ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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エクスゲート。


天力と魔力を巧妙に扱う事で他所と此処を繋ぐ事ができる。
しかしこの回廊を術者ではない第三者が通るには「心からの同意」が必要である。
ちなみにゴーレムなどは道具判定なので同意は必要ない。


ルファスの“エクスゲート”!

 

ルファスにとってクラウン帝国へ訪れることになったのは色々な意味で幸運であった。

自分と同等以上に戦える力を持つ勇者と出会えた事や史上最大の帝国を治める皇帝を間近で見れたのもそうであるが、何よりエルフと出会えた事が彼女にとって最大の良かったことである。

エルフは天翼族と対を成す種族として見られており、最も魔力の扱いに長けた種である。

 

 

ちなみに吸血鬼は半ば魔物として見られている節があるため、天翼族としては関わりたくさえない様だった。

 

 

 

話を戻そう。

ルファスはエルフとの繋がりを求めている。

何故ならばエルフはあらゆる薬学に精通していると言われているからだ。

 

 

彼らの住まう森は非常にマナが豊富である事で有名だ。

何せ木々の大本には龍が眠っているのだから、それが僅かに零す程度のマナであっても矮小な人類からすれば想像を絶する密度になる。

そんなマナや森の恵みをエルフたちが加工して利用するのは当然の流れといえよう。

 

 

 

彼らの作るポーションは非常に高品質であり、怪我だけではなく病気や呪の類にさえ効力を発揮する程の優れモノであり、その存在はルファスの目的には欠かせないモノだ。

ルファスはプランを助けたい。全ては己の罪を償う為に───何より、彼と共に生きていくために。

その為にピオスに助言を求め、天法と天力の技術を磨き続けている。

 

 

しかしそれだけでは足りないと彼女は悟っていた。

確かに天法の腕は上がっているかもしれないが、それは遅々としたものだ。

第三者から見れば脅威的としか言いようのない成長速度ではあったが、ルファスは決して満足などしていない。

 

 

 

彼女はこのままではダメだと僅かに焦っていた。

普通の失敗ならば天翼族の長い寿命を以てすればどうとでも取り返せるかもしれないが、命だけはどうあっても戻らない。

失いたくない。死んでほしくない。生きていて欲しい。それだけが彼女を突き動かしている。

 

 

 

 

だからこそルファスにとってこの機会はまたとない好機といえた。

ほんの少し前までであったら興味さえ抱かない存在と知識を求める事になる、それもまた人生の妙なのかもしれない。

 

 

 

 

「メグレズ、少し話をしないか?」

 

 

 

プランが無理に動かした勇者の身体の調整などを行っている最中、ルファスはマルクトにおいてメグレズとアラニアに宛がわれた屋敷を訪れ、若きエルフの少年に話かけていた。

エルフの趣味を反映された館はそこらかしこに植木鉢などが置かれており、ここが大都会の真ん中だということを忘れる程に緑豊かな環境であった。

 

 

 

「勿論。君には此方からも聞きたい事がいっぱいあったんだ!」

 

 

 

嫌な顔一つせずメグレズはルファスに返す。

どうやらアラニアは現在仕事でいないらしく、彼もまた暇を持て余していたようであった。

暇つぶしに読むつもりだった予定の何冊かの本を置いてからエルフの少年はルファスに微笑みかけた。

 

 

 

「先の件は失礼した。

 勇者に手っ取り早くミズガルズの事を知ってもらうためには、多くの人類種を直接紹介するのが得策だと思ったんだ」

 

 

 

「ああいう行為は事前に打ち合わせをしてから行うべきだったというのに。

 私の我儘に付き合ってくれてありがとう」

 

 

 

まず最初にルファスは謝罪を述べて頭を下げる。

以前ならば凄まじい渋面を浮かべただろうが、今は違う。

その行為に彼女は何の抵抗もなかった。

 

 

余りに数年前と違うルファスの態度と立ち振る舞いにメグレズは一瞬だけ唖然としたが、直ぐに慌てて彼女の言葉を否定した。

 

 

 

「いいんだ! 

