ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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ようやくデレへの第一歩が踏み出せそうです。


誕生日プレゼント

 

 

己の寝顔を勝手に絵画にされ、ルファスが激怒した騒動より数日後。

最終的にアウラが絵画を欲しがった事により収束した一騒動の熱が冷めた頃。

改めてプランは時間を取って少女に己の知識を分け与えていた。

 

 

 

 

「早く始めろ」

 

 

男の様な口調で少女が男に語り掛ける。

もう眠いなどとは言わせないぞという圧がそこにはあった。

プランの執務室にて、普段は執務を行う机にノートを広げた彼女は教師を鋭く見つめている。

 

 

母から一通りの言語と文字を彼女は学んでおり、座学を受けるための下地は十分にあった。

 

 

そして今、彼女は多くの鍛錬をプランより受けている。

肉体を効率よく鍛える方法、身体捌き、戦う時の心持ち、戦術や戦略的な思考の仕方……。

 

 

 

この先1000年以上生きていくのが確定している彼女にプランは多くの知識と力を与え続けているが、その中でも最もルファスが貪欲に学ぶ事を望んでいるのが魔法、天法、マナについての授業であった。

 

 

剣技を始めとした肉体的な強さよりも彼女はこういう神秘的な力の方にどうやら魅力を感じているらしい。

 

 

特に己の背に生えた黒い翼にも密接な関係があるマナ学は彼女にとって己のルーツを辿る事にも繋がるので、これは当然と言えた。

彼女の眼前に立っている教師、プランは用意しておいた黒板に「マナ」「天法」「魔法」「レベル」等のミズガルズにおいて常識ともいえる単語を素早く書き連ねていく。

プランは柔らかい笑みを湛えた顔でルファスに質問を投げかけた。

 

 

「では、前回の復習から始めようか。

 マナというものが何なのか、覚えているかい?」

 

 

「この世界に満ちている神秘的な力。

 魔法も天法もマナに影響を与えて発動させるものにすぎない。

 そして純粋なマナを多く取り込む事により、生物は己の存在位階(レベル)を高める事ができる」

 

 

淀むことなくルファスは答える。

レベルという判りやすい強さに直結する話題だけに、彼女はこの分野に対する熱中度はとてつもないものがあった。

なによりも誰よりも強くなるという決意が彼女の中にはある。

 

 

 

「では、具体的なマナを取り込む方法とは?」

 

 

「魔物や魔神族等といった高濃度のマナを保有する存在を殺傷する。

 そうすると、その者が保持していたマナはそれを殺した相手に移譲される」

 

 

 

そうだ、とプランは頷き、一つ補足する。

 

 

「しかし効率はとても悪い。

 仮に10のマナをもった存在を倒したとしても得られるマナは1程度で、残りの9は世界へと還ってしまう」

 

 

しかもパーティを組んでいたとしたら、敵を倒した際のマナは止めの一撃を与えた者にしかいかず、残りのメンバーは完全に骨折り損だ、と彼は続けた。

 

 

ミズガルズにおいて多くの人間がレベル20から高くても100程度にしかならない理由がそれだった。

進化を促すマナはすぐ近くにあるというのに、それを取り込む術は本当に僅かしかなく、しかも非効率極まりない。

命は一つしかないのだ、ひたすら戦い続けてレベルを上げるのには限界がある。

 

 

しかも高レベルになればなるほど次のレベルに至る為に必要なマナの量は乗数的に跳ね上がるというおまけつきだ。

 

 

 

「自分が計算してみたところ仮に大陸一つの魔物や魔神族を倒して

 回ってみてもレベル1000には届かないだろうな」

 

 

まぁ、大陸皆殺し等という夢物語を実現させる存在などいるわけがないだろうが、と彼は笑い話の冗談として口にした。

 

 

「大陸一つでダメなら4つ潰したらどうだ? 

