ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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今週はちょっとしたサプライズを用意いたしました。


前作fate/stellaris の「 the war in heaven 」を大幅に加筆しましたので
もしよろしければそちらもどうぞ。

例によってミクトランのネタバレ全開ですのでご注意ください。



ルファスの“握りしめる”!

 

 

ある日、ルファスは屋敷の庭で腕を組み、目の前の“作品”を見てうーんと首を傾げていた。

【アルケミスト】としての成長に力を入れている彼女にとって、これは大きな壁であった。

良くも悪くも妥協を許せない性質の彼女である故に、この悩みは必然かもしれない。

 

 

「むぅ……まだ何処か違う」

 

 

 

彼女の前に置いてある作品……馬を模したゴーレムを見てルファスはまだ詰めたりないなと頭を捻っていた。

何処が? と言われれば答えられないが、それでもナニカ違うと。

ちゃんと四足のバランスもよく、本物の馬を精巧に模したソレは普通の者から見れば立派な馬型ゴーレムに見える事だろう。

 

 

しかし、ルファスは違う違うと頭を振った。

これじゃダメだと判断した彼女は拳で軽くゴーレムを叩いて粉砕し、材料に戻す。

暫し腕を組んで考えた後、ルファスは新しい馬の製作に取り掛かるのであった。

 

 

 

 

そもそも何故ルファスが馬型のゴーレムなどを作っているか? という話からしよう。

簡単に言えばこれはプランが持ってきたアルバイトである。

ユーダリルに15歳の誕生日プレゼント製作を依頼していたプランであったが、その時に彼は商会の者から相談を受けていた。

 

 

 

 

『街道に馬を主食とする魔物が出現して困っている』

 

 

『魔物は馬だけを狙う上に逃げ足も速く討伐はかなり困難。

 既に討伐計画は三度失敗し、囮に使った馬だけが捕食された』

 

 

『群れの可能性あり。

 そうなった場合、戦闘になるとこちらにも相応の被害が予測される』

 

 

『魔物の探索と討伐を依頼したい。報酬は5000エル出そう』

 

 

要は竜王による招集に応じなかった魔物が街道を荒らしているという話である。

他の魔物がいなくなった結果、邪魔されることなく大好物の馬を食い荒らしているのだ。

商人としては困った話だろう。手間暇かけて育てて使える様にした馬を台無しにされたらそれこそ大損な上に、後々の交易にも響くのだから。

 

 

 

正直に言ってしまえば最近経験した竜王やらノーガードやらに比べれば小粒な話である。

しかし、それを逆に丁度良いと判断した彼はルファスに「やってみないかい?」と振ってみたのだ。

彼女は一も二もなく首を縦に振り、まずは魔物をおびき寄せる囮としての馬を作り始めた、というわけだ。

 

 

これはただ魔物を戦って倒せばいいという単純な話ではなかった。

魔物を騙せるほどに精巧な馬を作れるかという【アルケミスト】としての実力テストでもあるのだ。

 

 

 

更に言うとルファスがリュケイオンで生活していくのならばユーダリルとは長い付き合いになる。

そろそろ顔と名前を売っておこうかという思惑もそこにはあった。

自分のいなくなった後も末永く付き合ってもらうために。

 

 

 

 

「メェェ……」

 

 

 

「同じ四足歩行する存在としてこいつをどう思う?」

 

 

 

見上げてくるアリエスに新しく作ったゴーレムを見せつつ問う。

自分が感じている言葉では表現できない違和感をどうにか形に出来ないかと。

アリエスは「うーん……」とでも言いたげに頭を捻ったあと、ゴロンと腹を見せる様に寝転がった。

 

 

「メメメメ! メメッ!!」

 

 

 

四足を必死に動かし、何かを訴える。

チラチラと幾度もゴーレムに視線を移せばルファスはアリエスの思惑に気が付く。

彼女はアリエスの隣にゴーレムを同じような体勢で寝転ばせ、同じ動きをさせてみる。

 

 

「…………」

 

 

全く同じ動きをしている。

前後の4足とそれに伴う筋肉の動きは全く同じだ。

同じ四足動物と言えど、馬と羊なのに。

 

 

 

 

「あっ!」

 

 

 

答えに至ったルファスは咄嗟に声を上げていた。

ルファスの四足ゴーレムは全てアリエスを元に作られたものだ。

何せ最初に作ったのはアリエスの複製だったのだから。

 

 

 

