ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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本当にルファス様は書いていて楽しいキャラです。
ラスボス化(闇堕ち)と光の狭間を行ったり来たりする危うい感じが
本当に書いていて楽しいものです。



竜王の “かみくだく”!

 

 

 

バリバリという骨がかみ砕かれる音を聞きながら羊は震えていた。

“彼”に名前はまだない。

そもそも個体名を名乗れる程に強い存在ではなく、その命はとても脆かった。

 

 

“彼”はとても弱い存在であった。

だがそれだけならばまだマシだったかもしれない。

彼は弱い上に、とても貴重な価値をもって生まれてしまった存在なのだ。

 

 

 

彼の種族名は虹色羊。

その名の通り、虹色に輝きを発する極めて美しい体毛をもった存在だ。

しかもただ美しいだけではなく、その体毛は極めて強力な加工品の触媒となりうる上に、その他挙げればきりがない程の万能性を持った素材となりうる。

 

 

 

かの名高きアルゴナウタイの船長であるカストールがかつてその存在を求めて旅したこともあるという程に希少で、美しく……弱い存在であった。

 

 

 

そしてこの虹色羊の最大の利点は、その肉を食べれば途方もない力を手に入れられると伝わる事だ。

虹色羊の起源は様々な議論がされているが、おおむね学者たちの見解は一致していた。

 

 

かつて創世の女神アロヴィナスがもっと人に寄り添っていた時代。

女神の愛が世界を完璧に満たし、あらゆる願いがかなえられた黄金の時代。

理想郷と呼ばれる1万年の神の統治世界において虹色羊の先祖は存在していたとされる。

 

 

 

 

理想郷においては争いと呼ばれる概念はなく、善悪もなく、全てが等しく完璧であった。

故に戦いなき世界において虹色羊は繁栄を謳歌しており、当時では特に珍しくもない存在だった。

事態が変わったのは女神が人から離れた後だ。

 

 

 

天翼族の先祖がマナの実を食し、その翼を漆黒に染め上げ、女神を否定したことが切っ掛けであった。

女神は大いに嘆いたとされる。

己の愛を否定されたことが彼女にはどうしようもない衝撃だったのだろう。

 

 

だから女神は考え方を変えた。

与えるだけではダメだと。与えられるのが当然だと思われてしまった、と。

苦しめる事もまた愛なのだと女神は方針を変えたとされる。

 

 

 

女神の怒りを宿した5柱の龍が世界を一度平定したのがミズガルズの血生臭い歴史の始まり。

ミズガルズの民は女神に愛されながらも、女神を裏切ったという咎を背負って生きなくてはならないのだ。

 

そんな黄金時代の残り香を虹色羊はその身に秘めているとされる。

即ち莫大な量の純粋なマナをである。

 

 

 

さて、話を戻そう。

“彼”は己の同族がかみ砕かれる音を聞いていた。

ぷるぷると全身は絶えず震え続け、己の絶望的な運命を悟ってしまった双眸からはひっきりなしに涙がこぼれ続けている。

 

 

“彼”の周囲が蠢いた。

ぎぎぎ、という間接が動く音を彼は聞いた。

今、彼がいるのは大地の上ではなく暗黒の色をした肌の上……巨大極まりない生物の掌の上であった。

 

 

握りこまれていた拳が解かれ、羊は宙を見上げる事ができたが、後悔することになった。

大空を舞うのは無数の竜たちであったからだ。

心臓を凍らせてしまう程の恐ろしい声を上げながら、何十というワイバーンたちが周囲を飛び回っていた。

 

 

 

ぐいっと虹色羊からすれば天がまるで降りてきたと思う程の巨大な顔が近づけられる。

その数は11。

合計22の視線を羊は浴びる事になり、意識を失いかけたが何とか堪える。

 

 

もしもここで意識を失ったら、その瞬間それが最期かもしれないと“彼”は考えていた。

漆黒色の頭が10。それと相反するかの様に純白で、鱗のない首が1。

口を開いたのは純白の首であった。

 

 

『ごきげんよう!! まぁまぁ。そう震えないで。きらくにしてよ』

 

 

子供の様な何処か舌足らずの口調と、声変わりのしていない少年の様な声であった。

こんな化け物から放たれたものとは思えない程に柔らかい少年の声である。

声も出せずに、いる“彼”の足元に生暖かい水たまりが出来た。

 

 

 

『あら? ……しかたないね。ゆるすよ! 

 ぼくは お兄ちゃんたちと違って“かんだい”だからね』

 

 

ねー? と白い首が他の黒い首に同意を求めれば、10の首は人形の様にこくこくと首を上下に動かした。

その瞳に知性はなく、誰がどう見ても主導権は白い頭に握られていた。

かつては偉大にして暴虐の代名詞ともいえた竜王は、今や末弟に完全に心身を掌握され、白蛇の一部へと堕落している。

 

 

『ぼくはお兄ちゃんたちと違うからね。

だから きみを食べたりはしないよ。 あんしんしてね』

 

 

 

この怪物の名は竜王ラードゥン。

“四強”に名を連ねる規格外の生命であり、単体で惑星を更地にできる化け物であった。

十の頭を持ち、一頭一頭が十の竜に匹敵すると言われた竜王は、別名『100の頭を持つ竜』とも言われた存在だ。

 

