果実の様なレベリングアイテムを作り出しているのだろうとアリストテレスは考察を立ち上げた。

実際、これはかなり効率的な所行である。

超高濃度のマナを宿した存在の血液ならば、それだけで膨大なマナが含まれていてもおかしくはない。

竜の血と言うのは数多くの伝説において特別な意味をもってるのも併せて説得力があった。

 

 

 

そして、そして……これはとても好都合な話である。

全員が同じ遺伝的要素を持っているというのは、すごくやり易い。

 

 

 

 

【錬成】

 

 

 

プランは毒素に対して【錬成】をかけ、竜殺しの毒を編み上げ始めた。

ミョルニル中の処理能力を駆使し、竜王の血に対して反応する毒素を精製していくのだ。

惑星を丸ごと毒殺できる蠍の力を彼はともすれば本体以上に使いこなしていた。

 

 

 

傍らに佇むロイが息を呑む。

【一致団結】を最も深く接続された彼にはアリストテレスが何をしているか全てわかっていた。

即興で一つの種を根絶やしにする疫病を作り出そうとする人間に彼は微かな恐怖さえ抱いた。

 

 

 

 

プラン・アリストテレスは敵ではない。

ミョルニルの民を何人も助けてくれた恩人でさえある。

本来ならば逃げても誰も咎めないというのに、こうして戦ってくれてさえいる。

 

 

 

しかし潜在的な脅威の度合いでは竜王と比肩するのではと思い、彼は拳を握りしめた。

もしもこの存在が敬愛する主に牙をむくようなことがあれば……。

 

 

 

 

「大丈夫ですよ。それはただの杞憂というものです」

 

 

 

 

「…………だといいがな」

 

 

 

 

自分の心を見透かしたかの様に軽い口調で話しかけてくるプランにロイは少しだけ肩の力を抜いて答えた。

調合が始まり時間にしておおよそ1分/60秒が経過。

プランの瞳はかつてない程に鮮やかに輝いており、脳は最高効率で回転している。

 

 

彼は胡坐をかいて座り、目の前でシリンダーに満たされた毒素に対して【錬成】で干渉を行っている。

 

 

彼は総当たりを行っていた。

とある世界において高度に発達した演算装置が疫病に対する有効物質を見つけ出す為にやるような、演算能力にモノを言わせた戦法である。

そこに更に歴代アリストテレスの当主たちが知見を貸し、意見を付け加えていく。

 

 

 

無機質な超高速演算と、生の人間の確率に囚われない閃き。

そこに以前手に入れていたノーガードという竜の血液の情報を加える。

即興である故にまだまだ詰めたりない所こそ多々あれど、一応の完成を見た。

 

 

 

 

シリンダーに収められていた毒素が鮮やかな蒼を放つ。

不気味でありながら何処か心を乱し、惹いてくる様な怪しい光だった。

 

 

ふぅと一息吐いてからプランは立ち上がりシリンダーを手に取って眺めた。

【観察眼】で見つめ、問題なく効能を発揮するだろうと確信して頷く。

 

 

 

 

 

「出来たのだな?」

 

 

 

 

「えぇ。後はこれをばら撒くだけです」

 

 

 

 

どうやるのだ? と問うロイにプランはマントにぶら下がっていた武装の一つを取り出す。

ソレはいつも使っているリボルバーに似ているが、より大型なグレネードガンであった。

装弾数は一発で、弾を装填する際には銃を一回“折って”弾を交換する必要がある武器だった。

 

 

 

プランが【錬成】を使って毒の満ちたシリンダーをミスリルで覆った上で幾つかの細工を施していく。

あっという間に“弾”の完成である。

手慣れた様子でソレをガンに込めてカチっとセットするプランにロイは顔を強張らせて問う。

 

 

かの蠍の脅威を目の当たりにしたこともある彼からすればコレは当然と言える言葉であった。

 

 

 

「本当に大丈夫なのだろうな? 我々には本当に無害と誓えるか?」

 

 

 

「勿論です。どうか自分を信じてください」

 

 

 

 

では、行ってきますと歩き出したプランの背をロイは苦々しく見送るしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミョルニルの戦いは佳境に入っていた。

当初は優勢であった竜王の軍勢は今や【一致団結】を施された吸血鬼の軍勢に狩り回られ、その数を3割程度にまで減らしている。

このままいけば吸血鬼たちの勝利か、と誰もが思った瞬間、空に【エクスゲート】が開かれ、更に夥しい数の偽竜や竜たちが咆哮を上げながら雨の様にミョルニルに降り注ぎだした。

