ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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北星奈々子 特性 “やさしい心”

 

 

 

子供だ。それも私と同じくらいの。

ルファスが勇者を目にして最初に抱いた感想はそんなものであった。

『勇者』という存在は彼女も知っている。

 

 

 

ミズガルズとは違う異邦の世界より来訪者を招き、女神の加護と名前の下に偉業を果たしてもらうというものだと。

過去に求めた事もあるエイルの実もかつての勇者が作り上げた食料だと聞いた事があった。

 

 

どんな屈強な存在が出てくるのかと正直期待していた所はあった。

いまだに『強さ』というモノを求め続けている彼女にとってその象徴でもある勇者がどのような存在なのかは気になる所なのだから。

 

 

 

 

しかし、これは違うとルファスは何処かで思っていた。

年端もいかない子供を、全く違う世界から誘拐してきて己たちの手に負えない難題を押し付ける?

 

 

救世の勇者?

女神の加護を受けた聖人?

偉大なる存在?

 

 

 

断じて違う。これではまるで───生贄ではないか。

 

 

 

 

「え? 何……? どこなの、ここ……」

 

 

焦りと恐怖を浮かべた顔で少女は周囲を見渡している。

自分が見知らぬ場所で、見知らぬ者達に囲まれていると悟った彼女の顔が見る見る青くなっていく。

唇を震わせながら床に座り込み、己の身体を守る様に自分で自分を抱きしめている。

 

 

彼女は震えていた。

まるで親元から引き離された子供の様に。

その様子だけでも戦いなど無縁の世界で生きてきたのが見て取れた。

 

 

 

「……あの……ここは、何処ですか……?」

 

 

 

「ここはミズガルズという地。異邦の少女よ───貴女は選ばれたのです」

 

 

 

待機していた神官が歩み寄り声をかけると、今度こそ最新の勇者の瞳は驚愕と絶望に見開かれるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勇者の召喚が終り、一段落ついた頃。

プランとルファスは案内された部屋で帝都の夜景を見下ろしていた。

マルクトは端から端までインフラが行き届いたミズガルズ史上でもまれに見るメガロポリスであり、夜であっても灯りが消えることはない。

 

 

高度300メートルを超えるビルの最上階に彼らは居る。

眼下では何十万という人々が夜であってもお構いなく歩き回っており、喧騒はここまで届いていた。

ルファスの夜でも問題なく機能する視力ならばあらゆる種族がそこに居る事を見て取れた。

 

 

ユーダリルも凄かったがマルクトは正しく桁違いだ。

 

 

 

皇帝が最高の待遇を約束すると言った通り、彼らの部屋は部屋というよりはフロア丸ごとといった方が正しいかもしれない。

 

11の寝室。8の大浴場。6つのリラックスルーム。13のレストラン。

その他さまざまな用途の部屋を数に居れれば二人は50を超える施設を無料で使い放題といった待遇を受けていた。

どう低く見繕っても100人を超える使用人たちがたった二人の為に24時間体制で待機しており、護衛の兵士もまた一個大隊規模が用意されていた。

 

 

もちろん他の国の使節も同じ扱いであり、ここからもクラウン帝国の桁違いとした言い様がない経済規模が伺える。

 

 

ここまでされるとむしろやりづらい。

というかベッドが多すぎてどれで寝ればいいか判らない。

歓迎も過ぎると落ち着かない。

ルファスは本心からそう思った。

 

 

 

とりあえず食べ放題とのことなのでエルフ向けの特産野菜サラダとドワーフ向けの厚切りステーキを堪能し、ゆっくりと湯につかってから彼女はプランの元を訪れたのである。

プルートの様に温泉を引いている湯から得た熱で全身をホカホカさせながらルファスはバルコニーの佇むプランの隣に歩み寄る。

蒼い眼がルファスに向けられ、彼は言った。

 

 

 

「今日は色々あったからね。もう休むといい」

 

 

「……どのベッドで寝ていいか判らない」

 

 

多すぎて困ると零すとプランは苦笑した。

自分も同じ気持ちだと冗談めかして言ってから暫し沈黙する。

 

 

沈黙。

しかし決して嫌ではない。

 

 

