ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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気付けば100話が目前でびっくりしています。


プラン 装備『ローラーボード』

 

長いようで短かった帝国への行脚も終わりプランとルファスはリュケイオンに帰還していた。

行きの時とは比較にならない程に理解を深めた【エクスゲート】により一歩進めば大陸を隔てた故郷への帰郷である。

肌を撫でるのは都会の良くも悪くも雑多な匂いではなく、田舎街の青い風。

 

 

【エクスゲート】を用いて屋敷の庭に二人は出現していた。

神話に登場する最初の魔物を討伐し、新たなミズガルズの救世主と友誼を結んでの帰還は思っていたよりも平凡なものであった。

 

 

 

真っ黒な回廊を抜けた後に見慣れた景色を認めたと同時にルファスは強張っていた肩が少しだけ緩んだのを感じた。

無意識に張り詰めていた緊張が抜け、彼女は帝都で付けていた仮面を外しただのルファスへと戻る。

そうしてからまだ開き続けている【エクスゲート】を振り返る。

 

 

 

(本当に便利だな)

 

 

 

普通ならばルファスが本気で飛んで向かってもそれなりに時間がかかる距離だ。

前提としてソニックウェーブに考慮しながら飛行したらという注釈が入るが。

もちろんレベル800の彼女が周囲の事など考えずにかっ飛ばせば数分だろうが、その場合はミズガルズにかなりの被害が出てしまうだろう。

 

 

 

「……頼りすぎない様にしないと」

 

 

 

プランより免許皆伝の旨を受けたルファスは胸を高鳴らせながら己が得た新しい力を喜ぶと同時に少しばかりの畏怖を覚える。

フェニックス戦で見せた応用しかりまだまだこの術にはかなりの可能性が眠っているが、決してこの技に縋らない様にしなければと自戒した。

 

 

 

「疲れたかい?」

 

 

 

「……うん」

 

 

 

プランの問いかけに素直に頷く。

“疲れた”というのは彼女の嘘偽らざる本心だった。

心なしか翼もシュンと垂れている。

 

 

 

帝都はとてつもなく広大で彼女の価値観を広げるだけの場所ではあった。

だがしかし、それはそれとして余り近づきたくないとも彼女は思っている。

余りに多すぎる人の眼と様々な思惑はまるで底なし沼の様であった。

 

 

僅かだけ名残があるとすれば奈々子とメグレズの存在だ。

共に戦う仲間という新たな概念はルファスの心に小さくない影響を及ぼしていた。

ただ突出した力を持つ自分だけで戦うのではなく多くの力を束ねればもっと大きなことが出来るのだと。

 

 

実際ルファス一人では決してフェニックスには勝てなかった。

最初の魔物の戦闘能力はルファスを遥かに凌駕しており仮に一人でぶつかっていたらあの再生能力を前に本気にさせる事も出来なかっただろう。

ナナコがいてメグレズがいて、プランがいたからこそ勝利できたのだ。

 

 

仲間と協力することの大切さを彼女は此度の事件から学んでいた。

これはともすれば不死鳥の宝玉などよりもっと価値ある事かもしれない。

 

 

 

 

「繰り返すけど、無理は本当にダメだからな」

 

 

 

ジトっと紅い瞳で見つめれば彼はいつも通りの調子で何時もの様に返した。

ルファスがどれだけ心配しようと彼は全く変わらない。

 

 

「大丈夫。しっかり休ませて貰ったからね」

 

 

プランにとって帝国で寝込んでしまったことは恥ずかしい記憶なのか苦笑する。

出張中に体調を崩してしまうなんて彼からすれば恥でしかない。

徹頭徹尾、彼は己の弱さを他者に───ルファスに晒すことを許さない。

 

 

 

「今日は一日ゆっくりしているといい。自分は婦人と話をしてくるよ」

 

 

「私もついていく。帰ったならまず顔を見せないと」

 

 

 

ルファスの要望にプランはそれも当然かと頷いた。

時間はまだ昼を少し回ったばかりでありリュケイオンの市街地からは子供たちの喧騒が聞こえてくる。

この時間帯ならば母は執務室でプランの代理をしているか、カルキノスと共に食事をしているかだろう。

 

 

 

「仕事、溜まってたら私も手伝うから」

 

 

 

ある程度はアウラがやってくれているだろうが、それでも彼女はあくまでも代理だ。

都市開発やら他の都市との外交関係など、プランの指示を仰がないと出来ない仕事などには当然手はつけない。

つまり、いま残っているであろう仕事は全てが重要な案件であるということだ。

 

 

そんな中、戦闘能力はともかく政治的な能力を持たない彼女が出来る手伝いと言えば一つであった。

 

 

 

「お茶を淹れるの、母とカルキノスが褒めてくれたんだ」

 

 

一息入れるためのお茶くみや菓子の用意。

書類の整理や食事の準備。

今まで母がやっていた仕事の一部を彼女は手が空いている時に代わっていた。

 

 

まるで小間使いの様な仕事であるがルファスは楽しんでやっている。

こういった裏方の仕事も大事だと今の彼女は理解しているのだ。

それに何より……。

 

 

「それは楽しみだ」

 

