ラスボスからは逃げられない! 作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)
絶対に依頼を果たす。
何としても、絶対にだ。
ルファスはやる気に満ち溢れていた。
真っ赤な瞳はギラギラと輝きを放っており、金糸の先端の朱色は彼女の内心を表す様に燃え上がっていた。
黒々とした翼は心なしかいつもよりも艶やかであり、ざわざわと羽根を擦り合わせて力を解放できる瞬間を待ちわびている。
パチ、パチと彼女の周囲の空間が余りのマナの密度によって焼けついており、埃などが触れた瞬間にはじけ飛んでは木が軋むような音を立てている。
暴力的な魔力を感じ取ってしまったメグレズは冷や汗を流し、プランはかつてない程に活力を溢れさせたルファスを微笑ましいモノを見るように見守っていた。
「ルファスさん……何か、すごい」
「そうか?」
「うん、すっごいやる気が溢れてる……」
ゴオオオオと目に見える程のオーラを噴き出し続けるルファスに奈々子は引きつった顔で感想を述べればルファスは頭を傾げてから真っ青になっているメグレズを見た。
とんでもない力の持ち主に視線を向けられたメグレズは許しを請うように何度も何度も首を上下に振りだした。
まるで壊れた玩具の様な動きにルファスはちょっとだけ舞い上がってしまったかなと自戒し、耐えず内側からあふれ出てくる気迫を抑え込む。
「はっはっ……はっひぃ……!」
まだ戦いの場にさえ出向いていないというのにいきなり腰が抜けかけたメグレズの腕をプランが掴んだ。
「申し訳ありません。
ちょっとだけ、テンションが上がっているみたいで……」
「だだだ、大丈夫っ……!」
これから魔物と命のやり取りをするのだ。
仲間に怯えている暇などないとメグレズは自分を叱咤し立ち上がる。
むしろあれほどの力の持ち主が味方など、頼もしいじゃないかと考えれば、気持ちがかなり楽になった。
意味もなく仲間を怯えさせてしまった事に後ろめたさを感じながらルファスは苦笑する。
ルファスにとってはそんな気など欠片もなかったのだが、そう取られてしまったのは自分の落ち度だと彼女は素直に謝罪した。
「すまない。ただ……初めてなんだ。
こうして、仲間たちとパーティーを組んで一緒に戦う事が」
「……そう、かい」
一瞬だけエルフの瞳は彼女の翼に向けられた。
天翼族の中において彼女がどの様な目に遭っていたかは想像に容易い。
あくまで想像できるだけで、現実はソレを超えるだろうとメグレズは思い……ぐっと足に力を込めて自分だけの力で立ち上がる。
もう一度ルファスを見る。
真っ赤な瞳は堂々と輝いていた。
敵意や苦痛などは全くなく、あるがままの自分を貫き通そうとする強い意思だけがそこにはあった。
これから共に轡を並べて戦う事になる仲間を前に、自分は何と惨めな姿を晒したのだろうか。
メグレズは自分の夢を改めて思い出し、強く自分に言い聞かせる。
今まで積み重ねてきた努力が骨組みとなり、自信に芯を与えてくれた。
“僕はミズガルズ最高の魔法使いになる男だ”
“ルファスは強い。だけど、僕の魔法の方が強い”
ルファス・マファールが何だというんだ。
僕はエルフで、何倍も年上で、君が生まれる前から魔法に没頭してたんだぞと心の中で吠えたてる。
睨む様にルファスを見れば彼女はニヤっと笑って返す。
「僕の魔法は半端じゃないぞ。楽しみにしててくれ」
「頼もしいな」
すごく“いい顔”になったメグレズに対する心からの称賛がルファスの口から出る。
実際、自分よりも遥かに経験豊富なメグレズの魔法がどれほどなのか興味があった。
そして───。
ルファスはメグレズから視線を外しプランを流し見る。
ずっと一緒に居たい人。何としても助けたい人。
まだまだ自分はマイナスだと彼女は思っている。