 僕としても勇者様とどうやって話そうか考えていた時だったから渡りに船だったんだよ」

 

 

 

「そう言って貰えると助かる」

 

 

 

ふふ、とルファスは微笑んだ。

あのルファスが、だ。

ユーダリルで見た時は物凄い警戒心で周囲全てに全く気を許していなかった彼女の変わりようは、本当に理解の外にあるとしか言いようがなかった。

 

 

普通ならば察するだろう。

先にルファスが言ったように“色々”あったんだな、と。

だがしかしメグレズは長命種として呑気な所も多いエルフの中でも変わり種の男であり───言ってしまえば好奇心旺盛な少年だった。

 

 

もしかしたらこれが逆鱗になるかもしれないと察しながらあえて彼は言ってみた。

 

 

 

「本当に……何があったんだい?」

 

 

たった2年。

人間からすれば2年あれば変化は当然と思うかもしれないが、エルフや天翼族のスケールからすれば余りに短い時間での変容に彼が興味を持つのは当然であった。

そして聞かれたルファスは……俯いた。

 

 

瞳の中には数えきれない程の感情が渦巻いており、それらはぐちゃぐちゃにかき混ぜられている。

一度、二度、口を開こうとしては止めてを繰り返す。

怒られることさえ覚悟していたメグレズにとってこれはまたしても予想外であった。

 

 

 

たっぷり数秒、考え込んでからルファスは顔を上げる。

彼女は隠そうと一瞬だけ思ったが、直ぐにそれはやめた。

頭に浮かんだのはかつて彼がユーダリルについて語った言葉だった。

 

 

 

 

───大事なのは彼が多くの人々の心を動かしたという所なんだ。

 

───彼は正直、商人としてはそこまで成功していた訳ではなかった。

 

───だけど彼の忍耐と信念に多くの人々が彼を信頼し、力を貸した……“魅力”という立派な力を彼は持っていたのさ。

 

 

 

 

ユーダリルはきっと自分よりもレベル的には遥かに低かったはずだ。

商人としても飛びぬけて成功していたというわけでもなかった。

しかし彼は努力し数多くの人々の心を動かした結果、永遠の名誉を得た。

 

 

 

まずは“信頼”を築くべきだとルファスはあの話を思い返し、答えを導く。

その為に必要なのは自分が相手より強いからといって傲慢な振る舞いをすることでは断じてない。

 

 

誠実に。

さすがに全てをぶちまける事は出来ないが、嘘はつかない。

それはルファス・マファールの在り方ではないから。

 

 

 

「自分の愚かさを思い知ったんだ。

 何もかも失ったと思い込んで、私は私であることさえ投げ出そうとした」

 

 

 

「…………」

 

 

 

15歳の少女が語るには余りに壮絶な発言にメグレズの顔が歪む。

彼とてアラニアの付き添いで各国を回った経験がある。

天翼族の性質についても知っているのは当然だ。

 

 

白い翼だけを信奉する天翼族において漆黒をもって産まれる。

しかしそれが意味することの本当の重さを彼はルファスの言葉から悟った。

 

 

 

「レベルだけが強さだと思っていた。

 ただレベルだけ上げていれば、どんな事だって出来るって思い上がっていたんだ」

 

 

 

「それは仕方ないことだよ。皆そう思っている。君に限った話じゃない」

 

 

 

メグレズの反論は最もであった。

なまじステータスやレベルという判りやすい強さの物差しが存在することによって、それを基準とした社会が構築されるのは当たり前の話だった。

 

 

レベルは無情だ。

努力が数値として表れていると思う者もいるだろうが、大勢の人々にとってこれは己の無力さを突きつけてくる絶望でしかない。

死ぬ思いをして戦いを繰り返そうと一向に上がらないソレに比して、生まれながらの強者が存在するという理不尽と不公平。

 

 

どれだけ強い思いを抱こうと、決して越えられない強者と弱者を隔てる壁。

有史以来、数えきれない程の人々がこの概念の前に絶望を抱いたことだろうか。

 

 

 

そしてステータスには数字しか書いていない。

ただの数字の羅列だけがその者を無機質に表してしまう。

そこに至るまでどれだけ苦労したか、どんな性格なのか、何を愛し、何を嫌いなのか、何も書いていない。

 

 

 

 

レベルとステータス。

この二つの概念は全人類に端的に突きつけてくるのだ。

 

 

“お前はモブだ”と。

決して晴れ晴れとした活躍など出来ない。

ただ黙って強者に蹂躙されていろ、そんな乾いた現実を。

 

