ラスボスからは逃げられない! 作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)
「模擬戦、ですか……?」
主であるルファスの提案にアリエスは目をぱちぱちさせて答えていた。
何事もなくアリエスを回収し、次なる目的地である黒翼の王墓に向かう最中の一幕であった。
己が製作したキャンピングカー型のゴーレムの座席に揺られながらルファスはアリエスに模擬戦がしたいと提案したのだ。
意外そうな顔をするアリエスにルファスは微笑みながら説明を始める。
スヴェルの時からそうであったが、彼がいるとあの鬱陶しい頭痛などもなくなるのが心地よいのかもしれない。
「何せ200年ぶりのミズガルズだからな。
此度は何の騒動もなく済んだが、次はそうとも限らん」
「聞くに魔神王と魔神族は健在。
いつ余が力を振るう時が来るか予想も出来ん。
肝心な時に思うように動けないなど、道化でしかないだろう?」
「……仰る通りです」
朗々と語りながら内心で「彼」は苦い思いを抱いていた。
『エクスゲート・オンライン』の大ファンであり、それこそやり込んだと自信をもって言える彼だが、それはゲームの中の話だ。
実際の戦闘がどういうものなのか知っておく必要がある。
(ゲームの時はコントローラーを弄ってるだけだったからな……。
リアルになったらやっぱり勝手も違うだろうし)
(オーク討伐も経験したけど、あの時は本当に指でつつくだけではじけ飛んだからな。あれじゃ経験云々なんて積めない)
チラッと横目でディーナを見て意見を求める。
スヴェルで買った美味しいアイスジュースをちびちびと飲んでいた彼女は容器を置くと出会ってから変わらない快活な笑顔を浮かべて頷く。
「いい案だと思います。
アリエス様とは問題なく合流出来ちゃいましたけど、皆が皆そうとは限りませんから」
「十二星天の内、何名かは暴走しちゃってますからねぇ……。
特に“獅子座”のレオン様あたりなんか絶対にルファス様に殴りかかってきますよ!」
はぁ、と疲れた顔でディーナはため息を吐く。
遠目で見ていただけではあるがレオンの暴走っぷりには彼女も頭を抱えていた。
彼女はルファスのいない間に諸々の準備を整えていた頼りになる参謀ではあるが本人の戦闘力そのものは余り高くはないのだ。
「アリエス。一つ聞くが、其方は他の十二星天の動向についてどこまで知っている?」
「絶対にこの場所に居るって断言できるのはカルキノス、パルテノス、ポルクス、アクアリウス、リーブラですね」
ほぉとルファスは感銘したかのように息を漏らす。
十二星天の三分の一以上の動向が一気に判るとは大きな収穫であった。
そんなルファスの隣でディーナが「それは私の仕事ー!」と抗議していたが無視する。
「そして恥ずかしい話になるのですが
アイゴケロスとスコルピウス、レオンはちょっと問題を起こしてまして……」
何処となく顔に陰を浮かべてアリエスは遠い地平を見つめながらつぶやく。
そんな彼の言葉にルファスも「あぁ」と納得したように頷いてしまった。
この三名は見事なまでに過激派だ。
魔物の闘争本能をルファスの圧倒的な力でねじ伏せているだけに過ぎない面々だ。
どれもこれも野放しには出来ないから手元に置いた危険な者達である。
これは思っていたよりも厄介で長い話になりそうだと「彼」は額を指で抑えた。
「とりあえずです!
