ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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今年中には大きく物語を動かしていきたいですね。


ルファスのレポート/カルキノスのスケッチ

 

 

 

ミョルニルの一件がおちついて暫くした頃。

その日、リュケイオンにあるアリストテレスの屋敷は喧騒に包まれていた。

 

 

 

ガタガタガタガタガタ……。

 

 

まるで小規模な地震の様に常に揺れ続け、食器棚の中のガラスの杯などがカタカタと乾いた音を立てていた。

しかし別にこれはリュケイオンに地震が来たというわけではない。

屋敷の中にいる人物……ルファスが椅子に座りながらひたすら足を揺すっているせいであった。

 

 

 

レベル500、人外の中の人外である彼女の身体能力は少し苛立って足を震わせるだけで館そのものが小刻みに震えてしまうものがあるのだ。

 

 

 

 

「………むぐぐ」

 

 

14歳の子供とは思えないしかめっ面で彼女は机の上に広げたノートと向き合っている。

あーでもない、こーでもないと何度も書いては消し、書いては消しを繰り返し必死に彼女は何かをかきあげようとしていた。

背の翼もまた少女の声に合わせて大きく開いたり、小さくたたまれたり、突発的にバサバサと動きだしたりと忙しない。

 

 

 

 

 

ルファスが何故ここまで悩んでいるのか?

それは……彼女は今、人生で初めて母と旅行に出かけるからだ。

勿論プランも同伴はするが、彼の事は努めて頭の中から彼女は追いだしていた。

 

 

 

 

話は以前ルファスが「次に他の国に行くときは私も連れて行け」とプランに誓わせた件に遡る。

嘘さえつかなければ何をしてもいいと考えている汚い大人を締め上げた話だ。

あの後プランが出立した国はヴァナヘイムであった故に当然ルファスは同行などしなかったわけであるが、今度はプルートに旅立つことになったのだ。

 

 

 

 

プルートに行くという報を受けたルファスの動きは早かった。

彼女は仁王立ちし、大きく目を見開き翼を広げてプランに詰め寄った。

「私も行くぞ。拒否は許さん」と彼に命令すれば呆気ない程にプランは許可を出し、少女は溜飲を下げた……まではよかった。

 

 

 

 

母が、アウラ・エノクが何と自分も行きたいと言い出したのだ。

このリュケイオンに席を移し4年間、滅多なことでは自己主張をしなかった彼女の初めての願いだ。

プランは驚いたがもっと驚いたのはルファスである。

 

 

 

母が、お母さんが、私と、一緒にプルートに行く?

瞬間、彼女の頭はフル回転し、以前母に語った言葉を瞬時に引っ張り出す。

 

 

プルートの街並みの良さ。

宛がわれた部屋にあった“温泉”のすばらしさ。

そして何よりあの街では誰も自分たちの翼を理由に攻撃などしてこないという事を。

 

 

 

 

 

────いつか一緒に行こうよ。

 

 

言った。

確かに、自分は、母を誘った。

あの時は次はいつになるかなど判らない、不確定な未来への展望であった。

 

 

 

そして母はこう答えた「えぇ、楽しみね」と。

母は覚えていてくれたのだとルファスは悟った。

 

自分にとってはなんて事のない一言であっても

他者には大きく残り続けることがあると少女は身を以て知ったのだ。

 

 

その後の彼女は飛び跳ねて喜びを表すことになる。

 

普通の子供が欲しいモノを買ってもらった時の様に何度も何度もピョンピョンと跳ね回り「やった!やった!!」と叫びながら笑顔を振りまく。

 

 

普段の彼女を知る者が見ればぎょっとして己の眼を疑う光景であったが、彼女にとってはそれほどまでに嬉しい事だったのだ。

 

 

 

ルファスの夢の一つであった。

いつかヴァナヘイムの惨めな暮らしを母と共に抜け出たら、一緒に何処か楽しい所に旅行に行くという事が。

寒い夜、互いに熱を分け合いながらいつかこうなればいいなという未来の希望の中の話が現実になった少女の感動は計り知れないものがある。

 

