ラスボスからは逃げられない! 作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)
その日ルファスはかつてない程に緊張と高揚を覚えながらリュケイオン近郊に設けられた訓練場にいた。
雲一つない透き通った青空はとても彼女好みの景色であったが、生憎と今は意識に入らない。
そわそわが止まらない。翼が忙しなく上下に動き、指先は気づけば何度も毛先の朱色に変化した部位を触っていた。
(何を教えてくれるんだろう?)
彼と過ごし始めて5年とちょっと。
多くの知識を与えてもらった、数えきれない技術を学び、それ以外にもかけがえのない大切なモノをいっぱい貰った。
その全てがルファスの宝である。宝石などとは比較にならない、本当の意味での宝なのだ。
───今日からルファスに凄い技を教えたいと思う。
プランはそういってルファスを訓練場に連れてきた。
本人は隠しているつもりだったろうが、明らかに悩んだ後が見て取れる顔でプランはそう言ったのだ。
あのプランが悩んだ。あの、プランがだ。
子供というのは大人が思っている以上に大人を観察している。
それはルファスであっても例外ではない。
何せミズガルズで誰よりもプランを見ているのは彼女なのだから。
(……ちょっと怖いな)
未知への期待と反比例するように噴き出す感情をルファスは素直に認めた。
知らないものは怖い。
そんな当たり前を今の彼女は当たり前の事として受け入れる事ができる。
一体どんな技なのかルファスには見当もつかない。
彼女はレベルこそ彼を上回っているが技術や知識の面では足元にも及ばないと自覚している。
今までプランの教えを受けてきた彼女であったが、彼が用いる様な秘術……誰も知らない必殺技の様なモノは何一つ教えてもらえていなかった。
まるで大人が子供を危険から遠ざける様に、明らかにプランはルファスに対して出し惜しみしていたのだ。
しかし明らかに今日、それは更に一歩先に進もうとしている。
それはルファスが精神的な成熟を果たしつつあり、危険な力を扱っても大丈夫だと判断したからかもしれない。
胸を高鳴らせながらルファスはプランを待つ。
少し落ち着くために瞼を閉じ息を整えていると、やがて足音が聞こえてくる。
自分から10歩ほどの位置で立ち止まるのを認識してから彼女は目を開けた。
プラン・アリストテレスはいつも通り微笑みながらルファスを見ている。
「待たせてすまない」
「大丈夫」
一言だけ告げ合う。
プランはどうやらここまで来てまだ少し悩んでいる様だった。
彼はルファスをじっと見つめてから、空に視線を向け……決意したようだった。
「今日からルファスに教える技の名前は【エクスゲート】っていうんだ」
“エクスゲート”
その名前をルファスは実の所知っていた。
本でその名前を幾度か目にした記憶がある。
伝説の勇者が異世界より招かれた時に使用されたことがあるとか。
他にも様々な表現を以てこの術は著されていたのを思い出していく。
曰く、伝説の技。
曰く、天力と魔力を極めて高次元で扱う事によって成立する術。
曰く、この世の根底に干渉する禁術。
どれもこれも抽象的で何とももったいぶった言い回しばかりだが、共通するのは危険な技ということだ。
ぐっと拳を握る。プランが悩んでいた理由が理解できたからだ。
彼はまた、私の身を案じてくれている。
それがとてつもなく嬉しくて身体の奥底が温まるが、今は必要ない感情として心の奥底にしまい込む。
深呼吸しながら彼女はプランの言葉の続きをまった。
「非常に高度な術だから、何回も失敗を繰り返すと思う。
それでも───覚えておく価値はある技さ」
「ただし……今までの訓練よりも遥かに危険を伴うものになる。
命の危険さえあるかもしれない」
そう続けてから彼はルファスの瞳をじっと見据えた。
何時も向けている穏和な視線とは違う、危険な術を前に覚悟を見定めるような彼の蒼い眼をルファスは黙って見つめ返した。
ルファスの答えは一つだけだ。
覚悟はできている。
あの日からずっと。
理由は変われど昔と変わらず彼女は力を求めている。
守るために。維持するために。自分の愚かさのツケを払うために。
貴方を助ける。
彼女の心の中には願いだけがあった。