 

 

そんな怪物の()()()()の頭は煌々と輝く青い瞳を虹色羊に向けて、喜色を感じさせる声で語り掛けていた。

久しぶりに豪華な食事を取れたことで機嫌がいいのだろうか、竜王は裂けた舌をチロチロと覗かせながら話を続ける。

 

 

 

『ぼくは“わるいやく”だから、君みたいな“やられやく”を苦しませないといけないの。

 でも、君のママが君だけはたすけてほしいって言ってね』

 

 

 

うーんと考えるそぶりを白い頭は見せた。

これは小さな希望を与える為の演技などではなく、心の底から熟考している顔であった。

ママと聞いて“彼”は己と共にこの巣に連れてこられた母親の事を思い出し、更に涙を滲ませる。

 

 

微かに、鳴き声に混ざって「めぇ~」と泣いてしまい、白蛇は耳聡くソレに気づいた。

ぱち、ぱち、と瞬きをした後、十一本目は己の兄の内の一本を動かし、羊に近づけた。

 

 

 

『ごめんよ。きみのママだけどね。うん、美味しかった! ごちそうさまでした!!』

 

 

かぱっと首が口を開けばそこにあったのは夥しい肉片と、飛び散った虹色の羊毛であった。

今まで一緒に、この地獄の様なミズガルズで生きてきた母の残骸がそこにはあった。

余りの悔しさと哀しさに羊は更に涙を零し、己の唇を噛み締めて血を流した。

 

 

見せびらかす様に竜の口が閉じ、バリバリ、と残骸さえもかみ砕かれた。

ペッと血に塗れた毛玉が羊の前に吐き出される。

最後に血生臭いゲップの音がした。

 

 

 

『おなかいっぱいなのに、これ以上たべるのはよくないよね。だから、君はにがしてあげる』

 

 

 

生き残れて嬉しいでしょ? と白蛇は無遠慮に言った。

竜王は心の底から自分が良いことをしたと思っているらしく、何度も顔を上下に動かし、気分良く鼻歌を垂れ流している。

 

十の頭が宙を見上げる。

天力と魔力が吹き上がり、膨大な力の循環が生成された。

空間が歪む。天と魔の力が交互に重ね合わされ、世界の一部が欠落している。

 

 

生じるのは此処ではない何処かへと繋がる回廊。

本来不可能な行為を竜王は莫大な力に任せて無理やり行使していた。

宙に穿たれた“門”を見ながら白い竜は己の知識を自慢する様に羊に語り掛ける。

 

 

 

『ねぇ知ってる? このせかいは女神さま(ママ)のおっきなおもちゃ箱なんだよ。

 だれもかれも、みーんな女神さま(ママ)のおにんぎょうさん!』

 

 

でもね、と言葉を区切る。

 

 

『ときどきね! 

 “わるい子”が出てくるんだ! 女神さま(ママ)のよていにはない、だめな子!

  ぼくはいっぱい いっぱい “おめめ”をばらまいてるから 

 どこでうまれそうか わかるの!!』

 

 

 

 

竜王は興奮を隠し切れない様に言葉をまくしたてる。

さながら幼子が自分の言葉を相手の都合も考えずに騒ぎ立てるように。

 

 

 

『だから女神さま(ママ)に代わってぼくがそういうのを倒すんだ。

 そうすれば、いつかぼくも“りゅう”になれるかも! それがぼくの夢さ!!』 

 

 

例えば地の底、地獄とも呼ばれる大地に君臨する魔王。

例えば海の底、深海をも超えた深淵でいずれ誕生するかもしれない夢見る邪神。

例えば夜の国、強さを求め、いずれ女神の法を乗り越えかねない吸血鬼の姫。

 

 

例えば……いずれ何もかもを破滅させかねない黒い……。

 

 

 

空間の歪みが完成し、それは虹色羊の身体を吸い込み始める。

何処に送られるのかなど誰にも判らない。

それこそこの術を行使した竜王にさえ正確な予想はできないかもしれない。

 

 

羊は泣いた。恨みさえなかった。

余りに桁違いの存在を前にし自分だけが助かったと思ってしまい、母を食い殺されたことへの憎悪さえも生まれない。

ただ、ただ、泣いた。

 

 

虹色羊とは食われるだけの弱い存在なのだから、これは仕方ない事なのだと“彼”は全てを諦めていた。

 

 

『じゃあね! ばいばい!! 君もキミの“おやくめ”をがんばってはたしてね!』

 

 

悪意なく投げかけられた言葉の刃に羊は、力なく項垂れる事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「慈悲深き主なる女神の加護のもと、永久の安寧をこの御霊に与えたまえ」

 

 

 

何度も繰り返した祝詞をプランはまた唱える。

何度繰り返そうと彼はこの言葉を口にする時、気を抜いたりなどはしない。

彼は祝詞を唱え終えると、眼前の男女───子を失った親───から生前この夫婦の息子が大事にしていたという質素な人形を受け取った。

 

 

人形を隣に控えるピオス司祭に渡し、彼は男女の目を見てから頷いた。

やはりというべきか彼らの目には深い悲しみがあった。

 

 

「アリストテレス様……よろしくお願いします……」

 

 

項垂れた様子で男女は一言だけ告げて立ち去る。

 

