ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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メグレズの“スピンジャンプ”!

 

『…………』

 

 

 

残り二体まで減らされたフェニックスは無表情であった。

瞬く間に切り伏せられた己の分身たち。

更には延々と流星脚によってすり潰された己の写し身の姿を見て彼は目の前の存在たちが本当の意味で自分を殺しえる存在だと認めた。

 

 

 

特に三体目の己───ルファスによって延々と死ぬまで殺された自分の姿は誰が見ても怖気が走るモノでしかない。

だってそうだろう? 不死という概念に挑戦するかの様に文字通り万死を味あわされ、獅子王でさえ何回も殺される程のダメージを叩き込まれてしまったのだから。

余りのダメージにマナを構成する粒子さえも損壊してしまったのか、本来ならばルファスに流される筈のマナがバラバラに砕け散ってしまうほどだ。

 

 

 

 

更にはどうやってるか皆目見当がつかないが、火山との接続を断たれた上に水中に叩き込まれたように息苦しく、思うように力が出せない。

しかし周囲には何もなく、何の反応もない。彼の長い生涯の中でもこんな事は初めてであった。

 

 

 『ハハハハ……!!』 

 

 

そう。

何もかもが新鮮で、輝いている。

その事実はフェニックスの中の核融合反応を早める程に嬉しい事実であった。

 

 

 

『ハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!』

 

 

 

何万か、何十万か。

不死鳥は走馬灯の様に今まで歩んで来ていた莫大としか言いようのない歴史を回想していた。

少なくとも人類が七つに分かれる前、アイネイアースが誕生する前、天翼族が分裂する前。

 

 

楽園の時代。

虹色羊が堂々と闊歩していた黄金時代にも彼は居た。

当時は今よりもマナの濃度が濃く、捕食という行為もなかった。

 

 

 

いや、いや、あのウラヌスが果実を管理していた時代か、奴が生まれる前か。

カストールとポルクスの兄妹がまだ『勇者』などと言う心底くだらないシステムに囚われる前。

長く、長く、認知の病を患い倦怠と妥協の生に沈んだ方がマシと思える程に彼は長く生きてきた。

 

 

 

不死鳥とはよくいったものだ。

不老不死の魔物? ミズガルズ最古にして最初の魔物?

うんざりであった。クソくだらない女の茶番を延々と見続けながら幾度も繰り返される三流芝居を鑑賞してるだけの命など。

 

 

だが。

彼は悟った。

それももう間もなく終わるのだと。

 

 

『ハハハハハハハハッハハ!!』

 

 

 

『待ちわびたぞ!! 今度こそオレを終わらせてくれるんだな!?』

 

 

 

ギラギラと輝く瞳には何万年も煮こまれ続けた期待が宿っている。

狂い笑いながらも二匹の鳳凰は一度マナ単位まで解け、収束を開始。

レベル1000相当の膨大な「火」の力が絡み合い、熱量を増した上で姿かたちを整える。

 

 

 

長すぎる生涯の中においてもほんの数える程度にしか使われたことのない形態───全力戦闘形態を彼は披露することに決めた。

ゴゥっという爆音と共に空気が燃えながら飲み込まれる光景は誰が見ても死を意識するものだが、それとは別の理由でルファスと奈々子は動けなかった。

 

 

空の上から降りてきたルファスは燃え爛れた大地の上に立ち、その隣に奈々子が並ぶ。

彼女たちには見えていた。

【一致団結】の効果によりアリストテレスと同じような数式の世界を共有しているというのもあるが、もっと根本的な理由で。

 

 

 

 

新種の魔物としてルファスは変わっていくフェニックスを見て背筋が凍り付く感覚を味わっていた。

火山の熱が届かない程の上空ではあるが、空の涼やかさとは別種の、本能からくる“冷たさ”だ。

ぎゅっと拳を握る。微かに震えそうになるソレを彼女は全力で抑え込んだ。

 

 

 

レベル1000と800。

魔物としてフェニックスは今のルファスよりも格上である。

今まで戦えていたのはプラン・アリストテレスの助力があってこそであり、普通ならば無限に復活を繰り返す空の王に焼き尽くされて終わりだったはずだ。

 

 

だからこそルファスは少しばかり自惚れてしまっていたのかもしれない。

本人が自覚しているかどうかはともかく「自分たちの力ならば勝てる」と思ってしまった。

 

 

 

炎が形を変える。

10メートルを超える巨鳥から3メートル程度の人型に。

 

 

が、それも先までの話。

世界最古の魔物が本気を出すという事がどういうことか。

レベルこそ先と同じ1000である筈なのに、決定的に何かが変わっていく。

 

 

 

