ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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お待たせいたしました。
こちら激重執着を抱いたベネトナシュとなります。


野生の吸血姫が現れた!

 

 

 

プラン・アリストテレスがミョルニルを訪れて二日目。

当初の予定ではパーティーに参加し、ミョルニルの吸血鬼たちと交流を深める予定だったが、その話はキャンセルとなっていた。

代わりに彼は【任意コード実行/座標移動】を用いてミズガルズ中を飛びまわり、即興ではあったが多くの者たちに話をつけてまわっていた。

 

 

プルートのドワーフ。

ユーダリルの商人たち。

クラウン帝国の重役。

 

 

アリストテレスの名を最大限に活用し、彼は殆ど廃墟と化したミョルニルを復興させるための伝手を募ってまわったのである。

 

 

 

その結果の一つがこれだ。

 

 

大地を揺らす重音を響かせ、ドワーフたちが用いる【全地形対応型移動用ゴーレム】が3台ほどミョルニルへと到着する。

一台につき3つほど資材を乗せるための連結パーツを拡張させられたソレは山ほどの鉱石や金属を積んでいた。

これらを用いれば城の一つや二つ簡単に作れるほどの量が一度に運ばれてきた。

 

 

 

勿論それだけではない。

医療品や食料に生活用具などなど、救援に必要な物資が一通り積まれていた。

 

 

ゴーレムたちは瓦礫などを退かして作られた広間……ベネトナシュの城の目の前で停止すると、フシュゥゥウという蒸気を吐き出した。

戦闘が終わって一日と少し、プランがプルートを訪れて25時間程度であることを考えるにとてつもない強行軍であった。

 

 

 

ドワーフたちの移動技術は速度や隠密性こそ天翼族には劣るが、一度に運送可能な能力はすさまじいものがある。

そしてこれらは先遣隊である。被害の規模を確認しとりあえずの応急処置を施す為の部隊だ。

後はどれほどの資材が必要になるか等を見極めるための部隊だった。

 

 

 

 

 

「よぉ! 久しぶりだな!!」

 

 

 

「お久しぶりです」

 

 

先頭の一台から小さな足をのっそのっそと動かして降りてきたのはガザドであった。

ヘルヘイムの件によって発生していた仕事の遅延に対する対応などが終った彼は、今度はミョルニル復興の為に派遣されてきたのだ。

プランの話を受けたモリア王はドワーフ王としての権利を最大限に活用し、あらゆる種の中で最も素早く行動していた。

 

 

長年鎖国していた吸血鬼たちに対して恩を売るという思惑もそこには多分にあったが、彼はプランの提示した“飴”を誰よりも早く手に入れようとしたのだ。

 

 

 

「話は聞いてるぜ。……あぁ、こりゃまた」

 

 

プランに対して笑顔を向けていた彼であったが、ミョルニルの崩れた街並みを見ると一気にその顔が陰った。

所々に血痕や掃除しきれていない肉片などがこびり付き、街の至る所に【アイガイオン】からの爆撃の痕が残っている光景は、誰が見ても同じような表情になるだろう。

 

 

 

 

「………」

 

 

 

降りてきた部下のドワーフたちと共にガザドは10秒間の黙とうを捧げる。

激戦に思いを馳せ、故郷を守る為に死んでいった全ての者に彼らは敬意を払った。

 

 

 

 

「ガザド殿。私はロイという者。此度は素早い救援痛み入る」

 

 

 

ドワーフたちの黙とうが終ったのを見計らってからロイがガザドに歩み寄った。

男性の中でも高身長の彼では短足のドワーフを必然的に見下ろす事になってしまうが、そこに吸血鬼特有の傲慢さはなかった。

1万年という途方もない年月を生きるロイである、いま現在ミョルニルがどのような立ち位置にいるかなど嫌でも判る。

 

 

 

ミョルニルは竜王の攻撃により全人口の3割強を失った。

確認されているだけでだ、竜の胃袋に消えたモノを含めると実際はもっと多くなるだろう。

 

 

これが現実である。

つまり、簡単に言ってしまえばもうミョルニルは国家としての機能を殆ど喪失しており、復興するとなると吸血鬼たちだけではどうしようもない。

 

 

 

ただでさえ出生率の低い吸血鬼たちが大勢死んだ。

失った人口を取り戻すには100年はかかるほどの大損害である。

しかしまだミョルニル、吸血鬼は滅んでいない。

 

 

 

滅亡という最悪の状況だけは何とか回避したミョルニルを生き残らせるためにロイは既に余計なプライドなど捨て去っていた。

その為にはドワーフだろうが人間だろうが頭を下げるなど造作もないことだった。

100年、200年の寿命しかない者たちと彼とでは時間に対するスケール感が違うのだ。

 

 

 

「良いってことよ! 