 

ミズガルズ、ひいてはリュケイオンに雨季が訪れようとしてくる頃。

プランは開催が迫りつつある“子隠し”の餌食になった子供たちの慰霊祭の準備を行っていた。

街の至る所に飾り付けが施され、亡くなった子供たちの思い出の品が次々と集められてくる。

 

 

 

あの哀れな怪物との一件をプランは完全に街の住人達に打ち明けていた。

隠していても無駄であるし、何より“諦め”を付ける必要があった。

いつか我が子が帰ってくるかもしれない、自分の子は大丈夫、あの子が死ぬわけがない、という縋るような思いを断ち切る為に。

 

 

 

ミズガルズでは命はとても軽い。

直ぐに戦争が起こり、魔神族という人類を付け狙う害悪が闊歩し、“四強”に代表される化け物たちがうじゃうじゃ蔓延る魔境だ。

そんな世界において、いつまでも失って帰ってこない過去を見ていては未来という絶望に押しつぶされるだけなのだ。

 

 

 

だからこそ、これは痛みを伴うがやらなくてはならない事であった。

もう自分の子供が帰ってこないという事を受け入れ、先に進むための儀式である。

街の人々も其れを判っているが故に、何も言わず、黙々とプランに子供たちの遺品を渡し続けていた。

 

 

中にはプランを「役立たず」と罵倒をする者もいた。

とりわけ難産でようやく産んだ子を奪われた者、不妊に悩まされながらもようやく授かった子を失った者は感情が抑えきれなかったらしい。

 

 

口々に彼らはプランを糾弾した。

 

 

「なんで助けられなかった」

 

 

「返してください」

 

 

「最期の会話があんな内容だったなんて認められない」

 

 

「せめて亡骸だけでも」

 

 

まだまだ、ここには記しきれない程の後悔をプランは叩きつけられていた。

これらを述べた者は誰しも我が子の為なら死んでも良いと思うほどに愛が深い者たちであったが

()()()()()()()はあったとしても()()()()()()()覚悟はなかっただけなのだ。

 

 

 

そんな彼らに対してプランは何も言わず瞑目し、頭を下げるだけであった。

彼らが全ての感情を吐き出すまで、もう少し時間がかかりそうであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

淀んだ空を見やりながら、ルファスは同じ内容の祝詞を一回一回、誠心誠意唱え続けるプランを見つめていた。

ここ数日彼女はプランからの手ほどきを受けていない。

最初は面白くない彼女であったが、理由が理由だけに身を引いて黙って自分たちの後見人を眺めている。

 

 

屋敷の二階、自室の窓から外を眺める彼女の目線の先には数多くの感情に晒されるプランがいた。

感謝や激励を多く貰っているが、それと同じくらいの量の罵倒を受けているプランが。

 

 

何であの人は謝っているのだろうかと彼女は頭を傾げていた。

ルファスは目の前で“子隠し”が消し去られる瞬間を見ていて、今になってソレがどれだけの偉業だったのかを悟りつつあった。

リュケイオンにおいて、彼以外では誰もアレを倒しきる事は出来なかったのに、どうして功労者であるあの人をみんなが責め立てているのかが判らない。

 

 

 

いつか殺してやるという思いは変わらないが、それでも戦功をあげた者が何も報われず、むしろ寄ってたかって糾弾される理由が彼女にはとんと判らなかった。

ただ祈りを捧げ、頭を下げ、己の無力さと不甲斐なさを認めるプランの姿は彼女からしたら腹が立つモノである。

 

 

 

「なんであいつは頭を下げているんだ。

 もっと胸を張ればいいのに……」

 

 

苛立ち紛れに彼女は呟いていた。

何故か判らないが、あの男が馬鹿にされるのはイライラする。

そんな彼女の隣に母がやってきて、肩に手を置いた。

 

 

 

いつも通り優しいながらも、何処か硬質な声で彼女は言った。

当然娘があの夜、どんな目にあったかを聞かされていた彼女は、かつては大貴族の女であった側面からの考えを言う。

 

 

「プラン様はこの街の領主様なの。

 だから……多くの人の思いの矢面に立たなくてはいけないのよ」

 

 

 

貴族とはそういうものなのとアウラは未だ世界の在り方を知らない娘に聞かせた。

何だそれは、とルファスは母の話に余計に頭をひねった。

そんなものただの生贄、感情のはけ口でしかないじゃないかと。

 

 

彼女の知る“貴族”とはヴァナヘイムでふんぞりかえり、己たち以外の全てを見下し

挙句には翼の色が違うというだけで自分たちを死に追い込もうとしたクズ共でしかない。

少なくともルファスからみて天翼族の貴族共は父も含めてそういった責務を果たしている様には見えなかった。

 

 

 

「では誰も彼も、全員を救えない限りはずっとああいう風に理不尽に責め立てられると……」

 

 

全ては理想論でしかない。

この場においてプランが責められない様にするには“子隠し”の誕生を事前に予知し、誰一人捕食させず、かつ、誰も傷つけさせずに倒すしかなかったということだ。

 

 

そんな事は不可能だとルファスは思う。

あんな狡猾で、不気味で、正体不明という謎が服を着て歩いている存在を相手に先手を取るなど無理だろう、と。

 