人型とはいってもあくまでも基本的に、である。

背からは天翼族の如き翼が生えており、足は猛禽類のソレだ。

手指もまた鳥類の如く細くて鋭い。

 

 

顔もまた人の様な顔面ではなく変わらず鳥獣のモノであった。

まるで伝承に伝わる『鳥人』といった風体だ。

そして何よりそれら全てが燃えていた……だが、不思議と熱は感じない。

 

 

 

熱を感じない炎を纏った鳥人。

それがフェニックスの全力の姿であった。

 

 

更に悪い事に全く新しい存在に産まれ変わったと判定したミズガルズは一度フェニックスに掛けられていた水中判定を解除。

 

 

 

(…………)

 

 

祈るがごとく小さく唱えた名前は誰のモノであったか。

ステータスの上昇や形態の変化はもちろんあるだろう。

しかしルファスはもっと根底的な格の差を理解してしまったのだ。

 

 

 

自分はこの魔物よりも下であると、本能が囁いている。

まるで【威圧】を受けてしまったかのように身体が委縮してしまっている。

戦う前から負けを認めるなど、断じて嫌だというのに。

 

 

積み重ねてきた歴史と経験というのはそれだけの圧を放つのだとルファスは理解してしまった。

 

 

 

「ルファス」

 

 

隣に立つ勇者が声をかける。。

しかしてその唇から零れた声は彼女の物でありながら彼女のモノではない。

燦燦と蒼く瞳を輝かせながら奈々子は微笑んでいた。

 

 

 

「落ち着いて。大丈夫、勝つ為の算段はつけてあるから」

 

 

 

慰めでも何でもなく、事実として告げるプランにルファスは目を瞬かせた。

こんな時であっても彼は変わらない。

ソレが頼もしかった。

 

 

戦場が大きく移動した結果、姿が見えなくなったプランであるが恐らくこの瞬間にも【一致団結】を発動させ続けていることだろう。

そして奈々子は何処までも戦闘に関しては合理的に動く面がある故に、彼に身体を明け渡す事に躊躇いは無かった。

だがしかし、強敵を前にして共に戦う仲間に声を掛ける人情はあった。

 

 

戦闘の才能もあるが、それ以上に彼女は人懐っこいのだ。

 

 

 

「力を合わせてやっつけちゃいましょう」

 

 

「そして皆で打ち上げをするんです。

 私の国では大きな行事の後はいつもそうしてるんですよ!」

 

 

 

まぁ、無理やり参加させられることも多々あって苦手な人も多いんですけどね……と少しばかり影を背負った声で奈々子は捕捉する。

よくお父さんが「飲みニケーションはクソ」と漏らしていたのを彼女は聞いていたのだ。

学生の彼女にはよく判らない世界ではあるが、大人になれば判ると父は彼女によく説いていた。

 

 

 

「家族仲、いいんだな」

 

 

 

父の話をする勇者にルファスは無意識に漏らしていた。

このお人よしはきっと両親からいっぱい愛情を貰って育ったのだろう。

だからこそナナコには早く役目を果たした上で胸を張って故郷に帰ってほしいと願うのは当然であった。

 

 

 

「ルファスさんとプランさんもすっごい仲良しですよね!」

 

 

「……………ふふ、そうか」

 

 

 

何時もと変わらない勇者奈々子の調子にルファスは身体の強張りが溶けていくのを感じ、優しく微笑んだ後に、ニヤリと挑戦的な笑みに変えた。

傲岸に、自信満々に。何時ものルファスの様な力強さが込められた笑顔で彼女は奈々子の提案に乗る。

 

 

 

「ふむ……つまり勝利の祝宴というわけか。悪くないな」

 

 

 

脳裏をよぎるのはプランにプレゼントしてもらったワイン。

あれが特別品だということは良く知っているが……酒とは美味いものだと彼女は15歳にして理解させられてしまったのだ。

将来付き従うアリエスが苦労する事になるルファスの散財の理由が一つ産まれてしまった。

 

 

 

プランと奈々子とメグレズ。

一緒に戦いを潜り抜けた仲間と飲む酒。

それはどれほどの美酒なのか、彼女は興味が湧く。

 

 

そしてそうなると黙っていないのがプランだ。

昔の話ではあるが悪酔いした所を見た事もある故に警告を奈々子の口を借りて発する。

 

 

 

「お酒には本当に気を付けるんだよ? 

