ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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鼻パスタの件を見るに、ルファスはやると言ったらやる女です。


アウラの “うたう” 

リュケイオンの地、アリストテレス家の屋敷の庭にプランとルファスはいた。

青空の下、二人は向かい合っていた。

ルファスの手に握られるのは訓練用の木刀、同じようなものをプランも構えている。

 

 

 

両者の間にある距離はおおよそ10歩分ほど。

ルファスはともかくプランにとっては存在しないも同然の間合いだった。

青い目が少女を無機質に見つめている。

 

 

ゴーレムと思えてしまう程にプランの瞳は感情がなく、黙々と少女の様子を観察しているのだ。

対して少女の視線は鋭い。

つい最近10歳になった少女の目は戦士としての様相を宿していた。

 

 

動きやすい麻製のズボンとシャツを着た彼女は油断せずにプランを見て、どうやってあの顔を叩き割ってやるか考えていた。

冷たく、鋭く、殺意だけがそこにはある。

模擬とはいえそこにある気迫だけは実戦のソレだった

 

 

 

既に何度か切りかかったが、その度に彼は片手だけで、しかもルファスから見ても洗練されていると称するしかない動作で彼女を払いのけていた。

今日だけで13回、彼女はプランに立ち向かい、あしらわれている。

 

 

 

 

「ッッ!!」

 

 

ルファスは歯を噛み締め、全身を跳ねさせるように彼との距離を詰める。

両手で握りしめた木刀を右から左へと横薙ぎに振るう。

右足を軸に、身体を回転させながら武具を振り回した。

 

 

足腰の完璧な連携と遠心力さえも付け加えられて放たれたソレは正に会心の一撃とよぶに相応しい。

しかしそれに相対するプランは避けようともしなかった、少なくとも足は一歩もそこから動かない。

彼は【サイコスルー】を自らの身体を対象に発動し、ほんの微かに真後ろへと向かう力の流れを作る。

 

 

次に【瞬歩】を一瞬だけ発動させれば、彼の身体は直立したまま一歩分ほど真後ろに向かって“スライド”した。

ジジジとミズガルズの法則が乱れる音がし、彼の身体は瞬き一回分ほどの時間の間、この世界から消えて、戻ってくる。

 

 

結果ルファスの渾身の一撃は何もない個所を素通りしてしまうが、彼女は諦めない。

攻撃が無駄に終わった事を悟った彼女は咄嗟に武器を手放す。

大きく体勢を崩した隙を見せるよりは、素手で戦った方がよいと彼女は判断したのだ。

 

 

振り回された勢いのまま何処かに投げ捨てられた武器をしり目に、拳を握りしめて彼女はプランに飛びかかった。

武器を持つ相手に素手で挑むなどは蛮勇と取られても仕方ないが、彼女のレベルは20。

冒険者たちでもこのレベルの者は中々存在しない、本当の意味での強者の入り口に立つ強さだ。

 

 

ミズガルズにおいての一般人のレベルである3を10歳の子供が7倍も凌駕しているという異常がここにはある。

 

 

プランは木刀は使わなかった。

やろうと思えば一瞬で勝負を決められるが、これはあくまでも模擬戦であり、勉強の一種なのだ。

直ぐに終わってしまったら何も与える事はできない故に、彼は素手での戦いに付き合った。

 

 

左手のみで彼女の全力の殴打を受け止め続ける。

空気が震える爆音が響くが、プランにダメージはない。

噛み締めた歯の隙間から獣のような呻きを上げて殺意と怒りをぶつけてくる彼女にプランは滔々と語る。

 

 

 

「体の動かし方が出来てきている。

 武器を捨てるという判断も正解。

 基本は武器があった方が強いのは間違いないが、そればかりに拘るのは良くない。

 最終的にモノをいうのは自分の身体ってことは忘れないで欲しい」

 

 

「ッッッ! その余裕、すぐに崩してやる!!