今はリーブラ様を回収してから次に誰を迎えに行くか決めませんか?」
「そうだな。───話を戻すぞ。アリエス、其方には余の模擬戦の相手になってもらう」
少しだけ場の空気が重くなりかけたのをディーナがリセットすればルファスはその流れに便乗しアリエスへと確認を行う。
すると200年ぶりに主に命令を受けたアリエスはふんふんと鼻を鳴らし、ぐっとガッツポーズを決めた。
男らしい動作であったが少女としか思えない彼の姿ではどうしても可愛らしさが前面に出てきてしまう。
「ルファス様のさび落とし、このアリエスにお任せを!!」
見るからに自信満々な様子な彼にルファスは頼もしさを感じつつ苦笑した。
人の姿を得る以前の昔だったら「メメメッメメ!」と叫んでいただろうと思ったのだ。
(本当にこいつは、昔から調子いい時があるんだよな……)
ん? と自分の思考に何か違和感を覚えた「彼」であったがその理由に思い当たる事はなかった。
そんな主をディーナだけがじっと見つめていた。
スヴェルやユーダリルからも離れた荒野。
付近には生物も魔物もいない地でルファスとアリエスは向かい合っていた。
ルファス・マファール。
レベル1000という頂点の存在においても更に一際別次元の力を誇る怪物中の怪物。
スヴェルでは隠していた翼を解放し、威風堂々と腰に手を当てて佇む姿は正しく強者といえよう。
対してアリエス。
単純なスペックでは十二星天でも最弱候補である彼だが、その実かつてのルファスの帝国において最も敵味方問わずに畏怖を抱かれていた存在でもある。
ルファスがクラウン帝国より国土を禅譲してもらい、己の帝国を立ち上げた際おおくの野心ある者がルファスに取り入ろうと寄ってきたことがあった。
彼らは当然ルファスに近づこうと多くの策略を巡らせ、時には彼女の側近中の側近の座である十二星天の席を奪おうとしたのだ。
そんな者たちにとってアリエスはさぞ都合がいい存在に見えた事だろう。
伝説の虹色羊?
確かに希少ではあるが戦闘能力は全くない雑魚じゃないか。
その席を寄越せと数えきれないほどの挑戦者が現れ───その全てが叩きのめされた。
主の力だけを目当てに寄ってくる愚か者どもを誰一人彼は通さない。
最初の十二星天にしてルファスの懐刀、それがアリエスである。
「遠慮はいらんぞ。
200年間、其方も多くの経験を積んだと見える。その全てを余にぶつけてくるがいい」
「はい! 頑張ります!!」
さて、ここで今回の模擬戦のレギュレーションを確認しようか。
一対一の時間無制限。
相手の残り体力が1割を切った時点で終了。
やりすぎてしまい怪我を負ったとしてもディーナがマファール塔より持ち出してきたエリクサーがあるため問題はない。
二人から少し離れた位置にディーナが立っており開始の合図を行う。
「では……始め!!」
ディーナの号令を認めた瞬間にアリエスは動いていた。
彼は恐ろしい程の速度で腰のホルスターから小さなリボルバーを引き抜くとピタっとルファスに狙いを定めた。
カチンと引き金を引く音をやけにはっきりとルファスは聞いたような気がした。
「!!」
虹色の弾丸───彼の固有スキルである【メサルティム】で構築された銃弾がルファスへ撃ち込まれる。
反射として咄嗟に手で払うが、銃弾はルファスの腕に触れた瞬間に拡散し彼女の全身へと纏わりつく。
ジジジジと衣服が焦げ、とてつもない熱波がルファスを包んだ。
残りHP 304200
ルファスの誇るおよそ34万ものHPの一割近くが瞬時に消し飛び、更に減少を続けている。
HPが恐ろしい勢いで減少を開始。
彼女の持つ防御力を完全に無視しているとしか言いようのないダメージ量であった。
炎に触れている間、常に割合ダメージを与え続けるスキルの特性を彼は理解しつくし最大限に活用している。
要は当たればいいのだ。
ならば銃弾にして相手に撃ち込むのが最適解の一つと言えよう。
更に言うと彼は純粋に炎を一塊にし銃弾に変えているわけではない。
何層もの独立した炎の膜を幾重にも束ねて弾丸を生成しているのだ。
それらは一層ごとに個別の当たり判定を持つ故に直撃と同時に複数の当たり判定が発生することが出来た。
結果、ルファスのHPは見る見ると減っていく。
残りHP 299000
カタログスペックだけ見ればアリエスは弱いが、彼はその弱さを武器へと変えて戦う狡猾さがあり、故にルファスは彼を信頼しているのだ。
(こいつっ……!!)