 ミズガルズにはそれくらいの大陸があったはずだが」

 

 

 

「……成功する前に他の勢力に潰されて終わるだろうね」

 

 

 

真顔で提案してくる少女にプランは顔を少しだけ引きつらせて答える。

もしもソレが実現可能であったのならばためらうことなく実行に移すかもしれないと思う程の凄みがルファスの顔にはあったからだ。

 

 

「“四強”という存在がミズガルズには君臨している。

 どれも超越的な怪物ばかりだ。間違いなくそのどれかに潰される」

 

 

 

「……そいつらって貴方より強いのか?」

 

 

 

今のルファスの世界において最も強い力を持つプランと比べてどうなのかと少女は問う。

男は隠すことなく正直に答えた。

 

レベル221。前人未踏のレベル200オーバー。

人類の中ではプランは間違いなく最上位だった。

しかし人類の中では最高峰であっても、ミズガルズという広い世界においての自分の立ち位置がどの程度なのか彼は知っている。

 

 

 

「勿論。自分なんて話にもならないだろう」

 

 

 

「ふーん……」

 

 

 

ルファスの紅い目が楽しそうに細められる。

いずれ広い世界に飛び立つことを夢見る少女は、世界の広さを語られて高揚していた。

いつかプランを殺し、この男でも太刀打ちできない領域の世界に君臨してやると彼女は静かに決めた。

 

 

全ての“四強”を下し、高らかに己こそが最強だといつか宣言してやると。

 

 

「“四強”はそれぞれ“竜王”“獅子王”“魔神王”“吸血姫”がいる。

 一番有名なのはやっぱり“魔神王”になる。彼はその名の通り人類の宿敵である魔神族の王だ」

 

 

外見は身長2メートルを超える成人男性。

黒い長髪に、青黒い肌、立派な角に金色の瞳をした威風堂々たる男だとプランは魔神王について説明を続ける。

 

 

魔神王についての情報は“四強”の中ではとても多い。

彼そのものは滅多に城から動くことはないが、それでも時折まるで暇つぶしでもするかのように人間の社会に混乱を齎す存在だからだ。

これらは魔神王による破壊行動から生き延びた者が齎したものだった。

 

 

最後に魔神王が直接人類を害したのは……300から400年ほど前になるか。

 

 

「……魔神族。人類の敵で、共存も話し合いも不可能な存在……だったか」

 

 

「そうだ。彼らは“生態”として人類を襲う存在だ。

 これは魔物や恐竜、竜種などが娯楽や捕食の為に人を害するのとはまた違う」

 

 

 

魔神族ほど人類と相いれない存在はいないだろうとプランは説明する。

言葉は通じるし会話も可能だが、絶対に和解は不可能なのが魔神族だと。

彼らにとって人類を襲い、苦しめるという事は呼吸するのと同じなのだ。

 

 

 

「三日から四日間人類を襲わないでいると魔神族は衰弱にも似た症状を見せる。

 更に五日目になると痙攣を始め、六日で魔神族は消滅する。

 彼らにとって人を殺し害するというのは我々の呼吸や睡眠、食事と同じなんだ」

 

 

 

だから、とプランは続けた。

 

 

「もしもこれから先、魔神族と戦う時がきたら決して情けをかけてはいけない。

 会話が可能なだけで、彼らは我々とは決して相いれない存在なのだから」

 

 

「判った」

 

 

頷くルファスを見て満足そうに微笑みながらプランは更に一つ付け加えた。

 

 

 

「魔神族と魔神王について話したけど、もう一つ追加で話しておきたいことがあった」

 

 

 

手元に古い歴史書を取り出した彼はパラパラとページをめくり、魔神族についての己の所感を述べることにした。

恐らくミズガルズでは誰もが薄々感づいてはいるが口にはしていないことを彼はいう。

 

 

 