 さ、こうしている時間も惜しいな。仕事の話に取り掛かろうぜ」

 

 

 

ガザドもまたそんなロイの心意気を読み取ったのか、直ぐに顔を変える。

偏執的で頑固で、拘りの強い典型的なドワーフの顔だった。

 

 

 

 

「都市の殆どは崩壊。居住地も全滅。水道などを始めとしたインフラも断絶……。

 正直、何処から手を付ければいいか判らないというのが本音だ」

 

 

 

「まずは仮設住居からだな。復興の基点となるキャンプを作ろうぜ」

 

 

 

「陛下に陳情し、城の部屋を解放させて頂くのも……」

 

 

 

とんとん拍子でロイとガザドの間で話が進んでいく。

状況が状況だけに込み入った貴族間の挨拶やおべっかなどは省略され効率だけを重視した会話があった。

二人の話を聞きながらプランもまた歩き回っていた。

 

 

 

 

 

彼は雑多に一カ所に集められた竜王軍の死骸から【バルドル】の針を用いて血液を採取してまわっている。

あとは大地にこびり付いた血痕や肉片なども回収していた。

瞬く間に10本のアンプルが満タンになり、ずっしりとした重さを放つようになる。

 

 

 

「…………」

 

 

【観察眼】を用いてそれらの詳細な構成を見てみると、蠍の毒はいまだに健在であると確認できた。

それどころか幾度も変異を繰り返し続け、様々な効能が見られる。

根底にセットした竜王の血族だけ狙い撃ちにするという性質はそのままに、潜伏期間が伸びるモノ、脳に炎症を齎す様になったもの、肺炎の進行速度を加速させたもの、等など……。

 

 

 

 

そしてなにより、このウィルスは一種の共生能力を得始めていた。

たった一日たらずで竜殺しの毒はミョルニルの風土病へとその姿を変え始めている。

簡単に言うと、この毒は吸血鬼たちの常在菌の一種となった。

 

 

 

 

大腸菌などと同じように身体に対して影響こそ及ぼさず、共生を始めているといっていい。

そしてもしも竜王の血を受けたモノと接触した場合は、容赦なく感染するだろう。

吸血鬼たちは今や竜王軍にとっての生ける病となったのだ。

 

 

 

もしもベネトナシュが知れば怒り狂う事実がまた一つ増えた。

非常事態とはいえ、己の国で生物兵器を解き放たれた彼女が青筋を浮かべるのは当然と言えよう。

 

 

 

 

“黙っておこう。少なくとも今は”

 

 

 

プランは顔色一つ変えずにそう判断した。

さすがの彼も種族一つ丸ごと作り替えたという事実には重みを感じるのだ。

もう少し時間が経って、ミョルニル復興が進んだら改めて新発見した体で切り出してみるかと悪い大人は決めた。

 

 

 

 

「おい……」

 

 

背から飛んできた女性の声が彼の耳に届く。

何処かルファスに似た少女のものであった。

 

 

 

自分に話しかけているのかどうか一瞬だけ悩んだ彼であったが、とりあえずの儀礼として応答することにした。

プランは瞬時に微笑みを顔に張り付けて振り返った。

 

 

 

「自分を呼びましたか?」

 

 

 

「……」

 

 

そこにいたのは金髪の少女。

一瞬だけまだ二日目だというのにルファスが来てしまったのかとプランは慌てたが、直ぐに違うと気が付く。

ベネトナシュの保持する【ソーサラー】というクラスは多種多様な魔法を操る事ができると思い出したから。

 

 

 

その中の一つに【イリュージョン】という魔法があった。

これは「水」属性の魔法でアリエスに着せたシャツにかかっている【ステルス】の魔法の上位互換である。

【ステルス】が自分を透明にしたりアリエスの様に一色だけしか変化できないのに対し【イリュージョン】は姿そのものを完全に変えてしまうのだ。

 

