ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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ちょっと短いですが次話への繋ぎ&年末に向けての投稿スケジュール調整の為に投稿します。


そうびひんには たいきゅうりょく というものがあるぞ

 

───いつかこんな所一緒に出ていこうね……。

 

 

 

───お母さんをわたしが助け出してみせるから! 

 

 

 

───だから私はきっと強くなる。いつかきっと、誰も私達を傷つけられない位に!!

 

 

 

 

それはまだルファスがヴァナヘイムにいた頃の話。

何も悪いことをしていないというのに、ただ黒い翼で産まれた/産んでしまったというだけであらゆる侮蔑と悪意を受けてきた少女の原初の願いであった。

当時はまだまだ弱く、己の特異性にも気が付いていないただの少女の夢物語でしかなかったソレ。

 

 

 

いつかきっと。

 

 

それは何年後?

十年? 百年? 

天翼族であれば不可能ではないにせよ、途方もない年月の果てに手に入れる筈だった母との平穏。

 

 

本当はもっと時間が掛かる筈だった。

もしかしたら手に入らなかったかもしれなかった。

夢、だったのだ。果てのない、輝かしい未来に必ず手に入れると決めていた。

 

 

 

 

だからソレが手に入った今……。

 

 

 

 

 

……ァス……ファ……ス………ルファス……?

 

 

 

 

 

「あっ、えっ……?」

 

 

 

心配そうに自分を見つめる母の顔とその声を聴いてルファスは我を取り戻していた。

時間はプルートにおける再現された時間帯を見る限りでは夕方。

空に浮かぶ人工の太陽は地平の果てに沈もうとしており、眩いオレンジ色で周囲を染め上げていた。

 

 

プルートに数多くある飲食店の内の一つ。

その中でも甘味を全面的に宣伝する女性に人気の店に二人はいた。

母子は一つのケーキを二人で分け合い、食べていた。

 

 

ルファスの部分は真っ白なクリーム。

アウラは主にチョコに満たされた部分を味わい、ちょうど食べ終わったばかりである。

 

 

 

 

「疲れたのなら、何処かで──」

 

 

 

休みましょうと続けようとする母にルファスは僅かに慌てて否定の声を上げた。

おおむね予定通りに進んでいる旅行ではあるが、まだいくつか母に見せたいものがあるのだ。

 

 

 

「大丈夫! ちょっとだけ……違う事を考えてたんだ」

 

 

 

彼女らしくもない言葉と動きで誤魔化す。

何度も所在なさげに手をぱたぱたと動かし、何でもないとしきりに繰り返す。

古今東西、母の前でしか見られないルファスの素の顔だ。

 

 

 

バサバサと翼をひとしきり動かした後に少女は地平の果ての太陽に目を向けた。

偽物とは思えない程に眩しく美しいソレから視線をずらせば、夕日に照らされる母の顔がある。

僅かばかりの憂いと自分への心配の念を向けてくるアウラの姿は少女であり娘でもあるルファスからして美しいと思えた。

 

 

 

4年。人からすれば長いだろうが、天翼族からすれば一瞬ともいえる年月だ。

ヴァナヘイムから離れた4年でアウラ・エノクはかつての美貌を完全に取り戻していた。

健康的で瑞々しい肌に、艶のある純白の翼。憂いと知性を湛えた紅い瞳はまるで宝石の様だ。

 

 

そんな美女……アウラは娘に向けて微笑んでいる。

決して以前に浮かべていたような何もかも諦めた顔ではない、心からルファスを愛おしみ、今という時間を楽しんでいる顔であった。

この顔にルファスは勝てない。楽しそうにしている母を邪魔する事など彼女には決してできないのだ。

 

 

 

「……このケーキ、美味しかった」

 

 

 

だからへたくそな誤魔化しを彼女はした。

目の前の空っぽの皿を指さして言う。

内心の変化など決して母には悟らせてはならない。

 

 

 

