ラスボスからは逃げられない! 作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)
「…………」
吐き出す吐息さえ熱く、身体は冷たい。
至る所が痛く、手足の関節は動かすたびに鈍痛を発する。
その日、プランはベッドの上で生まれて初めて体調不良に悩まされていた。
全身が重く、身体は発熱している。
筋肉は激しく痙攣し四肢は小刻みに震え続けていた。
あぁ、困ったなと彼は何処か客観的に己の不調を認めつつぼーっと天井を見つめるのであった。
窓から差し込む日差しを見るに時刻は昼過ぎといったところか。
外からは元気に走り回る子供たちの喧騒が聞こえてくる。
プラン・アリストテレスが倒れた。
その日、プランは目が覚めた時から体調が芳しくない事は理解していた。
それでも休むわけにはいかないと強引に予定を推し進めた結果がこれだ。
ミョルニルの復興は未だに途上であり、問題が起きるとその都度会合に顔を出していた彼であったが、最近は特に忙しかった。
何せ資源は有限だというのに、ミョルニルを作り直すには全然足りないのだ。
故に色々な所を回って物資を融通してもらう必要があり、その為にはアリストテレスの名を使う必要があったのである。
結果、彼は数日おきにリュケイオンを離れては打ち合わせを行い続け───ついに限界が訪れたということだ。
困ったなと彼は途方に暮れている。
この後のエルフたちとの会議はとても大事な物だというのに。
回復薬の量産がこのままではできなくなるかもしれないという話であり、是が非でも討論に参加しなくてはいけないのだ。
身体に力を込めるが、僅かに手足が揺れるだけ。
とてつもない虚脱感に襲われてしまい彼はため息を吐いて脱力した。
しかしこれでもかなりマシになった方である。
倒れた直後など三半規管がおかしくなってしまい、常に天井と床がぐるぐると回って見えていたのだから。
マズイと思った時には手遅れであった。
糸が切れたように崩れ落ちたのだが最後の記憶である。
屋敷に戻ると同時に彼は倒れてしまった。
よりにもよってルファスの目の前で。
倒れたプランを目の前で見てしまい、真っ青な死人の様な顔になったルファスが急いでカルキノスやピオスに助けを求めたのは言うまでもない。
結果、重度の疲労と診断された彼はベッドに叩き込まれてしまった。
その後も懲りずにゴーレムを遠隔で操作して執務を行なおうとしたが、ピオスとカルキノスに本気で叱られてしまったのは余談である。
つまるところ、本当に久しぶりの何もない休息をプランは取る事になったのだ。
ミョルニルにプルートにユーダリル、それ以外にもあらゆる地で活動を続けていたプランはここ数年休んだことなど殆どなかったのだから。
「…………」
仕方ないと天井を見つめつつ彼は思う。
良い機会なので、今までの情報を一度整理してみようと思ったのだ。
こうなってしまったのは必要な事をやり続けた結果ではあるが……そもそもの話、ここ数年のミズガルズは異常だ。
魔物の大移動に始まり、ヘルヘイムの胎動、ノーガードのユーダリル強襲。
どれもこれもが国の一つや二つを吹き飛ばしかねない大問題である。
幸い全て未然に防ぐことが出来たが、もしも何か一つでもズレていたら大災害と化していただろう。
原因は考えるまでもない。
“竜王”である。
最強最悪の四強。
ミョルニルを瓦礫に変え、一度はベネトナシュを殺した怪物。
ラードゥンこそが今、ミズガルズの禍の源であり、これから先の未来を断絶させようとする悪意の権化だ。
もはや彼女は女神の作り出した枠からも外れ、このままでは無節操な暴走の果てに何もかもを滅ぼしつくしてしまうだろう。
その為の人類共同体───全種族と国家を纏めた大同盟である。
旗印に限界を超えた力を誇るベネトナシュを迎え、ミョルニルでの戦いで得た膨大な竜の素材で武装した軍団を作りあげる。
これがとりあえずの下ごしらえである。
しかしながら今のままでは全然足りないとプランは思っていた。
最高品質の武器と竜王の血を狙い撃ちにする疫病とベネトナシュだけで竜王を倒せるか? と問われれば難しいとしか言えない。
レベル1500の彼女であるが、竜王の本体を相手どって勝てる可能性は余り高くないだろう。
そのうえ竜王は気分屋だ。