 

 

 

理屈の上では男性が女性になり切る、等という事も可能である。

余りお勧めはしないが。

 

 

 

【観察眼】が輝く。

案の定浮かび上がった名前の欄には“ベネトナシュ”と出ていた。

表向きは竜王との戦いで負った傷を癒すという名目で己の部屋で棺桶に閉じこもっていた彼女がプランの前にいた。

 

 

 

「白々しいのはやめろ。今の私の姿を見れば何を求めているか判る筈だ」

 

 

 

恭しく跪こうとしたプランをベネトナシュは不機嫌に顔を歪めながら手で制する。

真っ赤な瞳の中にはプランに対する猜疑心と嫌悪があった。

嫌いでたまらないが、彼女はミョルニルの王である。

 

 

 

やりたくもなかった役目であるが、彼女は自分で思っているよりも遥かに責任感があった。

やるからには中途半端な仕事は許さないというプライドというべきか。

だからこそ彼女はプランに接触していた。

 

 

見ているだけで腹が立つふざけた男であるが、それでも怒りに任せて殴りかからない程度の分別は彼女にもあった。

殺してやりたいというのが正直な気持ちであるが、抑え込むだけの忍耐力を彼女は発揮している。

下手をしなくても竜王に迫るか、それ以上の危険性を持つ存在の情報を蒐集したいというのは当然の事である。

 

 

 

 

産まれて初めてベネトナシュは他者に興味を持っていた。

ただ作業の様に殺すのではなく、知らなくてはならない相手を見つけたのだ。

 

 

 

 

「少し付き合え。

 ドワーフ達との交渉ならばロイが全て片付けるだろう。私の出る幕などない」

 

 

 

ふんっとベネトナシュは腕を組んで鼻を鳴らした。

100年以上神輿の支配者として君臨してきた彼女にとって政治など面倒なモノでしかない。

一応は無様を晒さない様に最低限の知識と勉強こそしたものの、それでもつまらない作業でしかないのだ。

 

 

 

 

「畏まりました。どちらまで?」

 

 

 

「ソレは今から決める。いいから、黙って、私についてこい」

 

 

 

少女の口調にプランは深く頭を下げて答えるだけだった。

これ以上下手な事を言ったら本当に手が出てくるなと、朧に察した結果だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベネトナシュとプランは崩れ落ちたミョルニルを歩き回っていた。

断裂だらけの通りを二人は並んで進み、道端に座り込んだ吸血鬼たちを遠目から眺めている。

多くの吸血鬼たちは己たちこそが優れた種だという自負を軸に立ち直り、ミョルニル復興に意欲を見せていた。

 

 

 

しかし、中には立ち直れない者がいるのも当然と言えた。

ひとまず竜王の脅威が去り、戦闘によって昂っていた心が落ち着きを取り戻せば眼前に広がるのは崩れた街並みなのだから。

しかもミョルニルの人口は最低でも3割は失われている。

 

 

多くの人が愛するモノを理不尽に失った。

多くの妻が夫を失い、夫が妻を奪われ、親子は引き裂かれた。

そんな人々が諦めてしまうのを誰が責められようか。

 

 

生きる理由と意思を失った吸血鬼たちが何人も道端に座り込み、項垂れている。

彼らはプランが近づいても何の反応もせず、光のない瞳でぼーっと空に浮かぶ月を見ていた。

彼らは家も家族も、財産も何もかも失った者たちだった。

 

 

生きる気力、というものを失った抜け殻がそこにはいた。

ゾンビを労働力として扱うミョルニルの貴族たちは皮肉なことに己たちが生きる屍と化している。

 

 

「どう思う?」

 

 

ベネトナシュは顎をしゃくって自分の民への感想を求めた。

プランは少しだけ考えた後、とってつけたような慰めや人当たりのいい言葉に頼らないと決める。

吸血姫はいま自分を見定めていると彼は悟っていたのだ。

 

 

 

 

 

「……誰しもが立ち上がれる訳ではないということでしょう」

 

 

 

「この国を襲った禍は余りに大きく理不尽でした。折れてしまった者がいても不思議ではありません」

 

 

 

 

プランの答えにベネトナシュは顔を顰めながらため息を吐いた。

本当に訳が判らないと言った様子であった。

 

 

 

「下らん」

 

 

 

一言で切って捨てる。

彼女は生まれながらの強者である。

それはレベルであり、精神的な意味であっても。

 

 

 

だから彼女には弱者の気持ちなど判らない。

“折れる”という概念を彼女は理解できないのだ。

 

 

 

「生き残った、命を繋げたのだからそれで十分だろう」

 

 

 

「まだ生は終わっていないというのに、何故あいつらは諦める?」

 

 

「肉親を失った? だから何だ? 