 

 

拳が効かないと悟ったルファスは 直接の真っ向からの戦闘においては絶対に一矢報いることも出来ないと悟った。

なので彼女はズボンのポケットに手を突っ込み、その中に詰め込んでいた砂を握りしめる。

自分から離されることのない青いプランの目、ソレに向かって砂を投げつけた。

 

 

避ける。

目を瞑る、

払いのける。

 

 

 

どう対処するにせよ、一瞬だけの隙は生まれるはずだ。

ソレに乗じて彼女は動こうとした。

 

 

「……え?」

 

ありえない物を見たような呟きがルファスから漏れた。

彼女の目の前で全ての砂粒が水滴に変わり果てボトボトと大地を濡らす。

何が起こったか判らなかった。

 

 

【アルケミスト】のスキルである【錬成】が誰にも理解できない速さで発動されただけであった。

これは理解()()()()()を別の理解()()()()モノへと変換する術である。

【観察眼】によって世界を回す法則さえも観測できるプランが用いれば、事実上ミズガルズにおけるあらゆるものを望む形へと書き換えてしまいかねない術だった。

 

 

つまるところ、プランには物質による攻撃は意味をもたないということだ。

 

 

 

「戦いにおいては何をやってもいい。

 自分の発想を否定してはいけない。

 今の目潰しだって立派な戦術だ。

 そして一見すると戦いに役立たないようなスキルも、こういう風に少しだけ解釈を変えてやればとてつもない万能性を産む」

 

 

ただ、それが失敗した場合の流れも最低3つは考えておくべきだな、と告げてからプランは一瞬だけ呆けたルファスの隙を見逃さず、軽く指先で彼女の額を弾いた。

迫りくるプランの腕を前に刹那、少女の身体が硬直する。

瞬間、ルファスの頭を衝撃が走り抜け、脳を直接揺さぶられた彼女は力なく倒れた。

 

 

頭の中に存在する平衡感覚を司る部位をエスパーのスキルで揺さぶった結果であった。

 

 

必死に手足に力を入れようと足掻くルファスにプランは微笑みかけ、いつの間にか自分たちを観戦していた者らを示す。

プランの視線の先をルファスが辿ればそこにはカルキノスとアウラがいた。

母が持ってきたバスケットの中身は恐らく昼食である。

 

 

「ぐ、ぐぐぐ……ぬ……」

 

 

悔しそうにプランを数秒見つめた後、ルファスは脱力して天を仰ぐ。

 

 

 

「私の……負けだ」

 

 

 

本当に、心の底から悔しさがにじみ出た声でルファスは己の敗北を認めた。

よほど敗北を口にしたことが悔しいのか、歯ぎしりの音が止まらない。

 

 

 

 

 

 

試合が終わった事を察した見学者、カルキノスが笑顔を浮かべて声を上げる。

 

 

 

 

「good work! 

 マイ・フレンドもレディも、実に素晴らしい動きでした! 

 これはレディがミーを超える日も近いかもしれませんね!!」

 

 

「……いつかお前のその無駄に硬い殻を叩き割ってやる、絶対にだ」

 

 

悪意なく笑うカルキノスにルファスの顔が更に苦渋に満ちた。

負けず嫌いな彼女にとってカルキノスと一回だけ行った模擬戦は正に屈辱的なものでしかなかった。

何度も全力で彼を攻撃するものの、蟹の魔物としての圧倒的な防御力を突破できず、ダメージどころか服に汚れをつけることさえ出来なかったのだ。

 

 

そんな己の無力を突き付けられて屈辱を味わう彼女をカルキノスは悪意なく褒めたたえ続けた。

 

 

 

──YES! 凛々しい顔もgoodですよレディ!

 

 

死ね。死ね。死ね。死ね。死ね!

 

 

──WOW! 素晴らしい戦意です! 将来は立派なウォーリアーになれるでしょう!!

 

 

死ね! 死ね! 死ね! 死ねえぇッ!!

 

 

──YES! YES!! GOOD!! その調子です!!

 

 

 

死ねェェェェェッ!!!

