ラスボスからは逃げられない! 作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)
アウラとルファスの旅行計画を決める話し合いはかれこれ2時間にも及び、終わる兆しは一向に見えない。
難航しているのではない。盛り上がりすぎているのだ。
自分でも驚くほどにルファスはスラスラと言葉を発し続け、母に次々とプルートの事を伝え続けていた。
紅い瞳を年相応に輝かさせ、レベル500の竜さえ超えた力をもつ存在とは思えない様を少女は見せている。
「プルートは入るまでが少しだけ面倒だけど
一度開けた場所まで行けば後は綺麗な青空が見えるよ」
洞窟の中で起きた不快な出来事はもちろん母に言う訳がない。
ただ少しだけ狭い通路は空を好む天翼族からすると不快かもしれないという注意だけを母に伝える。
アウラは娘の忠告を微笑みながら聞き「ならば手を繋いでいきましょう」と提案した。
もちろんルファスは幾度も頷いて母の言葉を受け入れる。
母子で手を繋いで歩く。なんて事のない行為でも彼女にとっては宝の様なものである。
思えば最後に母と手を繋いで歩いたのはいつだったか、もしかしたら初めてかもしれないと彼女は思った。
「でも青空とはいうけど、アレは魔法で再現されたモノなんだって」
本当に魔法って色々出来て便利だねと続けると母は「いつか貴女ならもっとすごい事が出来るようになるわ」と娘の力を称えてくれる。
母に褒められた。認められた。
そして一国の昼夜を操る力よりも凄まじい能力を期待されていると自覚したルファスは翼を幾度も震わせ、鼻息も荒く何回も頷く。
「うん……! 楽しみにしてて」
何時もの覇者を気取った仮面ではなく、ただのルファスとして少女は己の力を誇らしく思った。
この人が願うなら自分は星さえも砕いて見せると彼女は気分を高揚させる。
いつかリュケイオンを飛び出し、自分たちを虐げた全ての者を母と自分の前に跪かせてやると少女は微かな野心を抱いた。
ヴァナヘイムのクズ共を一人残らず屈従させ、自分たちの味わった苦痛を倍にして返してやる。
そして、そして……母に謝罪させてやる。
こんな素晴らしい人を死の淵まで追い詰めた罪を自覚させ、相応しい罰を下してやると彼女は母から願われた「すごい事」に考えを巡らせた。
「この店の料理が美味しいんだ。散歩が終ったらここで食事を……」
料理の話をすれば、二人で違う品を頼んで半分ずつ分け合いましょう、と母に言われる。
もちろんルファスは満面の笑みで喜んでと答えるのだった。
「ドワーフの方々に会うのが楽しみね……」
「一緒に見学に行こうね」
母と一緒にゴーレムや武器/兵器の生産工場を見て回るのを娘は心から喜んでいた。
最近何やらフル稼働を通り越して大規模な施設の増築を行っているとルファスはプランから聞かされていた。
今まででさえとんでもない規模だったというのに、これいじょう拡大して何を加工するんだとルファスは疑問に思った。
おべっかでも何でもなく心からアウラはプルートに住まうドワーフ達との交流を楽しみにしていた。
ヴァナヘイムにいた時から幾度も聞いていたおとぎ話や伝聞の中の彼らの在り方を実際に目にしたいと思っているのだ。
ミズガルズ最高の加工職人たち、鍛冶師、ゴーレム使い、金属と火の申し子……。
元より博識な女性である。
彼女は天翼族にしては珍しい他種族を見下す悪癖を持たない女性でもある。
よくジスモアに「もっと大胆になっていいんだよ」と遠回しな苦言さえ呈された事もある人だ。
それは体内に蓄積されたマナが表層的な変異を齎してないだけで
内部的な意味では娘ほどではないにせよ、彼女もまた変異しているからなのかもしれない。
間違いなく彼女はルファス・マファールという規格外という言葉さえ生ぬるい存在の母なのだ。
まだまだ次々と話が弾む。
何てことはない仲良し親子の会話は終わらない。
夢がかなった母子は本当に楽しそうに計画を練り上げていく。
温泉に一緒に入った後は、食べ放題ディナーをしよう。
夜の寝る前にはマッサージを一緒に受けよう。
前の時は行けなかったけど、地層から出土した過去の文明を飾った博物館にも行こう。
(喜んでくれてる……一緒に考えて良かった)