深く頷く。真っ赤な瞳は磨き抜かれたルビーの様に強く輝いていた。
プランは暫し瞑目し……喜びを称えながら瞼を開けて微笑む。
本当に強くなった。そしてこれからもっともっと強くなっていくと確信した顔だ。
「この術は魔力と天力を高度に組み合わせる必要があるんだ」
まずは術の原理をプランはルファスに説いていた。
椅子に座って説明に聞き入る彼女を前に彼はこの世で最も高度な術がどのように行使されるかの説明を行っている。
【エクスゲート】はいきなり実践形式で訓練を行えるような代物ではないのだ。
本当に久しぶりのプランの座学をルファスは黙って受けている。
ノートを取りながら、耳と目はずっとプランに向けられている。
「さて、世間一般では魔力と天力はどういう扱いなのか判るかな?」
いきなりの教師からの質問であったがルファスは一回も言葉を止めることなくスラスラと答えた。
「魔力は“存在しないものを生み出す力”で
天力は“既にあるものを補強する力”だったはず」
例えば魔法の代名詞でもある【ファイア・ボール】という術。
魔力を用いて火球を作る術だが、何とこれは水の中でも発動が可能だ。
本来これはあり得ない事である。
幾ら水中が水素の宝庫であったとしても、普通に考えて着火は無理だ。
しかし魔力はその不可能を可能にする。
それに対して天力/天法は既に存在しているものを補強する特性を持つ。
術者が魔力を送り込み続ける限り、火は水の中でも燃え続けるのだ。
更に火球に天力を練り込んでやれば魔力を供給しなくても消えない火の完成である。
だがこれは「発動した魔法に天力を供給した場合」の話であり、純粋な天力と魔力となると話は変わってくると誰もが思っていた。
魔力と天力を混ぜ合わせても何も起こらない。
もしくは弾けて消えてしまう。
誰もがそう思っている。
プランはルファスの返答に大きく頷いた。
正解した生徒に彼は笑いかける。
「この二つの力はそういう性質を持っているとされている」
「ではもう一つ。純粋な魔力と魔法の違いは?」
蒼い瞳が輝きながらルファスを射抜く。
少女が時折プランに抱く恐ろしい程の冷たさがそこにはあった。
彼は何かを隠していると知りつつ、未だに知りえないナニカの片鱗である。
「意思によって加工されているか否か。
力に明確な方向性が送られて初めてソレは法として完成する」
ルファスはこれも難なく答えた。
まるで参考書が目の前に置いてあるかの様に悩むことなく。
だから後衛職を務める者らは一番最初にイメージが大切だと教わるのだとルファスは続けた。
火を放つ際には何処をどう燃やすか、水をばら撒く際はどういう流れで放水するか、そういう風に段取りをつけて発動させないと魔法は暴発の危険性もあるのだ。
ちなみにゴーレムがSPを消費する魔法/天法を使えない理由がこれである。
少なくとも女神の世界においては彼らは自我を持っていると定義されておらず、魔力や天力を意思によって加工することが出来ないのだ。
代わりに使用回数を定められた特殊なスキルを彼らは持っているのだが、これは今は関係ない話だ。
「正解さ。しっかりと知識を身につけているね」
「…………」
何時もの様に称賛を飛ばすプランに対してルファスは手を差し出した。
「アレを渡せ」と無言で要求すると男は前もって用意しておいた焼き菓子の包みを掌に乗せてやる。
ふんっと得意げな顔をしながらルファスは菓子を口に放り込む。
いつ食べても甘だるいお菓子だが、これがないと何か物足りないのも事実であった。
菓子を食べ終わるのを待ってからプランは話を続けた。
もう彼は色々な意味で吹っ切れ始めている故に、とんでもない情報を何てこともないようにルファスに聞かせた。
「結論から言うと、魔力と天力は実は元は一つの力なんだ」
「女神アロヴィナスが世界を作り出した時
彼女は己の余りに巨大な力を二つに分けたのさ」
ルファスはいつも通りの顔でプランの講義を受けている。
良くも悪くも世間知らずである彼女は自分がいま、どれほどとんでもないことを聞かされているか判っていない。
もしもここにアラニアやメグレズ等と言った学者肌な者がいたら驚愕するか、慌ててプランの口を閉ざそうとしたかもしれない。
しかしここにはルファスとプランだけだ。
誰も止める事は出来ない。
