ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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2022年最後の更新となります。
沢山の応援および誤字脱字修正協力ありがとうございました。
2023年もよろしくお願いします。


幼年期の終わり/これからもどうかよろしくね。

 

 

 

 

1000 

 

 

 

900 

 

 

 

5年間にわたるルファスの変異のデータ。

ヘルヘイムの魔王から得た知見。

そしてほぼルファスの同族といってもよいベネトナシュへの理解。

 

 

 

それら全てを駆使して編み上げられた術はルファスの体内に緩やかに浸透していく。

心を抉られて変異を歪めてしまった彼女の身体から取り込みすぎたマナの除去が始まる。

 

 

800 

 

 

 

彼女のレベルが下がっていく。

背中から噴き出ていた翼が徐々に薄まり崩れだす。

暴走といっても過言ではない“力”を取り除かれ、少女の心がむき出しになれば口から零れるのは今までの人生への嘆きであった。

 

 

700 

 

 

「どうしてみんなわたしを傷つけるの……」

 

 

 

“わたし、なにもわるいことしてないのに”

 

 

600 

 

 

「……大丈夫」

 

 

 

無理に無理を重ねた結果、意識が薄れていく。

そんな中でもプランはルファスの頭を撫で続けた。

初めての行為だったから、その手つきは何処か遠慮がちであった。

 

 

自分でやったことなどない、全ては見よう見まねの行いだ。

 

 

自分が死ぬ可能性は高いかもしれないが、それでも当初の予定通りだと彼は思っている。

1500年と50年、どちらを優先すべきかは言うまでもない。

保険はちゃんと残している。後はあっちがしっかり動いてくれれば竜王も何とかしてくれるだろう。

 

 

400 

 

 

「きっと全てよくなる。ルファスは強くて優しい子だから……」

 

 

200 

 

 

「大丈夫、きっと君はいつか多くの人に愛される」

 

 

 

「だからこれは、ささやかな手助け」

 

 

 

“除去”が進む。

ルファスの翼から色が抜け落ちていく。

彼女を苦しめた黒翼はなくなり、代わりに光輝く純白が彼女の背を満たした。

 

 

100 

 

 

誰もが息を呑むほどに美しい翼。

伝承を探してもこれほどまでに綺麗な翼は存在しないと言ってもいい。

きっとこれなら、天翼族は大喜びで彼女を迎え入れる。

 

 

50 

 

 

 

アウラと二人合わせて貴族として復興する事さえ夢ではない程に綺麗な翼。

今まで見てきた何よりもきれいで、尊いもの。

 

 

 

 

「……よかった」

 

 

 

“成功だ”

 

 

きれいで星の様に輝く翼を見てプランは微笑む。

これほどまでに美しい翼ならばきっとみんな、かのじょをうけいれてくれる……。

 

 

 

30 

 

 

 

 

術の成功を認めたプランから力が抜け落ちていく。

ぐったりとルファスに身を預ける様にして彼は倒れ込んだ。

 

 

少女の頭を満たしていた暖かさが消えた。

 

 

 

───仕事をやり遂げたプランが動かなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────。」

 

 

 

真っ赤な瞳が忙しなく揺れている。

ルファスは恐ろしい程の脱力感に襲われながらプランを抱きしめていた。

彼のマナで形成していた右腕が崩れ、多量の血液が流れ出ていく。

 

 

 

適切な処理をしなければあと数分でプランは出血死するだろう。

 

 

 

ルファスは自分の背中を見た。

信じられない程に綺麗で真っ白な翼がそこにはあった。

プランがくれたプレゼント……これさえあれば、みんなかのじょを受け入れてくれる。

 

 

心の奥底で“誰か”が歓喜しているのをルファスは冷めた目で見ていた。

やった、やった!! これでわたしも受け入れて貰える! と。

 

 

 

本当に……?

こんなものが欲しいの?

