ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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お久しぶりです。
イイ感じに女神さまの事を表現できたと自負しているお話となります。


勇者の“受け継がれる魂”!

 

 

 

勇者召喚とはミズガルズにおける世紀の大イベントである。

それこそ数百年に一度あるかないかの催しであり、誰もが呼び出される勇者を一目見たいと思うのは当然の話である。

あわよくば勇者に顔を覚えてもらって贔屓にしてもらいたいという打算も当然そこにはある。

 

 

 

故に勇者召喚を控えたクラウン帝国に各国の有力者が集まるのは当然と言えた。

 

 

 

エルフの部族たちからはアラニアとメグレズ。

プルートからはミョルニル復興にかかりっきりであるガザドの代理としてプランのファンのあのドワーフ。

ミョルニルからは吸血鬼の少女───もちろんベネトナシュではない。

ユーダリルからは有力者の商人。

その他多くの国の面々がクラウン帝国に使節として集まっていた。

 

 

 

もちろんヴァナヘイムからもだ。

ヴァナヘイムからやってきていたのは───王子メラクとその取り巻きである。

案の定メラクの取り巻きたちはルファスに対して怪訝な……いや、明確な悪意と嫌悪を向けている。

 

 

それどころかその内の一人はルファスがヴァナヘイムから滑落する原因となった人物でもあった。

油をかけられたことも、火を付けられた事も、殴られたことだってある。

記憶力のよいルファスは何もかも覚えているのだ。

 

 

 

ひそひそと内輪で彼らは何かを囁いている。

勿論レベル800であるルファスの身体能力は相応に聴力も進化しているため、全て聞こえている。

5年という年月はルファスを大きく変えたが、彼らは何一つ変わらない。

 

 

ヴァナヘイムの外であろうとなかろうと、天翼族の価値観こそ絶対だと信じて疑わない彼らは相変わらず不愉快な単語を吐き散らしている。

 

 

 

“醜い翼が何故ここに?”

 

 

“とっくに死んだと思った”

 

 

“身の程を弁えろ”

 

 

“ここは娼館じゃないぞ”

 

 

“衛兵に言ってつまみだしてやれ”

 

 

 

 

周囲に各国の大物がいる故に大声では言わないが、彼らはルファスへの侮辱を止めない。

 

 

 

 

「……………」

 

 

ルファスは視線を前方斜め上に向け、心の内側を虚無で満たしていた。

全部聞こえているが、聞こえないふりを続ける。

最近は先のアルカス帝も含めて翼の事など気にも留めない人とばっかり接していたが、天翼族はこうだよな、と懐かしささえ感じていた。

 

 

 

 

肩に暖かい手が置かれる。

いつの間にかプランが傍らに立っていた。

彼は申し訳なさそうな顔をしている。

 

 

いや……少しばかりイラついている様だった。

傍から見れば普通に見えるだろうが、ルファスだけは判った。

明らかに彼は苛立ちを覚えている。

 

 

張り付けられた笑顔の奥の瞳───冬空の様な冷たさだけがそこには宿っている。

思わず半歩だけルファスは後ずさった。

自分に向けられていないというのに、背筋に寒々としたものが走る。

 

 

肉食昆虫の様な、恐ろしく冷たい眼であった。

かつてガザドは彼をゴーレムと称したが、実際はそんな生易しい存在ではないだろうとルファスは思う。

 

 

普通ならば目を背けたくなる瞳であるが、ルファスは逆にそれを覗き込んだ。

蒼い光の中に映る自分の顔を見つめながら彼女は言う。

 

 

 

「貴方は悪くない。だから……いい」

 

 

「……判った。だけど、何かされたら直ぐに言って欲しい」

 

 

うん、と頷くとプランの瞳から寒々とした光が消え去り、平時の暖かいものへと変わった。

 

 

(それにしても、本当にあいつらは……)

 

 

