ラスボスからは逃げられない! 作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)
夕方と夜の境目の時、空にうっすらと星が瞬き始めた頃合い。
リュケイオン近くに設けられた訓練場ではちょっとしたお楽しみが始まろうとしていた。
ルファスが【エクスゲート】のとっかかりを掴んだ記念にプランはキャンプファイアーを焚いて、少しばかり豪勢な食事会を開こうとしていた。
まだ術を使いこなしたとは言えないと反論したルファスであったが「頑張ったんだからボーナスは必要さ」と返されれば何も言えなかった。
常々結果には報酬が必要だと断じていた彼女である。己の理屈を返されてしまえば受け入れるしかない。
広大なグラウンドの中央にはルファスが以前切った薪によって灯が焚かれており、パチパチと音を立てながら煙を上げている。
トントンと景気のいい音を立てて包丁が振るわれている。
母とお揃いの青いエプロンを身に着け、金髪を結わえたルファスは黙々と食材を刻む。
プランが用意していた豚肉に、森で採ってきた山菜の数々が彼女の隣には山の様に積まれており、調理の時を待っていた。
あっと言う間に多くの食材を彼女は切りそろえ、下ごしらえを進めていく。
母から教わった料理の技術と知識を彼女は完全にモノにしているのだ。
更にはカルキノスの豊富な経験からくるアドバイスを受けていたこともあり、立派な一人前の料理人と言える技量をもっていた。
(……まだまだお母さんには届かない)
テキパキと野菜を洗ったり、皮を剥いたりを続けながらルファスは朧に思う。
自分の方が早いのは当たり前ではある、レベルが高いのだから。
しかし一つ一つの作業の質ではまだ母には及ばないと少女は思っていた。
ちなみに今回はバーベキューをするつもりであった。
焚火から火種を取り、用意しておいた炭を用いてじっくりと様々な素材を焼き上げるのだ。
ルファスとしても話には聞いた事があるが、実際にやるのは初めてであった。
……実の所、ルファスは少しだけワクワクしていた。
何時もとは違う場所で、美味しい食事をとる。
まるで仲のいい■■の様に、一緒に料理をして、一緒に食べる。
満天の星空の下で食べるご飯はどんな味なのか彼女はまだ知らないのだから。
遠くからカラスの鳴き声が聞こえてくる。
太陽は地平の彼方に没しようとしており、周囲の森は急速に暗くなり始めていた。
少しばかり肌寒い風が吹いてくるが、ルファスの身体は不思議なほどに熱かった。
「…………」
横目で盗み見る。
彼女の少し隣には同じくエプロンを着けたプランがいた。
彼は鍋をグルグルとかき混ぜながら、レシピを片手に調味料を調整しながら投入している。
お玉が一回まわるごとに食欲を刺激する匂いが漂ってくる。
あれは確か、トウモロコシのスープだ。
ルファスの好物の一つであり、アリエスがいつも狙っている料理でもある。
(さすがに子羊にはあげられないからな)
アレを作るといつもアリエスが瞳孔を限界まで見開き、涎を垂らしながら凝視してくるのだ。
さながら獲物を前にしたゾンビの様な顔である。
しかしながら子羊の身体に人間用の調味料などがどんな影響を齎すか判らない以上はお預けにしているのが現状だ。
それでももう少しだけアリエスが大きくなったら許可を出してもいいかなとルファスは思った。
確かにこの匂いを嗅ぐだけで食べる事は出来ないというのは辛いものがあるはずだろうから。
……また食べ過ぎて肥えないか心配ではあるが。
「ん……こっちは終わったぞ」
考え事をしながらも手は休むことなく動かし続けていた結果、あれだけあった食材は全て綺麗にしたごしらえされていた。
