ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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数か月ぶりにルファス様をかけて楽しかったです。



プラン 状態異常 “疲労困憊”

 

 

時は少し戻る。

ミョルニルにおける激戦が終結し、プランが各国に支援を求めるために文字通り飛びまわっていた頃の話だ。

時間帯は昼、太陽が頂点に上り遊びまわる子供たちの喧騒が響き渡る清々しい時間帯。

 

 

世の果てで世界の趨勢を決める戦いが行われたことなど露とも知らず、人々はいつも通りの日常を過ごしていた。

 

 

 

ルファスはリュケイオンの市街地にある広場にいた。

黒い翼を何度か震わせながら、彼女は己の仕事をこなしている。

 

 

 

───カン、カン、カン……。

 

 

「…………」

 

 

調子のいい快音と共に斧を振り上げては落とす作業を彼女は繰り返していた。

両手に一本ずつ斧を持ち、用意された薪をひたすら真っ二つにする作業に従事している。

薪割り、という大の男でも疲れる作業を顔色ひとつ変えず、延々と1時間以上ルファスは続けていた。

 

 

レベル500という人外極まる膂力の持ち主であるルファスにとって薪割りは全く疲労などしない遊びであった。

本来なら両手でもって振り下ろすソレを左右の手で一本ずつ持ち、同時に二つの薪を綺麗に両断し続ける。

ただの力任せではない。彼女の瞳は木材の最も弱い場所を瞬時に把握し、そこに適切な速度と角度で入刀を行っていた。

 

 

 

薪の交換時間を計算に入れても1分間に10個ほどの異常な速度で彼女は木を割り続ける事が出来る。

比喩抜きで彼女の労働力は100人以上のモノがある。

 

 

 

既に600本以上の薪の山を背後に作りながらも彼女は汗一つ流さない。

ただ無心で流れ作業を繰り返すだけだ。

 

 

 

「……………」

 

 

───ガァン!

 

 

 

多少硬い湿気を含んだものであっても容赦なく叩き割る姿はさながら作業に特化したゴーレムの様であった。

次は……と見るが木材がセットされない。

真っ赤な瞳で彼女は依頼主である男……何度か自分に串焼き肉をくれた恰幅のいい男を見上げた。

 

 

 

 

「ありがとう! 

 マファールちゃんのお蔭で一週間分の仕事があっという間に終わっちまった!!」

 

 

 

「暇だから手を貸しただけだ」

 

 

 

満面の笑顔で感謝を述べてくる男にルファスは無表情で返した。

ずっしりした斧を地面に置くと彼女は腕を組んで男を見上げる。

 

 

「他に何かないか?」

 

 

「いや、もう大丈夫だぜ!」

 

 

ほら、これで何か買ってきなと決して少なくない額の報酬金を男はルファスに渡す。

ずっしりした袋の重みに彼女は眉を顰めた。

 

 

 

「……多すぎる。半分でいい」

 

 

 

彼女にとって薪割りなど運動とさえ言えない児戯である。

ルファスは仕事には必ず報酬を要求する女であるが、貰いすぎる気もなかった。

彼女は欲張りではないのだから。

 

 

「いんや、適性報酬だぜ。お嬢ちゃんはそれだけの事をしてくれたんだ」

 

 

 

ほら、と男は山と積まれた薪を指さす。

これほどの量の薪、もちろん彼が一人で使うものではない。

これらはリュケイオンの人々が共同で消費する生活物資になるのだ。

 

 

これだけあれば街中の者に安定して行き渡らせる事ができるだろう。

何十人もの人々が何日も費やして行う仕事をたった一人で完遂させたお蔭で、どれだけの人が別の仕事に取り掛かれるかを男はルファスに説く。

 

 

 

「改めてありがとうな。そのお金でお母さんに何かいいモノを買ってやんな」

 

 

 

「……判った」

 

 

 

母の存在を持ち出されてはルファスも頷くしかなかった。

むずむずした感触が背中に残るのが少しだけ鬱陶しかったが、気持ち悪いものではなかった。

 

 

 

───ありがとう。

 

 

───助かった。

 

 

───助けに来てくれて嬉しかった!