「最初の人間、アイネイアースは古き破壊神をその命を以て打倒し

 世界に平和を齎したとされている。

 次は人間より派生して生まれた獣人種の勃興時代には獣神。

 その次は悪しき巨人たちを率いた巨神、その先には悪魔の王である大魔王……」

 

 

「……?」

 

 

淡々と一切の感情を込めずに語り出したプランにルファスは顔を傾げる。

自分と話をするときは基本的に微笑んでいる事の多いプランがとても冷たい顔をしていた。

冷めきった声は今までにない程に鋭く、ルファスの背筋が少しばかり緊張で強張る。

 

 

隠し切れない怯えた顔になったルファスを見たプランは一瞬だけ固まると、すぐにいつもの微笑みを浮かべる。

彼は小さく息を吐いてからルファスに言った。

言うべきではない事を口走りかけたことを悟った彼は誤魔化す様に話を逸らす。

 

 

「魔神族に似たような存在は歴史上何度も現れていたって事を言いたかったんだ。それだけの話だ」

 

 

 

そうか、とルファスは頷いた。

この話はもうこれ以上掘り下げない方がいいと彼女は察したのだ。

 

 

 

「では、以上の話を踏まえて今日はマナが物質に与える影響について語ろう」

 

 

足元に転がっていた布袋を開き、中からくすんだ鈍色の物体……鉱石をプランは取り出してルファスの眼前に置く。

人の頭ほどの大きさのソレは切り出された原石だ。

綺麗に磨かれており、表面には光沢があるが、とても価値の有るものには見えない。

 

 

「これはドワーフたちに納品する予定の鉱石でね、このままではただの石に見えるだろう?」

 

 

「うん」

 

 

素直に頷くルファスにプランは悪戯っぽく笑った。

まずは回復の天法である【ヒール】の使用とキャンセルを繰り返す。

天法を発動させるためにマナが天力に変換されるが、それはキャンセルによって使用されることなくその場に留まり続け、消費を待つだけの純粋な天力だけが集積していく。

 

 

 

プランの周囲に純粋な天力がどんどん集積されだす。

次は【エスパー】のスキルである【サイコスルー】を発動させ、周囲に集められた天力とマナをつかみ取り、石へと注ぐ。

それもただ浴びせるのではない、鉱石にある天力を注ぎ込めるような概念的な“孔”を見つけ出し、その中に注入してやるのだ。

 

 

プラン・アリストテレスの【観察眼】は一粒の砂を完全に、真の意味で理解するためにある。

これはその応用であった。

 

 

 

同時に【一致団結】と【観察眼】を使い、ルファスにも判るようにマナの流れを見せてやった。

 

 

石が輝きだす。

まるで太陽の様に。

きらきら、きらきら、と青白い概念的な光を放つソレにルファスが息を呑んだ。

 

 

高濃度のマナを含まされたソレは存在の位階が上がり、素材としての価値が数段跳ね上がった。

いわば物質のレベルアップである。天法、天力という存在の本質を知っているからこそできる芸当だ。

ドワーフたちにこのマナ鉱石は非常に評判がよく、プランの主な収入源の一つだった。

 

 

 

「───。」

 

 

 

今までに見たことがない程に赤い瞳が鉱石に釘付けにされている。

試しに鉱石を少しだけ横に動かせば、ルファスの視線はソレに追随した。

ぎゅっと胸の前で拳を握りしめて彼女は穴が開くほどに熱い視線を鉱石に送っている。

 

 

思えばカラスたちに光る石を礼として渡していたことをプランは思い出す。

今の反応と併せてみるに彼女はこういった宝石などが好きなのかもしれない。

少女のようやく見つけられた可愛らしい趣味に口元が緩みそうになるのを男は何とか堪えた。

 

 

 

「と、まあ。

 今見せたようにマナが存在の位階を引き上げるのは何も生命体だけじゃないんだ。

 物質を適切な形で処置してやると、この鉱石の様になる」

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

こくこくと無言で少女が頷く。

話を聞いているのは間違いないが、ルファスの興味は輝く鉱石に釘付けとなっている。

しかし残念ながらこれはドワーフたちに売りつける予定の品なので彼女に渡す事はできない。

 

