ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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「世界は常に強者が動かす。
 一握りの天才だけが世界の未来を決める権利を有する」


────ベネトナシュ。原作38話より。


ベネトナシュの“はたく”!

 

 

それはありえないとしか言いようのない光景であった。

“四強”の一角である竜王は名実ともに4つの頂の中で最強と言える存在だ。

ベネトナシュを殺し、ミョルニルを崩壊させ、暴虐に振舞い続けた竜王が小柄な少女によって文字通り“手玉”に取られるという現実味のない光景だ。

 

 

ベネトナシュが軽く手を翳し、大地から帰ってきた竜王を軽く「ポン」と猫の頭でも撫でる様に触れる。

すると竜王はマッハ30万程の亜光速で大地に叩きつけられ、その衝撃で幾つもの頭がはじけ飛んだ。

そんなことを一秒間に3000回以上だ。幾ら彼が次元違いの生物とはいえ、たまったものではない。

 

 

ガ、ガガガガガ……。

連続で、幾度も当たり判定が発生し竜王の身体が悶えながら砕けては再生を繰り返す。

 

 

 

吸血姫は一本の頭しか触っていないというのに、何故か竜王の全ての頭に判定が走り、大地を抉るような衝撃を101回、同時に味わうことになった。

 

 

恐ろしい勢いで竜王のHPが吹き飛んでいく。

レベル900のベネトナシュが死力を尽くしてようやく一度殺せた怪物が、一秒間に平均3回の速度で殺され続けている。

まるでかつての彼女の戦い方を皮肉る様に、今の吸血姫は効率よく、無駄なく的確に竜王を処理し続けた。

 

 

亜光速で飛びまわり、目にも止まらない速度で連撃を叩き込む?

装備効果と攻撃時によるHP回復で実質無限の体力?

 

 

まぁ、子供の頭ではよく考えた無敵になる方法だなとアリストテレスは微笑まし気に笑っていた。

違う、全く違う。お前は自分のスペックを全く生かしていない。

君の身体の動かし方はこうやるんだ、とまるで本物の彼女に見せつける様にベネトナシュは意味の分からない動作を続けた。

 

 

 

 

落下。

弾ける。

落下。

鱗が砕ける。

落下。

手は添えるだけ。

 

落下。

ベネトナシュは空中で器用にしゃがむと

その状態で小さくジャブを何度も竜王に叩きつける。

 

落下。

すると竜王の全身にはジャブの回数×101回のダメージが走り

幾つもの牙がへし折れ、竜の頭蓋が砕ける音が追加された。

 

 

 

 

 

竜王が大地に落とされる度に重低音が響き渡り、ミズガルズが軋む。

物理的にはたかだかが全長100メートル超の怪物が亜光速で地面にたたきつけられた程度では問題ない程に頑丈なミズガルズであるが、問題は法則的な意味での耐久値だった。

アリストテレスは意図的に反発係数という世界の根底を弄りまわしており、明らかに異常な処理を強制され続けた世界は軋みを上げていた。

 

 

 

それでも、それでもなお竜王の命のストックは無尽蔵としか言いようがなかった。

一秒に3回ずつ殺せたとしても半日は掛かるほどに彼の命は重い上に、少しずつ強化を繰り返された結果、効率は悪くなり始めている。

竜王の罅割れた仮面の顔、その中にある恐ろしい瞳がギョロっと動いてベネトナシュを見た。

 

 

 

 

『このっ……いきなりなんてことをするかなぁ!』

 

 

 

苛立ち紛れに竜王が吐き捨てる。

何度も何度もミズガルズと熱い接吻を繰り返しながらも彼の思考は高速で回転を始めていた。

脳みそを何百回もシェイクされた今の彼は、とても澄んでいた。

 

 

 