心の何処かにあった温い考えを「彼」は瞬時に捨て去った。
正しく冷や水を浴びせかけられたと言っていい。
ゲームとリアルの違いはあれど、それでも己が手塩にかけて育てた“ルファス”ならばどんな相手にでも勝てるという考えは慢心でしかないと。
しかし歯噛みしながら同時にルファスは昂っていた。
アリエスから叩きつけられる鋭い敵意を前に口角が知らず知らず吊り上がってしまう。
200年ぶりの運動だ、元来身体を動かす事が好きな彼女の気分が高揚するのも致し方ない。
「いいぞ、そうでなくてはな!」
全身から覇気を迸らせ鬱陶しく纏わりつく炎を消し飛ばす。
ミシ、と肉体が久方ぶりの稼働に歓喜の軋みを上げた。
拳を握りしめ、殴りかかる。
全力で大地を蹴れば世界の時間は圧縮され、自分を見つめてくるアリエス以外の全ての者の動きが緩慢に変わった。
アリエスは不気味なまでに無表情のまま掌をルファスの拳へと翳す。
まるで受け止めようとしているかの如き動作だが、マッハ40万にも迫る覇王の拳は直撃すればアリエスを粉々にしてしまうだろう。
が、ルファスは止まらない。
彼女は心から戦いを楽しんでおり、アリエスならば何かを見せてくれるのだという信頼がそこにはあった。
着弾。
ルファスの拳は凄まじい振動を浴び、弾かれた。
ドォンという重低音。
まるで隕石が降ってきたかのような衝撃が発生し、周囲の大地が陥没する。
それでいてアリエスの翳された掌には……触れられていない。
「っ!?」
目に見えないが確かにそこに存在する凄まじい空間の振動がルファスの拳を受け止めていた。
どれだけ力を込めても凄まじい反発力が生じて彼女の腕力を以てしても突き破れない。
これこそ彼の保持する「土」属性のスキル【アースクエイク】だ。
本来ならば大地に干渉し地震を誘発させる能力であるが、アリエスはこのスキルも極めている。
結果、アリエスは地震の根本でもある「振動/震動」という概念を手に入れていた。
指向性をもって大地震に匹敵する振動を相手に叩きつけることや、今やったようにルファスの一撃を凄まじい“揺れ”で相殺することさえ可能にしていいる。
ルファスから与えられた力を彼が研ぎ澄まさない訳がないのだ。
「シッ!」
アリエスがその場でジャブを放つ。
彼の細く短い腕ではルファスには届かないというのに。
しかしそれは常識における話であり、彼は十二星天の始まりの一人である。
大気を【アースクエイク】を纏った拳で殴る。
すると“ナニカ”が猛烈な勢いで射出された。
彼ほどの実力者になれば空気に対して「振動」を叩き込むことで強力な衝撃波を放つ事など造作もない。
決して【メサルティム】のみが彼の攻撃手段ではないのだ。
結果、油断していた「彼」は思い切り腹部に圧縮された空気の砲弾を撃ち込まれ、身体を「く」の字に曲げて吹き飛んでしまう。
二度、三度と地面を跳ねながらルファスは近くにあった岩へと叩きつけられた。
残りHP 273000
「…………」
腹部がじんじんと痛む。
口内に入った砂をペッと吐き出し、岩の中に埋め込まれた翼を引っこ抜く。
アリエスを見れば彼は追撃せずにルファスを黙って見つめている。
彼の何か確かめているかの様な仕草が気になったが、今はそれどころではなかった。
「……………ハ」
急速に思考が熱くなり出す。
チリリと空気が引き締まった。
心の中にあるのは称賛、ただそれだけだ。
「ハハハ……!!」
ルファスは笑っていた。
美しい金髪を汚しながら、整った衣服を汚れ塗れにしながら。
200年もの間待っていてくれた部下の強さに彼女は満足していた。
「ハハハハハハハハハ……!!」
素晴らしい。さすがだ。
我が最初の星、我が最初の従者。
其方はずっと約束を覚えて守ってきたのだな。
「次だアリエス……遠慮はいらん。余を殺す気で挑んで来い」
「仰せのままに」
返答のすぐ後に二つの銃口がピタリと精密なゴーレムの様にルファスへと向けられる。
【メサルティム】の弾丸が発射される瞬間にルファスは翼を震わせ打ち上げられたように飛び上がった。
深紅の軌跡を描きながら縦横無尽に飛びまわるルファスを撃ち落とすべくアリエスは恐ろしい勢いで発砲を開始。
たった二丁のリボルバーから放たれているとは思えない密度の弾幕が形成されてしまう。
何せ彼の仮想敵はあのベネトナシュだ。
彼女の素早さに比べれば今のルファスはかなり鈍い部類に入る。
(なんだこのクソゲー!! 弾幕ゲームは苦手なんだよっ!!)