 

ヴァナヘイムで嬲られていた時、何度ルファスはあんな奴らになってたまるかと思ったことか。

しかし強い力を手に入れた時、彼女もまた同類になってしまっていた。

 

 

 

「……助けてもらったんだ。

 私よりずっと弱いとおもってた人たちが、私には絶対に出来ない事をやってのけた……!」

 

 

 

 

ルファスの魂はあの夜、焼かれていた。

この世にはレベルでは測れない強さがあり、それこそが最も美しいのだと知ったのだ。

 

 

 

狂い果てた自分を信じ続けたカルキノス。

己の命を顧みず、こんな馬鹿な小娘がかつて吐きつけた願望を叶える為に全てを賭したプラン。

レベル的には遥か格下で、比べようもない程に劣っている筈なのに、母を死から救い出したピオス。

己の身が危険に晒されるかもしれないというのに秘密を明かしたアリエス。

 

 

 

そして……あんなに見下していたのに、あんなに不愛想だったのに。

何一つ良い事なんてしなかったのに、そんな事どうしたと言わんばかりに手を伸ばしてくれたリュケイオンの人たち。

 

 

ああなりたいとルファスは思った。

そして同時に力しか取り柄の無い自分がああいった人々を守るのだと彼女は決めていた。

 

 

その為にも彼女はプランを絶対に助けたいのである。

まだまだ未熟な自分には彼の導きが必要なのだと。

 

 

 

 

「どうすれば近づけるか何てまだ判らない。

 だけど、まずは大切な人を助けることに全霊を尽くしたいんだ」

 

 

 

メグレズの眼を見てはっきりと言う。

だから、貴方達エルフの知識を下さいと。

それがどれだけの無茶か彼女は理解している。

 

 

 

 

エルフにとってポーションを始めとした薬品は主要商品であり、国家基盤とさえいえる。

それの製作法を教える? とんでもない話だ。

今のルファスには信頼がない。レベル云々を秘匿されている以上、少しばかり大人びた少女でしかないのだから。

 

 

 

が、プラン・アリストテレスの弟子として世間では扱われているルファスが言えば話は変わる。

プランはエルフと契約を結んでおり、それを鑑みれば十二分に可能になりえる話なのだ。

 

 

 

「────。」

 

 

 

エルフの少年には急に目の前の少女が何倍も大きくなったように見えた。

歳下の筈のルファスが己よりも何倍もの年月を過ごし、経験を積んだ大人に見えたのだ。

 

 

彼とてただのうのうとエルフの森で怠惰に過ごしていたわけではない。

他のエルフたちに比べても社交的で、特に外界への好奇心は何者よりも強いという自覚がある。

族長の息子という立場でありながら無理を言ってロードス王に何度も何度も要望を送り、アラニアの付き人兼弟子という立場を手に入れる程に彼の好奇心は強い。

 

 

 

しかし、しかし……それでもまだ自分は未熟だと彼はルファスを見て悟った。

このたった15歳でしかない少女にここまで言わせるほどの経験とは、いったいどれほど壮絶なものなのか彼には想像も出来ない。

 

 

 

本音を言えば了承してしまいたかった。

しかし、彼もまたエルフの代表たるアラニアの付き人。

いきなり「はい。判りました」等とは口が裂けても言えない。

 

 

 

発言には責任が伴う。

それも彼のような役職もちなら猶更だ。

軽はずみな事は言えない。だからといって曖昧な事を言いたくもなかった。

 

 

ルファスは本音を話してくれた。

ならば彼も相応に現状を語るのみ。

 

 

 

「僕には決定権がない。

 ポーション関連の話になると、それこそ僕たちエルフの基盤に関わる話題だから」

 

 

「君の想いは気高く尊いモノだ。だけど、今はまだ手を貸す事は出来ない」

 

 

 

メグレズは断言する。

今は貴女の望むモノを与える事は出来ないと。

 

 

 

ルファスの表情に変化はない。

彼女とて今回いきなり了承を貰える等とは思っていない。

自分にはあらゆる面で信用や信頼が足りていない事を彼女は理解している。

 

 

 

