ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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ルファスはぐぅぐぅ眠っている

 

 

「依頼達成おめでとう! これが報酬さ」

 

 

 

哀れに思える程の一方的な解体ショーの後、ユーダリルの高級宿で二人はささやかな祝宴を開いていた。

椅子に座り身体を左右に揺らしながらプランを見ていたルファスの前で、彼は依頼人から受け取った革袋を取り出し彼女へと差し出す。

 

 

中身は約束通り5000エル。

そこそこの大金であり、並の家庭ならつつましく暮らせば1年は持つだけの金額である。

 

 

 

「ありがとう。だけど、こんな大金どう使えばいいか判らないな……」

 

 

 

ずっしりとした金貨の重みを感じつつルファスはそう零す。

これまで強くなることばかりを重視しすぎて普通の少女としての趣味など殆ど持っていない彼女である。

今までやった年頃の乙女らしい行動と言えばプルートで衣服を買いあさった事くらいか。

 

 

「衣服とかアクセサリーとか、ルファスの欲しいモノを買うといいさ」

 

 

「服……うーん」

 

 

動きやすさを重視したシャツやズボンに身を包んだ自分を見てから顔を傾げる。

脳裏に浮かんだのは母が見繕ってくれたあのドレス。

だけどあれは特別な日に着るものであって、普段からアレというわけにはいかない。

 

 

アクセサリー。

 

 

プルートのあの職人の腕を見た後では並大抵の品では満足できないだろう。

そしてそういった“本物”は5000エルでは買えない。

それに、仮にそういうのを買うとしたら自分ではなく母に送りたいと彼女は思った。

 

 

武器。

 

 

レベル800の彼女に見合う武器など今のミズガルズには存在しない。

何せ武器の調達はあのベネトナシュでさえ四苦八苦したのだ。

何より、まずは道具よりも己の心身を更に鍛えるべきだと彼女は決めている。

 

 

どれだけいい装備を整えても、自分が使いこなせくては意味がないのだから。

 

 

と、なると……残るのは一つだ。

 

 

「服か……」

 

 

……思えばあの時に調達した衣服も寸法が合わなくなってきたなと思い出す。

決して太ったわけではなく、純粋に成長した肉体からすると当時の衣服は袖が入らなくなりつつあるだけだ。

特に胸の辺りがつっかえて入らないのは息苦しいのもあってかなりの痛手である。

 

 

 

(……1サイズ上を買うか)

 

 

 

断じて太ったわけではないと彼女は己に言い聞かせる。

翼がその意見を肯定する様に一回だけ震えた。

 

 

成長期だ。翼が二回ほど震える。

自分は成長期……決してカルキノスが最近やけに肉や穀物などの栄養価の高い料理ばかり出してくるせいではないと。

 

 

 

───HEY! レディは育ちざかりなのですから、もっといっぱい食べなきゃダメですよ!!

 

 

こういって彼は明らかにルファスにだけ大盛りをよそってくるのだ。

それでいて最高に美味しいというのが救えない所である。

 

 

ちなみに余談であるが、ルファスはかなり食べる方だ。

おかわり3回は当然の様に平らげる程に彼女の胃袋は大きい。

幼いころに飢えた経験があるせいか、食べれる時にありったけ食べるのが彼女なのだ。

 

 

 

「とりあえず服にする……」

 

 

 

後日またユーダリルに来てゆっくりと選ぶと言えばプランは頷きパンと一回だけ手を叩いた。

 

 

 

「さて、お待ちかねのプレゼントなんだけど……ちょっとついて来てほしい」

 

 

 

「……あるんだ」

 

 

 

 

ルファスは頬がにやつくのを必死に抑えながら半目でプランを見つめる。

正直な話、彼女としては15歳の誕生日は色々なことがありすぎてそれどころではなかったというのが本音である。

それにプレゼントなどなくとも、現在の生活にルファスは満足しているのだ。

 

 

 

 

だが、貰えるというのならば嬉しい。

何より彼が自分の誕生日を毎年毎年しっかりと覚えてくれているという事実がたまらなく嬉しい。

 

 

 

