ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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カルキノスは激怒した!

 

 

プランは目の前の光景を見て己が判断を誤ったと思っていた。

ルファスとアウラが過ごしていた部屋。

今年も15歳を間近に控えた彼女が眠っていた部屋は見るも無残に崩れ落ち、ぽっかりと齧り取られたように窓側が跡形もなく消し飛んでいた。

 

 

そして、腹部に刃物を突き刺され生死の境をさ迷うアウラ。

彼女は絶命こそしていないが、とても重篤な状態であった。

刃物は幾つかの臓器を傷つけた上に、多量の出血をしてしまったアウラの肉体は今にも活動を停止しそうである。

 

 

 

犯人……ジスモアにもしもこういった事の経験あったのならば、刃物をただ突き刺すだけではなく、何度か抜き差しや抉りを行って内臓を徹底的に破壊していただろうが、彼はただの貴族でありこういった方面への認識不足があったのかもしれない。

 

どちらにせよ、度し難い所行であることに変わりはないが。

 

 

 

今こうしている間にも死んでしまってもおかしくない程の重症である彼女をピオス司祭が懸命に治療しており、何とか一命を繋ぎとめているといった有様だ。

 

 

 

 

 

 

失敗した。

間違えた。

ミスを犯した。

 

 

 

様々な言い方や表現はあれど、意味は全て同じだ。

プラン・アリストテレスはその生涯において初めて致命的なミスを犯したのである。

 

 

 

ジスモア・エノクは既に狂っている。彼はソレを見過ごした。

彼への同情と共感、そして自分は部外者であるという思い込みによって瞳は濁ってしまった。

彼は自分の妻を殺傷し、恐らくルファスにまで手を伸ばしたに違いない。

 

 

“変異”の最中に命を脅かされたらどうなるか?

その答えがコレである。

あのルファスが黙って……それもこの世で最も憎い男に殺されるわけがないという訳だ。

 

 

中途半端なままの変異が彼女にどんな影響を与えたかは判らないが、良い事ではないのは確かだ。

 

 

 

蒼い瞳が輝きながら恐ろしい精度で【観察眼】を発動させれば、至る所に飛び散った黒い羽と、血痕が見えた。

そして、周囲を満たす恐ろしいまでに高濃度のマナも。

最低でも今のルファスはレベル800オーバーだとプランはあたりをつけた。

 

 

 

 

自分の思考が恐ろしい程に澄んでいる事をプランは何処か客観的に見ていた。

そしてアリストテレスは何も言わない。分析も皮肉も、何一つ。

誰もが迎えることになる人生における試練の時が来たと彼らは判断し、ただ当代の選択を見守っている。

 

 

 

 

「フレンド!」

 

 

 

凍り付く程に寒々とした雰囲気を纏ったプランの肩に暖かい手が置かれた。

機械の様に無機質な怪物になりかかっていた彼を人の域に戻そうとする思いやりのある掌であった。

 

 

 

そこにいたのはカルキノスだ。

魔物でありながら誰よりも人間味に溢れた男がそこにはいた。

彼は今まで見てきたどんな顔よりも辛そうな表情を浮かべていた。

 

 

今の彼には平素浮かべている笑顔もなく、唇を強く噛んで微かな血を零している。

心から彼は傷ついていた。

誰よりも強い肉体を持つ男は、その実だれよりも仲間想いなのだ。

 

 

 

アウラに起こった悲劇。

ルファスの抱いた絶望と憎悪。

そしてプランの本人でさえ自覚しきれていない感傷。

 

 

 

全てを我がことの様に受け止めている彼は誰よりも嘆き悲しんでいた。

その上でカルキノスは折れない。膝を屈さない。

降り注いだ理不尽にどうすればいいか、彼はある意味ではプランよりも素早く答えにたどり着く。

 

 

 

「話は聞いています。ミーは街の方々に協力をお願いしてきますね!!」

 

 

 

多くの人々に助けを求める。

カルキノスの出した答えは単純明快なものであった。

明らかにピオス司祭一人では手が足りてないと瞬時に魔物としての本能で見抜いた彼の行動は素早かった。

 

 