 

 

出立は四日後であるとプランに伝えられた後のルファスの動きはすさまじかった。

彼女は恐ろしい勢いでプルートの地形などをプランから聞き出し、改めて母と何処をどう回ろうかと考え込み、計画書を作成し始めたのだ。

何せルファスにとっては生涯の夢でもあった母との行事なのだ、気合も桁が違うのも頷ける話だ。

 

 

 

 

「ぐ……! ちがう、こんなんじゃ……」

 

 

 

 

歯ぎしりしながらルファスは24個目の計画書を没にする。

決して妥協できない事柄である故に彼女は幾度も幾度も計画を作っては捨ててを繰り返し続けていた。

もっと、何か、母を完全に、完璧に満足させられる何かがある筈だと少女は頭を捻り続けている。

 

 

「どうすればいいんだ……」

 

 

朱色に変化した毛先を指で弄りながら彼女は椅子に身を委ねて天を仰いだ。

結果はどん詰まりである。頭の中で何回考えても母を満足させられないと彼女は嘆いた。

母をたのしませたい、喜ばせたいという思いが強すぎて空回りしているのだ。

 

 

真っ赤に充血した瞳で白紙のノートを睨みつける。

彼女は己の立案能力の一つを恨みながら、どうするかと思考を煮込み続けていた。

だから、部屋の扉がノックされた後に開いた事や後ろから誰かが接近してきていることにも気が付けなかった。

 

 

 

「ルファス」

 

 

 

「────!!」

 

 

 

名前を呼ばれ、翼が大きく広がり羽が逆立つ。

一瞬息を呑んだ後、彼女は己が動揺した事を悟られない様にゆっくりと振り返った。

やはりというべきかそこにいたのはプランであった。

 

 

 

ほっと安堵の息を少女は漏らす。

間違っても母にこんな所は見せられない。

私はあの人の立派な娘なのだから。

 

 

 

「何……」

 

 

 

不機嫌を隠さずに突き放す様に言葉を投げつける。

が、しかし胸中においては少しばかり彼女は安心と期待を抱いていた。

自分一人では立派な計画を立てられないと自覚した彼女は……ちょっとだけこの貴族の力を借りてもいいかもしれないと思い始めているのだ。

 

 

 

「もう何時間も根を詰めてるみたいだったからね。夫人も心配していたよ」

 

 

 

「…………」

 

 

 

“お前には関係ないことだ”

“邪魔をするな、失せろ”

“黙って出ていけ”

 

 

 

これらの言葉をルファスは言おうとしたが口が動かない。

喉までこみあげた言葉は表現できない胸の痛みと躊躇いによって腹へと押し戻されてしまった。

唇を少しだけ噛んでから彼女は紅い目でプランを見つめ、次いで目を伏せた。

 

 

プランは何も言わなかった。

ただルファスが何かを言うのをじっと、暖かく微笑んで待ってくれている。

何故か知らないが、ソレを見ていると気が楽になる。

 

 

 

 

「……夢、だったんだ」

 

 

 

10秒以上の時間を経てから彼女はやっと勇気を振り絞り、己の心境を吐き出すことが出来た。

何時もなら決して踏み込ませず追い払い、拒絶するだけだったが母が絡むとなると話は別だった。

ここで下手に意地を張って、自分だけが恥をかくならばまだいい。

 

 

 

最悪なのは母に嫌な思いをさせてしまうということだった。

それだけはルファスにとって何としても避けなくてはならない事である。

 

 

 

 

「……ヴァナヘイムにいた時からずっと、二人でいつか何処かに行こうって決めてた」

 

 

 

「でもそれは……本当に叶うかどうか判らない話で、私達にとっては夢物語だった」

 

 

 

 

翼が小さく折りたたまれ、自分の身を守る様にルファスの小さな身体を覆う。

ピリピリと羽が震え、ほんの5年ほど前まで経験していた地獄を思い出しながら、連動する様に黒い羽がさざ波を立たせた。

 

 

 