誰も彼もあんな奴らばかりではないとルファスは知っている。

危うく自分もあいつらの同類になりかけていたのを思い出し、自戒した。

嫌悪しかわかないが、同時にあいつらは自分の鏡でもあるのだ。

 

 

 

 

常に他者を見下さないと生きていけない、哀れな生き物。

せいぜいそこで蠢いていろ。喧嘩を売ってくるなら、その時は容赦しないだけだ。

 

 

 

ただ一人、メラクとかいう王族だけが青ざめた顔でこちらを───プランを見ている事が気になったが、直ぐに視線を外した。

もはやアレらには一欠けらの興味もない。

それよりもまだ少し自分を気にしてくれているプランの心を解す方が大事だ。

 

 

 

「しかし判ってない奴らだ。 

 私の翼はお前たちのソレよりも遥かに便利だというのに」

 

 

彼に背を向け、黒翼をプランに見せびらかす様に広げる。

ただ黒いだけではなく、艶も兼ね備えたソレは屋内の灯りを反射して微かに輝いてさえいる。

向こうで佇んでいるメラクのソレに比べて全体的に細いが、秘めた力は彼女を空の向こう側にまで運んでしまう程に凄まじいものがある。

 

 

 

これが私だ、とルファスは振舞っている。

頭だけ振り向きながら彼女はクスクスと少女の様に笑う。

冗談交じりに己の翼に対する評価を彼女は口にした。

 

 

 

「これは自慢だが、私の羽根ほど柔らかいモノはないぞ」

 

 

柔らかく、軽く、それでいて頑強。

今のルファスの羽根は一枚一枚がミスリルを凌駕するほどの性能を秘めていた。

仮にこの羽根を鎧などに仕込んだら、想像を絶する利便性を産むことだろう。

 

 

 

 

そこらへんのベッドに使われている羽毛など粗悪品に思える程の質感だと笑いながら言う。

ほら、触ってみろとプランの前で上下させてやる。

母以外には決して許した事の無い行為であった。

 

 

苦笑したプランがゆっくりと指を伸ばし、恐る恐るといった様子で右の翼に触れた。

 

 

「…………」

 

 

プランの眼が微かに見開かれた。

言うだけはあって本当に柔らかく、暖かい。

アリエスの毛や頬とは違った種類の肌触りのよさであった。

 

 

 

「ぅ……」

 

 

普段自分でもあまり触らない個所に指が這わされルファスは微かに声を漏らす。

背中の感覚が延長した様な、奇妙な体感であったが……心地よかった。

プルートで“温泉”に浸かった時に感じたような、じんわりとした熱が身体に満ちていくような、何とも言えない心地よさだけが広がっていく。

 

 

天翼族から意識を外す為に虚無で満たしていた筈の心に何かが注ぎ込まれているような感覚であった。

 

 

バサバサバサバサバサバサバサバサ……。

 

 

突如自由な左翼が狂ったように暴れだしルファスは目を丸くした。

まるで幼子が無視されたことを怒っているようにペシペシとプランの身体を軽く叩いている。

 

こっちも触れ! と叫んでいるような態度にプランは目を丸くしている。

 

 

(えぇ……)

 

 

ときどきルファスは己の翼が判らなくなることがあった。

間違いなく己の一部ではあるのだが、時折自分の意図しない動きをみせるというか、勝手に動くときがあるというか……。

 

 

 

 

 

「ルファスさん!」

 

 

 

唐突に名前を呼ばれたルファスはそちらを向く。

プランが翼から手を離す。

それがたまらなく惜しくて、微かにルファスは苛立ちながら視線を声のした方に向けた。

 

 

 

見ればアラニアの隣にいるエルフの少年、確か名前を『メグレズ』と言った人物がルファスに向けて手を振っていた。

 

 

 

「…………あー、ユーダリルの時か」

 

 

 

はて、どうして自分はあいつの名前を知っているんだ、何処かで会ったかと頭の中を探れば直ぐに答えが出る。

ノーガード騒動のインパクトがあまりに強すぎて忘れていたが、メグレズとも出会っていたなと彼女は納得した。

彼はアラニアに了承を取ったのち、ルファスとプランの元に走り寄ってきた。

 

