ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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「今までいませんでしたよ、こんな勇者。
 弱い事を自覚しながら、それでも道を探し続ける子なんて」


───原作164話 ディーナ 最後の勇者 南十字に対して。


私の世界は美しいでしょう?

 

 

マルクトに用意されたプランの部屋。

とてつもなく豪奢で広大な空間は明らかに複数人での使用を前提とされたものであるが、部屋に居たのは二人だけであった。

 

 

 

一人はプラン。

彼はキングサイズのベッドに横たわり困った顔を浮かべている。

呼吸は浅く、汗がじっとりと滲んでおりシャツはベトベトの有様であった。

 

 

 

もう一人はルファス。

動けないプランを見守る様に小さな椅子に腰を下ろしリンゴの皮を剥いていた。

彼女の隣にはプランの着替えのシャツなどが畳まれて置いてあり、食事を済ませた後にはすぐにでも着替えさせるつもりなのがありありと見て取れる。

 

 

 

 

 

「パレードに参加しても良かったんだよ?」

 

 

 

外からは大歓声が聞こえてくる。

パン、パンという花火の打ちあがる音に、人々の大規模な移動は地響きさえ引き起こしていた。

きっと大盛り上がりだろう。あらゆる種類の店が出展し、帝都はこれ以上ない程のお祭り騒ぎの筈だ。

 

 

 

折角の機会なんだからとプランが言えばルファスは視線だけを向けて手短に返す。

 

 

 

 

「あっちにはナナコがいる。私はいい」

 

 

 

「自分は大丈夫だから、少しだけでも───」

 

 

 

 

真っ赤な瞳が輝きながらプランを射抜く。

“いいから黙って寝ていろ”という怒りさえ籠っており、それ以上プランは何も言う事が出来なくなった。

明らかにルファスは怒っていた。それを悟ったプランはますます困るのであった。

 

 

イラつきながらも手つきは巧みである。

ルファスはあっという間にリンゴの皮を剥き終えると切り分けてから串に刺す。

 

 

その内の一つを彼女は差し出した。

 

 

 

「ほら」

 

 

 

問答無用の圧力に屈したプランが口を開けば甘い果実が口内に放り込まれる。

シャリシャリと味わいつつプランは己の体調を確認した。

 

 

 

とりあえずフェニックスの天力のせいで活性化したアンタレスと呪詛は落ち着いたようだ。

あと数時間も休めばいつも通りであり、ルファスにこれ以上負荷をかけることもなくなる。

 

 

 

折角の祭りだというのにルファスをこんな所に引き留めてしまうことになったのは痛恨のミスだと彼は思っていた。

そして当然、その程度の考えなど少女はお見通しであった。

 

 

押してダメなら引けという戦術を彼女は使う事にした。

プランがどうのこうのではどうあっても気を遣わせてしまうのは目に見えている。

 

 

 

「今更になるけど……実はああいった人ごみは好きじゃない」

 

 

ルファスは基本は自由が好きだ。

誰にも遠慮することなく大空を飛びまわるなど最高だと考えている。

それでいて疲れたりした時は心許せる人たちと共にゆっくりするのも好きだ。

 

 

しかしマルクトにはそんな人物はプランしかいない。

奈々子にメグレズもいい奴らであり仲間だとは思っているが、心を完全に許しているかと言われればまた別の話になる。

 

 

 

ユーダリルで避難施設に籠っていた時もそうであったが、基本的な部分で彼女は人間不信なのだ。

無理もない話ではある。物心ついた瞬間から悪意と拒絶だけを受けてきたのだから。

 

 

 

「リュケイオンならともかくマルクトは見知らぬ人ばかりで、もしかしたら天翼族とばったり出会うかもしれないのが嫌」

 

 

「あぁ……」

 

 

 

しっかりと全部説明すればプランは視線を虚空に向けてさ迷わせた。

つい最近も彼らのやらかしを処理した彼からすればルファスの言葉は最もである。

混翼憎しの一心で危うく爆破&要人暗殺テロまで行おうとしておきながら反省の一欠けらも見せなかったのだから。

 

 

 

ルファスは変わった。

憎しみを乗り越え、視野を広げる事が出来た。

心身ともに強くなり続けている彼女はもはや天翼族やヴァナヘイムに未練など一欠けらもない。

 

 

 

しかし天翼族は変わらない。

これまでもこれからも。

翼だけを見て生き続けていく。

 

 

 

先もそうであったが、きっと少女に対して心ない罵倒を吐きつける事だろう。

如何にルファスが憎悪を乗り越えたと言っても嫌な気分になるのは間違いない。

彼女は自分で思っているよりも遥かに繊細な心の持ち主なのだから。

 

 

 

 

長々と語ったが、要は嫌な奴とは会いたくないというのは当然の話である。

 

 

 

「ココがいい。

 もみくちゃにされたり見世物になるよりもずっと」

 

 

 

「それなら、仕方ない……か。

 でも本当にここには何もないよ?」

 

 

 

ルファスの言葉にプランは遂に折れた。

嫌だと言ってる事を強制するのは一番良くない事だから。

 

 

 

「私には十分すぎるよ」

 

 

 

彼の少しだけ未練がましい言葉に笑顔で返す。

何もない? とんでもない。

貴方がいるじゃないかと言いそうになったが、さすがにやめておく。

 

 

 

「ん~──……」

 

 

二つ目のリンゴの皮を剥き終え、切り分けたモノを全て小皿に乗せた。

プランが手に取って食べ始めたのを見てから少女は更に自由に振舞った。

まずは翼を広げて震わせた後、リラックスするように脱力させる。

 

 

 

