ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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やっぱりリュケイオンに話を戻すと凄く書きやすいですね。


ルファスの“みやぶる”!

 

ガタガタ……。

 

 

 

プランの執務室で椅子が震えている。

もちろん地震などがあったわけではない。

座っている人物が震えているからだ。

 

 

 

 

「……えっと」

 

 

 

震えている存在……プランは困った顔をして目の前のルファスに乞うような視線を向けている。

彼は今、いつも自分が使っている執務の椅子にベルトで固定され身動きが取れなくなっていた。

勿論自分で自分を縛る趣味など彼にはない。

 

 

 

ミョルニルから帰宅してから直ぐにまた関係国との会談の為に出立を何度か繰り返すこと七日間。

ようやくソレらを一段落させ、やっとたまった執務に手を付けられると思って椅子に座った瞬間、飛んできたベルトに身体をぐるぐる巻きにされてしまったのだ。

やろうと思えば直ぐに脱出など出来るが、それを躊躇う程の怒気を纏った存在が彼の前にはいた。

 

 

 

金髪に交じった朱色を爛々と輝かせ、腕を組み、逃げられない様に翼を大きく広げてプランの視界を埋め尽くす少女である。

 

 

 

「解いてくれないかな……」

 

 

 

「ダメだ」

 

 

 

取りつく島もなくプランの提案は却下される。

これまた当然の話であるが、彼の前にいたのはルファスである。

彼女は過去類を見ない程に不機嫌であった。

 

 

 

連続で【威圧】をプランに放ち続け、一瞬事に彼の行動にデバフをかけ続けていることからどれほど彼女が怒気を纏っているか判るというものだろう。

「あの……」と小さくなったプランを彼女の燃えるような瞳が睨みつける。

 

 

最低限の約束さえ守っていれば後は好き勝手していいと勘違いしている汚い大人を彼女は糾弾する。

 

 

「確かに貴方は三日で帰ってきた。

 あぁ、しっかり約束は守ったな、ギリギリではあったが」

 

 

 

「だが……その後の行動はどういうことだ?」

 

 

 

 

約束は守った。確かにプランは三日で一度リュケイオンに戻ってちょっとだけ休んだ。

ちょっとだけ、そうだ、彼はほんの数時間眠った後はまた何処かに出立したのだ。

一度や二度ならばルファスも渋々受け入れたであろう。

 

 

 

しかしその後の七日間の彼は何度も外出を繰り返し、リュケイオンに留まった合計時間は1日どころか半日にも満たないものであった。

帰ってきたと思ったらすぐに荷造りをして出立、また戻ってきたと思ったらすぐに出立、それを何回も繰り返す日々。

しかも妙な知恵を付けたのか、ルファスに気付かれない様にそそくさと実行するというおまけつきだ。

 

 

明らかに自分を避けているようなプランの行動は大いにルファスを苛つかせるものだった。

自分の所有物が自分の許可もなく、好き勝手やってるというのは本当に……ムシャクシャする。

 

 

くわっと目を見開き、7日間も放置された少女は怒りを滲ませながらこの不敬な後見人に一喝をいれた。

 

 

 

「貴族の貴方にはやる事が多いという事は判る。

 だけど、私にも我慢の限界というものがある!」

 

 

 

「まずは理由を聞こうか。───何を隠している? ミョルニルで何かあったな?」

 

 

 

じっと紅い瞳でプランを凝視すれば、面白い程に彼の視線は空中をさ迷った。

ガタガタと左右に椅子を揺らし、困り果てた顔をする。

ぎゅっと唇を引き結び、どうやら彼は徹底抗戦の構えであった。

 

 

 

言えるわけがない。

竜王軍がミョルニルを攻撃し、種としての吸血鬼の4割近くが殺害されました。

その際ラードゥンによって砕かれたベネトナシュの肉体を再構築し、現世に戻ってくる事を拒絶した彼女を焚きつけるために一時的に身体を乗っ取り竜王と交戦しました。

後はプルートで譲ってもらった蠍の毒を用いて竜王の国に疫病をばら撒き、その毒は今やミョルニルから消す事ができなくなってしまいました。

 

 

 

