ラスボスからは逃げられない! 作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)
ルファスがリュケイオンを訪れてから三度目となるプルート遠征の前夜。
プランは己の部屋でサラサラと書物を書き連ねていた。
何時もと同じ顔で何の感慨もなく彼は己の死後に開封される予定である遺書をしたためていた。
何の感情も籠っていない淡々とした目録や相続の話題を書き続ける。
これを開ける時は自分はいないというのを考えて念入りに、変な解釈が入る余地のない程に徹底的に検閲する。
腹部の状態は今の所安定してはいるが、着実に自分の命が減少している事を彼は理解している。
しかし近づく死の足音を前にしても彼は何も変わらない。
元より役目を果たす事もしなかった己がどうなろうとどうでもいいのだ。
アリストテレス家の財産はアウラとルファスに相続。
リュケイオンの統治権はエルフへと移譲。
マナ関連の技術は一部を除いて廃棄。
ソレを持ってアリストテレスは完全に幕引きを迎える。
叶わない夢を追いかけるのは終わりだ。
これからもミズガルズは何も変わらず運営されていくことだろう。
アリストテレスは何も言わない。
当代の決定に従うというのが彼らの共通のルールであり、手助けはすれど求められない限りは批評もしない。
彼らはただ見ている。
当代に残った時間は短いが、それでもまだ終わってはいないのだから。
そしてエルフとは元よりそういう契約であったのでこれは元々の取り決めの再確認でしかない。
あとは幾つかお願いを連ねる。
即ち、ルファス達のこれからの立ち位置についてだ。
実は既に根回しは殆ど終わっている。
クラウン帝国、ユーダリル、エルフにドワーフ。
これらの勢力の上層部にはルファス達の事は伝えてあり、彼女たちの未来は問題なく保証されている。
彼女/彼らには争いとは無縁の世界で生きて行って欲しいとプランは心から思っている。
願わくばルファスやカルキノスの力が自衛や抑止以外の為に振るわれない事をと願わざるを得ない。
時間にして2時間。
自分の死後の計画を彼は書き終えても表情一つ変えない。
完成を見たソレを僅かに見つめてから上質な封筒に入れてしまう。
本当は地下室にある金庫に入れておきたいが、ルファスが近づいてくるのを察知した故にそれは後回しとする。
これを見られたら色々と面倒な事になると彼は直感していた。
プランは机の上に布を敷くと、リボルバーを取り出して分解を始める。
定期的に行っているメンテであるから誤魔化しの口実としては実に優秀だ。
ドライバーでネジを回し、一つ一つ丁寧にバラバラにしていると扉がノックされてから開く。
ルファスが近づいてくるのは判っていたプランに驚きはない。
どうしたんだい? と声を掛ければ彼女は曖昧に笑った。
平素の自信に溢れている姿とは打って変わって、今のルファスは消えかけた蝋燭の様に小さい。
数秒の沈黙の後、ルファスはプランの右腕に視線をやってから小さく弱音を見せた。
「明日の事を思うと緊張して、な」
プルートにはルファスも同行する予定だ。
当然である、そこでプランはルファスに留学の話題を切り出すつもりなのだから。
彼女は知らない事ではあるが、それをもって二人の関係は終わりを迎える。
既に頭の中でどうやって彼女を説得するかなどの考えは纏まりつつあった。
“専門的な所で座学を受けるべき”
“同年代の子らと共に学ぶのはいい事だ”
“後の為にキャリアも積んでおこう”
これらを主軸にプランはルファスを説得するつもりだ。
誰がどう見ても問題ない、完璧な理屈である。
母と会えないかもしれないという不安に対しても【エクスゲート】を完璧に会得したルファスであればプルートとリュケイオンを往復するなど容易いと言えばよい。
しかしもう、そうなってからのプランは彼女と会うつもりはない。