口調こそ幼く、性格も相応に幼稚な所のある彼であるが、無駄な矜持も同時に持ち合わせていないのがラードゥンの強みだった。

かつての彼の兄たちならば自分が追い込まれていようと竜王である自分が負けるわけなどないと戦法も何もあったものではない戦いを行うだろうが、彼は違う。

彼の頭は柔軟である。

先ほど自分が殺したベネトナシュが、自分を追い込みかねない力をつけて復活したと彼はあるがままに現実を受け入れた。

 

 

地面に叩きつけられる瞬間、彼の身体は一度“解け”て二十にも及ぶ竜の群れが大地に頭を突っ込み、一瞬で地中百メートル以上まで到達し、身体を固定。

自分の身体を跳ね上げようとする強制力を抑え込むべく三十の首が上空に向けてブレスを発射し、とにかく飛び跳ねない様に身体を地面に固定。

数百、数千倍のGが身体にかかり、内蔵全部が跳ね上がるほどの衝撃を竜王は受けることになったが、その程度では彼は大した傷は負わない。

 

 

一秒間に三回死に続けるよりは遥かにマシだ。

そうすることによって彼はようやくベネトナシュのボールから解放される。

 

 

 

五十の首が身体の再構築を開始。

同時に大地から顔を戻した二十の首がベネトナシュをけん制する様にブレスを雨あられと発射する。

もちろん命中など期待はしていない、とにかくあの吸血姫が近づいてこない様にするのが目的であった。

 

 

空間を飽和させるほどの熱量を吐き出し続ければ、さすがのベネトナシュも今の竜王に近寄る事は出来なかった。

彼女はただ竜王を見ている。まるで彼の力を吟味する様に。

 

 

 

『う~ん』

 

 

ビキ、ビキという音と共に細胞が活性化し、竜たちの身体が一回り以上太くなった。

不気味に眼光が輝き、ミズガルズの法が軋む。

あまりの規格外の力によって女神の法が砕かれていくのだ。

 

 

この身体で出せる最大の力を、竜王は解放した。

全身が赤熱化し、胸の辺りなどは余りの高エネルギーに白熱化していく。

竜たちが絡み合い、より戦闘に特化した形態へと移行。

 

 

 

『よくわかんないけど』

 

 

かつて魔王を返り討ちにした時と同じ姿に彼は一瞬で身体を再構築する。

 

 

 

『なんか強くなったんだね。じゃあ、しかたないか』

 

 

 

蜘蛛の様な下半身と八本の尖った脚。

ムカデの如き尻尾。

六本の腕。

人の胴体。

そして、不気味な石膏像の如き顔。

 

 

 

【“竜王”ラードゥン】

 

 

種族  竜王

 

 

レベル 1350

 

 

クラスレベル 

 

 

『勇者』 1350

 

 

 

本来ならばありえない数値が表示され、ミズガルズは異形の存在に恐怖する様に震えた。

レベルこそ今のベネトナシュを下回っているが、勇者という規格外のクラス及び竜という超越種の二つを掛け合わせた彼の能力値は吸血姫を優に上回るモノがある。

惑星中の魔物が恐怖し、惑星中の竜が歓喜し、惑星中の魔神族が奇妙な悪寒に襲われ、全ての人間は無意識の内に心臓の鼓動が速まった。

 

 

 

 

「……」

 

 

遠く離れた地、リュケイオンでルファスは直感的にプランがまた嘘を吐いたと認識していた。

何が何も起きないだ、何が普通に帰ってくるだ、やっぱりまた面倒ごとに巻き込まれてるではないか。

 

 

じっと、リュケイオンのプランの屋敷でルファスは母に寄り添いながら彼方を睨みつけていた。

あの日、自分に語り掛けてきた怪物が向こうにいる。

姿は見えないが確かに、いる……。

 

 

 

今の自分では話にならない程に圧倒的な力の差を彼女は感じてしまっていた。

 

 

 

気丈に振舞っているが、額には冷や汗が浮かび上がっている。

そんな彼女の足元にアリエスがピタッと身体をくっつけ、自分も震えが隠せないというのに強い意思の宿った瞳で主を見上げている。

そんなアリエスにルファスは微笑み、優しく頭を撫でてやった……。

 