まずは最初のゼロに戻らないといけないのだと。
その為には彼を治す必要がある。
誰にも、それこそプランにさえ言っていないが今回の一件はルファスにとっても渡りに船な一面があった。
(もしも群れのボスが本当に不死鳥であったのなら……)
先のプランの説明と、以前に屋敷で読んだ本の内容を思い出す。
フェニックスはとても有名な魔物であり、その名前はちょくちょく過去の伝説や神話においても語られる事が多い。
───そして不死鳥は虹色羊と並び称される程に素材として素晴らしい価値を秘めているとされる。
何と羽根を一枚もっているだけで全自動で所有者の傷が治っていくとされる程だ。
ルファスにとって大事なのはその一点であった。
もしも不死鳥がいたのならば討伐し、素材を一部わけてもらう。
それこそが彼女の目的である。
もう一つ付け加えるならば実績作りも兼ねている。
エルフ族にプランを治すための薬を作る際に協力してもらうために。
プランを助けるための重要な一歩になりうる可能性があるというだけでこの戦いに参加した甲斐はあった。
更に言うと……。
(楽しいな……)
プランがいて、ナナコがいて、メグレズがいる。
同じ目線で時には軽口を叩き合い、時にはじゃれ合い、そして背中を合わせて戦う。
対等の仲間。昔では考えられなかった概念を味わい、ルファスは確かな満足を得ていた。
(ナナコはいい奴だ。力になってやりたい)
異世界から誘拐されてきたというのに恨み言一つ言わずにミズガルズを助けようとしてくれているお人よしの中のお人よし。
自分より年上なのに何処か情けない所もあるが、それがまた微笑ましくて助けてやりたくなってしまう。
勇者に選ばれるだけあって天性の人たらしなのかもしれない。
それでいて戦闘になると一気に恐ろしいまでの戦闘本能をむき出しにするギャップも好きだった。
一同を見渡してからルファスはもう一度だけ胸中で呟いた。
仲間か、と……。
大地が揺れる。
星の血液ともいえる溶岩が絶えず流動し上へ上へと移動しているせいで地盤が軋んでいるのだ。
平時……魔物の群れが根城にする前のクリフォ火山は活火山ではあったものの、モクモクと煙を立てて時折思い出したかの様に小規模な噴火を繰り返すだけの穏和な山であった。
しかし、今のクリフォ火山はその様相をおぞましいモノへと変容させていた。
どうりでクラウン帝国の調査隊が「魔物の影響がある」と断言したわけだと頷けるほどに、劇的に。
ヴァナヘイムさえ超える活火山はその頂きに真っ赤な輪を浮かべ、流血するようにマグマを吹き散らしている。
ドバドバと湯水のように噴き出る真っ赤な液体。遠目から見れば芸術さえ感じられる雄大な光景だった。
実際はあれらが全て1000度近いマグマで、下手に飲み込まれようものならまず助からないという地獄の様な有様なのだ。
キーキー鳴きながらそんな火山の周囲を無数の黒い点が飛びまわっている。
彼らは時折飛来する火山弾を器用に躱しつつ星の内部からマグマと共に噴き出たマナをシャワーの様に浴びて寛いでいるのだ。
もしもここにラードゥンが居たら「いいね! ぼくの別荘にするね!」と気に入る事間違いなしのマナ濃度と景観である。
そんな山の麓。
荒れ果てた大地の一角に【エクスゲート】が開かれ、ルファス一行は足を踏み入れていた。
ジャリ、ジャリと硬くて真っ黒な大地をブーツが踏みしめ、クッキーでも砕いた様な足音を立てている。
「近くで見ると……凄いな」
眼前の火山を見上げながらルファスは感嘆の声を上げた。
山と言えばヴァナヘイムやゲイル山という休火山しか知らない彼女にとってクリフォ火山というのは正しく大自然の驚異としか言いようがない。
ドォン、ドォンと定期的に地響きが鳴り渡り、真っ赤なマグマが身震いするほどに流れ出ている。
