ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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メリークリスマスを意識して書きました。


プランは祈りを捧げている

 

 

 

影の様な翼を震わせ、ルファスは憎悪を零した。

体内で荒れ狂うマナが彼女の負の感情と共鳴し、肉体はますます魔物としての側面に傾いていく。

ミシ、ミシと腕の骨が軋み血管が浮かび上がる。

 

 

歯茎をむき出しにし、彼女はありったけの憎悪と憤怒を零した。

枯渇していたはずのソレはジスモア・エノクの所業によってふたたび全盛の勢いを取り戻している。

 

 

 

「貴方なんか……!」

 

 

 

死ね、死ね、死ね。

死んでしまえ。

内心で泣き叫びながら幾度も零す。

 

 

 

 

真っ赤に充血した瞳がプランを凝視している。

彼女はプランだけを見ている。

この男さえ殺せば、こいつさえいなくなれば、自分は完全にこの黒い感情に身を委ねられると彼女は悟っている。

 

 

 

自分に残った人間性が余りに不愉快でたまらない。

いっそ何もかも……“ルファス”と言う存在さえ捨て去って魔物になること、それが今の彼女の願いだった。

もっと早く、ある程度の力をつけた後に問答無用でヴァナヘイムを滅ぼしておけば母は死ななかったという後悔だけが彼女を突き動かしている。

 

 

「死ねッ!!」

 

 

 

余りの声量に喉から血を吐きながらルファスは【威圧】を使う。

とてつもない重圧が世界に叩きつけられ、憎くてたまらない男へと殺意を撃ち込んだ。

天翼族の種族スキルであるソレは己よりも半分以下のレベルしかもたないモノであれば強制的に行動不能にする技……の筈だった。

 

 

 

一瞬だけ彼の身体が硬直するが……直ぐに何事もないかの様に彼は身体を左右に揺らす。

何てことはない。【威圧】による行動不能はどれほど些細であってもダメージを受けることにより解除される設定がある。

プランは【威圧】を受けてこそいるが、その度に彼の身体は【アンタレス】の効能により変異を繰り返し、スリップダメージを受ける事により行動不能を解除しているのだ。

 

 

行動不能にしたあと、一撃で消し飛ばすというルファスの思惑はここに当てが外れたといっていいだろう。

故に彼女は湧き上がる憤怒に任せて動くことにした。

 

 

 

「殺してやる、ころしてやる……!」 

 

 

 

レベル1000、強さの限界に到達した少女は竜さえもたじろぐような形相でプランを睨みつけた。

こいつさえいなければ、こいつさえ殺せれば……自分はもうこんな感情に悩まされる必要などなくなるのだと少女は心から信じ切ろうとしている。

 

 

 

 

【観察眼】

 

 

 

飛びかかる前に【レンジャー】のスキルであるソレを用いてルファスは改めてプラン・アリストテレスを見た。

ステータスなどはどうでもいい、どうせ今の自分に比べて雑魚だ。

問題は彼の所持している【クラス】だとルファスは表示された画面に視線を巡らせた。

 

 

 

プラン・アリストテレス。

 

 

 

アルケミスト 「100」

 

レンジャー  「50」

 

エスパー   「20」

 

プリースト  「10」

 

ストライダー 「20」

 

アーチャー  「20」

 

Aristotle  「 1 」

 

 

 

 

やはりというべきかプランのステータス欄には奇妙なクラスが一つだけ存在するのをルファスは見た。

アレが何なのかは判らないが、奇妙な動きと術を使う彼の種であると少女は悟り……鼻で笑った。

 

 

 

(わたしはレベル1000だ……! 

 わたしはもう、誰よりもつよいんだ……!!)