 

 

 

助けて貰ったら感謝する。

そんな当たり前の事であったが、それらはルファスに奇妙な感慨を与えていた。

ヴァナヘイムでは決して手に入らなかった当たり前、しかし少女にとっては特別なソレは少しずつ彼女の中に積み重なり、些細な変化を与えだしている。

 

 

 

「次だ。他に何か肉体労働を必要な所があるか知っているか?」

 

 

 

ルファスの身体は活力に満ち溢れていた。

じっとしているのが苦痛でたまらない。

少しでも気を抜くと目線は遥か彼方に行ってしまい、彼女にも制御が出来ていない。

 

 

 

出来る事ならば直ぐにでもミョルニルに飛んでいきたい所だが、三日待つという約束を忠実に彼女は守っている。

とりあえず三日だ。

三日、三日……二日にしておけばよかったと今更ながらであるがルファスは心から失敗したと思っていた。

 

 

 

しかし勘違いしてはいけない。

ルファスは間違ってもプランの事を心配しているわけではない。

彼女は怒っているだけだ。

 

 

間違いなく、きっと、絶対に、面倒ごとにまた巻き込まれている男に怒りを抱いている。

危険な事があったらすぐに帰ってくる等とほざいておきながらまた確実に首を突っ込んでいるであろう嘘つきに憤慨しているだけだ。

恐らくその原因はベネトナシュだなとルファスは当たりを付けていた。

 

 

 

世界最強の一角の癖にいつまでたっても反抗期の子供の様に情緒不安定な存在、そんなふざけた奴に誰も彼もが関心を向けているというのが気に入らない。

私ならそんな面倒な事はしない。

私ならベネトナシュよりもうまく国を回せる。

私なら…………。

 

 

 

ミョルニルでプランとベネトナシュが何らかの会合を行っているという事実だけでルファスの心はささくれ立つ。

自分のモノを勝手に取ろうとする不届き者に苛立ちを覚えるのは当然と言えた。

少しでも気を抜くと壁やら大地を殴って大規模な陥没を起こしてしまいそうになる。

 

 

最も自分を理性ある大人だと自覚している彼女はそんな蛮行はしなかったが。

それでもイライラは募るばかりで、おかしくなりそうだった。

故に彼女は気晴らしに街の肉体労働を片っ端から引き受けていた。

 

 

 

戦闘に比べれば全く疲労などしないが、それでも多少のストレス発散にはなる。

 

 

 

 

「それなら、新しい畑を作るって話があったな……場所は城壁の直ぐ近くだったか……」

 

 

 

「行ってくる。また何かあったら呼んでくれ」

 

 

 

翼を広げてルファスはあっという間に飛び立った。

とりあえず何でもいいから身体を動かし続けていないと暴走してしまいそうだ。

そんな体力を持て余した若者を男は手を振って見送るのであった。

 

 

 

その後は特に語る必要もない。

【錬成】を用いて作り上げた超巨大なスコップとクワでルファスは縦30m、横20m、深さ30センチの面積にもなる畑を凄まじい速さで耕し続けた。

ドワーフの使う土木作業用のゴーレムでさえ超える馬力と素早さで少女は無心で土木工事を行い続けた。

 

 

土砂が巻き上がり岩が砕かれ、そこそこ硬質であった土はまるで粉の様に柔軟なモノへと姿を変えた。

 

 

上記の面積を持つ畑を三つほど彼女は作り上げた。

あっという間にリュケイオンの外周に畑の基盤が現れる事になった。

数百人が何週もかけて行う作業をレベル500の圧倒的な身体能力の暴力によって彼女は半日で果たしきり、多くの人々から称賛を受けるのだった。

 

 

 

 

……意外と土弄りも悪くないと活動的な彼女は思った。

プランが戻ってくるまであと一日、ルファスのイライラは止まる事はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長いようで短いミョルニルへの遠征が終りプランはようやくリュケイオンに戻る事が出来ていた。

時間は夜。既に街の人々は寝静まっており、遠くからフクロウの鳴き声が聞こえる。

ルファスの提示した三日間という刻限を彼はギリギリ守ることが出来ていた。

 

 

 

一日目は竜王の襲撃、二日目は各国への復興支援の依頼とベネトナシュとのひと悶着。

三日目はこれからの復興計画および竜王に対する対応会議などなど、プランの三日間は正に超過密としか言いようがなかった。

 

 

 

必要物資の見積もりやら何やらを一段落つけてから屋敷に戻ったプランは……酷い有様であった。

レベル221という超人だからこそ耐えられた激務は彼の顔に色濃い疲労となって表れていた。

普通の人間ならば肉体的、精神的な負荷によってとうの昔に倒れてしまうだろう。

 

