ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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ヴァナヘイムは いいところ いちどはおいで。


■■の“さいみんじゅつ”

 

バチバチと大粒の雨が大地を叩き耳障りな音を発している。

分厚い雲が空を覆っているせいで星月の灯りも存在しない完全なる闇夜。

ただでさえ真っ暗だというのに、鬱蒼と茂る木々は文明の灯さえも否定するようにあらゆる光を拒絶していた。

 

 

 

ここはヴァナヘイムの麓。

かつてプランがルファスを拾い上げた森林。

そしてヴァナヘイムより投棄された数多くの名も知れぬ者たちの亡骸が眠る暗黒の森だった。

 

 

 

そんな森の外れ、草原と森の中間地点である開けた地に何台もの馬車が停められていた。

周囲を散策するのはフルプレートに身を包んだ兵士たち。

臨時のテントが幾つも張られ、さながらキャラバンの様である。

 

 

設置された松明群だけが付近における唯一の灯りだ。

 

 

幾つも張られたソレの内の一つ。

クラウン帝国の紋章が堂々と掲げられたほかに比べて割かし豪奢で大きなテントの中にアリストテレス卿はいた。

彼は腰のあたりで指を組み、ザーザーと降り注ぐ雨に揺られる森をじっと見つめている。

 

 

【バルドル】で完全武装し、顔を不気味なマスクで覆い隠した今のプランの姿を多くの兵士たちがチラリと畏怖を込めて見ていた。

 

 

曰く、プルートを襲ったヘルヘイムの魔物を撃退した。

曰く、竜を相手に真っ向から戦いねじ伏せた。

曰く、エルフと共に地平線まで抉る魔法を用いた。

曰く、四強の一角である“吸血姫”を相手に臆さず交渉し、彼女を新たな同盟に引き込んだ……。

 

 

たった一人でクラウン帝国を始めとした国家群と対等かそれ以上の発言力を持つ男を誰もが好奇と微かな怯えを含んで盗み見ている。

 

 

 

「閣下。全ては予定通りに進んでおります。

 混翼の者達の帝都への移送は予定通り、夜明けと同時に行えます」

 

 

 

「ありがとうございます、隊長」

 

 

 

兵士たちを代表して部隊長の男がプランに報告すると、彼はマスクの中から少しだけ籠った声で答えた。

威圧的な外見とは裏腹にとても柔らかく、敬意と知性に満ちた声である。

……チグハグだ、と隊長は改めてアリストテレス卿を見ながら思った。

 

 

 

多くの戦場を経験し何度も命のやり取りを切り抜けてきた自負が隊長にはある。

レベルもその度に向上し、彼のレベルは74。

クラウン帝国の中でも上位に位置し、このまま順調にレベルアップとキャリアを積めば将来的には出世も夢ではないだろう。

 

 

 

そんな彼から見てアリストテレス卿は……言葉にしづらいが、あえて一言で言えば“不気味”である。

勿論彼の身なりや纏っている鎧もそうであるし、プラン卿が意図的に侮られない様に振舞っているのも判る。

しかしそれを差し置いてもアリストテレス卿と相対していると背筋が冷たくなる時が隊長にはあった。

 

 

 

「此度は何名ほどになりますか?」

 

 

 

「予定では278人となっています。

 いつも通りにやれば問題はありません。よろしく頼みますよ」

 

 

 

ヴァナヘイムより混翼の者達を引き取り各国で教育/訓練し戦力へと加える計画は問題なく進んでいる。

既に4度、あの腐り切った病み村からプランは混翼の者達を引き抜き、望んだ国へと送っていた。

経過は全く以て順調。特にクラウン帝国においては既に何名かが頭角を現してきてさえいた。

 

 

 

 

最初の一度目は半ば自暴自棄になった者たちが多かった。

アリストテレスの言葉を信じる事など出来ないが、それでもここで座して死ぬよりはマシだとしてヴァナヘイムを後にした者たちだ。

 

 

二度目は後がないモノたちだった。

外の街にいけばほんのはした金程度で買える安価な薬で治る病……。

 

