ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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「女神アロヴィナス」



世界を愛する至高の女神。
美と愛を司り、醜い存在を嫌悪する神である。




救われない者

 

 

ルファスとアンは二人っきりでリュケイオンの上空を飛びながら言葉を交わしていた。

心なしかルファスは己の飛行の速度が少しだけ上がっていることに気が付いた。

しっかりと栄養をとったからなのか、翼が自由に動く。

 

 

 

「ルファスは何処から来たの? やっぱりヴァナヘイム?」

 

 

「……うん」

 

 

「私もなんだー、昔あそこに住んでたんだけどさ……。

 うーん、追い出されちゃったの。

 ほんっと、天翼族って最低の種族だと思わない?」

 

 

「…うんっ」

 

 

えへへ、同じだねとアンが頬を緩めればルファスも釣られて笑った。

同じ苦労を知る同年代の子供の存在は彼女にとって最も欲するものの一つであった。

ついさっき出会ったばかりなのに、アンの言葉は恐ろしい程にすんなりと心の中に入ってくる。

 

 

ルファスはアンに己に近しいものを感じていた。

プランが並び立てる薄っぺらな愛情や親愛よりも遥かに生々しく深い感情で自分と彼女は似た者同士だと悟ったのだ。

 

 

「私が思うにね、女神様ってのはこの世界に興味なんてないと思うんだ。

 いや、きっと、自分の見たいモノしか見てないんだよ、女神って奴は。

 きっと綺麗なモノしか見てないんだろうなー。

 だから私達みたいな汚いモノは永遠に救われないんだろうね」

 

 

 

「私も、そう思う……女神なんて、嫌い。この世界の全部、大嫌い」

 

 

 

「あ、また一つ同じところが見つかっちゃった! 

 私もそう。生きてていい事なんて一つもなかったよ。

 今夜ルファスと出会えた事以外は……」

 

 

 

頬を赤らめながら告げるアンにソレを聞いたルファスさえも羞恥を感じてしまい、顔を背けた。

 

 

「もう少しで着くよ、私の秘密の場所! 凄く綺麗なんだよ?」

 

 

 

リュケイオンの市街地から離れた所にある森の一角をアンは指さした。

そこにあったのは小さいながらも綺麗な湖であった。

キラキラと月の灯りを反射するソレはこの世のモノとは思えない程に美しい。

 

 

湖のほとりに降り立った二人は、草花の上に座った。

そっと夜風が吹いてきた。月明りだけが周囲を照らし出している。

 

 

「どうかな?」

 

 

「……綺麗。うん、いいところ、だと思う」

 

 

良かったとアンが笑った。

本当にうれしそうに笑う彼女にルファスの心は温かくなった。

プラン等という知ったかぶりをする偽善者のせいで荒んだ心が癒される様であった。

 

 

「ルファスはさ。どうしてリュケイオンに来たの? やっぱり引っ越し?」

 

 

ううん、とルファスは頭を振った。

思い出すだけで苛立つ顛末を彼女は口にしていく。

プランとかいう偽善者の独りよがりで連れてこられた事、母を事実上人質に取られている事、リュケイオンの全てが鬱陶しくてたまらない事、この世の全てが憎い事……。

 

 

更にはヴァナヘイムの天翼族たちから受けた仕打ち、いつか必ず復讐することへの決意、そして何より今は自由を求めている事。

まだ出会って少ししか経ってないというのにルファスはアンに腹の中身を全てぶちまけていた。

自分と同じ境遇の彼女なら判ってくれると思ったのだ。

 

 

最後まで黙って聞いていたアンはルファスが話し終えると、薄く笑いながら顔を近づけて囁くように言った。

 

 

 

「じゃあさ……私と一緒に何処か行こうよ。二人で自由になろう?」

 

 

「え?」

 

 

 

「ルファスはこんな所に居ちゃダメだと思うの。

 父親に虐待されてたのが、今度はプランとか言う奴の檻に移し替えられただけじゃん。

 貴女はもっと自由に生きていいと思うんだ。だから、私と行かない?」

 