どうやら自分が思っていた以上に長い時間考えを巡らせていたなと少しだけ反省しつつルファスはプランに報告する。
「こっちももう終わるかな。……よしっ」
小皿によそったスープを味見したプランは出来栄えに満足したのか頷く。
案外彼は料理が出来るのだ。
レシピ通りに作れば基本的に同じものが作れる料理とは彼にとって錬成の延長線上にある。
料理は科学とはよく言ったものである。
ちなみにカルキノスと出会う前の彼の食事は貴族とは思えない程に質素で
最低限の栄養バランスだけを考えた食事のみしか取ってなかったりする。
「網はこっちで用意しておく」
【エスパー】の念動力を用いて台や網を手を使わずに組み立てていく。
以前プランが勧めていた通り、本当に便利な能力だなと改めて彼女は思った。
これを使えば寝ている時や動きたくない時、あと少しで手が届くけど届かない場所に置いてあるモノを簡単に引き寄せられるのだから。
炭と薪をセットし、火種を投下。
パタパタと翼を動かして空気を送り込めばやがて煙がくすぶり、真っ赤な火が付いた。
普通の天翼族ではありえない翼の使い方だが、使える物は何でも使うのがルファスである。
しかし余りにあれな翼の使い方に思わずプランはじっとルファスを見つめてしまった。
いくら何でも、まさか火を起こすために使うとは思わなかったのだから。
「……私の翼なんだからいいじゃないか」
「ちなみに寒い時とかにはこういう風にも使えたりする」
信じられない物を見るような瞳を向けてくるプランにルファスはそう返した。
一例を見せたくなった彼女は翼で自分の身を包み込み、真っ黒な繭のような姿に変わった。
うん、我ながらいい柔らかさの羽根だなとルファスは思った。
あれだけ嫌悪していた黒翼だが、今の彼女にはただの身体の一部でしかない。
傍から見ると真っ黒な卵から足だけが伸びている奇妙な姿である。
トコトコとそのまま歩いてみるとプランは余りに道化染みた姿に思わず吹き出しそうになった。
七色に発光するアリエスと組みわせたりしたら恐らくアウラ婦人が腹を抱えて震え出す光景だ。
「それじゃ、そろそろ主役を呼ぼうか」
何とか笑いをかみ殺したプランは肉の塩漬けで満たされた樽を念力で引き寄せ、蓋を開ける。
この中身こそ今夜の主役、オークのヒレ肉である。
それもただのオークではない、戦士階級の程よく引き締まった上等なオークの肉だ。
塩コショウで丁寧に漬けられたソレは火を通していないというのに既に食欲をそそる匂いがしていた。
美味しい上に食べるとHPの最大値も上昇するという何とも素晴らしい逸品である。
「……!!」
ルファスの瞳が肉に釘付けになる。
さっき思い出していたアリエスの様に彼女はヒレ肉を凝視し喉を鳴らした。
【エクスゲート】の訓練から何も食べていない彼女は空腹なのだ。
翼が開かれ、それは急かす様に上下に震える。
苦笑しながら肉を網の上に乗せると、ジュゥゥゥと香ばしい音が鳴った。
無事にバーベキューを終え、後片付けを済ませた後。
完全に夜になってしまった森の中をルファスは腹ごなしの運動も兼ねて散歩していた。
人間ならば夜の森を歩き回るなど遭難するようなものであるが、ルファスは飛行できるのでそういった心配はないのだ。
それに想像していたよりも森は暗くない。
満月が巨大なライトの様にうっすらと周囲を照らしているのもそうだが、森そのものがマナの影響かうっすり発光している。
魔物や夜盗については心配さえしていない。
周囲に気配はなく、また出てきたとしても相手が可愛そうなことになるだろう。
レベル800の存在をどうこうできる者など世界にはほぼいないのだから。
「…………」
落ち着くな、とルファスは思った。
基本的に天翼族はマナの薄い高所を好むとされ、彼女もまた高い所は好きだ。