 

 

目の下には隈が出来ており、足取りはいつもと比べて細々としている。

三日間一睡もせずに彼は働き続けており、その活躍によってミョルニルの復興は順調だ。

ドワーフ達によるインフラや建物の再生。

エルフたちによるポーションを始めとした医療品の支援。

クラウン帝国による人的支援に、ユーダリル商人連合による各種生活用品や食料支援……今、ミョルニルにはミズガルズ中の物資が集まっている事だろう。

 

 

 

勿論支援の見返りもしっかりアリストテレスは用意している。

今、ミョルニルには無数の竜の亡骸がとてもいい保存状態で散乱しており誰の手も入っていない。

誰も彼もが蠍の毒に倒れた無傷の死体だ。

 

 

本来は超希少な竜の素材が文字通り山ほどにあるのだ。

これをプランはミョルニルが支援の見返りに出せる支払いとしたのだ。

勿論ロイの許可はとっている。彼は一も二もなく了承した。

 

 

吸血鬼としての誇りなのか彼は竜の素材を引き渡す際、紹介料/手数料として一定の金をアリストテレスに支払うと言って譲らなかったのは予想外であったが。

最低でも億単位の金がプランの下に流れ込むことになったが、右から左へという言葉がある通りこれらの資金は混翼たちの育成費用に回される事になるだろう。

 

 

 

 

そしてプランのこれからの計画はとても簡単だ。

彼はこの一件を最大限に用いて人類の強化を行おうとしていた。

 

 

 

竜の素材を売り払い経済を回す。

素材から武器を作り人類の装備の質を向上させる。

採取した血液から蠍の毒を解析し、薬学に秀でているエルフたちの協力の下量産して行き渡らせる。

 

 

 

竜王軍は多かれ少なかれ竜王の血を投与され強化されている。

その血に反応して活性化する毒を更に量産できれば人類は竜王と戦う武器を得られるだろう。

 

 

そして今回最も大きな収穫だったのはミョルニルことベネトナシュが仮称『人類共同体』への参加を表明したことだろう。

プラン・アリストテレスに敗北した彼女は己の言葉を曲げることなく約束通り人類を守るという大役を背負わされたのだ。

署名の式典において己の血をインク代わりにサインした後の彼女は無表情であり、その胸中で何を思っていたかは誰にもわからない。

 

 

 

とりあえずミョルニルに足を運んだ理由は一通り完遂できたというのがプランの所感であった。

後は幾度か訪れて細かい詰めを行ったり発生した問題にその都度対応していけばよい。

ベネトナシュは……とりあえずはミョルニルの復興が終るまでは襲われないだろうという奇妙な手ごたえがあった。

 

 

 

彼女は愚かではない。

あれほどの敗北をして直ぐに同じように挑んでくることは考えられない。

もしかしたら、己を見つめなおして鍛え直してから、という事も考えられる。

 

 

竜王の件が片付くまで待ってもらいたいというのがプランの正直な感想であった。

 

 

ピオスはもう暫くミョルニルに残るつもりらしい。

彼は今もなお、溢れかえる怪我人の治療や大切なものを失った民たちの心のケアを行い続けている。

最初は人間種ということで吸血鬼たちに見下されていたピオスであったが、今のミョルニルで彼を侮る者は誰もいない。

 

 

 

「女神の教えなど興味もないし信じないが、この男なら信じよう」

そういう者が数多く現れだしているのだ。

献身と誠実と助け合い。文字にすれば何とも陳腐な表現になるが、身を粉にして実行し続ける男に誰もが一目置くのは当然と言えた。

 

 

 

あのベネトナシュとロイでさえレベル的には弱者である彼には少しばかり言葉が柔らかいのは正に偉業と言えた。

 

 

 

さて、とりあえずミョルニルでの仕事を一区切りつけたプランであるがリュケイオンに戻って直ぐにまた飛び立つつもりであった。

ここに帰ってきたのは己の領地をいつまでも空にしておくわけにはいかないという貴族としての使命感と、衣服などの荷物を取りに戻ったからだった。

【バルドル】を洗浄し、湯あみをし、少しだけ休んだらプランはクラウン帝国の首都を訪問するつもりだった。

 

 

 

ベネトナシュの協力を取り付けられたことを報告する必要がある。

僅かな数ではあるがプランの提案を受け入れた混翼たちの様子も気になる。

 

 