「“いつか二人でこんな場所を抜け出して、もっといい所に行こう”……私達の夢、だったんだ」

 

 

 

 

自由と権利。

ルファスが欲しいモノは最初からそれだけである。

“力”はそれを手に入れる/守る為の手段だけでしかない。

 

 

 

「でも、いざその夢が叶ったら……どうすればいいか判らないんだ」

 

 

 

 

言葉が止まる、その先の簡単な一言を彼女は言えない。

誰かに頼る、そんな誰でもできる事を彼女は出来ない。

意地っ張りな子供の心と、多くの人に裏切られて苦しめられた傷がその先を阻む。

 

 

 

しかしプラン・アリストテレスは大人である。

もちろん彼は言われるまでもなく動いた。

 

 

 

背に隠していた薄い本……主にドワーフ達がプルートへの旅行者に配っているパンフレットを彼はルファスに差し出した。

所々に付箋が張られており、母子が喜びそうな地点が幾つもピックアップされているものだ。

ルファスの瞳が輝き、手を伸ばそうとするが途中で止まる。

 

 

自分が今、彼に弱みを見せたと悟った彼女は手を震わせて葛藤していた。

この冊子があれば間違いなく進捗は進む。

しかしそれは……この男に借りを作る事になってしまうと彼女は考えてしまう、考えてしまった。

 

 

 

(……私は、何をやってるんだ。そんなこといまは気にしている時じゃないだろう……!)

 

 

 

 

自分に憤りを抱く。

どうして、私はこうなんだとさえ思った。

しかし手は微かに震えるだけだった。

 

 

そんな少女にプランは膝をつき目線をあわせていった。

 

 

「最近の自分はあまり誠実ではなかったと思う。

 忙しいという言い訳ばかりで、嫌な思いをさせてしまった」

 

 

 

ミョルニルの件から始まったプランの過剰労働はルファスも知っての通りである。

本当に、本当にふざけた話であると何度心の中で吠えた事か。

 

 

 

……本当はルファスも判っている。

プランがどれだけ重大な責任のもと動き回っているか。

彼の働きによって何人もの人が助かるかなど。

 

 

それでも、ムシャクシャが止まらないのは……一種の病気なのかもしれないと少女は思い始めていた。

もう少ししたら殺す男への執着など邪魔なだけだというのに。

 

 

 

「だから、償いをさせてほしい。

 まずはその第一歩としてこの“お詫び”を受け取ってはくれないだろうか?」

 

 

 

 

「確かに、最近の貴方の行動は目に余るものがあった!」

 

 

 

瞳に輝きを取り戻した少女は生き生きとした様子でプランのここ最近の身勝手なふるまいを列挙し始める。

やれ勝手にリュケイオンからいなくなった、約束していた勉学をいきなりキャンセルした、一緒に食事をとってくれない……。

他にも次は自分もついていくと言ったら、よりにもよってヴァナヘイムに行きやがった等も忘れない。

 

 

 

それら全てをひっくるめての贖罪だとしたらこんなものじゃ全然足りないが誠意として差し出して来たのならば上位者としてルファスも受け取らざるを得ない。

そういう風に理屈を積み上げた彼女は微笑みながら冊子を受け取り、パラパラと軽く目を通す。

実に素晴らしい出来であった。お勧めの店や各種施設の概要はともかくとして、景観や普通ならば余り意識しない隠れた名所などもつぶさに書かれている。

 

 

 

正にこれこそ母との旅行を成功させるための必須アイテムと言えよう。

彼女は冊子を両手で抱きしめたあとプランを見た。

 

 

 

「感謝するぞ。これで、母も喜んでくれるだろう!」

 

 

 

「どういたしまして」

 

 

 

ふふっと彼が微笑む。

リュケイオンの外で会談などを行っている時とは違う人の温かみのある顔で。

しかしルファスは目ざとく更に小さな変化に気が付いた。

 

 

微笑みは微笑みだ。

しかし、何か、何処か……。

 

 

「んー……? 何か、企んでるのか?」

 

 

 