しかしそれはマナが云々という理由ではなく、単純に飛ぶのが好きだからだ。
ルファスにとって空とその先に拡がる宙は自由の象徴である。
誰にも縛られず、自由に何処までも続く世界はヴァナヘイムに居た時から羨望と共に見上げ続けていた世界だった。
しかし今はあえて翼を使わず彼女は歩いていた。
歩く速度だってのんびりしたものだ。
特に理由も何もないが、これはこれで悪くないと彼女は思っている。
15歳を契機に色々あった彼女は少しばかり地に足を付けるようになったのかもしれない。
上ばかり見上げていた時には気づかなかった発見が世界には溢れているとルファスは気づいていた。
例えばあのキラキラ輝く岩。
あれは昔プランに見せてもらったようにマナを多量に含んでいるから光るのだ。
例えば薄く明滅する木々。
あれは土壌に含まれていたマナを吸い上げ、少しばかり進化した植物が体内でマナを用いて化学反応を起こしているからだ。
光合成のマナを用いたモノと思えば大体あっている。
例えばあの中ほどから抉れた大樹。
あれは……数年前に自分が折ったものだ。
レベル100を超えた時、遂に三桁の大台に乗ったのだと調子にのって森で暴れ回ってた時の傷跡だ。
ソレを思い出すとルファスは少しだけ頬を紅く染めて俯く。
余りの自分の愚かさに顔から火が出そうだった。
本当に何をやっているんだ私は、と呟きそうになってしまうほどに。
何回か瞬きする。
“調整”という意思を受けた瞳が真っ赤に輝きだす。
そしてルファスの瞳は周囲に漂う濃厚なマナを映し出した。
ふわふわ。
きらきら。
妖精の如き輝きが周囲に現れた。
いや、本来は最初からずっとそばにあったものだ。
ただ見えていなかっただけで。
初めにこれを意識したのは確か13歳の誕生日を控えた時だったか。
泡の様でもあり、綿にも見えるそれは周囲に漂っている。
指先で触れるとまるでシャボン玉の様にポヨンと跳ねて空へと舞いあがっていってしまう。
「聞きたい事があるんだ」
初めてルファスは口を開いた。
最初からずっと自分の少し後にずっと居てくれた人に彼女は声を掛けたのだ。
「天翼族はこういうマナの濃い地は嫌いだって聞いた。
……だけど私は特に何も感じない」
「それどころか居心地がいいとさえ思っているんだ」
自分の翼を彼女は受け入れている。
黒翼も含めた他者とは違う自分の特異性を彼女はあるがままに受け入れている。
“これも含めて自分だ”と認めたルファスは次に疑問を抱いていた。
即ち「そもそも自分はどういう存在なのか」という疑問だ。
“何故?”や“どうして?”という疑問はかつては己の不幸を呪う絶望の問いかけであったが、今の彼女のソレは好奇心旺盛な学者のものであった。
「────私はそもそもどういう存在なの?」
振り返り、翼を見せつける様に大きく開く。
そこにあるだけで周囲のマナが翼に引き寄せられ、吸収されていく。
まるで宙の果てにあるとされる重力の星の様に彼女の背から生えた黒はマナを決して逃がさない。
堂々とした姿であった。
15歳とは思えない程に力強く、自信と覇気に溢れている。
それでいてまだまだ発展途上という末恐ろしい可能性の化身、それがルファス・マファールである。
今のレベルは800。
来年から再来年にはレベル1000に到達するのは間違いない力の権化。
いや、それどころか彼女の身体はそんな枠組みさえ超えるかもしれない……。
「……………………」
プランは暫し沈黙した。
瞑目しルファスの問いに答える為に今まで集めてきた知見をすさまじい勢いで整理していく。
アリストテレスである彼はこういった疑問には何処までも真摯である。
中途半端な返事は許されない故に彼はたっぷり10秒ほど考え込んだ。