馬と羊。

当然同じように見えて違う生物だ。

つまりルファスは馬を作ると言いながら今まで羊を作っていたのだ。

 

 

道理で違和感がある筈だ。

外見は馬で、筋肉などは羊を参考にしていたのだから。

馬が主食の魔物にこんなものを見せた所で、一目で違うと勘づかれることだろう。

 

 

 

「……はぁ……私としたことが」

 

 

 

初歩的なミスをしてしまったルファスは翼を萎びさせ肩を落とした。

考えればすぐに判る失敗は思っていたよりも心にくるものがあった。

が、それも一瞬。間違っていたという事を理解した彼女は直ぐにそれを糧に先に進む。

 

 

どんな事であろうと何かを修めようとすれば失敗と成功を繰り返すことになるのは当然の話なのだから。

元より彼女が挑むのは前人未踏の天法会得である。

故に、この程度の失敗はこれから何百回も繰り返すことになるのだから、いちいち落ち込んで等いられない。

 

 

(……書斎に生物の解剖図があったはず。アレを見て筋肉のつき方とかを覚えないと)

 

 

 

魔物討伐計画は2日後を予定している。

これをバネに努力を重ねてやると彼女は改めて決意した。

顔を上げる。彼女の深紅の瞳には決意が燃えている。

 

 

アリエスは主の自信に満ち満ちた堂々たる顔を見上げた。

青空と太陽を背に黒い翼を携え、輝く金髪をたなびかせるルファスの姿は想像を絶する程に力強く美しい。

以前まであった精神的な危うさもなくなった彼女は正に小さな覇王であった。

 

 

ルファス・マファールは順調に完成に近づきつつある。

肉体は強く美しくなり続け、精神は憎悪を乗り越えることが出来た。

そして何より、レベルに囚われない真の強さというものを理解しつつある。

 

 

力を欲する点では変わらない。

だがそれは己の空虚な心を満たす為の陶酔行為ではなく、仲間を守りたいという願いからであった。

 

 

 

もはやルファスにはかつて抱いていた愚かな野心など全くない。

今の彼女にあるのはこの地で大切な者たちと平穏に末永く暮らしたいという普通の少女の様な願いだ。

皮肉な話である。野望を捨てたことにより、王としての貫禄を得る事が出来たなど。

 

 

彼女は膝をつき、アリエスの腹を撫でた。

毛が薄い腹部を指でぷにぷにと弄りつつ少女は微笑む。

一昔前なら決して見せなかった優しく思いやりに満ちた顔であった。

 

 

 

「ありがとうアリエス。お蔭で何がダメだったか判った」

 

 

こしょこしょと耳の裏を撫でながらルファスは囁いた。

いつもプランが上げようとしているのを注意することが多い彼女ではあるが、決してトウモロコシを取り上げてばかりではないのだ。

 

 

「……一本だけ、後であげる」

 

 

「メッ……!?」

 

 

 

眼をくわっと見開いてアリエスはルファスを見た。

「え? ルファス様が僕に?」という内心がありありと見受けられる顔にルファスは半目になる。

まるで自分からご褒美をもらったことなどないという態度に彼女はアリエスの顔をむにむにと揉みながら詰問した。

 

 

「なんだその顔は。まるで私から褒美をもらったことがないと言いたげだな」

 

 

 

このっ、このっ、反省しろとアリエスを弄ぶ。

 

 

 

「ミェェ、メエェミェミェ……ミンミ」

 

 

むにむに。

もみもみ。

アリエスの顔は焼き立てのパンの様に柔らかく、適度な弾力がある上にすべすべであった。

 

 

今まで気づかなかったが、癖になりそうな程に。

 

 

「…………ふむ。今日はこのくらいで勘弁してやる」

 

 

「みぇぇぇ……」

 

 

たっぷり3分ほどアリエスを揉みこんでからルファスは手を放す。

これ以上やると、本格的にこの柔らかさに病みつきになりそうな予感がしたのだ。

少しだけ赤くなった頬を晒したアリエスは頭をぶんぶんと振ってから視線をルファスから外し、屋敷へと向けた。

 

 

 

誰かが近づいてくる。誰か? 等とは考える必要もない。

当然レベル800のルファスには全てが手に取る様に判った。

無意識に翼が少しだけ広がり、黒々とした両翼が上下に動く。

 

 

 