自分でも意識せずに出た言葉に男は一瞬だけ眼を泳がせた。

ルファスはそんな彼の小さな変化を見逃すことはなかった。

彼女自身どうしてかは判らないが、ルファスはプラン・アリストテレスに対する観察眼では誰にも負けないモノがあった。

 

 

スキルのソレとは違う、少女の男に対する恐ろしいまでの超直感と言えた。

ミョルニルへ向かうのを妨害するのがあそこまで徹底的に出来たのはこの直感のお蔭である。

「またか」と彼女は冊子を机の上に置いてから立ち上がり、翼を広げた。

 

 

 

浮力を微かに発揮させて浮かび上がり、彼の顔を頭ひとつ分程度上の高さから見下ろす。

 

 

 

「何か隠し事をしているな! 懲りもせずに!!」

 

 

 

吐けと命ずるが、彼は無言で頭を横に振る。

まるで子供の様な仕草にルファスの眉が吊りあがった。

 

 

 

「そういう事をするなら私にも考えがある」

 

 

 

また椅子に縛り付けられたいか? と問うが彼は苦笑するだけであった。

彼は首を動かして自分の後ろの扉を目線で示すだけだ。

 

 

 

「本当はもう少ししてからの筈だったんだけど……」

 

 

 

仕方ないと彼が肩を落とすと同時に扉が開かれる。

そこにいたのは母であった。

アウラ・エノクは少しだけ申し訳なさそうに微笑みながら娘を見ていた。

 

 

「え……?」

 

 

 

どうして?

何で?

 

頭の中に浮かぶ無数の疑問。

真っ白になった思考で少女は完全に停止してしまう。

 

 

 

咄嗟に出てきた言葉は滅多に彼女が口にしない類のセリフである。

 

 

「ま、まだ出来てない! だけどもうちょっとで……」

 

 

 

“絶対に凄い計画を作るから”

“貴女をたのしませるから”とルファスは男の様な口調も投げ捨てて慌てふためく。

純粋に母を想うだけの娘として彼女は顔を真っ赤に染めて翼を暴れさせる。

 

 

 

彼女の思う“強い自分”とは“立派な娘”でもある。

自分が偉大で強くて、強大な存在になればそれだけ母は喜んでくれるとルファスは思っている節があった。

 

 

 

不甲斐ない。弱い。頼りない。

そんな自分を母にだけは見せたくないのだ。

何でこんなことをあいつはするんだと微かな憎悪さえルファスは抱く。

 

 

そうだ、あいつのせいだ。

あいつがこんな無様な自分を母に晒した。

黒い感情が久しぶりに胸中の奥底から湧き上がり出す。

 

 

 

ギリッと歯を噛み締めて真っ赤な眼で少女は男を殺意さえ込めて睨む。

今の自分はレベル500。この男の倍以上ある。

十分に殺しえると彼女は冷徹な思考を回し、翼を広げて大きく羽ばたいた。

 

 

 

しかし不穏な気配を発する娘にアウラは近づき、肩に手を置いてから柔らかく語り掛けた。

 

 

 

「私がプラン様にお願いしたの……一緒に冊子を読みたくて……」

 

 

 

はにかむ様にアウラは笑う。

母であるという贔屓目かもしれないが、ルファスが見惚れてしまうようなきれいな笑顔だった。

彼女もまた初めての娘との旅行に心を躍らせている身である。

 

 

 

しかしルファスの鬼気迫る様子を前に迂闊に声を掛けられなかった故にその仲介をプランに頼んだというのが真相であった。

 

 

 

「……ほんとう?」

 

 

母が申し訳なさそうな顔で頷く。彼女はプランに対して謝罪していた。

先ほどまで殺気を向けられていたというのにプランは構わないと手を軽く振って答えた。

 

 

(私は……)

 

 

 

一瞬で黒い感情が霧散する。翼が力を失ってシュンっと垂れた。

自分の先走った様子に余計な心配と負担を掛けさせてしまったと彼女は悟ったのだ。

意気消沈した娘の頭を慰めるように撫でてからアウラは言った。

 