そうそう、ちょっとばかり小さな代償としてベネトナシュの恨みを買い、彼女に殺されかかった事も忘れてはいけない。

一応何とかあしらう事に成功したがこれから先、延々と彼女の執着が続く事になるだろう。

だけどミョルニルを救えたので問題ありません、と言えたらどれだけいいことか。

 

 

ただでさえ天翼族と互角かそれ以上の寿命を持つ吸血鬼、その中においても変わり種の中の変わり種であるベネトナシュの時間感覚からすれば

プランの残りの寿命が尽きるまで命を狙い続ける等容易い事だろう。

 

 

 

 

……いえる筈がなかった。

どれもこれもミズガルズにおける最高機密である上に、明らかに14歳の子供に話して聞かせる内容としては血生臭すぎる。

プランはルファスにそういう世界に入ってきて欲しくない、これは大前提である。

 

 

 

「何とかベネトナシュ陛下を説得できたんだ。

 彼女が同盟に入ると決まって、各方面との調整が色々と必要になったのさ」

 

 

 

「……まさか彼女が素直に協定にサインするなんて

 誰も思ってなかったからね。そりゃもう、皆で大騒ぎさ」

 

 

 

「恥ずかしながら……誰もが失敗するという前提だったから

 色々な準備とかが押し寄せてきちゃって……」

 

 

 

嘘はついていないが真実も隠す。

“汚い大人”の十八番である口八丁をプランは使いこなす。

実際嘘ではない。ベネトナシュが人類の同盟……『人類共同体』に加盟し、その旗印になるというのは。

 

 

ほぉ、とルファスは腕を組みわざとらしく声を上げた。

嘘はついていないが真実も話していないと瞬時に彼女は見破っていた。

 

 

なるほど、なるほど。

この期に及んでまだそういう風に足掻いちゃうんだなと彼女は冷たく内心で頷いた。

そっちがそういう事するなら自分にも考えがあるとルファスは頭を回す。

 

 

 

「なるほど……吸血姫を説得できたのか」

 

 

 

どうやったんだ? という当然の問いにプランは前もって用意しておいた答えを返す。

 

 

「利を説いたんだ。

 ミョルニルにはない様々な品が格安で手に入る上に、様々な種の文化は貴女の無聊を慰めてくれるでしょうってね」

 

 

 

「“無聊”……たしか、退屈って意味か」

 

 

 

ルファスは少しだけ考え込む様に目を伏せた。

プランは勿論ルファスとの約束を忘れてはいない。

質問こそ色々あって出来なかったが、それでも自分の眼で見てきた所感を彼は話した。

 

 

「彼女にも色々な悩みがあるように見受けられたよ。

……強ければ何も悩むことはない、って訳でもないようだ」

 

 

 

「…………………」

 

 

 

四強の一角にして人類最強の吸血姫、レベルは当初の600~700を超えて900。

身一つで何もかもを手に入れられる存在であっても心を持つ一人の人物だったとプランは続けた。

 

 

 

「そうか……」

 

 

 

強ければあらゆるしがらみから解放されると無条件に信じていた彼女は少しだけ胸の奥にざわめきを覚えた。

ベネトナシュが何を悩んでいたかは判らない。それは彼女しか判らない彼女だけのものだろう。

 

 

 

だが……。

ルファスは知った事ではないと胸中で吐き捨てた。

お前の悩みなど知らない。

お前の席をいつか奪ってやる。

いつか自分の踏み台になる奴の事など知る気もない。

 

 

 

 

(私は違う。私に悩みなんてない。私は強くなる……いつか、お前よりも!)