ふぅと息を吐いた後は暫くプランが食事しているのを黙って見守る。

外からは大歓声が響いてくるが、徐々に遠くなっていくのをルファスは感じた。

元より何の興味もないお祭りだ。

 

 

クラウン帝国は確かに凄い国家であり、皇帝もその肩書に相応しい存在ではある。

だがしかし、正直な話として余り関わりたくないと彼女は思っていた。

不死鳥討伐から帰還した自分たちを見つめる貴族や軍人の眼にはあらゆる感情が宿っており、決して好意的なものだけではなかったのだ。

 

 

 

奈々子がどんな顔をしているのか見れない事だけが残念だが、後できっと感想を教えてくれるだろうからその時の楽しみにしておく。

 

 

 

(……静かだ。だけど、嫌じゃない)

 

 

 

黙々とリンゴを食べるプランを観察しつつルファスは思う。

こういった言葉のない空間は昔は嫌いだった。

静謐とした室内にいると意識の奥底に刻み込まれた悪口が聞こえてきたものだ。

 

 

母と二人で過ごす最中、母が先に寝てしまうと後は地獄だった。

ずっと影の中から誰かが自分の悪口を吐き連ねているという幻聴/幻覚に悩まされた事も一度や二度ではない。

 

 

 

しかしそれも昔の話。

今や何も聞こえない。

言われた事を忘れこそしないが、思い出した所で乾いた笑いしか出てこない。

 

 

 

ただ食事をしている病人を診ているだけ。

それだけなのに胸の奥が暖かくて心地よい。

会話などなくともただ一緒にいる。それが何と楽しい事か。

 

 

 

トク、トクと一定の間隔で鳴っている心音は果たして誰のモノであったか。

 

 

 

プランを見る。

視線を感じたのか彼がこっちを見返して来たので、微笑みかけてやれば彼は曖昧に笑った。

一つ二つとリンゴを食べ続け、やがては完食する。

 

 

「さぁて」

 

 

ゆらりとルファスは椅子から立ち上がった。

時は来たと言わんばかりに翼が震えて広がる。

何が始まるか悟ったプランは顔を引きつらせた。

 

 

 

 

「まだ少し話を続けていたい所ではある……が!!」

 

 

 

クイとプランを顎でしゃくった。

汗でびしょびしょのシャツを着た彼をだ。

そもそも最初に着替えさせようとしたのを彼が渋ったせいで先に軽食を済ませる流れになったのだ。

 

 

 

 

 

「いつまでそんな不衛生な衣服を着ているんだ!」

 

 

 

 

ビシッと指させばプランは左手で毛布を掴んで包まった。

まるで簀巻きにされた罪人の様な有様である。

三十代の男性として、十代の少女に着替えを手伝わせるという行為を彼は拒絶している。

 

 

 

例の如く徹底抗戦の構えを見せつつ彼は往生際悪く言葉を巡らせた。

そして何時もの彼からは考えられない程に短絡的で見え透いた言葉を吐く。

 

 

「もうちょっとだけ果物が食べたいな……」

 

 

 

「着替え終わったら幾らでも剥いてあげる。

 だから先ずはそのずぶ濡れの服を脱げ!」

 

 

 

 

【サイコスルー】で畳んだ衣服を広げて空中に浮かばせる。

平均的なシャツとワイシャツ。ズボン等など。

普通に着替えるだけならば5分もかからない。

 

 

 

だが今のプランは右腕がない。

動かせば動かす程に疲労が蓄積する【バルドル】の腕は外されている。

そんな状態で衣服を着替えたり身体を清潔に拭く事など出来る筈がない。

 

 

 

「調子が悪いんだから無理しないでほしいんだ」

 

 

「腕だって。動かし続けてかなり疲れたのは判ってる……」

 

 

 

“お腹の呪だって、元はと言えば私のせいだ”と言いそうになったのをルファスは全力で押しとどめた。

コレを言ってしまえば最後、自分が止まらなくなりそうだと彼女は自覚している。

 

 

 

むぅと歯噛みしていた彼であったがルファスの真摯な訴えと徐々に小さくなっていく声に脱力した。

彼は大人である。

子供のルファスに心配をかけた上に、ここまで言わせてしまったのは自分の失敗だと悟る。

 

 

 

「じゃあ、頼もうかな……」

 

 

「直ぐに終わるから。それが終ったら次の果物を取ってくる」

 

 

もうどうにもなれと毛布を手放したプランはルファスを受け入れた。

翼を大きく羽ばたかせながら少女が上機嫌に衣服を手に取り男へと迫る。

まだ少しだけ残る倦怠感に身を委ねて瞼を閉じたプランはルファスの口角が吊り上がっていた事についぞ気付く事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

更に数時間後。

既に日は傾き、夜の風が帝都を撫で始める頃合い。

もう一眠りした後に目覚めればプランは己の体調が完全に回復したことを悟った。

 

 

 

 

ざっと部屋内に視線を走らせれば部屋の一角にランタンが灯っている。

光を反射する金糸と黒い翼がこちらに向けられていた。

少女は帝国の書庫から借りてきた本を一心不乱に読みふけっていた。

 

 

感じる気配は真剣そのものであり断じて暇つぶし等と言った様子ではない。

本気で彼女は本を読み解き、そこに込められた知識をモノにしようとしていた。

脳がフル回転し恐ろしい勢いでページの中身を暗記していく。

 

 

 

瞬間記憶能力と俗に呼ばれるソレを行使しルファスは頭の中に本を丸ごと転写しているのだ。

 

 

 

“天力の肉体と病への効能”

 

 

“帝国医療学術書”

 

 

“解体新書・人類7種「人間編」”

 

 

 