まだまだ山には遠いというのに熱気が肌に叩きつけられるようだった。
そして魔物。
報告では最低300と言われていたが、明らかに桁を一つ間違えた規模で怪鳥たちが飛びまわっている。
目算でざっと数えただけで2000匹はいるかもしれない。
ぎゃーぎゃー、と呑気に鳴き声を上げているのを見るにまだルファス達に気がついてはいないようだった。
小さな黒い点が火山の“赤”を背景にうじゃうじゃとわが物顔で空を往く景色は正に地獄絵図だ。
「最後に装備のチェックをしよう」
心配性なエルフが冷静に提案する。
事が起こればもう引き返せないのだから、これは当然かもしれない。
メグレズが全員に提案すれば一行はソレを受け入れ、各々が羽織っている今回の生命線──マントを確認した。
マントに手をかけてしっかりとミスリル製のチェーンで固定し、頷き合う。
【アウルゲルミルのマント】と呼ばれる一見すれば蒼い絹製のマントは耐火に特化した防具である。
効果はとても単純な特化型で「火」属性からの攻撃を8割カットというものだ。
主に火山探索隊や消化部隊などに支給される防炎装備でもある。
これさえあれば人を拒絶する獄炎の地であっても問題なく活動できる。
更にプランは密かに【バルドル】のステータス欄に【錬成】を用いて耐火属性を書き加えていく。
そうしてマントと併せて10割カットの耐火性能を彼は得た。
もちろんあくまでも属性防御なので過信してはいけない。
フェニックスが本気で殴ってくれば属性防御を貫通し、普通にダメージを受ける可能性も十分にある。
準備を整えた皆が頷き合う。
言葉は既になかった。
ルファスがまず先陣を切る様に火山に向き合い、大股で一歩を踏み出し、二歩、三歩目で大きく跳躍。
ドン、と爆音と衝撃波が発生すると同時に全ての魔物がルファスを見た。
先ほどまで雑多に飛びまわっていたのが嘘の様に怪鳥たちは一斉に少女に視線を向け、誰が指示したわけでもなく一塊の集団となって動き出した。
渡り鳥やカラスの群れがそうであるかのように、まるで一種の集合意識が存在するかの様に彼らは1000にして1となってルファスを殺すべく猛る。
しかしルファスは一歩も退かない。
真っ赤な眼差しには自信と決意だけがある。
こんな程度の存在に手こずっているようでは自分の目的には到底届きえないと彼女は思っていた。
(遅すぎる)
弱いと一言で切って捨てる。
ナナコの動きに比べて何と雑なことか。
空を埋める規模の群れではあるが、空間をかき混ぜる斬撃に比べれば児戯に等しい。
一千と一。
片や最低でも10メートルを超える大怪鳥の群れ。
片や黒い翼を生やした少女。
誰がどう見ても自殺行為だと判断する無謀にしか見えない。
そう──たかが1000匹の魔物ではルファスを殺す事など出来はしないのだ。
黒翼を大きく広げて空を埋める程の魔物達めがけて飛んでいく。
願えば願う程に翼はルファスに速力を与えてくれた。
ソレもそのはずである。プランがしっかりと手入れしてくれたのだから、状態は万全を通り越した最高である。
背中が軽い。
羽根の一枚一枚が思い通りに動く。
かつてない程に昂った精神の中でルファスは【威圧】を放った。
───堕ちろ。
瞬間、ミズガルズが軋んだ。
【威圧】はただの種族スキルであり、決して物理的な攻撃を加える能力ではない。
だというのに何かが歪み、撓んで壊れた気がした。
何だ、この……。
ヒュっと気道が閉まる音がした。
無意識に誰もが呼吸を止めていた。
怪鳥たちは一瞬で意識を失い、そして再び恐怖によって目覚める。
本来意識さえせず動かせていた翼が止まり、ボトボトと墜ちていき、半数は溶岩の海に呑まれて消えていく。
運悪く何もない大地に墜落した怪鳥たちはそれでも眼を限界まで見開き、血走らせながらルファスから視線を外さない。
まるで狂信者たちが神を崇めているが如き光景であった。