故にミズガルズという世界の根底を淡々とプランは口に出していく。
「何もない虚空に女神は魔力を用いて世界の土台を作ったんだ。
その後に世界が永遠に存続できるように天力で補強したんだね」
「いわば世界というユニットに対してバフを掛けたような感じかな」
だからミズガルズは竜王や魔神王等と言った怪物たちが跋扈していても易々と壊れない位に頑丈なのさとアリストテレスは事実を語る。
世界/宇宙規模で永遠にバフをかけ続ける。
それはルファスをして絶句する話であった。
いや、余りに規模が違いすぎてうまく想像さえ出来ないレベルの話だ。
普通ならただの妄想の一言で切って捨てられそうな話であるが、ルファスはプランの言葉を信じた。
正体不明な能力の数々を行使するこの人がいうなら、それは事実なのだろうと。
「……とんでもない力だな」
辛うじて出てきたのはその一言だ。
防御力を上昇させたりHPに自動回復を付与する天法の存在はルファスも知っている。
アレを世界に対して永遠にかけ続けられるという事実は女神の途方もない力を物語る事実であった。
そして……彼女は気が付いた。
今の言葉が全て事実だとしたら、このミズガルズは───。
背筋に冷たいモノが走り抜けるのを感じながら彼女はプランに言った。
「だとすると……つまり、この世界そのものが……」
「ルファスの思った通りさ」
“この世界そのものがアロヴィナス神の作った巨大な魔法だ”
“比喩でも何でもなくミズガルズは女神の舞台なんだ”
「─────」
絶句。
ルファスは瞳を見開き、翼を何度も羽ばたかせた。
何もかも全てが女神の用意した役者で、この世のあらゆる全ては女神の掌の上かもしれないという事実は彼女に微かな恐怖を抱かせる。
だってそうだろう?
もしも彼女が“もういいや”と気まぐれを起こしたらその瞬間に全ては泡となって消えてしまうかもしれないのだから。
自分や自分の大切な人たちの生殺与奪を産まれた時から握られているという事実は恐ろしいものなのだ。
が、プランは頭を横に振りながら宥める様に言う。
心にもない事ではあったが、ルファスを怖がらせない様に彼は少女に言い聞かせるのだ。
「怖いと思う気持ちはよく判る。だけどこれだけは覚えていて欲しい……」
「女神は間違いなく人々を愛している。
彼女なりに世界を良くしようと頑張ってるのは間違いないよ」
だから戯れにいきなり女神が世界を消す事だけは絶対にないと断言してやる。
それでやっとルファスの恐怖は和らいだのか、翼の動きが止まった。
同時に彼女は僅かに目を細めてプランを見た。
プランの言葉は間違いなく事実だ。
世界そのものが女神の魔法/天法であり、あらゆる全てがアロヴィナス神の掌の上というのは。
ただし、一つだけ嘘がそこに交じっているのを彼女は見抜く。
いや、嘘というよりは……これは“嫌悪”かもしれない。
女神が世界を良くしようとしていると語ったプランの瞳。
その奥にはどうしようもない嫌悪が混ざっていたのだから。
ルファスだから見抜く事が出来た。
数年間、良くも悪くも彼を観察し続けてきた彼女だったからこそ。
(この人はもしかして……)
ふと、ルファスの脳裏をガザドの言葉がよぎった。
プルートにおけるヘルヘイム騒動の際、彼から聞かされた言葉だ。
プランは相手が良い奴だろうと、悪い奴だろうと、それこそ貴族であろうが平民であろうが紳士的な対応を崩さない。
それを多くの人は博愛を感じると評するだろうが、実際は違うとガザドは薄々感づいてしまった。
簡単な話である。彼は全てどうでもいいと考えているのだ。
プランという男は何者に対しても何の価値も見出していない。
彼の平等───博愛は裏を返せばどいつもこいつも興味がないという事なのだ。
彼は世界に何の希望もなく、また興味もない
なるほど、アレは正しいが、少しだけ付け加える必要があるとルファスは思った。
いま思い返してみればちょくちょく漏れていたのだから。
───彼は女神が嫌いだ。
これだけは間違いないとルファスは確信を抱く。
食事の前やピオスの開催するミサに顔を出した時に祈りを捧げている彼だが、あれらは全部それらしく取り繕っているに過ぎないのだと。
何故? とは思わない。
プランが理由もなしに嫌悪を抱く筈などないのだから。