 

この一言を貰えればそれだけでルファスは嬉しかった。

 

 

先とは違う種類の微笑みを湛えたプランが返し、二人は帰宅した旨を仲間たちに告げに向かう。

 

 

 

扉を開く。

執務室に座っていた母が一瞬だけ驚いた顔をした後に笑顔で出迎えてくれた。

そしてアウラは帰ってきた娘とプランに対して当たり前の言葉を贈った。

 

 

「クラウン帝国への出張、お疲れ様でございました」

 

 

 

立ち上がりプランに対して深く礼をする。

余りに親しみすぎて忘れがちではあるがプランはリュケイオンの領主である。

もはやエノクでさえないアウラであるが、彼女は貴族としてのプランを当然の事として立てて行動している。

 

 

そんな畏まらないでいいのですよ、とプランが言えばアウラは「癖の様なモノです……」と微笑んで返した。

貴族として受けた教育が根っこにまで染みついてしまっているのだろう。

 

 

そして次に彼女は娘に声をかけた。

 

 

 

「おかえりなさい、ルファス」

 

 

 

少し疲れてる? と彼女が続ければルファスは笑顔で返した。

長旅から戻ってきた我が子に労わりの言葉をかけるという何処にでもある当たり前。

そんな当たり前がルファスにとっては何よりもうれしい事なのだ。

 

 

 

「ただいま! ……色々あったんだ、後で聞かせてあげるね」

 

 

メェェという喜びに満ちた鳴き声と一緒に騒がしくも頼りになる男の声を遠くから聞きながらルファスは言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「OH! まさかあのphoenixとbattleしてきたとは!!」

 

 

「しかもvictoryするなんて、本当にwonderfulですね!!」

 

 

 

クラウン帝国においての諸々をアウラとカルキノスに語れば、敏感に反応したのはカルキノスであった。

眼をキラキラ輝かさせて彼は本当に驚いている様子を見せている。

心なしか何時もよりも奇妙な単語を乱射した上に踊る様に回る速度も少しばかり早い。

 

 

 

どうやらかの不死鳥は魔物の社会においてもかなり強力な個体だったらしい。

もちろん魔物世界の情勢など露とも知らぬルファスは質問してみた。

 

 

「やっぱり有名な奴だったのか?」

 

 

「勿論! phoenixといえば深海にもその名を響かせたsuperな魔物だったのですよ」

 

 

 

黄金時代から存在を続ける最初の魔物。

下手をすれば人類の発祥よりも長い歴史を持つ生きた神話。

数多くの勇者と敵対したこともあれば、共に戦ったこともあるとされるかの鳳凰は正しくミズガルズの歴史の一部であった。

 

 

しかしもういない。

勇者を始めとした仲間たちと共に討伐したのだから。

今更ではあるが自分たちが打倒した存在が如何にとんでもない存在かを第三者から知らされたルファスは僅かに身震いした。

 

 

首元に手をやる。

これが繋がっているのは皆がいたからだ。

過去の彼女ならあいつらが足を引っ張った等と世迷言を叫んだかもしれないが、今のルファスは素直に自分の弱さを認める事が出来た。

 

 

 

「仲間に恵まれたんだ。私一人だったら逆立ちしても勝てなかった」

 

 

 

「それに勇者様とも少し手合わせ出来た……彼女は私なんかよりずっと強かったよ」

 

 

見ず知らずの異世界に引きずり込まれて尚、誰かの為に戦う事が出来る奈々子はルファスからすれば眩しい存在であった。

自分が5年もかけてようやく理解できたことを彼女は最初から知っていた、これはとてつもないアドバンテージである。

レベル800で、ホース・イーターたちを瞬殺したことによって微かに思いあがっていた心をあの戦いでは徹底的に矯正されたのだ。

 

 

 

勇者の規格外極まる戦闘能力を知り、決して自分が最強ではない事を彼女は思い知った。

上には上がいる。悔しさはあるが世界には神に愛された様な存在が確かにいる。

しかしそれがあの奈々子ならばルファスは素直にその不平等を受け入れることが出来る。

 

 

このミズガルズを救うにはあれくらい強くないとダメなのだと彼女は知っているのだ。

いや、もしかしたらアレでもまだ足りないかもしれないとさえ思えた。

 

 

 

「世界って、本当に広いんだな……」

 

 

噛み締めるようにルファスは呟く。

クラウン帝国に足を運び、世界の広さをルファスは知った。

疲れこそはしたが、それに見合うか、それ以上のモノを幾つも手に入れた。

 

 

 

カルキノスはまた一つ大きくなったルファスの肩を軽く叩いてからいつものように笑いかけて言う。

 

 

 

「レディならいつか届きますよ。焦らず自分のpaceでやっていきましょう!」

 

 

 

「はははは……本当に長くなりそうだ……」

 

 

 

ルファスの目的は変わらない。

今も昔も強くなることが彼女の願いだ。

身体は常に己の想いに答え続けてくれているが、心はそうもいかない。

 

 

 

誰かの為に戦う献身を見た。

彼女はあれから旅に出るのだろう。

たった一人で、多くの人々を救う救世の行脚を。

 

 

 

 

私は本当に追いつけるのか───?