 

「プルートのこと、教えてくれる……?」

 

 

 

 

「───うん!」

 

 

 

力強く娘は母の言葉に頷くのだった。

 

 

 

心の底から楽しそうに母にプルートのあれこれを教えたり

一緒にどこの店に行こうかなどと提案をするルファスを少しの間だけ見つめてからプランはそっと部屋を立ち去った。

母子の家族水入らずの空間に自分は不要だと彼は判断したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「HEY! いい感じに落ち着いたみたいですね」

 

 

 

部屋を出て直ぐにプランはカルキノスに話しかけられた。

彼は壁に背を預けて腕を組んでおり、直ぐ近くから聞こえてくる楽しそうなルファスの声に耳を傾けている様だった。

プランは微笑みを顔に浮かべると頷く。

 

 

 

「これを機にあの二人が本格的に親子の時間を取り戻せるようになるのを願うだけさ」

 

 

 

 

「that's right! ……ようやくここまで来れましたね」

 

 

 

 

快活に笑いながらカルキノスは初めてルファスと出会った日の事を思い出しながら深い声音で言う。

あのこの世の全てを憎み、あらゆる全てを拒絶していた少女がやっと普通に母と楽しそうに旅行について語り合う日が来るなんて、実によかったと心から彼は思っていた。

 

 

 

「もうひと踏ん張りだ。あともう少しで彼女たちは普通の親子に戻れる……と、思う」

 

 

 

 

「YES、YES! その通り!」

 

 

 

 

「────本当にフレンドはよくやっていると思いますよ!!」

 

 

 

 

プランが頭を傾げる。

言葉はともかく、カルキノスの様子がちょっとだけ変わった事に彼は気が付いたのだ。

見れば彼は何とも言えない顔でプランを見ていた。

 

 

 

ちょいちょいと手招きをされれば、二人は並んで歩き出し、ルファス達のいる部屋から離れていく。

 

 

 

「ちょっとだけstrollしませんか?」

 

 

 

 

問題ないよとプランは答え、ふと思う。

そういえばカルキノスとこうしてじっくりと話をする機会は余りなかったなと。

彼は良くも悪くも自由で、完成された自由な大人で、放っておいても何の問題もない自立した男性であった。

 

 

 

 

仮にリュケイオンから出て行ったとしてもカルキノスならば何の問題もなくやっていけるだろうなと思う程にプランは彼を信頼している。

そしてこれはいいチャンスだと彼は思った。

竜王の存在と彼の所業について、魔物である彼の視点から話を聞いて見たくなったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

屋敷を出て、昼間のリュケイオンの市街地を目的もなく二人は散歩していた。

時折領民たちが「領主様!」と手を振ってくるのにプランが軽く手を翳して返し、カルキノスが大きく腕を振って答えるという何とも平凡な日常である。

 

 

 

 

「いやぁ、早いモノでミーがリュケイオンに来て……あー何年でしたっけ?」

 

 

 

「5年になる。ちょうどルファス達がくる1年前の話さ。

 あの時は本当に驚いた。まさか水気一つない街道のど真ん中に巨大蟹が出るなんて」

 

 

 

 

しかも様子を見に行けば人語で「ヘェェェルプゥゥ……」などと助けを求めてくる始末。

海や砂浜においては無敵ともいえる戦闘能力を持つ高位の魔物のあんまりにあんまりな様子に退治する気力も失せて、むしろ好奇心が湧く始末だ。

 

 

 

……結果として最高の選択をしたとプランは微かに己を誇っていた。

 

 

 

ハハハハと危うく干し蟹になりかけた男は頭を掻きながら恥ずかしそうに笑う。

冗談抜きで死にかけた思い出は彼にとっては恥ずかしいやらかしであり、今の楽しい時間の始まりでもあった。

 

 

 

「いやぁ、あの時は本当にミーもdead endかと思いましたね! 