 

 

「お久しぶりです! アリストテレス卿の活躍の話は我々の間でも大人気なんですよ!!」

 

 

 

「ありがとうございます。

 しかし全ては皆様の手厚いご支援があってのこと。自分一人で事を成した等とはとても」

 

 

 

握手した手を上下にブンブンと振られながらプランは淡々と答える。

そんな彼の隣でルファスは渾身の勝ち誇った顔を披露していた。

よく判っているじゃないか、とでも言いたげな表情である。

 

 

 

 

「ルファスさんも、2年ぶりですね」

 

 

 

 

言い切った後にメグレズは瞳を瞬かせる。

人間にとってはそれなりの時間経過であるが、エルフにとっては2年など人で言う数カ月程度である。

そんなたった数カ月で色々と様変わりしたルファスを見た彼は本当に驚いているようだった。

 

 

外見は当然であるが、今のルファスは初対面時と比べて圧倒的に落ち着いている。

むき出しの刃物の如き敵意と警戒を常に周囲にばら撒いていたというのに、今や全くない。

それでいて確かな自信を全身から発しており、誰もが目線で追ってしまう存在感を放っている。

 

 

端的に言って、ルファスは2年の経過を経て大人になっていた。

これはエルフからすると信じられない成長速度である。

 

 

 

「えっと……すごく……」

 

 

 

適切な言葉が見つからずメグレズは口を開閉させた。

どう表現すれば失礼に当たらないか必死に考えている様であった。

ルファスはそんな彼に対して同情を覚えてしまった。

 

 

まぁ、失礼をしないように気を使える事は評価できる。

比較対象があまりにも酷い話ではあるが。

 

 

 

「言いたいことは判る。……()()あったんだ」

 

 

 

しみじみと語る。

まるで数十年にもわたる濃厚な活劇を語るようなルファスの姿と声にメグレズは多くを察したようだった。

直感でとりあえずこの話題に触れる事は良くないと悟った彼は頷きながら言った。

 

 

 

「それはまた……」

 

 

 

足音もなく長身の男───アラニアが近づいてくる。

彼はルファスとメグレズを通り過ぎるとプランの前で立ち止まる。

鋭い視線が右腕と腹部に向けられた後、彼は口を開いた。

 

 

 

「久しいなアリストテレス卿。()()あったようだな」

 

 

 

「ハハハハ……お久しぶりです」

 

 

 

中身のない張り付けられた笑顔で返すが何時もの事であるアラニアは気にも留めなかった。

エルフは一度だけ呆れたようなため息を吐いた後に眼を細める。

 

 

 

「君らしくない選択をしたな」

 

 

 

「後悔はありませんよ」

 

 

 

「………………」

 

 

 

じっとプランの瞳を見る。

次に緊張した面持ちのルファスを見てもう一度、今度は誰が見ても判るほどにはっきりとため息を吐いた。

確かな呆れがそこには込められている。

 

 

 

「まぁいい。それよりも勇者召喚の儀が落ち着いたら要件がある」

 

 

 

「手紙は拝見しました。あの件に対しても近い内に対処する予定です」

 

 

 

ならばいいとだけ告げるとアラニアはメグレズの肩に優しく触れてから立ち去っていく。

もう少しだけ話していてもいいと言外に告げられたエルフの少年は笑顔を浮かべてプランを見た。

エルフにしては珍しい好奇心旺盛な彼は瞳を輝かせながらプラン・アリストテレスの顔を見つめている。

 

 

 

 

「あ、あの! 

