ラスボスからは逃げられない! 作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)
痛みが憎悪を育む。
格上との戦闘という未曽有の危機の中においてルファスの心にあったのは重くねばついた感情であった。
自分は激昂しやすいと判っている故に感情を爆発させることこそないが、止めどなくソレは溢れ出してくる。
腹部が痛い。
女性としてそういった痛みを定期的に味わう時もあったが、これはソレとは比べ物にならない程に苦しい。
激痛という表現さえ生ぬるい痛み。
【一致団結】を誰よりも深く接続してしまった結果、ルファスはプランの痛苦を我が身に起きた事の様に感じ取ってしまっていた。
ドク、ドクと鼓動を刻む様に痛みの波が押しては返すたびに少女の内心は途方もない怒りで満たされていく。
フェニックスに対して───そして己にも。
そう、ルファスは己に対して憤怒を抱いていた。
不死鳥に対するものなど全体の半分程度でしかない。
不死鳥の行動は当たり前のモノだとルファスは思っている。
相手に弱点があるならば徹底的につくべきだとプランも言っていた通りであり、むしろそんな弱みを残している方に問題があるのだと。
ギチと奥歯が余りに強く噛み締められ、微かにヒビが入った。
彼にそんな弱点を作ってしまったのは自分だ。
あんなことをしなければ彼が苦しむ様な事はなかった。
もう今更の話ではあるが、それでもルファスは自分が憎くてしょうがなかった。
(今はこいつを倒すのが先だ)
自己嫌悪から噴き出る凄まじい怒りをルファスは武器として使う事に決めた。
怒りを変換する。
どす黒い燃料を胸の内側の反応炉に注ぎ込み、この敵を葬る為の原動力へと変えるのだ。
剣を構え油断なく不死鳥を睨みつける。
レベル800の本気の敵意と殺意は竜さえたじろぐものがあるが、生憎ではあるがフェニックスは並ではない。
むしろ世界最古の魔物はルファスを見て面白そうに顔を歪めていた。
彼は最新の魔物でもあるルファスを興味深く見ている。
あぁ、そういえば果実を食した奴らもこんな感じだったなと過去を思い出しているのかもしれない。
ルファスの翼を見て過去をしみじみと思い返し、勇者を見て「またか」という感想を抱いたフェニックスであったが、メグレズに視線を向けて……固まる。
エルフの男は、踊っていた。
そして回っていた。
クルクルと乱数回転している。
『何をしている?』
思わず口に出してしまった彼を誰が責められるだろうか。
蒼く瞳を輝かせたエルフがその場で回りながら何度も屈伸や横ステップを繰り返し、時には踊る様に手足をあちらこちらに突き出しているのだから。
端的に言って、意味不明な動作でしかないが、自暴自棄になった末の行動というには余りに迷いがなさすぎる。
「……」
メグレズの顔には微笑みだけが宿っている。
アリストテレスに同意した結果として一時的に身体を明け渡している彼であるが自我はしっかりと残っているのだ。
その上で彼は未知の世界に対する期待で胸を躍らせていた。
自分が何か行動するたびに視界に映る数値は微かに変化を起こしていく。
彼にはこれが何であるかなどさっぱり判らないが、コレはとてつもない意味を宿しているのだと直感的に理解することは出来た。
レベル1000を前に微笑みながら彼は願われるがままに身体を動かし、奇妙なダンスを披露している。
その上でマナを操作し得意の「水」属性の魔法を何回か行使して自分の周りにまとわりつかせていく。
更にエルフの種族スキルでもある【精神統一】を用いて【錬成】の精度を上昇させた上でSPの回復をも開始。
敵がフェニックスかもしれないと判っていた時点でアリストテレスが何の対策も取っていない訳がない。
あらゆる天法や回復アイテムが使えないのならば以前やった通り【錬成】を使うのだ。
そして出力が足りないのであれば補助をつければいい。
若く全盛期の年齢のエルフなど正に最適解といえよう。
1000年以上稼働を続ける事が可能なエルフの頭脳は以前にも語られた通り、素晴らしい外付けの演算装置になるのだ。
メグレズは自分の事を足手まといの様に思っていたかもしれないがとんでもない。
今回のメンバーは誰が欠けてもフェニックスに勝利することは出来ないだろう。
エルフの頭脳の全てを用いて腹部の疼きを抑え込んだプランは立ち上がる。