何も言わず1分間ほど二人はマルクトを眺めていた。

地平線の果てまで灯りが続き、何十万と言う建造物が重なり合った帝都はもはや難攻不落の大迷宮と称してもいい複雑極まりない超構造体である。

人々の営みの究極、苦難に満ちたミズガルズにおいてようやく人類が手に入れた安寧の地こそが帝都なのかもしれない。

 

 

 

(…………)

 

 

 

夜景を見つめつつルファスは湯から与えられたモノとは違う“熱”を身体の中に感じていた。

眠気が吹き飛んでしまう程の高揚と、同時に脱力してしまう様な安寧を彼女は味わっている。

一昔前であったのならば恐怖によって拒絶していただろうが、今のルファスはコレを完全に受け入れるだけの強さがある。

 

 

 

彼の隣にいると安心する。

プラン・アリストテレスと一緒にいると凄く安心する。

ただこうして寄り添っているだけで久しぶりに天翼族の悪意を目にし、ささくれ立った心が凪いでいくのだ。

 

 

 

ルファスはそれら全てを受け入れている。

どうしようもない程に彼女は安楽の沼に沈んでいるのかもしれない。

 

 

 

冷えた風が頬を二度、三度と撫でてから彼女は口を開く。

このままずっとこうしていても良かったが、一つ聞きたい事があったから。

 

 

 

「勇者……怖がってた」

 

 

 

ルファスは全てを見ていた。

偉大なる女神の使徒とも称される“勇者”がただの───それこそ戦闘経験のない少女であったこと。

彼女が明らかに周囲に対して怯えていたこと。家族から引き離されて絶望していたこと。

 

 

何せ当初は怯えるあまり、状況説明をしようとした神官の言葉さえ耳に届いていなかったようなのだから。

狂乱しなかったのは本当に奇跡だったかもしれない。

 

 

そして───それらを認めたプランがとてつもない形相をしていたことも。

 

 

基本的に微笑みの表情を崩さないプランがあそこまで動揺するなどルファスにとっては信じられない事であった。

故に「何かあるな」と確信を抱きつつも、直感があまり踏み込んではいけないと囁いている。

 

 

 

だからとりあえず雑談から彼女は始める事にした。

プランのあれこれ抜きにしても勇者に興味があるのは事実だから。

 

 

 

「最初は皆あんな感じさ。だけど“勇者”に選ばれるということは、素養があるという事なんだ」

 

 

 

まるで見て来たかの様に彼は語る。

まるで話して来たかの様に。

 

 

「才能があるってこと?」

 

 

「そう。誰でも勇者になれるというわけじゃないのさ。

 【エクスゲート】を発動させた時点で全自動で

 女神様が勇者に相応しい方を選定しているんだ」

 

 

 

ミズガルズの歴史において呼び出された“勇者”はただ一つの例外なく誰もがその役割に相応しい人格をしている。

唐突に天から与えられた巨大な力におごることなく、欲望のままに振るうこともなく、私心なく人々に貢献する聖人たち、それが勇者の条件なのだ。

そして散々使い潰された後は……。

 

 

本人も気づいていないだろうが、明らかにプランの声には苛立ちが混じっていた。

 

 

彼だけではない。

始まりからずっと続く怒りの一端が零れだしている。

 

 

「直ぐに落ち着くと思う。

 彼女もまた勇者に相応しいと女神アロヴィナスが選んだお方なのだから」

 

 

 

何時もと同じでありながら、いつも以上に冷淡にプランは勇者について語る。

ルファスは少しだけ翼を丸めて自分の身を包んだ。

少しだけ寒くなってきたのはきっと夜風のせいだ。

 

 

 

女神の加護は万全である。

アロヴィナス神の力を以てすればいきなり異世界に連れてこられた人間の精神を安定させるなど造作もないことだ。

 

 

プランは一瞬だけ瞑目した。

自分がとてつもなく残酷なことを言うと理解しながらも彼は口にする。

こうなってしまった以上、知らぬ存ぜぬで通すのは無理があるのだから。

 

 

彼は彼らしくない非効率な事を行おうとしていた。

勇者に手を貸すなど、ただでさえ女神に眼を付けられているというのに危険極まりない行為だ。

 

 

 

「と、まぁ……。

 それでもいきなり異国に連れてこられた彼女に味方がいないのも事実」

 

 

 

蒼い瞳がルファスに向けられる。

先まであった苛立ちが消え失せ、いつもの暖かい声が戻っていた。

 

 

 