言わばこれは“とっかかり”であった。

エルフという種にいずれ接触していく際、自分の事を判ってくれている人がいると色々と都合がいい。

出来るだけ早いのが好ましいが、焦りすぎて機会を逃すつもりも彼女にはなかった。

 

 

 

知識を得る為にあらゆる全てを使う。

自分で思っている以上に彼女は執念深く、何が何でも目的を達成しようとするだろう。

 

 

 

「判っている。ただ今日は、私の事を知ってもらいたかったんだ」

 

 

 

暗い話をして済まなかったと告げるルファスを見てメグレズは近い将来、彼女がエルフの国に来るのは確定したなと思うのであった。

更に面白いことに、ちょうどエルフの国は少しばかりの問題も抱えており、その対処にアリストテレスが出張ってくるのはあり得る話である。

 

 

(荒れるぞ、これは……)

 

 

 

ルファス・マファールはとてつもない嵐だ。

良くも悪くも閉鎖的なエルフに対して彼女がどのような影響を与えるか、僅かばかりメグレズは期待を抱き、虚空に視線を向けるのであった。

 

 

 

そして「次はあなたの事を教えてくれないだろうか?」と問われれば、メグレズには断る理由などなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

大地が揺れる。

雲が千切れ、幾つものクレーターが一瞬の内に生成される。

轟音と破砕音がひっきりなしに鳴り響き、それはどれほど巨大な力が衝突しているかを周囲に知らしめていた。

 

 

 

ルファス・マファールと勇者・北星奈々子の模擬戦は、更なる激化を遂げていた。

勇者の理不尽なまでの高ステータスに適応を続けるルファスと、プランの助力がある上に持ち前の才能を花開かせつつある奈々子。

この二人の戦いは準四強同士の衝突といっても過言ではない。

 

 

 

 

「ははははハハハハハハ!!!」

 

 

 

勇者との激戦の中、ルファスは笑っていた。

繰り出される攻撃の一つ一つが自分に決して軽くない痛打を与えるモノである中、むしろそれが良いと。

あぁ、確かに自分には魔物の様な側面があるのだなと彼女は客観的にソレを捉えてもいた。

 

 

 

拳を弾く。

剣を躱す。

蹴りをいなす。

 

 

 

最初は意識しないと出来なかった防御行動は、今や全自動で発動するようになっていた。

勇者が攻撃を繰り出そうとした瞬間、その予備動作から何が来るかを瞬時に察知し、身体は考えるまでもなく勝手に動き出す。

真っ赤な瞳が爛れるように輝き続け、最高の強敵にその視線を固定している。

 

 

 

 

奈々子が右足を大地に踏み込んだ瞬間、翼が動き、彼女の掌打を叩き落とす。

弾かれた衝撃は近場の岩を5つほど砕いた後に、大地に大穴を開けるに至った。

 

 

腰を捻るような動作をすれば、直ぐに切り上げが来ると悟り、身を反らす。

ルファスを切る筈だった飛ぶ斬撃は空に浮かんでいた雲に深い亀裂を与えた。

 

 

 

 

同等の敵との戦いはルファスにとてつもなく貴重な経験を与え、彼女の戦闘能力を更に研ぎ澄ましていた。

そして奈々子もまた彼女との戦いにおいて凄まじい速度で成長を続けている。

最初は全てプランが動かしていたというのに、今ではその頻度も半分程度にまで下がっていた。

 

 

たった数日の稽古をこなすだけで5年間プランの元で鍛錬を積み、レベルを800まで上げたルファスと互角以上に渡り合う。

“勇者”とはかくも理不尽な存在と思ってしまう程の成長速度であった。

 

 

 

が、ルファスはそのことに嫉妬を始めとした負の感情を抱いてはいない。

自分が挑まれる側であろうと、挑む側であろうと、いつだって彼女は全力なのだ。

そして何より───。

 

 

(きれい……)

 

 

 

圧縮された時間の中、ルファスは勇者の眼を見てそう思った。

真っ赤な瞳は奈々子の変色した蒼い瞳だけを見ている。

とても鮮やかで美しい瞳、宝石の様なソレはルファスを見つめ返している。

 

 

 

外部からすればほんの一秒にも満たない刹那。

しかしルファスからすれば数時間にも及ぶ圧縮世界。

戦いという極限状態の中、ルファスは勇者の瞳を凝視していた。

 

 