ルファスとてふと弱気になってしまう事もある。

しかし直ぐに少女は後ろ向きな考えを心の中から追い出した。

 

 

 

時には感傷に耽るときも必要だが、浸りすぎると際限なく落ちていくだけだ。

 

 

 

はぁ、と一息吐いてからルファスはプランを見た。

彼は無言で頷くだけであった。

もう一つ彼女は手に入れた品を取り出す。

 

 

「そしてコレが……」

 

 

 

布に包まれたソレは不死鳥の宝玉である。

深紅の半透明の球体は怪しく輝きを放ち続け、見る者を惹きつける奇妙なオーラを纏っていた。

リュケイオンにおいてはルファスとプラン以外は触れることも出来ない宝玉を彼女は仲間たちの前に晒す。

 

 

アウラが娘を見れば、ルファスも母に視線を向けた。

言葉はいらなかった。親子として存在する繋がりを用いて二人は即興で意思疎通を行う事が出来た。

 

 

 

「OH……またexcellentな品を持ち帰ってきましたね……」

 

 

 

「ミーとアリエスはもう一歩ほどbackしたほうがいいかもしれませんね。

 迂闊に近づくとdangerousな予感です」

 

 

 

カルキノスが感嘆の声を上げる。

彼もまた最高位の魔物である。

それ故にコレが何であるか、そしてどういう意思を宿しているかまで読み取ったようだった。

 

 

 

不死鳥の意思はまだ生きている。

かつての自我はもうないかもしれないが、それでも彼は資格なき者が己に触れることを許さないだろう。

キラキラ光る物体に触ろうとルファスに近づくアリエスを抱き上げてやり、数歩分だけ下がる。

 

 

 

「メェェ……」

 

 

 

アリエスの真ん丸な瞳はじっと宝玉に向けられている。

言葉こそ発せないが彼が何を思っているかは聞くまでもなかった。

 

 

 

「これをどうするか考えているんだ」

 

 

わざとらしくルファスは悩ましい顔と声を作る。

どういう風に使うかはいまだ決まってはいないが、何のために使うかなどはとっくに決まっているというのに。

 

 

 

「それはルファスが勇者様に貰った品さ。

 今はまだ扱いきれなくてもいずれルファスの腕が上達すれば活かせるようになると思う」

 

 

 

「だからルファスがアルケミストとしてもっと腕を上げて

 扱えると思うまでは大切に保管しておくといい」

 

 

 

プランの言葉にルファスは「やっぱり」と胸中で返す。

同時に余りに予想通りの返答に苦笑してしまいそうになった。

とてつもない密度の5年を一緒に過ごしていれば彼がどういう風に返してくるかなど判ってしまうのだ。

 

 

 

ここで「貴方の為に使いたい」と言っても決して彼は首を縦に振らないだろう。

だからルファスはとりあえず素直に彼の言葉に頷き……機を見計らっていた母が話題を投げてきた。

当然ながら母子の連携にプランは気が付けない。

 

 

 

第三者として成り行きを見守っていたカルキノスだけがアリエスを覗き込み微笑んでいた。

「やっぱりお二人はfamilyですね……」と内心で思うが口には出さない。

彼は空気も読める出来る男なのだ。

 

 

 

 

「プラン様。

 近い内にプルートに行かれた時にドワーフの方々に意見を求めては如何でしょう……?」

 

 

 

「それはいい案です。

 マルクトに比べればルファスも疲れないでしょう」

 

 

アウラの言葉にプランは頷く。

プルートから義手製作の目途がたった旨の連絡をアウラは彼の留守中に受けており、それをルファスにも教えていた。

うん、それがいい。と大きく少女が頷き深い笑みを浮かべた。

 

 

 

(まずは信頼できるドワーフと話をしよう……)

 

 

 

と、なるとガザドが適任かとルファスは当たりを付け始める。

もしくは一度だけ出会ったあの職人も探してみるべきか。

 

 

プルートには多くの義手、義足の技術者たちがいる。

エルフとは違った方向性で彼らは人間の肉体に精通しており、その知識と技術はクラウン帝国さえも超えるものがあるのだ。

ならば人工の手足が作れるのならば臓器も作れないか? とルファスは思ったのだ。

 

 

 

エルフのポーション製造技術を欲すのは彼を治す為だが、これはまた別の形からのアプローチである。

即ち、治せないならばどうにか新しいモノを用意できないか、という。

伝説において極めて優れた天法の使い手は失った四肢を再生さえ出来たという、ならば臓器は……?