 

 

 

 

 

ラードゥンが居る。

それだけでミズガルズは得体のしれない恐怖に襲われてしまう。

誰よりも女神を信奉する彼は、その実女神世界最大のバグと言えた。

 

 

 

端的に言おう。

今のラードゥンでさえ戦闘能力だけを見れば『龍』に匹敵、凌駕するものがある。

そんな怪物がベネトナシュを本格的に排除すべき敵と認定し、牙をむく。

 

 

『かんたんすぎてつまらなかったんだ! もうちょっとだけぼくと遊ぼうよ!』

 

 

 

竜王の口が裂け、ぞっとする笑顔が浮かぶ。

そんな怪物を前にベネトナシュは何もせず佇んでいた。

 

 

 

 

先とは違う遊びのない殺戮攻撃が開始する。

30の天法担当の首が次々と補助天法を乱射し、20の魔法担当の首は容赦なく中位から高位の魔法を乱射。

六本の腕はそれぞれが握りしめられ【グラップラー】や【チャンピオン】などの行使する格闘スキルの発動の瞬間を図っていた。

 

 

『オーラ・バースト』を始めとした凶悪な強化術。

『ソーラーフレア』などの超大規模焼却魔法。

 

 

 

国どころかミズガルズを焼き尽くしかねない力がたった一人の少女を殺さんと猛った。

おどろおどろしい濁った紅蓮の小型太陽が20の首から次々と吸血姫に吐きつけられる。

もしも直撃したら今のベネトナシュでさえただではすまない威力が込められた太陽が彼女に殺到する。

 

 

もちろん躱してもダメである。

これが地上に落ちた瞬間、ミョルニルは一瞬で蒸発した上に、直系数百キロという範囲に数百万度の熱波が撒き散らされるだろう。

そんなことになったら、人類は壊滅的な打撃を受けてしまう。

勿論、吸血鬼たちは絶滅である。

 

 

 

 

 

ベネトナシュが動く。

彼女は柔らかく何の感情も籠っていない微笑みを張り付けた顔でマントの裾を掴んで広げ、華麗に一礼した。

紅い裏地の黒いマントはベネトナシュのお気に入りの一品であり、彼女の肉体が再生された時に一緒に編みなおされた逸品だ。

 

 

 

吸血姫ベネトナシュの保持するクラスとスキルをざっと確認したアリストテレスはこういった遠距離攻撃に対応するための手段を幾つも思いついていた。

まずは【ソーサラー】のスキルである『ヘリオスフィア』を発動させた上で、ソレに『サイコスルー』を纏わせる。

高速で循環する天力に一方向に対する指向性を持たせてソレをマントの上に羽織った。

 

 

 

結果、ベネトナシュのマントは銀色に輝きを放ち始め……彼女はソレを翻して己を焼き尽くすべく迫る小型太陽を軽く叩いた。

拮抗は無かった。

適切に操作されていない天力は魔力と反発する故に、天力を宿したモノはこういった概念的な魔法を触る事が出来るのだ。

 

 

 

ペチン、という何とも緊張感のない音と共に太陽は同じ速度で、その向きを正反対に変えた。

『え?』と目を見開く竜王に対して太陽20個があっという間に返品された。

 

 

『へっ?』

 

 

理解しがたい光景を前に竜王の眼が見開くが六本の腕が直ぐに対応するために動く。

無意識による反射的な攻撃であった。

膨大な天力による補助を最大限に受けたソレは軽々と小型太陽を叩き割り、空の彼方に残骸を吹き飛ばした。

 

 

 

熱波と大爆発が巻き起こり竜王の表皮が焼けただれるが瞬時に再生する。

次はこっちの番だと複数の首がベネトナシュを見上げて……いない。

 

 

激しい閃光と熱波の中であってもラードゥンは決してベネトナシュから眼を逸らしなどしていなかった。

自分を文字通り手玉に取るような相手から注意を逸らす程彼は愚かではない。

瞬きもせずに見つめていたというのに、竜王は彼女の姿を見失った。

 

 

 

(どうなってるの……?)

