ラスボスからは逃げられない! 作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)
プルート。
ドワーフ達の首都にして王国。
誰もが一度は訪れるべきミズガルズの技術の最先端で満たされた都市。
ざわざわ。
なんだなんだ。
千差万別の種が行き交う大通りの一角はその日、戸惑いに満たされていた。
よくも悪くも学者気質や求道者気質の多い者が集まるプルートにおいて、滅多に見られない存在───美女が現れたからだ。
堂々と歩く紅い少女と白い女性。
背に生えた翼はそれぞれ白と黒。しかし髪色はお揃いの眩しい程の金髪。
天翼族であり、顔立ちからして姉妹か母子と思われる二人に多くの者は目を奪われていた。
どれほど不愛想で異性に興味のない男性であっても気づけば目で追ってしまう程の引力を彼女たちは発している。
「次は……」
少女が女性の手を取り先導する。
手に持つのは旅行の計画をまとめたパンフレット。
しかしこれはあくまでも参考程度であり、何よりも優先されるのは母が何処に行きたいかである。
ワクワクした様子でルファスは母に次の目的地についての解説を始める。
「この通りにあるアクセサリー店の品ぞろえは本当に凄いんだ」
「まぁ……」
宝石はプルートの主要な産業の一つである。
採掘中に鉱脈にぶち当たる事など珍しくもなく、長年もの間地中で高密度のマナに炙られた宝石たちは天力ともよく馴染み、高品質なお守りにもなる。
もちろん貴族が好むアイテムも大量に取り扱っており、お忍びで各国の上流階級の者がプルートに買い付けに来る事もあった。
すると女は優しく微笑みながら軽やかな足取りで女の子に導かれながら進む。
本当に楽しそうで、心からの喜びに二人は満たされているのが誰が見ても明らかだった。
その様子を見て声を掛けようかと思っていた者たちは互いに顔を見合わせる。
家族の時間に水を差すのは良くないと誰もが思い、何回か頷いてから彼らは己の仕事に戻っていく。
あぁ、今日の仕事終わりの酒のいい肴が出来たと思いながら。
プルートを訪れ、滞在する者たちの大半の目的は“加工所”に採用される事である。
魔神族を痛めつけ、苦しめ、己の中の黒い欲求を満たすかの施設で働く事を多くの者が目的にしている。
そしてそんな彼らの多くは失った者、奪われた者なのだ。
家族や友、恋人を理不尽に奪われた者。
自分の身体に消えない傷を負わされた者。
どうしようもない痛みと苦しみ、黒い報復心を持つ者が数多くプルートにはいる。
魔神族が憎い。復讐したいが、弱い自分では何もできない。
そんな生き地獄に救いを与えてくれるのがプルートであり、アリストテレス卿の齎した魔神族の加工技術なのだ。
故に彼らは大切な人と過ごす時間がどれほどかけがえのないモノなのかよく知っている。
何でもない日常こそが至高の宝であると知っているのだ。
そしてそれがいかに壊れやすいかも。
だから多くの者は思った。
願わくばあの母子がこちら側に来ない様にと。
ミズガルズにおいては悲劇などありふれた話ではあるが、それでもと誰もが思うのであった。
「…………」
ルファスとアウラの様子を遠くからプランは見守っていた。
邪魔にならない様に500メートルほど離れた地点から予定の人物と待ち合わせをしながらではあるが。
蒼い瞳を輝かせながら暫く見つめると、もう大丈夫だと悟った彼は視線を外した。
勿論あの二人には護衛がついている。
レベル70程度からなる精鋭のレンジャー部隊を彼は手配していた。
当然ルファスとアウラにもそのことは説明しており、何の問題もない。
ルファスは母子水入らずの旅行に無駄な部外者が入る事を嫌がったが、貴族のあれそれに理解の深いアウラが頷いた結果受け入れたのである。
自分たちの立ち位置が───娘のレベルの件も含めて────本当に微妙なものであると彼女は把握している。
もしも、万が一があった場合ルファスが負ける事はないだろうが仮に彼女が【威圧】を使ったら問題なのだ。
レベル500の彼女のソレはもはや一つの都市の機能を麻痺させる程の戦略攻撃に匹敵し、絶対に使わせてはいけない。
ざっとプルートを見渡した結果、彼女たちに害のあるものはいないと悟ったプランはとりあえずとして警戒のレベルを一つだけ下げてプルートの偽りの空を見上げた。