 

 

かの不死鳥は首を幾度も刎ねられたというのに復活を繰り返し続けた。

で、あるならば理屈の上では可能な筈だ。

 

 

 

手足と臓器は違うのは当たり前だが、ではどう違うのか、どうして不可能なのか、という“何故”を彼女は知りたがっている。

一通りの医療書をクラウン帝国で読み漁った彼女は臓器移植を始めとした知識を得ており、それらを発展させた技術を何とか形作れないだろうかと思案した。

 

 

 

良くも悪くも天法という概念があるミズガルズにおいては誰も発想しない事であり、ルファスとてこのような状況でなければ考えもしなかっただろう。

だがしかし今の彼女にとってはそんな常識など意味がないのだ。

何をしても、何としても、どれだけの対価を払おうとプランを死なせたくない、それだけが彼女の心を埋め尽くしている。

 

 

 

共にダンスをした際に自覚し溺れてしまった感情は逆説的に喪失への恐怖を増幅させていた。

失うことを考えるだけで血液が凍り付いてしまいそうな寒気を感じてしまうほどに彼女は喪失を恐れている。

少しずつ広がっているとはいえいまだに彼女の世界は狭く、その世界から誰かが消え去るのが怖くてたまらない。

 

 

ルファスの瞳は“もしも”を考えるだけで真っ黒に染まり始めてしまう。

一人であったのならばさらに自分を追い込んでしまうかもしれないが、生憎ここには彼女を一人にさせない者達が大勢いる。

 

 

 

「そうだ! もう一つフレンドに伝えておきたい事があるのですよ!」

 

 

 

ルファスの瞳に宿る光が揺れ出した事を悟ったカルキノスが話題を変える為に声を上げた。

ん? と一同が彼に視線を向ければこの気遣いも出来る器用なカニの魔物はワクワクを隠し切れない顔で言うのだった。

 

 

 

「今、cityのボーイたちの間で面白い遊びが流行り出しているのです!」

 

 

 

えぇーっと何でしたっけと数秒考えた後にカルキノスは思い出したらしく続けた。

 

 

 

「木のboardに車輪をつけて走らせる遊びでして

 名前は確かそのまんまローラーボードと言ったはずです」

 

 

 

「楽しいのは間違いない筈ですが……。

 怪我のRiskも多々ある遊びですので一応どのようなモノかcheckしておくべきだとミーは考えます」

 

 

 

何ならちょっとだけレディと体験してくるのも悪くないでしょう、とカルキノスは言い切ると、最後にルファスを見て小さくウィンクした。

そんな彼に対して本当にこの男は魔物なのだろうか? と心から疑問を抱いてしまったルファスは曖昧に笑って返すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新しく流行り始めた遊びとやらを確認するためにプランとルファスは数人の子供たちを伴ってリュケイオンの外れにある訓練所を訪れていた。

3桁のレベルに到達したルファスが思う存分に身体を動かす為に作られたここはボード遊びをするにしてもうってつけの場所である。

 

 

ガラガラというローラーが回る音が各所から響く。

リュケイオンの市内でやるには狭すぎる遊びであったが、ここならば誰もが思う存分に走り回る事が出来た。

 

 

 

 

そして当然の事としてプランもまた新しい遊びとやらに興じていた。

それがルファスにとって地獄となることも知らずに。

 

 

 

ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ……。

 

 

 

ありえない挙動が起こっている。

如何にミズガルズが不具合塗れの欠陥染みた世界といえど、それでも限度があるだろうと思ってしまう程の。

ローラーボードに乗ったプランは小さな段差に自分を引っ掛けた上で恐ろしい速さで痙攣するように身体を跳ね続けさせている。

 

 

 

まるで何かを採掘しているような動作であるが、実際彼はミズガルズの法則にある穴を抉っていた。

女神が見たら頭を抱えて「私の世界はクソゲーじゃない」と絶叫するかもしれない光景である。

 

 

彼の身体は【瞬歩】でも使ったかの様に唐突に加速を帯びて射出され、空の彼方に消え去ってしまった。

ガァンという金属音だけが空しく響き渡った。

ルファスをして凄まじいとしか言いようのない加速度であったが、次の瞬間には彼は何事もなかったかのように最初の位置に唐突に出現し頭を傾げている。

 

 

 

なるほど、と彼はアリストテレスの顔をして頷く。

 

 

 

「これは中々に奥が深いな……」

 

 

 

「ここを、こうすると……お」

 

 

確かにこの遊びは遊びでは収まらない程に奥深くて面白いかもしれないが、貴方のソレは断じて違うとルファスは思った。

 

 

 

【観察眼】を発動させて世界を読み取りながら彼は興味深そうに呟いている。

ミズガルズにおいて新しく芽を出してきた遊戯である故に、ボードに乗った場合に世界に走る処理はどうなるか彼をして未知数な所があるのだ。

アリストテレスとしての直感でプランはこのボード遊びには無限の可能性が宿っているかもしれないと直感した。

 

 

 

確かローラーボード、と言ったか。

もしくはスケートボード?