 ルファスにはちょーっとだけお酒で失敗しそうな雰囲気があるというか……。

 酒は飲んでも飲まれるなというありがたい諺もあることだし……」

 

 

 

 

「判ってる!! もうっ!!!」

 

 

 

プランから飛んできた注意にルファスは翼を大きく仰ぎながら返した。

全く、この人は本当に心配性なんだからと思いつつ、寝落ちしてしまったのは事実なので全面的に否定は出来なかった。

雑談の結果、気付けばルファスの身体から余計な緊張は消え去り、警戒は維持しつつも限りなく自然体で敵を見据える事ができるようになっていた。

 

 

ククと喉を鳴らした笑い声が響く。

見ればフェニックスが腕を組み、肩を揺らしていた。

 

 

 

『祝宴か。もうオレを倒した後の事を気にかけるとはな』

 

 

 

「勝たせてもらうぞ、不死鳥」

 

 

 

ルファスの挑発するような言葉に不死鳥は更に笑みを深める。

喉を鳴らす様なものから、やがて腹を抱えて大笑するほどに。

屈辱ではなく、純粋に心の底から彼はルファスの勝利宣言に歓喜していた。

 

 

 

『ハハハハハハ! そうか! そうか!!』

 

 

 

身体の表層でゆらゆらと燃える炎はいっそ不気味なほどに何の熱量も感じない。

完璧ともいえるほどの熱量と力場操作の技巧はフェニックスの燃やしたいモノだけを燃やすという域にまで至っている。

 

 

 

 

『ならば───やってみせろ!!』

 

 

 

星が瞬くような凄まじい閃光が放たれ、真価を発揮したフェニックスがその力をルファスと奈々子に向けて解き放った。

 

 

 

 

 

 

ルファスと奈々子は一切の油断をしてはいなかった。

相手は世界最古の魔物フェニックス。

ソレも今まであったようなお遊びの気配を消し去った本気の戦闘形態。

 

 

 

どんな手札を使うかなど見当もつかない。

だから油断はしていなかった筈だった。

 

 

勝負は一瞬でつきかけた。

実際、プランがいなければ全ては終わりだった。

不死鳥が一歩を踏み出し、力を込める。

 

 

 

そこまでは見えていた───そして見失う。

少なくとも奈々子とルファスには見えなかった。

ベネトナシュという超がつくほどの規格外を経験していたアリストテレスには見えていた。

 

 

(なに、を……)

 

 

(き、え───)

 

 

あっと言う間もなく二人の思考が真っ白に染まっていく。

心臓の鼓動だけが聞こえる。

“死”が迫る。

 

 

ルファスには見えた。

なまじ魔物として発達した本能を持っていた彼女には数瞬後に首を落とされている自分の姿が。

 

 

奈々子は理解した。

勇者に選ばれるだけの素養を眠らせていた彼女には数瞬後には心臓を貫かれているであろう自分の終わりを。

 

 

 

ただ高速で切りつけながら回り込み、背後から貫手で心臓を一突き。

鳳凰が行った動作は文字にすればそれだけだが、埒外の速さで行われた結果として二人は反応も出来ない。

レベル1500のベネトナシュには劣るかもしれないが、技量と経験では彼女に勝る故に体感としては同等以上の高速移動を彼は可能としている。

 

 

更に熱量操作の応用で彼は自分の身体にかかる摩擦やら抵抗やら、それら一切を燃やしながら突き進むことができる。

彼は減衰しない。彼は停止しない。永遠の命を持つ彼には衰る/減少するという法則が当てはまらないのだ。

 

 

 

今のルファスと奈々子では一蹴されるのが当然の域に彼はいた。

レベル1000に至った二人でようやく同じ土俵に立つことが許されるがそれでもまだまだ足元だろう。

何せ彼は、超えかけているのだから。

 

 

 

フェニックスはレベル1000でありながら限定的にソレを超える力を発揮していた。

何人も何人も、その域に至っていた勇者たちの生と死を見つめ続けた彼である。

それを上回る域に指をかけていたとしても何ら不思議ではない。

 

 

 

レベル1000にして世界最古の魔物。

興味もなかった故に数えられなかっただけで彼は“四強”にその名を連ねていてもおかしくはなかった程の存在だ。

その場合は“獅子王”か“吸血姫”あたりが成り代わられていたかもしれない。

 

 

 

故に彼は不死なる空の王なのだ。

どうしようもない“死”を彼女たちは見てしまい……身体だけが勝手に動く。

視界に数式が映りこみ、それらが恐ろしい速さで書き換わりだす。

 

 

 

 

考える前に。

意識が動く前に。

【一致団結】によってプランは多少無理やりにルファスと奈々子を動かした。

 

 

ルファスは手に【サイコスルー】を纏い、迫りくるフェニックスの手刀をそれが内包する熱エネルギーごと“掴んで”逸らす。

奈々子は剣に天力を収束させた上で【ジャストガード】というスキルを使用し、タイミングよく彼の攻撃を弾く。

一瞬であった。勝手に身体を動かされた事さえ気づけない刹那の攻防によって二人は命を繋ぐことが出来た。

 