「見た所、勇者はルファスと同年代のようだ。

 だから……マルクトにいる間だけでいいから彼女の味方になってあげて欲しい」

 

 

 

「自分たちよりも歳の近いルファスの方がきっと彼女に寄り添えると思うんだ」

 

 

 

ルファスは想像する。

いきなり家族と引き離され、異国の地に誘拐/拉致まがいのことをされた上に、勇者などという面倒ごとをもしも自分が押し付けられたらどうする? と。

しかも周囲には自分の事を値踏みしてくる大人ばかりというおまけつき。

 

 

 

……吐き気がした。

自分なら大暴れするだろうと直ぐに思い至った。

そんな環境の中、あの勇者は保身目的もあるだろうが必死に耐えている。

 

 

 

プランの言っている事の意味を彼女は深く、本当の意味で理解した。

元よりルファスは面倒見のよい少女である。

リュケイオンにおいても子供たちのリーダーとして振舞う事も多いのがルファスでもある。

 

 

それに何より。

プランが自分を頼ってくれている。

これは自分にしか出来ない事であり、任されたのだと思うとルファスの心にはやる気の炎が灯るのであった。

 

 

 

「判った。やってみる」

 

 

 

「ありがとう……どうか彼女を助けてあげて欲しい」

 

 

 

心優しい少女にプランは頭を下げて感謝を告げるのであった。

あの善き人を助けてあげたいと心から彼は思ってしまい……内心ため息をついた。

 

 

 

昔だったらこうはならなかったと自覚している。

6年よりも昔だったら哀れに思う事はあれど数時間もすれば感情の処理など片付いてしまえたのに。

 

 

プラン・アリストテレスはルファスと出会う事により明らかに弱くなっていた。

身体に受けた呪や傷だけではなく、精神的な意味で彼は絶対ともいえた客観性を失いつつある。

 

 

あぁ、どう転んでもこれは目を付けられてしまう。

ジスモアの件を見るに既に捕捉されているのだ。

これ以上は本当に誤魔化しが難しくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、さっそくルファスはホールで見かけた勇者に話しかけていた。

周りの誰もが恐れ多いと距離を取る中、彼女は気後れせずに奈々子に近づいたのだ。

 

 

 

「わっ……すごい……本物?」

 

 

 

勇者───北星奈々子はルファス・マファールを見るなり視線を彼女の顔ではなく翼に向けてそう呟いていた。

召喚より一晩たった事もあってか勇者は精神的な落ち着きを取り戻しており、最初に見せていた怯えの様なモノはなくなっていた。

不安定な十代の若者にしては余りに早い精神安定ではあるが、勇者とはそういうものなのだ。

 

 

 

召喚された後、長々とミズガルズの現状を聞かされ……とりあえず世界が竜王という怪物に脅かされていると知った彼女は自分の意思で協力を決めていた。

困っているなら助ける。

それは当たり前の事であるし、ここで駄々を捏ねててもクーリング・オフはされないだろうなという打算でもある。

 

 

下手にやだと騒いだところで現状が変わるどころか悪化するだろうなと冷静に考えるだけの賢さを彼女はもっていた。

 

 

 

それに何より異世界である。

そういったサブカルチャーもそこそこ嗜む彼女にとってその言葉は決して知らないモノではない。

剣と魔法のファンタジー。エルフにドワーフにモンスター。

 

 

ドラゴン何たらやらラスト何とやら等のゲームもしたことがある奈々子はそういった世界にも憧れがあったのだ。

まさか自分がその中に放り込まれるとは夢にも思わなかっただろうが。

 

 

 

「もちろん本物だ。貴女の世界にはこういった人はいないんだったな」

 

 

 

「動いた……!」

 

 

 

 

作り物ではないことを証明するためにパタパタと上下に震わせれば奈々子は両手を口に当てて感激する。

眼をキラキラさせながら彼女はルファスの翼に夢中の様であった。

 

 

 

「すごいっ……本当に翼が生えてるんだ……」

 

 

無遠慮とも取れる奈々子の発言にルファスは薄く笑いながら頷く。

事前にプランより勇者の世界には人間種しかおらず、魔法も天法も存在しないと聞かされていた彼女に動揺はない。

それに何より奈々子の発言に悪意がないことなど判り切っている。

 

 