 

 

 

余りに無体な内容に思わずプランが止める程の惨劇であった。

はた目から見れば幼子が涙目で大人に飛びかかってるだけにしか見えない微笑ましい光景なのが更に哀れさを誘う。

 

 

 

断っておくがカルキノスに悪意は欠片もない。

彼は心からルファスの頑張りを評価し、称えている。

ただ少し……彼は魔物である故に……人とは感性がちょっとだけズレていただけで。

 

 

 

「ご苦労様、今日もよく頑張った。前よりも強くなってたよ」

 

 

頭を揺さぶられたせいで立ち上がれず藻掻くルファスは笑いながら手を差し伸べてくるプランを見上げて、顔を皺だらけになるほどに歪めた。

絶対にこの男の手を借りたくなかった彼女は手足が動かないのならば、その代わりに翼を使った。

バサバサとソレを動かし、彼女は一対の翼に吊られるような形で起き上がる。

 

 

おや、と驚いたような顔をするプランに彼女は宣言した。

 

 

「貴方の手を借りなどはしない。私は一人で立てる」

 

 

所在なさげに差し出した手を動かす彼にルファスは疲労を感じさせながらも、それ以上に決意に満ちた声で言った。

 

 

「絶対に、いつか這いつくばらせて見せるからな……覚悟しておけっ……!」

 

 

 

屈辱を噛み締めながらルファスは述べる。

“子隠し”の一件から己の無力さを悟った彼女は強くなるためにあらゆる努力を惜しまなかった。

男性の様な尊大な口調もその一環である。

 

 

どうやら彼女は形から入るタイプらしく、イメージする強い己に少しでも近づくために

少女の様な弱い口調は止め、尊大な王の様な言葉遣いをするようになっていた。

そんなルファスをプランとアウラは複雑な顔で見つめ、どのような形であろうと先に進むもうとする勇姿にカルキノスは喝采を上げていた。

 

 

 

「それはそうと、Lunch timeですよ! 

 えぇ、えぇ、何と聞いて驚いてください! 

 今日のランチはエノク夫人とミーの共同制作です!!」

 

 

 

鼻歌を歌いながらカルキノスはバスケットを開き、中から肉料理を取り出す。

綺麗に皿の上に乗せられていたのは牛肉を使った料理であった。

焼いた牛肉を薄く切って盛り付けたソレの名前はタリアータといった。

 

 

焼きたての肉が放つ香ばしさにプランは楽しそうに笑い、ルファスさえも目が離せなくなった。

ただでさえリュケイオンに連れてこられるまで碌なモノを食べた事のなかったルファスである、未知のおいしそうな料理に興味がわくのは当然であった。

 

 

「addition! イェァ! 更にィ、ここにコレを加えます!!」

 

 

カルキノスが取り出したのは粉末状のチーズであった。

彼はソレを摘まみ上げ、気取ったポーズで肉の上に振りかける。

神々しい儀式の様に厳かにチーズを振りかけながら彼は、かつてない程に真剣な声音で言った。

 

 

何処からか取り出したサングラスを装備した彼はまるで神への祈りの様に言葉を続ける。

 

 

「meatのかたちと味は上から下まで、ミーの一部なのです……。

 meatのInsideからミーのfeelingが溢れ出し、チーズを振る時、meatの上に落ちていく……」

 

 

「そうか。美味しそうだから早く食べたいな。ルファス、手を洗いに行こうか」

 

 

「うん」

 

 

いつにもまして意味不明な言語を吐くカルキノスにプランは率直に言った。

普段はプランのいう事など滅多に聞かないルファスであったが、今日だけは素直に頷いた。

悪い奴ではないのだが、時々面倒になるというのが二人のカルキノスに対しての認識であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レディ、此度のlunchはお気に召したでしょうか?」

 

 

にこにこと笑いながら問いかけるカルキノスにルファスは仏頂面を崩さない。

しかし彼女はこの鬱陶しい蟹男の隣にいる母を見てから少しだけ表情を柔らかくさせる。

実際、とても美味しかったというのが正直な所だ。

 

 

だが彼女は間違っても其れを口にしたりはしない。

母が作ってくれたんだから美味しいのは当然だ、と自分を納得させる理屈を即座に構成する。

 

 

「……美味しかった。母が作ってくれたんだから、当然だ」

 

 

勘違いするな、お前の腕がいいからじゃないぞ、と付け加えて言えばカルキノスは当然だと頷く。

ルファスの視線が母を向いたのを悟った彼は「皿の片づけがありますので」とだけ告げてそそくさと消え去った。

残されたのはルファスと、アウラ、そしてプランである。

 

