ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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不死鳥

ミズガルズにおいて創成期から存在しているとされる最初の魔物。
その起源は虹色羊と同じかそれ以上の過去である。
時には勇者と轡を並べて戦ったこともあるという。





フェニックスは力尽きた

 

 

「っ……」

 

 

 

 

フェニックスの歯に衣を着せぬ言い様に思わずルファスは納得を得ていた。

そうか、変態か、と彼女は何処かで納得してしまう。

今まであやふやであった彼の戦闘スタイルやら能力を一言で説明できる単語の登場にルファスは戦闘時だというのに敵の語彙の多さに感心さえ抱いてしまっていた。

 

 

 

 

変態と称された男───プランは”ジョババババと背中より水を噴射し続けて滞空している。

何処からそれだけの水が供給されているか疑問であったが、戦闘前に彼が用意していた「水」の魔法を閉じ込めた結晶のことを考えれば不可能ではないだろう。

複数の魔神族の存在そのものを純粋な「水」の魔法へと変換されたソレはまだまだこの程度で尽きる事はない。

 

 

 

※ だいたい判った。

 

 

※ 力押しでは殺しきれないだろう。

 

 

※ だから、頭を使って倒そうか。

 

 

 

ルファスと奈々子を通してフェニックスの情報と特性を蒐集していたアリストテレスは無機質な瞳を不死鳥に向けている。

ポンプの調子を確かめつつ【一致団結】を調整した上でどうやってこの不死身の魔物を殺すかについての計画を仲間たちに流し込んでいく。

 

 

必要なのは全員の協力と団結である。

とっても強いエースが全てを解決しておしまいというものではないということを彼は念押しした。

 

 

この戦いの主役は自分以外の面々だと彼は考えている。

ルファス、そしてメグレズ。

これからのミズガルズを担う若者たちに経験と成功体験を積ませるのが彼の今回の主目的である。

 

 

 

『死ね』

 

 

 

翳した掌から業火をプランに向けて噴射する。

炎という形態を本来ならばとれない程の超高温の熱波は数万度であり、触れれば人間など灰も残らないだろう。

もしも地面に落ちなどしたら、その地域は今後数十年か数百年草木一つ生えない熱地獄と化す程の威力だ。

 

 

が、案の定というべきか展開された【エクスゲート】に飲み込まれ、不死鳥の炎はここではない遥か彼方に飛ばされてしまう。

どれだけ強い攻撃であろうと消えてしまえば意味などないのだ。

 

 

「させると思うか?」

 

 

勇者を守る時と同じかそれ以上の集中力でルファスはプランへの敵意を無効化し挑戦的に笑う。

メグレズとプランを背にし、大きく翼を広げて庇う。

私がいる限り決して彼には傷一つ付けさせないという絶対の決意がそこにはある。

 

 

 

近距離の刃には破壊不能オブジェクトとして。

遠距離攻撃に対しては絶対の追放防御として。

【エクスゲート】をこれ以上ないほどにルファスは巧みに使って仲間を守護していた。

 

 

 

 

『小賢しいガキめ。身の丈に合わぬ玩具を振り回すか』

 

 

 

ルファスと彼女が軽々しく行使する禁忌の術にフェニックスは憤怒の視線を向ける。

その術が過去数万年にわたりどれほどの命を奪ってきたか知らない愚か者がと。

 

 

 

 

鳳凰のイラつきに呼応するように熱量が増していく。

体中に刻まれた傷や欠損が瞬く間に復元する。

まるで時間が巻き戻るかの如き圧倒的な再生能力、ミズガルズ最古の魔物は伊達ではない。

 

 

 

真っ赤に焼けた空を背景に鳥人は佇む。

暫しの沈黙があった。

どちらも相手の出方を探る様に睨み合い、動けない。

 

 

唯一自力で飛行が不可能な奈々子はルファスの脚を掴んでぶら下がっていた。

 

 

フェニックスは己に敵対する人間たちを改めて見た。

 

 

人間にエルフに天翼族。

何とも纏まりのない面々である。

一人一人ならば瞬殺できるというのにしぶとく団結して食らいつき続けてくる愛おしい敵たち。

 

 

 