あぁ、あれか、と著者であるアリストテレスの誰かが呟いた。

 

 

おおよそ子供が読むとは思えない内容の本が何冊も彼女の机の上に重ねられていた。

少し身じろぎすれば布擦れの音が発生し、耳聡い黒翼がピクっと震える。

どうやらルファスはあれからずっと看病を続けてくれていたらしい。

 

 

 

 

「起きた?」

 

 

 

少女が振り返る。

起き上がれる程に元気になったプランを認めれば柔らかい微笑みがその顔に浮かび、翼が上下に小さく震えた。

胸をなでおろす様に彼女は小さく息を吐き、椅子の背もたれに深く身を預ける。

 

 

「調子はどう?」

 

 

 

「もう大丈夫さ。迷惑を───」

 

 

 

“迷惑をかけた”と言おうとすればルファスの視線が鋭くなりプランは口を閉じた。

どうやらまた間違えかけたと判断した彼は数秒間だけ考え、違う言葉を発する。

 

 

 

「ありがとう。お蔭で助かった」

 

 

 

「ん。よろしい」

 

 

 

まずは一つ不安な事が解消されたといった様子で少女は頷く。

窓の外に視線を向ければパレードそのものは終わったようだが、人々の喧騒は尽きない。

それどころか夜に向けてボルテージが上がり始めているようにも思えた。

 

 

 

腹部に視線を移す。

とりあえず問題はない。

気力も万全でゴーレムの右腕を装備しても問題はないだろう。

 

 

 

何せこんなお祭りは自分が生きている間はもう二度と見られない。

それにルファスにはこういった多少浮ついた空気も味わってもらいたかった。

 

 

 

 

「やっぱり少しだけ顔を出さないかい?」

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

“やだ”と言うように彼女は頭を振った。

とてつもない規模の人ごみの中など真っ平ごめんという感情がありありと顔に浮かんでいる。

マルクトを訪れてはや数日。落ち着く事など何もない日々を過ごしてようやく平穏を手に入れたというのにどうして、と。

 

 

ちなみにメグレズを誘うという選択肢はない。

彼はフェニックス討伐の後からずっと部屋に籠って狂った様な勢いでレポートを書きだしているからだ。

時折部屋から恐ろしい速さの呟きと笑い声が響いてくるのもあり、アラニアでさえお手上げの様であった。

 

 

 

「少しだけ身体を動かしたいかな。一緒に散歩でもどうかなって」

 

 

 

「……それなら、行く」

 

 

 

 

そのままズルズルとパーティーに引き込まれる未来がルファスには見えたが……まぁ、彼と一緒ならいいかと思い直した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルファスの予感は的中した。

彼女は少しだけ疲れた眼をしながらドレスに身を包み、重厚な扉の前にプランと共に立っていた。

コレを開ければ何百人もの貴族の視線に晒されると思うと彼女であっても少しだけ疲れる。

 

 

 

一時間ほど新たな勇者の凱旋に浮かれていた帝都を散策した後、ルファスとプランは帝国の宮殿に招かれていた。

勝利を記念した宮廷舞踏会が開催され、帝国のあらゆる上級貴族や各国の使者が出席するその中においてもプランはともかくルファスは堂々としていた。

深紅を基調としたお洒落なドレスに着替えた彼女は黒い翼を誇るように自信に満ちた歩みで会場を闊歩する。

 

 

 

マナを利用した灯りはホール内を真昼の様に照らし出し、幾つもの宝石を嵌めた豪奢なシャンデリアが輝いている。

数百人を収容してもなお余る巨大なホールにはあらゆる種族の為の上質な料理が提供されており、これまた贅を極めた装いの者達が舌鼓を打ちながら会話に華を咲かせていた。

 

 

 

ふわりと空気の揺れを誰かが感じた。

さすがは貴族というべきか彼はホール内に満ちる“空気”……場の支配権とも呼べるものが変動したことに目ざとく気が付く。

一体だれがと目線をあちこちに向けてから気が付き、息を一瞬だけ止めた。

 

 

 

「何と……」

 

 

 

称賛の言葉さえ出ない。

眼を奪われるという言葉があるが正にソレだった。

 

 

 

丁寧にセットされた金糸を揺らし少女が歩いていた。

背に生えた黒い翼が特徴的ではあったがソレを含めて正に完成された美といえる少女が。

深紅の瞳は真っすぐに目を見据えており、その足取りには威風堂々とした覇気があった。

 

 

 

誰もが会話を止めて彼女を見た。

黒い翼という物珍しさもあるが、何よりも少女の美しさに目を奪われたのだ。

あんな娘、何処に居た? と多くの者達が囁き合う。

 

 

 

 

その少し後ろを保護者としてプランが洗練された動作で付き従うように続けば群衆の疑問は氷解した。

確かアリストテレス卿の教え子か、誰かが口にした。

 

 

 

 

 

───アリストテレス卿の教え子で、確か名前をルファス・マファールだったか。

 

 

 

───天翼族の弟子か。確かに彼らの寿命を考えれば頷ける話だ。

 

 

 

 

───後継者? だがしかし血縁関係はないはず……。

 

 

 

 

───卿はその手の話を全く聞かない方でしたね。……まさか婚約者? 