 もしよろしければ、ミョルニルについて詳しく教えてはいただけないでしょうか!!」

 

 

つい最近まで鎖国していて殆ど外部に情報が出回らなかった吸血鬼の帝国について彼が知りたいと思うのは当然であった。

 

 

あぁ、そう来たかとプランは一瞬だけ顔を固まらせたが直ぐにどこまで話していいかと情報を整理しだす。

勿論喋らないという選択肢はない。

元よりルファス曰く「説明好き」であり、このように教えを乞われればどうしても答えてしまう性質なのだから。

 

 

 

む? と向こうでメグレズの言葉を聞いていたドワーフが反応を見せ腕を組む。

「アリストテレス卿の活躍を生で聞きてえなんて、判ってんじゃねえか」と彼は何度も頷いていた。

ルファスは肩を震わせながら笑いをかみ殺し、プランのわき腹を軽く突きながら言った。

 

 

 

 

「ファンサービスも貴族の仕事の一つだな?」

 

 

 

「……かな?」

 

 

 

何とも言えない顔をして答えるプランにルファスは含み笑うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

各国の使節が居並ぶ中、粛々と勇者召喚の儀は進行していく。

帝国の威信をかけて行われる大行事であるこれに失敗は許されず、何十ものリハーサルを経ているためにつつがなく義は進行していく。

 

 

21人の魔力担当のメイジ。

同数の天力担当のプリースト。

そして7人の制御/調整担当の者。

 

 

 

 

彼らはただ一つの【エクスゲート】を展開するために存在する者達だ。

述べ49人もの人々が力を合わせ魔力と天力を操作していく。

ジジジジジと空間に歪みが生じ、真っ黒な“孔”が少しずつ広がっていくのをルファスはじれったく想いながら見つめていた。

 

 

彼女は叫びそうになるのを必死にこらえていた。

この術の危険性を身をもって知っている彼女にとって、今の状況は恐ろしいモノであった。

何の知識もない者が危険物で遊んでいるようにさえ思ってしまう。

 

 

目の前で爆弾の導火線に火がつきかねない状況など、誰しもが怖くてたまらないだろう。

 

 

 

(違う、そこの魔力はもう少し減らせ……!)

 

 

(天力が多すぎる。これじゃ魔力と反発しあって吹き飛ぶぞ)

 

 

 

ぎゅっと拳を握ったり開いたりを繰り返す。

緊張と恐怖で冷や汗が止まらない。

もしも最悪の失敗などしたら、それこそ宮殿が吹き飛びかねない。

 

 

考えても見て欲しい。

ミズガルズではない異世界に時間と空間、それこそ次元を超えて回廊を作り出し、向こう側から人間一人分の質量を引っ張ってくるのだ。

言わば世界の根底に手を差し込み乱雑にかき混ぜているに等しい行為だ。

 

 

 

そんなことをしておいて、失敗したらどうなるかなど考えるまでもない。

それほどに【エクスゲート】という術は危険なのだ。

故に勇者召喚は滅多に行われないリスキーな行為であり、クラウン帝国ほどの大帝国であってもラードゥンという目に見える人類存亡の危機がなければ実行しようとしなかったのである。

 

 

 

 

(あっ、そこは違う! 魔力を入れすぎだ……!!)

 

 

危なかった。

あと2秒ほど魔力を込めていたら“孔”の全体像が崩れて天力と魔力は周囲に拡散するところだ。

つまり大爆発だ。ここにいる面々は吹っ飛んでしまうかもしれない。

 

 

 

内心の恐怖を必死に抑え込みつつルファスは逃げる算段を付け始めていた。

もしもそうなったら、プランと自分だけは一目散に退散するつもりだった。

翼が小刻みに震え、準備運動するかのように軽く上下に振られる。

 

 

 

しかし傍から見たら世紀の瞬間に高揚を隠しきれていない様にしか見えないことだろう。

 

 

 

「……これ、大丈夫なの?」

 

 

 

 

小声で隣に立っているプランに話かける。

彼はルファスを鮮やかに輝く瞳で見返し、微笑んだ。

瞬間、術の完成度が飛躍的に高まる。

 

 

あれほど四苦八苦していた【エクスゲート】が見る見るうちに編み上げられ始める。

49人の瞳は蒼く輝いていた。

ほんの少しだけプランはどうやら彼らに手を貸したようだった。

 