魔物としての直感が彼らに囁いているのだ。
眼を離すな、意識を逸らすな、この存在こそが新たなる魔物たちの王であると。
竜王にさえ従わなかった空の支配者たちがたった一人の少女を前に魅了されていた。
地に堕ちた彼らはそうあるのが当然の様に天に座すルファスを見上げ、その威光を目に焼き付け続ける。
人類の美醜など判らない怪鳥たちであるが、黒い翼を見て誰もが思った。
何と美しい翼なのだろう、と。
宙の闇を凝縮したような翼は途方もない活力を秘めており、光さえ追い抜く事が出来るかもしれない。
空をかける魔物達にとって翼とは力の象徴であり、存在そのものを表現する部位でもある。
魔物達はルファスを同族として見ていた。
それもただの同胞ではなく、自分たちを支配する王……否、神であると。
しかしそれでも己たちの王の方が強いという自負が彼らにはあった。
深紅の瞳が魔物たちを見下ろす。
敵意さえなき、彼らに何の価値も抱いていない瞳であった。
死にたくなければそこを退け。
その先にいるお前たちのボスに用事がある。
雑魚は失せろ。
ルファスからの最終通達に魔物達は恭しく頭を垂れた。
身じろぎどころかうめき声一つ上げない。
新しき王になるかもしれない者を前に粛々と道を開けている。
「……」
魔物達を見つめながらルファスの心には微かに苦みが広がった。
予想よりも遥かにスムーズに計画が進んだのは喜ばしい事であったが。
“私は本当に魔物なんだ”
こうして現実を見せられた彼女はやれやれとため息を吐く。
事実は事実として受け入れる。
ソレは自分を表す全てではないのだから。
私───ルファス・マファールは魔物であると同時に天翼族の母と父を持つ人類でもある。
産まれはヴァナヘイム、育ちはリュケイオンのルファスだと彼女は己を定義している故に動じはしない。
チラリと目線をこちらに向かってくるプランたちに向ける。
魔物達が侵入者を感知して動き出そうとするが再度【威圧】をかけてやって無力化。
私の仲間だ。黙って通せと命じれば誰も拒絶などしない。
「さて……」
全ては順調。
順調すぎると言っていい程に。
こういった時こそ油断してはならないとプランから教わっている彼女は真っ赤な空を見上げて決意を新たにした。
それに。
(何か、嫌な予感がする……)
こういった直感はよく当たりやすいと知っている故にルファスは気合を入れなおすのであった。
特に面白い冒険などもなく一行はボスの下に到着していた。
プランの【観察眼】とエルフの風の魔法を組み合わせることにより一度も迷う事などなく、ものの数分で目的地に到着したのである。
火山の斜面をくりぬかれて作られた巨大な巣の上にソレは身を横たわらせていた。
先に放たれたルファスの【威圧】をモノともしていなかったのはさすがというべきではあるが……。
それはルファスの黒い翼を見て、こう切り出した。
きっと彼はルファスが同族に見えたのかもしれない。
震えすぎて聞き取りづらいが、彼は確かにこう言った。
『ばあさんや、ご飯の時間かの?』
「───は?」
悪魔だの罪人だの、穢れた血やら翼だのこの世のあらゆる罵詈雑言を受けた事があると自負しているルファスをして予想外の言葉であった。
確かに女性にとっては最高の侮辱かもしれないが、それでもまだルファスは15歳であり、こんな言葉を言われた事は初めてである。
引きつった顔でルファスはプランを見た。
無言で魔物を指さし「何だこいつ」といった顔を晒す。
どんな凄い魔物が出てくるのかと身構えていた奈々子とメグレズが脱力し……アリストテレスだけは厳しい表情になった。
確かに怪鳥たちのボスを務めるだけあって20メートルほどの巨躯を誇る立派な鳥の魔物であった。
しかし、余りにこの魔物はヨボヨボであった。