 いずれ誰しも別れは訪れるモノだ。

 それが少しばかり早まっただけだろう」

 

 

 

 

ベネトナシュは心底理解できないと言った顔で失意に沈む己の民たちを見ていた。

彼女にとってあれらは同族ではない。

余りに弱く脆く、認識さえ出来ない弱者たちだった。

 

 

 

誰にも頼った事がない。

誰にも縋った事もない。

与えてやった事はあれど、与えられた事のないベネトナシュには本当に判らない事だった。

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

プランは答えなかった。

普通ならば命を命とも思っていないベネトナシュの言葉に憤慨するのだろうが、彼は黙って目線を動かしただけだった。

ベネトナシュが男の意を読み取ったのか無言で視線を動かした。

 

 

歩いてきたのは身体の所々に傷を負ったゾンビたちだった。

ピオスが単独で行動するといってプランの近くを離れた時、彼を護衛するためについて言った男だ。

生命活動は既にない彼は青白い顔をしていたが、皮肉なことにその顔には覇気が溢れていた。

 

 

 

彼は諦めていない。

ここからまた、やり直して見せると決心だけがあった。

 

 

彼は幾つものスープの入った杯をトレーに乗せて運んでおり、それを吸血鬼たちに配って回っていた。

吸血鬼であっても何も血ばかり飲んでいるわけではない。

普通に人と同じように肉の入ったスープを飲むことだってある。

 

 

 

 

あたたかいな……。

 

 

 

 

項垂れていた誰かが一口それを飲んで呟いた。

吸血鬼として貴族階級に君臨する彼らにとってこんな質素なスープは飲んだことはないだろう。

一口、二口……やがて全部飲み終えた彼らは少しの沈黙の後、黙々と配給を続けている奉仕種たちを見つめた。

 

 

 

 

ゾンビとは吸血鬼に取って今までこき使っていた奴隷だった。

奉仕種として吸血鬼に服従し支配されるのが当たり前の下僕、それが吸血鬼のゾンビ等に対する認識だ。

しかし現実はどうか、未曽有の大災害の痕、何もかもが踏みにじられた後でも彼らは懸命に働いている。

 

 

 

では、自分はどうか? 

項垂れていた吸血鬼の男は奉仕種として見下していた者を見てから、プランたちを見た。

次に自分の現状を見た……なんとも情けない自分の姿を。

 

 

 

一度息を吸って吐く。

そして……ゆっくりと立ち上がった。

余りに長く座りすぎたせいで足が軋み、震えながらではあったが彼は立ち上がり、歩き出す。

 

 

 

一人、また一人と立ち上がる。

我らはミョルニルの支配者、こんな時こそ威を示す時だとプライドを再燃させながら。

ロイの下に指示を仰ぐべく向かっていく彼らをプランとベネトナシュは見届けた。

 

 

 

「ふん……」

 

 

 

少女が鼻を鳴らしそっぽを向く。

その仕草があまりにも知っている女の子と似通っていてプランは思わずほくそ笑みそうになってしまった。

ジロリと紅い目で睨まれそうになったので勿論彼は表面上は何一つ顔色を変えなどしなかったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プランとベネトナシュはそのままミョルニルの大通りの一つを進んでいた。

周囲にはドワーフ達が連れて来たゴーレムたちが何体も行き交っており、物資などを運んでいる。

数百年以上異種族を受け入れなかった国とは思えない光景であったがベネトナシュは何も思っていないようだった。

 

 

ベネトナシュからすると自分以外の全ては異種族であり、平等に薄くて弱い者達なのだ。

どんぐりの背比べという言葉がある様に彼女からすれば何も変わらない。

どうしてこいつらは大して変わらないのにいがみ合ってるんだとさえ思っている。

 