 

妙な所で気が利く男なのがカルキノスなのだ。

この気遣いの範囲がもっと広がればいいのにとプランは思わずにはいられなかった。

 

 

「ご馳走様でした。美味しかったですよ」

 

 

 

プランがアウラに感謝を伝えれば、彼女は恥ずかし気に笑いながら言う。

 

 

「……久しぶりでしたので、ちょっと不安でした」

 

 

「ブランクは全く感じませんでしたよ」

 

 

 

お上手ですね、と笑うアウラにルファスの不機嫌度が上がった。

彼女は母とプランの間に仁王立ちすると、この不躾な男を睨みつける。

ふん、っと小柄な彼女がどう頑張って胸を張ろうともプランを見上げる形になってしまい、第三者から見たら少女が大人ぶってるようにしか見えないのは当人には秘密である。

 

 

「食事も終わった。午後は私に魔法や天法を教えてくれる約束だったはずだが?」

 

 

「勿論忘れてはいないさ。ただ……」

 

 

言葉をつづける前に大きくプランは欠伸をした。

“子隠し”の件の事後処理を片付けたおかげで執務作業が減った彼ではあるが、それでも領地を一人で切り盛りするのは大変なのだ。

近々失った子供たちの慰霊会を行う予定もピオスからの提案で上がってきており、予定はかなりカツカツだというのが正直なところだ。

 

 

その上でルファスへの鍛錬も決して欠かしてはならない。

結果として犠牲になるのは睡眠時間であった。

必要な量は寝ている筈だが、逆を言えば必要な分しか彼は眠っていない。

 

 

彼は無理はしないと決めている男であった。

故に何も隠し立てすることなく訴えかける。

 

 

「ちょっとだけ休ませてほしい……端的に言って、眠い」

 

 

運動した後にしっかり食べたせいで今までの疲れがじんわりとにじみ出てくるのを感じたプランはルファスに懇願する。

プランの言葉にむっとした顔をした少女であったが……。

 

 

「ルファス、プラン様は疲れてらっしゃるわ……。

 そんな状態では、貴女の鍛錬も上手くいかないと思わない?」

 

 

背後から母に抱きすくめられ、見下ろされる形になってから降ってきた言葉にルファスは微かに唸りを上げた。

間違っても10歳の少女がしてはいけないような渋面を作った後、彼女は頷いた。

しかし、続いて放たれた母の言葉に彼女は母から目を逸らした。

 

 

「それに貴女もよく眠ってないじゃない」

 

 

「……それは」

 

 

10歳になってからの彼女は何かにとりつかれるように力を求め、その為に己の身体を苛め抜いていた。

プランとの鍛錬もそうであるし、それ以外にも彼女は独学で本を読み漁り、剣を始めとした各種の武器を振り回し、暇さえあれば素振りなどをする毎日。

間違ってもそれは子供が行う日常ではない。

 

 

当然アウラはそんな娘の様子を把握していた。

己の不甲斐なさのせいで苦労をかけっぱなしなのは自覚しているが、それでも昨今の娘のやり方には危うさを感じていたのだ。

何とか新しい生活が軌道に乗ってきた今だからこそ、彼女は母親としてようやく娘と接することが出来るようになり始めている。

 

 

もういつ訪れるか判らない死神に怯える日々ではないのだから。

 

 

「何を……ぅ……」

 

 

ルファスの肩を掴んで体を180度回す。

向き合う形にしてからアウラはそっと己の娘を抱きしめた。

背の翼が大きく広がり、彼女の身体はそこに滞空する。

 

 

アウラの意図を察したプランが椅子を彼女の下に持ってくれば、女は会釈してからそれに座った。

小柄な娘を抱きしめたまま、彼女はルファスの背を優しくさすり、時には軽くリズムを付けて叩いてやる。

 

 

「ルファス。ルファス。今日は貴女も少しお休みしましょう……?」

 

 

「でも……」

 

 

久しくなかった母親からの抱擁に戸惑いを隠せずにルファスは意識だけをプランに向ける。

こんな恥ずかしいさまを見られたくないと思っての行動だったが、既に彼は近くの安楽椅子に身を委ね、アイマスクを装着し始めていた。

どうやら本当に一眠りするらしく、指を腹の上で組んで完全に入眠の構えだった。

 