顔は老年期の人間の様にくしゃくしゃでシミだらけ、翼はボロボロで羽根も半分ほど抜け落ちており、ミイラの様だ。
眼は虚ろで視線はあちらこちらをさ迷っており、ぽかんとだらしなく開けられた口の端からは涎がぽたっと零れ落ちた。
もちろん全身に炎など纏っていない。
そもそもそんなことをしたら生きたまま火葬になってしまうかもしれない。
簡単に言えば老けている。基本的に長寿の魔物がここまで歳を取るにはいったいどれほどの年月が必要になるのか。
【観察眼】を輝かせてプランは情報を収集する。
出てきたデータは、彼に悪い知らせを齎すものであった。
【フェニックス 老年期後期】
レベル 190
状態異常
【老衰】【多臓器不全】【認知症】【盲目】
簡単に言えば死にかけである。
不死鳥フェニックスが老衰で死にかけている。
これはとてつもなくマズイ状況であった。
奈々子が一歩を踏み出した。
少しばかり及び腰になりながらであったが、彼女はフェニックスの前まで歩いていくと老人に聞かせるように大きな声で一句一句はっきりと口にする。
ボランティアで介護の経験を積んだこともある故に、その時の経験が生きたのだ。
「あの! 貴方が魔物たちの王様ですか!!??」
フェニックスの濁った瞳が奈々子を見る。
「あー」や「おぉぉ」やら呻きを暫し上げた後、怪鳥はいきなりにっこりと笑いだした。
『おぉぉお!! アイネイアース!!
久しいべ!! 生きてたんかぇ!!』
いきなり出てきた超古代、神話の時代の英雄の名前にメグレズは瞳を丸くし、ルファスは肩を落とす。
完全にダメだこれは、と二人は諦めたようであった。
奈々子だけが老人にはこういう事もあると理解している故に話を咄嗟に合わせる事が出来た。
こういう時は無理に否定せず、とりあえず話に乗ってやるべきだと彼女は経験で知っているのだ。
「……あ、はい! 何とか無事でした!!」
『オル……あぁー、オルなんたらとやりあって死んだときいたべが』
『生きとったとはなぁ……あんの女神もひでぇことさせるべ』
遠い地をフェニックスは見つめだす。
アイネイアースの生きていた時代、それこそ数万年単位で昔の時代を彼は見ているのかもしれない。
『んで、どうしたべ。うちのばあさんと一緒にくるなんて、よっぽどだぬぁ』
どうやらフェニックスの中でルファスは完全に“ばあさん”扱いで固定されているらしく一向に気付こうとしない。
顔を溶岩の熱気とは別種の熱で真っ赤に染めたルファスがぷるぷると震えているが、フェニックスは気にも留めなかった。
「あの、もう少ししたらここから飛び立つ計画とか……あったりします?」
遠回しに「出て行ってくれと」と頼まれたフェニックスは頭を傾げ、次に奈々子を見ながら違う名前を口にした。
『あーん? アイネイアース、どうしたべさ』
『またポルクスの性悪にだまされだか?』
『あいづはいっつもそうがや。いーっつも誰かに仕事を押し付けて、自分は何もせんばい』
『んで、自分はかわいそうなんじゃってずっと俯いとる、ほんまに年食っただけの小娘じゃい!』
ごろんと寝返りを怠そうに打ってからフェニックスは取り留めもない単語を空に向かってぶつぶつと呟きだす。
ポルクスと言えばミズガルズの誰もが知る光の妖精姫で、魔神王と対を成すとされる天力の象徴的存在である。
次々とビッグネームをまるで知古の様に噴き出していくフェニックスに対してメグレズの眼の色が変わっていく。
あれ、この魔物ってもしかして思っていたよりも長生きで、とんでもない存在なのでは、と思いだしたのだ。
いや、そもそも生存競争の激しい魔物の世界でこんな年齢まで生きながらえるとはそれだけ強いということなのかもしれない、と。
『もっち聞こえとるじゃけん……んが、少し腹が減ったんじゃの』
フェニックスの目線が動く。
ルファス、奈々子を通り越して、その後ろにいるプランとメグレズに向けられる。