 

 

月を背後にアンはルファスに手を差し伸べた。

輝くような笑顔だった。

いつか自由になると決意した現実が、今目の前にある。

 

 

母の顔を思い出す。

弱い女だと彼女は思ってしまった。

いつもいつも父に虐められ、暴力を受け、それでいて何もできない弱い女。

 

そしてそんな女は今は自分の人生を縛り付けようとしている。

毎晩毎晩言うのだ。“プラン様に感謝しなさい”と。

 

 

うんざりであった。

私の人生は私だけのもの。

誰にも干渉されたくない。

支配されたくない。

 

 

 

いつか私が全てを支配してやる。

そんな黒い感情が次々と湧き上がってくる。

アンと共に行けば、そんな理想の未来が手に入るかもしれないという誘惑に彼女は抗えなかった。

 

 

 

ゆっくりとルファスはアンの手を取る。

灰色の髪の少女は本当に嬉しそうに笑った。

夜空の月が雲に隠され、周囲に夜の帳が下りてきた。

 

 

冷たい手に強い力が宿る。

ぐっと引き寄せられ、抱きしめられる。

耳元でアンが囁いた。

 

 

「ルファスは自分で思っている以上に凄い力を持っているんだよ。

 今はまだ判ってないみたいだけど、ソレを使いこなせるようになればきっと女神様だって倒せちゃうかも」

 

 

「そんな……」

 

 

「未来の話だよ。私の目に狂いはないって。信じて?」

 

 

じゃあ、行こうかと引っ張られるがままにルファスは歩き出そうとして……。

 

 

 

 

 

 

「ルファス、此方に来なさい。ソレから離れるんだ」

 

 

 

 

 

 

 

憎い男の声が響いた。

プラン・アリストテレスがいつの間にか二人の背後に出現していた。

 

今の彼は完全武装であり、眼窩に宿る光はかつてない程に鋭い。

 

 

鳥類の骸を思わせる不気味極まりないマスク。

サソリの如き様相の、生物の様にゆらゆらと動く尻尾。

黒い絡繰り仕掛けの様な奇妙な甲冑と、無数の武具を内部にぶら下げたマント。

 

 

 

死神の如き出で立ちの化け物がそこにはいた。

そんな存在が手を伸ばしてくる。

思わずルファスは身を竦め、アンの手を強く握った。

 

 

 

「嫌だ!」

 

 

明確な拒絶をルファスは叩きつけた。

しかしプランは揺らぎもしなかった。

元より相手がこういう存在だと予想を建てていた故に、彼は欠片も動じない。

 

 

既に“計画(チャート) ”は動き出している。

だから彼は臆せず一歩前に踏み出す。

どのみちルファスが拒絶し、話を聞こうとしないのは前もって想定した通りだ。

 

 

だから、彼は最短経路で物事解決するために動く。

ほら、良く言うではないか? 

“百聞は一見に如かず”と。

 

 

人間族の種族スキルである【一致団結】を彼はルファスに向けて使用した。

本来ならば周囲の仲間のステータスを微量上昇させ、敵を倒した際の経験値入手を少しだけ増やす能力だ。

だが、プランは同時に【観察眼】を全く同じタイミングで使用する。

全く、一瞬の誤差もなく完璧に同時に、だ。

 

 

世界がまた軋んだ。

女神の支配する法の孔が開く。

世界は二つの能力を一つのものだと誤認した。

その結果として【一致団結】はその内容を少しだけ変化させた。

 

 

このスキルの本質は【共有】であることをプランは知っている。

スキルの発動者と周囲の仲間たちの間に存在する、個体として他者と他者を隔てる壁を薄めるのが本質である。

情報の共有、感情の共有、能力の共有、人間族という能力的には下位の種族が他の種と渡り合うために磨き上げた群れとしての力を引き出す力だ。

 

 

一人は皆の為に。

皆は一人の為に。

皆は一人。

一人は皆。

 

といったところか。

 

 