まるで高質量の恒星の様な眩い輝きを放つ蒼はため息が出る程に美しい。

そしてソレを通して彼女は───。

 

 

 

 

時間の進みが戻る。

奈々子が後方に軽く跳ねて20メートルほどルファスと距離を取った事により仕切り直しになったのだ。

元より今までの交叉など彼女たちの戦闘能力を考えれば軽いお遊びのようなもの。

 

 

 

大地に空いた巨穴も。

空の歪な形をした千切れた雲も。

つい先ほど形成された地割れも。

 

 

全て些事である。

地形を書き換える戦いなど、余波でしかなく、両者に傷はない。

ほんのちょっとだけ息が上がっている程度だ。

 

 

 

 

ここからが本番だと両者は知っている。

それに対してルファスは喜びを抱き、奈々子はちょっとばかり引いていた。

 

 

 

嬉々として天変地異の如き戦いをこなすルファスと、それに悪くないと思ってしまう自分に。

おかしい。自分は平和な日本生まれ日本育ちの筈。

バトルジャンキーの筈ではないのにと。

 

 

 

「準備運動はこれくらいでいいだろう」

 

 

 

「うへぇ……」

 

 

 

ルファスの言葉に奈々子はがっくりと肩を落とし、剣をカランと音を立てて零す。

断じてこの稽古が嫌いなわけではない。

戦うルファスさんはかっこいいし、プランさんはすごくいい人だし、何よりこれは後の自分の為に必要な事だとしっかり理解している。

 

 

 

ちょっとだけ……今までの自分の価値観がミズガルズのソレに塗り替えられていくのが嫌だった。

地球の人間からかけ離れていくほどに本当に帰れるのかと思ってしまうのだ。

だが、微かに湧いてきた疑念はすぐさま消えてなくなっていく。

 

 

 

 

『勇者』とは迷いなく人々を救う存在だと女神は定義しており、その存在の役目を果たすのに不要となる感情はこうして沈静化されるのだ。

これを恐ろしいと見るか、便利と見るかは意見の分かれるところだ。

 

 

 

 

「今回は武器やスキルの使用もありの、無制限でいいんだな?」

 

 

 

「うん。勇者様も力の扱い方に慣れてきたみたいだし、ここらへんで一度実戦形式の本格的な戦いをしてみようと思う」

 

 

 

あれだけの激戦の近くに居たというのに衣服に汚れ一つないプランにルファスが確認すれば、彼は頷いて答える。

既にルファスと奈々子が模擬戦を始めて三日目となる。

当初あった自分の力への“疑い”も消え失せ、勇者の絶大な戦闘能力に慣れ始めた奈々子を見てプランはそろそろだと判断したようだ。

 

 

 

 

全身全霊の、後先を考えない力を出し尽くした戦い。

奈々子とルファスの本気のやり合いは双方にとって大きな利になるだろう。

 

 

 

ルファスは腰から剣を引き抜き、何度か素振りしてから大上段に構え、翼を大きく広げた。

奈々子もまた先ほど落とした剣を拾い上げると両手で握りしめた。

締めにプランの【一致団結】が発動され、勇者に接続される。

 

 

 

 

「では───始め!」

 

 

 

プランの言葉を合図に両者は同時に大きく大地を蹴り出す。

余りの衝撃に大地が軋みを上げた。

 

 

 

 

翼を折り畳みながら滑空する様に突き進むルファスは容赦なくスキルを行使する。

まずは【クイックレイド】を彼女は用いる。

一発一発の威力が低い代わりに連射に優れた剣士の基本攻撃スキルであるが、準四強級の力を誇るルファスが使えば話は別だ。

 

 

どんなスキルであっても大事なのは地力と使い方とはよくいったものだ。

 

 

総数3600の斬撃の暴力は哀れにも巻き込まれた砂利などを文字通り摩り下ろす程に過密なものである。

縦横無尽の斬撃の嵐は竜さえも軽々と加工肉に変えてしまう死の暴風といえよう。

普通なら間違っても人間に使う技ではない。こんなモノを受けてしまえばどんな人であっても跡形も残らない。

 

 

 

しかし『勇者』は特別な存在だ。

ルファスが天翼族という種から生まれた例外とするならば奈々子は女神に選ばれた特別である。

 

 

 