───ヴァナヘイムにおいては治癒不可───

なソレを患った者たちが中心に参加を表明した。

助けてくれ、治してくれ、と命乞いを行いながら。

 

 

もちろん彼らの治療費をアリストテレス卿は支払い、問題なく完治した後に訓練が開始されている。

多くはただの肺炎、劣悪な環境および酷い栄養状態からくる衰弱などで一週間もあれば治る。

ミョルニルの一件において発生した膨大な竜の残骸や墜落したアイガイオンの解体によって仕分けられた素材の手数料など、数十億エルの収入を得た彼にとっては天翼族数百人の治療など雀の涙ともいえない額なのだ。

 

 

 

三度目は熱狂と共に迎えられた。

ミョルニルの件の少し後に訪れれば、既に噂は広まっており我さきとアリストテレス卿の下に彼らは群がった。

 

 

 

そして四度目。

既に病み村は閑散としており、ヴァナヘイムの淀みはもう間もなく終わる事だろう。

 

 

 

隊長は脳裏にクラウン帝国にて訓練を受けている彼らの姿をよぎらせた。

誰も彼もが、それこそ男であろうと女であろうと恐ろしいまでの量の訓練に身を投じる彼らの姿を。

同時に決して良い環境とは言えない三人一組の部屋を与えられた際、涙を流して感動していた姿もだ。

 

 

 

隊長は決して忘れないだろう。

部屋を紹介した際に

「え? こんなに豪華な部屋を宛がって貰っていいのですか?」

と問われたことを。

 

 

 

今まで誰にも必要とされず、存在さえ認められなかった混翼たちは事ここにおいて凄まじいまでの向上心を見せていた。

何百年も否定され、積もりに積もったうっ憤を全て鍛錬に叩きつけるような鬼気迫る様子であるとプランは聞いていた。

正真正銘、これが最後のチャンスだと考えている彼らの向上心はルファスに迫るものがあるのだ。

 

 

 

これは嬉しい誤算であった。

当初の予想よりも彼らは戦力として間違いなく大きくなる。

飛行能力を持ち、どんな劣悪な環境であろうと行動可能で天法や天力に対して強い適性を持つ精鋭部隊の誕生まで長くはないだろう。

 

 

しかも超長寿の為、普通の兵士にありがちな全盛期を超えた際の能力の低下なども存在しないときたものだ。

今はまだ始まりだが、もしかしたら長い年月の後はクラウン帝国の上層部の入れ替えも起きるかもしれない。

最もそのころには人間である隊長は死んでいるだろうから、気にしても意味のない話だ。

 

 

何はともあれ全ては順調。

病み村にうち捨てられていた者達は順調にヴァナヘイムより“スカウト”されており、もうそろそろあの村はもぬけの殻となることだろう。

 

 

 

「……閣下」

 

 

 

「何でしょうか」

 

 

 

隊長の言葉にアリストテレス卿は視線だけを彼に向けた。

一瞬だけ言葉に詰まった男であるが彼は軍人だ。

直ぐに気を取り直し、己の意見を口にした。

 

 

 

 

「天翼族とは……全員が()()なのですか?」

 

 

 

彼はクラウン帝国の軍人だ。

多くの戦いを経験し、命のやり取りだって何度も切り抜けた歴戦だ。

そんな彼をして……天翼族の偏見/差別/排他性はおぞましいとしか表現できなかった。

 

 

 

知識としては知っていた。

クラウン帝国において高等教育を受けた彼は一応は人類七種について一通りの知識をもっている。

もちろん天翼族が翼の色や形などにとてつもない、狂気的としか言えない拘りを抱いている事も。

 

 

 

しかしそれはあくまでも教科書に書かれている一文に過ぎない。

“天翼族は翼の劣ったモノを排斥する傾向がある”という短文で彼らの数万年にも及ぶ狂気は纏められてしまっている。

 

 

 

現実は軍人である彼、いや、この任務に配属された全ての者達が絶句するものだった。

人は同じ人に対してここまで悪意を抱けるのかとさえ思った。

 

 

 

 

「“全員”ではありません。しかし例外は本当に極わずかですね」

 

 

 