正直ここまで純粋に驚いたり感動されたりするのは心地よかった。

初めてみたモノに好奇心を抱く。

その心をルファスは良く知っているし、彼女もまた勇者の事を知りたいと思っている。

 

 

 

「私の名前はルファス・マファール。よろしく頼む」

 

 

「はぃ!? よろしく、おねがいします!」

 

 

流れるような動作で一礼すれば奈々子の顔は面白い程に赤くなり、返事を噛んでしまう。

慌てて周囲を気にするように見渡せば周りの大人たちは微笑ましいモノを見る様に彼女たちを見ていた。

ルファスの言葉遣いも含めてこれは必要な事だと皆が理解していた。

 

 

自分たちの為に戦ってもらうのだから、ご機嫌を取るのは当たり前の話だ。

 

 

メグレズは本当に初対面の頃に比べて様変わりしたルファスに頭を傾げている。

そして取り巻きたちがいつもの様におべっかを使ってくるのを軽くいなしがら意識だけを向けていたメラクは微かな恐怖を抱き震えた。

 

 

彼は知っている。

昔は名前も知らなかったが、ヴァナヘイムにおいて国ぐるみで一人の女の子を虐めていたことを。

自分も何度か縋るような目で見られたが、すべて無視したことを彼は覚えている。

 

 

 

ルファス・マファールは順調に成長を続けている。

もう誰も彼女を止める事は出来ない。

勇者と臆することなく雑談する少女を見て多くがその事実を知ったのだ。

 

 

 

ただし彼の取り巻き達だけはソレが判ってないらしく5年前と何一つ変わらない嘲りを二人に向けていた。

 

 

 

美しい金髪を後ろで結わえ、装飾が少ないながらも上品なドレスに身を包んだ今のルファスの姿は正しく貴族の令嬢といった姿である。

輝く深紅の瞳は自信に溢れており、動作の一つ一つが洗練されている彼女は端的に言えば強く美しい少女だ。

そんな美少女に話かけられた奈々子の心拍数が跳ね上がったのを誰が責められようか。

 

 

 

「私はっ、北星奈々子と言います! どうやら勇者らしいです!!」

 

 

 

「キタボシ・ナナコか。

 マルクトにいる間、何か困った事などがあったら何でも言ってくれ」

 

 

 

ルファスの言葉に奈々子は感極まったらしくわなわなと暫しの間震え続け、脱力した。

大きく息を吐きながら彼女は苦笑する。

とてつもない重荷が一つだけ減ったようだった。

 

 

 

「ごめんなさい。色んな事がありすぎて……私、慌てちゃって……」

 

 

 

「いいんだ。貴女がとてつもない重責を背負っている事は良く判ってる」

 

 

 

「……ありがとうございます」

 

 

 

異世界に呼び出されてまだ一夜しかたっていないが、奈々子は既に一か月はここにいるのではないかと思う程に疲れ切った顔を浮かべていた。

ミズガルズを救うと宣言はしたものの、それでも元の世界に残してきた家族が気になって仕方ないのである。

彼女は家族を愛している。そして家族も奈々子を愛している。

 

 

お母さんとお父さんは大丈夫だろうか?

私が帰ってこなくてきっと心配している筈だ。

 

 

そしてお祖母ちゃん。

骨折はそろそろ治るけど、もう若くないお祖母ちゃんに負担をかけたくないと奈々子は思う。

だからこそ一日も早く悪者をやっつけて故郷に帰らなくてはと彼女は決意を新たにした。

 

 

 

「そうだ。貴女は人間種いがいの人類を見た事がないのだろう?」

 

 

 

丁度いいとルファスは考えた。

既に基本的な説明は受けているだろうが、やはり実物を見るのがいいだろう。

この際だ、ミズガルズ紹介と洒落こもう。

 

 

まずはミズガルズのことを勇者に直接知ってもらう。

その為に自分はこの役割を任されたのだと彼女はちゃんと理解している。

 

 

 

「メグレズ! ちょっといいか?」

 

 

 

遠くから自分を見ていたエルフの少年に声をかける。

彼は眼を丸くして一瞬だけ何かを考えたようだが、直ぐにルファスの意図に気が付いた様だ。

アラニアに確認するような視線を送ると、彼も了承するように頷いた。

 

 

直ぐに奈々子の下に駆け寄れば、彼は心からの笑顔を浮かべて奈々子に深く一礼する。

 

 