ミョルニルで僅かに接触した程度であるが、そんな短時間でも判ってしまう程に彼は幼稚で、無邪気で、幼子の様だ。
子供の癇癪に世界を滅ぼすだけの力を付随させた怪物、それがラードゥンである。
ある日いきなり総攻撃を開始することさえあり得る程に彼の行動は無秩序だとプランは思っていた。
“使うべきか”
内心のざわめきを意識しつつ彼は頭を回す。
一度使用してしまえばもう後戻りはできない、アリストテレスの計画の為にあるアレを。
本来は女神を消し去る為の計画に使われる筈であった禁忌を使うべきか、否か。
誰もが力を使えるわけではない。
力に使われる者が数多く現れるだろう。
仮にアレを用いて竜王を葬ったとしても、その先の世界は誰も彼もが自然災害の如き力を行使する混沌の世である。
その果てに龍の起動もありえるかもしれない。
何せかの祭壇は龍の身体を導管として用いるのだから。
そうなってしまったら何もかもが終わりだ。
残るのは誰もいないミズガルズだけ。
いや、下手をするとミズガルズという世界さえ消えてなくなってしまうかもしれない。
そして誰もいなくなった、勝者も敗者もいない結末などごめん被る。
プランの願いはただ一つである。
ルファスとアウラ、カルキノスとアリエス。そして自分を信じてくれている民たち。
自分がいなくなっても生きていくであろう彼/彼女たちの未来を保障したいのだ。
彼はこの世界が心底嫌いだ。気持ち悪いと思っている。
だが、そこに住まう命だけはそこまで嫌いではないのだから。
永遠とは言わない。
せめて皆が天寿を全うするまででよいから、ミズガルズに安寧を齎したい。
そして何より、ルファスがその力を振るわなくてもよい平穏な人生を送れる世界にしたい。
その為の最大の障害がラードゥンだ。
かの存在こそがプランの悩みの種であった。
排除するための方法を取れば後の世に問題が起こり、かといって放置も出来ない。
言わば居てもいなくなっても迷惑極まりない害獣である。
クラウン帝国が勇者を召喚するらしいが、まず勝てないだろうなと彼は判断していた。
また無関係な善意ある第三者を犠牲にするのかという嫌悪がそこにはあり、それを容認する自分にも嫌気がさす。
何にせよ明確な答えはまだ出ないが、いずれ決断しなくてはいけない。
既に頭の中では彼を倒すための兵器の草案が幾つか浮かんでいるが、これもまた厄介な代物であった。
しかし時間は余りない。
時間稼ぎとして蠍の毒を送り付けたが、あの怪物なら対処法を編み出してもおかしくはないのだ。
そして───自分の腹部を見る───まだ猶予はあるが、だからといってゆっくりしていいわけでもない。
何もかもが悪い方向に向かっている気がした。
「はぁ……」
ため息をつく。
こんな所で休んでいる暇など本当はないのだ。
一分一秒が惜しい。
まだまだやる事は沢山あり、こうしている間にも仕事は増えていく一方だというのに。
役割があるというのにそれを果たせないのならば生きている意味などない。
歯噛みしながら暗澹とした思いを抱いていると、部屋に誰かが近づいてくる。
足音の大きさからしてカルキノスだ。
扉がノックされる。どうぞ、と返せばカルキノスが軽々とした足取りで入ってきた。
消化のいいスープの入った皿と、切り分けられた果物を幾つか持っている。
彼はいつもと変わらない人懐っこい笑顔を浮かべつつ口を開いた。
「conditionはどうです?」
「もう大丈夫。早く仕事に戻りたい気分さ」
プランは完璧な微笑みを浮かべて返答する。
産まれてから今までずっと張り付けていた仮面だ。
実際、嘘はついていない。
体調は先よりはマシになっており、激しい運動などでなければ──それこそ執務ぐらいならば───可能だ。
が、カルキノスはゆっくりと頭を横に振る。
「NOですよ。フレンドが無理をしている事くらいミーにだって判ります」
今の貴方の仕事はゆっくり休むことですと彼は続ける。
取り繕って隠していた筈の内面を見透かされた様な気がしてプランは苦笑する。
カルキノスという男は決して間抜けでも愚かでもないのだ。
少なくとも無理をしている友に釘を刺せる程度には賢い男である。
「ちなみにまたゴーレムを遠隔でplayしようとしたら
レディが本気で悲しむのでやめてくださいね」
あの時のルファスの凄まじい狂騒を思い出しながらカルキノスはこの休まない事を美徳と勘違いしている節がある友に言い聞かせる。