彼の知っている限りソレは一人だけだ。

一応表に出さないだけで探せば見つかるかもしれないが、そんな無駄な事はしないほうがいいだろう。

 

 

 

アリストテレス卿は平然と答えた。

小さく頭を振って彼は淡々と続ける。

 

 

 

「彼らにとってアレが普通の状態なのです。

 むしろ混翼の者達を必要とする我々こそ異常者に見えているでしょうね」

 

 

 

 

「彼らは変わらない。

 きっとこの先数百年、数万年経とうと。

 だから我々が変化する必要があるのです」

 

 

 

諦めを通り越した彼の言葉は無機質だった。

人間性を感じさせない【バルドル】の装いと併せて隊長は自分がゴーレムと話をしているのかとさえ思った。

余りに無感動。表面上だけ聞けば暖かい穏和な声に聞こえるのがまた質が悪い。

 

 

 

 

「……おや?」

 

 

 

 

唐突にアリストテレス卿が呟き、明後日の方角を見る。

マスクの中で【観察眼】が発動され、ソレはグルンと周囲を見渡した。

瞬く間に陣地内の構造を読み取り、幾つか相応しくないモノを彼は見つけ出す。

 

 

 

 

「……11番、5番、9番テント。

 裏側に積まれた木箱の中を確認して下さい」

 

 

 

いきなりの指示に隊長は一瞬だけ停止した。

が、しかし彼は直ぐに意識を切り替える。

アリストテレス卿の声が僅かばかりに硬くなっていたというのも大きな要因だった。

 

 

 

 

「は、直ちに!」

 

 

 

 

一も二もなく彼は上官であるアリストテレスの命令に従うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは“可塑性爆弾”と呼ばれるものです。

 または“粘土ボム”や“プラスチック・ボム”とも呼ばれる事もあります」

 

 

 

テントの中、隊長を始めとして何人もの兵士たちが集う前でアリストテレスは淡々と机の上に置かれた物体の説明をしていた。

木製のテーブルの上に3つほど詰まれたレンガの様な形状の物体はありたいに言ってしまえば爆弾である。

薬学の調合に秀でているエルフが魔法と薬学を駆使して作り上げた兵器だ。

 

 

これ内部には「火」属性の魔力が練り込められており、それらは魔力か高純度のマナを与えると急激に爆発するというものだ。

 

 

爆弾という単語に兵たちがざわめく。

今回、混翼の者達を収容する予定だったテント。

その裏側に設置されたこれは明らかな悪意と殺意に満ちたものだった。

 

 

「起爆の心配はありません。既に自分が解除しました」

 

 

 

誰もが気になっている要点を簡潔に述べた後、アリストテレスは集まった面々を見渡す。

もう一つの皆の疑問───即ち、誰が犯人かについての所感を彼は淡々と述べた。

 

 

 

 

「心苦しい話になりますが、犯人は天翼族の可能性があります」

 

 

 

あぁ、やっぱりなと隊長を含めた者たちは思った。

本当にうんざりする気持ちを誰もが抱く中、アリストテレスはもう一つの可能性についての分析を話し始める。

 

 

 

「魔神族という線もありますが、彼らの場合はもっと派手にやることでしょう」

 

 

 

魔神族であるならばそもそもコソコソ隠れて爆弾を設置などしない。

彼らにとって人類の殺傷は文字通り生きる理由であり食事なのだ。

大雨の夜という最高の状況を活かし、堂々と襲撃をかけてくるはずだった。

 

 

 

何より魔神族というマナの塊の接近をプランは感知していないのが決定打である。

かつてヴァナヘイム周辺の宿で寝泊まりしたように、彼らが近づけば確実に彼は気が付けるのだ。

 

 

 

「天翼族の多くは【モンスターテイマー】のクラスを持っています。

 小型で隠密性の高い魔物を用いればこのような破壊工作も十分可能かと」

 

 

 

「この件は自分にお任せください。

 皆様は引き続き夜が明け次第、ヴァナヘイムから混翼の者達を引き取る準備を進めておいて下さい」

 

 

 

反論はなかった。

アリストテレス卿がやると言った以上、この場で最も指揮権とレベルの高い彼に意見を言えるものはいないのだ。

 