 

「……ぁ」

 

 

布袋に鉱石をしまうと、無意識に彼女は小さな手を伸ばしていた。

断続的に口から「あ」という言葉が漏れている。

 

 

 

「あぁ……」

 

 

完全に袋に石をしまい終えると少女は悲痛な顔を見せる。

この世の絶望を凝縮したような、買ったばかりのお菓子を泥の上に落としてしまった時に子供が見せる顔だった。

虚空に手を伸ばしたまま、少女の指先が震えている。

 

 

数秒そうしていたが、やがて彼女ははっと我に返る。

動き出そうとする腕を抑えるかの様に胸元で腕を組み、ふん、っと鼻を鳴らした。

 

 

 

「マナが物質に与える影響はよく判った。

 レベルアップという概念は生命以外にも適応されるということだな」

 

 

 

口元をぎゅっと噛み締めて己の衝動を抑え込むルファスに対し、プランは口元に手をやって勝手に緩もうとする筋肉を無理やり押さえつけながら言う。

彼女から見たら、咳を抑え込もうとしているようにしか見えない故に突っ込みはなかった。

 

 

先の原石に比べればとても小さな……子供の指先程度の大きさの石を複数取り出し机の上に並べる。

これから何をするか察したルファスの顔が隠し切れない程に輝く。

 

 

「そうなる。次もマナを可視化させるから、さっきよりじっくりと見てくれ」

 

 

 

「判った……ッ」

 

 

 

身を乗り出して自分を凝視してくるルファスに今度こそプランは堪えきれなくなった。

思わず綻んだ顔を彼女に見せてしまい、ルファスの機嫌が悪くなった話はまたいつの日か語ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後、夜半。

リュケイオンの真上に月が昇る頃。

前もってこんな時間ではあるが授業をするとプランから伝えられていたルファスは赤い外套に身をくるみながら、怪訝な顔を男に向けていた。

 

 

リュケイオンの夜はそれなりに寒く、吐いた息が白く染まるくらいの冷たさである。

しかしヴァナヘイムで地獄の様な極寒を経験していたルファスにとっては、この程度の冷気は温いと言えるレベルであった。

 

 

 

「こんな夜に何をするつもりだ?」

 

 

腕を組んだ少女は怪訝な顔を浮かべてプランを見上げていた。

疑問を投げかけられた男は何やら分厚い本を持っており、いつもの様に微笑んで少女と向き合っている。

こっちだ、とプランはルファスを手招きし、歩き出す。

 

 

少女がそれの後を追えば、彼は歩きながら話を始めた。

向かう先はリュケイオンの街の外と内を区切る城壁の様であった。

まだまだ小さな街である故に、本当にないよりはマシ程度の壁だが、そこからの眺めが一番良いことをプランは知っていた。

 

 

 

「見せたいものがあるんだ。

 自分が知っている中で、一番輝いているモノを見せたい」

 

 

 

「期待はしないからな」

 

 

腕を組んだルファスは鼻で笑う。

きらりと、少女の髪の一部が光った。

彼女の金色の髪には新しい装いである髪飾りが存在を主張している。

 

 

以前の講義で作り上げたマナ鉱石……マナの結晶を彼女に渡した所

何処からか聞きつけたのかカルキノスがアウラにその旨を伝え、後はとんとん拍子で少女の10歳の誕生日プレゼントが作り出された結果だ。

元は大貴族の妻であったアウラの目利きによって購入された品に、プランが【錬成】を使ってマナ結晶を埋め込んだのだ。

 

 

当初は頑として拒んだルファスであったが、笑顔で手渡してくる母の圧に折れて表面上は渋々といった様子で髪飾りを受け取ることになった。

そうして生まれて初めて自分の私物をルファスは手に入れる事ができたのだ。

 