彼女はひっくり返ったままのゴーレムを立たせると、その胴体を軽く撫でた。

自分でも驚く程に身体が軽くなり、うっかり浮力を発揮させて飛び上がらない様に彼女は気を付けた。

最近はいつもこうであった。どうしてか判らないが、気持ちが浮ついてしまうことがあるのだ。

 

 

 

「そろそろ休憩にしようか。かなり頑張ってたみたいだね」

 

 

 

午前の執務を終えたプランはいつも通り微笑みながらルファスに近づく。

彼女はゴーレムをプランの前まで移動させると、苦笑した。

そもそも前提からして間違っていたことに気が付くのにこんなに時間が掛かるとは思わなかったのだ。

 

 

判ってしまえば呆気ない答えであったというのに。

“うっかり”というものは恐ろしい。それが今回の教訓であった。

 

 

「進展は余りなかった。……だけど、アリエスのお蔭で何処がダメだったか判ったんだ」

 

 

「だからあと二日で何とかなると思う」

 

 

きっとこの依頼を果たして見せると彼女は決意を抱く。

自分になら出来ると任せてくれた彼の期待に応えたいと彼女は思っていた。

 

 

プランはルファスの言葉に頭を横に振る。

彼はいつも彼女に講義をしている時と同じ顔をし四足ゴーレムの頭を優しく撫でながら言った。

 

 

 

「いいや、それは大きな進展さ。

 “問題点を見つけた”という凄い成果を上げたのだから」

 

 

 

「……そうかな?」

 

 

 

「そうだよ」と強く断言され、物は言い様だなと思いながらもルファスは試しにゴーレムを指さした。

ほんのちょっとした悪戯心を発揮しながら彼女は聞いてみる事にしたのだ。

そしてそれとは別に自分の作品に対しての純粋な感想を聞いてみたいとも思ったり。

 

 

 

「ちなみに何処がダメだったか判る?」

 

 

 

「どれどれ……?」

 

 

プランは顎に手をやり、わざとらしく探偵染みた態度を取りながらゴーレムをしげしげと眺め出す。

それでいながらも眼差しは真剣そのものだ。

ルファスに【アルケミスト】としての技能を教えている教師として手は抜けない。

 

 

一通りゴーレムをあらゆる角度から眺めたり、時には触ったりを繰り返した彼はルファスに向き直って口を開いた。

 

 

 

「筋肉のつき方や動きが羊のモノなんだね。

 確かに同じ四足生物だけど、やっぱり馬と羊は違うからどうしても違和感が出るんだと思う」

 

 

たった数分の確認でルファスが何時間も頭を悩ませていた点を見抜くプランにルファスは無表情で何も答えない。

完璧な正解ではあるが……ちょっとした悪戯心が湧いてしまったのだ。

彼女はただじーっと真っ赤な瞳で見つめ続ける。

 

 

え? と男の顔に戸惑いが浮かび、少女から発せられる眼力に怯む様に視線を逸らす。

それでもルファスはプランを凝視するのをやめない。

 

 

かなり長い“タメ”にプランの顔に僅かな不安が浮かび出した。

あれ、何か変なことを言ったかなと目に見えて動揺しだす彼をただ見つめ続ける。

正解の筈、間違えていない筈。それとも何処か見落としがあったかなと目を白黒させる彼を見てルファスの胸には妙なざわめきが走った。

 

 

だが決して不快ではない。

ただ、時折こうして彼の困った顔を見ると……少しだけ胸の中が暖かくなるのだ。

端的に言うと彼女は三十代の男の困り顔を見て妙な充足を得ていた。

 

 

 

「……どうかな?」

 

 

やがて耐え切れなくなったプランが喉を鳴らしながら問えば、ルファスはようやく長い沈黙を破り、重々しく呟く。

 

 

「…………………正解だ」

 

 

 

安堵の表情を浮かべるプランにルファスは彼から見えない角度で悪戯の成功した子供の様にほくそ笑んでいた。

 

 

 

「…………メ~~」

 

 

 

 

“ルファス様は何をやってるんだろう?”