ルファスもまたフェニックスを見つめていた。

新種の魔物とも称される彼女は最初の魔物を見て分析を続けている。

本能は相変わらず「勝てない」と判断していたが、それは自分一人だった場合の話。

 

 

 

不死鳥は自分よりも間違いなく強い。

レベル800と1000という単純な数値だけでは測れない溝がある。

それは経験してきた場数であり、積み重ねであり、ミズガルズを見つめ続けてきた年月の差だ。

 

 

既に最初に抱いていた思い上がりなど粉々にされている。

 

 

 

だが負けるつもりは断じてない。

仲間たちがこんなに力を貸してくれているのだ、絶対に負けたくない。

ルファスは……今更の話ではあるが負けず嫌いなのだ。

 

 

 

 

バサリと翼が一度だけ羽ばたく。

先手を打ったのはフェニックスであった。

彼は無慈悲に炎をばら撒く。

 

 

 

太陽の表層の如き右腕を振りぬき、その軌道を炎がなぞった。

炎はとてつもない速度で燃え上がり、膨れ上がっていく。

空が燃え上がり血の様に空を染めあげる。

 

 

この不気味な色彩は遠く離れたマルクトからでも観測できた。

火炎放射などという陳腐な表現では表せない地獄の濁流が少女たちに迫る。

 

 

 

 

視界を埋め尽くす赤色にルファスはエクスゲートを展開せず、それどころか奈々子のぶら下がっている右足を大きく後ろに曲げた。

そして勢いよく虚空を蹴りつけ……奈々子を蹴り出した。

後を追うように翼を丸め、自分が射出した勇者に追いつく様に炎へと飛び込んでいく。

 

 

 

見る見る迫ってくる炎の海を前にし二人の少女は瞬きさえしない。

このまま突っ込めば死にこそしないものの、全身に大やけどを負うかもしれないというのに。

 

 

 

瞬間、ルファスの真横を3つほどの閃光が抜き去っていった。

【サイコスルー】により加速させられたプランの銃弾である。

それは恐ろしい程の精密さでルファスの左右の頬を掠めて飛んでいくと、炎の中に撃ち込まれた。

 

 

 

 

【錬成】

 

 

 

弾丸に込められていたお馴染みにして十八番の術が発動される。

フェニックスが纏い使用する炎は全てマナが変質したものであり、彼の一部でもある。

そしてアリストテレス程マナに理解の深い存在はいない。

 

 

ヘルヘイムの魔王に行ったように銃弾はマナに対して【錬成】を発動させた。

端的に言ってしまうと、プランは炎の支配権をフェニックスから奪い取ったのだ。

 

 

『なに……?』

 

 

炎が動く。ありえない現象を見た不死鳥は目を剥いた。

分厚い壁の様に立ちはだかっていたソレはまるでカーテンを開くかの様にルファスと奈々子に道を開けたのである。

 

 

 

 

 

二振りの剣が不死鳥に迫る。

勇者の振るう極光の剣とルファスの握る幾重もの力で保護されたミスリルの刃。

二人の少女は合図もなしに完全同時に剣を投擲した。

 

 

 

間髪入れずに【サイコスルー】が発動され加速したソレをフェニックスは硬質化させた両手の籠手で弾き飛ばす。

ガァンという鈍い音と共に微かにヒビが刻まれるが直ぐに再生する。

 

 

 

 

武器を失った二人であったが何も心配はしていない。

そのまま見えない何かを握りしめたような動作でフェニックスに切りかかる。

咄嗟にフェニックスは手刀にマナを収束させ熱剣を生成し、迎え撃つ様に振るった。

 

 

【マキシマム・パワースラッシュ】

 

 

 

ダメージ限界という壁を超える一撃が不死鳥に断頭台の如く堕ちる。

 

 

見えない何かと不死鳥の炎剣がぶつかる。

ジジジと稲光と電流が走れば、不可視であったそれが着色されていく。

現れたのは深紅に光を放つ、まるで今打ち出された様な熱と光を放つ長剣。

 

 

少女たちが握る剣は今この瞬間に【錬成】によって作られたモノである。

材料はそこら中にばら撒かれている不死鳥の炎であり、それ故に品質は最高であった。

 

 

 

つばぜり合いの上から10万を超えるダメージを叩き込まれ、不死鳥の身体に亀裂が走る。

直ぐに治りこそするが、傷を負ったという事実は消えない。

 