プランからすればコレを上手く使えばより容易く様々な物をすり抜けられる、ヌケボーといった所である。

 

 

 

スーッと向こうから走ってきた彼が今度は軽く跳ねてから段差に計算された角度で接地し、もう一度だけ軽くジャンプする。

するとミズガルズは彼に掛けていた重力判定を解除し……プランは無重力状態となって浮かび上がっていく。

糸の切れた風船の様にふわふわとした浮遊感を与えられ、雲の向こう側まで飛んでいくプランをルファスは亡者の如き顔で見送った。

 

 

 

「………………」

 

 

 

いや、それはおかしいだろう。

何をどうすればそうなるんだ。

そう突っ込みたいが現実が狂っているのだから仕方ない。

 

 

 

 

プランの奇行はまだ続く。

 

 

空中の何もない所に引っかかったかと思えば一瞬だけ全身にノイズが走り、手足をぐるんぐるんと関節を無視した動きで暴れ回らせながら彼は「」に乗って滑り出す。

繰り返すが「」だ。“無”と称してもいいだろう。

プランは無に乗って空中を滑り出したのだ。

 

 

正確に言えば空気中に満ちているマナを認識し、その流れに乗っているのだがルファスはそんなことはもうどうでもよかった。

何せ余りに絵面が酷い。ゾンビでもまだマシな動きをする。

あの腕、折れてるんじゃないのか? と思ったが平然としているあたりダメージを受けているわけではないようだ。

 

 

 

プランはかなりこの遊びを気に入ったのか顔こそ無表情だったものの両手は常に「ピース」を浮かべており、時折ルファスをチラチラと見ていた。

滅多に見せない彼の顔にルファスも毒気を抜かれそうになるが、それでもまだ相殺しきれていない。

 

 

 

「…………………────。」

 

 

ルファスは光の宿らない瞳で目の前の地獄を見つめていた。

そうだ、最近は大人しかったがこの人はそういう人だったなと思い出しつつ、それでも何だこれはと思わざるを得ない。

彼が悪いのか、それともこのミズガルズをこんな風に製作した女神が悪いのか彼女には判らなくなってきていた。

 

 

 

遠い眼で彼女は空を見つめた。

天は二物を与えないとはいうが、それでもこれはあんまりだと嘆く。

女神め、もっとバランスを考えろと悪態を吐きつつルファスは片手に持った己のボードを見る。

 

 

 

真っ赤なボードだ。

表面にはデフォルメされたアリエスの絵が描かれている。ちなみに作者はカルキノスだ。

この遊びをするにあたってプランが作ってくれたソレは天法で強化されており、手加減すればルファスでも壊さずに使えるだろう。

 

 

 

動きやすいように髪は後ろで一まとめに。

転倒などしようと怪我など負う事などない故に彼女の服装はラフであった。

赤いシャツに丈夫な半ズボンと、いつものお気に入りのブーツを装備した彼女はクラウン帝国でもよく見かけたハイカラな少女といった様相である。

 

 

 

 

「ん?」

 

 

 

視線を感じたからそちらを見ればリュケイオンの子供たち……5年も経てば男性らしくなってきた何人かの少年たちが大きく手を振っていた。

心なしか顔が赤いがその理由をルファスは知る由もない。

リュケイオンにおいて子供たちのリーダーを務める事も多い彼女であるが、それ以外の人気もあることを知らないのだ。

 

 

強くて頼りになって世話焼な上に、美人な女の子が男子からどう見られるかなど語るまでもない。

つまる話、彼女はモテる。

ヴァナヘイムにおいては穢れた云々など散々にこき下ろされた黒翼でさえ男子たちからすれば彼女の神秘性を高める魅力的な部位に映っているのだ。

 

 

ちなみに本人に自覚はない。

良くも悪くもルファスは他人に自分がそういう目で見られる事など考えもしない。

悪意には敏感だが、好意には何処か鈍感な所があるのだ。

 

 

 

 

手を振って返せば彼らは一礼してからそそくさとボードを蹴り出してしまう。

真っ赤な瞳の中に困惑を満たすが、まぁいいかと気を取り直す。

 

 

 

ガラガラという音が背後から聞こえて、ルファスは一瞬後ろを見たくないと心から思った。

今度は何をしているんだいう好奇心と、見たらまた正気が削られるぞという警告がせめぎ合う。

結局勝利したのは好奇心だったが。

 

 

 

チラッとプランを見れば彼の症状は悪化しているようだった。

今度は傾斜のある壁にボードで乗り上げた後に器用に途中でボードから降りて頭の上に掲げるという謎の行為を繰り返している。

恐ろしいのは一度も彼が重力によって勢いを失わない事であるが、それ以上にまたおかしい現象が起きている。

 

 

 

 

どうやらボードに乗っていた際の“前進”という処理が残っているらしく、プランはトロフィーの如くボードを頭の上に高く掲げた態勢のまま滑り続けている。

そしてまた痙攣を始めたかと思えばプランは壁の中にめり込んでいった。

壊したわけでも砕いたわけでもない。水面に沈み込むように彼は壁の中に消えていったのだ。

 

 

カチャ、カチャ、カチャというローラーが滑る音がしたかと思えば唐突にプランが虚空から生えてきた。

彼は何かの調子を確かめるようにボードを触り、しきりに頷いている。

どうやらまだ納得していないらしく【観察眼】を虚空に向けていた。

 

 

 

(私もああなるの?)