 

 

 

疑惑と好機と好色な視線がルファスに向けられる。

ほんの数分歩いただけだというのに既に彼女は多くの人の心を魅了してしまう。

しかし彼女はそれらに全く関心を向ける事はなかった。

 

 

 

散々に言われた過去を思えばこの程度の囁きなどそよ風の様なモノであり何の感慨も抱く事はない。

さすがに老婆扱いされたらかなり堪えるかもしれないが、そんな不敬な奴はもう居ない。

 

 

カツカツと歩きづらいことこの上ない靴を鳴らしルファスは自分と同じような瞳をしているであろう奈々子に向けて歩いていく。

何処にいるかは直ぐに判る。マナの濃度が濃い所を目指して行けばいいのだから。

 

 

 

「……ぁ、ルファスさん」

 

 

 

見つけた彼女は少しだけ色素が薄くなっている。

何度も何度も愛想を振りまき、握手し、サインを何百枚も書いた彼女は簡単に言って燃え尽きかけていた。

帰還後さらに果実を食した事によりレベル1000という頂点に上り詰めた彼女はしおしおの顔でルファスを出迎え、力なく笑う。

 

 

余りにソレが情けない顔だったからルファスは吹き出しそうになるが、何とか堪えた。

 

 

「主役がそんな顔をしていたらダメだぞ。

 貴女は勇者なのだから、もっと堂々としていないと」

 

 

 

軽く腕組みをし注意する様に言うルファスに奈々子は何処までも情けない顔と声で訴えを飛ばした。

 

 

 

「変わってくださぃぃ……私、こういうのはちょっとダメみたいなんです……」 

 

 

 

少女としてこういうパーティーに憧れがあったことは確かだ。

テレビの中の大女優やら何やらが豪華なドレスに身を包み、優雅に社交界を練り歩く様などは誰もが羨ましいと思う事だろう。

 

 

だが現実は違った。

疲れる。凄く疲れる。ものすごーく疲れる。

他の人ならともかく自分には合わない、その一点だけを彼女は思い知ったのだ。

 

 

勇者だのなんだの言われても根はどこまでも小市民なのが北星奈々子という少女であった。

そそくさと二人は会場の隅に移動し、小声で会話を始めた。

プランはそんな少女たちに気を遣い少しだけ離れた位置で見守りつつ丁寧な動作で賓客たちに挨拶を開始。

 

 

 

「うっ……皆の期待が重い……」

 

 

「…………これは重傷だな」

 

 

 

胸を押さえ強くなる動悸を抑え込む。

 

 

合う人合う人に勇者様、勇者様と輝く瞳を向けられ少女の心は折れかけていた。

やめてやめて、わたしすごく頑張るけどそんなに期待しないで、と。

声を震わせつつ小動物の如く奈々子は震える。

 

 

じーっとルファスは何も発さず見守り続けた。

何かを言ってもいいが、この少女なら自力で乗り越えられると彼女は知っている。

彼女はアリエスと同じタイプなのだ。根っこの部分は物凄く図太く、滅多なことでは折れない。

 

 

弱音を吐く事も多いが本当の意味で逃げる事はしないから彼女は勇者なのだ。

 

 

やがて「ふぅぅぅ」と大きく息を吐いて彼女は落ち着きを取り戻したようであった。

直ぐ近くに戦友であり友達だと思っているルファスがいる事も大きく彼女は平常心にも戻る。

ルファスは苦笑した。この勇者様は自分よりも強い力をもっているというのに、どうしてこうしまらないんだろうか、と。

 

 

 

「ルファスさん」

 

 

 

「ん?」

 

 

唐突に名前を呼ばれる。

どこか何時もより低い声だったからパーティーの喧騒の中であってもルファスの耳にはよく届いた。

 

 

 

頭を傾げる。

黒翼がパサパサと震えた。

 

 

 

 

「コレ……使って下さい」

 

 

 

奈々子は懐から布に包まれた何かを取り出し、ルファスに差し出す。

それを認めた瞬間ルファスの全身が総毛だつ。

 

 

布に包まれた小さなソレは喉から手が出る程に欲しかった一品であった。

 

 

 

彼女はコレが何かを知っている。

ナナコがフェニックスの心臓を穿った際に手に入れた一品。

ミズガルズの創世記より生きながらえてきた不死鳥の心臓がその鼓動を止める際に姿を変貌させた素材。

 

 

もしかしたら、これさえあればプランを助けられるかもしれない。

もしかしたら、これを使えば自分が奪ってしまった彼の右腕にかわる素晴らしい義手を作れるかもしれない。

 

 

 

「ぁ……いや、だが、それは……」

 

 

 

ルファスの声が戦慄く。

欲する気持ちとナナコが激戦の果てに勝ち取った宝を譲ってもらうことへの拒否感が渦巻いてとまらない。

 

 

 

覆っていた布を奈々子が退かせば露わになったのは深紅に輝く宝玉であった。

ルファスのマナを見通す瞳にはこの小さな宝石が掌に収まる太陽にさえ見えた。

不死鳥の魂と炎が宿りし至高の宝具、いったいどれほどの潜在的な価値を秘めているか判らない究極の素材であった。

 

 

 

「私が持っていても意味がないと思うんです」

 

 

 

「もっと言うと私達以外じゃ所有することも出来ないのでどうするか困ってたり」

 

 

 

 

美しい宝玉を当初奈々子は不死鳥討伐の証拠としてアルカスに献上しようとしたのである。

だが皇帝が宝玉を手に取ろとした瞬間、まるで警告する様に宝石は炎を放ったのだ。

そのような体験をしたアルカスであったが、さすがというべきか彼は本質を見抜いた。

 

 

 

即ち自分は認められていないと。

フェニックスは滅んだがその意思の一部は未だに残留しており、自分を扱うに足るものを見定めているのだ。

自分を倒した一行のみがこの宝玉を手に取るに値すると認められており、それ以外の者は触れるだけで全身を火に包まれてしまうかもしれない。

 

 

 

───うむ。吾輩も含め、この宝玉を手に取る資格はなしと見た!