 

そしてこの母から渡された品をルファスは気に入ったらしく、戦闘訓練など以外では常日頃から身に着けるようになっている。

とてもよい傾向だとプランは思っていた。年相応の少女の様な趣味を持つことは非常に良い。

 

 

 

 

数分歩けば、二人は直ぐに目的地に到着する。

リュケイオンの城壁の上、先に“子隠し”がルファスを誘拐しようとした森を見渡せる個所であった。

 

 

「ここに何があると? まさか、星空が素晴らしい等というつまらない話ではないだろうな?」

 

 

ルファスが嘲笑するような顔をした。

馬鹿め、そんなもの、ヴァナヘイムで飽きる程に観ていたぞと彼女は続ける。

次に放たれた言葉にプランはあやふやな笑みを浮かべるしかなかった。

 

 

「何せ星を見る事しか娯楽がなかったからな!」

 

 

「……………」

 

 

本当にヴァナヘイムから連れ出せてよかったとプランは心の底から思いつつ、得意げに胸を張っているルファスに対抗する様に「ふふん」と鼻で笑う。

煽られたと悟ったルファスが奥歯を噛み締め自分を見つめてくるが彼は余裕を崩さない。

 

 

「では今からルファスの予想通り星を見るつもりだけど……。

 もしも君が感動したら……そうだな、素直に自分からの贈り物であるこの本を受け取ってほしい」

 

 

 

これが10歳の誕生日プレゼントだよ、とプランは本を掲げる。

分厚く、古ぼけた本であった。

表紙には「十二の星座と宙の運行によるマナへの影響」等と書かれている。

 

 

どうやら天体の流れとそれが齎すミズガルズのマナへの影響、及び様々な星座に纏わるお話などが纏められた一冊らしい。

ますますもって下らないとルファスが鼻をならす。

自分はまだ10歳であるが、中身は同年代よりも遥かに大人びているのだと自覚している彼女はそんな子供だましに付き合ってられるかと口を開いた。

 

 

 

「下らんな。こんな夜中に呼び出しておいて、出てきたのがそんな話とは……」

 

 

 

「一度だけでいい。自分にチャンスをくれないか?」

 

 

 

困ったように顔を傾げて懇願するプランにルファスは大げさにため息を吐いた。

えぇっと、確か、“自分が感動したら”だったっけ? と彼女は先の言葉を思い出して下らないと吐き捨てる。

勝利条件が完全に自分の感性任せとは、この男はここまで愚かだったかと彼女は少しばかりの落胆を覚えた。

 

 

 

まぁ……そこまで自信があるというのならば見せてもらおうではないかと彼女は考えた。

適当に観て、それで直ぐに下らないと叩き切ってしまえばいいだけの話だ。

あんなボロボロの本で自分の気を引こうとするなど、実に下らない。

 

 

 

「一度だけだ。下らないと思ったら私は直ぐに帰るからな」

 

 

 

不愛想な顔と声でルファスは言う。

明らかに不機嫌で、お前の見せるものなどつまらないと始まる前から断言しているかの様だった。

 

 

「ありがとう。では……」

 

 

 

瞼を閉じてプランは瞬時に【観察眼】と【ターゲティング(注目)】を行使する。

真っ暗な視界の中では注視したモノの概要を表示する【観察眼】と、注視対象を常に意識の中心に張り付ける【ターゲティング(注目)】はこれでは効果を発揮できないだろうと多くの人は言うはずだ。

 

 

違う。彼が【観察】したのは“己”である

自分のステータスを開いたと言っていい。

その上で己の一部を【ターゲティング(注目)】し、その中身を読み取るのだ。

 

 

人間は忘れたと思った筈の記憶も脳内の何処かに沈殿しているとよく言われる生物だ。

ならば発掘し、表層に浮かび上がらせてやればいい。

 

 

要は()()使()()のだ。

 