 

 

 

 

「ちがう……」

 

 

先まで胸を埋めていた感情が綺麗さっぱり消え去っていた。

頭は霧が晴れたようにはっきりとしており、ルファスは己が余りに大きな罪を犯した事を理解してしまう。

 

 

腹に空いた穴。

失った右腕。

流れ出る血液。

 

 

ボロボロになり倒れたまま動かないカルキノス。

 

 

なにもかも自分がやった事だ。

どれほど後悔しても過去には戻れない。

 

 

その代わり彼女は白い翼を得た。

誰よりもきれいで美しい翼を。

 

 

 

 

無駄に上げたレベルが消え去り、彼女本来の聡明さを取り戻したルファスは呟いた。

己の心と向き合い、零れた一言であった。

 

 

 

「わたしが欲しいのはこんなものじゃない……!」

 

 

 

綺麗な翼。

純白の翼。

これを携えて母と一緒にヴァナヘイムに行けば、天翼族は過去の所業など全て忘れたような顔をしてルファスの前に跪くことだろう。

 

 

 

ルファスには見えた。

自分たちを散々傷つけて罵倒していた者達が深く頭を下げ、この白翼を口々に称える姿が。

 

 

 

ルファスは首のあたりがチリチリした。

その光景を恐ろしい程に冷めた目で見ている自分の顔がはっきりと浮かんだ。

彼女は両手でプランを抱きしめ、彼の血で衣服を濡らしながら考えた。

 

 

 

彼女の瞳は周囲に満ちる膨大なマナ───自分がかき集め、体内から除去されたソレを観測できた。

 

 

 

 

もしも自分の人生に分岐点があるというのならば、ここだと少女は悟る。

自分で選べる分岐点は初めてかもしれない。

 

 

今までに二回、彼女の生涯には分かれ道があった。

 

 

産まれた時。

黒い翼をもって産まれた時から苦痛が始まった。

 

 

ヴァナヘイムから落とされた時。

プランに拾われ、彼女の人生は母と共に大きく変わった。

 

 

 

そして三度目。

今度こそ彼女は自分の意思で選ぶ事が出来た。

 

 

力こそ失ったが、今なら取り戻す事ができる。

やり方は理屈ではなく本能が知っていた。

 

 

 

選ぶのだ────彼か翼か。

 

 

 

 

比べ物にならなかった。

彼女は────ついに認めた。

5年もかかったけど、酷い事ばかりしてしまったけど、今でさえこんな惨状を作ってしまったけど、それでも。

 

 

 

 

「お願い……貴方の力を貸して」

 

 

 

 

ルファスはプランに声をかけた。

正確には彼の着込む【バルドル】に。

 

 

【バルドル】は装備でありゴーレムでもある。

喋ることも何もしないが、もしかしたら自我があるのかもしれないと考えた末の結果だった。

 

 

彼は何も答えない。

そもそも顔にあたるマスクは遠くの茂みに置き去りにされている。

無機質な骸の様な顔に表情はなく、ただ主を傷つけた少女をじっと見つめていた。

 

 

 

だが全身に奇妙な光のラインを浮かび上がらせて答える事は出来た。

ルファスは彼の左腕をしっかりと握りしめ、己の身体に強く願う。

冷たくなっていく彼の身体に己の熱を分け与えながら彼女は口に出して強く強く言い聞かせた。

 

 

 

私がこんなことを言う資格なんてないって判ってる。

しかしそれでも彼女は願う。

 

 

これは誓いであった。

5年間にも渡る自分の愚かさに付き合い続けた彼への宣誓といえた。

 

 

 

「死なせない……絶対に助ける……!」

 

 

 

繋がった左腕から【バルドル】の全身に浮かぶ文様がルファスへと伸びていく。

失った右腕の代わりにゴーレムはルファスの全身を代替の回路として用いていた。

翼が震えて広がる。真っ白なソレをルファスは苦笑して見た。

 

 

 

体内を理解できないナニカが駆け巡っていくのを少女は感じる。

まるで自分という存在が更に大きなナニカに接続され、歯車として動かされているようだった。

 

 

 

※ ここから先が君にとっての正念場になるだろう。

 

 

※ 物事はいつも後始末の方が大変だぞ?