 

 

チッとフェニックスが舌打ちし彼の姿がルファス達の前から一瞬で消え去る。

摩擦を始めとしたあらゆる抵抗を焼き切りながら移動することにより、鳳凰の飛翔は縦横無尽である。

何万年かそれ以上の年月を経て完成された技術と炎への究極的な理解、爆発を用いた瞬間的な超加速など、それら全てを加味すれば彼の機動力はベネトナシュにも及ぶほどだ。

 

 

しかも肉体に幾ら負荷がかかろうがフェニックスとして不死身の身体を持つ彼にとっては何のデメリットもないというおまけつき。

ルファスと奈々子がレベル1000の頂点に上り詰めた上で、更に多くの経験と鍛錬を積んでようやく戦える領域に彼は存在している。

 

 

 

 

それらを駆使すれば瞬間的にルファスの背後に回り込み、反応さえ出来ていない少女の後頭部に殺意を乗せた回し蹴りを叩き込むなぞ容易い。

レベル1000の本気のソレは大地に深い谷を刻むほどの威力が込められている。

【エクスゲート】による防御など間に合わない速度の確殺の一撃。

 

 

 

 

爆音。

鼓膜を割るほどの破裂音はしかしルファスの頭が弾けたから生じたわけではない。

 

 

 

全くの無傷でフェニックスの一撃をやり過ごした彼女は身体を捻りながら振り返り、遠心力を乗せて長剣を振るう。

がむしゃらな一撃では決してないソレはまさか反撃されるなどとは思っていなかった不死鳥の首元を深く切り裂き、刃は彼の身体にめり込む。

血の様に真っ赤なマナが噴き出し、完全に意識の外から一撃を浴びた鳳凰はよろめく。

 

 

 

『な……!?』

 

 

 

まただ。

また獲ったと確信した一撃を凌がれ、手痛いカウンターを受けたフェニックスは微かに狼狽えながら言葉を発する。

 

 

 

 

飛び散るのは「水」のマナ。

プランの後ろで見向きもされていなかったエルフがしてやったりと深い笑みを浮かべた。

レベル170の若造ともいえるエルフが世界最古の魔物に一矢報いた瞬間だった。

 

 

 

「僕の術も中々だろ?」

 

 

 

まぁ、これは天法なんだけど、と続ける。

プランの外付け演算装置兼乱数調整マシーンとして意味不明な動作ばかりしていたメグレズが初めてその技量を披露する。

【ソーサラー】のスキルである『ヘリオスフィア』の薄く小さな壁を幾重にもルファスの後頭部に展開しそれらをあえて割らせたのだ。

 

 

 

高速で巡回する天力で形成される『ヘリオスフィア』はあらゆるマナを遮断する結界である。

簡単に言えば絶対に魔法を弾く壁であり、コレの応用でベネトナシュがラードゥンの魔法をお返ししたこともある。

防げる回数はランダムであり運がいいと10回、悪ければ1回で割れてしまうという困りものである。

 

 

 

しかしアリストテレスにより様々な調整を受けていたこの術は一枚につき12回防げるように調整されていた。

それが都合10枚、一瞬でルファスを守る様に生成されたのだ。

そしてフェニックスは全身をマナで形成された疑似的なマナ生命体であり、言ってしまえば歩く魔法でもある。

 

 

 

つまり、フェニックスの攻撃に対してこれは壁となるのだ。

更に当然の話として一枚割るごとに12回の攻撃判定を消耗させ、それが10枚。

120回分の攻撃を受ける事が可能なソレを用いて超威力の一撃の威力を完全に殺しきったのだ。

 

 

こんな大道芸染みた小手先の技など一度しか通用しないだろう。

が、一度だけでも通用すればそれでいいのだ。

全く想像もしていなかった展開に一瞬だけ不死鳥の動きが止まる。

 

 

 

それが彼の最大の過ちであった。

 

 

 

「付き合ってもらうぞ!」

 

 

 

『貴様っ……!!』

 

 

 

 

ルファスは両手でしっかりとフェニックスの肩を掴んだ。

ジュゥゥウと肉の焼ける音がしたが絶対に離さない。

【一致団結】を深く接続された彼女の腕力はとてつもないものがあり、不死鳥をして簡単には引き剥がせない。

 