 

 

脳裏に浮かぶのは地面をすり抜けてしまい暗黒の世界へと無限に落下する自分の姿。

ヘルヘイムもびっくりの闇黒世界送りだ。

つい最近フェニックスとの戦いで銀河系の向こう側まで旅立ちかけてしまった事実もこの想像に説得力を与えてしまう。

 

 

 

まさかこの遊びというのは何かの暗喩で実際は恐ろしい儀式の片鱗ではないかとルファスが怯えてしまうのも無理はない。

それほどまでにプランの行動は意味不明で寒気が走るモノであった。

 

 

更に光を失った瞳でルファスは恐る恐るボードに乗った。

まさかこれに乗った瞬間、いきなり地面の当たり判定が消えて永遠に落下などしないよな、等と思いつつ。

勿論そんなことはなくルファスの脚はしっかりとボードにつく。

 

 

 

 

長い歴史を持つミズガルズにおいても地面をすり抜けてしまうかもしれない等と恐怖した事があるのはアリストテレスを除けば彼女くらいだろう。

本当に軽く地面を蹴って加速をつけ走り出す。

空を飛んでいる時とは違う加速のせいで一瞬だけ体勢が崩れかけたが、彼女の身体能力であれば難なく立て直す事が出来た。

 

 

 

脚も翼も動かしていないというのに自分の身体が進むというのはルファスにとって初めての感覚であり、決して嫌なモノでもない。

何度か直立姿勢で滑るように動き回るプランを見た事があるが、彼の世界はこんな風に映っていたのかもしれない。

 

 

「おお……!」

 

 

未知の移動方法というのもあり警戒していたが、滑り出すと同時にルファスは感嘆の声を上げていた。

うっかり飛ばし過ぎない様に気を付けつつ何回か地面を蹴って加速。

 

 

時速50キロほどの速さでルファスは滑る。

子供たちの倍以上ある速度であるが、マッハだの亜光速だのといった次元違いの世界で生きている彼女からすれば亀の様な速度だ。

だが……いつもとは違う感覚にルファスは瞳を輝かせていた。

 

 

「っ……!」

 

 

 

 

勇者と戦った時とは別種の笑みを少女は浮かべていた。

無意識に両翼を広げてバランスを取りつつ段差や壁などに乗り上げたり、跳ねたりを繰り返し、三次元的な軌道で訓練所を跳ねまわる。

彼女の曲芸染みた機動に遊んでいた少年たちが手を止めて彼女を尊敬の眼差しで見上げだした。

 

 

 

運動全般に対して非常に高いセンスを持つルファスは次々と頭の中で浮かんだ技を決めていく。

空中で回る、捻る、時にはボードから離れて宙返りした後に着地する等などの人外染みた技を披露すれば、拍手が響いた。

たった一枚のボードではあるが、確かにコレには奥が深いと彼女は実感し、無邪気に笑う。

 

 

ただの子供の様に遊びながら笑う。

誰でも出来る事を彼女は15歳になって初めて行ったのだ。

ちなみにプランと以前行った追いかけっこは彼女の中では遊びにはカウントされていない。

 

 

あれは間違いなく遊びというよりは恐怖体験だ。

 

 

 

「ハハハハ!!」

 

 

 

これはいい。

面白い。

楽しい。

思う存分に彼女は跳ね回りながら、ふと先にプランが空中を滑っていたことを思い出す。

 

 

 

さっきは余りに動きのインパクトが凄すぎて気にする余裕などなかったが、もしかしてと彼女は考えた。

瞳に意識を集中させれば世界の様相が変わる。

空間に満ちるマナは相変わらず輝きを放っており、そこら中に漂っていた。

 

 

 

見えはしないが確かにそこにある。

その事実が大事であり、もっと大事なのは自分を信じる事だと彼女は教わっていた。

で、あれば……出来るのだ。

 

 

 

(……出来ると思う事が大事だって言ってた)

 

 

 

実際プランはやってのけた。

それ以外の動きがアレ過ぎるが、それでも確かに。

 

 

目の前で可能だと実証されたのならば、自分にも出来るとルファスは己を信じた。

何より、こんな小さな遊びではあれど彼の背中を追いかけるという事実に少女の内心はやる気に満ちた。

 

 

 

何度かタン、タンっと勢いをつけてから跳ねればルファスはボード諸共飛び上がった。

純粋な足腰の力だけで彼女は20メートル近く跳ね上がり、次に眼下に映るマナを見て、どれに着地するかを決める。

微かに【サイコスルー】をボードに纏わせてやってから彼女は常人には見えないマナの集積体の上に着地。

 

 

 

 

おおおおお! という声を聞き取りルファスはフンッと自慢げに笑う。

驚いたか、だがまだまだこれからだと彼女は自信満々の顔で【サイコスルー】を操作し“前進”する力場を生成。

空中に蹴るモノがないのであれば、自分でベクトルを操作して進めばよいという閃きであった。

 

 

 

 

結果、ルファスは空を滑り出した。

足元には物理的には何もないというのに、それでもボードはナニカの上を滑り続けている。

飛ぶのとはまた違う感覚のそれにルファスは成功を確信し、ぐっと拳を握るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「楽しかったかい?」

 

 

「……うん」

 

 

 

ニコニコと笑うプランの顔をルファスは直視できずに目を逸らしてしまう。

それでも誤魔化さずに素直に答えたのは彼女らしいというべきか。

余りに幼い姿を晒してしまったと考える彼女の顔は耳まで真っ赤であった。

 

 

 