 

 

兵士たちが敬礼しそれぞれの持ち場に戻る中、アリストテレスは隊長へと向き直る。

 

 

 

 

「では自分はこの件の対応に当たります。

 しかし、何か違和感などがありましたら何でも報告してください」

 

 

 

「畏まりました」

 

 

 

 

強く頷く隊長を認めてからアリストテレスは雨の降り注ぐ夜の中に身を投じるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

【観察眼】

 

 

 

蒼い瞳が輝き、世界が様相を変える。

理解に苦しむ数式が躍る世界を観ながら彼は何度か調整を行い、大地に残った微かな足跡と匂いの残滓を煙の様な形で認めた。

あの爆弾の詰まった箱の重さは10キロ弱。

如何に小型の魔物と言えど、それを背負って歩き回れば雨によって泥の様になった地面に深く痕を残すのは当然と言えた。

 

 

 

 

【レンジャー】のクラスとはこういう時の為にあるのだなと改めてプランは思っていた。

各種工作、野戦、翻弄。

それが本来の【レンジャー】の役割なのだ。

 

 

 

足跡をたどっていく。

 

 

ビシャ、ビシャという水が跳ねる音だけが空しく響いていた。

どうやら仕立て人は木箱一つにつき一匹の魔物を用いていたらしいと彼は分析していく。

バラバラだった足跡の列が一つにまとまり、森の奥へと繋がるのをプランは見て取った。

 

 

 

暫く進めば、少しばかり開けた森の中の空洞をプランは見つけた。

恐らくあそこが合流地点だなと当たりを付けた彼は木々の影に隠れて様子を伺うことにした。

暗闇の中ではあるが、彼の眼は人影を見つけていた。

 

 

 

 

 

「……ぃ……くは……だ……か」

 

 

 

「……し……ど……して……」

 

 

 

雨音に交じって男同士の会話が聞こえてくる。

彼らの足元には小型の……恐らく猫かリス辺りが変異元であろう魔物が居た。

なるほど、あれならば夜の闇に乗じて兵士たちの眼を盗んで爆発物を設置できるというのかとプランは納得を得る。

 

 

 

 

 

あえて足音を立ててアリストテレス卿は彼らに堂々とした様子で近づく。

とたん、ぎょっとした顔を男たちは見せた。

背中の翼が痙攣する様に震え、次に怯える様に縮む。

 

 

 

 

「こんばんは。少しお時間を貰えますか?」

 

 

 

片手を上げてフレンドリーに挨拶をする。

次に何の要件で来たか判りやすくするために彼らから送られてきたプレゼントの一つをドサッと地面に投げ捨ててやった。

 

 

 

 

「自分はプラン・アリストテレスという者です。

 ジスモア卿および各国の依頼の下、とある任務でヴァナヘイムへとやってきました」

 

 

 

 

わざとらしく恭しく頭を下げてやると、途端に二人は己の魔物を肩に乗せてから翼を広げて空へと逃げ出し……動きを止めた。

プランはリボルバー銃を抜き取り、相手に向けたのだ。

発砲はまだしていない。まだ。

 

 

 

 

銃口を向けられた二人は瞬間的に逃げられないと悟ったのだろう。

夜の闇と雨風に紛れてどれだけ必死に飛翔しようが、逃走は不可能だと。

彼らは常に強者の目線に怯えて生きてきた存在である故に、そういった嗅覚が非常にきいた。

 

 

ゆっくりと両手を頭の上に上げて降りてくる。

瞳の中にあったのは隠しようのない怯えだった。

 

 

 

 

「ご協力ありがとうございます」

 

 

 

「────っ!」

 

 

 

 

煽っているのかとさえ思える余裕の態度に男たちの瞳に屈辱が浮かぶ。

歯ぎしりしながら彼らはプランを睨んでいる。

似た顔つきの二人であった。恐らく兄弟だろうなとアリストテレスは考察しつつ口を開く。

 

 

 

「さて、早速ですが……あの木箱を配置したのは貴方達ですね?」

 

 

 

 

「何のことだ……っ! 