 

 

「……!」

 

 

 

どちらかの視線が向いた。

そして、もしも今の攻撃が当たっていたらどうなっていたかの“もしも”を垣間見る。

 

 

先に奈々子が逸らした一撃によって空が燃え上がっていた。

大気中の埃や火山灰などに着火したフェニックスの炎は空を真っ赤に燃え上がらせ、ミズガルズの夜の版図を微かに削り取る。

その日、惑星の平均温度が2度ほど上昇した。

 

 

 

世にも不思議な光景だろう。

空が燃え上がっている等。

傍から見れば美しく見えるだろうが、その熱を向けられる側からすれば悪夢でしかない。

 

 

 

『あの男か』

 

 

 

完全に獲った感触があったというのに奇妙な動作で命の危機を避けた二人に不死鳥は呟く。

彼は既に種を見破っていた。

どうやっているかは判らないが勇者と新種の魔物の両人をプランとか呼ばれていたあの人間が動かしている事を。

 

 

まずはあちらから殺すか? 

 

 

 

脳裏に浮かんだ提案を直ぐに破棄する。

ああいう手合いがその程度の事を考えていない筈がない。

なに、順番が変わるだけで全員殺すのは変わらないのだと彼は王としての傲慢さを帯びた判断を下す。

 

 

 

 

 

フェニックスに手加減はなかった。

数万年ぶりに解禁した己の全力を楽しむ様に勇者に切りかかる。

右の手刀に炎を纏わせればソレはオレンジを帯びた深紅の刀身となった。

 

 

 

「火」属性のマナだけではなく「日」のマナまで混ぜ込んで作られた光剣に重量はなく、触れるモノ全てを熔解/切断させる恐ろしい武器であった。

切りかかったフェニックスと迎え撃つべく一歩踏み出した奈々子。

交戦の為に加速し、物理法則の限界という壁を激しくノックすれば両者の観測する時間がほぼ停止する。

 

 

 

 

フェニックスの誇る最熱の手刀を迎え撃つは天力と【サイコスルー】を纏わされたミスリルの刃。

本来ならば一瞬の拮抗も出来ない筈の武具性能の差であるがそこはちょっとした工夫の見せどころである。

剣を覆う天力と念力の薄い膜は入れ違いに何重にも重ねられており、刃同士が直接触れ合わないにように保護しているのだ。

 

 

 

フェニックスの攻撃速度はざっくばらんに言ってしまえば光速であった。

ミズガルズにおけるプラスの速度に許された限界の速度で彼は腕を振るう。

数億分の1秒に一回という意味不明な速度による剣戟はただ闇雲に振り回しているだけではなく、確かな技術さえ宿っている。

 

 

閃光のみが刃の通った後に置き去りにされ、そこには摂氏数百万という熱量だけが残留し続けていた。

余りに高密度な熱エネルギーを収束させた結果、刃は空間さえも炙っているのだ。

 

 

 

「…………」

 

 

勇者たる奈々子もまたそれに全霊で答える。

声こそ上げず蒼い瞳には感情というものがなかったが、それでも彼女は必死であった。

今までプランから教わってきたこと、今導かれていること、そしてルファスとの模擬戦で培った経験。

 

 

 

何もかもを総動員させて不死の怪物の刃を凌ぐ───凌ぎ続ける。

レベル900台、ステータスを見れば1000の領域でも十分に通じる彼女であれば補助を受けつつフェニックスの攻撃を捌く事が出来た。

 

 

 

 

そう……片手で。

何万、何十万と武器が交叉するが奈々子は右腕だけで不死鳥の猛攻撃を凌ぎ切っていた。

彼女の蒼い瞳には数式が映り込んでおり、判りやすくかみ砕いて言えばそれは未来図である。

 

 

 

 

フェニックスがどのような攻撃をするか。

何処に攻撃するか。

どういうフェイントをかましてくるか、何もかもが見えている。

 

 

後は敵の攻撃が来る位置に剣を置いておくだけである。

完全に最適化された動きで奈々子はフェニックスの攻撃を捌き続けるが、それでも体力は少しずつ減っていく。

一撃でも当たればその瞬間に焼き殺される極限状態の中にあっては精神力/体力は恐ろしい勢いですり減っていくのは当たり前の話であった。

 

 

 

【ハイ・ヒーリング】

 

 

 

HPと精神を回復させる天法の光が勇者に捧げられる。

奈々子とフェニックスの激戦に割り込む隙を見計らいながらルファスは勇者のフォローに回る。

口惜しいが今回の主戦力は彼女であり、自分は補佐に徹するべきだと彼女は理解していた。

 