扉を潜る時間も惜しいと判断した彼が窓枠に足をかけ……最後に一度振り向く。

彼はプランを見て笑った。

こんな時ではあるが、きっと自分でも気づいていないであろう程に気落ちした友を慰める為に。

 

 

 

「それと……あまり思いつめないで下さい。

 何もかも自分のせいだと思うのはBADですよ」

 

 

 

プランは彼の言葉に自分がどんな顔をしたか判らなかった。

 

 

 

 

「ありがとう」

 

 

 

カルキノスが音もなく去ると次に彼はピオスを見た。

ミョルニルの野戦病院において数えきれない程の経験を積んだ彼はアウラの傷を険しい顔で治療している。

幾度もヒールを使い、ポーションなども併用して彼は慎重に短剣を引き抜こうとしていた。

 

 

 

1ミリ動かすだけでとてつもない負荷が彼女にかかってしまい、顔を苦痛に歪めている。

意識はないが、それでも痛覚は生きている。

麻酔は出来ない。ここまで衰弱した身体にそんなものを使用したら、そのまま緊張の糸が切れて永眠という話も十二分にあるのだから。

 

 

麻酔無しで手術を行われる。

それがどれほどの苦行になるかは語るまでもない。

『一致団結』は既に発動されている。

 

 

アリストテレスの優れた瞳とピオスの医療従事者としての能力は複合されており、それによってとてつもない精度の手術を可能としているのだ。

その上で可能性は半々……いや、分はかなり悪いとプランは冷静に見ていた。

 

 

 

「お行きなさい」

 

 

 

ピオスが唐突に口を開いた。

作業はもちろん続けている。彼はヒールを何回も何回も連続で発動させている。

SPが尽きかけたらすぐに補充の為のドリンクを一気に飲み干して回復。

 

 

彼の隣には山の様にポーションや包帯、その他アイテム類が積み重なっている。

竜王の脅威が認知され始めた頃から貯蓄していた諸々のアイテムをプランは全て放出している。

しかし、これでもまだ足りないかもしれない。

 

 

 

既に2度、彼のSPは底をついていたがその度に回復アイテムを用いている。

数値上のSPは回復するだろうが、体力は戻らない筈だというのに彼は全く疲れを見せない。

ピオスはタオルでアウラの血を丁寧にふき取り、患部を凝視したままプランに対して言う。

 

 

 

 

「彼女は深く傷ついています。貴方は彼女を助けてあげてください」

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

プランは沈黙で答えた。

いつもの微笑みも何もない無表情で。

そんな彼を見てピオスは微笑んだ。

 

 

 

彼は司祭だ。女神の愛を伝え広める男だ。

迷う者、恐怖に悩まされる者、あらゆる人々に愛を説くことを使命とする男だ。

だから、彼は当然の様にいう。

 

 

 

 

「貴方がどれほど彼女を愛しているか私達は知っています」

 

 

 

ピオスの言葉にプランは露骨に目を逸らした。

“愛”という言葉を彼は……避けている。

自分はあくまでも部外者という前提はこのような事態になっても彼から離れない。

 

 

 

ルファスから彼は逃げているのだ。

彼女が一歩を踏み出すと一歩下がる。

それが彼のやり方であった。

 

 

はっきり言ってしまえば、彼は自分がルファスを愛していると言われてもピンと来ない。

彼がルファスを保護し守っているのはそれが大人の義務だからだと思っている。

 

 

 

彼は諦めている。

自分はそのような輝かしいモノとは無縁の存在であると。

しかし司祭は彼から眼を離さない。

 

 

こんな時であっても平常心を失わずに彼は信頼を投げかけるのだ。

 

 

 

「大丈夫……貴方ならできます」

 

 

「最初の言葉の通りですよ。

 “最善を尽くすのです。諦めない事、それが大事です”と」

 

 

 

それは5年前、ルファスとアウラを預かった日に司祭が語った言葉。

まだ無機質であったプランは何てことないと微笑みながら聞き流した言葉。

しかし、それが今や逃げられない言霊として帰ってきていた。

 

 

 