 

 

 

 

「覚悟は出来てる」

 

 

 

誰かの声をルファスは聞き、答えていた。

自分の覚悟を試す様な、それでいて何処か哀れんでいるような声の主にルファスは大きく頷く。

この先にどれだけの苦痛と悲しみが待っていようと、彼女はもう自分を誤魔化さないと決めたのだ。

 

 

 

周囲に拡散していたマナ。

リュケイオンに漂うマナ。

そして、そしてミズガルズに揺蕩う膨大なマナ。

 

 

濁流の様に渦を巻きながらマナがかき集められていく。

【バルドル】はルファスという最高品質のパーツを接続されたことによりかつてない規模でマナを蒐集し、ルファスの眼前に黄金色に輝く果実を創造した。

 

 

 

だめ、ダメダメ! そんなのたべちゃダメ!!

せっかく翼が手に入ったんだよ!?

やっと、みんなに受け入れて貰える真っ白な翼が……!

 

 

 

誰かが胸の中で喚く。

しかしルファスはもはや聞く耳を持たなかった。

コレを食べるという事がどういう事なのか、全て知っている。

 

 

 

 

 

「ごめんなさい」

 

 

 

「私は貴方がくれた翼を捨てます」

 

 

 

「幾ら謝っても許されない事をしたのは判ってる。だけどそれでも」

 

 

 

少女はもはや動かなくなった男を抱きしめ、頬を撫でた。

真っ白な翼で包み込み、愛おしむ。

美しい翼に真っ赤な血がしみ込んでいくが、気にしない。

 

 

自分にはやっぱり白より黒の方が似合ってると、何処か的外れな感想さえ抱く余裕があった。

 

 

 

彼は言った。

「いつか君には愛してくれる人が現れる」と。

それは正しいかもしれないが、一部修正が必要である。

 

 

何故ならばルファスは。

彼女が一緒にいたい人は。

 

 

 

「私は貴方と一緒に居たい」

 

 

 

だから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何が起きている?

プランは己の意識が覚醒したことを理解し、少しばかり混乱していた。

カルキノスには悪いが、あの状況で生き残れる訳がないと彼は理解している。

 

 

腕を失い、腹に穴をあけられた上に呪詛を流し込まれた。

更に言うならば改良を重ねていたとはいえノーガードを過負荷によって死滅させた【アンタレス】まで使ってしまった。

 

 

生きているわけがない。

それこそ高位の【プリースト】が治療を施したならばともかく……。

 

 

 

瞼を開ければ木製の天井が見えた。

自分の屋敷の一室だと彼は直ぐに理解し、自分がベッドの上に寝かされていることを把握した。

 

 

 

右腕から痛みを感じたので視線を向ければやはりというべきかそこには何もない。

真っ赤に染まった包帯がまかれているだけだ。

ずきずきとした幻肢痛を感じて彼はため息を吐いた。

 

 

 

「……ぐっ」

 

 

 

息を吐くだけで腹部に痛みが走り彼は顔を顰める。

何度か呼吸を繰り返し、状態を落ち着けてから彼は起き上がろうとし……中々うまくいかない。

右腕がないというのは思ったよりも不便なものであり寝ている状態から起き上がるのさえ一苦労であった。

 

 

 

10秒ほど四苦八苦してから彼は何とかコツを掴んで立ち上がり歩き出そうとすると、左足に何かがぶつかった。

 

 

 

「メッ!」

 

 

アリエスだ。

どうやら彼はプランのベッドの下で彼が起きるのを待っていたようであった。

子羊はキラキラした瞳でプランを見上げ、何処か誇らしげな顔をしていた。

 

 

 

プランは直ぐに彼がいつも着ているシャツを脱いでいることに気が付いた。

アレがないと虹色羊の神々しい羊毛を隠せないというのに。

 

 

 

「メっ、メメ!!」

 

 

 

アリエスは見せつける様に背中をプランに晒す。

所々の毛が刈り取られたソレを見てプランは色々と察してしまった。

 

 

 

虹色羊の羊毛は究極といっても過言ではない程に天力を増幅する効果がある。

適切に使用できれば術のランクを2つも3つも跳ね上げる事さえ出来るのだ。

 