 

ここで失敗などしたら皆に危険が迫る上に、帝国のメンツもつぶれてしまう故に当然の行為である。

 

 

 

 

「……」

 

 

 

シーっと人差し指を立てて小さく息を漏らす。

最初からやれ、と言いそうになったがルファスはぐっとこらえてから肩を落とした。

良くも悪くも異常なアリストテレスの傍で生きてきた弊害か、彼女が人に求める基準のハードルはとても高くなっているのかもしれない。

 

 

 

 

光があふれる。

【エクスゲート】は完全に機能を始め、遠く伝説に謳われる地との接続を確立させた。

 

 

 

それは女神がやってきたとされる世界。

ミズガルズの裏側にあり、決して交わらないもう一つの星。

かの地からの来訪者がまた一人、やってくる。

 

 

 

 

 

「えっ……?」

 

 

ゲートより現れたのは黒髪と黒目が特徴的な少女であった。

まだ年端もいかない、ルファスと同じくらいの子供である。

身なりはとてもきれいで、瞳には隠し切れない困惑と恐怖を浮かべた少女がキョロキョロと周囲を見回している。

 

 

 

 

 

そんな新しい勇者を目にしたプラン・アリストテレスの顔は何処までも無表情でありながら、唇を噛み締めていた。

ルファスだけがそんな彼を見てしまい、怯える様に身を固くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───勇者様! 偉大なる勇者様! どうか我々をお助け下さい!!

 

 

 

───お願いします! どうか!!

 

 

 

 

『勇者』は多くの懇願を前に頷く。

彼はとても正義感が強い若者で、いつだって誰かの役に立ちたいと願う素晴らしい人だったから。

目の前で誰かが困っているのなら、それを助けるのは当たり前だと疑わずに断言できる素晴らしい人であった。

 

 

 

そんな彼は前の世界ではあらゆる人種が集う大国で司祭を務めていた。

白い人に黒い人、黄色も含めた人種のサラダボウルの様な混沌とした国であっても彼は【神】を真摯に崇め、その愛は万人に降り注ぐのだと教えを説き続けた。

 

 

 

ソレはミズガルズでも変わらない。

むしろこの悲劇の多い世界に来てから決意はより強くなっていた。

 

 

 

───ありがとうございます!

 

 

人を助けた。

ミズガルズでは誰もが無力だ。

故に勇者という偶像が必要なんだろうなと彼は理解し、望まれる通りに人を助けた。

 

 

そこに苦痛はない。

むしろ彼にとって勇者とは天職だったのかもしれない。

女神からの助力があるとはいえ、それでも人助けが出来るのは素晴らしい事なのだから。

 

 

 

───おかあさん! 勇者さまがたすけてくれたの!!

 

 

 

時には魔物に襲われている村を救った。

本来ならば皆殺しにされていた村人……幼い娘とその母を勇者は救った。

誰もが心から勇者に感謝を捧げる。

 

 

 

彼はバッドエンドが嫌いで、誰もが笑っていられるハッピーエンドが好みだった。

胸糞の悪い話は創作の中で十分であり、現実にはいらないと勇者は思っていたのだ。

 

 

聞けば自分の前の勇者もそういう人で、最後は小さな村を守るために命を散らしたという。

もっと大きな事を成しえたかもしれないのにと人々は言うが、彼はソレを立派だと思った。

 

 

だからその人の分も頑張った。

 

 

だから助け続けた。

多少の違和は人々の感謝を前にかき消された。

誰の思惑にせよ、こうして助かった命があるからいいじゃないかと。

 

 

 

……本当は少しだけ勘づいていた。

幾らなんでもこの世界には悲劇が多すぎる。

自分の前にも勇者が多く居たというのに、根本的な解決がなされていないのは余りに変だと。

 

 

 

永久的世界平和などというのが夢物語でしかないにせよ、それでもこれは余りに歪であると。

 