 そんなもの、俺は知らないっ……!!」

 

 

 

例の如くしらばっくれ出す男にアリストテレス卿は何の感慨も見せない。

物的証拠は確かにない。

だから彼は【サイコスルー】で粘土の様な質感の四角い爆弾を彼らの顔の手前まで運んでやる。

 

 

コレが何なのかを理解している男の顔が恐怖で引きつった。

アリストテレスは構わず続けた。

 

 

 

「実はコレが何なのかまだ判っていないのです」

 

 

 

「自分の推察では恐らくただの子供用の粘土だと思っています。

 凄く柔らかいですし、何より微かに甘い匂いもします」

 

 

 

 

カチ、カチ、カチと歯がかみ合わされる音が響きだす。

びっしょりと濡れた男の頬を伝うのは汗とは違う水分である。

ミズガルズ製の“可塑性爆弾”の起爆方法はいくつかある。

 

 

 

製作者があらかじめ設定した魔力を用いるか、もしくはマナ・ダイアモンドを原材料に使った起爆装置を使うかなどである。

原理としては物質化したマナを微量流し込むことにより急激に爆弾の内側に込められていた「火」属性の魔力が活性化し、一気に燃焼/爆破という流れだ。

 

 

【バルドル】が稼働する。

彼の掌にマナがかき集められ、急ごしらえの起爆キーが作り出された。

少しずつソレをアリストテレス卿は爆弾に近づけだした。

 

 

男にはソレが何を意味するか判っている。

あの中にはテントの周囲を丸ごと吹き飛ばし、大地を陥没させるだけの魔力を込めているから。

つまりあのキーが触れた瞬間……。

 

 

だからといって逃げる事も出来ない。

本能でアリストテレスの銃からはどう足掻いても逃走は不可能だと彼らは悟っている。

 

 

 

「本当に判らないのです。貴方方はご存じでしょうか?」

 

 

 

 

雷が鳴る。鳥の骸顔がじっと自分を見つめていた。

不気味な骸に彼らは自分たちの生末を見てしまった。

アリストテレス卿の顔には躊躇いなどない。

 

 

 

この場で自分たちを粉々にしても、数時間後にはどうでもいい事と処理するような冷淡さだけがある。

 

 

 

「わ、判った! 爆弾だっ!! 

 それは俺たちがあんたを邪魔するために用意したんだ!!」

 

 

 

だからやめてくれと涙を零しながら男は懇願し、白状した。

もう一人の男はあまりの緊張感に半ば意識を失っているようで、たったまま白目を剥いていた。

 

 

 

「ありがとうございました」

 

 

 

爆弾が【錬成】によって崩れる。

粘土が無数の花びらに変わると、ソレは雨に流されていった。

とたん、緊張の糸が切れた男は地面に尻もちをついてアリストテレスを見上げる。

 

 

 

じっと無機質な瞳に見つめられ、男は耐えきれなくなったのか語り出す。

 

 

 

「……怖いんだ」

 

 

 

アリストテレスは頭を傾げた。

念のため彼は二人の翼を見るが……綺麗とは言えないまでもそこそこに整った形と、僅かに濁ってはいるもまだ白と言えるようなモノであった。

身なりも普通。少なくともヴァナヘイムにおいての被差別者ではないようだった。

 

 

 

今は。

 

 

 

 

「あんたがあいつらを連れて行ったら……。

 ヴァナヘイムの奴らは次は俺たちを迫害するに決まってる!」

 

 

 

「今はいいさ! 

 辛うじて俺たちも一応は天翼族として認められているからな!! 

 だけど、本当にギリギリなんだ!!」

 

 

 

翼を大きく示す。

少なくともプランには何の問題もあるようには見えなかった。

確かに白というには微妙だが、それでも灰色という程でもない。

 

 

 

形だってそんなに悪いとは思えない。

少なくとも人間種である彼から見た限りの話ではあるが。

 

 

 

 

「普通の翼じゃないですか。何処に問題が?」

 

 

 

あえて判っていながら彼は男たちの逆鱗を逆なでした。

自分が思っていた以上に深い天翼族の業を知るために。

 

 

 

 

「何処がだッッ!!」

 

 

 

男の怒りが迸る。

まるで出会った当初の彼女の様に彼は思いのたけをぶちまけた。

 

 

 

 

「紙一重なんだよッ!!! 俺たちの翼は、辛うじてなんだッッッ!!!」

 

 

 

今まで生きてきて一度も晴れた事のない恐怖を彼は叫ぶ。

一日一日、どれほどの恐ろしさと隣り合って生きているかを。

 

 

 

「色も、形も!! 