心からルファスはそう思った。
自分ひとりで頭を捻り続けるよりも遥かに楽しくて、満たされる時間であると。
正に夢の様な時間だ、つい5年前まで二人で震えていつ訪れるか判らない死に怯えていたとは思えない。
だけどこれからはずっとこうなる。もう誰にも自分たちを害させなどしない。
今まで母には苦労ばかりかけてしまった。
だから、これからは自分がお母さんを守って幸せにするんだとルファスは硬い決意を抱く。
だからそのためにはもっと強くならないといけない。
誰よりも、何よりも。
その為に必要なのがプランの……。
それを考える。
すると明確に胸が痛んだ。
本当に楽しい時間だというのに、微かな痛みがそれを台無しにしようとして──。
「ルファス?」
母の言葉で我に返る。
ハンカチでアウラは娘の唇を拭いた。
そこについていたのは血だ。
無意識に唇を彼女は咬み千切っていたのだ。
「大丈夫……?」
少し休みましょう? と母に言われれば彼女は何度か無言で頷いた。
訳が判らない痛みがまた一段と胸の中で存在を主張していたが、少女はソレが何なのか判らなかった。
「Oh……fantastic……」
4日後、プルートに出立するその日。
カルキノスは目の前の光景に心から感嘆の息を漏らしていた。
彼が見ているのはプラン、ルファス、アウラの三名であった。
それだけならば一緒に生活しているのもあって何の面白みもない話ではあるが、今回ばかりは少しだけ毛色が違う。
三人が三人とも、旅行というのもあってお洒落をしているのだ。
あのルファスでさえ母と共に出かけるというのもあり恥をかかせない為にやる気に満ちていると言えばどれだけこれが貴重な瞬間なのか判るだろう。
プランはいつも通り【バルドル】に幾つか装飾を施した外行きの際の定番の装いである。
外部の者が一目でアリストテレス卿であると判断できる為の装備だ。
判りやすい特徴的な姿というのはとても大事なのである。
ルファスは紅で縁取られたドレスを纏い、あわせてお洒落な髪飾りにペンダントを装備していた。
そして肩掛けを羽織り、翼のあるせいか露出せざるを得ない背中を冷えから守るような服装だった。
しかし靴だけはいつも愛用している竜皮のブーツである。
これの動きやすさと快適さに慣れてしまった以上、他のモノなど考えられないのは仕方ない事かもしれない。
そしてアウラは娘とは真逆の色使いである純白のドレスを着ていた。
無駄な装飾など一切ない、ほんのっちょっとだけ刺繍が入っている質素ともいえる衣服だった。
飾り気のないワンピースではあるが、彼女にはそれだけで十分である。
むしろ無駄な飾りなど彼女には必要ない。
アウラ・エノクはただ佇むだけで万人の眼を引き寄せる美貌を持っているからだ。
どんなドレスであろうと、宝石であろうと、彼女の前にはただの引き立て役になるか、むしろ足を引っ張る邪魔な要素にしかならないのだ。
「───きれい」
ルファスは母を見て呆然と呟いた。
プランから身なりを整える事の重要性を説かれている彼女は今、本当の意味であの時の言葉の真髄を理解したのだ。
まだまだ14歳の少女から見てもアウラの美貌は理屈抜きに判ってしまう。
輝く金髪に無駄のない白いドレスと穢れなき白翼。
全ての要素が完璧に調和した結果、目の前の女性を表す言葉はそう……“天使”だ。
情けなくルファスは息を吐き、瞬きさえ忘れて魅了されたように母を見つめた。
確かに、こんなきれいな人の言葉だったらソレがどの様なものであれ受け入れてしまうかもしれないと彼女は思った。
「貴女の方が綺麗よ。……私はもう、おばさんだもの」
「そんなことない! 全然、まったく、そんなこと思わない!!」
全力の否定であった。
この人がおばさんであったら、他の女性はどうなるんだという懇願でもあった。
娘からの言葉にアウラは少しだけ頬を染めてそっぽを向いて微かに頷いた。
そんな母を見て、ルファスの中の“美しい”という概念が更新された。
自分では到底追いつける気がしないけど、私もいつかお母さんみたいな綺麗な人になりたいという、年頃の女の子として当然の願望が彼女の中に芽生えた。
そして……。
そんな破壊力のある光景を見せられたとある男はやはりというべきか。