とりあえず二人は大丈夫。
自分の仕事が一段落つくころには用意された極上の部屋でゆっくりと温泉につかれることだろう。
今回ここに彼が訪れたのは幾つかのこれから先について用意しておかなくてはならない物があるからだった。
竜王の脅威をミョルニルで目の当たりにし、かの存在の力が予想をはるかに超えていると判った以上、今までの計画には修正が必要になったのだ。
もう一段、彼は倫理という枷を踏み越えることにしたのである。
「アリストテレス卿、お待たせしました」
「いえ、大丈夫ですよ」
背後から声を掛けてきたのはガザドではない別のドワーフである。
ユーダリルでプランにサインをねだった人物である。
代理の代理というあの場限りの役職であった筈の彼であるが、どうやら今もその役割は続いているようだ。
ガザドは今度はミョルニルの復興計画にかかりっきりなのを考えるに彼がここに来るのは当然と言えた。
今頃彼はロイと共に紙面を睨みながら新しいミョルニルの都市開発についてアレこれ議論を交わしている事だろう。
「再びお会いできて光栄であります!」
「こちらこそ。ユーダリルの一件以来ですね」
「覚えててくれた」と小さく呟き、キラキラと瞳を輝かせながらドワーフはプランに駆け寄ると深く頭を下げた。
ユーダリルで竜殺しを見せつけられた上に今度はかの吸血姫と交渉を成立させ、更にはミョルニルにおける戦いで最前線を駆けたプランは正に大英雄なのだろう。
“勇者”という存在は有名だが、誰にとっても天上の存在と考えると多少は身近なプランにこのような眼を向けるのは仕方ないかもしれない。
「此度は“加工所”の視察と新たな加工品の提案に来ました。
また、施設の増築についても意見を交わしたいと思っています」
「勿論! 全ての準備は整っておりますとも!!
モリア陛下もアリストテレス卿とお会いするのを楽しみにしておられます……!!」
ふんふんと鼻息荒く大きな声で宣言する彼をプランは微笑ましく見つめている。
どうやら物凄く気合を入れて来たらしく、よく見れば足が緊張でガタガタと震えていた。
無理もない話だ。ユーダリルの時とは違い、今度は自分が一国の代理として救国の英雄の案内人を任されたのだから、その心境は察するに余りある。
どうぞ! と大声で先導する彼の後を追うとそこにはドワーフが乗り回す【全地形対応型移動用ゴーレム】が停車していた。
周囲には武装したゴーレムや兵士が多数控えており、彼らはアリストテレスの姿を認めると一斉に敬礼する。
ドワーフ達が一斉に口を開き、酒焼けした濁声で発声した。
「アリストテレス卿! 此度はプルートにようこそ!!」
「我が国は最大の敬意を以て貴方たちを迎えます!!」
「偉大なる賢者、アリストテレス卿!!」
ドワーフ達は口々にプランを褒め称える。
勿論彼らもユーダリルの件を聞かされており、中には実際に竜の屍を見た者もいるというのがアリストテレス卿への敬意を更に高めてくれた。
プランは軽く手を振ってこれ以上は大丈夫だと伝える。
彼らには悪いが、これ以上は時間の無駄であるのだから。
「ありがとうございます。これからも貴方達の期待を裏切らない様に精進します」
「ご案内します。どうぞこちらに」
頭を下げるドワーフの瞳には熱の宿った期待があった。
プラン・アリストテレスという男が今度はどのような偉業を見せてくれるのか、彼は楽しみでならないのだ。
“加工所”
それはプルートがプルートである所以の一つ。
この国最大の闇であり、最大の収入を産む秘術の地。
遥か過去、何千、何万年も前に存在したとされる数多くの人類の敵たちを再構築し、加工を行う施設である。
────いだぃぃぃいぃいい!!
知った事じゃねえな。当然の報いだ。
───やめてくださいやめてくださいごめんなさいごめんなさい……!!
お前たちはそうやって助けてくれと言ったやつを一度だって見逃した事があるのか?
───俺たちは悪くない! 全部、全部大魔王様が……!!
いずれアリストテレス卿がお前たちの主もここに引きずり込んでやるだろうよ。
───手がっ! 僕の右腕がぁぁぁァァァア!!
ハハハハハハ!! 痛がってやがる!! 人形の分際でっ!!!