 

 

愚かな男だとルファスはプランをせせら笑った。

お前の腹を貫いたのは貴方が渡してきた剣だ、私のような魔物にあんなものを渡すからそうなるんだと。

煙を上げながら泡立つ腹部を見てルファスは口角を吊り上げ、努めて邪悪な気持ちを湧き上がらせる。

 

 

 

(その傷でいつまで持つ? 私はもう、お前より強いんだ)

 

 

 

レベル1000の頂上からかつては見上げた221を見下ろす。

自分こそが強者で、お前は弱者だとルファスは必死に己に言い聞かせた。

 

 

 

そして。

 

 

 

(わたしにはもう、これしかない)

 

 

 

(これで負けたら、わたしは……)

 

 

彼女は力に縋りついた。

コレだけが自分を肯定してくれる要素だと。

 

 

 

 

 

母を失った。

プランとカルキノスは今から殺す。

アリエスさえ、もうどうでもいい。

リュケイオンも邪魔だ、みんなころす。

 

 

ヴァナヘイムを壊し、ユーダリルを潰し、プルートを砕き、ミョルニルだって終わらせてやる。

今の自分ならば吸血姫さえ殺せるとルファスは思っていた。

 

 

 

どうせミズガルズの全ては自分の敵だ、傷つけてくるかもしれない奴らばかりだ。

だから、自分が傷つけられる前に全部壊してやる、殺してやる。

15年の人生で意識/無意識に溜まっていたあらゆる感情が吹き上げ、彼女は空を仰いだ。

 

 

深呼吸してからルファスはプランを見た。

 

 

 

「15歳のプレゼント……さいしょから何がほしいかきめてたの」

 

 

 

ルファスは笑う。

諦めたように、己など所詮は魔物なんだと受け入れたように。

 

 

 

「あなたの命が欲しい。だから───」

 

 

 

 

“死んでください”と告げると、ルファスは一歩だけ踏み込んだ。

レベル1000にして数多くの接近戦に特化した【クラス】をもつ彼女の身体は一瞬でかつてのベネトナシュにも匹敵する速度を叩きだした。

時間が圧縮される。飛び散った埃の一つ一つ、月明かりを構築する粒子さえ認知出来る。

 

 

 

見る見るプランの姿が迫り……見失う。

奇妙な閃光や、スキル発動の予兆はなく、正しくコマ送りの中で忽然と消えたといったほうがいい。

そして次の瞬間ルファスの視界はぐるんと回った。

 

 

身体に襲い掛かるのは奇妙な浮遊感。

自分が彼に投げられたと理解するのに彼女は2秒もかかった。

 

 

ぐるぐると視界が縦に回る。

黒い地面と黒い宙、そして蒼い月が入れ替わりで何度も映る。

 

 

 

「……な」

 

 

 

呆けるのは一瞬。

彼女は直ぐに己の翼に意思を送って浮力を発生させる。

骨が軋むような嫌な音を伴って背中から生えた“影”は翼を形成し、ルファスは飛翔する。

 

 

 

20メートルほど一気に上昇し、見下ろす。

人の身であるプランはルファスを見上げていた。

僅かな間の後に“しまった”とルファスは己が失敗したかもしれない事を悟る。

 

 

プラン・アリストテレスの銃の腕前を彼女は忘れてはいない。

このままバカの様に不動であったなら、彼に撃たれると彼女は思ったのだ。

現に彼はリボルバーを取り出し……投げ捨てた。

 

 

 

コレは敵を殺すための武器だ。

故に彼はルファスを相手に銃は使わない。

 

 

 

「なんで……!?」

 

 

 

少女の口から零れたのは動揺。

しかしソレは次の瞬間、怒りに取って代わられた。

 

 

 

「使うまでもないっていいたいの……!!」

 

 

 

侮られている。

死にかけの分際で、自分を見下している。

その事実はルファスをたまらなく苛つかせた。

 

 

望み通り、地面に張り付いたまま死ねと少女は恐ろしい眼光でプランを睨みつける。

ざわ、ざわと怒りに呼応して翼がその形態を変化させた。

浮遊の為の一対の小さな翼だけは残し、残りは全て鋭利な棘の様になった。

 

 

ギチギチという軋みを上げて“棘”が落下を開始。

さながら竜王の角の様にルファスの翼はプランを串刺しにすべく迫った。

 

 

 

【観察眼】

 

 

プランの瞳が怪しく輝く。

命の危機に陥った結果、それはさらなる性能の上昇を行い、深く深くミズガルズの深層で蠢く数式群を捉えだす。

 

 

 

 

 

 

12 85 54 7 93 75 32 41 10 98 

 

262 19 312 152 146 177 396 410 497 409 200 324 310 391 163 499

 