「はじめまして勇者様。僕の名前はメグレズ。

 エルフの代表として貴女様に出会えたこと、光栄に思います」

 

 

 

「……初めまして! こちらこそよろしくお願いしますね」

 

 

 

メグレズの耳に視線を向けていた奈々子の返事は一拍あけたものになってしまったが、今度は噛むことなく奈々子は挨拶する。

エルフの少年の整った顔に見惚れそうになったが、やはり最終的に彼女の視線はメグレズの尖った耳に引き寄せられてしまう。

 

 

 

はははとメグレズは笑った。

保守的なエルフにしては珍しく好奇心に溢れる彼は奈々子の気持ちを心より理解できた。

 

 

 

 

「……触ってみるかい?」

 

 

 

頭を傾げて耳を差し出すようなジェスチャーをすれば、奈々子は大きく頭を振るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

順調に子供たちが親睦を深めていく様子をプランとアルカスは少しばかり離れた場所で見守っていた。

ホールを見下ろせる観客席の様な部屋であってもカーテンを閉め切ってしまえば、たとえ身長3メートルを超える大男がいたとしても見つかりづらい。

まさかこんな所に皇帝がいるとはだれも思わない上に、仮にいたとしても何らかの事情を察するのが大人というものだ。

 

 

そそくさと周囲の者達が距離を取り始め、気づけば周囲から人の気配はなくなってしまっていた。

そんな中であっても皇帝アルカスは堂々と我を貫くように重低音の声を発する。

 

 

「善きかな!! 全てにおいて順調であるッ!!!」

 

 

 

びりびりと壁や柱が震える。

何のスキルも使っていないというのに、ただの声量だけで彼は部屋を揺らしてしまう。

3メートルを超える巨躯は正に巨大な楽器といえよう。

 

 

 

皇帝として配下に令を下すときに聞き間違いなどない様にアルカスはこう言う風に喋る癖を身に着けたのかもしれない。

 

 

 

「ルファスは良くやってくれています。

 同年代の少女というのもあり、彼女を基点にミズガルズの事をより詳しく勇者様は知る事が出来るでしょう」

 

 

 

何の光も宿さない瞳でプランは淡々と告げる。

5年前、ルファスに出会う以前の彼の様な顔だ。

皇帝もまた表情を消し、単刀直入に切り込む。

 

 

 

「全てが好ましい展開である。

 が……率直に尋ねよう。勇者は勝てるか?」

 

 

 

 

「不可能です」

 

 

 

皇帝の問いにプランは即答した。

理由は考えるまでもない。

彼女が倒せと望まれる存在───“竜王”もまた勇者なのだから。

 

 

 

【勇者】が強い理由はそのクラスの特異性にある。

レベルアップ時の能力上昇やら会得可能なスキルやら、あらゆる意味で他のクラスを凌駕しているのが勇者というクラスだ。

 

 

 

勇者の1レベルアップは他のクラスの3レベルに匹敵する。

しかも前衛/後衛関係なく全能力値が満遍なく上がるのだ。

 

 

また勇者は女神によりマナの吸収効率が最適化されており、例の果実なしでもあっという間にレベルが上がっていく存在だ。

纏めると勇者はレべル上昇が早く、能力の上り幅も大きく、その上会得可能なスキルも反則染みたモノが揃っているから強いのだ。

 

 

 

普通ならばどんな相手にも勝てるだろう。

が、その前提は相手もまた勇者であるという結果を前に無力となる。

 

 

ラードゥンはそんな【勇者】に加えて命の残機が66666個あり、101本ある頭を全て同時に壊すことによりようやく命を1つ減らすことが出来る。

更に彼は女神の定めた法を超越しており、レベル上限を超えた力を振るう上に、奥の手とした本来ならば【勇者】しか受けられない女神の加護を自力で引き出す事さえ可能だ。

しかも必死の思いで命を削ったとしてもソレは10秒に1つずつ補充されていき、彼が奥の手を使えば瞬時に全快し続けるという悪夢だ。

 

 

もっと悪いことに彼は死ぬ度に勇者のスキルを乱発し強くなり続ける。

シンプル故に穴がない、彼が自分を無敵と考えるのも道理の極悪極まりないスキル構成だ。

つまり龍であってもラードゥンを殺しきる事は夢物語なのだ。

 

 

 

不可能。

 

 