 

 

思っていたよりもミョルニルの抵抗が激しいことを察した竜王は更なる増援を送り込んだのだ。

ベネトナシュと戦闘を続けている筈の彼がどうやったかは後に語ろう。

 

 

 

それは万にも届く竜の群れであった。

生誕より多少の時間が経っている事もあり、殆どの竜のレベルはアイガイオンから産み落とされたモノよりも高い。

その平均レベル、何と500オーバーである。

 

 

一頭一頭が国を潰し文明を滅ぼせるレベルの竜が、最低でも3桁。

取り巻きの偽竜たちも全て300台の後半という前代未聞の軍勢であった。

これと真っ向から戦える戦力を用意できるのはそれこそ魔神族か、かの妖精姫ポルクスの率いる英霊たち位だろう。

 

 

 

当然ラードゥンの本国には竜の生産拠点は幾つも存在しており、そこから投入可能だと判断された戦力が増援として送り込まれたのだ。

しかしこれだけの数であっても、竜王の保有する総軍からすればほんの一欠けらでしかない。

ミズガルズという惑星のほぼすべての魔物をかき集めて作られた彼の軍の総数は星の数にも等しいのだ。

 

 

 

ミョルニル市街地に侵入していた敵の排除をあらかた終えた【バルドル】たちが音もなく大地を駆け巡り、破壊された闘技場の壁に駆け上がった。

誰もが直立し、声一つ上げずに竜王の増援を見つめている。

だらんと脱力し、マントを風になびかせながらただ黙ってみていた。

 

 

 

諦めた?

いいや、違う。

ただ、待っているだけだ。

 

 

 

ベネトナシュの宮殿より一発の弾が【サイコスルー】を重ね掛けられ、大いに加速されて打ち出された。

竜から見れば余りに小さく、そして早いソレを気に留める者は誰もいない。

こんな弾一発で何が出来る、ミョルニルは終わりだと竜王軍の誰もが確信していた。

 

 

この先に地獄が訪れることを誰も知る由はない。

 

 

 

弾に込められた【錬成】が発動する。

弾殻を構築していたミスリルは一瞬でナノサイズの粒子にまで細かく分解され、その上でシリンダー内部の毒と混ぜ合わされた。

結果、完成したのは一粒一粒が猛毒を孕んだ粉塵である。

 

 

 

液体よりも微粒子のほうが効率よく散布できるとアリストテレスは知っているのだ。

 

 

 

二つ目の【錬成】によって加圧と解放が行われ、竜殺しの毒を宿した粒子は秒速2000メートルという速さで竜の軍団の中央で拡散処理が行われた。

とある世界において“燃料気化兵器”と呼ばれるモノと同種の処理がこれには仕込まれていた。

爆発こそしないものの、まだそちらの方がマシであっただろう。

 

 

 

 

竜たちは気にも留めない。

ブレスを吐くために彼らは大きく息を吸い、知らず知らずの内に粉を吸い込んだ。

その結果……彼らは咳き込んだ。

 

 

 

増殖/繁殖/細胞破壊/肺炎。

 

 

呼吸器官/発症。

神経/発症。

消化管/汚染。

肝臓/硬化。

 

 

そして……潜伏。

 

 

ゴホッ、ゴッホッオェッゴホホオオ……!!

 

 

 

何匹もの竜が火を噴きながら咳き込む。

その度に飛沫がばら撒かれ、ウィルスは拡大していく。

半分は瞬時に発症し、半分は潜伏した。

 

 

 

変異の方向性をある程度操作されたソレは、今はまだ雌伏している。

 

 

竜の咳は人間のモノよりも遥かに大きく、重低音を伴うモノであった。

彼らは生涯で初めて、人間で言う風邪の様な症状を味わっているのだ。

 

 

 

【バルドル】たちがじっとその光景を凝視している。

彼らは構えることも故郷を踏みにじった者たちに戦意を滾らせることもなく、ただ立ち尽くしていた。

もう、戦いは終わっていると知っているから……。

 

 

 

竜たちの飛行の軌道がおかしくなる。

真っすぐに飛べなくなり、まるで酒に酔ったかのようにふわふわと無茶苦茶なものとなった。

互いにぶつかり合い絡み合いながら落ちるモノ、飛行の速度の調整を失敗し、アイガイオンに衝突するものなどが続出する。

 

 

 

蠍の毒が彼らの三半規管を乱し、空間識失調を引き起こさせているのだ。

あっという間に万の竜たちが悲鳴を上げだす。

しかし重度の肺炎を引き起こした彼らが上げられたのは掠れたうめき声だけである。

 