“最善”という言葉の意味合いは彼とプランでは大きく異なっている。

そしてプランは考えていた。ルファスを救う方法をずっと。

しかし判らないというのが嘘偽りなき本心でもあった。

 

 

 

父親に殺されかけて深く傷ついた少女の心とどう向き合えばいいか、彼には判らない。

母親を父親に殺されかけたルファスの心がどうなってしまっているかは想像を絶するものがある。

 

 

 

 

殺す方法なら幾らでも出てくる。

しかし助ける方法は……全く判らなかった。

プラン・アリストテレスは生涯で初めて答えの判らない難問に挑むのだ。

 

 

歩き出そうとすればチャリっと金属質な音がする。

見ればそこにあったのは彼が12歳の誕生日の時に彼女に渡したペンダントだった。

粉々に砕けて床に投げ捨てられているソレはもう直す事も出来ないだろう。

 

 

 

プランはそれを拾い上げると懐にしまって歩き出す。

そんな当代を66人のアリストテレス達はただ見ているだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蒼く輝く【観察眼】は異常を捉えている。

どれもこれも、この先に居るであろうルファスが真っ当な状態ではないという兆しである。

 

 

 

充満する濃すぎるマナの残り香。

散乱した黒い羽根。

大地の所々に見受けられる抉ったような傷跡。

 

 

 

いつもならば煩い程に鳴いている虫や獣たちは不気味なほどに物音一つ立てようとはしない。

誰も彼もが恐怖に震えるかの様に息を潜めていた。

 

 

 

まるで竜が通った後のような惨状がリュケイオンの近郊にはあった。

それは森に続いており、進めば進むほど空間におけるマナは濃くなっていく。

そんな中を彼は慎重に進んでいく。

 

 

 

 

この道には覚えがあるとプランは思った。

恐らくこの先には小さな湖がある。

忘れもしない……あの“子隠し”を葬った場所だ。

 

 

とてつもない圧迫感をプランは覚えていた。

足を進めるごとに物理的な壁と誤認しかねない程の圧……拒絶が押し寄せてくる。

ミズガルズにおいて何の珍しくもない絶望と憎悪に満ちた念をプランは感じ取っていた。

 

 

 

ルファスが強くなりたいと初めて叫びを上げた場所。

そこに居るのはかつての“子隠し”など比較にもならない強さを持つ女の子である。

 

 

 

プランはルファスを刺激しないようにスキルなども使わず、自然体で歩いている。

しかし一歩進むごとに頭の中がうるさい。

歴代の当主は不気味なまでに沈黙しているが、代わりに響くのはルファスの言葉であった。

 

 

 

───ねぇ、貴方、強くて賢いんでしょう? なんで私の翼を治してくれないの?

 

 

 

響くのは彼女の絶望に満ちた言葉。

ただ翼の色が黒い。

それだけで生きる事さえ否定された少女の悲痛な嘆きであった。

 

 

 

───私の翼をみんなと同じ(白い翼)に治してよ。私を皆と同じに戻して

 

 

この世の全てを憎む荒み切ったルファスの瞳を彼は忘れられない。

あれから5年経とうとあの日の少女の言葉は頭から離れない。

ルファスの言葉はもはや一種の呪となって彼の中に刻みつけられていた。

 

 

 

───私は強くなりたい。誰よりも、何よりも!  貴方よりも!!

 

 

 

彼女の強さへの欲求。

その始まりは怒りであった。

己の身を害された事もそうだが、何より彼女は大切な母親を苦しめられた事に対して憤っていたのだ。

 

 

 

本当ならばそんな事を考えない人生であったはずだ。

翼の色さえ違えれば普通の良き父親になれたジスモアと、優しい母であるアウラに囲まれて平穏な日々を送れたはずだった。

 

 

 

 

しかし現実は悪意に満ちている。

彼女の心の傷は無遠慮に抉られ、憎悪と絶望の底に沈みそうになっている。

 

 

 

 

……誰が悪い?