 

 

 

───勇者よ。これは貴女のモノである! 好きに扱うとよい!!

 

 

 

 

 

大きな声と大きな動作で宝玉を返された奈々子は今こそが使い時であると見抜いていた。

だから彼女は決して折れない。

元よりミズガルズには人助けに来たのだ。

 

 

で、あるならば。

自分の仲間が助けを求めているのならば真っ先に手を伸ばすのは当然である。

だから彼女は少しだけ卑怯な手を使う事にした。

 

 

 

 

 

「……プランさんの身体、何処か悪いのは気が付いています」

 

 

 

 

「……っ」

 

 

 

やはり気が付かれていたと悟りルファスは奥歯を噛み締めた。

事は自分だけの話ではないのだ。

 

 

 

宝玉を除けばフェニックスの素材の数々は既にクラウン帝国に収められている。

近い内にそれらを加工して勇者ナナコに相応しい武具が鍛え上げられるだろう。

ルファスも僅かとはいえ戦利品を譲ってもらったが、それでも足りないというのが本音であった。

 

 

 

 

羽根や翼、骨の一部。

なるほど確かに素晴らしい素材だ。

だがしかし宝玉に比べればどれもこれも凡庸である。

 

 

 

プランを助けられる可能性が目の前にあるのにソレを持っているのは自分ではない。

諦めたくないのに諦めるしかない現実であったが、勇者はそんな道理を蹴っ飛ばす。

 

 

困っている人を助ける。

そんなちっぽけな青臭さで彼女は至宝をルファスへと差し出したのだ。

 

 

 

 

「私、本当にルファスさんたちと出会えて嬉しかったんです」

 

 

 

「何も判らない状態で寂しくておかしくなりそうな中、ルファスさんは私に手を差し出してくれて……凄く嬉しかった」

 

 

 

たった一人で異世界に引きずり込まれる。

しかもお約束通りに巨悪を倒してきてくれと乞われるという流れにおいて奈々子がどれほど苦悩したかは想像に容易くないだろう。

そんな中で親身に接してくれたルファスがどれほど彼女の助けになったことか。

 

 

 

だがルファスは知っている。

自分が奈々子に手助けをしたのはプランに頼まれたからだと。

近い年齢でかつ同性ならば奈々子も異世界に対する警戒を薄めてくれた上で、ミズガルズの為に戦ってもらうようになるかもしれないからという下心があったのだと。

 

 

 

要は刷り込みである。

自分の様な善き人もいっぱいいるから、ミズガルズの為に傷ついてほしいという願いを正当化するための。

 

 

勇者の純粋な感謝を受けとってしまったルファスは喉から込みあがる言葉を抑える事が出来なかった。

違う、違うんだと叫びそうになりながら何とか言葉を紡いでいく。

 

 

 

「ちがう……それは勇者である貴女に近づけば……私にもメリットがあるって……思ったからで」

 

 

 

「私は貴女の思う様な善人では断じてない……そう、私は自分の為に貴女を利用するつもりだったんだ」

 

 

 

途切れ途切れで弱弱しい言葉はルファスらしくない歯切れの悪さであった。

まるで自分の悪い所を無理やり見つけ出して片っ端から上げているような口調である。

 

 

 

 

奈々子は苦笑する。

どうしてこうルファスさんは変な所で露悪的なんだろうと。

彼女は凄く優しい人なのに自分はそんな人物ではないと引っ込めてしまう。

 

 

だから彼女は一歩踏み出した。

 

 

 

「ルファスさん」

 

 

 

手を包み無理やり宝玉を渡す。

 

 

 

「私はこれから旅に出ちゃうから……私の代わりにあの人を助けて下さい」

 

 

 

まだそれでもルファスは迷っているようであった。

奈々子が手を離そうとしてもぎゅっと握りしめて離そうとしない。

 

 

だから彼女は爆弾を投げ込むことにした。

元より年頃の彼女はそういった話が好きでもある。

 

 

 

「プランさんのこと、好きですか?」

 

 

 

「っ!?」

 

 

ぎょっとした顔をルファスは晒してしまい慌てて彼の動向を探る。

どうやらプランは吸血鬼族の女性と会話しているようで今の言葉は聞かれていないようだった。

胸を撫でおろしつつルファスはうるさい鼓動を意識しつつ奈々子の言葉を考える。

 

 

 

 

(好きか……)

 

 

 

好きか嫌いかと言われれば好きである。

母と自分以外誰もいなかった世界に現れた三人目であり、命の恩人であり、何としても助けたい人だ。

 

 

 

 

“好きですか?”

 

 

 

【好き】

 

 

 

その感情をルファスは知らない。

幼い頃から受け続けた悪意のせいでそういった概念は彼女の中では曖昧なものとなっている。

好き嫌いというよりは敵か味方かという判断基準が彼女の全てであったのだから。

 

 

 

しかし……。

 

 

(……)

 

 

彼と過ごした今までを思い返す。

殆どが愚か極まりない自分の後悔の歴史であるが、それでも楽しかったと胸を張って言えるモノだ。

 

 

 

一緒にいるだけで楽しい。

たとえ何の会話がなく同じ部屋にいるだけであっても居心地がいい。

 

 

 

彼を助けたい。

彼の助けになりたい。

彼は自分の人生を残りたった50年といったが、それならば最高の50年にしてあげたい。

 

 

 

 

どうあっても彼は自分よりも先に命を終えるだろう。

人と天翼族である以上は同じ時間を生きる事は決してないのをルファスは理解している。

いずれ来るであろう別れの日を恐れながらも、こうして共に在れる日々を少女は心から大切にしている。

 

 