 

一人でも倒れたらその瞬間に戦線は崩壊する。

故に無駄なプライドは必要ない。

 

 

 

『小賢しい』

 

 

 

ギョロりと眼球だけ動きルファスを見れば彼女の周囲の空間が発火した。

「火」という概念と限りなく同一している不死鳥は視線や思念を送るだけで任意の空間を焼く事さえ可能なのだ。

1万度という太陽の表面温度さえ超える熱の檻がルファスを完全に覆い隠し、閉じる。

 

 

咄嗟に呼吸を止めた彼女の対応は正しいものであった。

でなければ如何に「水」の術で保護されているとはいえ、肺に火がついていたのだから。

 

 

 

完全なる火葬攻撃。

如何にレベル800といえど炭になりかねない攻撃であるが、ルファスは冷静であった。

物理的な逃げ場はないが、もはや彼女は距離という概念を克服している。

 

 

 

プランから教わった術は実戦の中において幾度も使用され、その技量を研ぎ澄まされていた。

あれほど苦労していた展開と維持はもはや一瞬で行える程にルファスはこの術を身に着けている。

両翼に循環させた二種の力を用いて【エクスゲート】を瞬時に展開し、地獄の檻が閉じる前にその中に身を潜らせる。

 

 

ジジと自分の翼が微かに焦げた音を聞きながらルファスは出口───フェニックスの背後───から勢いよく飛び出した。

一見すれば無防備な後頭部に切りかかるが不死鳥の翼が鋭利な剣の様な形状に変化しルファスの一撃を切り払う。

奈々子と同じく不可視の力によって保護されているミスリルの刃が熱を帯び、耳障りな呻きを上げ始めた。

 

 

 

『その術……どこで覚えた?』

 

 

 

勇者に剣戟を叩き込み続けている為、顔どころか目線も向けないが声に宿る敵意だけは本物であった。

忌々しいという感情を隠しもせずに彼はルファスに問う。

 

 

 

「何のこと、やらっ!!」

 

 

 

応えるつもりなど毛頭なかったルファスは先にフェニックスを殺しつくした【サイコスルー】【流星脚】の無限落下攻撃を叩き込むべくドゥエドウェという奇妙な効果音を放ち始める。

が、脳裏に響いた声に彼女は直ぐに作戦を修正した。

【流星脚】を解除し、高速移動だけを続行。

 

 

 

そのまま突っ込むかと思えば、彼女は後方へと向けて跳ね始め、距離を取る。

てっきり先と同じように【流星脚】を放ってくると思っていた不死鳥の顔が不機嫌に染まる。

あの忌々しい攻撃で己を足蹴にしようとした瞬間、体内のプラズマを噴射し骨の一欠けらも残さないつもりだったのに、と。

 

 

 

 

またあの男だな、と苦々しく想いながらフェニックスは勇者との剣戟を終わらせるべく“詰み”へと入る。

熱剣に更にマナを注ぎ込めばソレは鮮やかに輝き、内包する熱量の桁が跳ね上がった。

1500万度の熱を圧縮した光の剣は奈々子の武具が纏っていた念力と天力の防護膜を焼き尽くした上でミスリルの剣を瞬時に溶かしつくす。

 

 

 

 

狙うは少女の細い首。

肌に微かに触れでもしたらそれで終わりだ。

概念的な「火」の力は刀身に触れる全てを悉く消し飛ばす事だろう。

 

 

苦痛なき即死。

不死鳥が勇者に与えられる最高の贈り物だ。

 

 

 

が……届かない。

空間に発生した黒い“孔”に遮られ、剣は受け止められていた。

どれだけフェニックスが力を込めようと刃は全く進まない。

 

 

 

【エクスゲート】は対象が心から同意しない限り、侵入することは出来ないという効果を利用した最強の盾である。

破壊不能オブジェクトを好きな時に好きな個所に生成可能というのは恐ろしい程の応用性があるのだ。

ルファスがニヤリと笑う、なるほどこういう使い方もあるのだなと彼女は舌を巻いていた。

 

 

 

 

絶対に侵入できないということは絶対に破壊されない防御壁になりうる。

これは女神が定めたルールであり、如何に不死鳥と言えど無視できない摂理だ。

 

 

 

ルファスの両翼/両腕に再び天力/魔力が循環し【エクスゲート】を展開……展開し続ける。

自分の限界がどんどんこじ開けられていく様な感覚にルファスは思わず壮絶な笑みを浮かべてしまう。

 

 

 

(何処まで行けるんだ……!?)