 

ゼェ、ゼェ、ゼェ、コヒュッという哀れな吐息が響く。

かつてヴァナヘイムで死にかけていたアウラが上げていた弱弱しい息吹だった。

もはや彼らは咆哮を上げる事も出来ない。

 

 

 

喉が痛い。

眩暈がする。

呼吸が出来ない。

視界が定まらず、身体の節々に激痛が走り出す。

まるで重力が万倍にもなったかのように身体が重くなり、飛行を続けられない。

 

 

 

典型的な風邪の症状だった。……今はまだ。

たかが風邪程度でなぜここまで慌てるのだろうと多くの者は思うだろう。

竜である彼らは強者である故にこんな病気になどかかった事はなく、体調不良など初体験なのだ。

 

 

 

完全無欠を謡った者こそ、いざヒビが入ると脆いものだ。

彼らが知るべきだったのは、己の万全を維持する方法ではなく、己の不調と向き合う方法だったのかもしれない。

しかしもう何もかもが遅かった。

 

 

 

 

 

きっちり半分。

ミョルニルを襲っていた軍勢の半分がアリストテレスの作り出した疫病に発症していた。

プランは蠍の毒を製作するにあたって幾つかの仕込みを作成したのだが、その一つが重度の肺炎をばら撒くというものであった。

 

 

竜にとって肺という器官はとてつもなく重要なモノである。

人にとっても呼吸や運動に深く密接する最重要な器官だが、竜の肺はもっと大きな意味を持っている。

 

 

 

 

代表的な攻撃であるブレス。

飛行という日常的な有酸素運動。

咆哮と言う大音量。

 

 

 

その全てを支えるのが肺なのだ。

故にアリストテレスは新しい疫病はまず肺に修復不可能なほどの大打撃を与えることを目的にしたのだ。

そして竜は本来ならば風邪などという陳腐な疫病などものともしない超生物であり、いざかかった場合に適切な対処を行う事など出来はしなかった。

 

 

 

 

自分の身に起こった不調に苛立ち、目を血走らせて飛び交い、あっと言う間に呼吸困難に陥って墜落。

大地に墜ちた衝撃程度では死ぬことはないが、それでももがけば藻掻くほどに呼吸は難しくなり、彼らは最期は泡を吹いて絶命した。

死因は呼吸困難、もしくは多臓器不全だった。

 

 

 

 

ボト、ボト、ボト……。

 

 

 

まるで虫けらの様に竜が次々と墜ちてくる。

宿主である竜が死すとも疫病は勢いを止まらせない。

血肉に毒が沁み込み、落ちた竜の亡骸を中心に更に更に拡散していく。

 

 

 

つまり、この疫病は空気感染するのだ。

あっと言う間にそれらはミョルニルの大地にしみ込み、かつてのプルートの地層に埋もれていた文明の末路を再演した。

 

 

 

「ゲッ……グッガガガ……」

 

 

 

「い、いきが……」

 

 

 

「やだ、やだ、やだや、だ……」

 

 

 

竜だけではない、亜人や魔物たちさえも胸を押さえて苦しみだす。

竜王の血に反応して発症するソレは容赦なく竜王軍全員にいきわたり“敵”だけを殺す最強の武器となっているのだ。

タンパク質を始めとした生物への理解の応用によって作られた認識酵素が対象の中に存在する竜王の“血”を識別し、ソレを持つものだけに活性反応を示すウィルス……これが疫病の正体であった。

 

 

そして“発症”のタイミングは即時か、はたまた数日から十日ほどの時間をおいてからの二択である。

病と言うのは、時間差で次々と広げた方が効果的なのだ。

 

 

 

かの蠍が文明を滅ぼす時に行使した“識別”の原理はこれであった。

即興にしてはまずまずの出来だなとアリストテレスは【バルドル】たちから流れ込んでくる視界情報から効果を確認し頷いていた。

つまり、プラン・アリストテレスはそっくりそのままエンペラーバーサクスコーピオンの権能染みた力を手に入れ、更に発展/改良/応用しているということでもある。

 

 

 

 

一人、また一人と倒れる。

やがてミョルニルの地上は静かとなった。

発症を免れた半分は恐怖しながら空に飛びあがり、適当なワイバーンの足に掴まるなどして逃げだす。

 

 

 

────ッッッッッッゴォォォオオ!!

