ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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お待たせしました。
今年もよろしくお願いします。


第二部 happily ever after 
ルファスの“クッキング”


 

 

 

朝、まだ夜の冷気が露として残っている早朝にルファスは目覚めた。

身体に漲る活力はかつてない程に強く、十分な肉体的/精神的な休眠を取れた四肢は早く動きたいと無言の訴えを飛ばしてくる様に軽い。

むくりとベッドから起き上がると、彼女は隣のベッドで安らかに眠っている母を見て顔を緩めた。

 

 

何回か翼を動かしてストレッチをしたあと、彼女は窓の外を見た。

地平から木漏れ日が溢れ、新しい一日が始まろうとしている。

 

 

ジスモアが狂い、アウラが死に瀕し、ルファスが暴走したあの日より5日ほど経過していた。

ルファスの変異はあの夜に完了し、今のレベルは800。

1000であった時に比べれば劣るとはいえ、それでも彼女の保持する力はミズガルズを左右する域にまで高まっている。

 

 

拳を振るえば雲や海を割るだろう。

ひとたび足を踏み出せば亜光速で駆け抜けることも可能だ。

翼はかつてない程の浮力を発生させ、何なら月まで飛べるかもしれない。

 

 

 

誰もが羨み見上げる力を彼女は得た。

何ともちっぽけな力を。

そうだ、彼女の胸にあったのは高まった力への満足などではない。

 

 

 

ルファスは己が弱いと思っている。

しかしそれは今まであった他者を圧倒し、誰も彼もを跪かせたいという支配/上昇欲求からくるものではない。

そんなつまらない感情は既に彼女の中にはない。

 

 

 

本当の意味での“強さ”を自分は持ち得ていないという事実を彼女は認めたのだ。

かつてプランに教わった「レベルだけ上げても意味がない」という言葉。

その本質を彼女はあの夜に知った。

 

 

 

ミズガルズには本当の意味で美しいものがある。

自分等では到底及ばない程の強さがある。

そしてそれは暴力や魔法、天法ではない。

 

 

 

本当の強さというのは“レベル”という概念の外にあると彼女は知った。

プランや多くの人たちは幾度もそれを説いていたというのに、知ろうともしなかった自分の愚かしさに血反吐を吐きたくなる。

 

 

5年も無駄にしてしまった。

傷つけなくていい人を傷つけてしまった。

諦めてはいけない人を諦めた。

 

 

 

 

あの時、ルファスは母を諦めた。

狂った父の凶行を見て、心が折れてしまった。

しかしリュケイオンのレベルだけを見れば自分の足元にも及ばない人たちは諦めなかった。

 

 

 

無視していい筈なのに、本当は関わらなくても構わないというのに、あの人たちはたった一人の命を掬い上げるために全力を尽くした。

果たして同じことを自分に出来るだろうか? とルファスは思ってしまう。

 

 

今のレベル800の身ならば可能だろう。

遥か高みから物乞いに慈悲を与える様に気まぐれで弱者の命を助ける事など造作もないはずだ。

しかし、しかし……レベル3の時だったら?

 

 

 

プラン・アリストテレスに拾われる前の低レベルだった頃の自分だったら?

何の損得も考えずにただ「救いたい」という一心だけで他人の為に貴重な財産を惜しみなく使い潰せるか?

 

 

 

出来ないとルファスは思った。

 

 

 

だから自分は弱いのだと彼女は自分を戒めた。

レベルだけ上げた小娘、力をどれほど高めても中身は何一つ変われていない惨めな存在だと。

 

 

 

 

そして自分なら、駄々を捏ねどれだけ言葉を尽くそうとも理解しようとしない愚かな小娘を助けるために命を擲つ献身を見せられるか?