つまり、主軸であるプランの見ている情報が彼の仲間と共有されるようになる。

瞬間、ルファスの見ていた世界が様変わりする。

ソレはプランが【観察眼】を使用する時にいつも観測している世界だ。

 

 

「なに、これ……」

 

 

ルファスは怒りさえも鎮火させて呆然とした。

それほどまでにプランの観ている世界は理解の外にあった。

意味の分からない数式が周囲を満たしている。

 

 

世界に色はなく、白と黒のネガの中を無数の理解できない記号や数字、数式が揺蕩っている。

しかし直感としてルファスは理解した。

 

 

 

これこそが、この世界の根底で回り続ける法であると。

女神の敷いたルールを可視化するとこうなるのだと。

 

 

 

 

【【『■フ■ス?』】】

 

 

 

酷く不快な音が聞こえた。

多分だが、今、名前を呼ばれたのかもしれない。

辛うじて声と認識できるソレは、きっと今まで会話していた相手だったからだろうか。

 

 

ルファスは顔を動かし、アンを……()()()()()()()を見てしまった。

それは丁寧に丁寧に隠していた彼女という存在の本質、正体であった。

 

 

【【『いっしょ■いこ■よ?』】】

 

 

 

蛆。腐肉。露出した骨。

あらゆる汚泥を塗り固めた化け物がそこにはいた。

人としての顔は既に崩れ落ちており、顔面の本来ならば鼻のある辺りには縦に裂けた大口がある。

 

 

歯肉にびっしりと生えそろった肉食獣染みた牙、牙、牙。

滴る涎。そしてそんな口の奥、喉の先には多くの顔のようなものがこっちを覗き込んでいた。

 

 

背に生えた灰色の斑模様の翼だけが変わらないのが不気味であった。

最初に思ってしまった醜いという感想が反転し、そこだけは綺麗に見えた。

 

 

彼女が自分を連れて行こうとした森の奥。

そこには多くの“誰か”が立ちすくんでいた。

手や足の欠けたもの、頭の形がおかしいもの。

地面に這いつくばっているモノ。

 

 

誰も彼もがルファスを手招いていた。

 

 

「ぁ………」

 

 

思わずルファスは手を放し、一歩下がっていた。

高揚に浮かされていた頭が冷め、冷静な部分は「騙された」と叫んだ。

 

 

自分は、何を考えていた?

母を何と思った?

 

──弱い? 

──()が?

 

 

アンだった何かがルファスの手を逃さないと言わんばかりに掴み返そうとした瞬間、プランが動く。

彼は彼女には視認できない速さでアンを突き飛ばし、ルファスを片腕で抱きしめる。

尻尾が空気を切りながら超高速で稼働し、アンを串刺しにした。

 

 

 

ルファ■。

ル■ァス。

■■ァス。

 

 

わたしのおともだち。

いっしょに いこう。

 

 

何度もソレは友達の名前を呼んでいた。

痛苦などとうの昔に焼き切れてしまったソレは串刺し程度では微動だにしない。

そもそも実体と呼べるのかさえ定かではないのだから。

 

 

しかし……。

 

 

プランはもう一度【一致団結】を用いる。

【観察眼】を基軸にした複数のスキルの行使によって広がった視野を元に見つけ出した仲間……ピオス司祭と感覚を共有させたのだ。

 

 

彼はリュケイオンの教会で合図を待っていた。

女神アロヴィナスに祈りを捧げながら、限界にまで高めた天力を用いて天法を行使しようとしていた。

【プリースト】【アコライト】という癒し、浄化に特化した彼にとって“子隠し”は自らが打倒しなくてはならない世界の歪みに見えていた。

 

 

貴く強い願いは女神に届いた。

女神は美しいモノを愛する。

故に世界を綺麗にしたいという信者の願いには力を貸した。

 

 

ぞっとするほどに美しく、清く、華麗な声が何処からか聞こえた。

 

 

“美しくあれ。清らかにあれ”

“満たされて下さい。幸せになってください”

 

 

 

そして、その為に■■してください。

 

 

 