骨が折れる破砕音。
ナニカ熱したモノを皮膚に押し付けた様な焦げた匂い。
そして、そして、歓喜と興奮に染まり切ったどす黒い嗜虐に満ちた笑い声。
プルートは相変わらずである。
ここではあらゆる復讐が行われている。
ドワーフだけではなく、人間なども作業を行い、無抵抗の魔神族をひたすら嬲っては“加工”を繰り返している。
最初は嬉々としてやっていたことが、その内事務的になるのは此処に配属された者の典型的な流れである。
既に全体の3割ほどが飽きたのか、黙々と魔神族を箱に詰め込んで圧縮という作業を繰り返していた。
ああいう者たちはその内精神を病むこともある為、早々に精神的なケアを行った後に配属を変えるのが賢明だ。
魔神族を嬲りたい者など文字通り星の数ほどいるのだから人材には困らない。
相変わらずそこかしこで悲鳴が木霊する施設の廊下をプランは数人のドワーフを引き連れて歩いていた。
完全に無力化されているとはいえ【魔神族】を商品として扱う以上は危険性はつきものである故に今の彼は【バルドル】で完全武装している。
少しだけ歩けばそこそこ大きな部屋に彼らはたどり着く。
無数の水槽に魔神族圧縮用の箱や、数々の機材などが壁に掛けられた薄暗い部屋である。
今回はここで新商品の実験/開発/寸評を行う予定だ。
動けない様に“固定”の命令を出され直立していた魔神族がダース単位で壁際に並んでいる。
誰もが眼の焦点があってなく、かつてヴァナヘイム近郊の村で【デバック・ルーム】を行われた魔神族の様である。
各属性の
合計35個の魔神族が今回アリストテレスの為に用意された原材料であった。
「此度はこのような素晴らしい場を提供していただきありがとうございます」
“品”を吟味した後、アリストテレスは振り返りドワーフ達に感謝を述べる。
礼を言われた彼らはギラギラと輝く瞳で見つめ返し、何度も頷く。
今度はいったい何を見せてくれるのだろうか、アリストテレス卿という前代未聞の鬼才が織りなす芸術品を彼らは楽しみにしている。
アリストテレスはこの日の為に用意しておいた新商品の設計図を頭の中から引っ張り出しながら手を広げてよく通る声で話し始めた。
「自分はミョルニルにおいて竜王の脅威を目の当たりにしました」
「吸血姫ベネトナシュとかの存在の戦いは正に驚天動地。
我々の様な凡俗な存在では決して立ち入りすることのできない……正に天上の戦いと呼ぶに相応しい物だったのです」
つらつらと語る。誰もが耳を傾けていた。
作業をしていた者たちさえも一時的に手を止め、アリストテレスの声に注意を払っている。
情報通の者は既にミョルニルにおいて何があったのかを聞き及んでいた。
吸血鬼たちが一致団結し、王であるベネトナシュと力を合わせてラードゥンの軍勢を撃退したのだと。
そしてその背後にやはりというべきかアリストテレス卿の存在がいたことも。
元よりあの戦いの全貌は隠しきれるものではなかったのだ。
良くも悪くもミズガルズの歴史に数千年単位で残る規模の戦いだったのだから。
誰かが頭を垂らし、己の腕を見つめる。
彼のレベルは65。確かにそこそこの強さではあるが、それだけだ。
普通に三桁のレベルを持つ魔神族相手では真っ向勝負など出来はしない。
出来るのはこの地の底で抵抗できない物を甚振るだけの、憂さ晴らしだけ。
「誰もが思う事でしょう。“自分は必要なのか?”と」
「そんな雲の上の存在の戦いにおいて、自分の力など本当に意味があるのかと」
アリストテレスの言葉は聞く者全ての心に突き刺さる。
レベルという絶対的な強弱を定める法が支配するミズガルズにおいて、低レベルの者が幾ら集まった所で質の暴力に圧されるという真理がある。
だからこそ数多くの者たちは必死にレベルを上げようとするが、それも難しいという現実。
たった1割だ。
魔物を命がけで苦労して倒したとしても手に入るのは魔物の持つマナのたった1割だけ。
しかもパーティを組んでいたとしても、マナの譲渡が行われるのは最期の止めを刺した人物のみというおまけつき。
だというのに、ミズガルズでは産まれながらの強者が存在する。
どれだけの人がどれほどの努力を重ねようと決して手に入らない極限の高みに、産まれながらに座している選ばれし者が。
“魔神王”
“竜王”
“獅子王”
そして“吸血姫”
誰もが絶対的強者であり、その性質は弱者を顧みない者たちだ。