 

 

 

無理だと彼女は思った。

 

 

 

あの夜、自分を包んだ優しい熱を彼女は一生忘れない。

それは新しくルファスの中に芽生えた目標であった。

生涯をかけて彼女はあの人たちの献身に追いつこうと決意していた。

 

 

変わりたい。

少しずつでいいから。

それが今の彼女の願いである。

 

 

 

 

「ぁ……おきたの?」

 

 

 

眼ぼけた瞳でアウラがルファスに言う。

さすがは親子というべきか、起床する時間も同じであった。

白い翼をぴくぴくと震わせ、彼女は娘に微笑みかけた。

 

 

 

「うん……だけどお母さんはもう少し寝てて。ご飯が出来たら呼ぶね」

 

 

 

「まだまだ療養していないとダメだよ」と続けるとアウラは申し訳なさそうに微笑む。

ピオスから彼女とプランは最低一か月は療養しろと念を押されているのだ。

腹部の傷は塞がったが、損傷を受けた臓器がしっかりと回復するには如何に天翼族と言えど相応の時間がかかるのだ。

 

 

 

瞼を閉じて再び眠る母を見てルファスは胸の内側からこみあげる暖かい感情に身を委ねて微笑んだ。

 

 

 

あの日、失いかけた大切な存在。

一度は諦めてしまった宝。

愚かな自分の代わりにたくさんの強い人たちが引っ張り上げたかけがえのない命。

 

 

 

母はここにいる。

そして、こんな自分を受け入れてくれる人たちも。

失いたくない。守りたいとルファスは決意を抱く。

 

 

 

 

立ち上がりベッドの傍にかけておいた赤いローブを羽織る。

ちなみにこれは二代目のローブだ。

5年間で彼女の身長はかなり伸びたのもあって、リュケイオンに来た当初のローブは丈が合わなくなってしまったのだ。

 

 

「よしっ……」

 

 

呟いてから自分の頬を叩く。

鍛錬や勉学をしている時よりも彼女は気合を入れていた。

いつも食事の準備をしていたアウラやカルキノスが怪我を負ったいま、彼女が屋敷の家事をしているのである。

 

 

 

実を言うとカルキノスの怪我は殆ど治っているのだが、ルファスがやらせて欲しいと主張しこうなっている。

彼女は何でもいいから仕事をしたかったのだ。

周りの人たちが怪我を───自分のせいで───している中、ただ今までみたいに保護され続けていることに彼女は耐えられなかったから。

 

 

黒い翼が羽ばたき、朱色に変化した髪の先端が主の意思を表す様に輝いた。

そうしてルファスの一日が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぐつぐつと茹でる鍋に刻んだ野菜とお肉を丁寧に投入していく。

塩と胡椒を適量いれたあと、ルファスは近くに置いたメモを捲る。

読みやすく丁寧な文字で書かれたソレはカルキノスがルファスの為に用意したレシピである。

 

 

輝く金髪を後ろで一まとめにし、母の青いエプロンを付けたルファスはレシピ通りに食事の準備を進めていた。

黒い翼が時折パタパタと動き、我ながらいい出来だと彼女はスープを見て頷いた。

 

 

 

『誰でも簡単! お腹に優しいスープ!!』

 

 

 

『まずは野菜を一口サイズに刻んで……』

 

 

『うまく切れなくても大丈夫! 包丁を動かすたびに貴方はlevel upしてるのです!!』

 

 

『火傷に注意!』『指はしっかり丸めてから包丁を……』

 

 

 

 

所々に書かれた注意事項にルファスは肩を落として苦笑する。

私はそこまで子供じゃないんだけど、と思いつつ彼の思いやりは嬉しく想いながら作業を続けていく。

これまでに何度も母の手伝いで料理をしていた事もあり、料理そのものは問題なく完成しそうであった。

 

 

 

 

ここでルファスは誰かが近づいてくることに気が付いた。

母は寝ており、カルキノスも自分に仕事を任せてくれて部屋にいることを考えれば一人しかいない。

少しだけ鼓動が速まる。翼が二回ほど強く上下に震えた。

 

 

 

 

「おはよう」

 

 

 

「ん……おはよう」

 

 

 

背後から掛けられた挨拶にルファスは視線だけを向けて答えた。

 

 

 

「もう少しかかるから、部屋で休んでて」

 

 

出来たら呼ぶからと言うルファスにプランは頬をかきながら答えた。

蒼い瞳が右に左にと動き、彼は申し訳なさそうに言う。

 

 

 

「実は二度寝しようと思ったんだけど、目が冴えちゃってね……」

 

 

 

「無理やり寝たら、目覚めが悪くなりそうだから起きてる事にしたんだ」

 

 

 

 