 

 

やがて二人は多くのけが人が集められた地区……臨時で設けられた“病院”にたどり着いていた。

 

 

 

野戦病院として使われている簡易テントの下ではピオス司祭が動き回っていた。

幾つも並べられたベッドに寝かされているのは重傷を負った吸血鬼たちだ。

誰もが四肢の一部を失っており、大やけどを負って全身をミイラの様に包帯でぐるぐるにされている者もいた。

 

 

 

吸血鬼は人間種に比べれば遥かに高い再生能力を持つとはいえ、手足を失うほどの怪我となるとそう簡単には治らないのだ。

ベネトナシュの様に失った手足を一瞬で生やす方がおかしいのである。

 

 

「そちらの方には点滴ポーションの量を増やしてください。

 割合は6:4で平時よりも濃く調合しておくのです」

 

 

 

「包帯の巻き方は判りますね? 

 では、貴方にそちらの3人の取り換えを任せます」

 

 

 

「傷口はしっかり洗い流すのです。

 如何に吸血鬼と言えど抵抗力の弱った今なら感染症に罹患する可能性もあります」

 

 

 

「涙を流すのが情けない? とんでもない。

 誰であろうと悲しむ権利はあるのです。

 大丈夫、貴方は一人ではありませんよ」

 

 

 

 

ピオスは初老の男とは思えない程にてきぱきと指示を出し、動き続けている。

その上で痛みと喪失に襲われ、泣きはらす者には司祭としてその心に付き添い、女神の愛を説いていた。

もちろん治療行為は止めずにだ。

縫合や包帯による処置、ポーションを用いた点滴など、彼はあらゆる医療行為を行いながらメンタルのケアさえ並列して行っていた。

 

 

彼の周りには幾人かの不死者がおり、人間の男に言われた通りに作業を行っていた。

中にはミョルニルの支配階級である吸血鬼の女性たちも彼の傍にはおり、人間の男の指示に頷いて動き回っている。

 

 

 

ピオス司祭はレベル的にはプランやルファス、カルキノスなどに比べれば低い。

後衛の、それも天法を始めとした治療に特化したクラスを持つ彼の身体能力は高いとは言えない。

しかし、この光景を見た誰もが彼を弱い男などということはないだろう。

 

 

 

「…………」

 

 

 

ベネトナシュが腕を組んでピオスを見ていた。

熱心に人助けに取り組み身を粉にして働く彼に対して彼女は何処か羨望の混じった瞳を向けている。

何もかも空っぽで、灰色の人生しか生きていない彼女からすると献身に燃える男の姿は……眩しいのかもしれない。

 

 

 

 

「おや……」

 

 

ベネトナシュの視線を感じ取ったのかピオスが彼女を見て、次いで隣に佇むプランを認めた。

彼はにっこりといつもリュケイオンで子供たちに教えを説くときに浮かべている笑顔をすると二人に歩み寄った。

 

 

 

 

「まずは感謝を。

 アリストテレス卿、貴方の迅速な行動のお蔭で多くの物資が運び込まれ彼らを治療することが出来ています」

 

 

 

「自分にできる事をしたまでさ。

 貴方もしっかり休むのを忘れない様に……顔色が余り良くない」

 

 

 

ピオスの顔にある隠し切れない疲労を指摘する。

彼は竜王軍がミョルニルで暴れ回っている時から今までずっと治療を続けていた。

丸一日、ほぼ休まず献身を続けていると聞いてベネトナシュの眉が少しだけ動いた。

 

 

 

「昔の様にはいきませんね……貴方も30を超えたら覚悟しておいた方がいいですよ」

 

 

 

「はははは、それは怖い……」

 

 

 

わざとらしく自分の腰をさすりながらプランは笑う。

一気に来るぞ、という人生の先輩の忠告を彼は心に刻みつけておいた。

 

 

 

「ところで、そちらのお嬢さんは?」

 

 

 

「迷子さ。広間で佇んでたから放っておけなくて一緒に行動しているんだ」

 

 

 

ピオスが【イリュージョン】で姿を変えているベネトナシュを見て言えば、プランは前もって用意しておいた答えを返した。

ふむ、とピオスは一度だけ頷き少女に微笑んだ。

 

 

 

「ごきげんよう。今はこれしかないのですが、どうぞ」

 