きっと彼には彼の理由があって女神を嫌っているのだろう。
(……私はもうどうでもいいがな)
女神を哀れんでいるピオス司祭には悪いが、と内心でルファスは続けた。
ルファスにとっての女神とはかつては自分と母を苦しめた原因であり、自分たちを救ってくれない理不尽の元凶であった。
しかし今は……もうどうでもいい存在である。
あえて言うならば関わりたくない存在だ。
自分はもう今に満足している。
彼を治して、皆で生きていくことだけが望みだ。
そんな大したものじゃない。だから余計な事をしないで欲しい、と。
「さて、それらを踏まえて今度は純粋な魔力と天力の扱い方を……」
横道に脱線しかけたプランの講義が本筋に戻っていく。
【エクスゲート】という秘術を扱うための基礎を身に着けるべく、ルファスは余計な思考は脇に追いやって彼の言葉に耳を傾けるのであった。
爆発。
重低音が響き、リュケイオン近郊を揺らす。
発生した衝撃が遠くにある民家の窓を微かに揺らした。
「…………」
チリチリと煙を上げる己の両腕を彼女は黙って見つめていた。
少しばかり火傷を負ってしまっているが、直ぐに天法を発動させて治癒させる。
確かめる様に指を何回か握ったり開いたりさせてから、彼女は一息ついた。
「今回は5秒か」
呟いた数字、それは【エクスゲート】を維持できた時間である。
今のルファスの力量では5秒が限界であった。
天力と魔力を融合させることによって形成される【エクスゲート】の訓練であるが
最初にプランが語った通り、その難易度は今までとは一つも二つも違う。
何せこれはスキルとして登録されていない、純粋な技術なのだ。
例えば【シャインブロウ】や【ヒール】などのスキルは【クラス】が保持しているスキルであり
一定のレベルや、能力値が一定以上になると瞬間的に会得できる。
会得したスキルの扱い方は本能が直感的に理解し、どうすれば発動できるか等は全自動で知る事が出来るのだ。
もちろん同じスキルであっても練度というのもあるが、基本的にミズガルズの人々はスキルをどう発動させればいいか判らない、等と言う事態には陥ることはない。
しかし【エクスゲート】は違う。
これはスキルとしてステータス欄には表示されない。
本当の意味での隠しスキルであり、本来の意味での“スキル”に分類されるのだから。
「…………」
10歩ほど離れた位置で自分を見守ってくれているプランに視線を向ける。
危険な術であり、今の様な暴発の危険もあるというのに彼はすぐ傍にいてくれた。
故に少しでもプランにいい所を見せたいと思ってしまう欲が出てくるが……ルファスは頭を振ってそんな邪な感情を追い出した。
こんな時だからこそ初心に戻るべきだ。
何事も初めは地味で、コツコツ積み上げていくのだと教えてもらったじゃないかと自分に言い聞かせる。
そもそも見栄など張ってどうするというのだ。
そんなことしてさらに大きな失敗などしたら目も当てられない。
いま必要なのは着実に一歩一歩進むことである。
両手を広げて翳す。
天と魔の力を行使するクラスを所持している彼女はその二つを同時に発現させることが出来た。
“法”には至らせず、純粋な“力”だけをくみ取り、留めておくのだ。
普通の術者ならば数週間から1カ月の訓練が必要になる行為であるが、恐ろしい事にルファスは3時間で天力/魔力の同時発動を可能としていた。
異常極まりない成長速度であるが、ルファスは満足などしない。
彼女の目指す地平は伝説の域にあるのだから。
右手には天力を。
左手には魔力を。
ゆっくりと左右の掌を近づけていく。
ジジジジジという稲妻が走り、女神によって別たれた二種類の力が反発を引き起こす。
10回目の挑戦であり、これが終ったら今回の訓練は終了だとプランはルファスに告げていた。
無闇に数をこなせばいいというわけではなく、一回のチャレンジの質こそが【エクスゲート】の特訓には求められているのだ。
危険な術である故に何度も繰り返して注意力の低下などといった悪い意味での慣れを避けるための期限でもある。
(力任せじゃダメだ……)
額から汗が伝うのを感じながらも、ルファスは集中していた。
天力/魔力を睨みつけ、9回に渡る失敗で得た教訓を落とし込んだ動きを実践する。
思い切りぶつけあってはいけない。