「今度のはちょっと特殊でね。この宿の地下にあるんだ」

 

 

 

「……?」

 

 

本当に何なのだろう? と想像もつかないルファスは頭を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルファスは知らない事だが彼らが部屋をとったユーダリル・ロマンシアはユーダリルでも有数の高級宿であると同時に

ユーダリルでも屈指の品質を誇るワインセラーを保持している事で有名であった。

数多くの店がひしめくユーダリルにおいても常にトップクラスのワインを提供する店こそがユーダリル・ロマンシアである。

 

 

 

 

そんな宿の地下は湿度を始めとしたあらゆる要素を完全に管理された巨大なワイン保存庫……いわばワインを寝かせておくための倉庫なのだ。

黒塗りの重厚な扉を御者が開ける。彼は恭しくプランに一礼し、この場を後にした。

貴族としてそれを鷹揚に見送るプランを見届けた後、ルファスは室内に視線を移し無意識に呟いていた。

 

 

「すごい……」

 

 

彼女の想像する地下室というのはプルートに続く回廊の様な、じめじめで、真っ暗で、息苦しい暗黒の空間である。

天翼族としての本能と、幼いころに味わった嫌な思い出が混ざり合い、ルファスは基本的にそういった空間は大嫌いだ。

 

 

だが、ここは違う。

室内はしっかりと整理整頓が行き届いており、魔法のアイテムで灯りをともされている。

ひんやりとした空気が漂ってこそいるが、言われなければココが地下室だということを忘れてしまいそうな程にしっかりとした部屋である。

 

 

 

そして壁にはびっしりと棚が設置されており、その一つ一つにボトルが安置されていた。

その全てがワインである。プランは迷うことなく歩を進め、一つの棚の前で足を止めた。

棚にはプレートが固定されており、そこには「アリストテレス」とだけ書かれている。

 

 

 

アリストテレス卿はユーダリルの創設にもかかわった重要人物である故に、当然ながらこの施設の一角を丸ごと保有しているのだ。

 

 

 

「とりあえず……まずはコレかな」

 

 

 

プランはボトルを一本手に取り、ルファスに見せる。

【2540】と書かれたソレを彼女ははしげしげと眺めた。

 

 

 

「これ、ワインだよね?」

 

 

 

「うん。ルファスももう15歳だから、そろそろいいかなと思ったんだ」

 

 

 

ふむ、ふむふむとルファスは何度も頷く。

今更ながら彼女は数回の飲酒経験がある。

“子隠し”の慰霊祭の時、ユーダリル・ビールを一気飲みした時とプルートの騒動の際、ドワーフに用意されたジュースを飲んだ時だ。

 

 

 

一度目の記憶は彼女にはない。

子供には余りに早い飲酒であり、しかも一気飲みまでしたせいで彼女の記憶は吹っ飛んでしまっている。

しかし二度目の事ならはっきりと覚えていた。

 

 

 

何故なら、あの時ヘルヘイムから帰ってきたプランに切りかかったのだから。

思い出すだけで己の浅慮に腹が立つ。

口の中に苦々しいものが吹き上がってきて、少女は顔を顰めた。

 

 

ルファスの変化に苦笑しながらプランは話を続ける。

 

 

「ユーダリルの職人に依頼して作ってもらったんだ。

 10年くらい寝かせておけば飲み頃になるそうだ」

 

プランは瓶に映る己の顔を覗き込みつつ言う。

これを開ける時に自分がどうなっているか判りつつ何も顔には出さない。

 

 

 

「ルファスもいずれ天翼族として

 10年20年があっという間に過ぎ去っていくようになると思う」

 

 

「そんな時にこういう楽しみを持つのも時間感覚

 の調整に役立つということを知っておいて欲しかったんだ」

 

 

 

長命種の天翼族や吸血鬼などの嗜好としてワインは凄く一般的なんだよとプランはルファスに言う。

 

 

 

「長い年月を生きる彼らにとっての“区切り”というわけなんだね」

 

 

 

「10年が一瞬……? 