 

 

 

開ける回廊は一つで限界だと思っていた。

しかしそれこそがただの思い込みで、ルファスの限界はこんなものじゃないとプランは彼女に丁寧に教えていく

要は天力と魔力を適切に編み込めばいいのだ。

 

 

 

どんな技術や力にせよそれを行使する上で最も大事なのは自分を信じる事。

“自分ならばできる”と己の培ってきた努力と時間を信奉するのだ。

その上でダメな時はダメだと冷静に判断すれば何事も恐れることはない。

 

 

1つ。

2つ。

3つ。

 

 

まだ増える。

ルファスのSPが膨大だというのもあるが、必要最低限の力しか使わせないアリストテレスの技量の妙がそこにはあった。

一つ一つは小柄なルファスが辛うじて通れる程度の回廊であるが、その個数は二桁にも及ぶ。

 

 

 

その全てをルファス/プランは完全に制御していた。

全く何の問題もない。

一つであれほど苦労していたのが嘘の様に彼女は全ての【エクスゲート】を制御しきっている。

 

 

 

 

勇者の姿がフェニックスの前から忽然と消え去る。

【エクスゲート】に身を潜らせた彼女はフェニックスに先のルファスよりも鋭く真後ろから切りかかった。

溶けてなくなった筈の刀身であるが、今やそこには純粋なる“力”で形成された極光の剣がある。

 

 

恐ろしい程に高密度の極光剣はフェニックスが纏う炎の鎧を切り裂き、痛打を与える事が可能な破壊力を秘めている。

そしてその力が尽きる事はない。

無限に、無尽蔵に、空の彼方から送られ続けている。

 

 

 

奈々子は勇者である。

強敵との戦いにおいてあらゆる要素が彼女に味方するのは当然と言えた。

全ては女神を楽しませる為に。女神を喜ばせる為に。

 

 

 

 

 

勇者は最後に勝利する。

それがアロヴィナスが世界に定めた法であるのだから。

 

 

 

『小癪な───!』

 

 

 

一切の予備動作なしで瞬間移動しながら攻撃してくる勇者に対応できたのはさすがは最初の魔物といったところか。

かつて魔物に堕ちたルファスがそうしたようにフェニックスは己の翼の形状を変化させた。

翼膜が消えうせ、骨格だけをむき出しにしたような刺々しい害意の塊の様な姿に。

 

 

 

片翼につき5本、合計10の熱剣がフェニックスの背中に現れる。

それらは一本一本が意思を持っているかの如く蠢き、突然の奇襲にも難なく反応した。

 

 

 

ドンという爆音が響く。

勇者の剣と不死鳥の翼が衝突した衝撃は岩々を揺らし、大地に微かな亀裂を入れる。

凌がれたと悟った瞬間、再び奈々子の姿が消えた。

 

 

今度は真上から現れ、一撃。

これにもフェニックスは対応した。

右の手刀で弾きとばし、追撃をかけようとした瞬間に再び【エクスゲート】が現れ勇者を連れ去った。

 

 

 

 

真横。

真下。

背後から現れたと思った瞬間に消え去り真正面から。

 

 

 

フェニックスからすれば鬱陶しいこと極まりないが、終わりはしない。

もはや現実に姿を現している時間の方が少ないのではないかと思う程に勇者は【エクスゲート】に潜っては現れてを繰り返し続けた。

 

 

 

360度全方位から勇者は不死鳥の首を落とすべく攻め立てる。

勿論フェニックスもやられっぱなしではない。

腕を一振りし、彼からすれば小さな火種───実際は一つ一つが1メガトン程度の破壊力を秘めた火花をばら撒き、周囲を消し飛ばすべくさく裂させようとする。

 

 

 

合計30個の戦略兵器にも匹敵する爆弾は互いにその威力を増幅させ合い、起爆した時点で周囲20キロは跡形もなく吹き飛んでしまうことだろう。

もちろんあの厄介な術を使う男もそれで終わりだ。

鬱陶しい小細工など力押しで吹き飛ばしてしまえばよい。

 

 

 

圧倒的な破壊力による蹂躙こそミズガルズで最も優れた戦術なのだ。

 

 

「させるか!」

 

 

 

魔物としての直感でフェニックスが何をしようとしているか悟ったルファスが叫ぶ。

自分の双肩に仲間の命が乗っかっていることを自覚し、かつてない精度で【エクスゲート】を連続発動。

起爆直前の“爆弾”たちを纏めて空の彼方に追放する。

 

 

 

ピカ、ピカと数秒後、月とミズガルズの間の空間に微かな瞬きが発生し世界中の人々は奇妙な閃光を目にすることになった。

誰もそれがまさか戦闘の余波であるなどとは思いもしないだろう。

 

 

 

切りつける。

フェニックスの右腕が半分ほど切断され、真っ赤なマナが血液の様に噴き出す。

しかし再生する。

 