ルファス・マファール。

15歳にして初めて世間一般の子供らしい遊びを初体験である。

身体能力がレベル800相応の驚天動地なのは気にしてはいけない。

 

 

 

あの後も彼女は訓練所を飛び出して森の中をボードで走り回り、時には空中をも舞台にして縦横無尽に滑り回ったのである。

元より少年の様な側面を持つルファスである。

この一見すればシンプルであるがその実奥深い遊戯にどっぷりと嵌るのは致し方ないのかもしれない。

 

 

時間を忘れて遊び続けたルファスが我に返ったのは陽が傾き始めてからであった。

「おーい」とプランに呼びかけられて初めてルファスは自分が何をしていたかを自覚してしまい、翼で顔を隠しながらゆっくりと降りてきたのだ。

 

 

 

その後はまぁ、中々に大変であった。

元より多くの少年/少女に慕われている彼女である。

そんな彼女が桁違いの運動能力を見せた事により男子たちにキラキラとした瞳を向けられてしまい、サインまでねだられたと来たものだ。

 

 

“ルファス・マファール”

 

 

かつては憎々しく思った名前を何度も書き連ねる事になったが特に嫌悪は感じなかった。

 

 

どの世界でも運動が出来る者は注目の的になるというのは変わらないのかもしれない。

次々と称賛の声を受ける彼女の姿はいつぞやにカルキノスに嵌められた時と全く同じであった。

あの時と違うのは彼女が素直になっている点であり、それ故にルファスは身悶えしながら自分を慕ってくれる者達の称賛の言葉を受け続けるしかない。

 

 

 

本当に! この場にカルキノスがいなくて良かった!!

 

 

 

心の中で吠える。

もしもここにあの肝心な時には頼りになるが、平時はノリと勢いで生きているカルキノスがいたら間違いなくスケッチされていただろう。

そうなったらルファスはレベル800の身体能力を全力で行使して彼を追い詰めるかもしれない。

 

 

 

「そういう貴方もかなり満喫していたようじゃないか」

 

 

 

「はははは……実に興味深かったよ」

 

 

 

プランの後ろには乱雑に積み上げられたバリケード染みた柵やらコンテナやら、様々なオブジェクトが異様な存在感を発しつつ鎮座している。

彼曰く「処理がどうなるか確かめた」らしいが、ルファスにはプランの語る言葉の一割も理解できなかった。

岩の近くにボードを立てかけたら岩がいきなり動き出したやら、柵に身体をめり込ませて奇妙に痙攣をしたやら、ルファスは何も知らない。

 

 

 

知らないと言ったら知らないのだ。

頭上から落下してきた鉄製のバケツがいきなり虚空で“ナニカ”と衝突し弾き飛んだところなど知らない。

他にも平らな岩の上でボードに乗ったら何故か岩ごと動き出したなど全く。

 

 

ある程度の実力を身に着けてミズガルズの法則を身体で理解し始めているルファスだからこそ彼の特異性が嫌と言う程に判ってしまう。

いや、そうはならないだろうという挙動が何故か彼の周りでは頻発するのだ。

逆に戦闘など無縁の子供たちはあるがままに現実を見る事が出来るのか「さすが領主様」と瞳を輝かさせていた。

 

 

いや、普通は無理だぞと突っ込みたくなるが子供たちの夢に水を差す程にルファスは無粋ではない。

思えばそんな怪奇現象から逃げたかったのもルファスが時間を忘れた原因なのかもしれない。

 

 

「……」

 

 

オブジェクトの中でも一際異質なオーラを放つのは丸くて大きなゴミ箱だ。

何やらアレの判定はプランをしても手強いらしく、何度も身体を捕食されたように埋め込んでしまっていたものだ。

 

 

 

────。

 

 

 

 

ルファスは夕暮れの空を見上げた。

そろそろ星が瞬く美しい時間の始まりだ。

子供たちも親が食事などを作って待っている頃合いだろう。

 

 

 

パンっと合掌して【エクスゲート】を開いてやる。

行先はもちろんリュケイオンだ。

 

 

 

「ほら、もう家に帰る時間だぞ」

 

 

 

「えー!!」

 

 

「もうちょっとだけ! もうちょっと!」

 

 

 

「あといっかい! あといっかい!!」

 

 

 

ぶーという抗議の声が飛んできたが想定の範囲内である。

一度夢中になると一日中遊べる気力はルファスをして凄まじいものがある。

 

 

あれだけ遊んだというに子供たちはまだまだ元気が残っているらしく名残惜しそうに訓練所改め、ローラーボード遊技場を見つめていた。

街中では出来なかった思う存分に遊べる会場というのはよほどに魅力的だったらしい。

お蔭で今までは上手く滑れなかった子も上達し始めており、もうちょっとだけという欲望が生じたようだ。

 

 

 

しかしその気持ちはルファスにもよく判ったが、だからこそ彼女は言う。

腰に手を当てて教師が教え子に言いつけるような仕草を彼女はとった。

 

 

 

「続きはまた今度だ。早く家に帰って家族に顔を見せてやるといい」

 

 

 

「お父さんとお母さんを心配させるのはダメだぞ」

 

 