蒼く、何処まで澄んだ力が噴き出た。

これこそがアロヴィナスという女神が実在するという証明。

女神は存在する。間違いなく。

 

 

人智を遥かに超越した、究極の支配者として女神は確かに在る。

生き物が宙の具体的な広さを理解できない様に、余りにかの存在の力は隔絶しており、誰も気づけないだけだ。

極点に座する大いなる神はただ一人、そこに君臨し続ける。

 

 

 

 

二人の口が同時に動き、同じ言霊を紡ぐ。

それは神への祈り。たったいま響いた女神への返答だ。

世界を慈しみ、美しきもので満たしたいと願う女神へ向けた子たちの願い。

 

 

「「愛の源なる女神アロヴィナス。高き貴女の名の下に私は告げる」」

 

 

一句、一句世界にしみ込ませるように言葉を満たす。

とてつもなく深い信仰と、女神への願いがそこには込められている。

 

 

 

「「世を限りなく愛する女神の子たる我らは誓う」」

 

 

天法の光がプランよりあふれ出す。

ピオス司祭が行使したソレが【一致団結】のスキルによって遠隔で発動されたのだ。

それは原罪を清める光。聖域の聖女が行使する力と同種のもの。

 

 

女神に対する揺るぎない信仰と忠誠によって引き起こされる世界の浄化。

 

 

「「心と魂。力と知恵。尽くを尽くし貴女様を愛することを誓う」」

 

 

その名を【ヴィンデミ・アトリックス】

浄化の更に上、マナという原罪を消滅させる力。

“子隠し”を根底から消し去りえる力だった。

 

 

「「我らは貴女様の子として誓う。

  世を愛することを。世を美しくするために尽くを尽くすことを」」

 

 

 

光に触れたアンの身体が崩れ落ちていく。

肉が溶け堕ち、中の骨が灰の様になって消え去り出す。

積み重なり続けた濁ったマナの呪層。

 

 

その全ての解約を悟った“子隠し”が暴れ出す。

怪物染みた口の中から腐り切った人の腕が何本も飛び出し、プランの首を締め上げる。

 

 

同時に哀れな、同情を乞うような惨めな声音でアンは声を上げた。

呆然と己の崩壊を見てくるルファスに、ともだちに。

 

 

るふぁす。

るふぁ■

■■■す!

 

 

たすけて。

たすけて。

 

 

おねがい。

たすけて。

 

 

 

首を絞められながらもプランの思考は全く鈍らない。

彼は更に“子隠し”に向けて4回ほど【観察眼】を使用する。

口は勝手に祝詞を唱え続けていた。

 

 

「「貴女を愛する様に、我は人をも我が身の様に愛し、支えることを誓う」」

 

 

彼にとって女神への祈りとは日課であり、それを口にすることは集中力の上昇を意味した。

 

 

「「願わくは全能にして慈悲深き女神よ、我らを見守り、その罪を赦されよ」」

 

 

存在を更に細かく、細かく観察していく。

誰が/何が/どれだけ/なぜ/ここにあるかを精査する。

思っていたよりも【ヴィンデミ・アトリックス】が効果を発揮していない事を彼は察知した。

 

 

 

次から次へと吹きあがる濁ったマナの濁流が浄化の光を押し返し始めている。

本来の使い手たる聖域の聖女ならば既に“子隠し”は消滅しているはずだが

やはり模倣ではこの規模の怪物を消し去るには足りないのかもしれない。

 

 

助力してくれている女神の力は強大だが、それを行使するピオスのレベルが足りない。

なので彼は止めを刺すことにした。

切り札は幾つも用意しておくのが定石故に、当然隠し玉はある。

 

 

二つ目の切り札が晒された。

 

 

【サイコスルー】を発動させる。

これは【エスパー】のスキルで、発動者が()()した対象を超能力で操作するスキルだ。

大抵の者はこれをつかって剣を空に持ち上げて射出したり、大岩を掴んで放り投げたりすることに使う。

 

 

プランは【観察眼】を使う事により、世界を構築する数式、魔力、天力を認識可能な存在だ。

そんな彼がコレを使ったらどうなるか? 