もちろんルファスもそんな彼の様子からしっかりと考えてくれると悟っているので辛抱強く待った。
やがて考えが纏まったのか彼は喋り出す。
「先祖返りと突然変異を同時に引き起こした存在だと思っているよ」
「……天翼族の最初の王、ウラヌスは三対六枚の翼をもっていたと言われている」
プランが語り出したのは天翼族の起源。
それならばルファスも知っていた。
母がよく昔話として話してくれたのだから。
それは始まりの人類としての天翼族のお話。
まだ天翼族が地上に降りる前、下界ではアイネイアースと呼ばれる最初の人が生まれ、人類が幾つもの種に枝分かれを始めた頃の話。
しかしここらへんは諸説あるらしい。
人類の起源が天より追放された天翼族であるという説と、天翼族が堕天する前からアイネイアースがいたとされる説の二つがよくぶつかり合ってるとか。
当時は憎々しい奴らの事などどうでもよかったが、今は違った。
自分の翼と特異性について知っておくための貴重な情報であった。
何より、マナについて詳しい話が聞ければ目の前の人の治療について何か発見が得られるかもしれない。
「ウラヌスは最初の天翼族としてミズガルズ中のマナの管理を任されていた」
「彼は一本の木を作り出し
集めたマナをそこから実る“果実”に変えていたんだ」
“果実”という単語にルファスは何かの引っ掛かりを覚え……気が付いてしまった。
そして息を呑む。誰よりも“果実”を彼女は知っている。
どうして最初にアレを見た時、何処か懐かしさを感じたのか、その答えがいま明かされようとしている。
父がよく誇っていたではないか。
「俺の血はウラヌスに連なる高貴なるモノ」だと。
(先祖返り……私の祖先は……)
震える瞳で見つめれば、プランが微笑む。
歩きながら話していた二人は気づけば森の中にある湖────かつて“子隠し”を葬った地にたどり着いていた。
「…………っっ!」
胸に鋭い痛みを感じた少女は顔を顰めた。
ルファスにとってここは二重の意味で始まりの地であり、終わりの地でもある。
強くなりたいと願った場所。
助けたいと決めた場所。
そして、愚かな自分が罪を犯した場所でもある。
プランは一瞬だけルファスの肩を叩くと彼女の横を素通りし、湖の前まで歩いていく。
「しかしある時
ウラヌスの眼を盗んでとある天翼族の一派はその果実を食してしまった」
「しかもそれによって得た力で女神に独立戦争を仕掛けたんだ。
彼らの背にはマナの影響によって変異した黒い翼があったという」
女神にとっては途方もない衝撃だっただろう。
危ないから取り上げていた玩具を子供たちが盗みだし、それによって自分の世界を否定したのだから。
“何故ですか?”
“どうして私の愛を判ってくれないのですか?”
争いの無い世界。
善悪もない平等な世界。
望めば何でも叶う理想郷。
飢えなども勿論なく、願うだけでどんな物でも好きなだけ食べられる世界。
女神からすれば完璧な理想郷だ。
虹色羊の祖先が珍しくもないありふれた存在として繁栄できるほどの黄金時代である。
誰かが呟いた。
※ 実に下らない。
誰かが吐き捨てた。
※ 人はそれを家畜の安寧と呼ぶのだ。
誰かが無機質に評価した。
※ 評価できるモノは評価しよう。曲がりなりにも繁栄を齎したのだから。
誰かが怒りを燃やした。
※ 自分の都合で一方的に押し付けて、一方的に奪う。それは愛ではなく災害だ。
プランは語った。
「女神は怒り狂い、その天翼族たちから翼を奪った後。
───御使いを用いて世界を一度リセットしたんだ」
「残ったのは女神に付き従っていた者達のみ。
しかしそんな彼らでさえ唐突に全ての加護をはぎ取られて世界に放り出された」
余りに淡々と語られた言葉にルファスは感想を漏らす。
「……やりすぎじゃないか?