プランよりも悪い顔色で必死に「彼を助けて」と縋りついてきた彼女の姿は彼にとっても苦みを感じるものだった。
ルファスとアウラ、それにもちろん自分も悲しませながらも動こうとする友に彼は徹底したNOを叩きつける。
「……一時間だけ」
「NOです。それに簡単な決裁ならアウラ氏がやってくれていますよ」
断固とした意思で拒否されてプランは脱力し枕に頭を預けた。
カルキノスは身体と同じくらい意思も硬い男だ。
ある意味ではルファス以上の精神力を持つ彼を彼女の様に言い包める事は無理だと悟ったのだ。
それでも少し不安を残すプランにカルキノスは薄く笑いながら言い聞かせる。
「大丈夫ですよ。
婦人のabilityはフレンドも知っている筈です。
今日もリュケイオンは平和でno problem!」
だから領主である貴方は休むのですと続けられたらプランは何も言えない。
肩を落とし己の敗北を悟った彼にカルキノスは話題を切り替えることにした。
「さぁ! 腹が減れば何とやらとも言いますしね!!」
「今日のメニューは……」
地平の彼方に太陽が半分ほど沈んだ時刻。
騒々しいながらも気配りに満ちたカルキノスの次にやってきたのはルファスとアウラであった。
黒と白の翼を背に二人は部屋に入ってくると、着替えをプランに差し出す。
だいぶ楽になった身体で起き上がりプランは服を受け取る。
助かったと心から彼は思っていた。
何せ一眠りした後の身体は酷いモノであったのだから。
全身汗でベトベトであり、物凄く気持ち悪いというのが正直な所である。
そのおかげなのかは判らないが身体はだいぶ楽であり、もう少しで全快といった所か。
「……しまった」
思わず呟く。己らしくないミスをしてしまったと。
右腕を装着するのを忘れていたのだ。
元よりアレはゴーレムの腕を義手の代替として使っているだけであり、眠るなどして意識を失えば外れてしまうのである。
新しいシャツやズボンなどを横に置き、着替える為にボタンを外そうとして彼は己の右腕がないことに気が付き己の迂闊さに目を細めた。
幻肢痛の亜種のような、幻肢を錯覚してしまった彼はうっかり【バルドル】の右腕を装着するのを忘れていたのだ。
出来るだけ右腕の傷をルファスには見せたくないと彼は思っている。
案の定丸みを帯びた切断面をルファスが凝視している事に気が付いたプランはその上にタオルをかぶせて隠す。
四肢の切断後など子供が見るものではないのだから。
真っ赤な瞳を揺らしながらいまだに視線を外さないルファスに彼は微笑みながら言った。
「すまない。気味の悪いモノを見せてしまった」
「そんなことない!」
窓を揺らす程の声量でルファスは否定した。
思わず驚いてプランは身じろぎし、アウラは目を伏せる。
あの夜の記憶は殆ど失っている彼女であるが、娘が何をしたかは聞いている。
反射的に大きな声を上げてしまったルファスであったが、今度はしっかりとプランを見て同じことを言う。
「そんなことない。気持ち悪いなんて思ったことない」
「……」
プランは彼女の眼を見て眩しいモノを見る様に目を細める。
眩しくて強い意思の宿る瞳は彼からすると太陽にも見えた。
それはそうと、右腕の切断面をルファスに見せたくない彼は左手だけでボタンを外そうとし───うまく外せない。
長時間動かさずにいた為に身体が鈍っているというのもあり、普段なら軽々と出来る作業が中々出来ないのだ。
「むっ……」
一つ、二つまでは取れたがどうしても三つめが手強い。
しっかり縫い付けられたボタンは片手だけだとどうしても取りづらかった。
悪戦苦闘していると、小さな手が伸びてきてボタンを簡単に外してくれた。
顔を上げるとルファスが身を乗り出し、衣服に手を伸ばしている。
彼女の後ろではアウラがぬるま湯にタオルを浸していた。
まさか、と思ったプランは微笑みを張り付けて言う。
「ありがとうございます。
ですが、大丈夫ですよ……それくらいなら」
言葉が終る前にアウラは頭を横に振った。
翼が一回大きく上下し、彼女は断固とした意思の宿った声で返す。
「プラン様……ご自愛ください」
こうなった彼女はとてつもない意思の強さを発揮すると知っているため、プランは何も言えなかった。
「それに」と言うとアウラの視線はプランからルファスに移る。