あぁ、とルファスは頭を振った。

彼の言う事は彼女にも経験がある。

眠気もないのに無理やり寝ようとすると、むしろ逆に疲れる事もあると彼女は知っている。

 

 

 

「だから向こうで出来るのを待ってるよ」

 

 

 

「判った」

 

 

 

少女が男に視線を向ける。彼の右腕に。

手袋で覆われた手の下には【バルドル】の一部が装備されていることをルファスは知っている。

そしてもう一つルファスは知っている事があった。

 

 

 

意識すればルファスの瞳は燃え上がる様に輝き、世界に満ちるマナ/魔力/天力を観測することが出来た。

あの夜を境目に、今まで曖昧で使いこなしているとは言い切れなかった概念を観測する能力が完成したのだ。

 

 

ルファスの瞳はプランのソレとは違う意味で世界を読み解く事が出来た。

濃い、薄いの差はあれどあらゆる所にマナは存在している。

もちろんアリエスや母、カルキノス、プランだってマナを保持している。

 

 

 

カルキノスは自分と同じくらい。

それ以外の者は自分と比べて“薄い”事をルファスの瞳は見抜いていた。

あのプランでさえ自分と比べれば保有するマナの濃度は薄いと。

 

 

 

だが、問題はそこではない。

プランの……腹部……自分がよりによって彼から送られたミスリルの刃で突き刺した傷口。

傷の奥には決して薄まる事のない黒い呪詛が今だに存在していることを彼女は知っている。

 

 

ルファス本人でさえ消せない憎悪の塊。

あの日、彼女が渾身の力を込めて放った汚染はもはや彼女自身の手でも拭えない。

人を呪わば穴二つとはよくいったものだ。

 

 

 

(……………!)

 

 

ソレを見る度にルファスは奥歯にヒビが入るほどに噛み締めてしまう。

普通に考えれば判る筈だ。

腹に穴が開いた上に、回復を阻害する呪詛を流し込まれ、更には竜をも殺す薬液を注ぎ込んだ上に【錬成】で弄りまわせばどうなるかなど。

 

 

 

プランは表には出さず黙っているが、彼はまだ外見からは想像できない程の重傷を負っている。

恐らく、命に係わるほどの傷を。

 

 

 

(……必ず治す)

 

 

 

死なないで。

それだけがルファスの心を満たしている。

あれだけ死を願っていた男の命を今は心から救いたいと願っていた。

 

 

 

(暫くは様子見だ。いつか必ず、チャンスが来る)

 

 

ただ普通に問うだけでは、はぐらかされる事など彼女は見抜いている。

今までそうだったように。

プラン・アリストテレスは自分自身に関する事に対しては異常に口が堅いことを彼女はこの5年で思い知っている。

 

 

はぐらかした上に、今度は隠蔽するだろう。

そして全ては手遅れになる、という未来がルファスには見えた。

 

 

 

 

故に注視する。

彼の体調の変化を決して見逃さない。

もしも酷い様子を見せる様だったらその時は実力行使も辞さないと彼女は決めていた。

 

 

いつか必ず、決して逃げられない状況を整えた上で彼に治療を受けさせると彼女は決めていた。

そしてその為には知識が必要だと彼女は思っている。

幸か不幸か、勉学に励むのに理想的な環境がここには整っている。

 

 

 

憎悪の帳が晴れた今、彼女は本来もっていた聡明さを遺憾なく発揮し未来を見据えていた。

全ては彼と自分、そして皆で末永く暮らす為に。

このリュケイオンこそ自分の故郷。自分は此処で生きていくとルファスは決めている。

 

 

そんな彼女の心境を知ってか知らずか、プランはいつもの様に暖かく微笑みながら屈んだ。

何を、とルファスが思う前に彼は遠くに向けて声を掛けた。

 

 

 

「おいで! アリエス!!」

 

 

 

アリエスの名前を呼んだ瞬間、遠くからドドドドドドという音を立ててアリエスが走り込んでくる。

彼は瞳をキラキラ輝かせながら大好きな飼い主の一人であるプランの胸元に飛び込んだ。

 

 

 

「メメメ~~~っっ!!」

 

 

 