 

イライラが止まらない。

ああやって自分は何もやってないのに、むしろ仇を取ってもらったというのに

逆恨みを見せる者たちを見ると彼女は苛ついてしょうがなかった。

 

 

弱い奴ら。

何もしない奴ら。

己の中のぶつける所がない怨嗟を都合のいい存在に発散しているだけのクズども。

怒りの矛先を間違えている愚か者、彼らの子供を奪ったのはあのおぞましい化け物であって、彼はそれを倒した存在だというのに、一体何をしているんだ。

 

 

ぎりっと握りしめた窓枠が軋む。

レベル20の彼女の握力は優に100キロを超える故、天法的な加護を受けていない物質では簡単に握り潰されてしまう。

 

 

ふぅと一度息を吐いて彼女は落ち着く。

怒りやすい性質を自分は持っていると自覚し、それを制御する努力を彼女は始めていた。

 

 

 

「少し外を歩いてくる」

 

 

汚れない様に髪飾りを鏡台の上に置いておく。

翼を広げて窓から彼女は飛び立った。

黒い羽を散らしながら消えた彼女を見送ってからアウラは気づけば自分を見つめていたプランに深く一礼した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「思えばリュケイオンの外を案内した事はなかったね。

 この森は非常にマナの濃度が高くて、色々と綺麗なモノが見れるんだ」

 

 

「……………………」

 

 

少しだけ空の旅を楽しんだルファスであったが、リュケイオン近場の森に着地した彼女を出迎えたのはプランであった。

どうやったかは大体想像がつくが、彼は先回りしていたのだ。

にこにこと微笑む彼に対してルファスは仏頂面のまま歩いている。

 

 

街の外に出るという事で【バルドル】を装備してはいるが、今はマスクは外していた。

 

 

「……準備はいいのか?」

 

 

「自分の役目は一段落ついたよ。

 今はピオス司祭が天法を用いた儀式の準備を進めてる。

 それが終わるまで自分は休憩という所なんだ」

 

 

 

ルファスが腕を組み顔を歪める。

彼女の不機嫌を表す様に黒い翼がざわめいた。

 

 

「ならば休めばいいだろう」

 

 

 

「まぁ……ちょっと外を歩きたくなってね」

 

 

 

プランの言葉にルファスは内心で浮かび上がってきた「私への授業は一回休んだくせに」という言葉を飲み込んだ。

あの後におきた寝顔絵画事件は彼女の中でも忘れられない黒歴史である。

ふざけた蟹男の顔を思い出したくなかった彼女はこの話をこれ以上追及するのはやめた。

 

 

暫く二人は何の言葉もなく森を散策していたが唐突にプランは森の一点を指さして言う。

 

 

「ほら、あれとかキラキラして綺麗じゃないか?」

 

 

彼の言葉の先を見れば、そこにあったのは高濃度のマナを帯びて微かに輝きを発する岩や草木である。

マナを吸い込んだ結果、存在の位階が上昇し、美しく進化したソレらは美の女神の加護を受けたのではと思えるほどに輝いていた。

 

 

ルファスは駆け寄りたくなる衝動をぐっと抑え、腕を組んだ。

意識して得意気な顔を浮かべ、彼女はプランをせせら笑った。

 

 

「子供騙しだな。今更そんなものに私が釣られるとでも?」

 

 

 

自分が10歳だという事を彼女は完全に忘れ去ったかの如く言う。

 

 

 

「…………」

 

 

 

ふむ、と頷いたプランが岩に指を向けて【錬成】と【観察眼】【サイコスルー】を発動。

以前授業で行ったように概念的な意味で完全に岩を理解し、存在している“孔”を見つけ出しマナを注入。

存在の位階が上昇し、組成が不安定になる瞬間を見計らって更にもう一度【錬成】を行うことにより本来ならばありえない形への再変換を行う。

 

 

 

レベルアップの瞬間というミズガルズにおける存在の再定義処理が行われる刹那への介入により、岩はマナを原材料とし、全く別種の鉱石へと生まれ変わるに至った。

誕生したのは金剛石の原石。

宿っていたマナの殆どは【錬成】によって消費させられてしまった為に概念的な価値はなくなったが、純粋な宝石としての価値は中々のモノとなる原石であった。

 

 

 

ソレを見た瞬間、翼を広げてルファスは文字通り金剛石に飛びついていた。

眼を輝かせて岩に抱き着き、人の頭ほどもあるソレを両腕で抱え込み持ち上げる。

バッサバサと翼が大きく動き続け、彼女の身体は滞空する。

 

 

少しだけ持ち上げ、リュケイオンに向かって飛翔しようとした瞬間に彼女は正気を取り戻す。

ゆっくりと振り返り、プランを見れば……彼は腕を組んで微笑んでいた。

いいよ、今度の授業に使おうか、と何度も頷きながら彼が言えば、ルファスの顔は羞恥と屈辱で真っ赤に染まる。

 

 

ごと、っという音と共に岩が手放された。

彼女の頭が再稼働するのに微かな時間がかかった。

震える唇から絞り出すような否定の言葉が出てくる。

 

 

 

「……いらないっ! こんなの、いらないっ!! だからその顔をやめろ!!」

 

 

「?」

 

 

 

何のことか判らないと頭を傾げるプランに向かってルファスは飛翔し、頭から突っ込み、その上で彼の襟をつかみ上げた。

渾身の力で彼女はこのふざけた事をする男を揺さぶり、声を荒げた。

 

 

 

「やめろと言ってる!! 汚い大人め!! 恥を知らないのか!!??」

 

 

 

「すまない。……でも、好きなモノを好きと公言しても何の問題もないと思うよ? 