アリエスはそう思いながら長い欠伸をするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二日後。

 

 

予定通り魔物の討伐が行われることになりルファスとプランはよく整備された街道の大地を踏みしめていた。

彼女の前には四足ゴーレムが二体おり、隣には今回の依頼を持ち掛けてきた商人がいた。

 

 

 

一つはルファスが作った馬型のゴーレムだ。

あの後本を読み漁り、馬の構造を把握してから作ったソレは誰がどう見ても立派な馬である。

元は素材の鉱石と同じ銀色であったが、ユーダリルの画家たちの協力で染色されたのもあり本物と見間違うほどの完成度である。

 

 

これが今日囮として使う本命である。

ルファス渾身の傑作、今の彼女のアルケミストとしての技量を表す作品だ。

 

 

だが問題はもう一体のゴーレムである。

ルファスはソレを腕を組んで見つめていた。

余りに筆舌に尽くしがたいモノであるが、眼を背けても現実は覆らない。

 

 

 

「…………」

 

 

 

もう一つのゴーレム。

それは商人たちの悪ふざけとしか言いようがなかった。

簡単に言ってしまえば“ハリボテ”または“ハコ”である。

所々を乱雑に縫い合わせて作られた馬の着ぐるみ、無駄にそれっぽく整えられた頭部には何とも気の抜ける顔が描かれている。

 

 

これは正確にはゴーレムではない。

人が着込む着ぐるみだ。

 

 

繰り返すが馬は決して安くない。

育成や調教にかかる時間も短くはなく、一頭モノにするだけにもかなりの手間暇がかかるのだ。

そんな貴重な財産を三度繰り返した討伐作戦で三頭も食われ、それ以前にも五頭は失っている以上はこれ以上損失を出したくないと商人たちが思うのは当然の話だ。

 

 

 

気持ちはわかる。

失敗したら馬を食われて大損になるのは誰だっていやだろう。

中には馬に単なる財産以上のパートナーとしての愛着を持っている者だっている筈だ。

 

 

 

(だからといってこれは……ない)

 

 

 

ないな、と繰り返す。

まさか人間が張りぼてを被って馬の真似をするなど。

確か名前を【スーパー・ボックス・ホース】と言ったか。

 

 

 

何がスーパーなんだと突込みたくなるのを彼女は必死にこらえた。

彼女の隣でプランがいつも通り微笑んでいるのがどうにもシュールであったが、耐える。

 

 

 

 

「アリストテレス卿……此度は何とお礼を申し上げたら!」

 

 

商人の男が感極まった様子でプランの手を取りブンブンと上下に振る。

今回の件で一番被害を受けていた商人である彼は、まさかこのような些事にかの名高き竜殺しが助力してくれるとは思わなかったのだろう。

それに対してプランは穏和で知的な微笑みを張り付けて答えた。

 

 

 

「あ、またあの微笑みだな」とルファスは気が付く。

プランの笑顔には幾つか種類があり、これは言ってしまえば“余所行き”の悪い大人の笑顔だと。

 

 

 

「いえいえ。交易網の破壊は重大な案件です。

 自分たちリュケイオンとて決して無関係ではない話ですよ」

 

 

 

「ありがとうございます! ありがとうございます!! 

 このままでは、ユーダリルは干上がってしまうところでした……!!」

 

 

 

大げさかもしれないが、ありえる話ではある。

もしも馬食らいの魔物……ホース・イーターが群れで跋扈していた場合、馬の補充は追いつかず、やがてユーダリル中の馬が食い荒らされる可能性もある。

更に言うと、外部から訪れる者も減っていくことだろう。誰が好き好んで貴重な馬を失う危険を冒す?

 

 

つまるところ、この案件はかなり重要なモノであった。

実質この付近の調停者であるアリストテレス卿が出張る必要があるくらいには。

 

 

 

「早速ですが作戦を確認しましょう」

 

 

 

「えぇ、勿論です!」

 

 

 

力強く男が頷くと、プランはルファスに目線を向けた。

彼女は一歩前に出る。すると彼女に男の視線が向けられる。

吟味するような視線に彼女は眉を顰めかけたがプランの前というのもあり愛想よく一礼した。

 

 

堂々と黒翼を広げ、これが私だと宣言する様に彼女は男を見て微笑んだ。

すると男は少し驚いたようであった。

彼は一度プランに目線を移すと、直ぐに笑顔を張り付けた。

 

 

とても愛想のいい、それこそ上客に向けるかの様な笑顔であった。

プランの顔を見ていて洞察力を鍛えていなかったら、もしかしたら気づけなかったかもしれない。

そんな男の様子に15歳という若造でありながら、ルファスは少しだけ虚しい気持ちを抱く。

 

 

 

(彼だけじゃないんだな)

 

 

笑顔という仮面を張り付けて生きていくのは。

誰しもが本音を建て前という笑顔で覆い隠して生きていく。

ミズガルズであろうと、どんな世界であろうと。

 

 