きっとこの輝かしい日々の思い出は何千年経とうと心と身体を満たし続けてくれるだろうから。

 

 

 

(あぁ……そうだな)

 

 

 

自分の心の中にあった名前の付けられていない感情を認識する。

時折感じる熱くて甘い、制御の難しいそれ。

何なのか判らなかったナニカを彼女は理解した。

 

 

 

答えは恐ろしい程にすんなりと出てきた。

一度認識してしまえば後は受け入れるだけだった。

何一つ恥じらうことなくルファスは堂々と奈々子に向けて宣言した。

 

 

 

「彼が好きだ。死んでほしくない」

 

 

 

「だから、ありがとう勇者様」

 

 

 

ルファスは宝玉を差し出す奈々子の手に己の掌を重ね、心から礼を言う。

すると奈々子は優しく微笑みつつお返しをする。

 

 

 

「どういたしまして」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クラウン帝国でも有数の音楽家たちが楽器を奏でる。

ゆったりとしながらも気品ある音楽は正に貴族たちの社交界に相応しい芸術であった。

舞踏会の一幕、大勢の人々が各々のパートナーと共に優雅にダンスをする中にルファスはいた。

 

 

 

彼女の手を引きエスコートするのはプランだ。

ユーダリルの時と同じく【一致団結】を用いてルファスに情報を送り込みつつ彼は丁寧に身を躍らせていた。

 

 

 

 

跳ねる、回る、身を委ねる。

あの時よりもずっと上手く、繊細にルファスはこなしていく。

今の彼女は一分一秒が愛おしく、輝いているように見えた。

 

 

 

気が付けばルファスは笑っていた。

魔物として浮かべる好戦的なモノでも、自信家として浮かべる傲岸なモノでもない。

一人の少女が心から幸福を享受する時に浮かべるような輝くような笑みを。

 

 

 

 

締めに彼女は男の胸に顔を預ける。

柔らかく暖かい感触に彼女は身を委ねていた。

右手はしっかりと握りしめられており、腰には彼の手が添えられている今、彼女は脱力しきっていた。

  

 

 

(熱い……)

 

 

ドク、ドクという彼の心臓の音を聞きながらルファスは胸の帳から無限に湧き上がる感情に溺れていた。

希望より甘く絶望よりも深い感情は少女の四肢を満たしつくし、心を飽和させてしまうほどだった。

絶対に失わないと彼女は決意を新たにする。これを失うのが怖くてたまらない。

 

 

 

かつてプルートにおいて自分は彼の特別だとガザドに言われた事をルファスは思い出していた。

今ならその言葉に胸を張ってこう返せる。

 

 

“彼は私の特別だ”と。

 

 

絶対に。

何を引き換えにしても守り抜いて見せる。

 

 

 

そして女は溺れるような己の感情を自覚するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこは森であった。

桁違いとしか言いようのない巨木が天を貫くように立ち並び、そこらかしこから子供の笑い声が響きわたる。

ミズガルズが誕生して以来存在し続ける最も古き地の一つ。

その名を【妖精郷アルフヘイム】と言った。

 

 

 

エルフの同盟より近い場所に立地するアルフヘイムの特徴は文字通り妖精が住んでいる事だ。

マナによって活性化し確固たる自我を得た木々たちは広い世界を自由に飛びまわる為に己の分身である妖精を生み出し、それらが送ってくる光景を楽しみながら微睡んでいる。

故にこの地は妖精の国であり、魔神族でさえ滅多に手を出さない禁断の地でもある。

 

 

 

そんなアルフヘイムが微かにざわめいていた。

木々らは落ち着きなく揺れ、ひそひそと囁き合っている。

怖い怖いナニカを彼らは感じて震えていた。

 

 

 

もしかしたらそれは一瞬だけアルフヘイム上空に開かれた【エクスゲート】に関連しているのかもしれない。

 

 

 

「ぽるくすさま! ぽるくすさま!」

 

 

 

人の二割程度の体躯しかない妖精が甲高い声を張り上げ、半ば狂乱した様子で森の深淵へと飛んでいく。

僅かに漏れ出てきた底知れぬ悪意を感じ取った彼女は震えながら自分たちの主のもとへと縋りついた。

半ば突進する様に飛びつけば、妖精は暖かくて柔らかい感触に包まれる。

 

 

 

「落ち着きなさい。……ほら、もう大丈夫よ」

 

 

 

蜂蜜色の髪をした少女、妖精姫ポルクスはそんな自分の民を抱きしめながら頭を撫でた。

色彩豊かなドレスに身を包んだ彼女は10代半ば程度の外見からは想像できない程に母性に満ちた仕草で怯える妖精を慰め、落ち着くまで待つ。

 

 

 

「こわいのが来たの。こわいのが……ぽるくすさまに、プレゼントがあるって」

 

 

「私にプレゼント?」

 

 

 

呼吸を落ち着けた後、妖精は涙に潤んだ瞳でポルクスを見上げて喘ぐように報告をする。

ポルクスは頭を傾げて知らないふりをしつつ内心で苦々しく思っていた。

 

 

彼女と彼女の兄はあらゆる妖精/天力生命体の頂点である。

当然の話としてアルフヘイムの上空に空間の歪みが発生したことなど気が付いている。

妖精たちに悟られない様に何十という過去の英雄たちを呼び出し有事に備えたのは当然であった。

 

 

 

 

そして今のポルクスは僅かに不機嫌であった。

ほんの2年程度前にまた勇者が呼び出されてつい最近自分の下を訪れてきたのだから。

その前にも奇妙な奴が来て兄ともめ事を起こしていた。

 

 

そんな折にこの騒動である。イラつかない方がおかしい。

 