その後はヴァナヘイム。

ミョルニルの一件とそれによって付随する交易の事をジスモア卿と協議しなくてはならない。

復興という一大プロジェクトには当然天翼族の協力も貰うべきだろう。

 

 

 

もちろんプルートにも行かなくてはならない。

竜の素材からどのような武器を作るかの打ち合わせを行う予定だ。

そしてラードゥンの軍勢の事を考えるに、奥の手の起動も視野に入れる必要があるだろう。

アレを使う事だけは避けたいが、人類の未来を考えるに……決断を迫られるかもしれない。

 

 

その後はエルフたちの光の森、森林同盟にも足を運ぼうか。

薬学に詳しいエルフたちの知恵と知識を借りて量産可能な“毒”についての意見も交換しなくては。

 

 

 

勿論ユーダリルにも用事がある。

竜の素材をどのくらい流通させるか、何処に優先的に供給するかの確認も必須だろう。

一部の金持ちが買い占めて、全体に高品質な武器が行き渡らないというのは避けなくてはならない。

 

 

 

 

その他その他……。

 

 

いまミズガルズで最も忙しい男、ソレがプラン・アリストテレスである。

基本的に他人に任せず重要な仕事は全て自分ひとりでやってしまう、コレは彼の悪癖であった。

 

 

 

「…………?」

 

 

 

己の屋敷の前まで来た彼は首を傾げた。

既に時間帯は夜を通り越して深夜、誰も起きている筈がないというのに入り口には仄かな灯りがあったのだ。

天翼族にとっては起きていてると辛い時間というのもあり、彼はカルキノスが居るのかなと思った。

 

 

 

 

扉を開ける。

最初に目に入ったのは腕を組み仁王立ちしている少女……ルファスであった。

翼を大きく広げ、目は獲物を狩る猛禽類の様に鋭い。

 

 

どう見ても怒っている、不機嫌な少女がそこにはいた。

一瞬だけ予想外の存在に面食らった顔をしたプランであったが、直ぐに微笑みを浮かべて言った。

 

 

 

「ただいま」

 

 

 

「………………あぁ」

 

 

 

たっぷり5秒間沈黙を溜めた末にルファスは頷いて答えた。

さて、また怒られるなと肩を小さくして備えたプランであったがルファスは手を差し出しただけであった。

はぁ、とため息を吐いてルファスから怒りの雰囲気が霧散していく。

 

 

 

 

まるで呆れたような顔をして彼女はプランを見て、伸ばした手を小さく動かした。

 

 

 

「……荷物」

 

 

 

ほら、早くと急かされる。

一瞬だけ頭の処理が追いつかなくなったプランであったが少女が己の荷物を持ってくれると理解すると彼女に革袋を渡した。

くるりと踵を返して進む少女にプランはついていく。

 

 

 

 

「料理は出来てる。それとも先に湯あみに入るか?」

 

 

 

どっちでもいいぞと紅い瞳を輝かせて彼女が問うと、プランは「湯あみかな」と答えた。

三日間、ゆっくりと湯につかる事など出来ず乱雑に身体を拭くだけであった彼は正直……色々と限界であった。

アリストテレス卿の中には不衛生な現状を認可できずに叫び続けているモノさえいて困ったモノである。

 

 

 

「早く入ってこい。こっちも鍋に火を入れておくから」

 

 

 

しゅんっと肩を小さくして礼を述べようとするプランにルファスは手をひらひらと振って投げ捨てるように言った。

 

 

 

「いいから早くいけ。身だしなみは大事だと言ってたのは貴方だろう」

 

 

 

ちょっと匂うぞ、と鼻をつまむ動作をすると彼はいそいそと部屋を後にする。

男の気配が完全に遠ざかったのを確認してからルファスは大きなため息を吐いた。

 

 

 

「……バカじゃないのか?」

 

 

 

思わず口をついたのは呆れの言葉である。

そもそも最初は文句を言ってやるつもりだった。

三日間という期限を守ったのだけはいいが、また何か面倒ごとを引っ掻けていらない苦労をしょいこんできたな、と。

 

 

 

 

しかし、実際にプランの顔を見たルファスは一瞬だけ思考が固まってしまったのだ。

あのプランが、自分を幾度も叩きのめし、意味不明な技の数々を持つ男が。

まさかあんなに憔悴しきった顔をするなんて。

 

 

 

 