とても窮屈だな、と思いながらもルファスは意識を切り変えた。

自分だけならばいいが、ここにはプランがいる。

自分と彼の関係を考えるに、お行儀よくしておくべきだろう。

 

 

更に言うとこの話は色々な意味で自分に対してのテストであると彼女は思ったのだ。

 

 

アルケミストとしてはゴーレム製作能力を。

そしてルファスとしては社交能力を。

他にもこれから多くのテストがあるだろう。

 

 

(面倒だけど、仕方ない……)

 

 

 

だからルファスも少しばかり仮面を被ることにした。

皮肉なことに5年間も“強い自分”を演じていた彼女である。

故にこのくらいは造作もなかった。

 

 

……彼女の父も同じだったことを考えるに、血筋に宿る才能なのかもしれない。

 

 

 

散々汚い大人の世渡り術を見てきた彼女である。

依頼人の前くらいでは表面を取り繕えるようになっていた。

彼女は自信にあふれた笑みのまま、軽やかに礼を披露した。

 

 

 

「私はルファス・マファールと言う者。

 今はアリストテレス卿の下で研鑽を積んでいる身です」

 

 

淀みなくスラスラと言い切る。

実際、何も嘘はついていない。

名前はもちろんのこと、プランの庇護下で修行しているのは事実なのだから。

 

 

 

ルファスの行動にプランが深く笑った。

本当に嬉しそうに、血の通った笑みで。

彼は一歩前に出て、興味深そうにルファスを眺める商人に言った。

 

 

「此度の依頼ですが……自分は裏方に回りたいと思っています。

 魔物の討伐はルファスに任せるつもりです」

 

 

 

「貴方ほどの方がそこまで言うならば私からは何も言いませんとも。

 “ルファス・マファール”……記憶が正しければ、以前のノーガードの件の後で一緒に踊っていたお嬢さん、でしたかな」

 

 

 

あぁ、とルファスは思い出す。

魔竜ノーガードと魔物の群れを追い払った祝いに開かれたパーティの事を。

煌びやかなドレスに身を包み、時間を忘れて踊った記憶は彼女の宝の一つで……。

 

 

 

───そこまで回想した瞬間、酷くもったいない事をしてしまったとルファスは思った。

 

 

 

竜を討伐した祝いのパーティーなど、一生に一度あるかないかという程に希少なモノであったはずだ。

しかもそこで主役と踊る? 綺麗なドレスに身を包んで?

憎悪が晴れ、自分の心に素直になりつつある彼女は「もったいない事をしてしまった」と思ったのだ。

 

 

もっと楽しめばよかった。

何てことはない、誰でも抱く小さな後悔である。

 

 

 

……数秒間虚空を見つめていたルファスは、しかし直ぐに意識を切り替える。

過ぎ去った時間は戻らない。5年も無駄にしてしまった事実は覆らない。

悔いるならばもっと素晴らしい経験を作っていけばいいと。

 

 

 

「えぇ、あの時の子です」

 

 

 

「やっぱり! 3年前のあの一件ではユーダリル中の噂話になったものですよ!!」

 

 

 

はははは、と商人は腹の底から笑う。

あ、これは演技じゃないなとルファスは見抜いた。

しかし次の彼の言葉に彼女は思わず吹き出しそうになった。

 

 

 

「“ついにあのアリストテレス卿にも春が来たのか!” って口々に皆で噂してましたね!」

 

 

 

少女の頭は男の言葉を理解するのに半秒ほどの時間を要した。

そして意味を理解した瞬間、彼女は叫びかけてしまう。

 

 

 

 

「─────ッッッ!!!???」

 

 

ブフゥと無様に唾を撒き散らさなかったのはさすがルファスというべきか。

代わりに翼が大きく跳ね、羽は逆立ってしまったが今の彼女にはどうしようもなかった。

恐る恐るといった様子で彼女はプランの返答を待つ。

 

 

自分と彼の関係。

彼はどう思っているのか気にならないかと言えば嘘になる。

が、プランは表情一つ変えずに断言した。

 

 

「はははは……。

 彼女との関係は一言で表すのは難しいですが……少なくともそういう関係ではありませんよ」

 

 

 

プランは淡々と「彼女にはいつかきっと相応しい人物が現れるでしょう」と続ける。

大人として当たり障りのない言葉であったが、傍で聞いていたルファスの顔は少しだけ強張った。

 

 

 

「そうですか。こちらこそ失礼なことを言って申し訳ありません……」

 

 

 