 

 

「……本当に、ありがとう」

 

 

右手で撫でようとしてもう無い事に改めて気が付き、プランは苦笑する。

左手でアリエスの頭をなでると彼はうっとりとした顔で掌を舐めて返した。

彼もまた約束を守ったのだ、正に小さな勇者といえよう。

 

 

 

 

 

「皆は別の部屋に?」

 

 

 

「メぇ」

 

 

 

羊が頷くが、同時に彼は怪訝な視線をプランに向けた。

怪我人が出歩くの? という非難さえそこにはあった。

プランは努めて元気いっぱいな笑顔を浮かべ、左腕で力こぶを作り彼に見せつけた。

 

 

 

「もう大丈夫さ。案内してくれないかい?」

 

 

 

「メェ~~~?」

 

 

 

ジトっとした瞳でアリエスはプランを見て……たっぷり5秒ほど経った後に彼は踵を返した。

チラチラとプランを何度も見返す様を見るに「ついてこい」と言ってるようだった。

 

 

 

屋敷は閑散としていた。

プランが寝ていた間に集まっていた人々はいなくなり、祭りの後の様な静寂が周囲を満たしていた。

所々に使い終わった包帯や、血を吸った布の塊が無造作に置かれており、つい少し前までここで何が行われていたかを察することが出来た。

 

 

 

きっと大勢の人がアウラ・エノクを助けようとしたのだろう。

彼女の人生が不幸と理不尽の中で終わる事を良しとしなかった人たちが何人もいたのだ。

 

 

 

 

半壊したルファスの部屋の前までアリエスはプランを導いた。

ズレてしまっている扉の前で彼はプランを不安げに見上げて鳴く。

カシカシと左足の脛を掻き、アリエスは不安の宿った瞳を見せる。

 

 

「めぇ~メメメ……」

 

 

 

「ありがとう。……実はちょっと女性の部屋に入るから緊張してるんだ」

 

 

 

ははは、とアリエスの不安を払拭させるために適度なジョークを吐けば羊は

「メッメッメッ!」つまらない言葉を吐く男を戒めるためにリズムよく頭突きを開始した。

ドン、ドンドンと少しずつ身体を押されながら彼は扉に手をかけ……逡巡してから開いた。

 

 

 

そこにはルファスとピオスが居た。

 

 

ルファスはベッドで眠る母に寄り添い、安らかに眠っている様だった。

【観察眼】を瞬時に発動して走査すると────アウラの生存が確認できた。

 

 

 

彼女は、勝ったのだ。

今まで理不尽に翻弄されるばかりだったアウラ・エノクは初めて己の意思で勝利したのだ。

 

 

 

 

「ごきげんよう。

 ですがまだ眠っていないとダメですよ。

 貴方も重傷患者なのですから」

 

 

 

アウラの容態を見ていたピオスがプランに視線を向けて言う。

一人……否、二人の命を助けた男の言葉にプランは頭を下げた。

 

 

 

 

「申し訳ない。ただ、どうしても気になってしまって……」

 

 

 

彼の言葉にピオスが微笑む。

初老の男はアウラの脈を測ってから立ち上がった。

 

 

 

「彼女は一命を取り留めました。峠は越えたと言っていいでしょう」

 

 

 

 

カツカツカツとプランに近づけば、アリエスは「ピッ」と小さく鳴き声を上げてプランの足の裏に隠れる。

何故かは全く判らないが、彼はこのピオス司祭が苦手であった。

今回は事が事だけに協力も惜しまなかったが、それでも怖いのだ。

 

 

 

アリエス本人にも判らないが……彼からは昔何処かで出会ったような気配がするのだ。

それが怖くてたまらない原因であった。

ぷるぷる震える毛玉に苦笑してからピオスはプランに向き直った。

 

 

 

 

「此度は私だけでは彼女を救う事は出来なかったでしょう」

 

 

 

 

アウラ・エノクが助かった要因は主に5つあった。

 

 

1つ目はジスモアが凶器を刺したまま抜かなかったこと。

これにより内臓を無駄に傷つけることなく、出血も抑えられた。

 