463 25 361 22 334 325 66 116 319 274 73 277 235 500 304 309 448 424 485 131 464 276 449 23

 

 

 

 

 

 

 

意味不明な数字と数式の羅列を全て“理解”したプランは首を一回右に傾け、大地を右足の爪先でドンと叩き、一度だけ肩を回した。

プランの行動により僅かに数字が変動し、ソレは次の瞬間に結果となって表れた。

 

 

 

亜光速で迫るルファスの翼が変化した棘。

ソレを前にプランは前後に移動しない。

彼は反復横跳びでもするように右に4回、左に7回、高次元の戦闘では考えられない程に遅い速度で跳ねた。

 

 

右にトン、トン。プランは跳ねた。

プランの一瞬前までいた場所を黒い棘が貫き、大地に深々と潜り込む。

 

 

同じく右にさっきより素早くトントン。

横移動ばかりを繰り返す様はまるで蟹の様だった。

 

 

が、当たらない。

少女の怒りを宿した黒い棘の豪雨はまるで茶番でもしているかの如くレベル221の男に当たらない。

 

 

 

同じく右に2回、2回、3回。

リズムよく踊る様に横っ飛びをするだけでプランはルファスの放った攻撃をかわしきってしまった。

 

 

 

“上下封印”

 

 

軸移動の一つを封じての回避行動。

しかしながら上空からただ堕ちてくるだけの攻撃を前にソレは最適解であった。

もしも平時のルファスであったのならば「真横から攻撃すればいい」と直ぐに思いつくだろうが、今の憎悪と絶望に眼を曇らせた彼女にソレは無理な話であった。

 

 

 

 

身体能力は跳ね上がっている。

影の如き翼による変幻自在な攻撃は見た目の壮絶さも併せて普通の魔物や人間ならば圧倒して飲み込むだろう。

【威圧】を使えば世界中の存在が震えあがり、本能レベルで格の差を理解させられ跪かざるを得ない。

 

 

 

 

が、それだけだ。

今のルファスにはそれしかない。

ただレベル1000であるだけ。

 

 

 

竜王の様に己の肉体をマナによって変幻自在に変異させ、他者のスキルや戦法を瞬時に盗み取るような狡猾さもない。

ベネトナシュの様な超再生に任せた超速攻撃の連打による圧倒的な手数による力押しもない。

幾ら高いとはいえ【獅子王】ほどのステータスも彼女は持ち合わせておらず、それらを補佐する技術も使えない。

 

 

弱くなっている。

少なくともプランは今のルファスをそう評した。

こんな程度の筈がない。誰よりも彼女の努力を知っている彼からすると、これは非常に悲しい話であった。

 

 

 

 

「ルファス。しっかりしなさい」

 

 

 

プランは真っすぐにルファスを見つめている。

一秒ごとに己の身体に【錬成】をかけ続け、変異の方向性を操作し、ステータスを弄りながらも少女から目線を離さない。

彼はこれが命のやり取りとは思えない程、平時と同じ口調で言った。

 

 

 

「身体の使い方がなっていないよ。

 そしてその翼は便利だけど、攻撃方法が単調すぎる」

 

 

 

「ふざけるなっ……この、しにぞこない……!!」

 

 

 

まるで稽古をつけている時の様な口調だった。

腹部に穴が開いているただの死にぞこないだというのに、彼の言葉はルファスの精神を嫌に揺さぶった。

どれだけの力を込めてもプランは殺せないんじゃないかという弱音が微かに心の中で根付く。

 

 

 

 

「ルファスの気が済むまで付き合うよ」

 

 

 

「……お父さんの件は本当に済まなかった。

 自分の判断ミスでルファスとお母さんを傷つけてしまった」

 

 

だから、怒りが収まるまで思う存分暴れていいと彼は続けた。

その全てを受け入れて見せると。

 

 

 

そして。

 

 

 

「一段落ついたら一緒にカルキノスに怒られよう」

 

 

 

三十代の男と十代の少女が二人でカルキノスの前で正座する珍妙な光景を想像しプランは微笑んだ。

 

 

 

 

「その後は、お母さんを看病してあげて欲しい」

 

 

 

 

既にピオスに接続していた【一致団結】は切れている。

あちらがどうなっているかは判らない。

だが、プランは確信していた。

 