 

 

 

レベル900。

対して自分のレベルは500。

 

 

倍近い開きがあるが、必ず埋めて見せると彼女は決意した。

ルファスの肉体は主の意に何処までも応え続けてくれるだろう。

今はまだ無理でも、いずれ、近い内に届くはずだ。

 

 

 

 

「じゃ、そろそろ……」

 

 

 

良い感じに話を纏められたと悟ったプランが脱出の為にスキルを使おうとすればルファスが動いた。

【レンジャー】のクラスを持っている彼女は【瞬歩】を用いてプランに急接近し、立ち上がろうとする彼の肩を掴み、椅子に押し付ける様に力を込める。

レベル500の彼女の腕力は既にプランを圧倒しており、彼は立ち上がれなくなった。

 

 

 

ニッコリと紅い目が細められてプランを見た。

とても、とっても楽しそうにルファスは男に言い聞かせるように言う。

 

 

 

「そう慌てるな。まだ聞きたい事は幾つもある」

 

 

 

「他の者なら煙に巻けるだろうが、私はそうはいかないぞ」

 

 

 

────私からは逃げられんぞ。

 

 

 

 

あぁ、これは本格的にマズイとプランは悟った。

いつになくルファスは本気だ。

彼女の粘り強さを知っている彼からすると、とても悪い流れだった。

 

 

 

「……これから、ちょっとまた出かける予定が」

 

 

 

「もう遠出の予定はないことは知っているぞ。

 貴方のスケジュール管理に母が一枚かんでいる事を忘れたか?」

 

 

 

 

ルファスの母であるアウラ・エノクは聡明な女性である。

最初は小さな書類の整理からお茶くみ、部屋の掃除などを行っていた彼女であるが

今やプランの過密ともいえるスケジュールの管理や彼が居ない間の代理として執務をしているのは当然の流れと言えた。

 

 

 

そして余り身体が強いとはいえない母の手伝いをルファスがするのは当然である。

己のスケジュールを気づかない内に完全に把握されていたプランの頬を冷や汗が伝う。

おかしい。何故か妙に……居心地が悪くなったなと彼はほんのちょっとだけ焦りを抱いた。

 

 

 

 

 

「時間はたっぷりある……。

 今日という今日はいつもの秘密主義は通じないと思ってもらおうか!」

 

 

 

 

「そんなに……隠し事してたかな?」

 

 

 

 

堂々と宣言するルファスに思わず疑問を呟くプランだったが、生憎それはルファスの逆鱗であった。

瞬間、彼女の脳内では今まで散々に煙に巻かれた出来事が流れ出す。

 

 

 

何一つ教えて貰っていない。

あの意味不明な技の数々から、この男の背景などなど、何もかもだ。

4年以上も共に生活しておきながら露骨に隠し事をし、焼き菓子でその都度誤魔化そうとする悪癖である。

 

 

 

 

ギロッと睨みながら少女は椅子に固定された男の頬に両手を当てる。

傍から見たら添えている程度であったが、プランからしてみたら万力の様であった。

 

 

実際、とてつもない圧がそこには込められていた。

痛みこそないが、ピクリとも動かない……さながら拘束具の様である。

 

 

「自覚なしと来たか。これはますます許せないな」

 

 

 

「いいだろう、いい機会だ。徹底的にやってやる」

 

 

 

パチンと指を鳴らすとカルキノスがいつもとは違って一言も発さずに部屋に入ってくる。

ばっちりとスーツを決め、サングラスをかけた今の彼はいつもとは打って変わって“危ない男”といった様子である。

 

 

 

「カルキノス……いい所に来てくれた。彼女を説得するのを助けて欲しい」

 

 

 

「NO。ミーはカルキノスではありません。そう、いうなれば今のミーはJailerなのです」

 

 

 

サングラスを少しだけずらして彼はプランに目配せをした。

“もうちょっとだけレディに付き合ってあげましょう”と言う彼の内心を読み取ったプランは次に怒りに燃えるルファスを見る。

“絶対に許さない。絶対にだ”余りある少女の怒りを凝視した彼は信じてもいない女神に祈りを捧げるしかなかった。

 

 

 

 

「見張っていろ。着替えてくる」

 

 

 

「YES、boss」

 

 

 

ドン、ドンと大股で退出するルファスを二人は見送り、プランは再び左右にガタガタと揺れた。

脱出はやろうと思えば簡単だ。ただしその後が非常に面倒な事になる。

ルファスの怒りに燃料を注ぐのはやめておいたほうがいいだろう。

 

 

 

残された二人は暫し沈黙していたが、互いに視線が合うとカルキノスが口を開いた。

サングラスを外すといつも通り彼は快活に微笑んだ。

 

 

 