これはいわば究極ともいえる強弁であった。

 

 

そんな馬鹿なと多くの者は言うだろう。

しかしプランはこう答える。

「自分が出来たのだから、これは誰でも可能な事だ」と。

 

 

 

大切なのは()()()と己を信じる事である。

それがどれだけ天文学的な数字の上に成り立つ机上の空論染みたものであっても、出来ないと証明されないのならば、逆説としてそれは可能なことなのだ。

そして一度実現さえ出来てしまえば、後はそれを技術体系化(グリッチ)してしまえばよい。

 

 

 

プランは己を通してあふれ出る天法……もっと詳細に言うならば天力を【サイコスルー】で掴んだ。

概念的なモノであるからこそ、概念的な“手”を作るこのスキルとの相性は非常に良い。

 

 

プランは実体としての左手で己の首を締め上げる死体の手をつかみ取った。

残る右腕はルファスを硬く抱きしめ、この怪物から守る事に使う。

サソリの尻尾がアンを串刺しにしたまま巻き戻される。

 

 

 

目と鼻の先にまで引き寄せたアンをプランは真っ向から覗き込んだ。

おぞましいモノ。今まで数多くの子を奪い去ったモノ。

この世にあってはいけない、悲痛な嘆きの落とし子。

 

それが今までの“子隠し”であった。

今からは違う。これは今から学術書に纏められ、対策と共に書き連ねられて本棚にしまわれる書類の一部へと変わる。

神秘的なベールで覆われた“恐怖”の象徴をプランの【観察眼】は無遠慮に切り裂き、理論に落とし込んでしまう。

 

 

畏れは必要だ。

ただし亡霊だの、呪いだの、ただやみくもに怖がってコトの本質を理解しようとせず、それらが巻き起こす災禍を震えて受け入れるなど、プランはご免だった。

故に彼は“子隠し”を徹底的に解体/解析/理解をした。

 

3度【観察眼】はその“倍率”を変化させ、顕微鏡の様に詳細な情報を読み取った。

 

 

存分に読み取った後、彼はアンに手を翳す。

【サイコスルー】でつかみ取った天法……天力をアンに流し込む。

いや、正確には()()()()

 

 

 

“子隠し”の本質、存在方法は本来ならばもう死んでいる(存在しない)モノが汚染されたマナ(魔力)に己の意思を転写し無理やり存在しているモノだ。

それに対して天力を適切な形で注ぎ込んでやれば天と魔の力は巧妙に互いを高めあい、存在が補強される事になる。

なのであえてプランは雑多に、加減を考えずに天力を魔力の塊たるアンに乱雑に混ぜ込んでやった。

 

 

結果、バランスを失った天力と魔力は反発し合い、ここに女神の御業の疑似的な逆転再現が引き起こされる。

女神はかつて無より有を作り出し、それを永遠に固定したとされる。

 

 

その逆がここにはあった(無を取得した)

 

 

 

るふぁす。

るふぁす。

るふぁす。

るふぁす。

 

 

狂ったように名前を連呼するアンの身体が無数の虫食いの様な黒い孔に蝕まれ、溶け堕ちていく。

彼女だけではなく、ミズガルズに孔が空いた。

今まで場を占めていた情報が全く新しい情報に塗りつぶされ、古きモノは消え去るのみだった。

 

 

便宜上プランはこの技を“上書き(イレイシャー) ”と呼んでいた。

 

 

そして霧散していくマナの濁流をプランは見つめていた。

どうやら本体を構築するマナの一部を切り離し、脱出を試みているのだと彼は察し、そうはさせまいと己の鎧に思念で指示を送る。

 

 

三つ目の切り札が切られた。

 

 

彼の着込む鎧【バルドル】はプランが考案設計し、ドワーフたちの優れた技術力によって製作された()()()()である。

つまり【バルドル】は装備するゴーレムであり、プランことアリストテレス家のマナ研究の集大成の一つであった。

プランが【サイコスルー】を再度発動し、概念的な“手”でマナをつかみ取り、己の鎧へと近づけた。

 