 

 

アウラは、ルファスの母は、決してこの理不尽に負けないと。

何故ならばアウラ・エノクはルファス・マファールの母親なのだから。

種族一つ分の悪意と狂気から娘を守り抜いた強い女性が、負けるわけない。

 

 

 

 

「たすからないよ。お母さんはもう……しんだの」

 

 

 

「そんなことはない。彼女は絶対に助かる」

 

 

 

 

力強く断言する。

欠片も自分は間違っていないという自信がそこには籠っていた。

 

 

 

「アウラ・エノクという女性がどれほど強いかはルファスが一番知っている筈さ」

 

 

 

「……耐え切れず、我が子を捨てる親も数多くいたのはルファスも気が付いていると思う」

 

 

「だけど彼女はそうはしなかった。

 自分が傷つく事も躊躇わずにずっとルファスを守ってたんだよ」

 

 

 

そんな人が弱いわけない。

こんな理不尽に負けるわけがないとプランは続ける。

 

 

 

プランの言葉にルファスの瞳が細くなる。

何故かは知らないが、彼の言葉に妙に胸が騒ぐ。

吹き上げるような怨嗟が胸の中から噴き出てくる。

 

 

 

 

“子を捨てる親? そんなもの、よーく知ってるよ” 

 

 

 

 

違う、違うとルファスは頭を振った。

彼の言葉を否定しようと彼女は口を開こうとした。

 

 

 

「───っ! っっっ!!」

 

 

簡単な筈だった。

母は死んだ、お前の言葉に騙されたりなんかしないと叫ぶつもりだった。

しかし……出てこない。

 

 

 

虚しく口をパクパク開閉させるだけで、彼女は母を否定することが出来ない。

 

 

 

弱いわけが、ない。

彼女は、母は、この世で最も勇気のいる行為を行った女性だ。

ルファスでは決して出来ない───本心を晒すという偉業を。

 

 

 

「帰ろう」とプランは手を差し出し……ルファスは一度だけ頭を振って己の中の弱い心をはじき出した。

この程度の言葉で揺れる自分の弱さを彼女は憎悪する。

元より最初から決めていた事だったのだ、15歳でプランを殺すのは。

 

 

 

翼が震える。

幾度も幾度も。

 

 

 

「うるさい! うるさい!! お前なんかだいきらいだ!!」

 

 

 

翼が爆発した。

先の数倍の量の棘となって天から彼に降り注ぐ。

彼を中心に50メートルほどの空間を塗りつぶす勢いだ。

 

 

 

ミズガルズにある全て/何もかもを塗りつぶして消す。

ルファスの全霊の殺意が乗った攻撃であった。

跡形も残さずプランを消す勢いである。

 

 

 

 

 

だってこうすれば、こうしてしまえば、手ごたえは最小限で済むから。

 

 

 

それに対してプランは───動かない。

先の様な横跳びも何もしない。

【アンタレス】に侵された肉体は常にステータス変動を繰り返し欠片も安定しないが、それは今の行為とは無関係であった。

 

 

 

 

彼はルファスをただ見つめているだけであった。

真っ黒な空が堕ちてくる瞬間まで、ずっと。

音もなく彼に“黒”が覆いかぶさる。

 

 

 

ズゥンという重低音と共に大地が揺れた。

大規模な土砂崩れにも匹敵する質量が叩きつけられた結果、森の一角は隕石でも降ってきたかの様に陥没してしまった。

 

 

 

 

「ふぅぅぅ……!!」

 

 

 

ぜぇ、ぜぇ、とルファスは荒い息を吐く。

レベル1000の身では疲労など感じない筈なのに、呼吸が収まらない。

 

 

やった、殺した、今度こそ避けも何もしなかった。

殺した、殺してやった、殺してしまった。

 

 

遂に、自分は夢を叶えたのだと彼女は理解したが、口から出たのは荒い息であった。

手ごたえは判らない、意識していない。

しかし確実に当たった筈だ。

 

 

3秒。

 

 

彼女は3秒間、じっと滞空して動かない。

ルファスはプランのいた個所を覆い尽くす己の翼を見ていた。

アレを持ち上げた下に何があるか彼女は理解している。

 