「レディも寂しがっていたのです、悪く思わないで上げてください」

 

 

 

「勿論。最近は余り訓練や勉強を見てあげられなかったからね……」

 

 

 

 

 

カルキノスが少しだけ肩を揺らして笑った。

あぁ、本当に、わざとやっているのかどうかは知らないがこれはレディの詰問は長くなりそうだと彼は思った。

 

 

 

「それだけじゃありませんよ。

 貴方が居ない執務室や食卓はemptyなのです。端的に言うと、つまらないということですね」

 

 

「貴方は我々のleaderです。

 ミーにエノク夫人にレディ、ピオスだって貴方がいるから集まってきたのですよ」

 

 

 

自分で思っている以上に貴方は我々の中心なのですとカルキノスが告げる。

するとプランは何とも言えない顔をした。

今まで色々な貴族や商人、国家間の会談でまとめ役、仲裁役、その他その他で“中心”になった事は多々ある。

 

 

 

だがしかし、カルキノスのいう“中心”という言葉に妙なざわめきと、気恥ずかしさを感じたのだ。

余り知らない感情だ。しかし悪くはなかった。

 

 

「フレンド。なので、ここはもう少しだけレディに付き合ってはくれませんか。

 彼女がheat upするようでしたらミーが止めますので」

 

 

 

 

プランは言葉を発する代わりに何度か頷くだけであった。

仕方ないなと言わんばかりに微笑みを顔に張り付け、部屋の外から響く大きな足音を前に気を引き締めた。

バァンという大きな音を立てて戻ってきたルファスは男性用のスーツに身を包んでいた。

 

 

 

長髪を結わえ、ネクタイまでしっかりと結んだその姿は男装の麗人そのものであった。

しかし目だけは半目でプランという容疑者を決して逃がさないと捕捉している。

何処まで逃げても追いかけて捕まえる、そんな内心が噴き出ていた。

 

 

 

 

「メメメッ!」

 

 

 

そんなルファスの足元に寄り添うのは四角くて黒い帽子をかぶったアリエスだ。

チャームポイントは首元に巻かれた紅いリボン。

彼もまたキリリとしたキメ顔でプランを見ている。

 

 

 

「これより尋問を開始するっ!」

 

 

堂々とよく通る声でルファスが宣言した。

プランにも一応は弁護人はつく……アリエスだが。

やる気は十分でプランの助けになろうと必死なのは間違いない逸材だ。

 

 

ただ一つ、人間の言葉を話せないという難点があることを除けば。

彼は唯一喋れる「メ」と「エ」だけで弁護しなくてはならないのだ。

 

 

これは……マズイとプランの笑顔は引きつるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

むぐぐぐ。

ぐぬぬぬ。

 

 

 

ルファス・マファール14歳。

多感な乙女な年ごろの彼女の顔は面白い程に悔しさと口惜しさに歪んでいた。

どれもこれもプラン・アリストテレスのせいだと彼女は叫びたかった。

 

 

 

判っていた事だが手強い。

ルファスは2時間にも及ぶプランへの尋問/詰問でこの男の話術が想像以上であることを思い知らされるのであった。

彼ははぐらかしはしない。一応質問には答えてくれる。

 

 

ただし、本当に必要最低限の事しか教えてくれず残りの部分は煙に巻いてしまう。

暖簾に腕押しとは良く言ったもので彼との問答は本当にソレであった。

少しでも気を抜くと違う話題に話を逸らされ、延々と雑談が始まってしまうのは本当に何とかしたかった。

 

 

余りの引き延ばし作業にアリエスがうつらうつらと船を漕ぎ、カルキノスが読書を始めてしまった程だ。

 

 

 

ならばさっさと一喝でもするなりなんなりして話を軌道修正すればいいと思うかもしれない。

しかし、街の外に出来た畑の話題などはどうしても逸らせなかったのだ。

ルファスが暇つぶしとして作ったかの畑であるが、彼はいつの間にか領民たちから事の詳細を聞いていたらしく、少女の成果を褒めたたえたのだ。

 

 

 

 

───皆よろこんでいる。本当にありがとう。

 

 

───人の為に力を振るえるなんて本当にすごい事だ。

 