 

 

【バルドル】の表層に夥しい数の文様が浮かび上がり、青く輝いた。

差し向けられたマナが背中から吸収され、それらは血の線の様に真っ赤に輝きながら肩から腕、掌へと向けて流れていく。

この鎧はゴーレムであると同時に加工装置であった。

世界中に霧散し、固定化が難しいマナを捕獲した上で加工し、物質へと作り替える装置である。

 

 

原初の天翼族、ウラヌスは世界に満ちたマナを集め、一本の木と果実へと作り替えたとされる。

その逸話の再現であった。

 

 

右腕。ルファスを守り抱える掌。

ルファスの眼前でマナが凝縮されていく。

未完の技術故にかなりのロスは発生するが、それを踏まえても“マナの凝縮/物質化”等という女神にだけ許された奇跡が人の手で技術へと落とし込まれてしまっていた。

 

 

 

「……これって」

 

 

目の前に生まれ落ちた物質化されたマナ……通称“リンゴ”を見てルファスは呟いていた。

彼女はコレを知っている。朧であったが食べた覚えがあった。

とても甘くて、熱くて、今まで自分に足りなかったナニカを埋めてくれるような味だった。

 

もしかしたらそれは本能だったのかもしれない。

遠い先祖がしたように、彼女もまた誘惑にかられた。

彼女は気づけば禁断の果実を前にしたかのように喉を鳴らし、口を開けていた……。

 

 

 

 

【【『……る‥…ふ……ぁ……s』】】

 

 

 

下半身、胴体……肩まで浄化と“上書き”に飲み込まれ、頼みの綱であるマナ霧散による脱出さえも封じられた“子隠し”は今や頭部と翼の一部を残すのみであった。

かつてアンだったモノはプランの腕にしっかりと抱き込まれ、守られているルファスを最後に見た。

 

 

 

もはや喉もなく、舌さえ崩れ落ちた口から最後の一言が零れ墜ちる。

 

 

 

()()()()

 

 

 

「……どうか安らかに。次の目覚めは、良きモノでありますように」

 

 

 

プランは消え去りゆく怪物に最後、祈りを捧げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……わたし」

 

 

“子隠し”が完全に消え去った瞬間、ルファスは力なく倒れ込み、プランはそれを支えた。

腰が抜けて動けなくなった彼女をそっと地面の上に座らせてやった。

マスクを外し、膝をついて彼女の顔を正面から見据える。

 

 

 

真っ赤な瞳は恐怖と困惑に揺れていた。

憎悪はいまだそこに宿っているが、今はそれよりも他の感情の方が比率が高い。

プランは頷き、懐から水筒を取り出して彼女に差し出した。

 

 

「ゆっくりと、落ち着いて飲んでごらん」

 

 

震える両手が水筒を掴み、ごく、ごく、と水を飲み干す。

次にプランが差し出したのはエイルの実を潰して作った焼き菓子だった。

甘いモノは頭を活性化させる故に、彼はこれを携帯食として持ち歩いている。

 

 

震える指先が焼き菓子を掴み上げ、口へと運ぶ。

しゃり、しゃり、しゃく、と咀嚼し、一呼吸おいてからようやく少女は現実へと戻ってきた。

とても甘くて、安心する味だった。

 

 

「おわった……?」

 

 

先ほどまでアンがいた地点を見つめてルファスは問うた。

微かに声が震えている事をプランは見抜き、彼女の手を己の掌で柔らかく包み込んだ。

 

 

「もう大丈夫だ。……何処か怪我はないかい? 体調に異常は?」

 

 

 

「…………だい、じょうぶ…………」

 

 

 

明らかに無理をした顔でルファスは強がる。

まだ立ち上がれない程に恐怖を感じているというのに、彼女はそれを決してプランに見せようとしなかった。

だから、彼は自分が折れる事にした。

 

 

恐怖することは弱いことだと彼女は考えているのだろう。

なに、それも若さという奴だ。

子供はそういう負の感情を弱さと決めつけてしまう節があるのだから。

 