 

 

 

バクバクと心臓のうるさい音を聞きながらラードゥンは思った。

明らかに今の彼女はおかしい。

嬲れば嬲るほどに良い反応を返してくれた、虐め甲斐のある少女だったというのに、今の彼女はまるで別人のようだった。

 

 

 

 

【無意識歩方】

またの名を『デッドスペース・ラン』ともいわれる能力を彼女は用いていた。

後はそれを補うように、自力でラードゥンの意識の隙間を直視し、気楽な様子で動き続ける。

 

 

 

ベネトナシュが保持する【アサシン】のスキルだ。

一時的に相手の意識に発見されづらくなる【アサシン】の十八番の様なスキルだった。

あくまでも一時的で、その上で絶対に発見されなくなるわけではないコレの使い勝手は正直微妙といえる能力だった。

 

 

ベネトナシュという絶対的強者が【アサシン】のクラスを取った理由は

単純に己の速力を上げるためであり、不意打ちや状態異常攻撃のスキルなどを求めたわけではないのだ。

 

使えないクラス。

不意打ちなど弱者の行為。

己の様な強者はそんなもの必要ないと彼女は【アサシン】のスキルを使ったことはない。

 

 

 

なんてもったいないのだろうかとアリストテレスは思った。

ただ早く動いて相手を殴る。

そんな戦術も何もあったものじゃない戦い方しか知らないベネトナシュを彼らは嘲った。

 

 

君が見下した能力はこんなに素晴らしいモノなのだと見せつける様に。

 

 

 

 

『……どこに行ったのかなぁ?』

 

 

 

 

101本ある頭の眼がせわしなく動き回る。

竜の視野は350度であり、死角は真後ろのみである。

そんな眼球202個が三次元的にあらゆる場所を見渡しているというのにベネトナシュの姿が見つからない事実に竜王は困惑した。

 

 

 

気配はすぐ近くだ。

というよりも自分から100メートルも離れていない。

ラードゥンの平均視力は15であり、見逃すなどありえないというのに見つからない。

 

 

 

 

チラチラと視界の端に銀色のナニカが見えるだけだった。

ベネトナシュはラードゥンの全ての頭が一瞬だけ生み出す完全なるデッド・スペースの中を容易く歩き回っていた。

無意識に生み出されるほんの僅かな量子の一欠けら程度が入れる意識の死角、普通ならばまず出来ない竜王の意識の隙の中に彼女は身を滑らせていた。

 

 

 

傍から見たら滑稽な「追いかけっこ」に見えるだろう。

何せベネトナシュは竜王の身体につかず離れずで移動しており、そんな彼女をラードゥンは必死に探しているのだから。

 

 

 

ベネトナシュは本来の彼女ならば絶対にしないであろう穏和な微笑みを張り付けたまま、竜王とかくれんぼを続けている。

3秒ほどそうしていた彼女であったが、何の躊躇いもなく竜王の頭の一つに手を翳し、コツンと叩いた。

“叩いた”という動作によってミズガルズはベネトナシュの行為を攻撃モーションと認識した。

 

 

 

その結果として“攻撃”が発動する。

組み合わされた432種のスキルに更にもう一つだけ追加された。

 

 

 

【キルムーヴ・アタック】

 

 

 

 

【アサシン】のクラスが保持するスキルであり、これの効果は相手が自分の攻撃/存在に気が付いておらず、完全な不意打ちが成立した瞬間に効果を発揮するスキルであった。

効果は単純でありながら非常に強力なもので、確定クリティカル+防御無視+最終ダメージ数値に三倍を掛けるというものだ。

いかに【アサシン】と言えど、戦闘中に完全に相手の不意を衝くなどは至難の業である故に、これだけの効力が許されている。

 

 

 