余りに美しく、それでいて酷い光景に「彼」は内心で絶叫を上げた。
しかし心の底から湧き出る高揚は止まらない。
一瞬だけルファスの視界は【メサルティム】の放つ鮮やかな色彩に囲まれた。
それでも身体が勝手に動く。
前後左右、ほんの隙間としか言いようがない個所に身を潜らせればそれでも躱しきれなかった炎が翼を始めとした身体の各所を焼く。
残りHP 268000
ルファスをしてサジタリウスに匹敵するのではと思う程の精度でそれらはルファスを執拗に狙う。
しかし黒翼の覇王の速度は徐々に、徐々に上がり続ける。
視界もまた馴染みつつあり、彼女の瞳はアリエスの弾丸を見切り始めた。
ピタリと空中で一度停止。
撃ち込まれる炎弾に対して腕を一振り。
発生した暴風は弾丸の炎を吹き散らしてしまった。
「ふむ、準備運動はこれくらいでいいだろう」
腕を回しながら呟く。
拳を形成すればパキ、バキという女性の手から出るとは思えない音が鳴った。
彼女の象徴ともいえる黒翼が震える。黒い羽根が撒き散らされ、新たに補充される。
翼を畳み、猛禽類が魚類を狩るときの様な姿勢で彼女はアリエス目掛けて一気に加速しながら襲い掛かった。
アリエスは───逃げない。
虹色羊としての本能でもある恐怖を彼は味わっていた。
自分より格上の魔物たるルファスが迫るという光景を前にとてつもない恐怖を感じるが、彼はその感情を処理し、乗り越える。
まず小さなコインを二枚ほど取り出し指で弾く。
“優しく狙ってね♪” 表面。
“外したらトウモロコシはなし!”裏面。
キィンと甲高い音を立てて空中を舞うそれに書かれていた文章をルファスは認めたが気にも留めない。
アリエスは銃を構え、空中でひらひらと舞うソレを的確に撃ち抜いた。
するとコインは爆発することなく、内部に込められていた虹色羊の毛とミスリルの欠片が【メサルティム】の効果を増幅し射出。
アリエスは己の羊毛を利用し様々なアイテムを製作している。
これはその一つであり、まだまだたくさん在庫はある。
もはや炎というよりは光線と言った方が正しい一撃がルファスを迎撃。
しかし彼女は動じることなく拳を突き出した。
落下の勢いを合わせて繰り出されたソレとアリエスの攻撃が衝突し、数秒間の拮抗が生まれる。
あのルファス・マファールの拳を数秒抑え込む。
それがどれほどの偉業であることか。
しかしながら当然の結果として勝利したのは覇王の一撃であった。
数秒しかもたない?
違う。数秒も稼げたのだ。
炎の膜を突き破りルファスが迫る。
殺さない為に【峰うち】こそ発動させているもののそこに込められた力は本気であり大地を割るほどだ。
「次だ。余を魅せてみよ」
「勿論です」
彼は左手に握ったリボルバー、その銃口を地面に向けた。
そして発砲。
スタッカートの如き瞬発的な爆発が吹き荒れた結果として、アリエスの華奢な肉体は打ち出された。
瞬間的な超加速。銃の反動で自分を打ち出す戦闘方法。
クイック・ブーストとでも言うべきアリエス風の【瞬歩】である。
ルファスをして一瞬だけ眼を剥いてしまう技巧であり、ルファスの拳は誰もいない大地を殴りつける結果に終わる。
重低音と共に大地が隆起し、地面そのものが脈打つようにのたうつ。
発生した“波”にアリエスは逆らわず、二度、三度と空中で発砲を繰り返して鋭利な軌道を描きつつ空を舞っていた。
もちろんそれだけではない。
彼もまた久方ぶりの戦いに気分が高揚し始めたのか、情け容赦ない攻撃を開始。
銃がルファスを焼き殺さんと言わんばかりに乱射される。
どれもこれもがルファスの翼や顔、手首という防御しづらい個所を中心に撃ち込まれればルファスは防御に専念せざるを得ない。
更にアリエスは上空に向けて炎弾を発射。
けん制でもない奇妙な行動であったが、その意図は直ぐに露わになる。
彼がルファスに授けられたスキルの最たるもの、虹色羊が己の特性を最大限に活用するための術、即ち【錬成】を彼は行使した。
【プロメテウスの雨】
空高く射出された炎は液体となって燃えながら降り注ぐ。