奈々子は蒼い瞳を輝かせながらあえて斬撃の渦中に突っ込んだ。

 

 

自分を切り裂く斬撃のみ切り払う。

それ以外は全て躱す。

身を低くし、身体を捻り、時には軽く跳ねて、3600の斬撃の渦を彼女は無傷で突破し、眼と鼻の先にまで迫ったルファスに向けて剣を上段から振り下ろした。

 

 

 

瞬間『勇者』としての補正がその身体能力に補助を与えていく。

何処とも知れぬ場所から天力が流れ込み、奈々子のステータスは決して無視できない値上昇する。

 

 

 

 

【マキシマム・パワースラッシュ】

 

 

 

勇者のみが扱えるパワースラッシュの上位互換スキルを彼女は行使する。

効果は単純。凄い強い一撃を相手に浴びせる【パワースラッシュ】を更に強くしたものだ。

つまり、もっと強い一撃を叩き込むというシンプル極まりないモノでしかない。

 

 

 

だが本来ならば99999ダメージが上限であり、それ以上の数値は出せない筈であるが───このスキルはその壁を超える事を女神より許可されている。

一桁多い999999ダメージ、つまり100万ダメージを与える事が可能なのだ。

人外の膂力に加えて女神の寵愛さえ受けて放たれるソレの一撃は推して知るべし。

 

 

 

放とうとしている奈々子でさえ剣を振り下ろす瞬間「ヤバい」と思ってしまうスキルであった。

僅かに天力を帯びて輝く長剣がルファスへとギロチンの様に堕ちていく。

あたれば100万ダメージ。今のルファスなら10回死んでもまだ足りない殺意の塊だ。

 

 

 

プランさんは何を──と奈々子は焦りながらも身体は戦闘の為に動き、その動作に一切の陰りはない。

彼女は思考と指先を切り離して動かせることが出来る。

結果、頭脳の焦燥に対し身体は「プランとルファスを信じる」という結論を出していたのだ。

 

 

プランだけがじっと二人を見つめている。

左腕の指先が万が一に備えて銃へと伸ばされているが……彼はソレをまだ抜かない。

 

 

ゆっくりと剣が自分の頭めがけて落ちてくるのをルファスは見ていた。

実際はとてつもなく速いが、過剰に分泌される脳内物質が彼女の観測する世界を戦闘時よりも更にゆっくりとしたものへと変えてしまっている。

 

 

 

濃厚な『死』をルファスは感じた。

アレが当たったら死ぬと彼女は確信した。

奈々子の一瞬だけ見せた表情からこれはプランがやった事だと判断し…………彼女は心から喜んだ。

 

 

 

知らず知らず壮絶な笑みが浮かぶ。

今の自分に足りないモノを彼は的確に把握してくれているのが嬉しい。

レベル800という高みに昇り、良くも悪くも強者になってしまった自分にはコレが足りなかった。

 

 

 

即ち危機に陥るような事態。

それこそ、命のやり取りで自分が追い詰められる経験である。

九死に一生としか言えない、瞬間的な判断を求められる土壇場の経験を彼は自分に積ませたがってるのだとルファスは瞬時に理解した。

 

 

 

(打破の為のピースは既に集まっている───!)

 

 

 

どうすればいいかなど判っている。

予習はばっちり。

 

 

右翼に天力。

左翼に魔力。

ピンっと伸ばした翼の先端でそれらは混ぜ合わされ、世界に欠落が生じた。

 

 

 

ルファスの背中に瞬時に空間の乱れ───【エクスゲート】が形成され、天翼族の少女は躊躇うことなくその中に身を潜り込ませた。

数万分の1秒後、ルファスのいた個所に勇者の剣は墜落し、地平の果てまで続く剣戟の後を刻みつけるに至る。

 

 

 

消えた!? と奈々子の瞳が驚愕に見開かれる。

が、それも刹那。

原理は判らないが、ルファスは何らかの手段で己の攻撃をかわしたのだと理解し、周囲に警戒網を張り巡らせ、己の右胸に何かが当たって───。

 

 

 

 

ミシ、という自分の骨が軋む音を奈々子は聞いた。

眼球だけが動く。痛みはほぼない。勇者の補正が働き痛みはカットされた。

虚空から現れたルファスの回し蹴りが己の胸部にめり込んでいると遅れた脳が判断。

 