実用性など殆どない、弱者が強者に報いるためのスキルといえば聞こえはいいが要は博打だ。

隙がないから強者というものであり、そもそもこれに頼る程の実力差がある相手との戦いは避けるべきである。

女神が作るだけ作って、放置しておいたロマン技でしかない。

 

 

 

しかし、しかし……今のベネトナシュが使えば話は別であった。

相手のあらゆる意識の隙間を掻い潜る彼女が使えばこれは恐ろしい能力へと変貌した。

 

 

 

432種のスキルそれぞれに3が乗算され、それは【アステラ】【ターゲティング】と組み合わされて

竜王の全ての首が防御無視/432種のスキル/3倍乗算の威力を浴びることになった。

 

 

 

 

────ッッッッ!!

 

 

 

 

唐突に竜王の頭が纏めて吹き飛んだ。

まるで熟れた果実の如く彼の101本ある頭は内側から爆ぜたのだ。

直ぐに新しい頭が生えてくるが、それもいきなり吹き飛ぶ。

 

 

ベネトナシュは何もしていないというのに竜王は死に続けていた。

先の手玉に取られていた時よりも遥かに早く、容赦のない速度で。

一つの頭を葬るのに使用された“攻撃”に込められたスキルは平均3個であった。

 

 

 

 

残りの429種のスキルは、アタリハンテイとして残り続け、再生を行う竜王の頭全てを延々と破壊し続けた。

一回の“攻撃”で彼は144回死に続ける羽目になった。

爆散と再生を繰り返し、震え続ける肉塊と化した竜王の再生途中の頭を「ぽん」と軽くベネトナシュは撫でる。

 

 

 

“攻撃”が発動し、144回分の死が竜王を襲った。

66666個もあり、削り切るのは不可能と思えた命のストックが見る見る減っていく。

1000回、2000回、3000回、余りに呆気なく竜王の命は削り続けられる。

 

 

 

本物の彼女が一回殺すだけで精いっぱいだったのに、あっと言う間に6666回ラードゥンは殺される羽目になった。

しかも“不意打ち”判定が続いているため、勇者スキルによるバフこそかかるもののデバフは対象を取れないというおまけつきだ。

 

 

 

『…………』

 

 

 

 

竜王はもはや無言であった。

何を考えているのか誰にも判らないが、彼はじっと破壊/再生を続ける頭で考えていた。

 

 

 

『きみさ』

 

 

 

死。蘇生。死。蘇生。

幾度もあの世とこの世を反復横跳びしながらラードゥンは未だに見つからないベネトナシュに対して声をかけていた。

今まで撒き散らしていた悪意も狂気もない穏やかな声だった。

 

 

 

 

()()なの?』

 

 

200個以上ある眼球で彼女の影を視界の片隅にとどめながら聞く。

 

 

心からの疑問であった。

既にラードゥンは目の前のベネトナシュがベネトナシュではない事に気が付いている。

戦い方が違う、気配が違う、姿かたちはそっくりだが、それ以外の全てが違う。

 

 

カツ、カツ、カツとベネトナシュは足音を立ててラードゥンの視線から逃れながら、片目を閉じた。

外見相応の、全く何も背負っていない無邪気な少女の様な微笑みを浮かべている。

彼女は何も言わなかった。相手に情報をみすみす渡すような事はしない。

 

 

 

ただ、右手の人差し指を顔の前で立てて「しー」と小さく息を吐くだけであった。

動作だけ見ればベネトナシュ位の少女ならば誰でもやりそうな愛らしい行為であったが、普段の彼女を知る者が見れば仰天したことだろう。

 

 

 

『ケチ!』

 

 

 

竜王は死に続けながらも拗ねた声を上げた。

こうしている間にもどんどん命が減っていっているというのに彼は気にも留めていない。

ただ、当然このままで終わるつもりなどない彼は体内で膨大な量の魔力と天力を循環させていく。

 

 

 