そんなことをしたら磁石の同極同士を衝突させたように物凄い反発力が発生し、大爆発を引き起こしてしまう。
だからといって慎重すぎてもいけない。
余りにゆっくりやりすぎると天と魔の力は互いを拒絶しあい、霧散してしまうのだ。
求められるのは“適切”な速度と完全に拮抗した二つの力だ。
真っ黒な魔力と薄い青みがかかった天力が反発を繰り返しつつも、微かに結合を開始したのを見てルファスは動いた。
「───ここだっ!」
あと数ミリで両手が結ばれるというところでルファスは勢いよく合唱する。
パァンという景気のいい音と同時に稲妻が発生し、空間が揺れる。
真っ黒な力に白が重なり合いながら世界に穴を穿ち、質量の無いナニカがルファスの眼前に出現した。
これこそ【エクスゲート】である。
余りに黒すぎて奥には何があるか判らない。
しかしこれが何処に繋がっているかルファスは知っている。
入り口を作るのと同時に出口も発生する術だとプランから教わっているのだ。
プランに視線を移す。
彼の眼前に真っ黒な穴が開いているのを見て取ってルファスは微かに口角を上げた。
が、直ぐに手が震え出す。ミシミシとレベル800の屈強な肉体が軋む。
無理やりねじ込まれた二つの力は激しく拒絶し合い、別たれようと暴れ狂いだす。
女神が定めた法は絶対である。彼女が天力と魔力は結合しないと言えば、それが真理なのだ。
つまるところルファスは今、アロヴィナス神の法則と戦っていると言っていい。
【エクスゲート】の形が崩れていく。
ここ3回の失敗は全てコレが原因だ。
安定して魔力と天力を結合させておくことが出来ないのである。
伝承に謳われながらも誰も再現できなかった理由がこれだ。
プランをして高難易度の術と言われるだけはある。
「ぐっ……! このッ!!」
歯を噛み締めながらルファスは無理やりゲートを固定させようとして……これではダメだと悟った。
力任せじゃダメだ。しかし力を込めないと維持できない。
矛盾した状態に追いやられた彼女は眦に涙を浮かばせ、今回も失敗で終わるのかと諦めかけた。
“ここに魔力を込めて、こっちの天力を少し減らすんだ”
脳裏に響いた声に無意識に従う。
ルファスの眼が蒼い輝きを放った。
接続された【一致団結】に対して彼女の身体は一瞬で適応/進化を行う。
アリストテレスをして想像を絶するとしか言いようのない性能を秘めた肉体がその真価を発揮する。
彼女の瞳は瞬時に最適化され、可視化した魔力と天力の流れの中にある不必要に圧力の込められた個所と、逆に薄い部分を見つけ出した。
言葉に従う。
高すぎる天力を減らし、魔力の薄い部分に力を流し込む。
ジジジという音が響き────やがて何も聞こえなくなった。
「ぁ…………」
息を呑む。
彼女の前にある空間に空いた真っ黒な孔。
あれだけ苦労した【エクスゲート】の維持が完成していた。
もう負荷は全く感じない。
一度完成してしまえば後は何もしなくていい術なのかもしれない。
恐る恐る手を差し込む。何の抵抗もなく指先は暗黒の中に潜り込んだ。
向こう側に出現した指を誰かが掴んでくれた。
強く握りしめると、しっかりと握り返してくれる。
あたたかい。
ごつごつしている。
自分の方が力が強いのに、まるで割れ物を扱うように慎重になっているのが判る。
手を繋ぐ。
そういえばこれが三度目だと彼女は気づく。
あの時は出来なかった事として、確かめる様に何度も指の位置を変えたりしてみる。
逃げる様に手を引っ込めようとしているようだが、そうはいかない。
絶対に離してやるつもりなどないのだから。
視線を感じたので顔をそちらに向ければ案の定プランが困った顔で自分を見ていた。
言わなくとも何を訴えているか判る故に、ルファスは思いっきり頭を横に振ってやった。
ますます眉が「八」の字に変わっていくプランの顔を見て少女は噴き出してしまいそうになる。
「ふふっ……変な顔」
何はともあれまずは第一歩。ルファスは内心で頷く。
二つの力に対する理解と技量の向上は間違いなく己の目的の大きな助けになるのだから。
それはそうと、今回の報酬としてルファスはプランの手を弄りまわし、もう少しだけ彼を困らせるのであった。
適切な指導があったとはいえ普通ならそれでも数カ月はかかります。
なお原作だと独学で覚えた模様。