「……good-by、ですフレンド……」
「ミーはもう、ここで終わりみたいで……す」
カルキノスが全てを悟った顔で空を見上げ、安らかに微笑んでいた。
リュケイオンどころかミズガルズでも屈指の防御能力を持つ彼であるが、どうやら彼曰く“love”を過剰に摂取すると死んでしまうらしい。
事実これが冗談かどうかは怪しい所である。なぜなら彼の身体からマナが少しずつ零れ出始めているのだから。
サラサラと本当に彼はミズガルズに還ろうとしていた。
そんな彼を見てルファスは冷たいまなざしを向け、アウラは口元に手を当ててプランに視線を向ける。
さすがにこんな冗談みたいな理由で友を失う訳にはいかず、彼は動いた。
腕を組み、彼に近づくと囁きかける。
「消えるのはまだ早いさ。
君にはまだやるべきことが残っていると思うよ」
「what……?」
崩れ落ちかけているカルキノスに対して、麗しい母子を指し示した。
「見た通り、今はルファスの方がずっと小さい。
だけど、この先どんどん彼女が大きくなって、身長も並ぶか、もしかしたら超えるかもしれない」
「─────なッッッ!!」
その時、カルキノスに電流走る。彼にはしっかりと見えた。
徐々に、徐々に背丈を伸ばしてアウラに追いついていくルファスの姿が。
もちろん衣服も子供のモノから大人向けの、立派な淑女のソレへと変わっていくだろう。
最終的には瓜二つの容姿を持つ美女が二名。
それぞれが赤と白のドレスに身を包み、朗らかに笑い合っている光景。
正に楽園。正に理想郷。絶対にミーはそれを守らなくてはならないとカルキノスは改めて決意を抱く。
「カルキノスはこれからのルファスの成長を観ないつもりかな?」
“自分のいなくなった後も”という言葉をカルキノスは聞いたような気がした。
忘れがちだが、人間族の彼では天翼族や魔物であるカルキノスとは同じ時間は生きていけない。
どうあっても彼は老いて先にいなくなってしまうだろう。
一瞬だけ彼の顔から笑みが消え去ると、次いでいつも通りの快活な笑顔に戻った。
サラサラと消え去りかけていた体が急速に実体を取り戻し、何時にもまして存在感を発した。
「NO! 断じてNOですよフレンド!!
えぇ、ミーとしたことが失念していましたとも!!」
まだ死ねない。その時ではない。
レディが夫人と同じくらい大きくなるまでとカルキノスは己の使命を更新した。
クルクルと踊るように回りながら彼はガシっとアウラの手を掴んだ。
いきなりの行動に目を白黒させる淑女を前に彼は口を開き、熱い思いを滾らせる。
「ミーことカルキノスはあなた様の忠実なるknightです!! どのような脅威からでも───」
「脅威はお前だ!!」
母に近寄る甲殻類に当然の如くルファスが動いた。
ドォンと言う重低音が響き、レベル500のルファスの拳がカルキノスの腹部に大きくめり込んだ。
発生した衝撃が屋敷はおろかリュケイオンの街並みを揺らすが彼は一歩だけ後ずさっただけであった。
全く効いていない……訳ではないが、殆ど微々たるダメージしか彼は受けていないようだ。
「失礼。ミーとした事がHEATしすぎてしまったようです」
「本当に無駄に硬い奴め……」
ジンジンと痛む手をさすりながらルファスは吐き捨てた。
レベル500である己の本気の一撃を受けてなおピンピンしてるこの蟹野郎は、悔しいが実力だけは本物である。
プランがいなくとも彼さえいればリュケイオンの守りは盤石と言うのも頷ける話だ。
(直ぐにお前のレベルも超えてやるからな)
ルファスの内心は競争心に溢れていた。
来年、私は必ずお前を超えてやると決意し……気が付いた。
もしかして、私とカルキノスとプランの中で一番レベルが低いのはプランなのでは、と。
(そうか……221か)
レベル的には今ではプランが一番下だとルファスは改めて気が付いた。
レベル221はかつてはどうしようもない天上に見えたが、今では見下ろす立場だ。
そしてプランの年齢はもう間もなく30で、人間種はもうそろそろ能力の劣化が始まるが、ルファスは違う。
天翼族であり、天翼族を越えた存在の彼女に老いは存在しない。
永遠に成長し進化し続けていくことが出来る。
そして自分の力が完成した暁にはこの男に目にモノを……。
……それは何年後?