死ぬ度に強化が施されているというのに、このままじゃ完全に殺しきられるだろうと彼は直感していた。

だから彼もまた奥の手を使う事にした。

この身体はおろか、本来の身体でも使ったことのない奥の手の中の奥の手……切り札を。

 

 

 

本能的に「出来る」と確信しつつも、余りに強すぎた結果使ったことのなかった切り札である。

ちょうどいい機会だとラードゥンは判断したのだ。

ライフ・ストックと併せてコレの使い勝手も確認しておこう、と。

 

 

獅子王や妖精姫程度ならばともかく、魔神王および彼の兄弟たちと事を交えた場合も考えて、使いこなせるようになっておいて問題はないだろう。

 

 

 

ラードゥンは次元違いの生物であり、扱える天力と魔力の出力も次元違いなものがある。

後の世に産まれるであろう青髪の乙女に比べれば技量は稚拙もいいところだが、出力だけならば遥かに勝っている。

そんな彼が、全力で天力と魔力を混ぜ合わせて“孔”を作り出す。

 

 

目標座標はミズガルズと太陽系の更に向こう、銀河の更に向こう、銀河団の更に更に先。

この宙の向こう、狭間の更に先……ラードゥンの全力を以てしても細い糸程度しか繋がりは生み出せないが、それでも彼は確かにこの世界の外にある女神の領域にまで“孔”を届かせた。

そこにあったのは膨大という言葉さえ生ぬるい純粋な“力”である。

 

 

是なるは女神の座す大いなる極点。

誰も及びつかない神の世界、女神だけが居る独りぼっちの御座であった。

 

 

女神にとっては意識さえしないちっぽけな力の欠片。

しかし惨めで矮小な下界のモノからすればその程度でさえ驚天動地の域だ。

 

 

 

微かな繋がりから、無尽蔵に力が流れ込んでくる。

それは概念として当てはめるならばこの世界に存在するモノを強固にする力たる天力であった。

 

 

 

竜王の全身の傷が瞬く間にふさがる。

防御能力が跳ね上がり、あらゆるステータスが『勇者』のバフと併せて跳ね上がった。

彼の全身を薄い青光りが包んでいく。

 

 

削り取られた数千の命が瞬時に補充されていく。

あっと言う間に彼はベネトナシュと戦う前と同じに戻り、それ以上の強さに進化を続ける。

 

 

 

 

彼は『勇者』である。

ミズガルズの歴史において、女神の助力を受けて数々の奇跡を実現させてきた偉大なる女神の玩具だ。

そんなクラスを持っている彼がこれを出来るのは当然、なのかもしれない。

 

 

 

ラードゥンは自力で女神から力を奪い取り続ける。

彼は、彼の好きな時に女神アロヴィナスの加護を受けることが出来るのだ。

進んで女神の玩具に墜ち、女神の無聊を慰めるためにミズガルズに死と絶望を振りまく存在、それこそが竜王の本質であった。

 

 

 

 

 

───女神さま万歳、女神さま万歳! いだいなるアロヴィナスに栄光あれ!!

 

 

 

 

 

101の頭が空に向けて傅く。

遥か彼方、極点に君臨する女神に敬意を表し、狂気的な信仰を捧げ続ける。

 

 

狂っている? 何をいまさら。

この世界こそ狂気の坩堝であり、己こそが女神の為の舞台を最高に盛り上げる事ができると竜王は心から確信していた。

 

 

 

『あぁ、いだいなる我らを統べしアロヴィナスさま! 女神さま!! 