『まず、腹ごしらえしときゃならんわ……
ばあさんの獲ってきてくれたエルフと人間……美味そうじゃなぁ……!』
『エルフは耳の骨が美味ぇんじゃわ。人間もまぁ、悪くないの……』
のっそりと起き上がりふら付きながら歩き出す。
見えていない筈の目線は今晩の食事にのみ向けられている。
ボタボタと涎を垂らし、貪欲な欲望を露わにした姿は正に魔物と言うに相応しい。
「ま、待って! あの人たちは違うから!! ご飯じゃないですって!!」
『ああ! うるさいうるさい!!』
『オレは腹が減ってしょうがないんじゃああああ!!』
慌てて奈々子が止めようとフェニックスの翼を掴むと、魔物は発作でも起こしたかの様に暴れ狂いだす。
涎を飛ばし、ただでさえ少ない羽根を撒き散らし、子供がそうするように地団駄を踏んで火山を揺らす。
「あ、これ駄目だ」と奈々子は直感した。
こうなってしまった老人はもう話を聞いてくれない。
癇癪とでもいおうか。一度火がついてしまったら収まるまで決して止まる事はないのだと彼女は知っている。
しかしそれでも、こうして会話が成立したのだから何とか穏便に事を済ませようとして……。
「もういいだろう」
「交渉は決裂。ならばこうするまでだ」
ルファスが一歩踏み出す。視界の端でプランが頷いているのを見てから動く。
右手に剣を持った彼女は強く大地を踏み込むと一瞬でフェニックスの首に剣を当てて……振りぬいた。
『ぁ……?』
スパンという擬音が聞こえてきそうな程に軽々しく不死鳥の首が宙を舞った。
ポカンと間抜けに口を開けた無様な顔のままクルクルと飛んで、大地に落ちる。
残された身体も数歩ほど歩いてから倒れ込んだ。
不死鳥の呆気ない最後であった。
「あぁ……うん。仕方ない、よね」
数秒ほどわなわなと震えていた奈々子だが、やがて現実を受け入れてから肩を落とした。
出来れば話し合いで終わらせたかったというのが本音だが、ルファスの行為は正しいと判っている故に直ぐに意識を切り替え……。
「ルファス」
硬い声で名前を呼ばれたルファスはプランを見て固まった。
彼の顔には未だに緊張が残っている。臨戦態勢を崩してはいない。
つまり……。
不死鳥の肉体が崩れ落ちていく。
黄金色の炎が着火され、見る見る亡骸が灰に変わる。
しかし灰は吹き散らされることなく、まるで意思を持っているかのように一点に収束し……灰の山から新しいフェニックスが起き上がる。
『ォォォあぁあオアァアア……死ぬのは久しぶりじゃなぁ』
『最後の死は2万年ほど昔じゃったか』
先と同じ老人の声。
しかし先にはなかった知性がそこにはある。
濁っていた瞳に光が戻り、文字通り燃え上がる吐息を吐きながら周囲を……否、ルファスたちを見た。
『ほぅ……これは』
はっきりと視線を向け、吟味し……長い経験を用いて全てを理解した不死鳥は笑った。
先とは明らかに一回り以上に増した力を放ちながら大きく翼を広げる。
生えそろった羽根が燃え上がり、不死鳥は正しく伝承に謳われる通りの姿を晒した。
溢れる溶岩よりも熱く、神々しい姿。
彼こそ鳥たちの王。
時代が違えば“四強”に並べられていたかもしれない魔物の中の魔物。
【フェニックス 老年期前期】
レベル 350
状態異常
【老衰】【多臓器不全】【老眼】
死んだ筈だ。
間違いなく首を刎ね飛ばした筈だ。
だというのに平然と復活し更には力を増す不死鳥を前にルファス達は息を呑む。
(こいつっ……!!)
レベル的にはまだまだ自分の方が上だ。
しかし、底知れないナニカをルファスは感じ……気づけば唇を噛み締めていた。
『痛快なり』
一言。されど万感の思いが籠っていた。
空の王が挑戦者たちを前に壮絶な笑みを浮かべるのであった。
ボケ状態の不死鳥のセリフはちょっと読みづらかったかもしれない。