 

大好きな家族の事を話題に出されて少しばかり子供たちの顔に諦めが浮かんだのを見て取ったルファスはすかさず続けた。

 

 

 

「言う事を聞いてくれたら、次の時は私がボードのもっと上手い扱い方を教えてやるから、ほら」

 

 

 

何と今ならアリエスを撫でる権利もついてくるぞと続ければ何人かが喉を鳴らす。

モフモフでもこもこの彼も密かに人気者なのだ。

 

 

 

彼女の言葉に「やった!!」と大盛況になった子供たちは我先にとゲートの中に走り去っていく。

一人残らず少年/少女たちがゲートの中に消えるとルファスは一度だけ周囲の気配を確認してから【エクスゲート】を閉じる。

頼れるリーダーとして役目を果たしてからルファスは脱力した。

 

 

 

「ふぅ……本当に凄い活力だな」

 

 

とんでもないなとしみじみ思う。

自分よりも幼くて小さくて、弱いのにこうも活力に溢れているとは。

 

 

 

「立派なリーダーだったよ。

 皆ルファスの言う事だからしっかり聞いてくれるのさ」

 

 

 

 

「そうかな……?」

 

 

自分がどうしてそこまで慕われているか判らないルファスは苦笑した。

私はただプランがそうしているように年長者としての務めを果たしているだけなのにと。

 

 

ルファスはされたら嫌な事は知り尽くしている。

だからソレを他人にしないと決めた。

たとえ自分と母の命を奪おうとしたジスモアでさえ積極的に悪意をぶつけたいとは思っていない。

 

 

 

ルファスは自分がされたら嬉しいことを教えてもらった。

だからソレをあの子たちにしているだけなのだ。

 

 

 

たったそれだけの当たり前。

その当たり前を実践できるのが世界にどれほどいることか。

 

 

 

「私達も帰ろうか。皆が待っている」

 

 

 

母とカルキノスが今度は何を作ってくれているかルファスは楽しみであった。

アリエスにも近々撫で繰り回されるかもしれないという旨を伝えてトウモロコシで機嫌を取らなくては。

 

 

微笑みながら彼に手を差し出す。

プランは一瞬だけ逡巡するような動作をしたが握ってくれた。

 

 

 

昔、ルファスはヴァナヘイムで家族に連れられて家に帰る子供たちを羨望と共に見つめていた事がある。

決して自分には縁がないと思って諦めていたソレを彼女は手に入れる事が出来た。

どんな伝説の武器やアイテムよりも価値があるモノを。

 

 

 

「そうだね」

 

 

 

暖かいそれを少女は心底愛おしく思った。

何てことも無いものかもしれないが、この日々こそがルファスにとっての宝物であった。

だからこそいつまでも、それこそ彼の命尽きる時まで一緒が良いと彼女は願っている。

 

 

 

 

……ただし、プランだけは違う感情を抱いていた。

ルファスは立派になりつつある。

つまり、己の役目が終りつつあることを自覚する彼はもういいだろうと思っていた。

 

 

素晴らしい5年間だった。

正しく夢の様な。

だが、同時に歪でもある。

 

 

いい年をした男が自分の半分程度の年齢しかない少女とその母を相手に家族ごっこをしているだけだと彼は現状を恐ろしく冷たく分析していた。

 

 

繰り返す。

自分は彼女たちの家族にはなれない。

 

 

 

繰り返す。

自分は身の程を弁えている。

 

 

繰り返す。

ルファスは立派になった。

役目を終えたパーツは潔く消えるべきだ。

 

 

何処まで行っても彼はアリストテレスであり、冷たい思考を維持することが出来る。

ルファスの未来にとって何が一番かと考えれば、こんな死にぞこないの男といつまでも一緒というのは無駄が多すぎる。

歪な疑似家族は第三者から見れば気持ち悪いモノに映るかもしれない事を彼は自覚しているのだ。

 

 

だから、もういいのだ。

このままでは自分は彼女の足手まといになる。

それだけは避けなくてはならない。

 

 

 

丁度いい機会に義手製作の話があがってきたというのもある。

プルートやエルフの森にルファスをアルケミストとして技術向上の為に留学させようと彼は考えていた───即ち、ルファスと別れる事を。

 

 

 

既に竜王打倒の為の兵器草案は頭に浮かんでいる。

彼をして絶対にかの化け物を葬れると確信するだけのおぞましい代物が。

ベネトナシュや魔王の複製とも違う、比べ物にならない草案が頭の中では形になっていた。

 

 

これならばアルカス帝との約束を反故にしたことにはならない。

後はソレを完成させラードゥンに対処し、自分も退場するのが彼の今の目標である。

 

 

 

それですべて終わりだ。

あの心優しい勇者を全て判った上で死出の旅に向かわせたのだ、とうぜん自分も同じ代価を払うべきだと彼は思っている。

故に今日はこうしてルファスと遊ぶ最後の日であり、故に少しばかり羽目を外し過ぎてしまったのかもしれない。

 

 

 

彼はプラン・アリストテレス。

何処まで行ってもルファスと自分の道は交わらないと諦めきった男である。

 

 

 

 

 

 

 

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