「ぁ……」
来年殺す男に強くて大きくなった自分を見せたいと考えていた彼女は己の矛盾に気が付いて小さな吐息を漏らしていた。
翼が大きく羽ばたき、次いで小さくしなびる様に折りたたまれた。
瞳孔が震えて、少女は左右に身体を揺らす。
三人の大人が一瞬だけ視線を交差させたことにルファスは気が付かなかった。
「niceなアイデアを思いつきました!
せっかく皆がexcellentな装いなのです、sketchしてもよろしいですか?」
「それはいい考えです……」
カルキノスの発言は唐突極まりなかったが、アウラが同意したことでプランも迅速に動き出す。
ルファスが「え? え?」と場の流れについていけないようであったが、大人たちはあっという間に場を整えた。
左にプラン。
真ん中にルファス。
右にアウラ。
三人がカルキノスの前で並んでいた。
アウラは優しく微笑みながら娘の肩に手を置き、ルファスは訳の判らない状況に視線をあちらこちらに向けている。
そしてプランも薄く笑いながら指を腹の前で組んで直立している。
「ふーむ、ちょっとだけレディの顔が硬いですね。もっとrelaxしていいのですよ?」
まるで■■の集合図のようだとカルキノスは思いながらルファスに呼びかける。
彼女は左右のプランとアウラを何度も見比べた後、頭を翼で隠してしまった。
ざわざわと羽が音を立てて動いている。これはルファスの感情が乱れている時の動きであった。
「やだ……」
恥ずかしい、と少女は頭を振って拒絶する。
断じて嫌ではない。
むしろその逆で
母とプランに囲まれた絵を残す?
しかも立派なドレスを着た上で?
まるでそれじゃ………。
「……」
アウラがプランを見てからルファスに視線を移す。
彼女の純白の翼が二回震えた。
「ルファス」
肩に手を回して引き寄せる。
普通ならばレベル500の彼女の体勢を崩す事など不可能であるが、精神的に余裕のない今なら容易かった。
14歳とは言え未だに母の肩に届かない小柄な体はすっぽりとアウラの腕に包まれてしまう。
「……ぁぅ」
ルファスは母からの抱擁を引きはがす事など出来はしない。
ピンっと黒い翼が根元から先端まで垂直に伸ばされ震える。
壊れたように痙攣を繰り返す翼を見てプランは「あぁ、相当に混乱しているな」と分析しているとアウラから手招きされた。
「プラン様」
「……いえ、自分は」
一瞬なにを求められているか考えてから、回答を得たプランは首を横に振った。
ルファスの心を治めるためにカルキノスの話に乗ったわけだが、これ以上は出しゃばりになると彼は判断したのだ。
彼の提案は素晴らしいが、自分と言う異物はいらないだろうと彼は思い口にする。
「せっかくの家族水入らずの肖像になるのですから、部外者は───」
最後まで続ける前にピーッとカルキノスが指笛を鳴らす。
途端、ドドドドドと彼方から全速力でアリエスが走り込んできた。
定期的にルファスとゴーレムを用いた競争遊びをしている彼の速度は想像以上のものがある。
「メメッメメッメメッメメ────!!!」
わき目もふらず彼はプランの背中に全力でぶち当たった。
捨て身タックルと称してもいいソレをアリエスはプランに叩き込んだのだ。
「ごちゃごちゃ言わないでルファス様を挟むんだよ!」と彼は叫んでいたのかもしれない。
完全に意識の外からの行為にプランの反応は一瞬だけ遅れた。
反動で空中をクルクルと舞うアリエスをカルキノスが見事にキャッチし、仕事を果たした羊の頭を「よしよし」と撫でてやれば彼は小さな手でカルキノスの胸をトントンと叩いて返した。
「う゛っっ!?」
いつもは他者に意味不明な出来事を押し付けている彼であるが、この時ばかりは立場が逆であった。