 

 

「私も忘れないでね!」

 

 

 

今までの無表情が嘘みたいにイキイキとした笑顔で奈々子が背後から不死鳥を羽交い絞めにする。

ご丁寧に彼の背中に長剣を突き刺した上でだ。

当然彼女の皮膚も音を立てて焼けていくが気にも留めない。

 

 

 

 

「あぁぁっぁああああ痛いっ……!!」

 

 

 

いや、気にはしていた。

どれほど勇者の才能があろうとほんの少し前までは平和な世界で何不自由なく暮らしていた女の子である。

どれだけやせ我慢しようと痛いモノは痛い。

 

 

 

 

「私、何でこんなことしてるんだろ───!!」

 

 

 

「普通に卒業して、普通に大学にいくはずだったのに!!」

 

 

 

 

「どうしてこんなことしてるんだろう!!!」

 

 

 

 

やけくそになりながら叫ぶが決して腕を離さない。

もしもここで離したら自由になった両腕でこの怪物は彼女の友達を殺すからだ。

熱い、痛い、熱い、痛い。

 

 

 

────あぁ、何て綺麗なんでしょうか! 

 

 

────友の為、仲間の為に身を挺する!! 正に勇者の行い!!! 

 

 

 

 

真っ白に染まっていく視界の中で彼女は見た。

蒼い光に包まれた女性らしき誰かが涙を流し喝采を上げていた。

あぁ、この人が私をこの世界に呼んだのだなと奈々子は痛みに焼かれながら察した。

 

 

 

そして同時に思った。

 

 

この人は()()を見てるんだろう? と。

自分を見ながらその実、何も見ていない様だと。

 

 

 

 

 

『小賢しい!!』

 

 

 

四肢を押さえつけられながらフェニックスは憤怒に満ちた叫びを上げ、全身から熱波を放出して纏わりつく者らを焼き殺さんとする。

太陽フレアに匹敵する破壊力を全身から放出する事が可能な彼にしがみつくなど本来は自殺行為でしかない。

 

 

だが……爆発が起こらない。

それどころか今まで呼吸するように出来ていた筈の炎の操作さえもおぼつかない。

剣状に変形させた翼を動かそうとするが、これも無理であった。

 

 

一切の身動きが取れず身体に纏わりつく少女たちを振り払えない現実に彼は絶句した。

 

 

『……!!??』

 

 

 

何が起きている?

毒か? それとも麻痺? そんな馬鹿な。

唯一回る頭で彼は微かに焦りながらも冷静に現状を分析していく。

 

 

 

フェニックスは最上位の魔物であり、それこそバーサクエンペラースコーピオンに刺されでもしない限りは状態異常にはならない。

そもそも自分の身体に突き刺さった剣は元は自分のマナで形成された一品であり、毒素など宿してはいない。

 

 

 

彼は知らない話ではあるが、もちろん毒や麻痺など受けてはいない。

あえていうならばルファスが首を切り裂いた事と背後から突き刺さっている剣があるくらいか。

 

 

 

だが、それが命取りであった。

ヘルヘイムの魔王と同じ間違いを彼は犯していた。

マナ生命体をアリストテレスの前に差し出すなど、料理人に食材を渡すが如き所行なのだから。

 

 

 

深紅の剣はアリストテレスが【錬成】によって生成した剣であり材料はフェニックスの炎───マナだ。

そしてそのマナはアリストテレスが【錬成】で支配権を彼から奪っている。

では、そんな剣をフェニックスに突き刺したらどうなるか。

 

 

 

不死鳥の体内は言うまでもなく超高温であり、恐ろしい密度の「火」のマナが凝縮されている。

当然の話として剣は溶解し、その内部のマナを放出するだろう。

 

 

 

マナは混ざり合うだろう。

もちろんアリストテレスの【錬成】判定を宿したままの支配されたマナが。

結果、完全とは言えないまでもフェニックスの身体の支配権をアリストテレスは奪い取ったのだ。

 

 

【一致団結】によって接続されたメグレズの頭脳が最大出力で回転し、フェニックスの内部に侵入したマナを用いて全力で彼を束縛している。

しかしこんなのは時間稼ぎにしかならない。

 

 

 