 

 

根源的な部分を彼は考えた。

今回の一件についてではなく、ジスモアがどうしてこうなったか、そもそも何故ルファスとアウラ……そしてジスモアが苦しんだかを。

 

 

天翼族の狂気ともいえる差別の原因。

ルファスの他にも夥しい人々が苦しみ悲しみ、多くの年端もいかない子供たちをヴァナヘイムの森にうち捨てた悪意の発端を。

 

 

 

誰が悪い? 原因はなんだ?

 

 

 

───答えは出ている。

 

 

 

彼は最初からソレを知っている。

ただ、今まで自分には関係ない、興味ない、気持ち悪いと眼を逸らしていただけ。

プランは産まれた時から……否、産まれる前から知っていた。

 

 

 

「なるほど」

 

 

“そういうことか”

 

 

一言だけ呟く。

全く感情の波がない平坦な声。

ゴーレムの方がまだ情緒のある声音であった。

 

 

 

男の心は水晶玉の様に透明になった。

彼はジスモアの行動の“原因”を悟ったのだ。

その瞬間、プラン・アリストテレスの心は一瞬だけ無となった。

 

 

蒼い瞳がギラギラと燃える様に輝いている。

宙の如き冷たさだけがそこにはあった。

蒼い光が雲一つない夜空を見上げる。

 

 

 

いや、ねめつけるといった方が正しいか。

 

 

 

これがお前のやり方か。

 

 

 

宙の向こう、宇宙の向こう……高次とか別次元とか、並行世界やら何やらという複雑な概念全てを超越した所に座す女をプランは見ていた。

男を狂わせ、愛する妻を手にかけさせた上に何の罪もない娘を苦しませるのがお前のやり方か、と。

 

 

 

彼もまたアリストテレスである。

女神に対する嫌悪を抱くのは本能のようなものだ。

代々受け継がれた怒りと嫌悪を何処か客観的に見ていた彼は、この時始めて己だけの嫌悪を抱いたのかもしれない。

 

 

 

 

“気持ち悪い”という感情がほんの少しだけ“害悪”に対する嫌悪へと変わりつつある。

 

 

 

 

 

 

立ち止まる。

考え事をしながら歩いていれば、目的の湖に気が付いたら到着してしまっていた。

きらきらと月灯りを反射し輝く湖の前に彼女はプランに背を向けて佇んでいる。

 

 

所々が破けた衣服は泥まみれであり、足は素足である。

今の彼女からはいつも感じる圧倒的な生命力……覇気ともいえるモノが何もなかった。

まるで抜け殻、彼女を構築する最も大事な要素がすっぽりと抜け落ちてしまったようだ。

 

 

 

直ぐにプランは近寄ろうとしたが、止まった。

奇妙な違和を彼は感じ取り、眼を凝らす。

 

 

 

 

 

……直ぐに気が付く。

ルファスに翼が見受けられない。

今の彼女はいつも携えている黒い翼をもっていない。

 

 

少なくとも物理的な翼は見えない。

しかし、確かにそこに“何か”がある気配だけはする。

もっと概念的なナニカが。

 

 

 

 

プランは【観察眼】を使用し……おぞましいモノを見た。

 

 

 

黒い泥がルファスの背より出血でもするかのように()()()()()()噴き出ていた。

それは分類としてはマナであるが、とてつもなく濁り切っていた。

まるで今のルファスの心が血を流している様であった。

 

 

マナとは感情に強く反応することもある概念だ。

簡単な一例をあげるならば、淡々と何も思わず破壊魔法を行使するよりも、殺意を込めて発動したほうが威力は上がりやすい。

これは接近戦の【スキル】にも同じことが言える為に、多くの者は【スキル】などを発動する際にその名前を強く叫ぶのだ。

 

 

 

 

以上の例を参考に今のルファスを察すると……想像を絶するというしかない。

5年間でようやく癒されかかった傷跡を無理やりこじ開けられ、父親に殺されかけ、更には誰よりも愛する母の亡骸を見た心は砕けてしまっている可能性さえあった。

それら全てを【観察】した後、プランは動く。

 

 

 

 

ざり、とプランはあえて足音を立ててルファスに近寄った。

ルファスは何の反応も示さない。

ただ背より垂れ流される“泥”が周囲を包んでいく。

 

 