 

反撃は【エクスゲート】によって受け止められた。

 

 

剣を振り下ろす。

勇者の象徴ともいえる美しい光の剣はフェニックスの左翼を構成していた骨剣を3本ほど切り裂いた。

しかし再生する。

 

 

お返しに熱波を撃ち込むが勇者は前もって知っていたかの様にひらりを身を翳して回避。

 

 

 

勇者は止まらない。

縦横無尽に空間を飛び回り、あらゆる個所から不死鳥の身体を削り取るべく神速で斬撃を叩き込み続ける。

その殆どは迎撃されてしまう上に怒り狂った魔物の反撃を受けてしまうが、負傷する心配などしていなかった。

 

 

 

どうあってもフェニックスの攻撃は届かない。

彼の攻撃は全て奈々子の命に届く前に瞬間的に開放された【エクスゲート】によって弾かれているのだ。

周囲を超高速で飛び交るルファスが奈々子にとっては最高の──フェニックスにとっては最悪の──タイミングでサポートを入れ続けている。

 

 

深紅の瞳を時折蒼く輝かせながらルファスは己の戦を続ける。

ただレベル任せに暴れ回るのではなく誰かを補佐し守る為の戦を。

黒翼の少女の頭に浮かんでいたのはあの日自分を止めてくれたカルキノスの姿であった。

 

 

 

誰かを守るための戦い。

自分だけではなく仲間の為に力を振るう。

そんな当たり前の戦を始めて行う事ができたルファスの胸には奇妙な熱が宿っている。

 

 

「ハハハっ……!!」

 

 

 

何故か判らないが笑みが止まらない。

一瞬でも間違えればナナコが死ぬというのに笑ってしまう。

否、失敗する事などないのだ。

 

 

だって、彼が力を貸してくれているのだから。

 

 

 

 

 

『ヌゥゥゥぅ……!!』

 

 

 

ざくり、ざくりと徐々にではあるが身を削られ続けているフェニックスが呻く。

勇者の攻撃は一瞬一瞬ごとに鋭く精確に最適化され続ける。

勇者は急激なレベルアップにより跳ね上がった身体能力に凄まじい速さで適応し、その上でアリストテレスは彼女の肉体を最高効率で用いている。

 

 

まるで探る様にアリストテレスはフェニックスの肉体のあちこちに刃を好き勝手に差し込み、抉り、どのような反応が返ってくるか観察しているようだった。

更には最初は見えなかったフェニックスの攻撃/反撃に対しても奈々子は自力で“慣れ”つつあり回避を彼女が行う事でアリストテレスが回避行動に用いるリソースを節約させていた。

 

 

勇者のレベル900とは普通の魔物における1000と同等かそれ以上である。

そも、ミズガルズ全土に異常を振りまくイレギュラーを狩る為の存在なのだから当然の話だ。

今まで遠目で見てきた力が自分に向けられる時が来た、それだけの話なのだ。

 

 

 

(さすがは勇者というべきか)

 

 

身を裂く痛みを味わいつつ魔物の思考は何処までも冷静であった。

痛みなど味わいつくしている。

むしろコレこそが硬直した己の生に刺激を与えてくれる尊いモノとさえ思っていた。

 

 

 

(面妖な)

 

 

押されている。

その事実をフェニックスは認めた。

本来ならば不死である己にとって長期戦とは自分が有利になるものでしかなかったというに、勝敗の天秤は奇妙な動きを見せつつある。

 

 

右腕に【メイルシュトローム・クイックレイド】が被弾し数十もの斬傷が刻まれる。

しかしすぐに再生する。

 

 

火山との繋がりが戻りつつある今、幾ら死のうと問題などない。

だがそれでも直感が囁くのだ。

 

 

今度は右の翼が根元から切り落とされた。

しかしすぐに再生する。

 

 

(敗れるな、このままでは)

 

 

理屈ではなかった。

純粋な事実としてそれだけを彼は把握する。

 

 

普通に考えるならば負ける要素などないはずだ。

だがしかし、勇者とはそのような前提を覆す存在だと彼は誰よりも知っている。

更にいうならばあの男の存在もある。

 

 

 

思考を回している最中、首元に剣が刺さりかける。

フェニックスは無感動に己の命を狙う剣を払いのけた。

指が落とされ、新しく生えてくる。

 

 

 

何十人もの魂を宿した上で平然としている気持ち悪い人間。

アレが全てを狂わせていると端から彼は見抜いていた。

この二人だけであったのならば何の問題もなく殺せたというのに。

 

 

 

当初はその上で少女二人を殺せると思っていたフェニックスであったが、ここにきてその認識は破却された。

まず司令塔を殺し、この二人の動きを鈍化させた後に改めて片づけてやろうと新しい戦術を練り上げる。

 