 

腰のポーチから飴玉を取り出してベネトナシュの小さな手に乗せる。

紙で包まれたソレは蜂蜜を固めて作られた甘味だ。

少女は赤い瞳で少しだけソレを見つめた後、思えば昨日から何も食べていない事を思い出したのか口の中に放り込む。

 

 

「礼を……いや、ありがとう」

 

 

 

カラン。コロン。

口の中で飴玉を転がしながら彼女はうっかり素の口調で返答しそうになり、渋々と言った様子で普通の少女の様な口調に修正してから言う。

ピオスは軽く彼女の頭を撫でてからプランに一礼した。

 

 

 

()()()()()()()()()()

 私はもう少しだけ彼らを診てから休むとします」

 

 

 

「くれぐれも無理はしない様に。

 リュケイオンの子供たちが悲しむからね」

 

 

 

勿論です、とピオスは朗らかに笑い答えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後もミョルニルを一通り見て回った後、プランとベネトナシュは街の外れに来ていた。

そこかしこに被害の痕が残るここは竜王とベネトナシュの戦った荒野である。

クレーターが幾つもあり、削られた山の残骸や局所的に歪んだ空間さえもあるこの地を見れば如何に四強同士の激突が激しいモノであったか判るだろう。

 

 

この余波は恐らくここに留まらない。

今はまだ表に出ていないが、必ず世界の運行に何らかの影響を齎す事だろう。

 

 

 

遥か奥には山を押しつぶす形で墜落し絶命している【アイガイオン】が見えた。

山脈を上から押しつぶす程の巨躯は既に死んでいるというのにノーガードを遥かに超える圧を放ち、膨大な量のマナを垂れ流している。

アレもいずれ解体し素材に変えないと、竜の死肉を求めて多くの魔物が集まってきてしまうなとプランは思った。

 

 

 

「この荒野には以前は偽竜が多く跋扈していた」

 

 

 

ベネトナシュがプランの少し先を歩き、小石を蹴り上げながら言う。

彼女の視線は空の月を見つめていた。

 

 

 

「私が王になる前の話だ。

 ここは王族の狩場でな、我が父上も初陣で100を超える偽竜を屠ったという」

 

 

 

ベネトナシュはつまらなさそうに歩き続ける。

右に左に揺れ、時にはステップを刻み、更には子供がそうするようにいきなりピョンピョンと何度も跳ねたりを繰り返す。

 

 

 

「まぁ、私は200匹狩ったがな。もちろん歴代最高記録だ」

 

 

 

「それは……素晴らしいですね」

 

 

 

 

プランの言葉にピタリとベネトナシュが停まった。

数秒の沈黙の後、彼女はゆっくりと男に振り返る。

真っ赤な瞳が燃え上がる様に輝いており、それはじっとプランを凝視している。

 

 

改めてベネトナシュはプラン・アリストテレスを観察していた。

吸血姫としての能力を総動員し、理解できないものを何とか判ろうとしているのだ。

 

 

 

“薄い”のは変わらない。

プランの保持するマナはレベル221分だけであり、今のベネトナシュからすると水滴にも満たない量だ。

だというのに……ざわざわと吸血姫の本能を揺さぶるナニカが彼にはあった。

 

 

だがそれよりも先に、ベネトナシュには彼に言いたいことがあった。

 

 

 

「貴様は何故そうなのだ? なぜ、そんなにも貴様の言葉は軽い?」

 

 

 

「空っぽなんだ、貴様の言葉は」

 

 

 

カツカツと足早にプランに近づくと少女は男を見上げた。

睨むような瞳で蒼い眼を凝視する。

 

 

 

 

「お前は……何だ?」

 

 

 

 

「………………」

 

 

 

困ったような顔をプランは浮かべた。

“何だ”と言われて普通に自己紹介をする程彼は空気が読めない訳ではない。

ベネトナシュの知りたがっている事は最も抽象的で、それでいて本質を探ろうとしている事くらいは判る。

 

 

「答えろ。

 私にあんな事をしておいて自分だけは秘密主義を貫くつもりか」

 

 

 

「─────」

 

 

 

沈黙。しかしそれは意地悪でも皮肉でもない。

見つからなかったのだ。

プランは自分を何と表現すればいいか判らなかった。

 