 まさかあそこまで地上がパッサパサだとは。

 ある程度は大丈夫なんですが、あれは本当に酷い」

 

 

 

代り映えのしない魔物としての生涯に飽き飽きしたカルキノスは一念発起し生まれ育った深海のとある地方国から地上へと足を運び、砂漠に出迎えられて死にかけたのだ。

「水、水をplease……」とさ迷いながらも行き倒れ、プランに出会ったというのが背景であり、何とも彼らしい話であった。

 

 

 

 

「あの年は10年に一度と言っていい位に酷い乾燥期だったんだ。

 本当に運がないとしか言えない」

 

 

 

「いいえ。ミーはluckyでしたよ。ここに来れたのですから」

 

 

 

本当に前向きな男だなとプランは苦笑し、眩しいモノを見るように彼を見た。

魔物だというのに誰よりも人間らしい彼と話していると自分も彼から元気を分けて与えられているような気さえするのだった。

 

 

 

 

「一つ、魔物としての君に聞きたい事がある」

 

 

 

話を切り出せばカルキノスは無言で続きを促した。

 

 

 

「……“竜王”について、どう思う?」

 

 

 

「つまらない奴ですよ。簡単に言って、ただのBrat(ガキ)Rug rat(クソガキ) ですね」

 

 

 

軽々と吐き捨てる。

遥か格上にして史上最強の魔物をカルキノスは散々にこき下ろす。

単語の意味こそ知らなかったが、それがあまり良くない意味を宿していると悟ったプランはきょとんと彼を見やる。

 

 

 

 

「フレンドがユーダリルにレディと出向いた時、ミーもアレのSolicitationを聞きました」

 

 

 

 

あのルファスさえも引き込まれ掛けた竜王の魔物に対する招集命令。

ミズガルズ中の魔物にいきわたり、数百万単位での大移動を引き起こした“四強”の力の凄まじさを伺わせるエピソードだ。

 

 

 

「まぁ、あの時は料理の仕込みをしていて実は殆どスルーしていたのですがね!」

 

 

 

「はじめて竜王を哀れだと思ったよ」

 

 

プランは肩を揺らして笑った。

あまりにあんまりだな、と。

まさかラードゥンも自分の勧誘が料理よりも下の序列に置かれていたとは思うまい。

 

 

 

 

超越級の魔物からの命令さえも彼にとっては帰宅した友と少女を出迎える料理の準備に比べれば無価値であった。

実際、カルキノスがリュケイオン周囲の異変に気付いたのは魔物の群れの一つが街から10キロ圏にまで迫ってようやくである。

最高位の甲殻類の魔物としてこの街を己の縄張りと認識している彼の本能がそこでようやく魔物たちの接近に気付いたのだ。

 

 

 

 

その後は何の面白みもない話が続く。

領主が不在ながらも街を守ろうと武装し緊張した様子で城壁の上に民たちが集まる中、カルキノスが一人で魔物の群れと相対し「しっしっ」と手を振って追い払ったというものだ。

戦いさえ起きなかった。当時の彼のレベルは630。かの魔竜ノーガードよりも強く、こと防衛戦において無敵ともいえる程に強大な力を誇るのだ。

 

 

 

余りに隔絶した存在の差を悟った魔物の群れはあっという間に進路を変更しリュケイオンは守られた、というものだ。

 

 

 

 

 

「改めて礼を言わせて欲しい。リュケイオンを守ってくれてありがとう」

 

 

 

深くプランは頭を下げた。

竜王の脅威をミョルニルで目の当たりにした今となっては彼の行動がどれほど尊いモノなのか身に染みて理解していた。

身の丈に合わない力を得た結果、狂ったように無節操な殺戮に走った亜人や魔物たちを見た今となってはカルキノスという男がどれほどに“強い”か判るというものだ。

 

 

 

そんな友の様子にカルキノスは大げさな身振り手振りを用いて返した。

 

 

 

「いえいえ! ミーはこの街がlikeですから! 