 あとほんの少し劣化するだけで、俺とこいつは天翼族と認められなくなっちまう!!!」

 

 

 

翼を整えるためにあらゆる努力をしている。

プランがヴァナヘイムに持ち込んだ各種美容品を用いたり、効果があるのかないのか判らないマッサージをしたり。

毎日毎日女神に祈りだって捧げている。

 

 

 

ギリギリの綱渡りの日々であった。

大貴族であるジスモアでさえ身内から出た黒翼のせいで心が折れ、精神疾患を引き起こすまでに追い詰められたのだ。

ならば、ただの一般人でしかない彼らではどうなるか……。

 

 

 

いつもいつもヴァナヘイムの最下層ではいずり回る者達を見る度に二人は常に思うのだ。

“絶対にあそこには堕ちたくない”と。

少なくとも、人として認められて生きていきたいと。

 

 

 

 

「今はいいさ!! まだ俺たちよりはっきりと劣る奴らがいるからな!!」

 

 

 

 

明確な劣等者───混翼の者達がいなくなればどうなるか?

天翼族はもちろん喜ぶだろう。やった、汚らしいゴミがヴァナヘイムから消え去ったと。

それでめでたし……とはいかない。

 

 

 

次を探すのが天翼族だ。

彼らは気高い空に君臨する種。

故に、自分たちの正統性/高貴性を実感するための糧を常に必要としている。

 

 

 

ピラミッドの一番下が無くなったらどうなるか?

決まっている、二番目が最下層に設定されるだけだ。

つまるところ、気持ちよく虐めてもいい予備などヴァナヘイムには腐るほどいるというわけだ。

 

 

 

 

「あんたのやってる事は俺たちにとっては迷惑なんだよ!!」

 

 

 

憎悪で目を血走らせながら男は叫ぶ。

勝てないというのは重々承知しつつ、ここで一矢報いるために無謀な行動さえしかねない圧がそこにはあった。

 

 

 

が、アリストテレスは動じもせずいつも通りの声音で答えた。

彼は顎に手を当てて首をひねるようなわざとらしい動作をする。

 

 

 

「そうですか、なるほど。天翼族というのは自分が思っていた以上に複雑なのですね」

 

 

 

「しかし、だからといって止める訳にはいきません。

 この計画には自分はともかく、何千という人々や多くの国が関わっているのですから」

 

 

 

立ち上げは確かにプランの発案であった。

しかし混翼派たちの凄まじい執念によって当初の予想を大幅に上回る益が人類全体に出る事は確定している。

クラウン帝国では精強な兵士が、プルートではどんな高い所でも作業できる工作員が、ユーダリルでは天翼族に任せていた空路交易を独自で行える見込みさえ立っている。

 

 

 

将来的にミズガルズにおいて彼らは大きな役割を担うだろう。

もはや金には代えられない価値が混翼の者達にはある。

つまるところ、やっぱりなしは通じないのだ。

 

 

 

たった二人の個人と複数の国家をバックに持った貴族。

どちらが強いかなど言うまでもない。

プラン・アリストテレスを止めることも倒す事も出来ないと悟った男の顔に絶望が浮かぶ。

 

 

そもそも、今回の件をアリストテレス卿が正式にヴァナヘイムに抗議すればそれで彼らは終わりである。

 

 

 

 

「そう悲観することはありませんよ」

 

 

 

無機質な声だったが、不思議と頭の奥底まで染みわたる声でアリストテレス卿は男に告げる。

じっとりと、存在の奥底に絡みつくような囁きであった。

 

 

 

「ヴァナヘイムを捨てればいいのです」

 