罰を与えるとしても、どうして世界をリセットする必要があるんだ」
「小さな灯とはいえ、それが全体に燃え広がる可能性は十分にあったからね。
後顧に憂いが残らない様に根絶やしにするのは効率的ではある」
見せしめも兼ねていたのだろうと続ける。
巨大な5つの御使いが暴れ狂い何もかもを滅ぼす様を見たら誰しもが恐怖を抱く。
つまるところ、規模こそ違えどこれは女神にとっての“躾”だったのだと。
理屈は判る。
しかしそれでもルファスは納得できなかった。
「女神を信じていた者たちもいたはずだ。
何も全員に罰を下さなくてもいいだろうに……」
連帯責任の一言では片づけきれない理不尽にルファスは憤った。
そんな彼女を見てプランは一息ついて思う。
本当に優しい子だ、と。
「しかし女神の罰も完全ではなかった。
中にはうまく立ち回ってアロヴィナス神の眼から逃れた者達もいたんだろうね。
彼らは身を隠しながら着々と代を重ね続けたのだろう」
プランは一区切りしてから生物学的な意味での混翼に対する見解を述べた。
「自分の推測ではあるが
恐らくルファスみたいな黒い翼を始めとした“色違い”は劣性遺伝だ」
“劣性遺伝”
親子の間で血が引き継がれる時に、父と母から対になる要素が受け継がれるのはルファスも知っている。
しかしそれは完全に均等ではない。
父母のどちらかの因子が強く表に出る事で、もう片方の因子は潜伏する事も多々あるのだ。
つまるところ天翼族は白い翼が基本ではあるが
先祖にマナを多量に取り込んだもの等がいた場合、それはいきなり先祖がえりを引き起こして顕性することもあるということだ。
これは完全なる確率の問題であり、誰が悪いと言った話ではない。
それこそ遺伝等といった素養を弄るのならばまだ腹の内に居る間に胎児を調整する必要があるだろう。
アリストテレスはその方法を熟知しているが、それはまた別の話。
しかしそんなどうしようもない生まれによって生きる事さえ出来なかった者が大勢いたのも事実であった。
「これが先祖返りについての自分の見解だね。
つまり……ルファスのご先祖様の誰かがマナの果実を食べたんだと思う」
あえてプランはどちらの先祖なのかは言わなかった。
ルファスはプランの言葉を聞きながら己の翼を見た。
かつて女神に挑んだ誰かの願いが今になって現れたソレは当然ながら何も語らない。
「そして“突然変異”についてだけど……。
これはちょっと、失礼な内容になるかもしれない」
「教えて欲しい。何も知らないよりはずっといい」
それでもいいかな? と問われればルファスは強い意思の宿った声で返した。
「いきなりだけど、以前倒した“ホース・イーター”達のことは覚えているかい?」
「?」
忘れるわけがない。
オークたち依頼の本格的な実戦だったのだから。
まだあの時に知った天翼族たちの事も聞き出せていない。
「検死の結果わかったんだけど、彼らは竜のなりかけだったんだ」
「変異元の恐竜はディノレックス。自分が何年か前に倒した奴らだね」
もっと生物学的に言ってしまえば彼らは魔物と生物の中間の存在だったとプランは続ける。
マナによって身体構造を含めた全てが劇的に変化している最中であり、馬という高カロリーな食料を求めたのは身体を作り替える為に必要だったのだと。
さながら子供が成長期に栄養を必要とするように。
生物から魔物への変異。
マナによる変異。
変異に必要なのは栄養/マナ。
まるで、誰かのようだ。
「……あぁ」
ルファスは聡明である。
本人が思っているよりもずっと。
そして誰よりもプランを見ている彼女は、彼があえて物凄く遠回しに何かを伝えようとしていることに気付いた。
傷つけない様に。
ショックを与えない様に。
いつだってプランはルファスを気にかけている。
その事実はストンと恐ろしいほどに容易く胸の中に落ちてきた。
落ちてきて……納得した。
今まで胸につっかえていた疑問が解消する感覚は快感であったが、プランが気にしていたようなショックは全くなかった。
「つまり私は天翼族の古種に戻った上で、更にマナによって魔物化しているということか」
ルファスは天翼族でありながら天翼族ではない。
洒落た言い方をするならば彼女はベネトナシュと同じ一人で一つの種族だ。
ルファス・マファールという名前の魔物であり種族である。
アリストテレスをして前例のない存在であり、故にどれほどの潜在能力を秘めているかさえ判らない。