彼を抑え込んでいるルファスと奈々子は恐ろしい勢いでスリップダメージを受け続けており、長くは保たない。

故にプランは速攻で片を付ける為に動く。

 

 

 

「もう少しだけ耐えて欲しい。直ぐに終わらせる」

 

 

 

「このくらいっ……! ぜんぜんっッ!! 大丈夫だッ!!」

 

 

「ルファスさんっ、こんな時くらいやせ我慢はやめましょぅよぉぉ……!!!」

 

 

 

負けず嫌いを発揮したルファスは脂汗をかきながらも不敵に笑いながら叫ぶ。

奈々子は如何に勇者といえどジクジクと肌を焼かれる痛みは辛いのか少しだけ涙声でルファスに抗議するも決して力を緩めはしない。

 

 

 

プランは水を噴射しながらフェニックスに近寄ると、躊躇いなくルファスの付けた首元の傷を抉る様に己の右腕を突き刺した。

【バルドル】が一瞬で沸騰し金属を伝わって右腕の切断面が沸騰する。

ポンプの形状が変化し、尻尾へと戻る。

 

 

 

尻尾が器用に動き回り、ルファスと奈々子に対して少しでも楽になるようにと冷水を浴びせてやる。

とてつもない勢いでスチームが発生するが、微かに少女たちの顔から苦痛の色が薄れた。

 

 

 

「……!!」

 

 

 

思っていたよりも大したことない。

核融合炉に腕を突っ込む行為であったが、脳裏に浮かんだのはそんな感情であった。

【アンタレス】を経験した身からすれば確かに熱いがそれだけだ。

 

 

 

右腕から伝わる熱が右肩に伝播していく。水を吹っ掛けて応急処置を実施。

さすがはオリハルコンを混ぜて作られたというべきか、フェニックスの熱にも【バルドル】はある程度は耐えてくれている。

だがしかし時間はあまりないだろう。

 

 

 

『──────』

 

 

 

フェニックスの血走った恐ろしい瞳を見るにさっさと片づけなければ恐ろしい報復が待っているのは想像に容易い。

左手をルファスの肩に添える。

すると黒翼が一度震えたあと、万が一にでも振り払われない様にプランを包んで固定。

 

 

 

「始めるよ」

 

 

 

合図をすれば二人の少女と少し離れた位置で待機していたメグレズが頷く。

彼らは全員この後に何をするか聞かされている。

故に覚悟は出来ていた。

 

 

 

 

 

【バルドル】の全身に文様が広がる。

マナを蒐集する時に用いる回路が動き出し、それは溶解しかけている故に存在しない右腕の代替へと伸びていく。

 

 

 

代替回路───ルファスが接続される。

古の天翼族が所持していたとされるマナ蒐集能力が開花し、それは反転して利用された。

固める方法を知っているのならば解く方法も知っている、それだけの話だ。

 

 

 

 

ベネトナシュとの戦いにおいてプランは“果実”を砕き、収束/凝固/結合していたマナを分解/四散させたことがある。

アレを行うのだ、マナ生命体であるフェニックスに対して。

 

 

 

真っ赤な光が鳥人の身体から零れ墜ちていく。

「火」の属性を帯びたマナが急速に引き剥がされているのだ。

 

 

 

攻撃ではなく分解。

故に再生能力は上手く発動しない。

再生能力が体力の上限値までHPを回復させる能力だとしたら、これはその最大値そのものを削っているのだから。

 

 

 

 

破壊ではなく結合の除去/消滅。

フェニックスを構築していた全ての要素が消えていく。

更に念押しとして奈々子は【エレメント・エンチャント】を発動。

 

 

 

解けていくマナ全てに「水」の属性を付与し、次にそれらはメグレズの手によって消費される。

彼は踊る様に杖を振り回し無心で【ダイダルウェイブ】を連続で発動させ続けていた。

遥か下方で大地を埋め尽くす程に溢れたマグマに濁流を浴びせかける事によって万が一にでもマルクトへと向かわない様にしている。

 

 

 

 

炎が消えていく。

最初は微かに、しかし徐々にはっきりと。

永遠に尽きる事などない筈の不死鳥の象徴が陰る。

 

 

 

『オ、オオォォォォォ────』

 

 

 

 