 

【観察眼】 対象 プラン・アリストテレス。

【観察眼】 対象 プラン・アリストテレスを構築する物質、及びマナ。

 

 

ターゲティング(注目)】 対象 頭部。脳髄。記憶媒体。

【観察眼】との並列使用により、該当記憶、発掘、出力開始。

 

 

 

同時に頭の中の処理速度を上昇させ、かつて見た記憶を引っ張り出して、瞼に投射。

頭にかかる処理を軽減させるため、彼は懐から取り出した甘味たっぷりの焼き菓子を齧った。

 

 

普通は同時に見れない筈の十二の星座が彼の真っ暗な視界に現れる。

それらは判りやすく点と点で結び合わされ、動き出す。

更にはまだ足りないと残りの星々までも出力され、合計88にも及ぶ星座が出現した。

 

 

それらを網膜に転写した状態で彼はリュケイオンの夜空を見上げた。

結果、満天の星空を所狭しと埋め尽くす88の星座たちが現れる。

今まではプランにしか見れない光景であったが、今日からもう一人、この絶景を見る事ができる存在が増える。

 

 

準備が整った事を確認した彼は【一致団結】を用いる。

仲間と認識しているルファスと己の視界、認識を共有させた。

 

 

 

瞬間、ルファスの世界に広大極まる星々の世界が現れた。

88の星座、無数の銀河の光、星雲の何億という色彩の芸術。

それらを見たルファスは…………。

 

 

 

「─────」

 

 

 

我を忘れていた。

彼女の中の世界観が塗り替わった瞬間であった。

ヴァナヘイムでも見ていた筈の星の光であるが、今ここにあるのは比較にさえならない……究極の芸術であった。

 

 

女神アロヴィナスでさえ感嘆の声を上げるであろう星々の宴。

一度に全てを見る事は出来ない筈であった星座たちが一堂に会しルファスを出迎えていた。

獅子、蟹、天秤、羊……その他全てが彼女を見ていた。

 

 

 

「あれっ、あれは! あれはなんて……!?」

 

 

普段使っていた男性の様な口調さえ消え去り、興奮のままに少女は男に聞いた。

大きく翼を広げてルファスは少しだけ浮かび上がった。

ほんのちょっとでもいいから、宙の星に近づきたいと思った故の行動だった。

 

 

彼女が指さすのは隠されていた十三番目の星座、へび使い座であった。

余り有名ではない上に、彼女自身も意識したことのなかった星座である。

 

 

「アレは“へび使い座”と言って……」

 

 

分厚い本を開き、プランは一つ一つ丁寧に星座の名前と、その由来、語られる神話を教授していく。

リュケイオンに来て初めて、ルファスは己の強さに関わる事以外でプランの話をしっかりと聞いたのだ。

 

 

どんな質問をしようとプランは嫌な顔一つせずルファスの言葉に答えた。

 

 

───あの星は何? 

 

アレはデネボラという星だよ。

 

 

───星座は全部で何個あるの? 

 

 

88個さ。有名なのは12個だけど、実はもっと多いんだ。

 

 

 

──どうして全ての星座を同時に見ることが出来ないの?

 

 

 

ミズガルズも太陽も動いてるからさ。

詳しくは“黄道”という単語があって……。

 

 

 

 

 

 

ジスモア相手では顔さえ見てくれなかったのに、血の繋がりも何もない、種族さえ違う男は少女の言葉に真っ向から向き合い続けた。

朝のひばりがその鳴き声を響かせるまで、男と少女の語り合いは続いたという。

翌朝、夜更かしをし過ぎたルファスとプランは揃って寝坊したとな。

 

 

 

少女の部屋に古めかしい本が一冊増えたのは言うまでもない。

本とセットで渡されたしっかりした作りの付箋にはこう記されていた。

 

 

 

“誕生日おめでとう”と。

 

 

 




主人公は色々と気づいております。
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