 

 

「答えないなら私が評してやろう。貴様は“怪物”だよ。

 お前の中に何が居るか、気づかないと思ったか」

 

 

ベネトナシュの瞳の輝きが増す。

男に対する憎悪と憐れみと、共感がそこにはあった。

 

 

 

「お前は“怪物”だ。私と同じ、化け物だ。

 どうしてお前の様なおぞましい()()が人のフリをしている?」

 

 

 

私と同じ化け物めと少女は男をなじる。

どうしてそんなにもお前は中途半端なのだと。

 

 

「諦めているんだよ、お前は。

 人のフリをしていながら、自分には人並みの幸福なんて手に入らないと何処かで悟って諦めている」

 

 

 

「生きながら死んでいる。よく判るよ、お前の生き方は私にそっくりだ」

 

 

 

「だから無性に見ていて腹が立つ……自分の生き写しを見るのがこんなにも不愉快だとは!」

 

 

 

 

【イリュージョン】が解けていく。

少女の金糸は銀に染まり、闇が凝縮しマントが形成される。

真っ赤な瞳の中の瞳孔は縦に裂け、ミシ、ミシという音ともに爪が鋭利なモノへと変化を始めた。

 

 

 

“四強”の一角にして、以前とはけた違いの力を誇る吸血姫がプランの前に降臨しようとしていた。

 

 

 

「確か私に人類の同盟に入れと言っていたな?」 

 

 

「いいだろう、入ってやる。面倒を見る数が増えるだけの話さ」

 

 

 

竜王は未だ健在、言葉にせずとも二人は判っていた。

ベネトナシュは本能で、アリストテレスは予測で。

ミズガルズを覆う悪意は未だに北に座していると。

 

 

 

そしてベネトナシュの声は吐き出される言葉とは打って変わって恐ろしい程に熱い怒りを宿していた。

 

 

 

 

「お前のお蔭でミョルニルは救われた。認めるさ、お前が我が国を救ってくれた」

 

 

 

「“ありがとう”────これで満足か?」

 

 

 

王としての言葉を終え、次に彼女は個人的な感情をむき出しにしていく。

竜の逆鱗、等と言う言葉など生ぬるい部分を抉られた吸血姫は途方もない圧をプランへと向けて放っていた。

 

 

 

 

「お前は我が父上を殺した。我が母上を殺し、わが“きょうだい”達を殺した」

 

 

 

「確かにどうでもいい奴らだった。同族や親族と思ったことなど殆どなかった」

 

 

 

一瞬だけ間を置く。

ベネトナシュはハァァァと尖った犬歯の隙間から息を零した。

髪を逆立て、瞳は一瞬たりとも獲物から外さない。

 

 

 

────ベネト……済まなかった。愛している。

 

 

 

何もかもが手遅れになってから囁かれた言葉が脳内で反芻する。

確かに末子であった自分との触れ合いなど殆どなかった。

家族と思ったことなど殆どなかった。

 

 

しかし、しかし、だからといって、こんな形で別れてしまうなど認める事は出来ない。

あれが最善の手であったというのはもう判っている。

だが、普通はしないだろう、あんな事は。

 

 

 

 

 

 

「────許さん。私はお前を決して許さん。

 故に今から貴様を殺す。嫌なら私を倒してみせろ!」

 

 

 

満月を背に“吸血姫”はその力を解放する。

そのレベル、実に1500。

アリストテレスが与えた傑作ともいえる力が今、彼に跳ね返っていた。

 

 

 

世界最強の力を向けられながらもプランはいつもと同じように【バルドル】のマスクを被る。

 

 

 

「申し訳ございません」

 

 

 

彼の心は冷え切っている。

戦いにおいて彼は殆ど感情を露わにしない。

しかし、ベネトナシュの言葉を否定する理由が彼にはあった。

 

 

 

「自分の命は既に先約が入っております。

 順番は守られなくてはなりません」

 

 

 

「知った事かッッ!!」

 

 

 

煽りともとれる男の言葉に吸血姫の気配が跳ね上がり、彼女は誰であろうと目視も叶わぬ速度でプランに飛びかかった。

 

 

 

満天の月夜の下、ミョルニルにおける最後の戦いが始まった。

 




彼女の性格を考えたらこうなるよねという話でした。
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