 

つまり今の自分の恥ずかしい姿を誰も見ていないと判断した彼女は、恐る恐るといった様子で母に己の身体を預けた。

つい少し前、この人の事を弱い等と思ってしまった事がアウラへの抵抗を奪わせる一因となっていた。

ちらりとでも母を捨てる等と考えてしまった自分が彼女は許せなかった。

 

 

 

「────。────。」

 

 

アウラが小さく歌を口ずさむ。

昔から何度も聞いていた子守歌だった。

彼女はいつもこうやって娘を抱きしめ、寝かしつけてくれた。

 

 

いつだってアウラはルファスの味方だった。

近所の子供たちに怪我を負わされた時、父に殴られた時、周りの天翼族に囁きながら罵倒されたとき。

涙を零して帰るルファスを母はいつも抱きしめ、この歌をきかせてくれた。

 

 

辛くて、悔しくて、悲しくて眠れない時に聞いていた歌だった。

しかし、今は違う。全く悲しみはない。

未だ憎悪と憤怒は胸の内で燻ぶっているが、それはいずれプランを殺して解消してみせる。

 

 

 

薄く目を開けてルファスは周りに意識を回す。

ここは何もかもがヴァナヘイムと違う。

あそこにあったのはただ死ぬのを待っているだけの、小屋という名前の墓地であった。

 

 

密閉されていて、外からは絶えず悪意を注がれた上に死を願われるだけの地獄だ。

あのままあそこにいたらルファスは“子隠し”の一部になっていたかもしれない。

 

 

 

このリュケイオンにあるものはルファスの知らないモノばかりだ。

どいつもこいつも不愉快で、目障りで、一緒にいるだけでイライラする。

 

 

自己満足の偽善者とはいえ、美味しい料理や雨風しのげる屋敷を提供するプラン。

いつか殺してやる。

 

考えなしの馬鹿で、母に色目を使っているのがバレバレとはいえ、妙な所で鋭いカルキノス。

いつかあの殻ごと叩き潰してやる。

 

誰も救わない蒙昧で無能極まる女神などを信仰しているピオス司祭。

いつかお前の手など借りないで母を支えてみせる。

 

 

リュケイオンの人々も愚か者しかいない。

黒い翼をかっこいい等とのたまわるガキども。

血縁関係でもないのに街で会うたびに母親面し、採れた野菜や卵などを押し付けてくる馬鹿ども。

 

 

──ルファスちゃん。美味しい果物が出来たからもっていきな。

──ルファスちゃん。きっとこの帽子が似合うだろうからさ、ほら!

──マファールちゃん。お母さん思いで本当にいい子ねぇ。

──お嬢さん。今日もかわいいお嬢さんには魚をサービスだ。

 

 

 

誰一人、自分に石を投げてこない。

油をぶちまけてこない。

他人など、敵でしかないのに敵のような事をしてこない。

 

 

……誰もかれも大嫌いだ。

いつかこんな所出て行ってやるとルファスは思っている。

 

 

 

 

「お母さん」

 

 

うん? と母の名前を呼べば返事が返ってくる。

微睡に襲われながら彼女はとつとつと語り出していた。

この街に来てからずっと抱いていた感情が、ヴァナヘイムに居た時から母に聞きたくて聞けなかった事が口から零れた。

 

 

 

「貴女は、私を産んだことを後悔してる?」

 

 

言ってしまったと彼女は思った。

自分がもしも生まれなければ大貴族エノク家の正妻として権力の座にいられたのではないかという疑問。

少なくともボロ極まる小屋の中でゴミの様に死にかける目には合わなかった。

 

 

抱きしめる力が強くなった。

 

 

少しばかりの恐怖を感じて見上げた母の顔に怒りはなかった。

ただ己の娘を慈しんでいるだけだ。

彼女は当然の事を当然の様にいうだけだった。

 

 

「ありません」

 

 

「でも、私が産まれたせいで」

 

 

その先は続けさせないと言わんばかりにルファスの頬をアウラが掴み上げ、引っ張る。

 

 