 誰だって綺麗なモノは好きなんだから、何もおかしい事じゃないさ」

 

 

 

「だって君は自由で、何を好きになってもいいんだよ?」 とプランが言い聞かせるようにルファスに語れば、彼女は襟から手を離して目を細めた。

 

 

 

“何を好きになってもよい”という概念は彼女にとって真新しいモノであった。

今までは“嫌いなモノ”“憎いモノ”“殺したい存在”しかなかった彼女の世界において、ソレは新しい境地であり、誰しもが持つ価値観への一歩でもあった。

 

 

 

「……一理あるな。確かに、何を好むかは私の自由か…………」

 

 

 

「ルファスは何が好きなんだい?」

 

 

 

自分の“好きなモノ”と問われて彼女の頭に最初に浮かんだのは母であった。

母はいつも自分の味方で、守ってくれて、抱きしめてくれる尊い存在だ。

己の命に代えても守りたい、強い人である。

 

 

 

では、それ以外は? と彼女は自問自答した。

ミズガルズという世界を根本的に憎んでいる彼女であるが、そんなルファスでも純粋に美しいと思えるモノが一つだけ直ぐに思い当たった。

分厚い本を片手にプランと二人で語り合い、様々な神話を説いて貰った光景。

 

 

彼女の中の“美”という概念を上書きし、新しい価値観を与えてくれた眺め。

 

 

 

「……星。以前見た星座……アレは、好きだと思う。後は、キラキラした……モノ、とか」

 

 

「良いことだ。何かを好きだという感情に嘘をつくのはよくないという事は覚えていてほしい。

 自分を騙して生きるなんて、君らしくないと思う」

 

 

 

ちらりと横目で手放した岩を見る。

口では嫌がっていても、身体は素直である。

目線がさっきから金剛石に集中して離れない。

 

 

 

プランが岩まで歩み寄り持ち上げる。

彼はソレを懐に幾つかぶら下げていた革袋に入れた。

 

 

「とりあえずコレは持って帰ろうか。

 後で加工するから、その光景を見ていて欲しい」

 

 

 

磨けばもっとピカピカになるよ、との言葉にルファスは黙って頷いた。

宝石の研磨、加工作業というものに興味があるのも事実であったから、彼女はプランの提案をとりあえずは受け入れることにしたのだ。

それはそうと、いいように誤魔化された気がした彼女は精一杯の強がりをすることにした。

 

 

「好きなモノはともかく、嫌いなものはハッキリしてるぞ。

 これからもずっとずっと嫌いだろうな!」

 

 

 

お前だ、お前、と指を指して告げるが、プランは苦笑して頷くだけであった。

その様に無性にイライラしたルファスであったが、今はまだ勝てない事もあり歯ぎしりしながら不快な現状を受け入れるしかなかった。

 

 

 

気を落ち着かせる為に大きく深呼吸してからルファスは周囲を見渡す。

呼吸するたびに、酸素とは違う“ナニカ”……恐らくマナが身体を満たすのを彼女は感じた。

あの“リンゴ”を食べた時には全く及ばないが、それでも自分の中の欠落のようなものが埋められていく心地よい感覚を彼女は味わう。

 

周囲のマナは目視できるほどに濃い。

ルファスの目にも見える程である。

だからこそ、前からやってみたかった事、試したかった事があった彼女はプランに言った。

 

 

「少し周囲のマナを動かしてみてほしい。一致団結は使わずにだ」

 

 

 

「……? 判った」

 

 

 

彼女の意図が判らず頭を傾げたプランであったが言われた通りに【サイコスルー】と【観察眼】を用いて周囲のマナを

概念的な“手”でつかみ取り、動かす。

彼女にも判りやすい様に大きく、渦を回す様に周囲の空気を撹拌させてやった。

 

 

 

「…………………」

 

 

ルファスは渦を巻くマナの流れを凝視していた。

腕を伸ばし、全身に力を込める。指先が震えた。

エスパーのスキルなど持っていない彼女には念力など使えないので、何の意味もない行為であったはずだ。

 

 

実際、はた目から、プランが見ても流動するマナに大きな変化は見えない。

だが…………微かなマナへの干渉をプランは感じた。

 

 

(……なんだ?)