 

 

「山を出て何処に行けっていうんだ……」

 

 

 

項垂れて答える彼にアリストテレスは淡々と続けていく。

 

 

 

「見た所お二人は【モンスターテイマー】のクラスを所持しており、簡易とはいえ可塑性爆弾を扱える技術をお持ちの様だ」

 

 

 

「ミズガルズにおいては文字の読み書きさえ出来ないモノもそれなりにいるのですよ。

 君たちのスキルは立派な武器になります」

 

 

 

「何なら自分がプルートかユーダリルに紹介の手紙を書きましょう。

 下積みから始める事になりますが、少なくとも翼どうこうで差別はされません」

 

 

 

 

余りに虫のいい話であった。

幾ら未遂で終わったとはいえ、普通は己の大切な計画を爆破しようとした者に掛ける言葉ではない。

虫が良すぎる。あまりにうますぎる話だった。

 

 

 

何を……すればいい……?

 

 

男は今だ意識を混濁させている弟の肩を掴みながらアリストテレス卿を見上げて呟いた。

すると彼は一言だけ述べた。

 

 

 

 

「いくつか教えて頂きたい事があるのですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今回で4度目。

 ヴァナヘイムの下層にいる濁翼の者たちの移送作業は完了したといっていいでしょう」

 

 

 

 

雨がやみ、朝が来てからプランは予定通り全ての作業を終わらせていた。

その後に彼はジスモアの屋敷を訪れて微笑みながら彼に“掃除”が完了したということを伝えているのだ。

美しい白い翼の都市はたまりにたまった淀みを清掃され、また一段とその純度を増したという事だ。

 

 

 

 

「実に喜ばしいな!! 君は本当に、ああ、本当に人間種だというのが惜しい!!」

 

 

 

歓喜を浮かべ、喝采を上げるのはジスモア・エノクである。

美しく白い翼をもった彼は心許せる数少ない存在であるプランの言葉とその偉業に心からの喜びを抱いていた。

プラン・アリストテレスとジスモア・エノクの間にある友誼は少なくとも本物なのだ。

 

 

 

「それはそうと……その袋は何かな?」

 

 

 

ジスモアが指さしたのはプランが担いでいた大きな革袋であった。

どうやらそこそこの重さがあるらしく、床に置いた時にドンという音を立てていたのを彼は覚えていた。

 

 

 

「……この場には相応しくないのは重々承知ですが、お伝えしなくてはならない事柄の証拠としてお持ちしたのです」

 

 

プランの顔に影が差し、少しばかり雰囲気が暗くなった。

誰でも判る程に彼は気配を重々しくし、これから話す事柄が決して愉快なものではないと先んじて伝えていた。

 

 

 

 

「実は昨夜、我々の拠点に破壊工作を仕掛けられたのです。その仕立て人は魔神族でした」

 

 

 

“魔神族”という単語に息を呑む気配を感じつつプランは続ける。

 

 

 

「幸い事前に察知できた為、仕掛けられていた工作は無力化できました」

 

 

 

「魔神族も無事に討伐を完了し……その証拠がこちらになります」

 

 

 

ほら、とプランは袋を指す。

二人分の丸いナニカが入った袋を。

ちょうどスイカかメロン程度の、丸い物体が袋の中には入っていた。

 

 

 

 

「此度の計画の事を知る者は多くはありません。

 特に昨夜、我々があそこで野営をしていた事を知る者は。……つまり」

 

 

 

「情報が洩れているのか」

 

 

 

えぇとアリストテレスは頷く。

目を閉じて何かを考え込むような顔をしながら彼はジスモアに言った。

 

 

 

「竜王が魔物を集めた今、空いた縄張りに魔神族が入り込んでいるという話を聞きます。お気を付けください」

 

 

 

 

「ありがとう。君の言葉ならば皆も聞いてくれることだろう!」

 

 

 

恐れ入りますとアリストテレス卿が恭しく、完璧な動作で一礼する中ジスモアは笑うのであった。

つられてプランも微かに微笑んだ後「それでは最後の詰めがありますので」と言って袋を持ち上げて退室する。

 

 