 

 

2つ目はピオスがミョルニルにおいてこういった怪我などに対する治療の経験を積んでいたこと。

皮肉なことにかの大災害において培われた技術は回り回って人の命を助ける事に役立ったのだ。

 

 

3つ目はリュケイオンの人々が協力を惜しまなかった事だろう。

ピオス一人では手が回り切らなかった点を全て片付けてくれた結果、彼は手術に専念できたのだ。

更に言うなら彼らが回復アイテムを惜しみなく提供してくれたおかげでもある。

 

 

 

4つ目はアリエスの存在だ。

彼が自分の正体を明かしてまで協力し、羊毛を提供したお蔭で天法や回復アイテムの効能を跳ね上げさせることが可能になったのだ。

 

 

 

5つ目はやはり……アウラ・エノクが意識を失いつつも諦めなかったという一点に尽きる。

リュケイオンでの日々を経た彼女にはいい意味での“執着”が生まれていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

「多くの人々の強い願いと献身がアウラ・エノクを救ったのです」

 

 

 

 

正しくこの一言に尽きた。

これは奇跡ではない。

多くの要因が絡み合い導き出された当然の結末である。

 

 

 

 

そして、と司祭はプランの身体に視線を走らせる。

浮かべていた微笑みを消し去り、僅かばかりの苦みを感じさせる顔を彼はした。

 

 

 

 

「腕の方は問題ありません。

 彼女が天法で応急処置をしたので出血などは止まっていました」

 

 

 

「────問題は」

 

 

 

視線が動く。

プランの腹部を見て頭を振った。

ルファスには気づかれない様に細心の注意を払っているような態度だ。

 

 

 

「それについては後日詳しく話しましょう。

 ……私は少し休んできます」

 

 

 

プランが意識を取り戻したのを見て気が緩んだのか、二人の命を救った男は緊張が解けた結果として少しだけふらつきながら部屋を後にした。

元より夜に叩き起こした上に命のやり取りを経験させたのだからこれは仕方ない事だった。

アリエスもまた、彼に続いて退室した。

 

 

最後に一度だけ振り返ると大きく「メメメメ!」と鳴いてから今度こそアリエスは廊下の奥へと消えていった。

プランは深く礼をし彼らを見送ると、次にルファスに視線を向けた。

 

 

 

どうやら彼女は眠っている様だった。

母の胸元に顔を埋めて動かないのを見るにとてつもない疲労があるのだろう。

起こすべきではないと判断したプランが踵を返し歩き出そうとするが……。

 

 

 

 

「待って」

 

 

 

真っ赤な瞳が輝きながらプランを見つめている。

輝いてはいるが光はなかった。

星のない夜空の様に暗い瞳だった。

 

 

起き上がった少女が翼を広げた────真っ黒な翼を。

 

 

 

【観察眼】で見れば彼女のレベルは800と出た。

一度は零落したとはいえ“四強”に次ぐ域まで彼女の身体は力を取り戻したようだ。

先に除去したはずのマナは再びルファスの肉体に宿り強固に結びついている。

 

 

 

あぁ、そっちを選んだのかとプランは悟ってしまった。

念のため彼は左手で自分の顔を掴んで確かめる。

自分がどんな表情をしているか判らなかったから。

 

 

 

 

ルファスは僅かばかりの逡巡の後に項垂れて口を開いた。

まるで処刑を受け入れる罪人の様な顔と態度であった。

 

 

 

「……ごめんなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“恐怖”

 

 

 

部屋の中にプランが入ってきたことによって瞬時に意識を覚醒させたルファスの頭にはそれしかなかった。

ピオスと何かを話しているようだったが、何も耳に入ってこない。

無傷であるのに全身が痛くてたまらない、叫び出してしまいたかった。

 

 

 

痛かった。

心の奥底が軋んで、音を立てながら圧壊していくようであった。

 

 

彼女は自分が何をしたか全て覚えている。

魔物染みた……いや、正しく魔物そのものといえる破壊衝動と絶望に酔った自分が何もかもを台無しにしようとしたことを。

 

 