 

 

ふぅ、とわざとらしくため息を吐いてからプランは腰を下ろし、あぐらをかいて座った。

マスクを片手で弄りまわし、新しく生成した“リンゴ”をくるっと回してから懐にしまう。

それにほんの僅かな齧った痕があることを彼は見落とした。

 

 

一仕事を終えた彼は、力なくルファスに微笑みかけた。

ついさっき得たいの知れない怪物を葬った男とは思えない程に弱弱しく、情けなく、笑う。

 

 

「……気が気じゃなかった。

 “アレ”と話をしてる姿を見た時は心臓が停まるかと思ったよ」

 

 

「……アンって“何”だったの?」

 

 

 

尤もな疑問にプランはうーんと唸った。

答えは知っているが、どう表現すればいいか悩む。

詳細を語るならば一昼夜では足りない量の理論染みた会話から入ることになってしまう。

 

 

 

だから彼はそういう研究者気質な単語は全て排除し、出来るだけわかりやすく

 子供でも直感的に理解できる言い回しをした。

 

 

 

「“やり残した人たち”かな。

 ミズガルズではまだ生きていたかったのに理不尽で死んでしまう人は多いから。

 そういう人たちは、自分が死んだ事を悲しくて受け入れられないんだ」

 

 

ゾンビという魔物がいる。

主に吸血鬼の国であるミョルニルに存在する者たちだ。

彼らもまた、死亡時に強い妄念を残した者が己の死を受け入れられず、死体だけで動き出してしまった存在だ。

 

 

 

 

それらをもっと先鋭化させた存在こそ“子隠し”である。

肉体を失い、魂だけになってもさ迷いながらマナを汚染し魔力と結びつき、無へと墜ちることを拒み続ける者ら。

もはやかつての意思はなく、ただひたすら憎悪と怨嗟を糧に犠牲者を生み出し続ける呪詛の塊。

 

 

 

マナとは純粋なエネルギーである。

ソレに宿った方向性によって天にも魔にも変じ、様々な形で世界を書き換えてしまう。

聞けば妖精姫とも称されるポルクスという存在は純粋な天力から生まれた生命体らしい。

 

 

 

きっとアン・ブーリンという天翼族はかつて実在したのだろう。

だがルファスの目の前に現れた彼女はアンの皮を被った呪そのものでしかない。

 

 

救われない存在。

救われなかった存在。

女神の愛より外れてしまった醜いモノ。

 

 

誰もきっと彼女を愛してくれなかったのだろう。

誰も彼女を見つけてくれなかったのだろう。

自分には母がいたが、アンにはきっと……。

 

 

ルファスは焼き菓子を一つだけつかみ取り、アンが最期に居た個所に歩み寄る。

そっと菓子を彼女は添えた。

自分を騙した相手だったとはいえ、その世界を恨む気持ちは痛い程に判ってしまったから。

 

 

 

「……プラン。プラン・アリストテレス」

 

 

 

「何だい?」

 

 

 

初めて名前を呼ばれたプランがルファスの背後に立つ。

すると彼女はすさまじく強い意思の宿った瞳で彼を見上げた。

憎悪も憤怒もまだそこにはある。しかし、それらとは違うモノも確かにそこにはあった。

 

 

“野心”

“決意”

“渇望”

 

 

 

おおよそ10にも満たない幼子が浮かべる筈のないモノだ。

ルファスの口が動く、彼女は決意を表明した。

 

 

「私は貴方が嫌い。いつか殺してやるという思いは今も変わってない」

 

 

それでいい、とプランは返した。

普段のルファスならば苛立ち紛れに舌打ちし会話は終わる筈だが、今日は、今日からの彼女はもう違う。

 

 

 

「私は強くなりたい。誰よりも、何よりも! ──貴方よりも!!」

 

 

彼女は吠えた。

感情のまま、思いついた言葉を片っ端から叫び出した。

 

 

「殺されてもいいというなら、私に貴方の力を下さい。

 貴方の知恵と知識を下さい」

 