「言って良いことと悪い事があるのよ? 反省しなさい」

 

 

「や、やめっ……う、ぐく……ごめんなさい」

 

 

栄養たっぷりの食事と今までに比べれば遥かに良質な睡眠を取れるようになったおかげで年相応の瑞々しさを取り戻した頬を摘まみ上げられ、ルファスは涙を浮かべながら母に謝罪する。

年相応の瑞々しさを取り戻した頬を摘まみ上げられ、ルファスは涙を浮かべながら母に謝罪する。

少しだけ赤くなった頬にアウラの手が添えられ、撫でられる。

 

 

「不安なら何度だって言ってあげます。私は貴女を愛しています」

 

 

「………………」

 

 

母の胸元に顔を埋めてルファスは改めて己の身勝手さに自己嫌悪を覚えた。

“子隠し”の口車に乗ったとはいえ、あの時吐き出した言葉は紛れもなく己の真意だった。

こんな強い人を弱いと思った上に、自分の人生における足手まといだと思ってしまった。

 

 

 

「……お父さんの事、憎んでいるのは知ってるわ」

 

 

「あんな奴、父親じゃない……っっ」

 

 

唐突に出てきたジスモアの話にルファスは思わず怒りを込めてぶっきらぼうに返していた。

あの男には何一つ、父親らしい事をしてもらった事などない。

血縁関係があるだけの他人、否、プランの次に殺してやりたい敵なのがジスモアだ。

 

 

 

「……あの人も昔は戦っていた。それだけは覚えていてね」

 

 

知らない。知らない。

私には父親なんていない、私の肉親は貴女だけだとルファスは胸中で叫びを上げて無理やり瞼を閉じて入眠する。

訓練の疲れからか、彼女が眠りにつくのにそう大した時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

娘を抱きしめたままアウラも微睡に身を委ね、辺りに寝息だけが満ちた頃、カルキノスが戻ってきた。

彼は目を丸くして三者三様の形で眠りについている光景を見渡した後に小さく呟く。

 

 

「ふーむ……siestaですか……。

 さすがのミーも空気は読みますとも。皆様最近はお疲れでしたからね」

 

 

一度屋敷に戻ってから毛布を手に帰ってきた彼は全員にソレをかけて回った後、自身も椅子に座り、引っ掛かりを覚えたのを自覚し、考えた。

彼の視線の先に居るのはかつて見たことがない程に安らかな、年相応の子供の様な顔をして眠るルファスと、慈愛に満ちた顔をしたアウラだ。

 

 

「……beautiful。このような尊いモノを形として残さないのは、美への冒涜なのでは?」

 

 

安らかな顔を浮かべる母子を見て、彼は閃いた。

彼は魔物だ。人に可能な限り寄せているとは、やはり何処かズレている故にこれは仕方ない事だったのかもしれない。

もう一度屋敷に足を運び、持ってきたのはスケッチブックと鉛筆。

 

 

 

彼は魔物として持っている恵まれた身体能力を駆使し、目視できない速さで鉛筆を滑らせた。

元より料理が得意なだけあり、こういった方面では異常なまでに器用な男である。

一枚の絵が完成するのに10秒もかからなかった。

 

 

 

書き上げられたのは安らかな母子の絵。

在りし日の風景を写し取った画は5枚ほど描かれたが3枚は目を覚ましたルファスに破壊されることになった。

 

 

 

あの蟹、絶対にいつか茹でてやると、目覚めたルファスは叫んだそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「眠る母子」

 

 

何てことはない風景を描いた画。

母に抱かれて眠る娘というありふれたシーンである。

「ただ風景を写し取っただけ」と芸術家たちはこの絵を酷評している。

 

 

 

黒翼の覇王ルファス・マファールの王城にこの絵は飾られ、多くの臣下や民たちが見ていたらしい。

モチーフとなった人物を知っているのですか? という臣下の問いに「知らん」と覇王が素っ気なく返した逸話が残っている。

 

 

 『ルファス・マファール 史上唯一、世界統一を成し遂げた覇王』より抜粋。

 




蟹「普段はツンを通り越してツンドラしてるレディの
  あどけない寝顔を見てついdrawしてしまいました。後悔はしていません」




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