 それに……自分の居心地のいい場所をguardするのは当然ですよ」

 

 

 

簡単な話でしょう? と言われればプランは頷いた。

己にとって理想の環境を保持し守護する……それは生きとし生ける全ての存在の本能のようなモノだ。

 

 

 

 

「ともかく、ミーは竜王は気に入らないし協力する気もない。それだけです」

 

 

 

力強く魔物として断言すれば、プランは幾度か頷き……懐から黄金色に輝くリンゴを取り出す。

以前彼に分けたモノとは同種でありながら、次元違いに密度の高いマナ集積体である。

ソレをカルキノスへと差し出す。

 

 

 

何回か瞬きをした後、彼はそれを微笑んで受け取る。

言葉はなかった。

まるで日常の動作の様にプランはレベル1000に迫る力を委ね、彼は受け取ったのだ。

 

 

 

 

「それはそうとレディもそうですが、ミーからすると一番変わったと思うのは貴方ですよ?」

 

 

 

 

「え?」

 

 

ルファスにばかり注視していたプランに取って友の言葉は本当に……予想外でしかなく、思わず言葉を発してしまうものであった。

カルキノスの唐突な発言にプランは虚を突かれた様な顔をした。

そんな友人を「そう言う所です」と指摘する。

 

 

 

「昔の貴方だったら動揺なんて絶対にwatchさせてくれなかったですよ」

 

 

 

 

 

「いやいや、まさか……自分がそんな」

 

 

 

 

ない、ない。

自分に変化はないと顔を触って確認する。

良くも悪くも自分にそういう感情の変化はないのだと彼は己に言い聞かせる。

 

 

 

 

「はははは。そんなわけないよ」

 

 

 

 

「…………ハっ」

 

 

 

蟹が鼻で笑う。呆れが大いに混じった鼻息である。

次いでカルキノスは顔を歪め「こいつ何を言ってるんだ?」と言いたげな表情でプランを見た。

プランの微笑みに少しだけ亀裂が走った。唇が微かに震え、眉が痙攣した。

 

 

 

「いやいやいやいや」

 

 

 

 

「………………」

 

 

 

絶対に認めようとしない友人に業を煮やしたのかカルキノスは懐から一枚の紙と鉛筆を取り出すと物凄い勢いで執筆を開始。

 

 

 

「これが出会った時のフレンドのpictureです。何ともdollみたいな顔をしてました」

 

 

 

 

ひらひらと見せびらかす紙にはプランの顔が書かれていた。

人形の様に微笑んでいるだけの人の真似をした怪物の見慣れた顔が。

うん、間違いなく自分の顔だと男は頷き認めた。

 

 

 

 

「次に」

 

 

 

 

裏側にもう一つ違う絵を書く。

高位の魔物である彼の手は精密な動作を軽々と行うだけの能力があり、ものの数秒で完成する。

 

 

 

 

 

「これが今のフレンドです」

 

 

 

 

先と同じ男の顔を見せる。同じように微笑んでいる顔だ。

しかし、しかし……全く違う。

人の熱があり、感情があり、血が通った顔をしている。

 

 

何より眼が違う。

先の顔が肉食昆虫の様に冷徹で恐ろしく無機質なモノだとしたら、こっちは普通の穏和な人間の眼であった。

 

 

 

 

「……誇張しすぎでは?」

 

 

 

受け取った紙の表裏を何度もひっくり返して見比べながらプランは引きつった顔で抗議するが、カルキノスはやれやれと強情な友の態度に呆れを隠そうともしていない。

 

 

 

 

 

「OK! どうやらミーが思っていた以上に貴方はStubbornのようだ」

 

 

 

 

「では、ここは公平に第三者にjudgeを委ねましょうか」

 

 

 

 

そういうとカルキノスは道行く領民の一人に声をかけて絵を見せて意見を聞き始めた……。

 

 

 

 

 

───あぁ、こっちの顔は……父君が亡くなって領主になったばかりの時の顔だな。

 

 

───んで、こっちが今の顔ってわけか。さすがカルキノスのあんちゃんだ。うまく特徴を捉えてんな。

 

 

 