アウラは瞑目し「そうね」と答えるだけであった。

 

 

 

 

暫くの沈黙。

プルートの至る所から声が聞こえる。

地の底とは思えない程にこの都市は栄えており、少し耳を傾ければ至る所から専門的な仕事の話が入ってくる。

 

 

 

「ルファス。

 今日はありがとう……凄く楽しいわ」

 

 

 

意外な事に口火を切ったのはアウラであった。

普段は物静かで自分から何かを主張することの少ない彼女であるが、今日は別であった。

娘が夢見てたように、彼女にとっても今の時間は正に夢にまで見たことなのだ。

 

 

 

 

「良かった……。

 でも、まだまだ楽しい事はいっぱいあるんだ。楽しみにしててね」

 

 

 

パラパラと予定表に目を通す。

中身などもう暗記しているが、それでも念には念を入れる為に。

この次は……そうだ、母と共にダーツを楽しむのだ。

 

 

ダーツとは貴族としての嗜みでもある遊戯であり、母がそれを修めている事をルファスは知っていた。

屋敷でも時々アウラが壁に向けて何かを投げるかの様な仕草をしているのを娘は見た事がある。

 

 

 

(喜んでくれる……かな?)

 

 

 

よし、我ながらいい計画だと思いながらルファスは己の額……正確にはそこに飾られている髪飾りへと手をやり軽く撫でた。

母から貰った大切なプレゼントであり、己の初めて得た私物。

最初の自分だけの品は彼女にとって深い思い入れがある一品であった。

 

 

緊張した時に軽く撫でると少しだけ勇気が湧いてくるような……そんな気がした。

とても大切な宝物────だから最初はソレが何の音なのか気づかなかった。

 

 

 

パキン。

 

 

 

甲高い音であった。

次にボトッと何かがテーブルの上におちた。

幸か不幸かルファスの類まれなる動体視力はソレが欠けて落ちていく様をゆっくりと、舐める様に見てしまうことが出来た。

 

 

「ぁ……」

 

 

 

咄嗟に手を伸ばすが遅い。

どうしようもない現実にルファスの思考は一瞬止まっており、それは致命的なロスであった。

 

 

真っ赤な宝石と金色の装飾。

決して高いというわけではないが、間違ってもそこらへんに氾濫しているような粗悪品でもないソレ。

母が選び、プランが仕上げた大事な大事な髪飾り。

 

 

 

ソレが真っ二つに割れて落ちていく。

彼女の宝物はカランという音を立ててテーブルの上に残骸を晒してしまう。

 

 

 

 

「ぅ……うそ」

 

 

 

あらゆる感情が抜け落ちた声でルファスは呟いた。

真っ赤な瞳は揺れ続け、翼もまた小さく痙攣している。

手を伸ばして拾い上げる。宝石そのものは無事であるが、金具が壊れてしまったようだ。

 

 

 

【錬成】を使おうかと考えたが、彼女の中の冷静な部分がそれを拒絶した。

緻密な細工などを施された装飾品にそんなものを使ったら、かえって取り返しのつかない事になるかもしれない。

 

 

 

原因は色々考えられる。

購入して既に数年が経過した髪飾りをルファスは暇さえあればいつも付けていた。

毎日の様に使用された金具の部分が今日限界を迎えたのかもしれない。

 

 

 

もしくは母との旅行に昂りすぎて、うっかり力加減を間違えて撫でたという線も考えられる。

とにかく原因が何であるにせよ、誰も悪くはなく、怒りの向ける先など存在しないが。

 

 

 

 

よりにもよって今日……。

母との夢を叶えた、今日……。

 

 

 

余りに無体な運命に彼女は顔を俯かせようとして……その手を暖かい感触が包んだ。

顔を上げれば席をたった母が自分のすぐ隣におり、両手で彼女の手を包み込んでいる。

いつもルファスを元気づけてくれる熱、限りなく死に近い冬眠の中であっても現世との繋がりを決して断たせないアウラの生命がここにはある。

 