手を止めた彼女の真っ赤な瞳は変わらず輝きを放ち男を見つめていた。
が、しかし……その中には微かな不安が宿っている。
拒絶される事への不安。
それと併せて存在するのはいつも助けられてばかりいた自分がようやく助ける番に回った事への小さな喜び。
さながら子供が親の手伝いをして褒められ、自己肯定を高める様に。
プランはルファスのこの瞳に弱かった。
彼女を傷つけない。
それが彼の行動の大前提である故に、こうなってしまった時点で彼は詰んでいるのだ。
「……それじゃ、頼もうかな」
彼は頷いた後に脱力した。
小さな手が伸びてきてシャツを脱がしていく。
どうしても袖を抜く際に右腕が見えてしまうがルファスは顔色一つ変えなかった。
拒絶も恐怖も好奇心さえない。
あるがままのプランとして彼女は喪失した右腕に接している。
思う所がないといえば嘘になるが、今はそれを表に出すときではないのだから。
故に黙々と彼女は己の役目を果たす為に動くのだった。
実際、ルファスとアウラの手並みは見事なモノであった。
さすがは親子というべきか、見事な連携である。
彼女たちはテキパキとプランの汗を拭いた後、ベッドのシーツなども手早く取り換えてしまい、あっと言う間に彼の寝室は新品の様になったのだ。
特にアウラの気配りは本当に素晴らしいものがあった。
彼女は何を言われなくともプランの求めていたモノを全て用意していたのだ。
よく冷えた水で満たされたピッチャーと杯。
食べやすいように切り分けられた果物。
身体を拭くためのフカフカのタオル。
先に使っていた毛布よりは薄いが、それでも程よい触り心地と暖かさを提供してくれる掛け物。
眠るときに右腕を置いておくための台。
暇が出来た時に読める何冊かの本……。
他にも様々な物品を彼女は持ってきたが、一つだけプランが欲しいと思っていたモノはその中にはなかった。
具体的に言うと今日分の執務の書類などである。
絶対に仕事をさせないという強い意思さえ感じさせられた。
「失礼します……ルファス、後はお願いね」
「うん」
汗でぬれた服やシーツなどを籠にまとめると彼女は一礼してからソレを持っていってしまい、部屋の中にはプランとルファスだけが残された。
ほんの数秒の沈黙が部屋を満たす。
何と声をかけるべきかプランには判らなかった。
ルファスはただプランを見ていた。
何も言わず、ただ見ている。
このまま黙っていたらそれこそ何時間も彫像の様に彼女は動かないなとプランは悟り、この拮抗状態を崩してみる事にした。
「……本当にすごい人だね」
とりあえず話題を切り出してみる。
無難に彼女の母の事からだ。
「
「私のお母さんだもの。世界一に決まってる」
母の話題となればルファスが食いつかない訳もなく、当然の話として彼女はプランの言葉に自信満々に頷いた。
黒い翼が上下に揺れ出し、隠し切れない喜びを顔に浮かべる。
「あの人はずっと私を守ってくれた。だから今度は私が守るんだ」
「ルファスなら出来るさ」
「───ありがとう」
お世辞でも何でもなく、心から放たれた言葉にルファスははにかむ様に笑って答える。
私の守りたい人の中には貴方達も入っているんだよと言いたかったが、さすがにソレを言ったら顔から火が出てしまいそうになりそうだったのでやめておく。
(……こんな日が来るなんて、あの時は想像もしていなかった)
ルファスにとってはもう過去の話ではあるが、ヴァナヘイムでされた最も嫌な事は母を罵倒されることだったのだ。
自分を馬鹿にされるのなら幾らでも耐えられる。
だが、母を馬鹿にされることだけは耐え切れず、何回か殴りかかったことさえあった。
当然、弱かった彼女は天翼族たちに取り囲まれてリンチを受けてしまった。
全方位から降り注ぐ罵倒と嘲笑を思い出そうとすると心の奥底にどす黒い火種が灯ってしまいそうになる。
優先順位が遥かに下がっただけであり、いまだに彼女は天翼族を許してはいないのだ。
関わりたくはないが、もしも向こうから変なちょっかいをかけてきたとしたら───彼らはレベル800という次元がどのようなモノなのかを知ることになるだろう。
ちなみに自分を苦しめた奴らの顔も名前も彼女は全て覚えている。
ロラン、アルマー、ケセル、キャルド……。
メラク……いや、あいつは遠くから見ているだけだったか。
どいつもこいつも不愉快な奴らである。