肉屋の男が昔のプランの顔を見てそう評した。

ルファスともそこそこ交流しており、何個も串焼き肉を渡す付き合いの男性である。

彼は先代の時代からプランを知っており、しみじみと感慨深そうに上記の言葉を呟いたのだった。

 

 

 

ちなみにカルキノスは餞別に串焼きを2本ほど貰っており、彼はそれをムシャムシャと食べていた。

うーん、やはりこの腕前にはまだまだ届きませんねと彼は料理人として男の腕に賛辞を送っている。

 

 

 

 

───5年くらい前の顔だね。この時はちょっと怖かったなぁ。こう、笑顔でリボルバーを向けてきそう。

 

 

 

───うん、こっちのが俺は好きだな。やっぱり変わったのってルファスちゃん達が来てからだよねぇ。

 

 

 

 

湖で漁業を行う漁師の言葉だ。

彼もまたルファスのファンの一人である。

よく捕れたての魚を彼女にプレゼントしルファスの気を引こうとしている青年の男性だった。

 

 

 

ルファスからの評は“鬱陶しい奴”やら“魚臭い”やらの散々ではあるが、全くめげないガッツのある男だった。

 

 

 

“敵じゃない”や“悪い奴じゃない”

“魚は美味しかったし、母も喜んでくれた”と彼の名誉の為に付け加えておけるだけの善性の人でもある。

 

 

 

そんな男からのあんまりな評価にプランは空を仰いだ。

笑顔でいきなり銃を向けそうって……そんな危険人物だと自分は思われていたのかと彼は少しだけ傷ついた。

ちなみにカルキノスはまたしても貰った餞別の跳ね回る大きな魚を吟味しどう調理しようかと頭を捻っている。

 

 

 

───昔の領主様ね。顔はいいんだけど、眼がね……昆虫みたい。

 

 

 

───あの二人が来てからの顔よね? 本当に並べると別人だわ。

 

 

 

 

街を歩くとある女性の言葉である。

リュケイオンにおける酪農家の一人であり、牛乳を主に生産している人物だ。

彼女から直球で「昆虫みたい」と評されたプランの眼が揺れ、大きなため息が出た。

 

 

 

昆虫って……いくら何でもあんまりだと彼は思った。

ちなみにカルキノスは貰った牛乳の詰まった水筒をニコニコと見つめていた。

実に高品質の素晴らしい品を手に入れた料理人がこうなるのは仕方なかった。

 

 

 

 

───こんなのりょうしゅ様じゃない!!

 

 

 

 

───こっちがりょうしゅ様だよ!! 裏のひと、誰?

 

 

 

 

教会から帰る途中の子供であった。

10歳にも満たない少年は無機質なプランの絵を見るや否や泣きながら全力で否定しだしたのだ。

余りの喧騒にカルキノスが膝をつき、優しく頭を撫でながら今のプランの絵を見せる事で少年はようやく泣き止むのであった。

 

 

 

プランはふわふわした頭で空をジィっと見つめ続けている。

子供の全身全霊の否定は、彼に少なくないダメージを与えていた。

何も泣く事はないじゃないかと彼が思ったのを誰が責められるだろうか。

 

 

 

 

 

その他その他……道行く人たち……己の民たち全員に同じような事を言われ続け、遂にプランは折れた。

そうかぁ……自分は変わったのか……と。

 

 

 

“変化”に彼は戸惑い、少しだけ恐怖した。

気が付かない内に己が変わっているなど、彼にとっては……恐怖でしかない。

そんな彼の恐怖から声が響いてくる。

 

 

 

 

※  全く、俺たちの“最高傑作”ともあろう者がありふれたつまらない奴になっちまったな。

 

 

 

 

脳髄の奥底、粗野な男の声をプランは聞いたような気がした。

己に出来るかどうかも判らない使命を果たせと促し続ける男の一人の声が。

プラン・アリストテレスはその声に返す様に大きくため息をつき、変わったからといって何だというんだとまた一つ諦めを積み上げるのであった。

 

 

 

彼は全て諦めている。

そこだけは決して変わらないのだ。

 




カルキノスとかいう万能選手。

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