【バルドル】の尻尾が巻き戻され、小さく折りたたまれて背中で固定。
ガチャンと何回か音を立てて変形を開始した。
蒼い瞳のエルフがルファスと奈々子を見て告げる。
「彼の事は任せて。
さっき君が言ったとおり───勝とう、皆で」
「当然だ!」
パンっとメグレズはルファスが【エクスゲート】を使う時の様に合掌し天法【オキシジェン・サクション】ともう一度【ウンディーネ・カーテン】を発動。
ルファス、奈々子、メグレズ、プランの四名を先よりも分厚い「水」のマナが覆ったかと思えば呼吸が楽になる。
「水」のマナは微量に酸素を含んでおり【オキシジェン・サクション】によってソレを収束させることによりどこであろうと呼吸を可能にしたのだ。
こうすることによってフェニックスの放つ熱から身を守れる上に彼の熱波によって肺を焼かれる事も防ぐことが出来る。
更には「水」には更なる使い道があるのだが、それはもう少し先のお楽しみだ。
ルファスは快活に笑い、奈々子も薄く微笑む。
呼吸が先よりも遥かに楽だ。これならいつも通り、全力で戦える。
メグレズは確かにレベルこそ低いが、それでも立派な戦力であると誰もが認めていた。
いや、最初から認めていた。一度だってレベル云々で見下した事などない。
怒りが消え去り透き通った心情でルファスはフェニックスと対峙。
不死鳥は怪訝な顔でプランとメグレズを見てから奈々子たちに視線を移す。
『……………』
空の王はまずは小手調べとして小さなジャブを放った。
真っ赤な翼が一回だけ羽ばたく。
8000度にまで上昇していた表面温度が極小フレアとして二人に襲い掛かった。
熱風という言葉では到底表しきれない太陽風は触れただけで物質として成立できない程に対象を分解/消滅させる死の風だ。
迫る太陽風を前に奈々子が剣を振るう。
【一致団結】で送り込まれてくる戦術に彼女は従い勇者スキルを発動。
【メイルシュトローム・クイックレイド】
【エレメント・エンチャント】
斬撃の嵐全てに「水」属性を付与すればそれらは斬撃の軌道上に波しぶきの様なエフェクトを発生させフェニックスの放った太陽風と衝突。
大爆発と閃光が発生しクリフォ火山全体が揺さぶられた。
恒星の風と勇者の放つ大渦は一瞬の拮抗の末、威力の7割ほどは失ったが不死鳥の攻撃を貫通し、紅蓮に輝く火の鳥の身体の各所を切り刻む。
紅蓮と黄金を足したような鮮やかで美しい肉体の所々に決して無視できない傷が刻まれるが、次の瞬間には再生してしまう。
鮮血の代わりにマナの粒子を飛び散らしながら不死鳥は壮絶に笑った。
『ハハハハハ!! いいぞ!! いいぞぉ!!』
『そして───残念だったなァ!!』
笑いながら彼は前もって決めていたかの様に頭を右に向けて口を開く。
また首を落とそうと接近していたルファスと目が合う。
勇者が攻撃を放った瞬間から自分の隙を突こうと動いていたルファスを彼はしっかりと認識していたのだ。
体内のマナを原材料とした核融合が活性化し100万度を超えるプラズマが彼の口から放射された。
触れたら最後、分子レベルで身体が崩れてしまいドロドロの“泡”になりかねない火炎放射は“竜王”の放つソレにさえ匹敵しえるものがあった。
完全に読まれていた上に完璧なタイミングで迎撃を受けたルファスに普通ならば対抗策などない。
天翼族は飛行中に急激な方向転換は出来ず、このままではどう足掻いても自分からプラズマに頭から突っ込み跡形もなく蒸発するだろう。
彼女一人ならばここで終わり。
見下していたフェニックスに呆気なく殺されて終了であるが───ルファスは一人では戦っていない。
瞬時に脳内で誰かが最適解を囁き、彼女は迷うことなく実行した。
両翼に天力/魔力を循環。
完全に【エクスゲート】を生成し“入らない”という意思を強く抱いてからくるんと空中で器用に膝を抱えて180度反転。
即席で空間に作った足場を踏みしめ彼女は後方に飛ぶ。
翼が浮力を発生させ、彼女はプランが時折そうするように後ろ向きに飛翔を開始。
そして真っ赤な瞳は一瞬たりともフェニックスから離されることはない。
例え彼の光で目を焼かれようと、次の瞬間には再生される。
数秒後、100万度の熱に呑まれたゲートがパリンとガラス細工の割れるような音と共に砕けて消えた。
フェニックスは感心を瞳の中に浮かべつつ、放射するプラズマを窄めてレーザーの様な形状へと変化させる。
キィィィィイン!!