 まさか、10年がそんなあっという間に過ぎる訳……」

 

 

 

今までの人生を思い返してルファスは頭を捻る。

地獄の10年間と、リュケイオンに来てからの濃すぎる5年間。

併せて15年。少女からしたら永遠とも思える程に長い15年であった。

 

 

 

「いずれ判るさ」

 

 

プランは微笑むだけだ。

大人になりつつある彼女に先達として言葉を投げかけながら。

彼女がこれから先すごす1000年を超える年月の中では自分の存在などいずれ風化して消え去るという事実を彼は受け入れている。

 

 

 

【2540】を棚に戻し、次に【2520】と書かれたボトルを取り出す。

20年前のワインである。

これを仕込んだのは彼の父である先代アリストテレス卿、タスク・アリストテレスだ。

 

 

 

「さて、実はもう一本あるんだ」

 

 

 

こっちを飲んでみようかとプランが告げればルファスの瞳は判りやすい程に輝いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふわふわ。

ふわふわふわふわ……。

 

 

頭が回転する。

上と下が判らない。

空を飛んだ時でさえ味わったことのない浮遊感が全身を包んでいる。

 

 

グラスに注がれたワインに恐る恐る口を付けて……奇妙な、何とも言えない味に顔を顰めたのが一口め。

しかし口内に残る何とも言えない味……豊潤なソレを確かめたくなって二口め。

ぴりぴりしていて、甘くて、苦くて、すっぱくて、もっともっといろんな味を認識したのが三口め。

 

 

美味しい。

上手く表現できないけど、とにかく美味しい。

気付けばルファスはワインの味に魅了されていた。

 

 

そしてもっと、もっと、と一杯、二杯と飲み続けた結果がこれだ。

真っすぐ歩けず、彼女はふらつきながらプランの腕にしがみついた。

酒をたしなむ者ならば誰でも経験する泥酔状態であった。

 

 

「むぅ……めがまわる」

 

 

「少し横になってるといい。きつけ薬をもらってくるよ」

 

 

ベッドにルファスを横たわらせてからプランはそういって部屋から出て行った。

少女はシーツの上で膝を抱えて丸くなる。

翼が身体をすっぽりと覆い隠し、まるで黒い繭の如き様相だ。

 

 

翼で作り出した暗闇の中、胎児の様に身体を丸めたルファスは朧な思考の中で一つの言葉を繰り返し続ける。

 

 

(10ねん……10ねん……)

 

 

 

浮遊というよりは、もはや無重力という表現が相応しい感覚の中、ルファスは先のプランの言葉について考えていた。

10年が一瞬で過ぎるという言葉だ。

天翼族の寿命ではそれこそ100年200年などあっという間に過ぎてしまうと彼は言っていた。

 

 

 

恐らく事実なのだろう。

自分よりずっとずっと賢い彼が断言するのだから。

 

 

 

 

(10ねんご……)

 

 

 

考える。生まれて初めて彼女は己の将来に思いを馳せていた。

10年先の自分はどうなっているのか、とにかく想像を続ける。

 

 

 

少なくとも身長は伸びている。

レベルだって上がっているだろう。

何ならレベル1000になっていてもおかしくはない。

頭だって必死に勉強すれば今よりはちょっとだけマシになっているはずだ。

 

 

 

全体的に見てきっと10年後の自分は強くなっている。

そう結論付けたルファスは満足を覚えた。

 

 

 

 

(みんないる……わたしのいばしょ……みんなといっしょの、いばしょ……)

 

 

 

想像を続ける。

10年後の自分の周りを考える。

皆さえいれば自分は笑顔でいられるのだから。

 

 

 

母がいる。

変わらず彼女はルファスの大好きな笑顔を浮かべている筈だ。

 

カルキノスがいる。

騒がしいけど、彼の明るい所や芯の強さ、気遣いにはいつだって助けてもらえる。

 

 

アリエスがいる。

10年後もアリエスは子羊の姿なのかな。

 

 

ピオスがいる。

さすがにそろそろ現役引退を考える歳になるだろうが、それでも相変わらずマイペースな変人司祭のままだろう。

 

 

リュケイオンの人々がいる。

こんな自分を受け入れてくれた優しい善き人たちが。

10年経てば自分と遊んだ子供たちも大人になっており、それぞれの家族の職を継いだりしていることだろう。

 