 

 

救って。

救って。

救って。

 

 

 

それでも悲劇は余りに多くて。

だから勇者はその根幹を一つ取り除こうと決めた。

 

 

 

十の首を持つ最も残忍な魔物。

人類を苦しめる事に喜びを見出す最も残酷な竜。

それを退治すれば少なくともミズガルズの人たちは悲しみと向き合いながらも一歩くらいは前に進めるかもしれないと考えて。

 

 

 

 

 

───ええ、貴方なら『必ず』それを果たせるわ。道中、気を付けてね。

 

 

 

光の妖精姫ポルクスに助言を求めれば彼女は快く伝説に謳われる竜殺しの聖剣を勇者に差し出した。

勇者は彼女の顔を見て思った。

この人はどうしてこんなに苦しそうなのだろうかと。

 

 

 

……思えばここで確信したのかもしれない。

全て■■だと。

しかしそれでも、たとえそうであったとしても、ミズガルズで生きている命は本物で、渦巻く悲しみはどうしようもない現実だ。

 

 

 

彼は悲しみを消す為に頑張ってきたのだから、今更そんなことはどうでもよかった。

何も変わらないかもしれない。

しかしもしかしたら何かが変わるかもしれない。

 

 

 

 

そんな思いを抱きながら彼は魔物との戦いに挑んだ。

 

 

 

そして……。

 

 

 

 

『おいしそぉぉぉぉ……!』

 

 

 

 

蠢く11本目の白い蛇。

10ある首を全て落とされ、竜殺しの聖剣により再生を阻害されていた筈の魔物からソレは新しく生えてきていた。

勇者の用いる様々な術と竜殺しの力、そして魔物の死にたくないという執着が複雑に入り混じった末に怪物は産まれてしまったのだ。

 

 

 

産まれたばかりの白蛇はもはや力尽き動く事もままならない勇者にその大口を開けていた。

涎がポタポタと垂れてくる。

生と死の狭間で意識を朦朧とさせていた勇者は迫りくる死を前に一人の女の姿を見た。

 

 

自分に力を渡し続けていた女だと勇者は直感した。

 

 

真っ白な世界の中で蒼い女が自分を見ている。

そして女は感動に打ち震えていた。

まるで心震わせる歌劇を見ているかの様に。

 

 

女に悪意はない。

彼女は観客であり監督であり脚本家である。

想像以上の出来栄えとなった“おはなし”に感動を覚えるのは当たり前であった。

 

 

 

女は死を目前に控える勇者を見て、涙を流していた。

美しい。素晴らしい。これこそ最高傑作だと言わんばかりに。

コレの前は呆気なく死んでしまってつまらなかったが、コレが見たかったのだと。

 

 

そして彼女は言った。

感動に震えながら。

 

 

 

『嘆く事はありません、勇者。貴方は幸せでした』

 

 

『偽りではありましたが、己の犠牲で平和を掴み取れた事……それは間違いなく貴方に達成感と満足感を与えたのです』

 

 

 

『あぁ───貴方を勇者にしてよかった!!』

 

 

 

『本当に、本当にありがとうございました!!』

 

 

 

女の手にはいつの間にか一冊の本があった。

勇者の今までの献身、努力、愛情、その全てが一冊の本にまとめられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蛇の口が閉じる。最後に彼が思ったのは何であったかは誰も知る事はない。

ただ一匹の例外を除いて。

世界に霧散する筈だったマナも含めた何もかもが移譲されていく。

 

 

これこそ正に受け継がれる魂(ソウル・サクセッション)と呼ぶに相応しい。

 

 

そして勇者はその役割を終え、怪物が生まれた。

これは300年ほど昔の話である。

 

 

彼は正しいことをしていた。

し続けていた。

しかし、その正しさは彼本人を助けてはくれなかった。

 

 

ここはミズガルズ。

誰もが救いを求め続ける地獄である。

 

 




竜王「女神さまってさいこうだよね!」
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