 

───ルファスは本当に優しい子だと思う。

 

 

 

 

成果や労働には対価を、というのはルファスの基本思考だ。

もちろんその中には称賛も含まれる。

既にカルキノスや母、リュケイオンの人々からソレはもらっている。

 

 

 

しかしプランから受けるソレは格別であった。

心の奥底、ジスモアやヴァナヘイムのクズ共に開けられた空虚な傷が埋まっていく感じさえあった。

かつてプルートでは拒絶した彼からの言葉、それを知らず知らず受け入れている事に彼女は気が付いてはいない。

 

 

ふん、っと腕を組み翼を大きく上下に動かしながら彼女は無意識に欲していたモノを受け取って満たされるのだ。

七日間、貴方が居ない間に任されていた務めを立派に私は果たしたぞ、と言葉にできないが求めていた事であった。

 

 

 

 

「はぁ………」

 

 

 

ルファスは深いため息を吐く。

これ以上やっても無駄だと彼女は悟った。

自分も我が強い自覚はあるが、プランも実はかなり頑固なのではと思った。

 

 

 

 

「つまり……。

 ミョルニルが竜王軍に襲われて被害を受けたから、その復興を貴方は手伝っている、ということでいいんだな」

 

 

 

何とか聞き出せた情報を口に出して整理する。

もちろんこれらはいずれ世間に拡がる話してもいい情報だった。

肝心の毒の件やらベネトナシュとのひと悶着やらは伏せられており、ルファスは知らない。

 

 

 

まだ何かこいつは隠しているなとルファスは気づいているが、これ以上は無理だと彼女も悟っていた。

いつもこうだ、この男はいつも私に隠し事をしている。

どうして秘密を明かしてくれないんだと我儘な心が大きくなりつつあるが、今日は引き下がる事にした。

 

 

 

プランはかなりぼかしていたがミョルニルで起きたことは“戦争”だとルファスは理解していた。

まだ自分では経験したことのない本当の命のやり取り、そんな中から帰還してきた男を強く責め立てるのは……フェアじゃないと思った。

許したわけではない。しかし、今は間が悪いと認めるだけの器量を彼女はもっていた。

 

 

 

「…………」

 

 

 

一通りプランの身体を改めて見直す。

何処かに怪我とかがないか気になったのだ。

結果は無傷。

まぁ、彼の言葉を信じるならば“ちょっと”だけ手を貸しただけで、本格的な戦闘は吸血鬼たちが行ったらしいからこれは当然であった。

 

 

 

勘違いしないでほしいが決してこれは彼を心配しているからではない。

怪我などで訓練の進捗が遅れるかもしれないからだ。

 

 

「とりあえず自分のできる事は全て終えたよ。暫くはリュケイオンでゆっくりできる筈さ」

 

 

 

「貴方がこの街にずっといるのは当たり前のことだろう……!」

 

 

 

むすっとした顔で“暫く”の後に出かけるつもりの男にルファスは返す。

こいつは本当に領主という自覚があるのだろうかと憤りを抱く。

ジィィィっと暫く彼を見つめた後、ルファスは渋々と言った様子で彼を椅子に固定していたベルトを外した。

 

 

 

 

「約束してもらいたいことがある」

 

 

 

「?」と顔を傾げるプランをルファスは真正面から見つめる。

髪の毛に交じる朱色が興奮によって輝きだし室内をキラキラと彩った。

 

 

 

「次、何処かの国に行くときがあったら私も連れていけ。文句を言ってやる」

 

 

 

ルファスの精一杯の妥協がそれであった。

この男は悔しい事に有能だ。それだけは認めるしかない。

だがしかし、だからといって頼り切るんじゃないとルファスは一喝するつもりだった。

 

 

 

プラン・アリストテレスは冒険者の様な便利屋ではない。

この男はリュケイオンの領主で、この国とは何の関係もない男だ。

いい加減、自分の尻くらい自分で拭け、と。

 

 

本来ならばただの子供の我儘で済むソレであるが、ことルファスがやるとなると話は変わってくる。

彼女のレベルは500。

ベネトナシュという特異中の特異を除けば人類でもぶっちぎりの強者だ。

 