 

 

健気な少女であった。

歴代に違わず人々の役に立つことを喜びとする善き子だった。

故郷では家族を愛し、愛されている善良な少女。

 

 

 

そんな少女にポルクスは幾つかの前もって決められていた助言と武器を渡した上で二度と還らない旅に送り出してしまった。

 

 

 

またである。

また茶番が繰り返される。

以前の勇者は気が付けば300年前の過去となってしまった。

 

 

 

 

「ポルクス」

 

 

 

「兄さん!」

 

 

 

 

長いトレンチコートを着込んだ船乗り然とした出で立ちの男が歩いてくれば、ポルクスの視線は兄である男と彼が肩に担いでいる大きな箱に移動する。

 

 

 

これまた奇妙な箱であった。

ピンク色の愛らしい包装紙に包まれており、赤いリボンでしっかりと結ばれたファンシーな外見の箱。

いかにも「プレゼント」といった様子のソレを見てポルクスは無表情となった。

 

 

 

妖精の頭を最後に一度撫でてから下がらせる。

 

 

 

 

「その箱は?」

 

 

 

「妖精たちが言うには落ちて来たらしい。

 恐らく先に展開された【エクスゲート】からだな」

 

 

 

ドンという重量感溢れる音と共に男───ポルクスの兄であるカストールは箱を降ろした。

彼の後ろには何人もの身体が僅かに透けた護衛、ポルクスのスキルによって形成される英霊たちが控えていた。

カストールが視線を向ければ彼らは頷いて答える。

 

 

 

「彼らに見て貰った所、害のあるものは入っていないようだ」

 

 

 

「……何かしら」

 

 

 

 

全く身に覚えのないポルクスは腕を組んで考えを巡らせるが答えは全く出てこない。

考えても始まらないのは確かなので、とりあえず開けてみることにした。

リボンを丁寧に解き、包装紙も破かない所は几帳面な彼女らしいか。

 

 

 

 

出てきたのは木箱であった。

上質な作りなソレの蓋を恐る恐る開ければ、中には何らかのマジックアイテムらしき緑色の玉ともう一回り小さな箱が入っていた。

 

 

 

 

…………。

 

 

 

カストールは無表情で、ポルクスは怪訝な顔をしつつまずはマジックアイテムを手に取った。

「風」の魔力を込められたソレは空気の振動を保存しておけるアイテムらしく、簡単に言えば過去の会話などを保管しておけるアイテムだった。

ポルクスが微かに魔力を送ればソレは薄く輝き、保存されていたメッセージの再生を開始。

 

 

 

 

『あーあー、もしもし?』

 

 

 

 

舌ったらずな声であった。

声変わりもしていない子供の甲高く響く声。

ポルクスはいまだ知らぬことであったが、声の主は“竜王”ラードゥンである。

 

 

 

『ごきげんよう! そしておひさしぶり!! ぼくの名前はらーどぅん!!』

 

 

 

『えっとね! きょうはポルクスちゃんにプレゼントがあるのです!!』

 

 

 

 

きゃはははと声だけ聴けば妖精にそっくりな調子でラードゥンは笑う。

彼は心からこの贈り物を送り付けた事に喜びを抱いているようだった。

 

 

 

 

『きっと喜んでくれるとおもうの! 

 さぁ、10秒まってるから早くあけて!!』

 

 

 

 

“竜王”の名前はポルクスも聞いた事はある。

300年前の勇者が倒そうとして失敗した怪物なのだから。

しかし結果として一時的に深い傷を負った竜王の行動は抑制されたのだから先代の死は無駄ではないとポルクスは思っていた。

 

 

 

一回り小さな箱に手を伸ばせば、カストールがそれを制した。

 

 

 

「兄さん?」

 

 

 

「私が開けよう」

 

 

 

有無を言わさぬ圧を感じたポルクスは一歩下がり兄の行動を見守る。

 

 

 

そして───箱が開けられた。

 

 

 

やはりか、とカストールは顔をこれ以上ない程に苦渋に歪める。

ポルクスは兄の様子を疑問に思いつつ中身を覗き込んで…………。

 

 

 

 

「─────ぇ?」

 

 

 

何千万年も、それこそ人類が誕生する前から生きてきた彼女にとってもこれは生涯最大の衝撃であった。

少しばかり過保護な兄と無数の妖精たち、更には強大極まりない英霊の軍勢に守護されて生きてきた彼女にとって、これは始めてみるモノであった。

 

 

 

 

固まる。

瞬きを何度もして、もう一度見て……認識し……ソレを見つめて己の眼を抉り取りたいと思った。

だが例え盲目になろうともこの光景は未来永劫ポルクスに焼き付き苦しめるに違いない。

 

 

 

 

『ハハハハハ!! ありがとうポルクスちゃん!!』

 

 

 

『ポルクスちゃんのおくってきてくれた勇者さま、すっごくおもしろかったよ!!』

 

 

 

『なかなか諦めなかった! だけどね最期は“おばあちゃん”ってないてたんだ!!』

 

 

 

ラードゥンの声色が変わる。

幼児のソレから少女の、奈々子のソレに。

面白おかしく彼はつい最近見たばかりの喜劇を即興で再演したのだ。

 

 

 

 

『かえりたい!! かえしてよ!! たすけて!! たすけてポルクスさま!』 

 

 

 

『“あなたなら絶対に出来る”って言ったじゃん!! どうして、私をだましたの!!??』 

 

 

 

『うそつき!!』 

 

 

 

 

 

───かわいそう、かわいそう!

───泣き虫でまけちゃったゆうしゃさまなんてなんの価値もないよね!!