光の槍は速度を上げてルファスへと迫る。
炎という形態から光に近づけられた結果、亜光速まで加速させられたソレはルファスの全力の飛行速度に近いものがあり、後ろ向きに飛んでいる今の彼女では到底避けきれない。
しかしルファスを包む「水」の天法が微かに蠢いた。
遠隔でプランが【サイコスルー】を用いて挙動を与えているのだ。
一度発動され、問題なく機能している天法に干渉された結果、世界の処理式が歪む。
どう処理すればよいかシステムが動き、一つ前の記録を読み込む。
しかしその記録は先にメグレズがダンスを踊った事により僅かに撓んでいた。
ERROR ERROR ERROR
Memory management ERROR
ミズガルズにおいて女神が設けた基本的な規制の一つに速度規制というものがある。
簡単に言えば全ての存在は基本は光速を超えられない様に女神は制限を設けていた。
超人/怪物/化け物が跋扈する世界においてこれは当然の措置であった。
最も簡単に大規模な破壊を起こす方法としては、素早く動いて体当たりすればいいのだから。
現在世界で最も高速移動が可能なベネトナシュが、もしも本気で地面に体当たりをしたらそれだけでミズガルズは大打撃を受けてしまうことだろう。
だがここに大きな陥穽がある。
速度制限……しかしソレは「プラス」の場合だ。
「プラス」と言うのは即ち前進している時は物体は光速を超えられないという意味であった。
物体の正面───人でいうならば顔が向いている方向は「プラス」とミズガルズでは定義されている。
前を向いて走るのは当然の行為であり、誰もが納得するだろう。
だが逆に「マイナス」には何の制限もかかっていない。
そして「マイナス」とは即ち、後ろ向きの事である。
つまりミズガルズにおいては前を見て飛ぶよりも、後ろ向きに飛翔した方が理論上は遥かに早く移動できるのだ。
恐らくだが女神アロヴィナスもまさか後ろ歩きで超光速を叩きだす存在がいるとは思いもよらなかったのだろう。
天法に含まれていた「水」の力が流動を繰り返し、世界の根底の式に悪影響を与え、速度が貯められていく。
結果、ルファスのバック飛行の速度は通常の4億5000万倍にも跳ね上がる。
あのベネトナシュを数億倍ほど上回る速さである……ただし
仮にかの最速を自負する“吸血姫”がこの事実を知ったらどのような顔をすることか。
だがこれでもまだ安定した方であった。
何回かアリストテレスが試した事もあるが、最高で10の64乗ほどの速度になったこともある。
もしもこんな速度で移動してしまったら膨張する世界の壁を突き破って、瞬時に女神の見たくもない顔を見せつけられる羽目になるかもしれないのだから。
“ぇ”とルファスが呟く前に全ては終わった。
フェニックスはいきなり眼前から獲物が消え去り、眼を見開いた。
「ぁ……」
彼女の動体視力と圧縮時間を以てしても世界の全てが一瞬で光を追い越した様に収束したかと思えば彼女は一瞬だけ無数の銀河を見た。
音も何も存在しない世界ではあるが先に発動した術のお蔭で呼吸は出来た。
戦の事も何も忘れて無意識に少女はキラキラ輝く星雲へと手を伸ばす……。
レベル800の身体能力を4億5000万倍にした結果として彼女はそのままミズガルズの大気圏を突破し、星系を後にし、更には銀河からも飛び出してしまったのだ。
勿論そのままでは決して帰れない為、瞬時に減速処理が行われた上で【任意コード実行/座標移動】が発動しフェニックスの頭上300メートルほどの位置に帰還。
理解不能な現象に眼を剥くのも一瞬。
直ぐにルファスは意識を戦闘状態へと戻し、翼を丸めて、猛禽類が獲物を狩るときの様にフェニックスへと向けて落ちていく。
どうやら奈々子がド派手にスキルを連発しフェニックスの注意を惹きつけてくれているようで、ルファスには欠片も気が付いていない。
狙うは首筋。
意識を研ぎ澄まし、そこを見れば【一致団結】の効果によって微かな“線”が映り込む。
これは不死鳥の肉体構造を解析した結果、弱点を可視化したものである。