 

宝物。

理不尽なミズガルズの中であってもめげない本当の意味で強い人たち。

そんな彼らの為にルファスは自分の力を活用したいと心から思っていた。

 

 

 

そして……プランがいない。

 

 

 

「……ぇ?」

 

 

 

“どうして?”と周りを見渡す。

だがプランの姿だけが見当たらない。

どこにも、いない。

 

 

 

 

(────そう、だった……)

 

 

 

 

彼の腹部には呪が宿っている。

あの時、自分が打ち込んだ呪詛が。

今だに彼を蝕み続けるソレを消さない限り、彼は…………。

 

 

 

私がやった。ぜんぶぜんぶ、わたしが。

 

 

 

“■”を認識したルファスは膝を思い切り抱きしめた。

身体が震え出す。あれほど高揚していた気分が一気に冷めていく。

 

 

それはこの世の何よりも恐ろしいこと。

ふと考えただけで狂ってしまいそうになる悪夢である。

 

 

どんな者であっても必ず経験する道。

子供の時は全く考えもしないが、大人になり、徐々に老いていく近しい人を見る度にどうしても意識してしまう事。

 

 

永遠の離別、いつかは訪れる結末である。

だがしかし、今の彼女にはそれを耐える事など出来はしない。

彼女はとてつもなく執着の強い少女である故に身近な者の死別を病的に恐れた。

 

 

ルファスは幼子の様に震えながら身体を丸めて頭を振った。

酒の影響なのか、本心が限りなく零れだす。

取り繕う事も出来ずに少女は呻いた。

 

 

 

「いやだ……!」

 

 

 

いやだ、いやだと頭を振る。

50年後ならばまだよかった。

きっと心の底から悲しみ、泣きわめくだろうが受け入れる事は出来たかもしれない。

 

 

 

だが10年、いやひょっとするとそれよりも早い未来に離別があるなど彼女は決して受け入れられない。

しかもその原因が自分だという事実は少女の心を容赦なく切り刻んでいく。

 

 

あの時の光景が頭に木霊する。

彼女の手は、刃を腹部に差し込んだ時の柔らかい手ごたえを覚えていた。

その後、ありったけの憎悪をプランの中に注ぎ込んだことも。

 

 

もはや呪はルファスにだって消せない。

簡単にどうこう出来るものではないからこそ、呪なのだ。

 

 

 

右腕を弾き飛ばした感覚を思い出してしまう。

吹き上がる鮮血、見る見る生気を失っていく顔……。

 

 

 

 

「いやだ……!!」

 

 

 

頭を抱え、自分への憎悪を吐き出す。

とてつもない愚者。

取り返しのつかない事をしたクズ。

 

 

何であんなことをしたんだ、何で……。

 

 

 

 

無意識に抑え込んでいた恐怖がじわじわとこみ上げだす。

もしも間に合わなかったらどうしよう。

もしも助けられなかったらどうしよう。

自分の考えも行動も全てが無駄に終わってしまったら……。

 

 

 

ぞっとする最悪の未来に思考が囚われる瞬間、扉が開く。

びくっと彼女の身体は震え……一度だけ強く瞼を閉める。

何回か息を吸って吐いてを繰り返し、彼女は己の中の憤怒を抑え込んだ。

 

 

「薬を持ってきたよ」

 

 

 

 

「……」

 

 

重力がいきなり10倍になったと思う程に重い上半身を彼女は動かし、ベッドの淵に座る。

ぎゅっと柔らかいシーツを左手で握りしめてルファスはプランを見た。

彼はきつけ薬と思われる粉と、水の入った杯を持っていた。

 

 

 

彼は近くのテーブルの上に杯を置くと、粉薬を包んだ紙をルファスに差し出す。

 

 

 

「ちょっと苦いけど、鼻をつまめば大丈夫だと思う」

 

 

 

いくら何でも子ども扱いしすぎな言葉にルファスの眦が少しだけ上がった。

さすがに15歳になってまで幼子の様な扱いは……嫌であった。

 

 

 