 

 

ほんの少し、砂粒一粒、水滴一滴にも満たない量であったが、自分が“掴んだ”マナへの干渉をプランは認識した。

必死な顔をしているルファス本人は気が付いていないようだが、それでも確かに彼女はマナを僅かとは言え操作したのだ。

 

 

ぐぬぬ、と苦悶にも聞こえる声を漏らして踏ん張っていたルファスであったが30秒ほどすれば諦めたのか脱力する。

肩で息をしながら彼女は忌々しそうにプランが動かすマナの流れを睨んだ。

 

 

 

「……出来ると思ったのだが、まだ無理か」

 

 

 

「…………」

 

 

 

正直に打ち明けるべきかどうかプランは一瞬だけ悩んだ。

マナや世界法則への干渉は……正直に言ってしまえば10歳の彼女が知るには早すぎる禁忌の領域だ。

自分()()アリストテレス家の秘術の域の話であり、彼女にはあまりに荷が重すぎる話なのだ。

 

 

ルファスとアウラには戦いや陰謀、世界の負の面からは出来るだけ離れた場所で、平穏に生きてほしい。

もう十分に苦しんだのだから、残りの生涯は幸せになるべきだ。

その願いは全く変わってない故にプランは口をつぐんだ。

 

 

 

何でもかんでも教えればいいという訳ではないという考えに基づいての選択であった。

内心での選択を全く表層には出さずにプランはまた微笑み、ルファスへと「もう帰ろう」と言うために口を開こうとして……奇妙な空間の歪曲を感じた。

 

 

 

周囲の天力と魔力の流れが微かに変わる。

世界を構築する要素が乱れたのを彼の【観察眼】は感知した。

世を運営する女神の法則、数式が奇妙な乱数を吐いた。

 

 

“上書き”を使った時の様な、世界の一部が破れて上書きされる気配に近い。

 

 

「なに……?」

 

 

 

一間遅れてルファスも同じような違和を覚えたのか声を上げた。

天力と魔力のバランスが崩れ、ミズガルズに極小とはいえ解れの様なモノが生じたのを彼女は感じたのだろう。

翼が大きく広がり、それは警戒するように小刻みに震えた。

 

 

 

プランがマスクを被る。

不気味極まりない鳥の骸の様なソレは見る者に不吉を予兆させるおぞましいものである。

男の纏う気配が変わった事を敏感に感じ取ったルファスが息を呑んだ。

 

 

「自分から離れない様に。いいね?」

 

 

有無を言わさない圧の籠った声にルファスは頷いた。

プランの右腕がマントの内側にいくつもぶら下げられた武装に伸ばされ、その内の一つを取り出した。

 

 

ソレは奇妙な形状の武器であった。

少なくともルファスにはソレでどうやって戦うのか、見当もつかない形状をしていた。

ミズガルズにおいても珍しい武装である『銃』を彼は握っていた。

 

 

ドワーフたちによって作られたソレはリボルバー式の拳銃である。

口径10.9ミリ。銃身長は16.5センチ。

ライフリングは6条右回りのシンプルな形状の大型拳銃だ。

 

 

この銃に名前はない。

オーダーメイドの品であるが、特殊な能力やステータス補正も存在しない、ただ何処までも頑丈なだけの銃である。

また彼は【ガンナー】のクラスは取っておらず、スキルも所持していないがそんな事は些細な問題であった。

 

 

調子を確かめるように何度か撃鉄やライフリングを触った後、プランは周囲を【観察眼】で見渡す。

彼が観察するのは空気の流れ、空間に漂うマナの密度、大地を叩く振動、微かな息遣いに……血の匂い。

マナの密度などはともかく、血の気配はついさっきまで欠片も存在しなかったものだ。

 

 

 

マスクの内側で彼の顔から表情が消え去った。

厄介ごとが迫っていると直感したのだ。

この場でルファスを自分から離すのは得策ではないと瞬時に判断する。

 

 

少なくともこの奇妙な気配の正体が判るまでは自分の隣に置いておくべきだと。

 

 

プランの【観察眼】が精度を増して周囲を観察する。

彼はカチン、と一回だけ拳銃のシリンダーを回転させ、甲高い音を周囲にばらまいた。

彼の瞳は周囲に拡散する音の波を観た。

 

 

物に当たって反響する音波を通じて周囲の地形を瞬時に把握する。

更にもう一回、カチンという音を鳴らす。

併せて彼は【レンジャー】のスキルである【マネーゲッター】を使用した。

 

 

本来ならば道に落ちている金を探して拾うだけのシンプルで、つまらないスキルだ。

そうそう金など落ちているはずはないのだが、それでも雀の涙ほどの金を拾うという何のためにあるか判らない能力である。

ミズガルズに数多く存在するスキルの中でも、使えない能力といえば? と聞かれれば多くの人が挙げるであろうスキルだ。

 

 

しかしこれの本質は違う所にあると彼は知っている。

『誰の手にも所有権がない』状態の金を付近に移動させてくる能力がコレなのだ。

なのでプランは【直感】を同時に行使する。

 

 

今最も必要なモノを強く、強く願う。

即ち自分が直面している謎を解き明かすカギの出現を。

研ぎ澄まされた第六感がソレの輪郭を捉えた。

 

 

 

【観察眼】で認識している世界の法則、【マネーゲッター】が世界に影響を与える刹那の瞬間、彼はスキルの一部に【錬成】を用いてその念を書き込んだ。

『誰の手にも所有権がなく』かつ『プランが望むモノへとたどり着くヒント』が近場に出現する。

探す手間を省くために【観察眼】と【直感】のスキルが行使され、自分たちの背後の木の枝の上に引っかかっていたソレを瞬時に把握し、念力で引き寄せる。

 

 

手に取ったソレを見たプランは思わずマスクの中で息を呑んだ。

隣にいたルファスが背伸びをして掌の中を覗き込んで、ソレに顔を輝かせた。

 