────。
しかし剣ではダメだと囁かれてルファスは従う。
確かにミスリル製の武器では刃を通す事は出来ても融解してしまうだろう。
剣を鞘に戻し、空中で身体の向きを変える。
更に足を下に向けて落下しながら【流星脚】のスキルを発動。
デメリットとして飛行状態がキャンセルされるが、むしろ好都合。
【サイコスルー】による力場操作を連続で併用し自分を打ち出すことによってルファスは速度を増す。
加速する ───166 444 531m/s
加速する ───211 321 911m/s
まだ早くなる──244 335 212m/s
先に比べればマシとはいえ、それでも周囲の光景が全て後方に飛んでいってしまうほどではある。
ベネトナシュの最大速度に匹敵する域にルファスは指をかけている。
落下という限定的な状態なれど、吸血姫の世界にルファスは確かに入門していた。
輝く金糸と朱色が彼女の落下軌跡をなぞる様に残光をばら撒く。
今の彼女は正しく流星と評すべき美しき星であった。
『ギッ………』
着弾時の音は「ドォン」でも「ギシ」でもなく「パリン」というガラスが割れるようなモノであった。
フェニックスの全身から放たれる熱、炎───それらを構築している粒子が砕けた音である。
黄金の流れ星が一ミクロの誤差もなくフェニックスの後頭部に叩き込まれる。
不死鳥の口から悲鳴が微かに零れ、余りの衝撃に全身を形成するマナの結合が解けかけてしまう。
大規模な火災に対しての対処方法として放水するのではなく爆発を叩き込むというものがあるが、原理は同じだ。
『オオオォォオォオオオオオオオ!!!???』
途方もない年月においても上位に入るほどの衝撃を浴びたフェニックスは喉が潰れる程の絶叫を上げる。
空の王は宙からやってきた流星によって大地に叩きつけられた。
ルファスの脚がめり込んだ地点を中心に火山を砕きながら奥深くへと埋没していく。
翼が解放を求めるように暴れ狂い、不死鳥の脚が痙攣する。
が、ルファスは手加減や情けなど掛けはしない。
ダメ押しとして老婆呼ばわりされたイラつきを込めて、全力でフェニックスをマグマだまりの中に叩き込んでから飛びあがる。
フェニックスの身体が灰となり崩れ出す。
しかしどうせまた復活すると知っていたルファスに遠慮はない。
【一致団結】を通じて確認するが、やってよいと許可を下されている故に追撃を開始。
1キロほど跳躍してから【サイコスルー】の力場を3つほど展開して自分を射出。
ルファスの■■キロ程度の体重に途方もない速度をかける事によって星が揺れる一撃が完成。
「もう一発ッッ!!」
先には劣る速度ではあるが、それでも亜光速で彼女は【流星脚】を復活しようとするフェニックスに叩き込む。
クリフォ火山全体が震え、吹き散らされた溶岩が雨の様に周囲に散らされた。
まさに産声を上げようとしていた再生途中の不死鳥がズタボロに砕かれ、巻き上がった破片も奈々子が容赦なく切り刻んでいく。
『いいぞォ……遠慮はいらん! 貴様らの全てをぶつけてこい!!』
『勝てそうだと思っている奴を踏みにじるのは格別だからなァ……!』
砕けた顔面の一部が笑いながらルファス達の戦法を称える。
卑怯? そんなものは弱者の遠吠えだと理解している不死鳥はどのような手であろうと己を殺しつくさんとするルファス達の戦法を称賛していた。
その上で彼は己の勝利を疑わない。
自分こそが世界最古にして最強の魔物だと彼は信仰しているのだ。
そしてこれは決して思い上がりなどではない。
不死鳥を形成していた炎が吹き散らされ、火花が飛び散る。
火花───これらは火種であった。
全てがフェニックスの一部であり、不死鳥はこの状態でもまだ死んでいない。
火種同士が結合し合い5個ほどの火の玉───不吉の象徴とされるウィルオウィスプがユラユラと燃えながら漂う。
それら全てに火山よりマナが流れ込んでいく。
圧倒的と言う言葉さえ生ぬるい「火」属性のマナが充填され、次の瞬間には全てが不死鳥の姿を形成した。