 

 

 

マジックアイテムから声が囀り出す。

恐ろしいまでに無邪気で、それでいて今まで見てきたどんな悪鬼羅刹よりも邪悪な声が。

彼はラードゥン。最悪にして純粋悪なる竜の王。

 

 

 

 

「う゛っ! お゛……ぇぇぇェェ……」

 

 

 

「ポルクス!!」

 

 

 

膝から崩れ落ちたポルクスはこみ上げる感情のまま嘔吐した。

びちゃびちゃと胃の中身を吐き散らし続けても気持ち悪さは全く減らない。

涙と唾液を垂れ流しにしながら少女は頭を抱えてうずくまる。

 

 

何万年もの間積み重ねてきた罪。

見て見ぬフリをしてきたソレを直視させられた彼女は狂乱しながら頭を掻きむしり叫んだ。

 

 

 

「違う、違うの!! わたし、そんなつもりじゃ……こんな筈じゃなかった!!」

 

 

 

『さすがだよね! これで何人目になるのかな? ポルクスちゃんはほんとうにすごいいい子!!』

 

 

 

 

まるでポルクスがこうなるのを見越していたかの様な発言に彼女はアイテムを投げ捨てた。

何回かバウンドしながら転がっていきながらソレでも再生は止まらない。

 

 

 

『ポルクスちゃんのおかげで女神さまもおよろこびです!! なんにんでもつれて来てくれていいよ!!』

 

 

 

 

「嫌ぁ゛ぁぁ゛!!」

 

 

 

 

『女神さま最高! 女神さま万歳!!  女神アロヴィナスに栄光あれ!!』

 

 

 

ギャハハハハハハという品の無い邪悪な笑いがアルフヘイムに木霊するたびにポルクスは痙攣を繰り返し震えを強めていく。

 

 

 

「下衆が……!」

 

 

 

『でもでも、どうせ───』

 

 

 

まだ悪意を飛ばそうとしてくるアイテムをカストールは踏み砕き、妹を抱きしめた。

英霊たちが殺気立つ中、彼は誰かに許しを乞い続けるポルクスを落ち着かせるために頭を撫でてやる。

 

 

 

「ごめんなさい、違うの……こんな筈は……だって」

 

 

 

「……済まない」

 

 

自分には何もできない。

今すぐにでも竜王の下へ殴り込みをかけてやりたいが、この身は所詮女神の走狗。

ポルクスに対して女神が竜王の討伐の命を下さない限りは動く事など出来ない。

 

 

「ごめんなさいっ……わたしは……だれか……たすけて」

 

 

 

知っていた筈だった。

勇者がどうなるかなど全部判っていたというのに。

それでもその現実を見てしまったポルクスは刻みつけられたトラウマの痛みに悶えるだけであった。

 

 

 

彼女のスキルは該当する勇者を彼女が英雄と認定することにより召喚を可能とする技能だ。

しかしポルクスは奈々子を英雄と認定することは出来なくなってしまい、本当の意味で彼女の存在は無へと還ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

『俺の名前も覚えていないんだろう?』

 

 

 

 

砕けて機能を停止する直前、最後にそんな言葉がマジックアイテムより零れた事を知る者は誰もいない。

 

 

 

 

 






















「お願いします! どんな情報でもいいんです!!」



「どなたか、娘の姿を見ませんでしたか!?」




南十字瀬衣は帰宅途中、駅前で必死にビラを配る集団の前で足を止めていた。
彼らが誰であるかは記憶をたどれば直ぐに答えは出た。
何せ彼の通う高校でも話題になり、暫くは下校時間が繰り上げられるなどの措置を取られたのだから。



“北星奈々子 行方不明事件”



ほんの半年くらい前にテレビで話題になったのを彼は知っている。
隣町に住む自分と近い年代の女子高校生が下校途中に忽然と跡形もなく消え去った事件だ。



警察は身代金目当ての誘拐の線などを考えて捜査していたが今に至るまで進展はゼロ。
証拠も何一つ出てこず完全な手詰まりだという。
事件当初は様々なボランティアなどが参加し大規模な探索が行われたがそれも何一つ効果を上げられていない。


警察は有力な情報提供者に感謝金を用意するといったが、それでもなお誰も名乗り出ないのだ。



時間は残酷だ。
更に言うと日本という国では恐ろしい速さで話題の賞味期限は尽きてしまう。
事件発覚すぐには毎日テレビに取り上げられていたが進展なしと見るや否や人々の興味は別の話題に映ってしまい、もはや事件の事は埋もれ始めている。




必死に声を張り上げ道行く人に頭を下げる母親らしき人物。
顔色が悪く時折椅子に座って休憩を挟みながらも人々に情報提供を求める老婆。
その他親族と思わしき人々が集まっているが、きっと今日も何の成果もあげられないだろう。


しかし誰もが彼らに取り合わない。
純粋に知らないというのもあるが、恐ろしい程に無関心であった。
誰かが捨てたであろうビラが風にあおられて足元に飛んでくる。




瀬衣はそれを拾い上げた。
学校で散々に見たのと同じ顔が乗っている。


笑顔の女の子。
北星奈々子。



顔を顰める。
力になりたいが自分には何も出来ない事を彼は知っている。
彼はシネマに出てくるヒーローでも何でもないのだ。



「っ……!!」



悔しさと無力感に焼かれながら瀬衣は背を向けて彼らから逃げるように立ち去った。



「誰か助けて下さい……!! 孫にもう一度あいたいだけなんです……」




最後に老婆の発した言葉を彼は暫く忘れる事はできなかった。














「はぁ……仕方ありませんね」 



蒼い女がポイっと手にしていた本を投げ捨てて言った。
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