ルファスは無言でソレを受け取り口の中にサラサラと薬を流し込むと……とてつもない苦さが広がった。

“ちょっと”どころではない。

良薬口に苦しという言葉があるらしいが、いくら何でも限界がある程に。

 

 

妙な対抗心を出していたせいで鼻をつまんでなどいなかったルファスは大の大人であろうと悶える程の苦みをまともに味わう事になった。

これ以上ない程に瞳が見開かれ、涙が浮かび上がる。

咄嗟に吐き出そうとするが、負けるモノかと彼女は意地を張った。

 

 

苦みが何だ。

こんなものに私は屈しないぞという強がりである。

プランの前で「苦い薬は嫌だ」等と言う子供の様な姿をさらしたくないというプライドの問題でもある。

 

 

「ぐッ!!?? ンうううゥゥゥウ───!!!???」

 

 

 

翼が荒れ狂い羽根を撒き散らす。

震えながらプランの差し出して来た杯を受け取り、一気に呷る。

細い喉が何度も動き、水と薬を嚥下。

 

 

「っっっ……手ごわかった……」

 

 

 

いまだ後味が残っているが、それでも何とか激戦を制したルファスはプランに恨みのこもった目線を向ける。

 

 

 

「ぜんぜん、ちょっとじゃなかった……!」

 

 

 

まだ口の中が苦い。

イガイガすると苦情を送り付ければ彼は苦笑し、申し訳なさそうな顔をする。

「私はおこっているんだぞ」と判りやすいように翼を広げて動かすと、彼はポケットから焼き菓子の包みを取り出す。

 

 

思えば最近は余り食べていなかったソレの出現にルファスは少しだけ気が軽くなる。

想像を絶する苦さを中和するにはやはり甘味しかない。

 

 

 

「口直しにどうかな?」

 

 

 

「ちょうだい」

 

 

 

早く、と手を広げて指を急かす様に動かす。

掌の上に菓子が置かれると、ルファスは直ぐにそれを頬張った。

 

 

 

 

 

しゃりしゃり。

もぐもぐ。

 

 

 

いつ食べても変わらない甘さであるが、今この時は常の数倍にも美味しく感じる。

気付けば思考にかかっていた霧は消え去り、残っているのは仄かな酔いだけ。

少し意識を緩めれば、先とは違った浮遊感……まるでプルートで温泉に入った時の様な心地よさだけが残る。

 

 

あのプランが持ってきただけはある効能であった。

完全に酔いを消すのではなく、リラックスできる程度の酔いを残してくれるのだ。

きっとこのままベッドに潜り込めば、明日の朝まで快眠できるだろう。

 

 

 

「…………」

 

 

 

甘味を味わい終えると、程よい眠気が込み上げてくる。

魔物討伐など運動したともいえない程度の難易度であったが、ルファスは精神的に疲れていた。

初めてプランから頼まれた任務に、彼が裏でやっていたこと、多くの混翼たちが彼を慕う姿に、飲酒と10年後の想像図……。

 

どれだけ大きな力をもとうと彼女は15歳の少女である。

余りに多くの事が起こりすぎた結果、感情などを処理するための休息を頭が求めている。

 

 

(ぁ……ねむ、い)

 

 

 

自覚してしまえばもう止められない。

ルファスは急速に重くなっていく瞼を押しとどめながらプランを見た。

プランを見た───視線が下に移っていく───彼の腹部を見た。

 

 

普段なら決して出来ない事も、今なら出来た。

良くも悪くも彼女に酔いは残っているのだから。

 

 

 

えい、と無意識に彼女は【エスパー】のスキルを使った。

【サイコスルー】である。

対象の物体を念力で掴んで投げたりするソレをプランに使って、自分の傍に引き寄せる。

 

 

「っ!」

 

 

 

余りに唐突なルファスの行動に彼は驚愕を浮かべながら念力によって無理やり引き寄せられ、ルファスに捕まった。

細い腕が彼の背に回される。金色の頭は彼の腹部に埋まった。

腹の中で蠢く呪に対して「きえろきえろ」と念じ続けつつ意識が薄れていく。

 

 