誕生した五つのフェニックスたちはそれぞれが嗜虐的な笑みを浮かべ、ルファス達を嘲るように上空を舞う。
『さて、どうする?』
『逃げてもよし、戦ってもよし』
『まぁ、何処に逃げようと追い詰めて殺すがなッ!』
『楽しい、楽しいぞ!!』
『これを見ても戦意を失わぬか……いいぞぉ』
【フェニックス 全盛期】
【フェニックス 全盛期】
【フェニックス 全盛期】
【フェニックス 全盛期】
【フェニックス 全盛期】
フェニックス、フェニックス、フェニックス……。
勿論一体一体が弱いというわけもなく、残念ながら全てがレベル1000である。
レベル1000が五体というどうしようもない絶望がここにはあった。
限りなくマナ生命体に近い「火」と「日」の化身たる不死鳥だからこそ可能な裏技。
彼は欠損した己の肉体を再生できるのは当然として、欠損した部位から本体を再生させることが可能なのだ。
かつて“竜王”がアイガイオンを作り上げたのと同じ原理であるが、彼はラードゥンよりも存在を分割しやすい性質である故にこうも簡単に増える事が出来た。
「……」
プランは変わらない。
五体に増えようと百に増えようと、やることは同じなのだから。
彼の後ろで今度はメグレズが狂ったように虚空に拳を付きだし続けている上に、脳をフル回転させてプランが【錬成】を掛けるための増幅装置として用いられていた。
勇者に華を持たせつつ出来るだけ早く片付ける。
それでいて全員生存。マルクトへの被害も不許可。
その他、特に禁止事項なし。
彼も“遠慮はいらない”と言っていたのだから何の文句もないことだろう。
とりあえずまずはフェニックスの復活に対する対抗策を実施することに彼は決めた。
懐から青い結晶体を取り出し魔力を注げばソレは高純度のマナを含んだ水へと変わっていく。
その後ろでメグレズが足も動かさず、直立不動でクルクルとコマの様に回っていた。
戦闘時は無機質な機械の様な側面を見せる奈々子さえ「何アレ」といった顔でチラチラ見てしまうが、ルファスは目を逸らして対処した。
彼女はアレが意味不明な様に見えて意味はあるのだと知っている。
あの動きによって世界を飛び回る不規則さと曖昧さを調整しているのだと。
それはそうと見ていられない滑稽さではある。
当の本人であるメグレズは何やら心から楽しんでいる様であったが。
「今からフェニックスを再生できなくする。その間に倒すんだ」
意思疎通は大事である故にプランは端的に告げる。
どうやって等と言うつまらない質問は誰もしなかった。
皆目見当もつかないが、彼がやるといったらそうなるのだと。
アリストテレスが魔神族20体を素材に作り出した「水」の魔法結晶を解放する。
吹き上がる膨大な青い力の波動にフェニックスたちが自分と相反する属性の発露に身構える。
五行相克、ミズガルズにおける力の相性による作用を深く理解している故に彼らは油断しない。
『魔法か! だが、当たりなどせん』
翼を広げ、彼らは自分たちが最も得意とする領域たる天空へと飛び立つ。
五つの鳳凰が黄金に輝きながらルファスたちを見下ろす。
さて、何が来る? と不死鳥は観察する。
放たれる「水」のマナは彼から見てもかなりのモノがある。
恐らく、超巨大なスライムでも産み落とすのかと彼は予測した。
(流水に意思を持たせた新種の魔法か……?)
確かにソレは厄介だ。
熱量は圧倒的に自分の方が上だが、ミズガルズにおいて「火」は「水」の前では半減すると女神が定めている以上は不利である。
女神が“これはこうだ”と定めている、というのはそれほどまでに大きな意味があるのだ。
ジジジジとノイズが走り、世界が微かにズレる。
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次いで完全に魔法が発動し───フェニックスたちは空の上にいながら“チャポン”という水面に飛び込んだ様な音を確かに聞いた。
途端に発生する息苦しさ。喉が絞められているわけではないというのに呼吸が難しい。
まるで溺れたかの様であった。
(周囲に水は───!?)