見守っていたディーナさえ目を奪われる幻想的な光景であった。
大気中に充満する水素やマナを用いてアリエスは「水」を錬成し、更にそれらを【メサルティム】と混ぜ合わせたのだ。
とある世界において火炎放射器と呼ばれる兵器の原理を彼は独力で再現していた。
結果、彼の炎は水の特性を持った上で広範囲に降り注ぎ、更にそれは対象に粘着するのだ。
【メサルティム】の弱点である相手が炎に触れていなければ威力を発揮しないという弱点に対する回答がこれであった。
腕を振り払おうと、転げ回ろうと、何なら水の中に入ろうと火は決して消えず延々とダメージを与え続ける事だろう。
残りHP 243000
229600
膨大な天力を循環させて自分の身を守護しているルファスだが、火は順調に回り続けている。
右の翼と左肩、両腕などなど、あらゆる所に【メサルティム】は着火され粘着している故にHPは減少を止めない。
このままいけばルファスの膨大なHPも削り切られるだろう。
アリエスは格上との戦いに手慣れている。
何せ彼は最弱の魔物であり、本来ならば戦いという行為さえしない方がいい程に弱かったのだから。
そして彼の“格上”には当然の話としてルファスも含まれている。
「…………」
身を炙られる痛みを味わいつつルファスの瞳は細くなっていた。
深紅のソレは恐ろしい程に輝きを放ち、アリエスだけを見据えている。
弾丸が飛んでくるのをルファスは弾きつつ歩き出す。
先よりも精確に、鋭く、丁寧に攻撃を【テクニカルガード】で裁きつつ回復の為の天法を連続で行使。
HPの回復と【メサルティム】の効能が衝突し合い数字が不規則に乱れていく。
その結果、彼女のHPは20万前後を行き来することになった。
頭は過去最高に透き通っている。
心臓は破裂する程に高鳴っている。
メサルティムの熱のせいかは判らないが、体中が熱い。
一歩、踏み出す。
レベルもステータスも変わらないというのに最初に躍りかかった時の倍にも迫る速さで。
しかしアリエスは驚かない。このくらい、主であるならば普通だと知っているのだ。
先と同じように【アースクエイク】の超振動を宿した掌でルファスを迎撃する。
5フレームも満たない拮抗の後にルファスの拳はアリエスの防御を貫通した。
明らかに先よりも威力が高い。
右の銃が火を噴く。
断続的な爆発が発生しアリエスはルファスから距離を取ろうと射出され───当然の様にルファスは翼を広げて追いついた。
とてつもなく好戦的な笑顔を浮かべているルファスを見てアリエスの背に寒いナニカが走る。
この顔になった主は少しばかり手加減が苦手であると彼は良く知っている。
右腕が大きく振りかぶられる。
魔法だのスキルだのを無視して放たれる覇王の拳はどれもが必殺の一撃だ。
補助の天法が幾つか乗ったソレを叩きつけられればアリエスの10万にも及ばないHPなど一瞬で吹き飛ぶだろう。
そんなことを知ってか知らずかルファスは思い切りアリエスの腹部に【峰うち】もかけずに拳を叩き込む。
世界の上限でもある99999ダメージ。
この程度でアリエスを獲れるわけがないという信頼と、万が一があったとしてもディーナがいるという冷徹な打算があった。
アリエスは死んで───しまわない。
『メエェェェ!』
余りに場違いな子羊の鳴き声が響く。
ルファスの腕はアリエスの胸の中に沈み込んでしまっていた。
内部で渦巻く猛烈な炎の渦にダメージが積み重なっていく。
真っ赤な瞳でアリエスを凝視すれば……彼はにっこりと笑った。
ぎょっとした顔の主を見れて満足と言った顔である。
【錬成】を彼は瞬間的に発動させていた。
材料は己の【メサルティム】と羊毛である。
十二星天の中でも特に仲の良いアイゴケロスの得意技、それを見て彼が模倣しようと思うのは当然の話だった。
パチ、パチという音と共にアリエスの身体の各所から虹色の炎が噴き出ていく。
まるで臨界寸前のナニカの様に。
種明かしをするとアリエスは己を【錬成】したのだ。