母は戦っていたというのに。諦めていなかったのに。

リュケイオンの人々とピオス司祭は死と戦っていたというのに。

だというのにルファスはただ自分の事だけを考えていた。

 

 

 

傷つけられた自分の事だけを考え、差し出された手を子供の様に駄々を捏ねて払いのけてしまった。

その結果がアレだ。

彼女には自分が彼の腕を吹き飛ばした手ごたえがこびり付いている。

 

 

 

きっとこれは一生消えないだろう。

この先1000年、2000年生きていこうと。

彼女の人生において永遠に“自分を助けようとした人の腕を振り払った”という罪科は残り続ける。

 

 

 

ピオスとの会話を終えた彼が部屋から立ち去ろうとする。

きっと彼は怒っていないとルファスは知っている。

いつだってそうだったから。

 

 

彼は自分がどれだけ悪意をぶつけようといつも微笑んでいた。

どれだけ心ない言葉を叩きつけようと傷つく事はあってもルファスを傷つけはしなかった。

 

 

 

それに甘えた結果が今だった。

ルファスは父と同じことを再びしてしまった。

まるで虐待が連鎖するように。

 

 

 

何の関係もない誰かに八つ当たりし、苦しめて殺そうとする。

それは彼女がジスモアに受けた仕打ちそのものであり、逃れられない因縁なのかもしれない。

 

 

プランの気配が部屋から消え去ろうとしている。

この機会を逃したら永遠に届かないと彼女は直感する。

 

 

ルファスは生涯最高の勇気を振り絞る。

たとえ竜を相手にしたとしてもここまで恐怖はしないだろう。

 

 

 

 

「待って」

 

 

 

全身に走る震えを必死に抑え込み、ルファスは何とか言葉を絞り出した。

自分で思っていたよりも縋りつくような声音が口から出た。

 

 

 

プランが立ち止まり自分を見ていた。

蒼い瞳は変わらない。

何もなかったかのように彼は優しく微笑んでいる。

 

 

視線が翼に移動した後にプランが複雑な顔を浮かべたのをルファスは見た。

そこにあったのは筆舌に尽くしがたい感情だ。

ただし、怒りは一切なかった。

 

 

 

(……なんで怒らないの。私は貴方を)

 

 

 

……今夜の出来事などなかったのかもしれないとルファスは思ってしまった。

あれは全部悪い夢で、自分はまだ変異で寝込んでいて、いま目が覚めたのかもしれないと。

 

 

 

しかし、彼の喪失した右腕がそんな甘い考えを許さない。

お前がやったのだと罪を突き付けてくる。

 

 

ルファス・マファールにはあらゆる悪意と戦う強さがある。

この世の理不尽を憎み、ねじ伏せてやろうという気概がある。

 

 

しかし彼女は自分の罪と向き合う方法は知らない。

いつだって被害者だった彼女は加害者になってしまった時、どうすればいいか判らない。

 

 

だからルファスは言うのだ。

ヴァナヘイムにおいては何度唱えても無駄だった言葉を震えながら。

 

 

 

 

「……ごめんなさい」

 

 

 

ソレは何に対しての謝罪だったか。

この5年間に対して?

今まで吐きつけた罵倒?

何なら暴力を振るって当たり散らした事など一度や二度ではない。

 

 

 

生涯で初めて深く自分の意思で頭を下げる。

翼さえ小さく折りたたまれて震えている。

遅いことなど彼女は判っている。

 

 

本当なら5年前に言うべきだった。

そうすればこんなことにはならなかった。

 

 

 

 

地獄の様な空白が部屋を満たす。

背筋が冷たくて気持ち悪い。

胸の中から冷たいナニカが這い上がってくる。

 

 

 

「ルファス」

 

 

 

名前を呼ばれて顔を上げるとプランのいつも通りの顔がそこにはある。

違うのは右腕がない事だけ。

 

 

 

「結果だけを見ちゃダメだよ」

 

 

 

 

全ては“過程と結果”なんだとプランは説く。

まるでいつも行っている授業の様に彼はルファスに言い聞かせていく。

絶対的な被害者も加害者も、今回の件においては存在しないという事を理屈立てて彼は説くのだ。

 