 

 

口角が吊りあがる。

熱くてねばついた液体が込み上げてくるが、飲み干す。

 

 

 

 

パキン、パキンとあばらが砕けていく音を聞きながら奈々子は怯むことなく剣を振るう。

更なる勇者スキルが解禁され、組み合わされる。

 

 

 

【メイルシュトローム・クイックレイド】

 

 

 

剣を一度振るう。

100の斬撃/アタリハンテイが生成され渦を巻く。

『勇者』とは埒外の存在たる魔神王/竜王などを狩るために存在する特別であり、この程度は造作もない。

 

 

 

 

更に更に追撃として【エレメント・エンチャント】を発動。

物理攻撃を行った際、それに【属性】を付与する能力で、本当ならば一回の戦闘で一つの属性しか選択できない余り強いとは言えないスキルであった。

 

 

 

しかし『勇者』は特別である。

勇者はその手の制約からは解放されており、無制限に属性を切り替える事が可能なのだ。

つまり、奈々子はどんな相手であっても弱点を突く事が可能だということである。

 

 

剣を5回振る。

500の斬撃が渦巻きながら形作られた。

それぞれが別個の属性を宿しており、輝きながらルファスを飲み込もうと猛り狂う。

 

 

 

 

100の燃え盛る斬撃。

100の超高圧の水の刃。

100の稲妻を宿す雷閃。

100のどす黒い回復阻害を込められた「月」属性の魔刃。

100の「日」属性の斬撃。

 

 

 

 

5つの斬撃を絡み合わされた渦が廻る。

死の暴風は一度飲まれてしまえばその時点で終わりだ。

 

 

 

クイックレイドの弱点であった一発一発の威力は低いという欠点はコレには存在しない。

先にルファスが放ったソレと比べれば斬撃の数こそ少ないが、一撃あたりの威力は優に10倍を超えており、決して見劣りするものではなかった。

全てが瞬時かつ同時にルファスへと叩き込まれる。

 

 

 

レベル500ほどの竜であっても瞬時に絶命する数の暴力。

 

 

 

「────ハハっっ!!」

 

 

 

笑う。

戦う事が心底楽しい。

プランとは戦いさえ成立させられなかったが、自分と同等程度に拮抗している奈々子との戦いは本当に面白くてたまらない。

 

 

彼女の身体は闘争を求めていた。

 

 

黒翼が脈打つ。

左右それぞれの翼が浮力を全力で生成し、ルファスの身体に“捻り”を与える。

本能としてこうすれば軌道が安定する上に早くなると彼女は理解しているのだ。

 

 

ぐるん、と少女の見ている世界が回る。

三半規管が瞬時に適応し、酔いなどしない。

身体を回転させながらルファスは奈々子の胸部を踏み台にして後方へと跳ねた。

 

 

 

パキ、と勇者の骨が軋む。

常人ならば激痛で動けなくなるが、勇者としての奈々子はこれくらいでは止まらない。

ライフリング構造で射出された銃弾の様に回転しながらルファスは奈々子から距離を取る。

 

 

二度、三度、四度と剣を振りかざし、新たな渦を生成。

 

 

ルファスを追うように斬撃の嵐が突き進む。

空を抉り取りながら迫るメイルシュトロームに狙われながらルファスは再度【エクスゲート】を展開。

今度は逃げる為ではなく、立ち向かう為に。

 

 

 

【エクスゲート】には術に入る事を心の何処かで拒否した場合、回廊に入る事が出来ないという制約がある。

余りに便利すぎる術である故に女神が設けた制約ではあるが、むしろこちらの方が便利な側面もあった。

 

 

 

“私は入らない”

 

 

 

そう決める。

すると足裏がタン、と虚空に展開されていた回廊に着地した。

使い方を変えるだけで【エクスゲート】は何処でも設置可能なオブジェクトにも応用できる。

 

 

 

天地が逆転した視界の中、大地に佇む勇者を見据える。

奈々子はルファスを見ていた。

ルファスもまた彼女と彼女が作り出した渦を見た。

 

 

本当に馬鹿馬鹿しい程の強スキルだとルファスは改めて勇者というクラスの化け物っぷりを再確認する。

しかし奈々子から見ればプランの補助を受けている自分と互角以上に戦うルファスの方こそとんでもない強者なのだが、彼女は知らない話だ。

 

 

 

(私の強みは、これだっ……!)