濃い隈に明らかに凹んだ頬。

目は窪み、青い瞳でさえ時折焦点が合わなくなってしまっている。

やつれはてたプランを見たルファスの中から急速に怒りが消えていったのは仕方ない事かもしれない。

 

 

 

ルファスは聡明な少女だ。

彼女は厳しいが公正であろうとする女性だ。

ルファス・マファールは心底疲れ果てて今にも倒れそうな顔をしている者にムチを打つような下衆ではない。

 

 

 

それではヴァナヘイムで病気に苦しんでいた自分たちを指さして笑っていた天翼族と同じになってしまうからだ。

なので彼女は一度自分の中の怒りやら苛立ちやらの諸々の感情は脇に退かすことにした。

恐らくは三日間碌に入れなかった湯あみにプランを送り出すと、少女は厨房に移動して前もって用意しておいた食事に火を通し始めた。

 

 

 

 

肉と野菜のスープ。

柔らかいパン。

よく冷えた清水。

 

 

あとは幾つかのお菓子などを用意しておく。

全く世話が焼ける奴だと再びルファスはため息を吐いた。

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

プランが戻ってくるのを待つ。

椅子に座り、指を顔の前で組んで肘をつく。

遠くからお湯を流す音が聞こえてくる。

 

 

 

(何で私がこんなことを)

 

 

 

頭の中にあるのは疑問だった。

自分は何であんな男の為にわざわざ夜寝ないで待ってやった上に、こうやって料理やら湯あみの準備などをしてやっているのだろうという疑問だった。

 

 

ぐるぐると思考をかき回しながら少女は視線を泳がせた。

背中の翼だけがぴくぴくと上下に震えている。

 

 

 

(まぁ、三日以内にちゃんと帰ってきた事だけは評価してやる)

 

 

 

しかしギリギリだったがなと続ける。

あと1時間ほど遅かったらルファスはミョルニルに殴り込みをかけていただろう。

ベネトナシュが何だ、私は裏切り者を回収しに来たんだと高らかに宣言するのは想像に容易い……。

 

 

 

しかし仮にそうなった場合、無惨な姿を晒すミョルニルを見て繊細な彼女は絶句してしまうだろうからプランが急いでいたというのもあるが、ルファスには知る由もない事だった。

年端もいかない彼女に戦場痕などというこの世で最も凄惨なモノを見せるわけにはいかないのだ。

 

 

 

 

ぶらぶらと足を揺らしながらルファスはまた息を吐いた。

何はともあれちゃんと帰ってきた。

しかし死ぬほど疲れていることから恐らく何かあったのは間違いない。

 

 

 

ルファスの顔が顰められる。

翼が震えながら大きく広がった。

 

 

(“貴族”というよりは召使だな、あれは)

 

 

 

何があったかなど詳細は判らないが、あの男がまた何か面倒ごとを引き受けていたのは想像に容易い。

そしてつい前日にあった巨大な気配の拡散……この二つを無関係と思う程に彼女は楽観的ではなかった。

 

 

バカ、バカ、バカと三度繰り返す。

お前の領地はこのリュケイオンなのにどうしてそう、他人の問題まで引き受けるんだ。

ずっとここにいればいい。小さな町の領主としてそこそこの量の仕事をつつがなく片付けた後、自分との訓練を行う……そんな日々でいいだろう。

 

 

 

人類だの竜王だの、挙句には吸血姫だの。

そんなこと、他の誰かに任せておけばいいのにとルファスは思った。

むすっとした顔になったルファスが待つこと10分、さっきよりは少しだけ軽い足取りでプランが部屋に現れる。

 

 

薄いシャツに質素なズボンを履いた彼は何処にでもいる普通の男性といった装いであった。

 

 

 

 

「ん」

 

 

 

早く食べろと目線で用意しておいた料理を指すと彼は微笑みながら目礼しルファスの正面の椅子に座った。

“いただきます”と小さく信じたフリをしている女神への祈りを済ませると彼は黙々と食事を始めた。

さすがは貴族というべきか、どれほど疲れた時であっても物音を立てずに手早く食べ続ける様は一種の品があった。

 

 

 

 

 

「……ミョルニルはどうだった?」

 

 

 

暫くやることもなくプランを見ていたルファスであったが、何と無しに聞いてみることにした。

別に沈黙の空間が嫌だったわけではない。

純粋に気になっていたからだ。

 

 

 

「歴史を感じさせる大きな国だったよ」

 

 

 

「ユーダリルよりもか?」

 

 

 