 

彼が持っていたのは血と泥と脂と、あらゆる汚濁に塗れているがそれでも輝きを失わない毛の様なものであった。

虹色に輝きを発するコレをプランは知識の中で知っていた。

 

 

 

「虹色羊の毛だ……本当に珍しいな。実物を見るのは自分も初めてだ」

 

 

「虹色羊?」

 

 

輝く毛を渡されてその美しさに夢中になりつつあるルファスにプランは簡潔に言う。

 

 

 

「とても珍しい生き物でね。

 凄く綺麗で、あらゆる意味で価値がある毛を纏った存在だ。

 ……これは早く見つけないとマズイかもしれない。

 魔物の餌としても極上の存在なんだ、虹色羊は」

 

 

 

極上の餌がリュケイオンに現れた、それが何を意味するか判らない程にルファスは愚かではない。

つまり、それ相応の強い存在が虹色羊とやらを狙って集まってくるかもしれないと彼女は瞬時に判断し、顔を強張らせた。

脳裏に浮かんだ怪物の顔を振り切るように彼女はかぶりを降り、もう一度輝く毛を見つめて……奇妙な光を見た。

 

 

虹色羊とは原初の理想郷に生息していた生物である故に、ルファスがソレを観れたのは当然の事だったのかもしれない。

光輝く純粋なマナの輝き。

それを目に焼き付けるように見てから木々の奥へと視界を映せば……同じ光を放つ何かがのっそりと動いているのを彼女は見た。

 

 

 

何かの間違いかと思った彼女が目を擦ってもう一度見てみるが、やはりキラキラと虹色に光る存在が草木の奥で動いているのは変わらない。

ルファスはプランの袖を掴んで、くいくい、と引っ張った。

うん? と彼が顔を向けてくると同時に一点を指さす。

 

 

 

「あそこにいると思う。“見えた”んだ」

 

 

何回か瞬きをして【観察眼】の精度を調整し、【ターゲティング(注目)】を発動すれば、呆気なくルファスが見ていた存在をプランも認識することが出来た。

 

 

「ありがとう。助かったよ」

 

 

ルファスの肩を優しく叩いてお礼を言ってから歩き出す。

出来るだけ音を立てずに歩を進める彼の意を汲んだのかルファスも翼を使って少しだけ滞空しながら進む。

 

 

 

目的の存在は呆気なく見つける事が出来た。

元より隠れる気もなく、さ迷っている様だった。

そして何より、眩い程にその存在は輝いていた。

 

 

 

二人の視線の先には眼を焼くほどの虹色を放つ羊がいた。

力なく数歩歩いては、俯くを繰り返している。

負傷はないようだが体力は限界らしく、荒い息使いをしており時折「めぇ~」と力なく()()()()()

 

 

大地を濡らす悲しみの涙さえも美しいのは皮肉と言えた。

 

 

 

「あいつ……()()()いるのか? 

 そんな事に何の意味があるというんだ」

 

 

ルファスが虹色羊を見て呟いた。

呆れがこもった声であった。

吐き捨てるように言った彼女にプランは何も言わない。

 

 

根本的に弱者を嫌悪し拒絶する彼女の心と、そうなってしまった背景を知っているが故に彼は口を閉ざした。

いつかきっと、もう少し余裕が出来たら理解を示してくれると信じて……。

 

 

ルファスは目線をプランに送った。

先に言われた通り、虹色羊という極上の餌を狙う魔物がいるかもしれない非常事態である故に彼女はプランに伺いを立てた。

彼女が何を望んでいるか悟ったプランは小さく頷き許可を出した。

 

 

 

翼を畳んで大地に降り立ち、堂々とした足取りでルファスは虹色羊へと向かった。

まだ【モンスターテイマー】のスキルなどもっていない筈であるが、彼女には確信染みた自信があるようであった。

びくりとルファスの接近を感知した羊が震え、逃げる事も出来ずに腰を抜かして更に涙を零す。

 

 

いや、いや、と目の前の現実から逃げるように頭を振って全てから逃げる様にルファスはため息を一つ吐いてから膝をついた。

ボロボロに汚れた虹色の羊毛に触り、軽く撫でる。

 

 

「お前の泣いている顔が心底気に入らない。

己の不幸をあるがままに受け入れ、諦めきったその瞳を私は嫌悪する」

 

 

 

下らないと羊の身に起きた全ての不幸を彼女は鼻で笑った。

お前に何が判るのだと羊の瞳に怒りが宿った。

おぞましい怪物に親族を食い荒らされ、何処とも知れぬ場所に飛ばされた上に、いつ死んでもおかしくない状況に追いやられているというのに。

 

 

 

黒い翼を彼女は大きく威嚇するように広げた。

マナの粒子を帯びたソレは虹色羊の羊毛とは別種の美しさがあった。

この世の夜、闇、深淵、そういったものが凝固した様な何処までも黒いソレに一瞬だけ羊は見惚れた。

 

 

 

彼女の瞳の奥には自分と同じか、それ以上の絶望が宿っている事を羊は悟った。

彼女は自分と同じ側の存在だと理解したのだ。

 

 

 