翼が左右から男の身体を包み込み閉ざされる。

 

 

 

 

「ルファス?」

 

 

 

余りに突拍子もない行動にプランは問うが答えは返ってこない。

 

 

 

「どうしたんだい?」

 

 

 

やはり答えは返らず。

不審に思ったプランが【観察眼】を発動させて彼女を見ると───睡眠と出た。

ルファスはプランを強く抱きしめたまま眠りについていたのだ。

 

 

 

 

「……」

 

 

下がろうとする。

ルファスの細腕は恐ろしい程の力強さで固定されていて外れない。

ギュゥゥと握りしめられた拳はシャツに大量の皺を作っている。

 

 

 

前へ進む。

すんなりと進むことが出来た。

とりあえず妙な体勢で寝たりなどしないように、彼女の膝裏と背中に腕を回して抱え上げる。

 

 

腹部から動かされた頭───顔───が少しだけ不機嫌そうに顰められ、更に背中を固定する力が強くなった。

困ったなと思いつつ、ゆっくりとベッドの真ん中にまで彼女を運んでから降ろす。

しかし、彼女の手が離れない。

 

 

 

「ルファス、ほら、もう大丈夫だから」

 

 

 

「離しても大丈夫、ここはベッドの上だよ」と言い聞かせると僅かに握力が弱くなり、やがて離れる。

そのまま真っ白なシーツの上に身を投げ出し、完全にルファスは眠り出した。

が、右手だけが外れない。彼女の手が腕をがっちりと掴んでいる。

 

 

押そうが引こうがびくともしない。

子供がお気に入りの玩具やぬいぐるみに見せるような執着が伺えた。

 

 

「ルファス。手を……」

 

 

すーすーと小さな寝息を立てている少女に訴えるが答えはない。

アウラに抱きしめられていた時に見せたような、安心しきった寝顔である。

ほんの少し前までは考えられない事だが、今のルファスは眠る時は本当に無防備なのだ。

 

 

そして天翼族の睡眠はとても深いことで有名だ。

10時間は普通に寝る種族である故に、飲酒をした上で更には心から安心して眠っている彼女が起きるのはまだまだ先だろう。

 

 

 

仕方ない、とプランは判断した。

お馴染みの【瞬歩】と【サイコスルー】の合わせ技を用いて僅かに何もかもをすり抜けながら後方に移動する。

掴んでいた対象を失ったルファスの指がそこに居ない誰かを求める様に幾度も開閉を繰り返す。

 

 

 

「むぅぅ……」

 

 

眉間に皺を寄せる。

明らかに不機嫌な様相を見せる彼女にプランは毛布をかけてやる。

ついでにタオルを丸めてルファスに握らせてやると、彼女の顔には見てわかる程の安堵が現れた。

 

 

一通りの作業を終えた後、プランは部屋の中を見渡してやり残しがないかを確認。

特に問題はないと判断した後、最後にルファスの安らかな寝顔に視線を向けた。

念力を用いて片手間に部屋の灯りを徐々に落としていく。

 

 

「…………」

 

 

数秒の間ルファスを見つめる。

一瞬だけプランの指が震えるが……それだけだ。

彼はいつも通りの微笑みを浮かべ、己の中で一瞬だけ湧いてしまった欲求を拭い去る。

 

 

 

動こうとした手を握りしめて止める。

傍から見れば、ただ手を握っただけの動作であり、誰にも心境は漏れていない。

 

 

彼は身の程を弁えている男だ。

出すぎた事をするのは愚か者のすることであると自戒する。

もはやルファスは立派に大人への道を進んでいる。

 

 

もうそろそろ自分の教えられることもなくなり、そうなれば彼女にとって自分の存在は不要となるだろう。

役目を終えたパーツは潔く消え去るべきだ。かつて父がそうであったように。

 

 

 

頭の中で先の商人からの問いかけが木霊する。

 

 

ルファスとの関係? 

それに対する答えは最初から何も変わらない。

 

 

 

ただの後見人(赤の他人)である。

 

 

 




好感度を上げると距離を取りはじめる上に何枚も壁を作ってくる超絶面倒くさいタイプのヒロイン。


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