目の前の母子に意識を集中させていた結果、体幹や重心の操作も緩んでいた彼はアリエスの一撃によって数歩だけ進み、ルファスの肩を掴んでしまう。
咄嗟に離れようとすると、アウラの手が彼の肩に伸ばされ……掴む。
至近距離で顔を見つめ合うと、娘と同じ紅い瞳が申し訳なさそうに細まった後に微笑んだ。
────バサバサバサバサバサバサバサ。
黒い翼が狂ったように動き回る。
何度かペチペチと己の背にいるプランを叩きさえするが、力は殆ど込められていない。
「…………」
ルファスは何も話さない。
ただ母の胸に顔を埋めて左右に力なく振るだけであった。
ギュゥゥと母の衣服を握りしめて決して顔を上げようとしない。
10秒ほどすると暴れ狂っていた翼がようやくの落ち着きを取り戻し始めた。
ソレは……大きく反らされて己の背にいるプランを包む様な形になったのだ。
ビク、ビクと怯えているかの様に震えているが、間違いなくプランを翼で彼女は抱きしめていた。
「………………」
少しだけ母の胸元から顔を上げて、チラリとルファスは振り返ってプランを見る。
真っ赤な瞳と同じくらい真っ赤な顔であった。
「……………………」
恨みと羞恥と■■がごちゃ混ぜになった顔であった。
今までに見た事のない表情をルファスは浮かべるが、決して母の抱擁を邪険になどしないし、プランを包む翼を動かそうともしない。
動かそうとしない、と言うのは間違いか。
この場合は出来ないというのが正しい表現だろう。
乾ききった砂が水をあっという間に吸収してしまうように、今までのルファスが求め続けたソレは彼女を魅了して離そうとしない。
暴力的なまでの安堵と安心に彼女は逆らう事など出来ないのだ。
「もういや……」
自分の不甲斐なさに震えながら少女は呟く。
思っていた以上に自分はおかしくなっていることを自覚してしまい、彼女は……。
「これはいらない。これは持っていく……」
ガサガサとアリエスは倉庫の中身を漁っていた。
虹色に輝く髪に頭巾を纏い、埃を防ぎながら彼は物置を物色していた。
次々と道具を取り出しては持っていくかもっていかないかの分別をしている。
とりあえず同胞であるスコルピウスに頼んで作ってもらった各種毒素はもっていく。
カルキノスの鱗で作った盾……コレはいらない。
大小さまざまなナイフ、これは持っていく。
初心者罠づくりセット……少し悩んだがいらない。
調理器具一式。必須。
彼の主であるルファスはかつて冒険者をしていたこともあり一応の料理なども出来るが……基本自分で食べる食事はかなり雑な所があるのをアリエスは知っていた。
幾らなんでも倒した魔物を丸焼きにして塩と胡椒でさっと味付けしたモノを彼は料理とは認められないし、何より主には美味しいモノを食べてもらいたかった。
カルキノスと合流するまでは自分が主の料理番としてこの200年で培った技術を披露してみせると彼は熱意に燃えていた。
他多数のアイテムをアリエスは選別し、頭を捻ったり、昔を懐かしんだりを繰り返しながら準備を進めている。
主であるルファスが帰還し、自分についてこいと命令されたアリエスは一も二もなく彼女の言葉に頷き、旅支度を始めているのだ。
『キングクラブ・スヴェル支店』は暫くの間閉めることになるが、仕方ない話である。
───其方にも都合というものがあるだろうからな。
三日ほど時間を設けよう。その間に旅支度を済ませるがよい。
特に問題もなくメグレズとの接触を済ませたルファスはそういってアリエスに店を閉めるまでの猶予期間を設けたのだ。
彼女とてかつては王として数々の執務を行った身であり、いきなり飲食店を閉める事など出来ないと知っているのは当然の話であった。
「これでよしっ……」
大きく膨らんだ革袋を見てアリエスは腰に手を当てて額を拭う。
「最後に……」