 

レベルだけ見ればプランの倍以上であり、本格的な戦闘経験こそないものの【威圧】をうまく使えば国の一つや二つは瞬く間に壊せる存在である。

 

 

 

「貴方も貴方だ! 使い走りされるくらいならば貴方が頂点を獲ればいいだろう!」

 

 

 

「自分はそんな器じゃないさ。

 裏方の方が性にあってるし……こっちの方が色々とやり易いんだ」

 

 

 

 

怪訝な顔をするルファスにプランは少しだけ貴族としての側面から道理を説いた。

 

 

 

「頂点に立つってことは、それだけ多くの人たちの矢面に立つってことなんだ」

 

 

 

「王様だからってなんでもやりたい放題できるわけじゃないんだ。

 むしろ王様だからこそ、不自由が多い事もあるんだよ」

 

 

 

つらつらとプランは簡単に王の責務についてあげていく。

決して王という職業が楽なモノではないと彼は諭すのだ。

 

 

 

部下たちの動向。

疑いすぎも良くないが、信用しすぎもいけない。

 

 

民たちの暮らしや不満。

王というものは国という機構を回す頭脳であり、民とは歯車である。

歯車をメンテナンスしない機構がどうなるかは語るまでもない。

 

 

他国との調整。

“国家間に真の友情は存在しない”という言葉が表す通りである。

 

 

 

後継者問題。

自分が言えた義理ではないが、十代かけて作った国を一人で滅ぼすことさえある。

 

 

 

 

まだまだ、続々と王についてルファスに語り聞かせると……彼女は何とも言えないシオシオとした顔を晒していた。

少女の頭の中では「王」というものは眼下にひれ伏す臣下たちに号令を発する強くて雄々しいモノだというイメージがあったのだ。

しかしプランの非情な説明はその幻想を粉々にするものであった。

 

 

 

「と、まぁ……王様ってのは決して華々しいだけじゃないんだ」

 

 

 

 

「…………面倒くさい」

 

 

 

 

ぼそっと彼女は素の口調で零していた。

いつか全てを見返す覇者になるという夢を持つ彼女であったが、思っていたよりも支配者というのが面倒なモノだと説かれてうんざりするような顔をしていた。

しかし直ぐに頭をブンブンと振って弱い考えを追い出す。

 

 

 

あぁぁぁぁと内心で叫んで諸々の感情を追い出す。

面倒くさいからなんだというんだ、私はルファス・マファールだ。

私は強いんだ。私は支配者になるんだと自己暗示を繰り返し気を取り直す。

 

 

 

 

ふんっと鼻息を大きく鳴らした後、ルファスはもう一度プランの身体を頭のてっぺんからつま先まで視線を走らせて確認する。

何を、とたじろく男を無視して少しだけ顔を近づけてよーく見る。

 

 

 

「まぁ、いいだろう」

 

 

 

自分でも何を言ってるか判らなかったがとりあえずは「よし」という事にしてやる。

腕を組み「感謝しろ」と言えば彼は何のことか判らないがとりあえずは頷いた。

 

 

 

パチパチと瞬きを何回か繰り返した後、彼は話題を転換するべく声を上げた。

実はルファスの機嫌を取る為のとっておきを彼は隠していたのである。

 

 

 

 

「ところで。実はお土産があるんだ」

 

 

 

「ほぉ……」

 

 

ぴくっと翼が動く。

先端まで痙攣する様に震えた。

これは彼女の心が高揚した時の癖の様なモノだった。

 

 

 

 

ごそごそと椅子の下に置いてあった革袋を探り、中から取り出したのは……【バルドル】のマスクであった。

ルファスから見ると不気味で悪趣味で、ベネトナシュ曰く「アレを着せられたのは生涯の恥辱」とまで称したアレである。

しかも一つではない。二つ、三つと彼は怪奇極まりない様相のマスクを取り出して机の上に並べていく。

 

 

 

これらはミョルニルで吸血鬼たちが被っていたモノである。

アリストテレスの【一致団結】で全てが一つだった時、彼らに相応しい装いとして用意したモノだ。

戦いが終わり、多くの吸血鬼たちが【バルドル】を脱いだ時にプランに返してよこしたのだ。

 