痙攣を繰り返し続けた不死鳥の口から息が漏れた。

まるでため息の様に。重い荷物を降ろした旅人がつくような、そんな息だった。

何万年か、何十万年か、想像を絶する程の歴史を見てきた存在が終ろうとしている。

 

 

真っ赤な瞳がプランを見ている。

そして次にルファスを見た。

先ほどまであった敵意が消えうせており、本当にただ見つめるだけだ。

 

 

 

 

四肢が脱力する。神々しく放っていた光さえも失う。

不死鳥は抵抗しなかった。

全ての炎が消え去った後の彼はまるで枯れ木の様であった。

 

 

 

羽根だけが鮮やかに輝くが、今更何の意味があろうか。

 

 

 

『終わりか』

 

 

 

「…………」

 

 

煤けた声でフェニックスは言う。

今こうしている間にも彼を構築するマナは分解され続けている。

 

 

『望んでいた結末とは違うが、負けたオレがどうこういう資格はない』

 

 

 

「……潔いんだな」

 

 

 

急速に熱が失われていくのを感じ取りつつルファスは不死鳥の言葉に返した。

自分がやったこととはいえ一つの命が終ろうとしている様から彼女は目を離さない。

 

 

 

『変わり種の娘よ。お前もいずれ判る日が来るだろう』

 

 

 

『意外と疲れるのだ。強いというのはな』

 

 

 

 

永遠の命を多くの者は望むが、そんなものは望まない方がいいと不死の象徴は喉を鳴らした。

激戦の果ての壮絶な死ではないが、このように灯が消える最期も悪くはなかった。

胸中を満たしていた恐ろしいまでの闘争本能が消えれば、後に残るのは燃え尽きた老人の安堵だけだ。

 

 

 

『ようやくこの壊れた世界に別れを告げる事が出来る』

 

 

 

『うんざりだ。あんなモノに振り回され続けるのはな』

 

 

 

子供の癇癪に付き合い続けた老人の様に彼はうぶく。

最後に不死鳥はプランに視線を向けて囁くように言った。

ほんの短時間の付き合いであったが、彼はプランという男の本質を見抜いていた。

 

 

 

()()()()()?』

 

 

 

プランは彼の言葉に何も答えない。

ただ彼は最後の締めとして奈々子に目配せをする。

勇者が手を翳せばそこに光が収束し一本の剣を形作る。

 

 

微かな躊躇いを奈々子は見せた。

言葉が通じ意思疎通が可能な存在を殺すという行為を前にほんの僅かだけ剣を止めてしまう。

 

 

 

「……おやすみなさい」

 

 

『お前たちはオレに勝ったのだ。

 胸を張って“正義の勝利だ”と誇れ。───それが勇者の役目だ』

 

 

 

 

終わる間際であっても不死鳥は堂々としており、取り乱す様など全く見せない。

魔物として産まれ、魔物として生きた。

ならばこの終わりは彼にとって当然であり何の文句があろうか。

 

 

ただ一つ。

彼は勇者を哀れむ様に見つめている事だけが不思議ではあったが。

 

 

ルファスはそんな彼を見て微かな敬意を抱いた。

こいつは魔物で、先にマルクトを食い荒らすと宣言した悪党ではあるが、それでもこの最後の姿は純粋にかっこいいと思ったのだ。

 

 

 

そして勇者は不死鳥の心臓を穿ち、その命を奪い取ったのだった。

 

 

 

これが“勇者”北星奈々子の最初の功績である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勇者が原初の魔物フェニックスを打倒し、その群れを追い払った。

その一報は瞬く間にメガロポリス全土を駆け巡り、更にはクラウン帝国全体へと波及していく。

帝都に住まう誰もが地平の彼方が赤く染まり、恐ろしい程の轟音を聞いていたこともこの話題の伝播速度を高める一助となっていた。

 

 

 

 

良い話題よりも圧倒的に暗い話題の方が多いミズガルズである。

誰もが魔物や魔神族の脅威に怯えて生きていく中、この一報に多くの人々が沸きたつのは当然と言えた。

 

 

 

勇者の凱旋にマルクトは沸いていた。

都市で最も巨大な大通りをびっしりと何十万もの人々が埋め尽くし、押し合いながら勇者を一目見ようと身を乗り出している。

花びらが舞い、至る所から花火が打ち上げられ勇者の功績を誰もが歌い上げながら讃えていた。

 

 

 

 

何十万どころか百万以上の人々の視線に晒されながら勇者は───奈々子は神輿の上で手を振っていた。

元が中々の美少女だというのと帝国最高峰の腕前を持つスタッフらの化粧によって引きつった顔は何とか誤魔化せている。

花束や歓声、時にはラブレターさえ飛び交う光景を見つめながら彼女は内心で泣いていた。

 

 

 

 

(……逃げられた!)