この三文字だけがどう考えても事実である。

北星奈々子は死ぬためにミズガルズに引きずり込まれた。

それもただ死ぬのではない。最初から希望など何もないと判らされた上で、苦しみぬいて死ぬだろう。

 

 

 

「で、あるか」

 

 

 

皇帝は反論しなかった。

国の威信をかけて召喚した勇者が全くの無駄骨に終わると聞かされてもアルカスはあるがままを認める。

 

 

 

「しかし時間を稼ぐことは出来るでしょう。

 竜王を避け、彼の軍を削り続けさせるのです」

 

 

 

 

「稼いだ時間で如何に?」

 

 

 

アルカスはプランを見下ろしながらもただ見ている。

彼はあえてプランに言わせようとしていた。

 

 

アリストテレスは少しだけ瞼を閉じ、己の罪を確認していく。

 

 

 

何の関係もない無垢な少女を巻き込んだこと。

また勇者という名前の生贄を認めてしまったこと。

そして、大人としてルファスの様な子供たちが傷つけられても当然という間違った世界を作り上げてしまったこと。

 

 

 

使命から逃げ続けていること。

本当はもっと早く決意していれば竜王など物の数ではなかったというのに、対処を誤り続けてしまったこと。

何故か脳裏にルファスの顔が浮かんだ。

 

 

 

「自分が竜王を倒します。

 勇者の作った時間でその為の準備を整えましょう」

 

 

 

如何に? という当然の問いかけにプランは人としての道を踏み外すことを理解しながらも言うのであった。

 

 

 

「幸い自分は竜王と同じくこの世の理から外れた者達のサンプルを所持しています。それらを用いて一種のキメラを作るつもりです」

 

 

「完全複製は不可能でしょうが、戦闘に特化させた使い捨ての駒なら作成できるでしょう」

 

 

 

原理として【狼の冬】に近い。

要はマナを弄りまわし、新たな命を作り出すのである。

 

 

 

ヘルヘイムの“魔王”及び“吸血姫”を複製すると彼は言っている。

そればかりか、今まで抑えていたアリストテレスとしての残忍性を完全に発揮した結果、究極兵器の図面さえ彼の頭には浮かんでいる。

 

 

これなるは命を弄ぶ外法。

魔王はともかくベネトナシュに知られたら怒り狂った彼女が竜王よりも素早くミズガルズを破壊しつくしかねない博打だ。

いや、それどこか“兵器”の制御に失敗した時点で何もかもが終るだろう。

 

 

それだけではない。

抑え込んでいたアリストテレスとしての思考を回して行けば頭の中には夥しい数の兵器の草案がひっきりなしに浮かび続ける。

どれもが世界を永遠に変えてしまう極悪な代物ばかりで、使い方を間違えれば人類は己の手で滅亡を迎える事だろう。

 

 

 

「……」

 

 

 

アルカスはプランの宣言を聞きながら遠くで勇者と楽しそうに会話を続けている天翼族の少女を思い浮かべる。

どうやら彼女──ルファス──は実力を隠している様であったが皇帝は既に一目見た時より気が付いている。

伊達に超帝国の帝を務めあげているわけではないのだ。

 

 

あの少女の力は恐らく、自分も含めてこの国の誰よりも強大であると彼は悟っていた。

そしてこの男がここまで変わったのはあの少女によるものだなと彼は瞬時に把握した。

 

 

良くも悪くも彼は変わった。

そして今回はどうやら随分と悪い所が出たようだとアルカスは判断した。

 

 

だから彼は断ずる。

皇帝である故に非情な決断をする必要に駆られる時も彼にはあるのだから。

 

 

 

「否だ。勝手なことをするなアリストテレス」

 

 

 

プランの眉が微かに動いた。

顔色一つ変えないが、視線だけが少し鋭くなった。

これが最適解だというのに、どうして? と彼は問うていた。

 

 

本来の貴様なら直ぐに判るだろうに、と皇帝はため息を吐きたくなったがあえて口にすることにした。

皇帝アルカスは堂々とプラン・アリストテレスに断ずる。

 

 

 

 

「自惚れるでない! 