思い出すだけで苛立ちと黒い感情が吹き上がろうとするが、これらはもはや彼女にとっては重要な存在ではなかった。
「ルファス?」
それらはプランの声を聞いた瞬間に霧散した。
過去の憎悪を募らせるより、今この場にある満足を噛み締める方がずっと有意義なのだから。
「何でもない。ちょっと考え事をしてただけ」
胸の中の憎悪を簡単に揉み潰し、ルファスは果物が乗せられた皿に手を伸ばす。
添えられていたフォークにリンゴを刺してから差し出した。
ちなみにこのリンゴを切ったのは彼女である。
「ほら、口を開けて」
ぐっとリンゴを押し付けてやるとプランは数秒躊躇うような顔をしたが、やがて諦めたのか素直に口を開けた。
ルファスとの根競べでは絶対に勝てないと彼は知っているのだ。
しゃり、しゃりと果物を食べる男の顔が何故か面白くて、気が付けばルファスは微笑むのであった。
一つを食べ終わると、すさかず二つ目を差し出す。彼はそれもシャリシャリと食べだす。
プランが倒れたのは怖かったけど、それでも、この時間がもう少しだけ続けばいいなと彼女は思った。
「……長くはもたないでしょう」
あぁ、やっぱりなとプランはピオスの言葉を聞いて納得していた。
これは元々予測を立てていたことを第三者から確定させてもらった様なモノであった。
「貴方の腹部には三つの問題があります」
苦虫をかみつぶしたような顔でピオスは診断結果を挙げていく。
彼にとってもこれを伝えるのは苦行の様なモノであった。
余命を宣告するのは医者だって辛いのだから。
一つ ルファスの撃ち込んだ呪詛。
【デネブ・アルゲティ】に似通った性質を持ったソレは未だにプランの中に残留し、傷の回復を阻害し続けている。
彼女の15年にも渡る世界への憎悪、その全てを注ぎ込まれた呪詛はもはや彼女にさえ消せない呪なのだ。
膨大な、それこそとてつもない規模の天力を用いた天法を使えば解呪できるかもしれないが、そうなるとまた違う問題が発生してしまう。
二つ 元々彼女に刺された傷。
深くえぐられた結果、臓器の殆どはぐちゃぐちゃにシェイクされており、本来あるべき場所にない。
言わばバラバラのパズルの様な状態であり、それらが奇跡的に本来の機能を何とか維持しているといった所だ。
レベル221の超人の肉体だったからこそであり、もしもプランのレベルがもう少し低ければとうの昔に死んでいただろう。
不死身とも思えるベネトナシュやラードゥンを見ていると感覚が狂いそうになるが、人は刺されれば死ぬのだ。
三つ 【アンタレス】
第三の問題にして、これが一番厄介であった。
蠍の毒を改良して作られたドーピング材の効果はまだ生きている。
ステータスの上昇と言うのは言わば肉体の作り替えであり、彼の臓器は常に変異を繰り返し続けている。
そしてこれがあったからこそ臓器がぐちゃぐちゃになっていてもなおそれらは元の機能を維持できているのだ。
同時にこれがあるからこそ天法による治療が出来ない。
下手に天力を注ぎ込むと【アンタレス】が活性化し、かつてのノーガードの様に身体が内側から溶け堕ちる可能性がある。
更なる問題として呪詛と【アンタレス】は常に拮抗し合い、プランを内側から壊し続けていくのだ。
ならば肉体が本来もつ自然治癒に任せようとするとやはり呪詛がソレを阻害する。
逆に呪詛だけを消した場合、抵抗を失った【アンタレス】が限りない変異を誘発しプランを自壊させる可能性が高い。
つまり、この傷を完全に治すには呪詛を消し去り、
バラバラになった臓器を元の位置にしっかりと戻してから再生させた上で【アンタレス】を解毒するか、完全に制御する必要がある。
チャンスは一度っきりで、失敗したらその場で死亡は確実。
……人はそれを不可能と呼ぶ。
「申し訳ありません……」
私の技量では何も、と顔を俯かせるピオスにプランは微笑んだ。
元よりあの場で死ぬつもりだったのだ。
それがこうやって生きながらえられただけでも十分だと彼は思っていた。
「いいさ。全部わかってやったことだ。自己責任ってやつだね」
「今はまだ大丈夫ですが、臓器が負荷に耐え切れなくなったら疲弊した腎臓の役割を外部の力で補う必要も出てくるかもしれません」
体内にたまっていく毒素の浄化を【アンタレス】が活性化しない程度の天法で行う必要が出てくるとピオスは言う。
しかしそれはあくまでも間に合わせ。