 

 

ぐちゃぐちゃ。

ばらばら。

 

 

 

もはや人としての形は留めていない筈だ。

死んだのだ、プランは。

殺したのだ、遂に。

 

 

 

ゆっくりと降りる。

背中から生えそろった“棘”が音もなく収縮していく。

苛立つ程に緩慢な速度で周囲を押しつぶしていた「黒」が引き上げられだす。

 

 

 

確認しなくてはならない。

どんな有様であろうと、殺した自分が。

それがケジメであると彼女は思った。

 

 

それを見た瞬間、脳裏に永遠に残るトラウマを刻まれようとも。

 

 

 

 

 

「うっ……ぷっ……!!」

 

 

 

想像する。

それだけで吐いてしまいそうだった。

ついさっきまで、つい数日前まで普通に話していた人間をこの手で殺める、それの重さを彼女は……。

 

 

 

───知らなくて済んだ。

 

 

 

退かされた影の中に、一人の男が立っていた。

プラン・アリストテレスは少しばかりふらついているが、五体満足でルファスを見つめていた。

 

 

 

「ぇ……?」

 

 

 

眼を見開く。

ありえない光景を彼女は見た。

そんな馬鹿な、ありえない、今度こそ───。

 

 

二歩、三歩と後ずさり、ルファスは唇を噛み千切った。

ルファスはプランを指さし、血を吐くほどの声量で叫ぶ。

 

 

 

「また、何かした!! どうしてそういうズルばかりするのっっ!!」

 

 

 

 

少女の全力の怒りにプランは首を横に振った。

自分の優しさに気が付いていない少女を諭す様にいう。

 

 

 

 

「自分は何もしていないよ」

 

 

 

「ルファスが攻撃を当たらない様にしてくれたんだ」

 

 

 

“全て当たらない様に調整”した……訳ではない。

本当に彼は何もしていなかった。

ただ少女を信じて見つめただけだ。

 

 

 

種など存在しない。最初から分かっていた事だった。

ルファスの肉体はいつだって彼女の願いに応えてきた。

つまり、彼女が彼を殺したくないと思った結果がコレである。

 

 

 

 

「うそ、うそっ、嘘だっ!!」

 

 

 

そんなことないと叫ぶが現実は変わらない。

右手で拳を握りしめ、振りかぶる。

【シャインブロウ】でも叩き込めば一発で今の彼なら殺せる。

 

 

 

 

レベル1000の一撃ならばレベル221など一瞬ではじけ飛んでしまうだろう。

一発で全て終わる。それは簡単な事の筈だった。

 

 

 

 

「死ねっ!!」

 

 

 

叩きつける。

プランの右を拳圧が飛んで行った。

 

 

外した。

 

 

 

「死ねっっッ!!」

 

 

 

必死な形相で彼女は拳を振る。

がむしゃらに、今まで培った技量も何もかも投げ捨てた惨めな拳であった。

心技体の内、2つを欠いた彼女のソレは木偶としか言いようがない程に哀れな一撃だ。

 

 

 

プランは避けもしない。

彼の左を攻撃が飛んでいき、木々をなぎ倒す。

 

 

外した。

 

 

大地をも割る身体能力を持つルファスから放たれたとは思えない程にちっぽけな威力である。

 

 

 

 

「なんで!!」

 

 

 

頭を抱え狂乱する様を見せるが、ルファスの肉体は何も言わない。

これまでもそうであったように、ただ黙々と主の願いに応えるだけだった。

判っている筈だ、と言外に断じられた気さえしてルファスは震えた。

 

 

 

嘘だ、嘘だ、嘘だ。

こんなこと、そんなことある筈がない。

 

 

 

そうしている間にもプランはルファスに向けて歩き出す。

【瞬歩】も使わず、彼はただ少女との距離を詰めていく。

 

 

彼女はソレをまるで逃れようのない死神でも見るような瞳で見た。

 

 

 

死にかけの男。

レベル221の自分の4分の1もないレベルの雑魚。

そんな存在にレベル1000が後ずさっていく。

 

 

 

 

「やだ……」

 

 