 

 

「元はといえば自分が判断を誤った事から今回の一件は起きたんだ」

 

 

 

「だけど……!」

 

 

 

私がと言いそうになったルファスをプランは視線で窘める。

彼は小さく頭を横に振った。

 

 

 

「どれだけ強くてもルファスはまだ15歳の女の子なんだ。

 そんな子供がお母さんのあんな所を見てしまったら

 ああなるのは仕方ない事だと自分は思っている」

 

 

父親が母親を殺し、更には自分を殺しに来る。

そんな光景を見てはたして発狂しないでいられる子供がいるだろうか。

 

 

親が死ぬところを見るのはそれなりに感じるモノがある事をプランは知っているのだ。

 

 

「ルファスは自分で思っているよりもずっと深く傷ついているんだよ。

 身体的な傷なら何とでもなるけど、心の傷はそうはいかない」

 

 

 

腕なら義手を付ければ何とかなるさ、とプランは先から右腕をじっと見ているルファスに言う。

幸い彼にはドワーフとの伝手がある故にそういった点は困らない。

更に言うと、前々から人工の四肢に興味があったというのも事実だった。

 

 

 

「……謝らないといけないのは自分たちだ。

 本当なら子供にこんな仕打ちを許す世界を作ってはいけないというのに」

 

 

 

何故か? を辿れば■■を除けば全ては大人が悪いと彼は思っていた。

発端はアレかもしれないが、それでもそれを良しとしたのは大人たちだ。

明らかに狂っている世界を変えようとしてこなかったのだから。

 

 

 

プランは天翼族ではない。

彼とヴァナヘイムは無関係である。

しかし、見て見ぬふりをしてきたのも事実。

 

 

何年も、何十年も。

彼らには彼らの文化/やり方があるといって関わらなかった。

その結果が“子隠し”でありルファスの暴走だ。

 

 

 

だからプランは頭を下げた。

自分などの頭では全くたりえないと理解しつつも、彼女たちを無視して切り捨ててきた大人たちを代表する様に。

 

 

 

「こんな世界しか作れなくて……ごめん」

 

 

 

「…………」

 

 

 

ルファスは頭を殴られた様な衝撃を受けて固まっていた。

どうすればいいか判らなかった。

 

 

 

誰かが頭の中で叫んでいる。

あれは……自分だった。

アリエスに叫び散らし、己の逆恨みにちっぽけな大義を与えようとしている馬鹿な小娘だった。

 

 

「あぁ……」

 

 

私のっ、わたしたちの小屋は! 

あの男の屋敷のすぐ隣にあったんだ!! 気づかない訳がないだろう!!

 

 

 

 

自分を助けてくれた人に感謝するでもなく、ただ八つ当たりしているクズがいた。

 

 

 

もっと早くに気づけたはずだった!! 

なのに、なのにあいつは!! 全く!!! 知ろうともしなかったっッ!!

 

 

 

「ああああぁ……!」

 

 

 

母の一大事に諦めを抱いて「何もしなかった」自分がかつて吐いた言葉だ。

助けを乞われた時、自分は何と返した?

 

 

 

 

 

あいつはいきなり現れて、いきなり手を差し伸べて

それで自分は“良いことをした”なんて思いあがっている!!

 

 

手を差し伸べてくれた。

薄暗い森の中、死を待つだけだった自分を引き上げてくれた。

今日だって魔物に墜ちた自分を相手にカルキノスと二人でずっと向き合ってくれたというのに。

 

 

いつも差し出してくれた彼の右腕はない。

自分が奪ってしまったのだから。

 

 

 

 

私の9年は何だったんだ! 

何であんな思いをしなければいけなかったんだ!

 

 

 

正しい嘆きだと彼は言うが、プラン・アリストテレスはあくまでも無関係な第三者だ。

 

 

 

 

あんな奴、ころされて当然だ! だからわたしはあいつを殺すんだ!!