 

 

 

アイガイオンが大陸中を揺らすような咆哮を上げた。

乗せられるだけの友軍を乗せたアイガイオンはその頭を北へと向けた。

身体の至る所からブレスを応用した推進力を噴き出しながら彼はゆっくりと移動を始める。

 

 

瞬く間に巨竜の速度は加速し、音の何倍もの速さでミズガルズを北上する。

数えきれない程の軍勢を乗せたそれは逃げていた。

彼は罹患こそしていないものの、このままこの地に留まっていたら自分もどうなるか判らないという恐怖に駆られたのだ。

 

 

 

 

ミョルニルの上空に月が戻り、街を覆っていた巨大な影がどいていく。

竜王軍は、撤退を始め……ミョルニルの吸血鬼たちは侵略を跳ねのけたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

【バルドル】を纏った吸血鬼たちはただ見つめていた。

追撃などはしなかった。彼らはアリストテレスの思惑を知っているのだ。

あの巨竜の中に逃げ込んだ魔物や竜たちの中には非活性化状態で疫病が眠っていると彼らは知っている。

 

 

 

休眠状態のそれらは潜伏しながらも感染接触、空気感染を繰り返し鼠算式に発症者を増やしていく事だろう。

さしづめ、あの巨竜は文字通りの()()()()()といったところか。

 

 

 

誰かがこれから先、竜王の国を襲う猛威がどれほどになるかを考え身震いした。

肥大化と快進撃を続ける竜王ラードゥンに対する疫病攻撃は、よい時間稼ぎになるだろう。

人類が団結し、迎撃の準備を整えるためとはいえ無情としか言いようのない所行である。

 

 

 

戦いさえスキップし、敵を皆殺しにするアリストテレスの所業を少しばかり恐れながら一息つこうとし……誰もが吸血姫の死を悟った。

次いで【一致団結】で意識を共有していたアリストテレスは、吸血鬼たちの原始的な本能の中でソレを理解した。

 

 

理解したといっていい。

理屈ではないのだ。

自分たちの主が竜王に敗北し、死を迎えたと吸血鬼の誰もが直感したのだ。

 

 

 

あぁ、やはり勝てなかったかとアリストテレスは嘆息した。

 

 

 

次から次へと吸血鬼たちの中にベネトナシュの死が齎す波紋が拡大していく。

あるものは悔やんだ。

あるものは絶望した。

またあるものは呆然とした。

 

 

 

嘘だと現実を認めないモノがいた。

ありえないと叫んだものがいた。

そこまで竜王とは強大なのかと恐れを抱く者もいた。

 

 

 

ざわめきが広がっていく中、アリストテレスはさて、どう動くかと考え……。

 

 

 

 

 

「アリストテレス! 我が声に耳を傾けよ!!」

 

 

声が響いた。

深い男の声であった。

【一致団結】を通して、とある男がプランに向かって叫んでいた。

 

 

 

 

アリストテレスの概念的な瞳がそちらを注視し答えた。

おや、この男には見覚えがあるぞと彼らは思い当たる。

 

 

 

※ お呼びでしょうか?

 

 

 

男は堂々した佇まいでアリストテレスを見返した。

ベネトナシュにはまるで及ばないまでも立派と評せる吸血鬼であった。

レベルは240、銀色の髪が特徴的な初老の男だった。

 

 

 

……思い出したぞ、この男の名前はアウストラリスだ、とアリストテレスは内心で繰り返した。

吸血鬼たちの先王、つまり……ベネトナシュの父親に当たる男だと。

 

 

 

 

「貴様は数多くの異能を隠し持っていると聞く。

 更にはミョルニルを窮地から救ったその手腕を見込み、話がある!」

 

 

 

 

────………。

 

 

 

 

アリストテレスは沈黙をもって続きを促した。

 

 

 

「偉大なる我らの王たるベネトナシュ陛下を

 どうか貴様の技をもって再臨させられないだろうか……っ!」

 

 

 

予想通りの懇願であった。

瞬く間に形勢をひっくり返し、竜王に対して戦略的な汚染攻撃を仕掛けた者ならばもしかして、と考えるのは当然かもしれない。

正に、藁をもつかむといった所か。

 

 

 

そしてそれに対するアリストテレスたちの答えは一つであった。

 

 

 

 

夢の続きを見たいというのならば、貴方は何を差し出せますか?

 

 

 

 

まるで契約者の覚悟を見定める悪魔の様に星を見る者たちはベネトナシュの蘇生を望むアウストラリスに問いかけるのであった。

 

 





来週は私事がありますので更新をお休みします。
次回更新は27日を予定しております。
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