本来の腎臓には及ばない浄化能力ではやがて限界が訪れるだろう。
「後は肝臓に負荷をかけない様に酒類も飲んではいけません。
同じように消化器官も……その内、点滴以外は……」
あぁ、それは少しだけ困ったなとプランは思う。
カルキノスの料理をその内味わえなくなるのは、ちょっとだけ嫌だな、と。
それ以外に感慨はない。栄養失調によってやがて死ぬな位にしか思っていない。
思考遊びの一環として頭を回す。
どうやったら治せる? と。
任意コード実行により、最高位の水の天法を用いて……アンタレスがネックだ。
膨大な天力によって瞬時に活性化して身体を吹き飛ばしかねない。
何よりそれほどの規模の天法を世界から引っ張り出している最中は【錬成】などを用いた細やかな作業が出来ない。
アイテム……ポーションを少しずつ飲んでみる。
呪詛によって無効化されるだろう。
現存するあらゆる回復アイテムであってもこの呪詛と傷をあわせて治す事は難しい。
手術……熟練の医者であっても何が何だか判らない程に体内は無茶苦茶になっているかもしれない。
【一致団結】を最大出力で用い、リュケイオンの民を……却下。
そこまでして生きながらえようとは思わない。
他人の手助けがないと生きていけないのであれば、潔く死ぬべきだ。
少なくともプランは己の命にそこまで執着する理由はない。
……ただ一つのやり残しさえなければ。
一通りの手法を考え終えた後にプランは結論した。
治すのは諦めようと。
なに、今まで多くを諦めてきたのだ。
その中の一つに自分の命が加わるだけだ。
思考が冷えていく。
彼もまたアリストテレス。
常人とは違った行動原理で動くのは彼らのサガのようなものだ。
前提として死ぬのは構わない。
が、その前にラードゥンを何とかしなくてはいけない。
自分の最期の仕事としてあの竜王を葬れば、それでルファス達は平穏に生きていける。
それが自分の役目である、と彼は己を定義した。
元より全て承知の上であったのだから、最後まで使い潰すのだ。
ルファスはもう十分に強い。
後は幾つかの引継ぎを行い、彼女のスキルを幾つか磨けばこの先の人生においてエルに困る事はないだろう。
母や仲間たちと共に幸せになれる。
と、なるとやはり問題は竜王だ。
アレをどうやって殺すか、それだけが最大の難問である。
自分も含めた決死隊を作るべきか……。
ベネトナシュの血液と魔王のサンプルなどを利用して……。
後はリンゴを幾つか用いて……。
思考に没頭するプランであったが、そんな彼をピオスの声が現実に引き戻す。
「彼女には?」
「必要ないよ」
“彼女”というのが誰かなど考えるまでもなく、プランは即答した。
ルファスは
そうだ、彼女は何も知らなくていい。
幸いまだ腹部の事も含めて何も気が付かれていない。
ルファスはもう十分に苦しんだのだから、これ以上は心労を与えなくなかった。
カルキノスにアリエス。
彼らがいればもうルファスに自分は必要ないだろうと彼は答えをはじき出す。
多少は悲しんではくれるだろうが、ルファスならばきっと前を向いて歩いて行ける──彼女にはその強さがある。
───私も、誰かの命を救うアイテムを作ってみたい。
───私も、貴方達みたいに誰かを助けたいんだ……。
頭の中で彼女の言葉が蘇る。
もう自分は彼女に必要ないな、と思った切っ掛けの言葉が。
心身共に彼女は完成しつつあり、そう遠くない未来に頂点に相応しい力を手に入れて────数えきれない程の人を救う事だろう。
そうなれば自分の役割は終わりだ。
古い部品がいつまでも残っているわけにもいかない。
役目を終えたパーツは潔く消えるべきなのだから。
かつて父がそうしたように。
【観察眼】と【ターゲティング】を使い、自分の身体を注目する。
かつてルファスに星夜を見せた技術のちょっとした応用だ。
その状態で腹部に視線を移し、その中をじっと見据えれば世界は彼の体調を判りやすい形へと再変換……即ち、数字の羅列に。
126144000
126143999
126143998
126143997
数字は刻一刻と減り続けている。
これは簡単に言ってしまえば彼の臓器が機能を停止するまでのタイムリミットだ。
つまり、自分の命は長く見積もってあと4年程度で終わる、そんなつまらない情報である。
ちょっとしたネタバレ
近い内に何もかも全部バレます。