 

 

誰も彼もが微妙な顔をして、申し訳なさそうにプランにこれを返却したのは彼の心に小さくない傷を残していた。

曰く「鎧の方はいいけど、顔がね……」と普段は上から目線が当然の彼らが小さくなっているのも余計にアレであった。

 

 

もちろん全ての吸血鬼が【バルドル】を返した訳ではない。

中にはミョルニルが災禍に見舞われた日を忘れない為に持っているというものもそれなりにいた。

 

 

 

……確かに威圧感あるデザインだとは思うが、絶対に悪い筈がないとプランは断固として悪評を認めるつもりはない。

もしも人類共同体という大組織が擁する軍団の鎧を統一するとなれば、彼はこの素晴らしいデザインの鎧を採用させるという微かな野心さえ抱いていた。

 

 

 

「……なに、これ」

 

 

 

思わず少女の様な口調でルファスは呟き、顔をひきつらせた。

三つ、不気味なマスクが無言でルファスを見つめている。

彼女の頭によぎったのはプルートに向かうトンネルの中での出来事。

 

 

 

……これらは、暗い所で見ると恐ろしい時があるのを彼女は知っている。

 

 

 

「いっぱい作ったんだけど。余っちゃって……」

 

 

 

「だろうな! こんな不気味なモノ……」

 

 

 

悪趣味、ダサい、絶対に着けたくないといつもの様な罵倒を吐きかけようとしてプランの顔がシュンっとなったのを彼女は見てしまった。

基本は何を言われても泰然自若とした彼であるが【バルドル】に関しては何故か異様な拘りを見せる時があるのを少女は知っている。

うぐぐぐ、と拳を握りしめて何とか罵声を我慢してから肩を落とす。

 

 

 

 

「……つまり、売れ残りか。

 言っておくが、これを流行らせたいと思っているなら早く諦めておくべきだ」

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

彼には珍しくムスっとした顔でマスクを一つ持ち上げると、すやすやと船を漕いでいるアリエスの帽子を取ってからかぶせた。

鳥の骸みたいな顔と子羊の胴体と言う産まれて来てはいけなかったキメラが誕生してしまった。

そこまでの事をされたというのにアリエスは今だに眠りこけている。

 

 

ゴロンと腹を晒し、ぷひゅーという間抜けな寝息を零していた。

 

 

 

「よしっ」

 

 

 

まずは第一歩。似合ってる。

時間があれば今度身体も作ってあげようと彼は決意した。

悪くないと何度も頷く。

 

 

 

「虚しくならないか? いい加減諦めて……」

 

 

 

少女が言い切る前に扉が開く。

足音だけでルファスは母の存在を感知し、ため息を吐きながら言う。

 

 

 

「貴女からも言っ────」

 

 

 

 

振り返る。

そして見た。

【バルドル】のマスクを被った母を。

 

 

白いローブと美しい翼、華奢な身体の線はそのままに、顔だけ【バルドル】である。

現実を理解するのに3秒ほどかけた後、ルファスの翼がささくれ立ち大きく動いた。

根から先端にかけてざわざわざわと震えが駆け抜ける。

 

 

 

 

「うわあぁあああああァァァァ!!!???」

 

 

 

 

少女は生涯最大最高の悲鳴を迸らせ、部屋を震わせる。

アリエスが跳ね起きゴロゴロと転げまわる。

「めぇぇ~」という情けない声を上げながら彼はゴロンゴロンと部屋中を転がり回った。

 

 

 

カルキノスはプランを見た。

彼はぐっと親指を立てて微笑んだ後、直ぐに本に視線を戻した。

ちょっとした彼の悪戯に男は微笑みで返した後、眦に涙を浮かべながら自分を恨み深く睨んでくる少女に向かい合う。

 

 

 

「覚悟はできているようだな……!」

 

 

 

苦笑いしながらマスクを脱ぎ、会釈してくる母を庇うように背にし【威圧】を放つルファスを前にして彼は覚悟を決めるのだった。

 

 




バルドル


凄くかっこいいからいつか絶対流行るはず。


────匿名の貴族P氏。

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