「いえいえ。変に気を使わなくていいのです。

 さて……話が逸れましたね、作戦の確認に戻りましょう」

 

 

 

 

その後は本題に戻った男とプランの間で会話が続いていく。

 

 

ルファスの馬を囮に使う事。

そしてルファスはアリエスのシャツの内の一枚を着込み、それに宿る【ステルス】を使って身を隠す事。

魔物が現れても直ぐに切りかかるような事はせず仲間がいるかどうかの確認を怠らない事。

 

 

もしも魔物が群れであったのなら、今回の作戦で根こそぎにするか巣を見つけ出さないと面倒になる事。

そしてそのためには幾人かの周囲を監視する者が必要な事まで話は続き───商人はにっこりと笑った。

 

 

 

「実はユーダリルは心強い助っ人を用意してくれたのです!」

 

 

 

ルファスはプランを見た。

プランもまた初めて聞く話らしく首を振り……必要とされる人材の能力や諸々を考えて答えに一瞬でたどり着く。

 

 

 

たどり着いて────彼の顔は固まった。

そういえば、最初期のメンバーたちの初動教育が最近終わった事を彼は知っていたのだ。

 

 

 

「彼らもきっと立派な姿をアリストテレス卿に見せたくてうずうずしている事でしょう!」

 

 

 

男が空を指さす。

二人の視線は指先を辿り───こちらに向かって羽ばたいてくる鳥───否、天翼族たちの姿を捉えた。

プランは背中に冷や汗を流し、ルファスの眼は鋭くなった。

 

 

どんな心ない言葉を投げかけられても大丈夫なように彼女の心の中で幾つもの隔壁が降ろされていく。

 

 

 

「どうして天翼族が……?」

 

 

全身を緊張させながらルファスは呟く。

彼らに一つたりともいい思い出のない彼女からしたら当然の疑問であった。

そんなルファスの疑問に商人は答えた。

 

 

あ、マズイと思ったプランが止める間もなく彼は言う。

一番アリストテレス卿の近くにいたというのに、知らないのか? と。

 

 

 

 

「彼らは翼の色や形などと言った理由でヴァナヘイムで迫害を受けていた者達。

 そんな彼らをアリストテレス卿は救い上げ、訓練と教育を受けさせたのです」

 

 

「ユーダリルだけじゃなく、プルートやエルフの森。

 クラウン帝国などなど人類の国家全体で彼らを受け入れる一大計画の

 発起人にして出資者こそ、何を隠そうそこにおられるアリストテレス卿なのです」

 

 

 

男の言葉は余りに衝撃的で、ルファスは一瞬意識が飛びそうになった。

巨大な鈍器で頭を思いっきり殴りつけられたようだった。

もしくはノーガードの様な超巨大な竜の渾身の一撃を受けたようでもあった。

 

 

震える唇を何とか動かし、一言だけ彼女は絞り出す。

 

 

 

「─────え?」

 

 

 

咄嗟にプランを見る。

彼は…………………微笑んでいた。

都合の悪いことを誤魔化そうとする悪い大人の顔だ。ルファスはよーく知っている。

 

 

 

この人はこの期に及んで、まだそういうことするんだと少女は思った。

 

 

“いいよ。そっちがその気ならこっちにも考えがあるから”

 

 

 

ルファスが一歩近づくと、彼は巨大な壁に圧されるように一歩下がった。

更に少女は一歩だけ踏み込み……当然の様に下がろうとする彼の左腕を握った。

勿論痛みなど与えない。

あの日、彼の腕を吹き飛ばしてしまった時から力加減の調整は幾度も訓練してきたのだから。

 

 

痛みはない、その代わり絶対に離れない。

それだけだ。

どれだけプランが抜け出すために引っ張ろうと、ルファスの指は微動だにしない。

 

 

傍から見ると不安を抱いた娘が父と手を繋いだだけに見えるだろうが、現実は違う。

これは捕食者に捕まりかけている獲物、という表現が一番しっくりくる。

 

 

絶対に逃がさない。

そんな意思だけが彼女を支配している。

ルファスはプランの真似をするかのように微笑んだ。

 

 

 

彼女はそっと彼にだけ聞こえる音量で囁く。

妙な熱さえ孕んだ声であった。

 

 

 

「あとで話があるから。楽しみにしてて」

 

 

 

あぁ、これは困った事になったとプランは思うのであった。

 

 




実質二話執筆したのでもしかしたら来週はお休みするかもしれません。
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