 ぼくは貴女さまの望まれるとおり、このよ全ての“絶望”をおささげします!!』

 

 

 

 

「……………」

 

 

 

 

狂ったように女神を称える竜王を見て、ベネトナシュはつまらなさそうにため息を吐いていた。

まぁ、間違ってはいないかとアリストテレスは竜王の言葉を聞いて思った。

あの不愉快な女は、絶望こそが真に希望を引き立たせるモノだと心底考えている。

 

 

 

竜王の言葉はある意味ではこの世の真理である。

女神が人の絶望を望んでいるというのは間違ってはいない。

あいつは、あの女は……。

 

 

そんなものがなくても人は幸福を噛み締めることが出来るというのに。

余計なお世話だ、我々にちょっかいを掛けるな。

干渉するな、お前の独りよがりに付き合うのはうんざりだと67人は心底思っていた。

 

 

 

高まり続けるラードゥンを前に、ベネトナシュが髪をかきあげる。

顔には微笑みを張り続けたまま、彼女の身体が薄く発光する。

さて、準備運動はこのくらいでいいだろうと彼らは判断した。

 

 

 

ラードゥンが力を跳ね上げ続けるのに対し、彼女がやったことは一つだけであった。

【観察眼】を発動させ、世界の法則を観察しながら“鎧”を着込む。

パキ、パキという音ともに周囲に点在するマナが物質へと作り替えられ【錬成】によって【バルドル】を作り上げて纏う。

 

 

今のベネトナシュの領域では鎧など余り意味をなさない。

しかし、単純に当代の趣味であった。

これを着ると、意識を効率よく切り替えることが出来る、一種のスイッチなのだ。

 

 

 

小柄な少女の身体は不気味な【バルドル】によって包み込まれ、みているだけで不安になる鳥の骸顔のマスクが装着される。

元より着ていたマントと併せて今のベネトナシュの姿は不吉な死神の様であった。

 

 

彼女は足を止め、竜王との追いかけっこをやめた。

 

 

 

大地に8本の脚を刺し、真正面からベネトナシュを見上げた竜王は口笛を吹いた。

子供が魅力的な玩具をショーケース越しに見ている時の様な声を彼はあげた。

ルファスに悪趣味だの何だのとぼろクソに言われていた【バルドル】を初めて褒めたのは彼であった。

 

 

『ひゅぅー! かっこいいね、それ!』

 

 

『きみを殺したら、もーらおっと!』

 

 

 

 

完全復活を果たした竜王は堂々とした姿をしている。

先ほど6000回以上死んでいたというのに、彼の細胞は全く疲労などしていない。

 

 

竜王ラードゥンは一周回って芸術性さえ感じる程の混沌とした姿をベネトナシュの前に晒している。

 

 

 

仮面の様に硬質な顔の奥から隠し切れない狂笑が木霊する。

6本の腕が隆起し、ムカデの尻尾が左右に振るわれる。

胴体からは超高密度のエネルギーが絶えず放射され、燃え上がっている。

 

 

身体の所々からは竜頭……蛇竜が生えており、それら一体一体がレベル1050であった。

本体に比べれば僅かとは言えど、限界突破を果たした竜の群れがここにはある。

 

 

 

体力も全快、命のストックは完璧。

再生能力は天井知らずであり、10秒で1つ補充するのが精いっぱいだった【ライフ・ストック】は瞬時の復元を可能としていた。

もはや倒されることを想定されていない、明らかに戦力のバランスなど考えていないバグ……それこそが“竜王”だ。

 

 

 

状況は完全に仕切り直し。両者とも無傷で、各々気力は満タン。

言動こそ幼いなれど油断を捨て去り、ベネトナシュを完全なる敵とみなしたラードゥンと、彼女の身体の扱い方に慣れてきたアリストテレスといった所だ。

 

 

 

 

『ベ~ネ~ト~ちゃ~ん♪ あ~そ~びーましょ~♪』

 

 

 

白蛇の号令に反応して100の竜が咆哮を上げる。

ベネトナシュは変わらず無言で構えもせず、されど身体を微かに揺らして竜王を迎え撃った。

 

桁違いの殺意を込めながらも口調は何処までも幼稚に竜王は囀り、ここに女神の法を超えたモノと越えさせられたモノの戦いが本格的に始まる。

 

 

 

 

 




ミズガルズ「ヨソデヤッテ……オネガイ」



原作においても彼女はアサシンのクラスを所持しているので
ジョインジョインベネトナシュゥが可能だと判断してこうなりました。





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