 

 

酷い、あんまりだよぉと叫びそうになるのを必死に彼女は堪えていた。

何処を見てもまるで見世物の様に夥しい視線が刺さってくる。

日本に居た頃、オリンピックなどで優勝した選手が同じような状況になっていたの見た事があるが、まさか自分がそうなるとは。

 

 

 

教室で教師に指されただけでドキっとしてしまう彼女にとってこれはとてつもない苦行であった。

神輿には彼女だけが乗っている。

あれだけ共に戦ったというのに仲間たちは戦勝パレードから逃げ……失礼、辞退したのだ。

 

 

 

曰く「勇者は貴女だ」やら「主役は一人でいい」やら。

中には「楽しんでくるといい」とまで来たものだ。

 

 

 

(ルファスさんめぇぇ……!)

 

 

 

彼女は忘れないだろ。

物凄いいい笑顔を浮かべたまま「受けた傷が……」等とのたまわった友達の顔を。

 

 

 

(でも……仕方ない、よね)

 

 

ふぅと一息吐く。

本当は彼女も判っているのだ。

あの戦いが終わった後からプランの体調が宜しくない事など。

 

 

彼に深い信頼を寄せているルファスが付き添おうとするのも当然の話だ。

 

 

 

(遠くから聞いた感じだとお腹に何か異常がある感じかな?)

 

 

 

休憩を終えた後の彼は微笑んで誤魔化していたが、マルクトに人知れず帰還した際、部屋で咳き込んでいたのを奈々子は聞いていた。

勇者としての聴力とかじった程度の医療知識ではあるが、あの人は身体の何処かが悪いのだろうと彼女は推察している。

ゴホゴホという咳は乾ききっており、時折何かを吐いているような音まであった。

 

 

 

痰と言うには生々しく激しい咳。

もしかして……と思ってしまうのも無理はない。

 

 

 

 

「大丈夫かな……」

 

 

 

考えれば考える程心配になってしまう。

ミズガルズに来て出会った頼りになる大人の人。

ルファスさんが深い信頼を寄せるのも判るいい人。

 

 

フェニックスとの戦いにおいても彼がいなければ自分たちは手も足も出なかったことだろう。

 

 

(あの二人ってどんな関係なんだろう)

 

 

笑顔を振りまきながらふと考える。

そういえば自分はルファスとプランについて殆ど知らない事に気が付いた。

 

 

あの二人の間にあるのは何とも言えない距離感というか、暖かさというか、そう、彼女の故郷の単語で表すならば“尊い”としか言えない何か。

そっち方面にも勿論興味がある奈々子としては推していける関係性である。

 

 

 

(幸せになってほしいな。

 そのためにも私も頑張らなきゃ! いっぱいお世話になったんだから!!)

 

 

 

それどころかミズガルズを訪れてからお世話になりっぱなしである。

そんな人に彼女が何か恩返しをしたいと思うのは当然であった。

 

 

 

だけどまずは……。

 

 

もう一度息を吐く。

大勢の人が自分に希望を見出してくれている現実を彼女は改めて直視し、最初の願いをもう一度繰り返した。

 

 

 

 

───誰かが困っていたら助けるのは当たり前!

 

 

 

奈々子は思考を切り替える。

ただの少女である北星奈々子から勇者ナナコへと。

 

 

 

そうして伝説に残る凱旋の主役として奈々子は凛々しくも優しい微笑みを振りまくのであった。

 

 

 

 

 

 

この祭典の記録こそ当代の勇者が公式に残した数少ない記録である。

 

 

 

彼女は北星奈々子。

後のミズガルズの歴史において()()()()()()()()()()少女である。

 

 

 

 

 




次回にてクラウン帝国/勇者編完結の予定です。
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