まさか今や歩く太陽と化した自分たちを水の中に一瞬で沈めたのかと思い周囲を見回す。
しかし何もない。火山から噴き出る煙で淀んだ空と、真っ赤に吹き上がるマグマ。
自分が拠点に選んだだけはあるフェニックスにとって理想的な環境だ。
あれだけの「水」属性の気配を感じたというのにプランの魔法はまるで見当たらない。
まさか誤爆したか? と思うが、直ぐにそんなわけがないと否定する。
この息苦しさ、存在を徐々に削られていくような気配、間違いなく奴が何かしたのだと不死鳥は思考を巡らせるが答えは出なかった。
彼は知らぬことであるが、ミズガルズにおいて“水中に入った”と判断される条件は“水面に接触した”という事実が必要なのだ。
プランはその“水面”を用意し、彼らに網を被せるがごとくその判定を引っ掛けたのだ。
故にミズガルズは今は彼らが水中にいると判断し、無機質に「火」は水の前で効力を失うという処理を走らせている。
が、ガ、ガ、と息苦しさに耐えかねて口を開閉し周囲を血走った瞳で睨みつけ───瞳の中に小さな人影が恐ろしい速さで迫る。
“勇者”が無表情で剣を振りかざし迫っていた。
【エレメント・エンチャント】により「水」を付与された剣は青白く輝き、軌跡に波しぶきを走らせながら振るわれる。
ただのミスリルの剣であったソレには膨大な天力が纏わりつき、剣の強度を二段階、三段階も強化している。
これならばフェニックスの纏う熱でさえも容易くは溶解しない。
一瞬だけ反応が遅かった。
そしてそれが命取りであった。
【マジックブレイク】
勇者の持つ特殊なスキルの一つ。
【ヴィンデミ・アトリックス】に近い性質のソレは相手のHPと同時にSPも削る概念攻撃の一種。
マナ生命体に限りなく近い不死鳥に対しては特攻ともいえるスキルであった。
『ぐっ、が……!』
刃が易々と不死鳥の片翼を切り落とす。切断面から血液の様に炎が噴き出る。
クリティカル判定が発生させられた結果フェニックスの防御力は無視される。
レベルにして300以上の差は普通ならば絶望的だ。
だがそれをひっくり返すのが勇者という存在なのである。
仲間と共に力を合わせて強敵と戦う、正に勇者好みの展開であり、ミズガルズは惜しみなく奈々子に力を与えた。
止めどなく溢れる天力によって強化された身体能力を頼りに奈々子は【マジックブレイク】を振るい、残った翼も切断。
レベル1000という本来ならば届きえない存在を軽々と殺傷した勇者は蒼く瞳を輝かさせ、タイミングを計る。
きりもみ回転しながら墜落を開始するフェニックスの頭部も手際よく斬首すれば、勇者は浮力と意思を失った不死鳥の身体を踏み台に次の獲物へと飛びかかる。
『何……?』
異変に気が付いた不死鳥が驚愕する。
堕ちていく亡骸にマナが収束しない。
身体は灰に還らずそのまま空中で爆散し膨大なマナの粒子となってミズガルズに還っていく。
そして当然の結果として打倒者である勇者奈々子にマナの移譲が開始。
勇者のレベルが上がる。
本来ならば1割しか入らない筈のソレは勇者という例外を前に完全なる譲渡が行われた。
テテテテーンという滑稽なファンファーレと共に奈々子のレベルが跳ね上がった。
格上であるレベル1000を倒すという偉業により彼女のレベルは一気に125も上昇した。
併せて全ステータスが跳ね上がり、スペックだけ見ればフェニックスに並ぶ数値となった。
北星奈々子
レベル 825
種族 人間
クラスレベル
【勇者】 825
復活に必要なマナが奪われた事、更には火山との接続を失ったことにより不死鳥は永遠の命を喪失した。
つまり復活しないのだ。
クリフォ火山で戦う限り、山脈の下に座する龍より無限に力を引き出せる筈だというのにその繋がりが切断されている。
彼は知る由もないが、ここは水中であるとミズガルズが誤認しているのだ。
『どういうことだ!?』
遠かった筈の死が近づいてくる音を感じながらもフェニックスは息苦しさを押し殺し翼を羽ばたかせる。
飛びかかってくる奈々子より距離をとり、間違っても掴まれない様に細心の注意を払いながら飛翔。
都合4体の不死鳥が彼女の全周を取り囲んだ。
翼で彼女を打つように仰ぐ。
それだけで太陽風にも匹敵する熱波が全方位から叩きつけられ、如何に勇者と言えど炭も残らない。
そして当たり前の話だが奈々子に翼はなく逃げる事など出来はしない。
勇者としてのとてつもない身体能力を用いて手足を振るって衝撃を発生させれば“跳ぶ”事は出来るだろうが、飛ぶことはできない。
一方的に、情け容赦なく全方位から炙り殺されるのが現実だ。
大空で空の王に挑むという事は、こういう事なのだ。
そう、奈々子に翼はない。
────横合いから全力で飛んできたルファスが熱に炙られながらも腕を伸ばし奈々子を連れ去った。
手足の所々に火傷を負ったが、その程度では彼女は止められない。
「そらっ!」
身体を捻り勢いをつけてルファスは奈々子を最も身近なフェニックスに向けて投げつけた。
息苦しさによって微かに思考を鈍らせていた不死鳥は目を見開くが遅い。
【マジックブレイク】
スパンとまた一つ、そっ首が叩き落とされた。
先よりも容易かった。
一度成功したことを繰り返すのは初挑戦よりも遥かに楽なのだ。