壁をトンっと叩くと一部が反転しラックが現れる。
そこに掛けられていたのは小さなリボルバーが二挺。
子供の様に細くて小さいアリエスの手にフィットするように設計されて作られた小型の銃であった。
かつてまだルファスがミザールと袂を別つ前、彼に依頼して作ってもらった武器である。
言わばリーブラの姉妹ともいえる武器であり、これ以外にもそういった品は多々ある。
手入れを怠った事などないピカピカのソレに手を伸ばして取る。
クルクルと何回か回してから腰のホルスターに入れる。
遥か過去の記憶にある強い人の真似をするように。
今でも全然追いつけている気がしないけど、努力と試行錯誤だけは欠かさなかった。
あらゆる魔物や亜人、人類の知識を身に着けた。
あらゆるアイテムの効能を頭に叩き込んだ。
あらゆる戦術を覚えた。
あらゆる遠近問わない戦いにおける身体の動かし方を肉体に刻みつけた。
あらゆる武器を一通り触り、どのように動くのかの基礎を知り尽くした。
あらゆるスキル、天法、魔法……自分が使えるかどうかは関係なく確認されたソレの効能全てを暗記した。
自分は弱い。
レベル800、1000になろうとステータスは貧弱で、同志たる十二星天の中でも最弱候補だ。
だからこそ彼はその差をあらゆる方法で埋めるべく努力を欠かさない。
コレは弱い自分を信じてくれた優しい人の言葉を守る為の力であった。
アリエスは自分の力などまだまだだと知っている。
だからこそ、彼は努力を続けるのだ。
幸いアリエスの周囲にはあらゆる分野の強者が大勢おり、技術などを盗み取る対象には困らなかった。
全ては胸を張って僕こそが十二星天のアリエスだと宣言するために。
「…………」
もう一度壁を叩いて回転させた後、アリエスは倉庫の奥で布を被されている物品に近寄りソレを剥いだ。
露わになったのは一枚の絵である。
かつてルファスが念入りに天法で保護を施したソレは400年以上経ってもなお色あせない。
滅多なことでアリエスはこの絵を観ようとしなかった。
もう戻らない余りに眩しい日々の残照は、もはや一種の呪いと言えるのだから。
本来ならばルファスの誕生日の日のみ掲げられる絵であるが、アリエスは決意を抱くために開帳したのだ。
何の変哲もない肖像であった。
大人の男女と少女が並んでいるだけの家族の肖像らしきものだ。
微笑む天翼族の女性。
この人の膝の温もりをアリエスは忘れた事などない。
……辛い人生を歩ませてしまった慙愧をアリエスは常に抱き続けている。
アリエスの中で、唯一主であるルファスの選択に異を唱えたい事であった。
何とも言えない顔をした男性。
でも、決して嫌ではないのが見て取れた。
僕を信じてくれた優しい人。
あの時に何も出来なかった自分をアリエスは恨んでいる。
もしも償えるのであったら彼は何でもするだろう。
そして、当時の本人は決して認めないだろうが満ち足りた笑顔を浮かべる少女。
あの時間がずっと続けばよかったのにとアリエスは思わざるを得なかった。
しかし時間は戻らない。あどけない少女は今や世界中から畏れられる覇王で、悪魔とさえ呼ばれている存在になったのだから。
アリエスは絵を撫でてから何処か寂しげな笑顔を浮かべる。
古い古い友に語り掛ける様に彼は言った。
「行ってくるね。───僕、頑張るから」
一度瞑目し絵に布をかぶせる。
もう振り返らない。彼は先に進むだけだ。
そしてアリエスは革袋を担いで部屋を後にした。
200年止まった物語が再び動き出し始めている……。
蟹「じれったかったのでミーがいいmoodにしました!」
アリエス
悲しみを背負った結果、スーパー化したアリエス。
このあとのギャラホルン騒動で普通にアイゴケロスを叩きのめしたり、レオン戦で嵌め技を使ったりなどするが、それはまた別のお話。