アイゴケロスが分身を作る様に、自分も自分を作れないかと彼は考え、そして実現させてしまった。
ルファスは咄嗟に腕を引き抜こうとするが間に合わない。
【スケープゴート】
それは言ってしまえば変わり身であり、中にたっぷりと【メサルティム】を詰め込んだ上に羊毛で効果を増幅させた爆弾でもある。
問題なく起爆シークエンス実行中。
『メメメ!』
ポンっという音と共にルファスが殴りつけたアリエスの顔が変化する。
美少女にも見える中世的な容貌からいつか見ていた子羊の顔へ。
それはプクゥと頬を膨らませた後に、チチチチと大気を燃焼させ始めた。
基本的にアリエスはルファスに絶対服従の忠臣である。
しかし彼はルファスの人形ではない。
200年前、そして458年前の彼女の苦悩を知ってはいるが、それでも一言いうだけの自主性はある。
「本当に200年間、大変だったんですからね!」
【スケープゴート】の背に立つアリエスはそう叫んだ。
とてつもない重みと疲労感の籠った言葉にルファスは一瞬だけ顔を顰めた。
致し方なかったとはいえアリエス達には苦労をかけてしまった。
アリエスの労働量はディーナに負けない程である。
比喩抜きで十二星天でも一位二位を争う程に彼は働いていた。
まずあの後に七英雄などと祭り上げられた者達が魔神王に敗北し、ベネトナシュを除いて没落した。
世界最大の国家であるクラウン帝国とルファスの建国したゾディアック、更には兵器生産国であるプルートも崩壊。
更には魔神族が大暴れした結果としてとてつもない数の難民が発生し、それらを守りつつ各国へと送り届けた。
ルファスの保持していた最高品質の装備品やアイテムなどを一括して管理するために黒翼の王墓の建立に助力もしたのも彼だ。
いざ彼女が帰還した時、アイテムも何も残っていませんでは話にならないからだ。
主を失った十二星天たちとの連絡網を構築しながら主の帰りをまった。
その為のキングクラブであり、これはカルキノスと合同で立ち上げた情報網の一種なのだ。
アリエスがスヴェルに居たのは故郷を懐かしんだというのもあるが、あの国を守る為でもあった。
実際、マルス等と言う愚か者が彼に接触してきたのだがこれはルファスの知らない話である。
暴れ回るスコルピウスを諫めたこともある。
結局逃げられてしまったが。
アイゴケロスを説得しようとしたこともあった。
交渉は決裂したがそれでも時間は稼げた。
カルキノス、パルテノスと密接に連携できたのは不幸中の幸いであった。
しかしそれでも■■■は結局、■■してしまった。
「これが祝砲の代わりとなります」
トンっとアリエスは振動を宿した拳で軽く己の背中をつつく。
爆発に指向性を与えた上でさく裂させるために。
ルファスには避ける気は起きなかった。
あれだけ滾っていた頭がスンと冷めていく。
己が200年不在にしていた間、世界は大きく変わった。
幾つもの国が生まれて滅んだ。
付き従っていた人々も殆どは死んだだろう。
民も兵士も、何もかも。
しかしそうしなければ世界は今よりも酷い事になっていたと彼女は知っている故に決して謝罪だけは出来ない/してはいけない。
ただ受け止めるだけだ。
如何に道化を演じていようと逃げてはいけない時もある。
ルファスはただアリエスを見つめ続け────起爆。
視界が七色の閃光に埋め尽くされ、発生した熱波はルファスの華奢な肉体を軽々と飲みこむ。
全方位から【メサルティム】に抱きしめられた彼女のHPが類を見ない速さで減っていく。
198000
122200
110020
87400
あと2秒もあればルファスのHPはなくなるのではと思う程の速さであった。
……天力/魔力の複合波動が内側より【メサルティム】を消し飛ばす。
余りに早すぎる予定外に一切の表情を消したディーナが動き出した。
幸か不幸か少しだけ解れただけだ。直ぐに治せる。
二度とアリエスと模擬戦をさせてはいけない。
その上でカバーストーリーをばら撒く必要もある。
彼女は内心でそう決意していた。
アリエスが十二星天において特別な立ち位置に居る事は判っていたが、ここまでとは思っていなかったのだ。