彼からすれば全力の突進だったかもしれないが、生憎モフモフで素晴らしい触り心地の羊毛に包まれた彼の飛び込みは

「もふっ」という可愛らしい効果音しか発生させられない。

プランは両手でアリエスを抱きしめると、その頭を優しく撫でた。

 

 

 

「料理が出来るまで一緒に待っていようか?」

 

 

 

「メッ!」

 

 

 

力強く頷くとそのままアリエスはプランの顔を舐めまわし始める。

少し前ならば自分のアリエス相手にデレデレするプランを見て苛立っていたルファスであったが、今の彼女は一人と一匹の触れ合いを微笑ましく見つめている。

もちろん飼い主として釘をさすのも忘れないのが彼女である。

 

 

 

「余りアリエスにおやつを上げすぎない様にな。

 また肥えたりしたら今度は貴方が散歩に連れて行ってもらうから」

 

 

 

 

自分の言葉にプランは昔の過ちを思い出し、シュンと頭を下げた。

アリエスが出荷寸前の家畜の様にコロコロと丸くなってしまったのは彼の失敗の一つである。

 

 

そんな彼を見て、ルファスは器用に翼を竦めてから料理の仕上げに戻るのであった。

皆に「美味しい」といって貰えるのが今から楽しみでしょうがない。

 

 

 

かけがえのない一日はこうやって始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日の予定は何がある?」

 

 

食後、食器の片付けなどを終えたルファスはプランにそう話しかけた。

先ほどまで一緒に食事をとっていたカルキノスとアウラは既に療養中というのもあり部屋に戻っており、食堂には二人だけだ。

 

 

今まで使っていた男の口調は中々に抜けないらしく、少しばかり威圧的な口調で彼女は言う。

もちろん本人に威圧する気など全くなく、言葉を発してから彼女は「あぁ、また」という顔をした。

 

 

 

強い自分として見栄を張るために5年間演じ続けたソレはもはやルファスの一部と化しており、変えようと思っても思い通りにならない。

それにいまさら母の様に女性的な口調で話すというのもどうにも自分らしくないとルファスは思っていた。

 

 

 

「今日はユーダリルから馬車が来ることになってる。

 中身は医療品……ポーションなどが中心かな」

 

 

 

プランの瞳に少しばかり自分を探る様な気配が宿ったのをルファスは見逃さない。

ポーション類を彼が大量に発注した理由はアウラ・エノクを救う際に民たちが提供した品の補填である。

つまり、彼はこの話題がルファスにとってあの日の嫌な記憶を思い出さないか心配しているのだ。

 

 

(そんなこと、気にしなくていいのに……)

 

 

貴方は立派だった。

貴方達は本当の意味で強かった。

自分だけが愚かで弱かった。

 

 

もはやあの時の話題はルファスにとってはそれだけの話である。

 

 

もちろん嫌な思い出ではある。

何ならあの時の自分の愚かさを考えるだけでそこら中を転げ回って叫びたくもなる。

だがそれはもはや過去の話であり、プランが思う程に心に傷は残っていないというのが本音であった。

 

 

 

だから彼女は言う。

まだ少し自分の心を曝け出すのは怖いけど、何事も踏み出さないと始まらないと思ったから。

ルファスの視線を感じたのかプランは右手を背に回して彼女の視界から消す。

 

 

彼女は知っている。

あのゴーレムの腕は急ごしらえであり、寸法が左腕と合っていない事を。

更に言うと指も太く、ペンなどは持てない。

 

 

ルファスは知っている。

あの腕はあくまでも中に人の腕を通して使う鎧が本分であり、厳密には義手ではないことを。

あくまでも義手の様に使っているだけで、その実【アルケミスト】として逐一自分のゴーレムに指示を出して動かしているのが彼の右腕の正体だ。

 

 

つまり、あれは動かすだけで気力を消費する品なのだ。

夕方あたりに時折腕を外して休憩しているプランをルファスは見た事があった。

 

 

 

目線を向けると彼は苦笑した。

「気持ち悪いものを見せて済まない」と無言でプランは謝罪している。

徹頭徹尾、彼はルファスをそういった汚いモノ、血生臭いモノから引き離そうとしているのだ。

 

 

 

 

「大丈夫だ」

 

 

 

一歩だけ前に踏み出しプランとの距離を詰める。

彼の隠された右腕を掴み【バルドル】のゴツゴツした感触を手袋越しに感じる。

プランが驚いたような顔をし、固まる。

 