 

 

 

「大丈夫よ。この街の方ならきっと直してくれるわ」

 

 

 

だってここはドワーフの都、プルートですものと彼女は力強く断言する。

それは落ち込んだ娘を立ち直らせるための方便であり、事実でもある。

落ち込んだ娘の顔に光が戻るが、直ぐにそれは陰った。

 

 

自分の不手際のせいで、旅行が台無しになるかもしれないと彼女は恐れたのだ。

 

 

 

「でも、そうしたら予定が……!」

 

 

 

私のせいで、折角の旅行がと続けようとするルファスの唇にアウラは人差し指をピッと当ててその先は言わせなかった。

彼女は微笑みながら視線をテーブルの上の壊れた髪飾りに向ける。

 

 

 

「ルファス。貴女がこの髪飾りを大事に使っていたのは良く知っているわ……。

 だから、一緒に直してくれる人を探しましょう?」

 

 

 

間違っても壊したわけではない。

物である以上は必ず壊れるのだからとアウラは諭す。

その言葉がルファスの中に芽生えた罪悪感を瞬く間に拭い去っていく。

 

 

 

「…………判った」

 

 

 

恐ろしい程の葛藤の末にルファスは何度か頷いて母の言葉に従う事にした。

ふぅと深呼吸し、心を整える。

プランに教わった意識の切り替え方を彼女は実践することにした。

 

 

 

 

 

───戦いにおいて自分の計画が絶対に成功するとは限らない。

 

 

 

───むしろ失敗することの方が多いだろう。

だからそうなった時はまずは失敗した計画への執着を捨てるんだ。

 

 

 

──“計画は守るものじゃなくて、守ってくれるもの”って考えるといい。

 ダメになった盾や鎧は直ぐに捨てないと危ないからね。

 

 

 

 

あの時は戦いにおける心構えという話であったが、こういう風に予期せぬ事態が起きた場合にも応用できるなとルファスは思いつつ当てはめていく。

後悔はあるし、黒々とした簡単には割り切れない思いもある。

しかし、うぬぼれでなければ母は自分の落ち込んだ姿を見たら傷ついてしまうという自覚もあった。

 

 

 

だからルファスは顔を上げた。

大切な物を失ったのは確かだが、まだ取り返しはつくと己を納得させる。

 

 

 

一瞬後、そこにいたのは宝物を失い狼狽える少女ではなかった。

強い意思を瞳に宿し、何としても失った物を取り戻すと決意した一人の女性であった。

 

 

 

ルファス・マファール14歳。

彼女は着実に天上に立つ存在としての気勢を得つつある。

 

 

 

 

「ちょっといいか?」

 

 

 

 

立ち上がり、会計を済ませようとする母子に声がかかる。

紅い瞳がそちらを見れば居たのはドワーフの男であった。

彼は2つ隣の席に座っていた客である。

 

 

 

ルファスは自分が思っていた以上に大きなリアクションと声を出していたことに気が付き、少しだけ苦虫をかみつぶしたような気分になった。

 

 

 

 

「私達に何か?」

 

 

 

母の前というのもありルファスにしては珍しい敬語で答える。

アウラを庇うように前に出て何があっても大丈夫なように身構えておく。

まさかプルートの中で妙な事をする奴がいるとは思わないが……と考える彼女を前にドワーフの男は頭をガシガシと掻きながら口を開いた。

 

 

 

「大事なアクセサリーが壊れちまったんだろ? 腕のいい職人を知ってるぜ」

 

 

 

「それは……ありがとうございます」

 

 

 

アウラが頭を下げる。

しかしルファスの顔には今だに疑いが濃く残っていた。

瞳に多分の警戒を宿らせて彼女は小さな髭面の男を見つめている。

 

 

 

いきなり見ず知らずのドワーフが都合のいい話を持ってきたのだ。

確かに渡りに船な話であるが……ルファスはそこまで社交的な性格ではないし、世界の全てが善人だと思う程愚かでもない。

こいつは自分に何を求めている? と現実的な考えを彼女は回す。

 