 卿一人に全てを任せてもしも失敗したらどうするのだ!!」 

 

 

 

 

「これはミズガルズを生きる命全てを巻き込む難題!! あらゆる人種、あらゆる国家が一丸となって挑むべき試練!!」

 

 

 

3メートルの巨躯の所々から煙が吹き上がる。

間違いなく彼もまた人類最大最強の帝国の皇帝であり、人類の未来を担おうとする男なのだ。

確かにプラン・アリストテレスに任せれば解決するかもしれない。

 

 

 

しかし、アルカスはこの男がそれを果たした後は何一つ後片付けすることなく果てるつもりだと見抜いていた。

あらゆる面倒ごとを放り投げ、自分一人で消え去るつもりだと。

 

世界に対する無関心と、自分自身の命に対する虚無感が悪化していた。

 

 

何という傲慢。

何という短慮。

かつての彼では見られなかった生の人間としての愛すべき愚かしさ。

 

 

まだ何か言いたげな顔をするプランに彼は叩きつける様に一喝する。

 

 

「先の計画、最低限の準備に留めよ!! 

 仮に竜王を葬る事が叶ったとして、吸血姫の逆鱗を踏みにじって何とするか!!!」

 

 

 

ベネトナシュの怒りとは即ちミョルニルの怒りである。

彼女と戦うという事は全ての吸血鬼が敵に回るということだ。

つまり、竜王を倒したとしてもその後に来るのは限りない人類同士の内戦だ。

 

 

そんな三流脚本など誰も求めてはいないのだ。

 

 

 

「これは人類すべての問題である!! 

 “人類共同体”を構築する身でありながら、己のみで全てを背負おうとするなど身の程を弁えよ!!」

 

 

 

「その程度の事が、何故わからん!!??」

 

 

 

アルカスの覇気を前に数秒の間言葉を失っていたプランであったが、やがて彼は恭しく頭を下げた。

自分の中にある焦りを彼は認識し、気恥ずかしさを抱いていた。

 

 

「……出過ぎた無礼をお許しください」

 

 

 

「よい。卿ほど人類の未来を案じている男を吾輩は知らぬ。

 しかし……此度は悪い面が出たな」

 

 

 

ポンっとアルカスはプランの頭に手をやった。

指の一本一本がプランの首と同じくらいの太さを持つ巨人の掌がくしゃくしゃと髪を撫でる。

ニカっと彼は白い歯をむき出しにして笑った。

 

 

 

「卿の働きで数多くの種族と国家が一つになりつつある。

 まずは知恵を出し合おうぞ!」

 

 

 

「吾輩のこの肉体美を以てすれば、者どもの脳髄に電流が走り抜けること間違いなし!!!」

 

 

 

興奮してきたのかまた上着を脱ぎ捨てたアルカスが堂々たる肉体を披露し、筋肉を隆起させる。

ムキッ、ムキッ、という擬音が聞こえそうな程に力こぶが現れたり消えたりを繰り返している。

 

 

 

「筋肉は脳とも称される!! 

 故に吾輩は全身が脳であり、とても賢いのだ!!!」

 

 

皇帝とは思えない程に人懐っこい笑顔でアルカスは頭を輝かせながら断言し、彼の無茶苦茶な理屈を聞いたプランは苦笑するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※ 「水」属性のマナを活用すれば生きた流体を【錬成】で生成できる可能性が高い。

 

 

※ 「木」属性のマナをふんだんに宿した木龍の木片が手に入れば魔神族にヤドリギの様に植え付けて誰でも外部からコントロールできるだろう。

 

 

※  それだけじゃない。胞子の様に拡散させることで魔神族に感染を広げる事も視野に入る。

 

 

※  オークの繁殖能力(優先度5)を応用し魔神族と交配させれば安定してオーク肉を供給可能と思われる。

 

 

※  “トラップタワー”をプルートに設置し、ポップしてくる魔神族を全自動で抹殺/加工する仕組みを用意するべきか

           

 

※  魔神族という魔法を装備可能にするグリッチを公開するのも悪くはないかもしれない。もしくは彼らのソースコードを開示するのも考慮しておこう

 

 

※ “究極兵器”とは女神アロヴィナスの力を直接加工して作られる一種の癌だ。未だ草案でしかないが、既に完成の目途と前提技術の取得計画は進んでいる。

 

 

 

 

 

しかしそれでも……。

頭の片隅では彼のアリストテレスは新たな兵器の図面を囁き続けていた。

一つ生まれ落ちるだけで世界を壊しかねない力を無数に───。

 

 




魔神族とか言う無駄にするところがない最高の資源。
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