 

 

 

そんな筈がない。

殺していい筈がない。

彼は多くの人の命を守ってきたし、これからもきっと守っていくだろう。

 

 

 

自分は今まで誰一人助けたことがない。

それどころか何もかも奪おうとした。

普通に考えてみて、彼と自分、どっちの命に価値があるかなど一目瞭然だ。

 

 

 

────気づいてしまう。

 

 

 

自分はプランを傷つけただけではない。

これから彼が助けられるかもしれなかった全ての命を壊しかけてしまったことを。

 

 

己は既に被害者ではない。

立派な加害者であり、心から憎んでいたヴァナヘイムの天翼族たちの同類だと気づいてしまった。

結局、己もただのありふれた天翼族でしかないと。

 

 

 

 

その瞬間、ナニカが折れた音を彼女は聞いた。

 

 

 

「ぁぁ゛ぁぁ゛ぁああ゛……!」

 

 

 

歯がガチガチと噛み合う。

眦が熱くなった。

そして全身から力が抜けてルファスは床に崩れ落ちた。

 

 

 

「────っ、っっッ……ごめん、なさい……ごめんなさい……」

 

 

 

涙が零れて止まらない。

彼女は同年齢の子供がそうするように顔を両手で顔を抑えて慟哭した。

 

 

星の見えない夜空の様な瞳を晒すルファスを前にプランは僅かだけ躊躇った。

心に傷を負った子供にどう対処すればいいか考えて、考えて……プルートでガザドに言われた言葉を思い出す。

 

 

彼はルファスの前で膝をつき、目線をあわせる。

そして……本当にゆっくりと、ガラス細工でも扱うかの様な慎重さでルファスを抱きしめた。

 

 

 

自分はルファスの父親ではない。

自分は父親にはなれない。

こんな化け物がなってはいけない。

我が子に出来もしない使命を押し付けてはいけない。

アリストテレスはもう、自分で終わりだ。

 

 

 

“だけど、傷つき泣いている女の子を慰める為なら少しくらいは許されると思いたい”

 

 

幾度も己の思い上がりを正す様に自分で自分に言い聞かせながら、プランは見よう見まねでルファスの背中に手を回し、左手であやすように優しく叩いた。

黒い翼が答える様にプランを包んだ。失いたくない大切な存在を守る様に。

 

 

 

だいじょうぶ、だいじょうぶ。

まだまにあうから。

また、一緒にやりなおそう。

 

 

 

 

泣きじゃくるルファスをプランはそうやってあやし続けた。

 

 

 

 

長い夜は終わりを迎え、地平の彼方から陽光が差し込む。

それはルファスにとって、そしてプランにとっても、新しい日々の始まりを予感させる光であった。

 

 

 

 

 

 




これにて第一部完結となります。
2022年の最後にようやく二人の関係を進展させることが出来ました。
次話からデレたルファス様をようやく披露できます。

これくらいやれば完全にデレたルファス様を書いても許されると思いたいです……。



そして次話更新は少しお休みを頂きまして1月21日か28日の予定となっております。


それでは皆様、よい年末/年始を。
























少女の祈り(絶望)は届いていた。




北の果て、数多くの魔物が疫病で悶え苦しむ地獄の底。
しかし、疫病の影響など欠片も受けない怪物が一柱。



“竜王”ラードゥン。
前代未聞のクラスを所持する魔物であり、新秩序の構築を目論む狂信者である。



『わるいこ ど~こだ?』


101にも及ぶ頭が南を見ていた。
少女の絶望と共に放たれた【威圧】を感知したソレは楽し気に笑っている。
彼の規格外の気配探知能力は惑星の向こう側でレベル1000の存在が生まれ落ちた事を把握することが出来た。

彼は【勇者】である。
故に規格外の存在に対する察知能力はずば抜けているものがあるのだ。


なぜかは判らないが直ぐに消えてしまった不安定な気配。
絶望に満ちた心地いい叫び声。
すべて大好物である。



『まっててね』



すこしだけ後回しになるけど、会いに行ってあげる。



彼は悪い竜。
彼は竜王にして勇者にして絶望の権化。



上がれば落ちる。
彼は幸せの後に必ずやってくる存在である。


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