一つ違うのは、彼女は憤怒しているということだ。

この世の理不尽に、己を苦しめる全てに、己を敵視する全てに、彼女は怒りを抱いていた。

報復心を彼女は持っている。プランが消そうとしても、一向に鎮火するそぶりを見せない黒い炎を。

 

 

ルファスは大きく息を吸って吐く。

遠くにプランがいるが、彼女は少しだけ自分の心に素直になった。

 

 

「お前の瞳はかつての私と同じだ。

 泥の中に沈み、ただ終わりを待つだけだった私とお前は同じなんだ」

 

 

本当に気に入らない事だが、事実は事実として受け入れるしかない。

今自分と母が生きているのはあの男のお蔭だということを。

いつか超えると決めた男と同じことをするのは非常に癪であったが……彼女は選択した。

 

 

 

断固としてコレは虹色羊を哀れんだ結果でもない。

己と重ね合わせて自己満足の為に行ったわけでもない。

いつかあの男から独立した際、己の勢力の基盤を作るための準備だと彼女は自分を納得させた。

 

ふてぶてしく彼女は笑った。

内面で渦巻く未だ消えない憎悪と憤怒、微かな絶望が表層ににじみ出る。

まるで物語の魔王の様に少女は宣言した。

 

 

「弱い己を呪うのならば私と来い。

 こんな世界、私は嫌いだ。いずれ全て壊してやると決めている。

 お前もいつまでも奪われる側で、苦しめられたままでいいのか?」

 

 

 

一緒に世界を見返してやろう、自分たちを苦しめた奴らに目にモノを見せてやろうと少女は言った。

だから来い、と少女は羊に手を差し出す。真っ赤な瞳がギラギラと輝いていた。

ぞっとするほどの野心がそこにはある。10歳の少女が浮かべてはいけない感情と決意であった。

 

 

いつの間にか涙を途絶えさせた瞳は眼前の少女に魅入られていた。

今はまだ未熟なのだろう。開花どころか蕾の形さえ出来ていない未完の存在なのだろう。

しかし、完成すればどれだけの大器となるか、想像も出来ない程であった。

 

 

もしかしたら、この存在ならばいずれあの竜王を……という願望を羊は抱いたのかもしれない。

ゆっくりと前足を差し出して彼女の掌に載せた。

 

 

「強くなるぞ。何よりも、誰よりも」

 

 

 

誰かに言い聞かせるように放たれた言葉に羊が頷いた瞬間、周囲の異変を察知したプランが動いた。

足早にルファスと虹色羊の下へと向かう。

突然の不吉極まりない様相をした乱入者に羊は更に深く腰を抜かす。

 

 

 

「ルファス。その子を抱いて出来るだけ高く飛んでリュケイオンに戻りなさい。

 途中までは自分の【サイコスルー】で送ろう」

 

 

 

詳しい話は後だと告げるプランのただならぬ様子に素直にルファスは頷いて従う。

がっちりと羊を抱き込むが重さは感じない。

レベル20の彼女からすれば、この程度は荷物とは言えないのだ。

 

 

全身を不可視の力場に包み込まれ、急速に浮上していく彼女が最後に見たのはプランの周囲の大地が蠢き、砂煙を吹き上げた所であった。

土砂が巻き上げられ、巨体の怪物が複数現れたのを彼女は見た。

 

 

 

逃げろと言われた彼女は己の翼を限界まで広げて全力で上空へと向かい……停止した。

淀んだ雲の少し下あたりで滞空した彼女は赤い目を細めて小さな点になったプランを見つめる。

 

 

彼女の内心にあったのは好奇心などという生ぬるい感情ではなかった。

これは視察、観察、と呼ばれる類の行動だ。

彼女はいずれ殺すと決めている男の力を吟味したくなったのだ。

 

 

“子隠し”の時は殆ど動かずにあの怪物を倒した男の本格的な戦闘光景を見られるまたとない機会だと彼女は思ったのだ。

仮にその結果自分の身が危うくなったとしてもそれは当然のリスクだという事まで理解して、彼女は“見学”することを選んだ。

 

 

 

さて、どう動くか……と彼女が思った瞬間───。

 

 

 

耳を叩き割るような悲鳴が鳴り響き、爆風が生まれた。

ゴミの様に巨大なトカゲの如き怪物がバラバラに砕かれた上で宙を舞った。

ルファスは知らなかったが、それはミズガルズに生息する肉食の恐竜であった。

 

 

魔物、人、魔神族、あらゆる全てを捕食対象とする生態系の上位に君臨する恐竜が、風に吹き散らされる木の葉の様な無様を晒している。

 

 

 

「……え?」

 

 

呆然とルファスは呟いていた。

眼を見開き驚愕を隠せずにいる少女の視線の先には不吉を塗り固めた様な異形の装備に身を包んだ男。

片手には殺意を形にしたようなリボルバー式の拳銃を持つ化け物だ。

 

 

煌々と輝く不吉な青い瞳が世界の法則を超速で観測し、解き明かし、最適化していく。

理屈の上ではあり得るが、現実では起こりえない奇跡も彼の手にかかれば掌の中に納まる再現性のある技術でしかない。

 

 

 

プラン・アリストテレスによる怪物たちへの一方的な虐殺劇が始まる。

 




竜王に超強化パッチを導入しました。
“四強”の名に恥じない化け物っぷりを見せていきたいですね。
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