彼は最高の戦力になるかもしれないが、全てをご破算にさせかねない。
注視しておく必要があるだろう。
如何に主の戦闘能力が凄まじいとはいえ、計画は常に予想外に襲われ続けている。
200年前の戦いがその最たる例だ。
七英雄ミザールがプルートより持ち出してきた忌むべき兵器により、ルファス・マファールは本当の意味で死に瀕した上に何もかもが終りかけたのだから。
「見事」
優しい声だった。
かつて最後の戦の際に七英雄たちに糾弾された事もある上から目線が常の傲慢な女ではない、ただのルファスとしての声。
純粋に心から仲間の成長を喜ぶ穏和な女性の声音だ。
アリエスは見た。
先まであったような闘争に酔った覇王としての様相ではなく、あの日々の時に見せていた穏やかな顔をしたルファスの顔を。
トン、とルファスはアリエスの額を指でついた。
攻撃でも何でもない、ただ触れただけの行動。
それだけで彼のHPの9割が吹き飛んでしまう。
ぐらりとふらつく肉体。
意識もまた薄れていく。
最後に見えたのは果たして誰の顔であったか。
「感謝するぞ。お蔭で身体の動かし方をそこそこ思い出せた」
「お役に立てて何よりです」
模擬戦のあと、指一本でダウンさせられたアリエスはルファスの称賛に深々と頭を下げていた。
体に後遺症や痛みはない。
そもそも頭を揺さぶられただけなのでパラメーター上で受けたダメージと肉体の損傷がちぐはぐであった。
ミズガルズにおいての命の奪い合いとは要はHPを減らせればいい。
攻撃に痛みが伴ってなくともHPの数値が0になれば誰であろうと死ぬ。
極端な話をすれば子供が1ダメージのパンチをポカポカと100回、HPが100の父親にすればそれで死ぬのだ。
おかしい話ではあるがそれがミズガルズという世界であり女神の法である。
「アリエス様、こちらをどうぞ」
「目立った傷がなくとも頭にルファス様の攻撃を受けたのです。念には念を入れておかないと!」
ディーナが差し出すのはエリクサーの入った瓶。
アリエスにとってもなじみ深い、よく知っているポーションだ。
ソレを見て彼は目を細めて遠くを見つめた。
(懐かしいな……)
僅かに心がチクリと痛んだ。
これにどんな思いを託していたかを彼は目の前で見ていた。
一応アリエスはこれの亜種を一本だけ所持している。
ルファスが配下の十二星天に配った非常時の保険、アムリタと呼ばれる究極の回復アイテムを。
エリクサーが大切な人を死から救う為に作られた一品だとするならば、死から奪い返す為の品がアムリタだ。
失ってしまった人を追い求めて作り上げた彼女の未練の象徴である。
しかし如何に究極の回復アイテムといえどそもそも存在しない相手を蘇らせる事など出来はしないのだ。
結局、見つからなかったのだから。
「んっ……」
清涼な飲み心地の中身を飲み干す。
瞬く間に体力や気力が全開になっていくのを何処か他人事の様に感じながらアリエスは空瓶を太陽光に透かして見た。
本当はたった一人を救うためのアイテムだった。
もう何の意味もない話だが。
「にがい……」
思わず小さく口に出す。幸いな事にルファスとディーナは気づいていない様だった。
彼女の執着と後悔が詰まったソレを呑んだと思うとアリエスの胸中にはエリクサーの齎したモノではない苦みが広がるのであった。
「……………」
そんなアリエスとルファスは少し離れた位置でディーナは黙って見つめていた。
ぐっと胸から下げた木製のネックレスを軽く握りしめながら。
アリエス。
色々あった結果、滅茶苦茶に強化されたアリエス。
スキルの使い方もそうだが、彼が本気で戦う時はアイテムを出し惜しみしないのが特徴。
戦う相手の情報を調べ上げた上で対策の為に有用なアイテムをバンバン使い、装備もどんどん変えていくのが彼のやり方である。
虹色羊という種族としてのどうしようもない弱さを彼は受け入れたのだ。
仮に獅子王に雑魚と侮られても煽り返して自分にヘイトを向けさせるように誘導するくらいにはイイ性格をしている。