 

 

ちらりと壊れたアクセサリーに視線をやる。

自分では絶対に直せない事実を彼女は理解している。

だから一応、話だけは聞いてやることにした。

 

 

 

もしもこれが罠ならば、自分はともかく母まで巻き込もうとした事の報いを与えてやるだけだと彼女は思った。

 

 

 

 

「……教えてほしい。その職人は何処にいるんだ?」

 

 

 

さぁ、何が欲しいか言え。

そうルファスは内心で続ける。

 

 

タダで情報が手に入る訳などない。

きっとこいつは自分の持つ何かを求めている。

他者の善意を信じられない彼女は超速で頭を回す。

 

 

ごたごたが起きるのは何としても避けたい。

自分だけならば多少は手荒い方法も使えるが、母がいる今では無理だ。

間違っても暴力など使えない。

 

 

 

 

やはり金か?

それともプラン・アリストテレスの情報?

もしくは情報を封鎖されている以上は考えられないがアリエスの羊毛か?

 

 

 

どれを取っても嫌な展開だ。

金なら多少は手持ちがあるが、プランやアリエス関連の要求は決して呑めない。

自分はあの男が嫌いであるが、だからといって陰でこそこそと嫌がらせをするのはルファス・マファールの在り方ではないから。

 

 

 

 

 

「この店を出て右にまっすぐ行くと大きな橋がある。

 運がよけりゃそこで小さな装飾店をやってるはずだぜ」

 

 

 

「店の名前は“プルート・ワン” 

 もじゃもじゃの雄々しいドワーフの方が店主だ」

 

 

 

 

最も、いつもやってる訳じゃないがなと彼は続けた。

 

 

 

 

「そうか……」

 

 

 

眼を瞬かせながらルファスは視線を泳がせた。

いきなりの話ではあるがこうも呆気なく教えてくれるドワーフの男を前に毒気を抜かれたというべきか。

そんな彼にドワーフは薄く笑いながら腕を組み、何度も頷く。

 

 

 

「判るぜ、あぁ判る。

 お嬢ちゃん、俺が何も寄越せって言わないのが不思議でしょうがないって思ってんな?」

 

 

 

 

「誰にだってって訳じゃねえさ。

 ……あんたがアクセサリーを本当に大事に扱ってるって伝わったからだ」

 

 

 

 

男はルファスが握りしめている髪飾りに眼をやり、本当に嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 

 

「装飾品ってのはな、誰かに贈るにせよ、自分で使うにせよ……。

 “特別”じゃなきゃダメだって俺は……いや、俺たちは考えるんだ」

 

 

 

 

高価な物。

安価な物。

どちらにせよ、生きていく上では極論を言ってしまえばアクセサリーなど必要ないのだ。

 

 

天力や魔力が籠っているならばともかく、装飾品では戦えず、腹も膨れる事はない。

生きていく上では無駄なモノがアクセサリーである。

ならばそれをエルを払ってでも買うという事は、何らかの、その人にしか判らない特別な心の動きがあるはずなんだと男は言う。

 

 

もしもこれがそこらへんの貴族が数多く持つコレクションの一つで、それが壊れたと嘆いているようであったら男は決して声などかけることはなかっただろう。

 

 

 

「大切な人からの贈り物なんだろ?」

 

 

 

男からの言葉にルファスは一瞬だけ母を見た。

母が見繕ってくれて、■■■が仕上げてくれた。

ならば考えるまでもない。

 

 

 

「うん……」

 

 

 

だったら早く直してもらいなとドワーフが言うとルファスは強く頷くのであった。

天翼族が見下すドワーフではあるが、ルファスはこの種の考え方や生き方は好きだなと思った。

 

 

 

 







蟹「美味しそうにdessertを食べる二人の間にsandwichされたいだけの人生でした……」
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