 

 

 

ルファスは確かに強いが、勇者の様に馬鹿げた特別なスキルをもってなどいない。

が、彼女には一つだけ他の誰にも使えない強み───俗に言う必殺技がある。

プランから教えてもらった特別な技を彼女は最大限に利用する。

 

 

戦闘という極限状態において、彼女の天力/魔力の操作技能は一次元上の段階に到達しつつある。

 

 

右手に天力、左手に魔力。

パンと合掌して【エクスゲート】を己の眼前に生成する。

開かれた回廊の中に勇者の【メイルシュトローム・クイックレイド】が飲まれ、入り口と同時に形作られていた出口……奈々子の真上から出現。

 

 

 

 

奈々子本人が気が付くよりも早く、眼球だけがぎょろりと真上を見て反応し──大渦が彼女を飲み込んだ。

 

 

 

轟音の後にキュルルルルという甲高い金属音がうるさく響く。

岩盤を無数の斬撃が切り刻み、巨大な穴を穿っている音だ。

地中にあった鉱石や岩石が破砕され、粉塵となって飛び散った。

 

 

 

普通なら死んでいる。

良くても戦闘不能になっているはずだ。

これで勝ちだと思うのは当然の話である。

 

 

が、ルファスは一瞬も目を離さない。

勝った、等とは夢にも思わなかった。

 

 

 

「……っ!」

 

 

 

舞い上がった砂埃が切り払われる。

視界が晴れた中に勇者は居た。

身体のあちらこちらに切り傷を負ってこそいるが、戦闘には全く支障のない姿で。

 

 

彼女はペッと口内に入った砂を吐き捨てた。

剣を片手に奈々子はただルファスを蒼い瞳で見つめている。

 

 

 

青白い力───天力が彼女の身体から湧き出していた。

『勇者』の特性なのか、彼女はHPを減らせば減らす程全ステータスに補正が掛かっている様であった。

 

 

 

拮抗していたステータスが突き放されていく。

腕力、速力、生命力……それらの数値が段階を飛ばして跳ねあがり続ける。

人類史に残る勇者に対する挑戦者になったルファスであるが、彼女は臆せず剣を構え……視線を明後日に向けた。

 

 

「?」

 

 

奈々子もまたルファスと同じモノを感じ取ったようで、視線を全く別の方向、遥か彼方のマルクトを見るように逸らす。

ソレの正体に気が付いたプランだけが人知れず眼を細めていた。

 

 

 

何かがこちらに向かって飛んでくる。

それも物凄い速さで。

敵意はない……が、警戒は続ける。

 

 

 

 

やがて着弾。

マルクト方面から飛んできた物体は土砂を巻き上げながら大地に深々と突き刺さった。

 

 

 

 

「柱……?」

 

 

 

いち早く正体に気が付いた奈々子が呟き、眼をパチパチと瞬かせた。

何処かの歴史ある神殿にでも使われていそうな、立派な柱が地面に突き刺さっているのを見て彼女は頭を傾げる。

 

 

 

「何処から飛んで……ぁ」

 

 

 

いやいや、そんな、まさかとかぶりを振る。

身分を考えるにありえない、そう、ありえないだろ、と何度も否定した。

 

 

 

上空で事の成り行きを見守っていたルファスもまた呟き……奈々子より早く気が付いた。

柱の上に誰かが乗っている事を。埃で良く見えないが、とてつもなく大きなシルエットであった。

 

 

 

3メートルを優に超える身長。

1000年を超える大樹の様な分厚いまな板。

フゥゥンという熱くて荒い鼻息。

 

 

ズン、と一歩踏み出すだけで大地が揺れるような錯覚を誰もが覚えた。

ほんの数日前に一度あっただけだというに決して忘れられない存在感。

柱にのって何十キロも何百キロも飛んでくるというプランとは違った方向性の意味不明さ。

 

 

 

 

「吾輩である!」

 

 

皇帝アルカスが両腕を大きく掲げながら現れたのであった。

 

 




ここからルファスによるエクスゲートの悪用が始まります。
むしろ通れないパターンがあるのがあの術の遊べそうな所だと思ってます。
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