 

人間の熱などなく、感じる事も出来ない彼の右手を包む様に握ると、ルファスは仄かに身体が熱くなった。

冷たいゴーレムに己の熱を分け与えながら彼女は告げる。

 

 

「大丈夫。もう……私の中では割り切れたから」

 

 

 

「父の事を許せないという思いは消えてないけど……。

 それでも過去ばかり見るのは止めることにしたんだ」

 

 

 

父も天翼族もヴァナヘイムもルファスは大嫌いだ。

二度と顔も見たくないし、近づきたくない。

その上で“それはそれ”と彼女は分けることにした。

 

 

 

天翼族のおぞましさなどかき消す程に美しいモノがこの世にはあると判ったのだから。

 

 

 

「だけどケジメはつけないと行けないとも思う。

 届いたその荷物をみんなに配るときは私も立ち会わせてくれないか?」

 

 

 

 

一人一人に母の件、そして今までの事も併せて感謝と謝罪をしたいんだと笑顔で続ければプランは重荷を下ろしたように肩の力を抜いた。

ルファスに向けていた探るような視線が消え去り、彼は曖昧に笑った。

胸の中から湧き上がる何とも言えない感情を彼は処理しきれていないらしく頭を小さく振る。

 

 

 

「勿論いいとも。……大人になったね」

 

 

 

「まだまだ私なんて全然。もっと強くなりたいものだ」

 

 

 

ルファスは翼から微かに浮力を発生させて少しだけ浮き上がった。

5年前は彼の腰あたりだった身長であるが、今は彼の胸元くらいだ。

だから翼を使って少しズルをする。

頭一つとちょっと分程度の身長差を浮かぶことによって埋めて目線を同じにする。

 

 

ぷらぷらと当てもなく浮かび上がった足が空中で振られた。

 

 

 

「今更の話だけど……けっこう、貴方って背が高いんだな」

 

 

今まで気にしたこともなかった事実を発見した彼女は感心したように言う。

この人は、こんなに大きかったんだと胸中で続けた。

 

 

 

「こんなに差があると、並ぶまでどれくらいかかるんだろう?」

 

 

 

親指と人差し指で“[”を作り自分たちの身長差を彼に強調する。

15歳の少女として平均以上の身長であるルファスのソレは決して低くはない。

むしろ高い部類に入るくらいだが、それでも成人男性と比べると劣るのだ。

 

 

プランは5年前の今よりも二回りも小さかった少女を瞼の裏で思い出しながら背伸びをしたがる少女を優しく諭した。

彼女が大人になった姿を自分は見れないという事実を判りながら。

 

 

 

「直ぐに伸びるさ。

 天翼族は15歳から本格的に身体の成長が始まると聞くし

 ルファスなら望む分だけ大きくなれるよ」

 

 

 

「既にあの“吸血姫”よりは上らしいからな。

 ここいらで一気に差を広げておかなくては」

 

 

 

ミョルニルから帰ってきたプランに一番初めに聞いた事が「ベネトナシュと私、どっちが大きい?」であったことを思い出しながらルファスは苦笑した。

我ながら何を聞いているんだと思いながらも彼女は決して彼女に負けるつもりはなかった。

少なくとも身長における勝利は維持し続けるつもりだ。

 

 

名前しか知らないというのに、どうにもルファスはベネトナシュの話になると奇妙な対抗心が湧いてしまうのだ。

 

 

 

“吸血鬼”ベネトナシュ。

聞けば竜王がミョルニルを襲った際、彼女はプランと共に戦ったという。

プラン曰く「少しだけ手助けした」らしいが、現実は違うだろうなとルファスは睨んでいた。

 

 

 

「こいつ、絶対何かやったな」と。

理屈ではない。

今までの経験と、女の勘で彼女は真実に感づいていた。

 

 

 

勿論プランが真実を語る日は来ない。

間違っても彼女の肉体を乗っ取ったり、殺しにこられたので返り討ちにしました、なんて言えない。

 

 

しかし、これくらいは言っていいだろう。

客観的な事実に基づいた証言なのだから。

もしも彼女が聞いたら全身全霊の【銀の矢放つ乙女】が飛んできかねない発言であった。

 

 

 

「大丈夫。

 自分の見た所、彼女の身長は100年で1センチ伸びるかどうかと言った所だったから」

 

 

 

ベネトナシュの“設計図”を所持しているからこそ確信をもって断言すれば、何故かルファスは半目になりプランを睨みつけた。

苛立ちとも怒りとも違う、黒くはないが何とも痒い気持ちを抱いた彼女は器用に空中で腕を組み、この隠し事多き男をじぃっと見つめる。

 

 

 

何でそんなことを知っているんだ? 