 

 

指先を向ける。

ルファスでも奈々子でもなく、眼下のクリフォ火山に対して。

 

 

 

キィンという甲高い音と共に十字の閃光が指先から迸る。

火を凝縮しレーザーとして放つ攻撃は限りなく光速であり、彼の持つ技の中でも最高に近しい速度を誇る。

しまった、という顔を両者が浮かべたが何も出来はしない。

 

 

 

狙いたがわずクリフォ火山に命中し巨大な火柱を上げ、山を抉る様に吹き飛ばす。

もしも誰かが居たのならば絶対に助からないであろう規模の爆発であった。

 

 

 

更に悪い事は続く。

圧倒的なフェニックスのマナに反応したのか火山活動が活性化し始め、唸るような轟音と共に溶岩が山頂からあふれ出す。

先までプランとメグレズが居た個所も真っ赤に染め上げられ見えない。

 

 

骨も残っていないとフェニックスは確信した。

火山噴火というミズガルズでも最大級のエネルギー放射に巻き込まれるのはレベル1000でも手傷を追う可能性があるのだから。

そんなものをレベル200前後で浴びたら一巻の終わりだ。

 

 

 

『まずは二人』

 

 

 

 

『エルフの耳を久しぶりに食いたかったんだがな。

 マルクトとやらに代わりがいることを期待しておこうか』

 

 

 

 

何処か晴れ晴れしい顔でフェニックスは言う。

ひたすらちょこまかしていた蚊を潰した時の様な爽快感溢れる顔だ。

散々好き勝手やってくれた存在を殺すとすっきりするのは人も魔物も変わらないのだ。

 

 

 

さて、仲間を失った勇者と変わり種がどのような絶望を浮かべるかとフェニックスは魔物としての残忍性をむき出しにしながら様子を伺い……様子が変だと気が付いた。

 

 

平然としている。

仲間を失った筈だというのに顔色一つ変えていない。

奈々子は変わらず無表情で、ルファスも鋭くフェニックスから視線を外さず警戒するだけだ。

 

 

 

 

『な────』

 

 

 

 

“ぜだ”とは続かない。

瞬間、原型を失ったクリフォ火山から猛烈な速度でナニカが飛翔してくるのを感じ取ってしまったから。

 

 

 

ドゥルルルルルルルルルルルという水が地面を叩くような音。

同時に吹き荒れるのは「水」属性のマナ。

 

 

 

フェニックスから見ても恐ろしい速度でナニカ……プランとメグレズが吹っ飛んでいる。

後方から推進剤の様に圧縮した水を放水しながら。

 

 

 

「ハハハハハハハア!!  

 あ~ハハハハハハハハハヒィィイ!!

 ヒヒヒヒヒィィィィハァァァ~~!!!」

 

 

 

狂ったように笑っているのはメグレズであった。

彼はクルクルと全身をスピン回転させながら水をばら撒きつつ吹っ飛んでいる。

それでいて速度は亜光速の領域だというのだから意味が判らない。

 

 

 

己が使える最強の魔法である【タイダルウェイブ】で生成した水を一度に放つのではなく、引き絞って推進剤の様に用いながら彼は空を飛んでいた───回りながら。

フェニックスとの戦いにおいて今までの常識を粉砕されてしまった彼は狂喜している。

凄い、凄い、凄い、魔法にこんな使い方があったなんて、こんな事もミズガルズでは可能なのか、と。

 

 

 

笑いが止まらないのもしょうがないだろう。

何せ彼はいま、新しい世界への道筋を掴みかけているのだから嬉しくてしょうがない。

 

 

 

 

 

そしてもう一人のプラン・アリストテレスにおいては身にまとう【バルドル】の姿が少しばかり変わっていた。

基本的な形状はそのままだが尻尾が背中に折りたたまれ、ポンプへと変形していた。

 

 

 

ポンプ……そう、あの水などを吐き出すポンプだ。

背中に背負ったソレが水を放流し、その圧力と【瞬歩】の合わせ技で彼はここまで吹っ飛んできたのだ。

まるで天地が逆転し、空に落っこちたような勢いで。

 

 

【瞬歩】と水圧が干渉しているのか彼の身体はガクガクガクガクと痙攣を繰り返していた。

端的に言って、おぞましいとしかいいようのない挙動である。

 

 

 

『なんだそれ、は……?』

 

 

 

眼を剥きながらフェニックスはプランを指さす。

先の100万ダメージもそうだが、この男の行動は常軌を逸しているとしかいいようがない。

 

 

 

故に鳳凰はプランをこう評するのだった。

 

 

 

 

『この変態が』

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