意識を失った結果、不死鳥がまた一体崩れ、勇者にマナを譲渡。
北星奈々子
レベル 905
種族 人間
クラスレベル
【勇者】 905
ステータスが完全に不死鳥を上回る。
かつてのベネトナシュよりも高く、レベル1000の域に彼女は足を踏み込んだ。
もはやルファスさえも完全に上回った奈々子は文句なくパーティーの最強戦力である。
『アイネイアースの再来のつもりか!?』
『なるほど、あの女に勇者として選ばれただけはあるようだ!!』
『だが貴様も───ガアアアアアァ!?』
余計な事を口走ろうとした三体目のフェニックスを真上からルファスが再び【流星脚】で叩き潰す。
しかしさすがは不死を冠するモノだけはあり、先に比べれば加速していないソレをフェニックスは耐えきり、反撃の為に全身から熱波を爆発的に噴き出す。
体内で連鎖し続けている核融合反応を微かに外部に放出するだけで彼は火属性の最上級魔法クラスの破壊を撒き散らす事ができるのだ。
数値にしておおよそ4メガトンの爆発を彼はルファスを自分から引き剥がす為だけに空中でさく裂させた。
超巨大な火球が火山上空に出現し、ソレは一瞬で周囲5キロを薙ぎ払う。
発生した熱波の火力はどう見繕っても数百万度であり、人間ならば一瞬で蒸発するであろうエネルギー量だ。
マルクトからさえ観測できるほどの巨大なキノコ雲が現れ、発生した衝撃波は帝都を揺らす程であった。
ドゥエドゥエドゥエドゥエドゥエドゥエ───。
奇妙と滑稽さを両立させた嫌な擬音がした。
まるで吃音症の人間が超高速で同じ単語を乱射しているかのような効果音が。
【サイコスルー】
【瞬歩】
またである。
ここに魔王がいたら悲鳴を上げるかもしれない例の超高速バウンド移動。
プランの基本技であるソレを此度はルファスが用いていた。
その速さ速度にして約マッハ44万。
光のぴったり半分の速度だった。
秒速にして15万キロという速度まで速さをため込んでいる。
そしてコレの面白い所は「ド」と「ェ」の間は当たり判定が消滅する事でもある。
後は簡単だ。
「ゥ」の瞬間とフェニックスの放った熱波攻撃のアタリハンテイが発生する瞬間を合わせてやれば例え爆心地に居ようとルファスがダメージを受ける事はない。
明らかにおかしいだろうが、ミズガルズはそういう世界なのだ。
(─────だろう、な)
【一致団結】による接続を用いてプランの動きとスキルを再現していたルファスの胸中にあるのはそれだけである。
あの瞬間、ルファスは己の死を覚悟する程の閃光を思いっきり身に浴びた筈だった。
例えレベル800で火属性の攻撃を半減する防具に身を包んでいたとしてもソレを貫通し全身に重度の火傷か、または炭化してしまうほどの火力を不死鳥は放っていた筈であった。
反撃が来る……それを理解した上で【一致団結】を通して彼はルファスに攻撃を指示していたのである。
普通ならば死ねと命令されるに等しい自爆特攻攻撃を。
しかしその後に続くプランの囁きを彼女は聞いていた。
“信じて欲しい”と。
であればルファスは一も二もなく従うのみだ。
そして訪れた現実は無傷。
あれだけの破壊が完全に受け流されていた。
全身に小刻みな振動が続いているが、それ以外は何もない。
そしてジジジと両翼に循環させていた魔力と天力の残照が紫電を放った。
奈々子を【エクスゲート】で一時的に退避させていた残滓である。
更に更に加速していく。
ルファスをして御しきれないと思ってしまう程に。
「……」
“可哀そうにな”
思わずそんな言葉が口を突いて出てしまいそうになった。
無限に速度を貯める事が可能なバウンド移動。
そして速度が速ければ早い程威力を増す【流星脚】というスキル。
この二つをかけ合わせるとどうなるか? という話だ。
『させるかァ!!』
何をされるか本能で理解したのだろう。
全身から爆炎を放ち、口からプラズマを吹き零しながらフェニックスが全力でルファスから距離を取ろうと羽ばたく。
なるほど、正しく空の王と呼ばれるに相応しい恐ろしい速度であった。
後方から聞こえていた音が、大きくなっていく。
ドゥエドゥエドゥエドゥエドゥエドゥエ───。
ドゥエドゥエドゥエドゥエドゥエドゥエ───。
少しずつ。
しかし確実に。
ドゥエドゥエドゥエドゥエドゥエドゥエ───。
どんどん。
ドゥエドゥエドゥエドゥエドゥエドゥエ───。
もうすぐ近くだ。
距離が着実に迫っていく。
フェニックスは全速力で空の彼方に向かい、宇宙空間まで逃げようとしている。
素のルファスの飛行速度では決して追いつけない速さであったが……残念ながら今のルファスよりは遅かった。
尾羽。
胴体、
首。
そして頭の順にルファスは鳳凰の上を跳ねながら駆け上がり、くるんと膝を抱えて一回転。
さすがはノーガードの革から作られたブーツ。
短時間であれば彼の放つ熱波にも耐えてくれた。
女神の法はルファスがフェニックスを踏みつぶした時の効果音を「ぽひゅっ♪」という可愛らしい音で表現した。
ぽひゅ♪
『グオォォォオォオ!!??』
跳ねまわり続けた勢いのままにルファスはフェニックスの頭を踏みつけ、遠慮なくスキルを発動する。
【流星脚】
光速の8割の速度で物体がぶつかればソレはどのような結果を齎すか?