部分的にヘルヘイムと見間違うほどのマナ溜まりが形成されていくがプランは進んだ。

 

 

 

 

「ルファス」

 

 

 

声をかける。

ここでようやく彼女は反応した。

ゆっくりと振り返る。

 

 

 

「プラン」

 

 

 

名前を呼び返してくる。

しかしそこには何の言霊もなかった。

あれほど活発な光を宿していた紅い瞳は何処までも虚無で、ガラス玉の様だ。

 

 

 

ふらふらとした足取りでルファスはプランに近寄る。

彼の中の本能は危険だと警報を鳴らしたが、あえて彼はそれを無視した。

そしてアリストテレスはただ見ている。

 

 

 

男は足取りも確かではない少女に駆け寄る……するとルファスはプランの胸元に抱き着いた。

あれだけ恐怖していたというのに。あれだけ拒絶していたというのに。

少女は男に真正面から抱き着いたのだ。

 

 

 

ぐりぐりと彼の胸に頭を押し付けて動かす。

小動物が己の所有物にマーキングするようであった。

 

 

 

しかし彼女からすればこれは当然であった。

もう二度と手に入らない美酒を味わっているようなものなのだから。

 

 

 

「わたしね……変わりたいって思ってたんだ」

 

 

 

15歳とは───いや、ルファスとは思えない程に幼い口調と弱弱しい言葉で彼女は言う。

心が割れ、最も愛する人を失った今の彼女は何の取り繕いもない、ただのルファスであった。

多くの傷を受け、何もかもを奪われたルファスの心はもしかすると9歳のまま止まっているのかもしれない。

 

 

 

「このままじゃダメだって思ってたの」

 

 

 

「リュケイオンですごすのが楽しくて……でもわたしはずっと貴方にひどい事ばっかり言ってた」

 

 

 

 

ジスモアを通して自分の行いを見せつけられた彼女はソレがどれだけ他人を苦しめる事か知ってしまった。

あれだけ嫌悪し憎悪していた父と同じことをやっていた。

自分は間違いなくジスモアの娘なのだという悪夢の様な現実を直視した彼女の心は崩れかけてしまっている。

 

 

 

「……ごめんなさい。

 わたしは貴方をきずつけていました。だから───」

 

 

 

“ごめんなさい”

 

 

そして。

 

 

 

「どうかわたしを許さないでください」

 

 

 

父と同じ言葉を語り、父と同じ行いをルファスはした。

結局、何処まで行っても彼女はジスモアの娘でしかなかったのだと自分で証明するように。

プランは己の腹部を見て……そこに突き刺さったミスリルの刃を見た。

 

 

 

11歳のとき彼女に贈ったプレゼントが、彼を貫いていた。

 

 

痛みは余りなかった。

ただ、少しだけ熱くて……次いで己の中の熱が流れ出ていくのをプランは客観的に捉えていた。

そして刀身を通してルファスの中で渦巻くマナが流れ込んでくる。

 

 

 

それはプランの中に深く深く打ちこまれ、傷の治療を阻害する。

【デネブ・アルゲティ】に似た天力への妨害攻撃である。

魔王のソレが万物を破壊し治癒など認めないという呪ならば、これはルファスがプランだけを狙って練り上げた呪だ。

 

 

 

その時が来たのだとプランは悟った。

前々から言われていた殺害宣告が成就する時なのだと。

 

 

ルファスが下がる。

咄嗟に伸ばされたプランの手を彼女は振りはらった。

二度と掴むつもりはなかった。

 

 

 

「もういい。……判ったんだ」

 

 

 

「わたしは、どうやってもこういう存在なんだって」

 

 

 

少女は何の光もない瞳で空を見上げた。

こんな酷い状態だというのに、星座だけはあの日と同じように輝いている。

今の自分にはこんな美しい光景は似合わないと彼女は思った。

 

 

 

「ヴァナヘイムは正しかったの。

 呪われたつばさの悪魔なんだね、わたしって」

 

 

 

空間が軋む。不可視であったルファスの“翼”が真っ黒な濁流として顕現する。

影の様に薄っぺらで立体感の無いそれは翼というよりは“枝”と評するべきかもしれない。

何十、何百にも枝分かれした細いソレは不気味に蠢き、少女にまとわりつく。

 