いや、そもそもどうして彼女の正確な身長とこれからの発育予定を知り尽くしているんだ。

何をしたんだ、何を。

 

 

 

「……随分ベネトナシュについて詳しいんだな? 是非とも、その根拠を知りたいな」

 

 

 

「……………………」

 

 

 

自分が余計なことを言ってしまったと察したプランは唇を強く結び、黙秘による抵抗を試みることにしたのだった。

勿論その行為はルファスの心に油を注ぐだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────吐けっ! 吐けば楽にしてやる!!

 

 

 

────ベネトナシュと何をしていたか言え!

 

 

 

少女の興奮した声とバタバタ走り回る音をドア越しに聞きながらカルキノスとアウラは揃って笑っていた。

足元には美味しい野菜をたらふく食べたアリエスが寝転がっており、室内で自分の主がプランを問い詰めているのを子守歌代わりに船を漕いでいた。

誰もが彼女の言動を微笑ましく見守っている。

 

 

何故ならルファスの声には以前まであった憎悪が欠片も籠っていないから。

何なら楽しそうでさえあった。

彼女はこの寸劇を心から楽しみ、全て判った上で遊んでいる節さえある。

 

 

 

 

───相変わらず口が堅い……!

 

 

───抵抗は無意味だ! 年貢の納め時と言う奴だな。

 

 

 

ガタガタ。ガタッガタッ。

 

 

恐らく拘束用の魔法で椅子に縛られたプランが身体を揺すって断固抵抗の意思を示しているのだろう。

レベル800になったルファスは本来天翼族では使えないとされる魔法を行使可能な【クラス】を得ていたのだ。

 

 

 

 

───いいだろう、とっておきを見せてやる。

 

 

プチっと何かが抜ける音───ルファスが自分の羽根を数枚抜いたのだろう。

 

 

 

───最後のチャンスだ。私は慈悲深い女だからな。

 

 

 

───そうか! ほんとーに、残念だ!!

 

 

 

プランはきっと首を縦に振らなかったのだろう。

数秒後にはルファスの羽根にくすぐられでもしているのか、ガタガタという椅子が揺れる音だけが聞こえてくる。

 

 

 

何ともむごい拷問が繰り広げられる中、アウラはおろおろと心配しながら扉に手を掛けようとするが、カルキノスがそれを制した。

 

 

 

 

「もうちょっとだけ、お二人のworldを楽しんでもらいましょう。

 あんなに楽しそうなレディは本当に久しぶりなので!」

 

 

「…………ごめんなさい、プラン様」

 

 

長い葛藤の末に扉に向かってアウラは深くお辞儀をした。

カルキノスの言う通り、あの夜以降は何処かよそよそしかった娘がここまで楽しそうにしているのは彼女としても嬉しい事であったのだ。

 

 

 

 

────次はここだ。どうだ? そろそろ降参したくなってきた?

 

 

ガタタタ。ガタン。

 

 

────あくまでも黙秘する気なんだ。そうすればするほど、私は燃え上がるだけだよ?

 

 

ガタガタガタ。

 

 

もはや男性的な口調さえ投げ捨てたルファスは嬉々としてプランを笑わせようと躍起になっているように聞こえる。

 

 

 

「OH……何とおもs……いえ、惨いことを……」

 

 

カルキノスは天を仰ぎ、友を助けられない己の無力を嘆くように頭を振った。

申し訳ありませんフレンド、レディの笑顔の為のsacrificeになってくださいと内心で彼は祈りを捧げた。

 

 

 

ドゥエドゥエドウェ……。

 

 

 

───うわ! なんだその動き! あ、こら、逃げるな!!

 




ここからはデレた彼女をお楽しみください。
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