ただ、ただ、弱い者はどれだけ頑張っても踏みにじられるだけなのがミズガルズという世界だ。
しかし、弱い人類たちの不安を見透かしたアリストテレス卿は誰よりも力強く断言した。
不安ならば私が断言しましょう。
必要です。
我々には貴方たちが必要なのです。
アリストテレスの【一致団結】が発動される。
人間種が持つ種族スキルとはもはや別種と言える程の高みに上り詰めており、これによって団結させられた者は情報/記録の共有さえ可能となる。
途端に流れ込むのは彼らの思い描く未来絵図の一つ。
まだまだ考案段階ではあるが、実際に実現可能な未来の世界。
その世界では誰もが強者であった。
等しく誰もが天地を揺らす力を誇っていた。
ただの剣士たちが斬撃で大地を切り裂く、魔法は天候を操り、天法は夥しい人々の傷を瞬く間に治す。
レベル1000。
一つの時代に数える程度しか現れない救世主/破壊者の御座。
そんな領域に万人が届きえる世界────これこそアリストテレスの思い描く計画の一つにして火種。
全人類を高みに上り詰めらせた上で■■■■し、その出力を用いて■■の■を分解/吸収。
その果てに■■■にまで到達し浸食。
そして■■■■■■を■■する……………。
プラン・アリストテレスは不可能だと断じ、やる意味もないとかつて放棄した計画。
今だ決心はつかないが、実現そのものは十分に可能な世界をプラン・アリストテレスは人々に見せた。
そして、その計画の心臓は場所こそ明かされないものの確かに存在するということも。
涙を流す者がいた。
人類は竜王に負けないと奮起しながら何度も頷く男がいた。
感動に震える者がいた。
触りとはいえ、壮大極まる計画を説かれた彼は己の代で不可能だとしても必ずやいつかこれが実現されることを願った。
中には畏れる者がいた。
正に神をも恐れぬ所行、アリストテレス卿は確かに自分たち人類の味方であるが同時に最大の脅威になりえるのではとさえ思ったのだ。
次に流されるのはかつてのミョルニルの戦いの記憶。
多くの吸血鬼の目線を通して得たおぞましい竜/魔物/亜人の軍勢が女子供関係なく虐殺しまわるこの世の地獄。
そして、───そして、もはや竜という言葉さえ生ぬるい怪物と化したラードゥンの威容。
全てを嘲りながら虫けらの様に命を踏み潰す史上最悪最強の魔物の姿は見る者に……怒りを覚えさせた。
恐怖よりも、畏怖よりも、諦めよりも……ラードゥンを見た者が覚えたのは怒りであった。
決して、決してこの存在たちを好き勝手させてはいけないと誰もが思った。
彼らの多くは既に大切な物を無くした後であるが故に、誰よりも喪失の痛みに敏感で、こんな苦しみを誰かに味あわせてなるものかと決意を新たにしたのだ。
数多くのアリストテレス卿たちが不気味な期待を抱きながら彼の中でほくそ笑んでいた。
なるほど、当代に足りなかった物が揃いつつあるなと老いた王の様な男は見つめている。
彼らは決して当代の邪魔をせず、当代の意思を優先し当代を助ける為だけに存在しているのだから。
野蛮とさえ思える凶悪な笑みを浮かべる先代のアリストテレス卿は己の最高傑作の変化を不満に思いながらも、前よりは多少は己の使命に向き合う姿に頷いた。
なるほど、なるほど、人の感情の機微などどうでもいい俺にはどうりで判らなかったわけだと彼は自己分析していた。
あの母子、ルファスとアウラこそが全ての鍵を握っていると彼は確信し、これからもただ見守る事だけを選ぶ。
ただそれでも、彼には愚痴を言う程度の人間性はあった。
※ あぁ、俺が生きてりゃあの二人の内のどっちか……いや、使えなさそうな母の方を間引くんだがなァ。
かつて愛する妻をプランを産んだ時点で役目は終わったと判断し、愛しながらも処分した先代はそう零すのであった。
“自分には何人か兄がいた”
かつてプルートに向かう際、プランがルファスに零した言葉であるが、アレは紛れもない事実である。
幾度かの選別の果てに産まれたのがプラン・アリストテレスであり、残りの兄や姉たちは……安息に眠らされたというのが事実だ。
端的に言うと彼は8人目である。
プランは先代の言葉に対して何の感慨も抱かず、ただただ、何もかもを諦めたような冷めた目線で魔神族を見やるのだった。
加工所見学にお越しの際は、是非魔神族加工体験へどうぞ。
今なら自分で加工した魔神族で作られたアクセサリーのお持ち帰りも可能です。