 

 

「おとうさんも直ぐにそっちにいくと思うから、仲良くしてあげて」

 

 

 

ルファスの肉体は彼女の願いを叶える為に全霊を尽くしているのだ。

今のルファスのレベルは無理やり1000まで上昇しており、ミズガルズにおける上限に達していた。

しかし過負荷を与えられた少女の身体は至る所から軋みの音を上げているがルファスはそんな事きにも留めない。

 

 

 

“もういいや、全部こわれちゃえ”

 

 

 

ルファスは全てを呪っている。

そう、自分さえも。

 

 

 

プランは考えた。

自分が生き残るためではなく、最期にこの少女に何を残せるか。

やはりというべきか、彼は諦めてしまっていた。

 

 

自分ではやっぱりルファスを救えないと。

ピオス司祭の見立ては間違っていたなと彼は自嘲した。

 

 

そして考えて。

考えて、

考え抜いて。

 

 

彼は一言だけ贈った。

心から湧いた一言であった。

 

 

 

「出会えてよかった」

 

 

 

「うそつき」

 

 

 

ルファスは右手で拳を作り構える。

初めての殺人を彼女は行おうとしていた。

プラン・アリストテレスの5年間はこの為にあったのかもしれない。

 

 

 

彼の今までの献身、活躍、優しさに贈り物……その全てがルファスを相対的に絶望に叩き落とすための前座であったのだろう。

幸せしか知らない者が美しい祈りを生み出せない様に、幸せを知らない者は真の絶望を抱けないのだ。

ルファス・マファールを魔物として完成させる、その贄に彼はなるのだ。

 

 

 

竜王ラードゥンさえも超えた怪物に至れる素養がルファスにはある。

アン・ブーリンが女神さえも超える可能性を感じたのは決してまやかしなどではない。

 

 

 

プランを殺すことによりルファスは人間性を完全に消し去ることが出来る。

人としてのルファスが消えた後に残るのは世界全てを恨む究極の魔物だ。

 

 

 

 

【シャインブロウ】

 

 

 

拳が光速で振るわれ、発生した暴風の如き破壊がプランを包みこんだ。

 

 

 

そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

破壊は受け止められた。

世界を憎悪し拒絶する拳がとてつもない拮抗に衝突し、跳ね返される。

 

 

 

「NOOOOOOOOOOOOOOOですよ!!!!」

 

 

 

それは男であった。

つい一瞬前までプランがいた場所には褐色の肌をした男が立っており、彼はルファスがプランを跡形なく消し去るために放った拳圧を真正面から受け止め、はじき返していた。

【チェンジリング】で友と居場所を入れ替えた彼は咆哮をあげ、少女の絶望を真っ向から吹き飛ばした。

 

 

 

彼のレベルは800。

されど大切な存在を守る力だけならば誰よりも凄いのだ。

 

 

 

 

「フレンド!! 後でsermonですからね!!

 覚悟の準備をしておいてください!!」

 

 

 

 

「理由はもちろんお分かりですね!? 

 貴方が諦めないという約束を破ったからです!」

 

 

 

 

滅多に見せない怒りの形相で彼……カルキノスは叫んだ。

世の理不尽に怒りを抱いていたのは何もルファスだけではない。

 

 

 

「貴方もですよレディ!! 

 なーに勝手に二人そろってgive upしようとしてるんですか!!!」

 

 

 

 

ビシッと半ば魔物と化したルファスを指さす。

今の彼女が魔物として己よりも格上であると悟りながらも彼は決して逃げない。

再三にわたり言うが彼は守る事が得意な男だ。

 

 

 

自分を守る事が彼は得意だ。

しかし、大切な友達たちを守るのはもっと得意なのが彼なのだ。

そんな彼がプランとルファスの窮地に立ち上がらない訳がない。

 

 

 

 

つまり今の状況は一言で表せる。

隣人のカルキノス(二人の友達)が現れたのである。

 

 





一見できる男に見えるが実際は違う。
彼は「すごく出来る男」なのです。

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