顔を歪め、彼が近づくごとに下がり続ける。

おぼつかない足取りで、自分が飛べるという事さえ忘れて彼女は後ずさっていく。

形の整わない翼が崩れ、彼女を守る様に卵の如く身体を包む。

 

 

 

「こないで……!」

 

 

 

少女は無我夢中で【威圧】を放つ。

ありったけの拒絶を込めたソレは1秒にも満たない時間だけプランを足止めすることしか出来ない。

 

 

 

「っっ! いや……」

 

 

 

【威圧】

 

 

 

彼は止まらない。

だからルファスは逃げだした。

生涯で初めて、彼女は怖いものに立ち向かわなかった。

 

 

背を向けてプランからひたすら逃げる。

 

 

「ぁっ……あああぁ……」

 

 

 

しかし余りに慌てすぎたせいで本当に小さな石に躓いてしまい少女は思い切り顔から地面にたたきつけられた。

ぐらぐらと回る思考の中であっても「逃げなくては」という思いだけが先行しすぎてしまい、ルファスはヴァナヘイムから落とされた時の様に四つん這いで逃げた。

 

 

 

 

逃げて、逃げて……大木に頭をぶつけた。

ドンという重音と同時に頭に激痛が走る。

木に背中をめりこませる勢いで身体を押し付けながらルファスは迫りくるこわいものに視線を向けた。

 

 

 

 

彼との距離はもう10メートルもない。

蒼い瞳だけが自分を見つめている。

 

 

 

 

「────っっっ~~!!!」

 

 

 

声として成立しない悲鳴を上げて彼女は種族スキルを連続で使う。

 

 

 

 

【威圧】(やめて)

 

 

8メートル。

 

 

【威圧】(こないで)

 

 

6メートル。

 

 

 

【威圧】(叩かないで)

 

 

4メートル。

 

 

 

彼は止まらない。

あっと言う間に距離は縮まっていき、彼はルファスに向けて右手を伸ばしてくる。

その姿がジスモア() と重なる。

 

 

 

瞬間、ルファスの頭によぎったのは今まであの男に受けた仕打ちの数々。

 

 

子として普通を求めていた彼女をジスモアは幾度も殴った事がある。

頭を叩かれた。

顔を殴られた。

 

 

 

そう、こういう風に手を伸ばしてきて……。

心根の部分に受けた傷が激しく痛んだ。

 

 

 

 

「いやァァァァッッ!!」

 

 

 

ルファスはその手を全力で振り払う。

殴らないで、どうしてこんなことをするのと。

だがレベル1000の彼女がその腕力でそんなことをすれば当然の結果が訪れた。

 

 

 

パァンという水の入った袋を叩いたような軽い音がした。

真っ赤な液が周囲に飛び跳ねた。

 

 

 

「……ぁ」

 

 

 

ルファスは己の所業に小さな声を漏らしていた。

恐怖さえ超える痛みを彼女は覚え……震えた。

「わたしは」と呟き頭を抱え込んで怯えた顔を晒す。

 

 

 

プランの右腕が、はじけ飛んでいた。

骨まで粉々に砕け、上腕の辺りまで一瞬で消し飛んでしまう。

一瞬だけプランは顔を痛みで顰めたが直ぐに【錬成】を発動させて飛び散ったマナと【バルドル】のパーツをかき集める。

 

 

 

 

青白い光が収束し、直ぐに失った右腕の代替を形成。

 

 

 

「いやっ……いやぁ……」

 

 

 

身体を抱きしめ丸くなる少女にゆっくりと腕を近づけて……頭を撫でた。

まるで父親が娘を慰める様に。

これが自分では無理だと諦めている男の限界であった。

 

 

 

 

同時に発動するのは今だ未完成ではある一つの術。

 

 

ルファスの為だけに考案され、彼女の為だけに存在する術。

天法でも魔法でもなく、何ならスキルという括りからさえ外れた御業。

 

 

 

これはたった一人の女の子の苦しみを何とかしてあげたいという祈りであった。

 

 

 

 

【フィロ・ソフィア】

 

 

 

 

優しい光がルファスを抱きしめ……マナの除去が始まった。

ミズガルズにおいて前例のない、魔物を生物へと戻す御業が披露される。

 

 




右腕は吹き飛びましたがルファスを撫でられたので問題ありません。
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