もしかしたら彼女には天然の“資格”があるかもしれない。
かのベネトナシュの様な……。
が、プランは彼女がその資質を開花させなくてもいいようにと願った。
「…………………そうだね」
これ以上ないくらいに長い沈黙の後でプランは肯定した。
そのタメが余りに長かったのでルファスは少しだけ笑いそうになってしまう。
事実は事実であり、自分にはそういう側面があるのも確かであった。
なので彼女は誤解を解いておくことにした。
この優しいけど心配性な人にははっきりと伝えておいた方がいいのだから。
「一応言っておくけど、私はあんまり気にしてないよ?」
「…………」
“あなたは魔物だ”等と言う発言はミズガルズではとてつもない無礼にあたる。
何せ魔物か否かという判断は亜人たちの差別/迫害にも通じる根の深い問題なのだから。
ミョルニルでの彼らの狂い様を見ればそれがどれほどの憎悪を産んだかは考えるまでもない。
「自分でもそういう一面があるのは判ってる。
特に戦いとかになると凄く楽しくなってくる時もあるから」
初陣のオークたちとの戦いなどいい例である。
既に敵を全滅させたというのに、不要な虐殺をルファスは行おうとしてしまった。
まるで狂戦士の如く彼女は血を求めてしまったのだ。
「それに魔物であってもカルキノスみたいなのもいる」
人よりも人らしい男を思い浮かべる。
態度こそ軽くよく判らない単語を述べる男だが、その実だれよりも強く優しい
結局のところはどうありたいかだとルファスは思っている。
自分の中の魔物の側面とどう向き合うかだと。
これはきっと一生かけてやっていかないといけない課題である。
「むしろ教えてもらえて良かった。
“自分にはそういう部分がある”って自覚出来ていれば、自戒も出来るんだから」
ほっとした様子を見せるプランに微笑みかけながらルファスは内心で自分に言い聞かせる。
(本当に気を付けないとな……)
(私は大丈夫、なんて口が裂けても言えない)
危うさをはっきりと自覚し戒めておく。
既に一度落ちかけてしまったのだから。
その時に犯した罪はいまだに彼女を責め立てる。
(あのまま彼を殺してしまっていたら私は……)
それは想像するのも恐ろしい「もしも」だ。
あの時に完全に道を踏み外していたらどうなっていたか、という可能性の話。
そんなことをしていたら竜王に並ぶ怪物として世界を荒らしまわっていたかもしれない事実に寒気が走った。
…………とりあえず、大きな疑問の一つが解けたからよしとルファスは割り切った。
自分の正体は古の天翼族への先祖返りであり、更にそれがマナによって突然変異を引き起こした変わり種である。
悪魔だの忌み子だの言われていたこともあったが、当たらずとも遠からずといった訳だ。
自分は単独種であり、ルファスという名前の新種の生物だという事実が付きつけられても彼女は別に疎外感や孤独感は覚えなかった。
聞けばベネトナシュは同族を求める様に大陸中を飛びまわり無差別の殺戮を繰り返したというが、もちろんルファスはそんなことをするつもりはない。
だって……………。
微笑む。
そして空を見上げた。
完全に陽が沈んだ空には途方もない数の星が瞬いている。
とても綺麗だ。
余りに綺麗すぎて一人で独占するのは悪いと思う程に。
だからルファスは分け合うことにした。
プランに手を差し出し、笑いながら言う。
年相応の少女の様な笑顔だった。
「もう少しだけ……星を眺めていきたい」
「ここから見える星座の事、教えて欲しいな」
プランが答える為に手を伸ばそうとして……躊躇う様に止める。
ゴーレムの右腕で思わず反応してしまい、マズイと思ったのだろうか腕を下げようとしたが───ルファスの動きは早かった。
下げられる前に手を掴む。
離れようとするならばそれ以上の速度でつかみ取ればいい。
何ともルファスらしいやり方であった。
眼を丸くして驚いているプランにルファスは悪戯っぽく笑いかけ、星の中でもひときわ輝いている光を指さした。
「ほら! まずはあの星から……」
「あの星は………」
プランの何時ものうんちくが始まりルファスは耳を傾ける。
途中、空を見上げながら説明を続ける彼に気付かれない様に右の翼を大きく広げ、男の身体を包もうとしたがそれはまた別のお話。
次回からようやく新しい編に入れそうです。
勇者召喚の話となる予定です。