 

いつか私が貴方を超える日まで、私を鍛えて、とルファスは懇願した。

プランは瞼を閉じて、少しだけ考えた。

 

 

もちろん教育はするつもりであった。

自分の死後も彼女たちは生きていくのだから、その為の方法を教えるのは必然である。

戦闘能力を与えるのも仕方ない、ミズガルズにおいて力は共通の貨幣のようなものだ。

 

 

だが、プランは……力を持ったとしてもルファスには平穏に生きてほしかった。

母と共に、何らかの職で安定した収入を得て、戦争などという言葉とは無縁の世界で生きてほしいというのが正直なところである。

 

 

殺し、殺されの世界に入るというのは列に並ぶということだ。

いつか自分が殺される順番が回ってくるのを待つ行列に。

さながら処理されるのを待つ家畜の様にいつ来るか判らない順番を待つのだ。

 

 

どれだけ大きな力を持った存在であろうと、自分の順番が来る事からは逃げられないとプランは考えている。

ルファスにはそんな列には並んでほしくはなかった。

しかし、今の彼女は向上心によって憎悪の帳から抜け出そうとしている側面が見えた。

 

 

 

「……判った。少しずつになるだろうけど、時間を作るようにしよう」

 

 

今よりもう少しだけ力をつけて、心が安定すれば彼女も自分の言葉を聞いてくれるかもしれない。

そんな希望を彼は抱き、彼女の言葉に頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【プラン・アリストテレスによるレポート】

 

 

 

 

今回の一連の騒動において判明した事実と情報をここに著す。

 

 

 

 

“子隠し”の正体と対処方法。

 

 

“子隠し”とはミズガルズ中に霧散し漂う、死者の残留思念がマナと結びついて生まれた亡霊のような存在である。

狂気に満ちてこそいるが、はっきりとした自我を持ち、生きている者を害する外道の法……正に“意思を持つ魔法”と評するべき存在だ。

これは■■■と同じであり、■■■の残留思念をも取り込んでいる可能性は否定できない。

 

 

対策としてはプリースト職による濁ったマナ、魔力の浄化などが有効である。

ただしそれだけでは決定打にはなりえないかもしれない。

“子隠し”は恐らく、誘拐した子供たちの肉体をいじくりまわし、それに憑依して受肉しているかもしれないからだ。

 

 

 

この存在を葬るには“意思を持つ魔法”としての概念的な部位と物質的な受肉体の両方を滅する必要がある。

今回は強大化する前に倒せたが、もしもルファスを取り込まれていたら、手に負えない怪物になっていたかもしれない。

もう少し強大化したら、恐らくは一度の“隠し”で街一つ、国一つを飲み込む化け物になっていたのは想像に容易い。

 

 

 

……ミズガルズには無尽蔵のマナと、多くの人々の嘆きが満ちている故に、新たな“子隠し”が再び発生する可能性は否定できない。

 

 

 

 

 

ルファスの発熱についての観察報告。

 

 

ルファスの発熱、体調不良であるが【観察眼】で見る限りは、表面上ではやはり状態異常などは見当たらなかった。

ピオス司祭の言う通り医学的には健康そのものであったのは間違いない。

 

 

しかし、詳しく精査した結果、気になる点を見つけた。

彼女のステータスが上昇し続けていたのだ。

レベルを始めとした各種ステータスの急激な上昇は彼女のレベルを3から20にまで一晩で引き上げるに至っていた。

 

 

これはあくまでも仮説であるが、あの発熱は“成長痛”ではないだろうか。

本来ならば数日から数か月かけて行われる成長を一気に行った負荷が発熱や体調不良につながったのかもしれない。

いわばあの時の彼女は蛹であり、体内では想像を絶する程の変異が起きていたのではないだろうか。

 

 

 

未だ確定的な情報はないため、今後もこの仮説を念頭に要観察とする。

この説が仮に正しければ、高位のレベルになればなるほど彼女の肉体にかかる負荷は増大するかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 




もしやミズガルズって物凄いディストピアなのでは? 
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