その答えが今の半ば潰れた不死鳥の頭で証明された。
99999ダメージ。
ミズガルズにおいてルール内で認可された最大ダメージが遠慮なく叩きだされる。
ヘルヘイムの時と同じく、亜光速での物体の衝突など想定されていなかった世界の計算式が弛む。
一瞬だけ六つ目、七つ目の「9」が浮かびかけたが、直ぐに世界はそれを修正した。
いや、処理しきれなかった分は数値上で表示されていないだけで確かに在るものとしてフェニックスに叩き込まれたのかもしれない。
『ギッ、アァガアァァ!』
“水中”と定義された領域から離脱しかけていた為、遥か下界の火山よりマナが流れ込み不死鳥は再生を開始。
だがそんな事は関係ないと言わんばかりに【流星脚】をルファスは再び使う。
同時に直ぐに蹴りの衝撃で相手が落っこちない様に【サイコ・コンプレッション】をフェニックスに発動させ、軽く圧力を込めてやれば一瞬だけ動きが止まる。
ダメージ判定が走った瞬間の対象に【サイコ・コンプレッション】を割り込ませてやれば
どんな相手であっても一瞬だけダメージストップが発動するのはアリストテレスにとっては常識である。
一瞬。
時間にして一秒弱。
それだけあればルファスは【サイコスルー】と【瞬歩】の合わせ技によって数万回は跳ねる事が出来た。
ぽひゅ♪
ぽひゅ♪
ぽひゅ♪
黄金に輝いていた頭にブーツがめり込み、潰れる。
99999ダメージ。
【サイコ・コンプレッション】によってフェニックスの動きは止まった上で反動で少女は跳ね上がり、上部に展開された【サイコスルー】によって戻ってくる。
端的に言って永久機関の完成である。
死ぬまで終わらない。死なないのならば永遠に終わらない。
『ぎざまぁぁぁぁぁ゛ああああ゛あああ゛あ゛!!!!!』
身の毛もよだつ叫びを魔物が上げるがもはや何もできはしない。
完成した時点で外部から誰かが干渉しない限りこの無限ループは終わらないのだ。
勢いを落とすどころか更に増して彼女はこの無限に続く嵌めを実行した。
【流星脚】
ぽひゅ♪
ぽひゅ♪
ぽひゅ♪
不死鳥の胴体が抉る様に吹き飛んだ。
99999ダメージ。
【サイコ・コンプレッション】が発動。不死鳥は反撃さえ許されない。
しかしマナだけが流れ込み再生が行われる。
終わらないし終われない。
無慈悲に【サイコスルー】で戻ってきたルファスがもう一度【流星脚】を発動。
99999ダメージ………。
99999ダメージ……99999ダメージ…………99999……。
ピロリローン♪
一定の回数を超えたコンボを祝福するようにルファスの脳内でファンファーレが鳴り響きだす。
不死鳥が死ぬ度に一回響くそれはやがて少女の頭の中で無限に反響しだした。
魔物の身体を構築する全てのマナの結合がバラバラになるまで掛かった死亡回数は1000回を超えていたとだけ言っておこう。
ちょっとした補足説明
もしよければこれを参考に元ネタ動画などもご覧ください。
バック走りの方が早い。
出典 マリオサンシャイン学会
元ネタはマリオサンシャインにおいてお馴染みのケツワープを発見したという動画です。
あのゲームにおいてもプラスの速度は上限が設定されていましたが、マイナス方向には制限がなく、理屈上は無限に速度を上げられるそうです。
ちなみに発見された最大のマイナスの速度は10の40乗にも及ぶとか。