 

 

「……………」

 

 

 

一人残されたジスモアは鋭い瞳でプランの出て行った扉を見つめ続け……不意に脱力してため息を吐いた。

 

 

 

「何をやってるんだ、俺は……」

 

 

 

 

掠れた声で呟く。

彼には珍しい弱音であった。

 

 

 

 

種明かしをするならば、情報を漏らしたのはほかならぬジスモアである。

もちろん直接誰かに伝えるようなことはしない。

うっかり書類の一部を机の上に置き、そこにたまたま少しばかり口の軽い使用人が来るように仕向けた……それだけである。

 

 

ヴァナヘイム中に監視網を持つ彼は当然、劣った翼の者たちの予備軍が居る事もしっており、それらが怯えている事も知っている。

何も彼はしていない。たまたま書類を机の上に置いていただけ。

自分の屋敷での行動に何の非がある?

 

 

 

結果はこれだ。完全に読まれていた。

アリストテレス卿は完全に気が付いた上で、魔神族というスケープゴートを用意までしてジスモアに忠告を行ってきたのだ。

丁寧にプルート辺りに行って余分な魔神族を生産してまでだ。

 

 

 

生後5秒で斬首された魔神族がどんな顔をしていたかは誰にもわからない。

 

 

 

「……何だ、ナニカがおかしい」

 

 

 

自分で自分の行動を見返して違和を彼は覚えた。

大貴族エノクの家の当主として、何よりプラン卿の友人として、明らかにおかしい。

気持ち悪い違和感がぬぐいきれない。

 

 

 

 

こんなつもりじゃなかった。

彼は心からプラン・アリストテレスという人間に友情を感じている。

もしも彼が天翼族で、己の隣にいてくれたら全てがもっと上手くいくのにと思う程に彼を信頼している。

 

 

 

そんな彼の心を微かにさざ波立たせたのはアリストテレス卿が吸血姫ベネトナシュの説得に成功し、人類共同体の重要な骨組みの構築に成功したという報である。

いま、人類は魔神王さえも超えうる脅威であるラードゥンを前に一つになろうとしている。

このまま進めばプラン・アリストテレスはクラウン帝国を始め、各種族、各国、各組織を束ねた超巨大な同盟を作り上げるだろう。

 

 

 

見事としか言いようのない偉業である。

まさしく彼こそ現代の芸術家であるとジスモアは手放しで友の成果を称えていた。

 

 

 

 

 

魔物に魔神族、恐竜まで俺たちを脅かしている。

だからこそ俺たち人類は一つにならなくちゃいけないんだ!

 

 

 

 

俺たちの翼が世界を一つにする! 

 

 

 

我ら天翼族が全ての人類を纏めて導くんだ! 

俺はな、人々が何にも脅かされない世界を見たいんだ。

 

 

 

 

かつての誰かの言葉が脳裏をよぎる。

天翼族の悪意を知らず、世界の何たるかも判っていなかった愚か者。

己の愛する人も守れず、■を苦しめる事しか出来なかった屑の言葉が。

 

 

 

 

いま、愚か者の夢が叶おうとしている。

外ならぬプラン・アリストテレスの手によって。

そんな現実を認識するだけで彼の胸中では想像を絶する黒い炎が吹き上がろうとするのだ。

 

 

 

 

 

ジスモアは頭を手で覆い、机に顔を突っ伏した。

必死に己の心を抑え込む。

何のために自分は妻を捨てた、夢を叶える為だろうがと言い聞かせる。

 

 

 

心の底から悩みや夢を打ち明けられる者はもう彼の隣にはいない。

彼はたった一人で、心の奥底から湧き上がる理解できない程のナニカと戦うしかないのだ。

 

 

 

「……アウラ」

 

 

 

 

たすけてくれ。

 

 

 

震えながら男は言うのであった。

 

 

 

 

 

遥か空の彼方で、怖気が走るほどに美しい女が微笑んでいる……。

 

 




おいでませヴァナヘイム。
今なら入場料500エル。
白翼にして心清い天翼族が貴方をお待ちしています。



───ヴァナヘイムの観光パンフレットより。
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