プランは微笑みながら答えた。

彼は当然、ミョルニルで起きた一連の事をルファスに言うつもりは無かった。

 

 

 

「うん、プルートといい勝負さ」

 

 

 

 

「ふぅ~ん」

 

 

 

ルファスは目を細めた。

何てことはない会話であったが、三日ぶりにプランと話をすると……少しだけ胸の中の苛立ちが薄れていく。

何度か身じろぎして座り位置を調整した後にルファスはもう一つ気になっていたことを問うことにした。

 

 

 

 

「“吸血姫”とは会ってきたのか?」

 

 

 

「勿論」

 

 

 

「やっぱり強かった?」

 

 

 

「彼女のレベルは900だった……そりゃもう、凄かったね……」

 

 

 

淡々と話を続けながらもルファスはプランのナニカをチェックしていた。

ふむふむとルファスは頷く。とりあえずは今の所嘘の気配はない。

彼方から感じた気配の事なども聞きたかったが、さすがに疲れ果ててきた人にいきなり押し付ける気にはならなかった。

 

 

 

 

「ごちそうさま。美味しかった」

 

 

ありがとう、とプランが言えばルファスは本当に小さく微笑んだ。

自分でも無意識に出ており自覚していない顔だった。

一瞬後に気が付いた彼女は自分の頬を少しだけこねて無表情に戻ると、硬い声で言った。

 

 

「昨日の残り物に過ぎん。捨てるのはもったいなかっただけだ」

 

 

 

もしもここにカルキノスが居れば「NOですね、ずっとrecipeとにらめっこしてました!」と余計な事を叫んでいただろうが、生憎彼は今は自室にいる。

自室で薄っすらと目を開け、ルファスとプランの二人が会話している事を察して微笑んでいるだけだ。

ゴロンとベッドの上で寝返りを打ち何度か頷いてから彼は枕元で寝ているアリエスを撫でて眠りについた。

 

 

 

幾つかの取り留めのない雑談を二人はした。

 

本当にミョルニルはずっと夜なのか。

本当だったというプランの言にルファスは時間感覚がおかしくなりそうだと愚痴った。

 

 

ベネトナシュと自分、どちらの身長が高いか。

僅差でルファスであるとプランが答えると少女は小さく胸を張り「まずは一つ勝った」と得意げな顔をするのだった。

事実ベネトナシュの“設計図”を持っている彼からすると、この先彼女の身長は100年に1センチ伸びればいい方だなと無情な現実を分析していた。

 

 

 

ピオスの奴はどうしたんだ? という質問にもプランは普通にスラスラと答えた。

彼はもう少しお仕事でミョルニルに残る事になったというとルファスは一瞬だけ怪訝そうな顔をしたが直ぐに納得して頷く。

 

 

 

次にルファスがプランのいない間、街の人々の為に己が如何に活躍したかを誇り出す。

誰かに認めて貰える、という成功体験が少ない彼女にとって称賛の声というものは実に嬉しいものなのである。

 

 

 

「安心しろ。貴方が居ない間、街の世話はやっておいた」

 

 

薪を割り、畑を作ったと宣言すればプランは本当に嬉しそうに笑った。

ルファスの働きもそうだが、彼女は順調に人々と触れ合う事ができるようになっているのがたまらなく喜ばしかった。

 

 

 

それからしばらく雑談をたのしんでいたが、プランに変化があった。

ルファスが「ん?」と訝しみ、気づいて……やれやれとため息を吐いた。

 

 

 

うつら、うつら。

時間を忘れ三日分の話題を交換していく内にプランの身体が左右に揺れ始める。

気を緩ませた上に満腹になった結果、抑えていた疲労が表層に噴き出てきているのだ。

 

 

 

瞬く間に意識が消えていく。

初めての経験であった。

赤子の時以来、自我が産まれてからは一度も陥った事のない状態である。

 

 

 

ここ数年どころか、産まれて初めて彼は脳を完全に休ませる睡眠に落ちかけていた。

困ったなと頭の何処かで思いながらプランは気づけば深い眠りについてしまった。

 

 

 

「おやすみ」

 

 

 

そして。

 

 

 

「おかえり」

 

 

 

何もかもが暗闇に堕ちる前に小さな囁きを二度、プランは聞いたような気がした。

同時に何か暖かくて柔らかい物に包まれた様な……。

 




主人公にとっても作者にとっても長かったミョルニル編もこれでようやく終わりとなります。


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