様々な研究と戦略の調整によって忙しくなるのだからそんな時間はなくなる。
ルファスが気が付くのは全てが終ってからになる予定だ。
竜王と彼の配下が齎す脅威が消え去った世界で彼女たちは生きていくことが出来る。
プランは恐ろしい程に淡々と終わりを受け入れていた。自分の番が来ただけだと。
そもそも今こうして話しているだけで奇跡なのだから、これ以上を望むのはよくない。
あの夜に自分は死ぬつもりだった、それが少しだけ先延ばしにされたのだから潔く終わらせるべきだ。
ルファスは己の才覚を更に研ぎ澄ませることが出来るのだから何の問題もないはずだ。
彼女の才能が開花すれば永遠とも評せる長い人生は安泰するだろう。
……この期に及んでプランはルファスがまだ何も気が付いていないと思っている。
自分の腹部の件も、ラードゥンの脅威も、友達になった勇者の確定した死も、何一つ知らないと彼は思い込もうと
手早く銃のパーツを清掃したり磨いたりしながらプランはルファスとの最後の会話を行う事にした。
傍から見れば何時もと同じとりとめもない普通の雑談に見えることだろう。
しかし一つだけ誤算があるとすれば、彼はルファスが何も知らないと思い込んでいる事であった。
「大丈夫。プルートの技術を結集してくれるのだから、何も心配することはないよ」
「彼らの技術の凄さはルファスも良く知っている筈さ」
「…………」
無言で少女は頷きプランが勧めてくれた椅子に座り彼と向き合う。
元より彼女はプルートの技師たちを疑っているわけではない。
あの職人しかり、素晴らしい技量の者達が全力で彼の為に動いてくれている事はよく判っている。
きっと素晴らしい右腕が完成することだろう。
しかし、しかしだ。
ルファスの本能、第六感、またはそれ以上の察知能力は全力で警鐘を鳴らしている。
ソレはプルートにおける危機ではなく、もっと根幹的で言葉にしづらい何かが近いことを彼女に訴えている。
間違わないで欲しいのはプラン・アリストテレスの擬態は完璧であったことだ。
前提を間違えていたとはいえ、彼の微笑みの仮面は完璧に機能しており、誰であろうと誤魔化せただろう。
何せ彼には悪意がない。全てルファス達の為を思ってやっていることであり、決して彼女を傷つけようとしているわけではないのだ。
ルファスが勘づいた理由はただ一つ。
彼女ほどプランを注視していた存在はいないからだ。
外見からは全く想像もつかないだろう彼の内心を恐ろしい程に正確に少女は把握しかけている。
この人を失う日が近づいていると、ルファスは悟りかけている。
理屈ではなかった。女の勘で彼女はプランの厳重に隠されていた本心を読んだのだ。
それでも凍り付くような恐怖を表に出さなかったのはさすがといえよう。
ルファスがこの世で最も恐れている事は失う事だ。
自分の所有物や身近な人の喪失を彼女は心から怖がっている。
誰でもいつかは知ることになる喪失ではあるが、彼女はソレを受け入れる事が出来ないのだ。
あの日、母を失いかけた時と同じ痛みが胸の中で悲鳴を上げていた。
また失うぞ、また失くすぞ、今度は手が届かないぞ、と。
嫌だ。
子供の様な拒絶に突き動かされそうになったのをルファスは全力で押しとどめ、口を開く。
雑談をするんだという強い意思で話題を切り出す。
「プルート……気が付けばあそこに行くのも三回目か」
「ガザドに今回は会えるかな?」
王の代理を務める誰よりもドワーフらしいドワーフを思い浮かべて言う。
恐ろしい程に過密なスケジュールの彼は思えばいつも何か重要な仕事をしていて、会えない事が多いとルファスは思っていた。
そしてふと思い出す───自分が彼に何をしようとしたかを。
思わず顔を歪めそうになったルファスを誰が責められようか。
過去は変わらず彼女を追いたてて愚かさを突きつけてくる。
癇癪をおこしてアドバイスを頭ごなしに否定した。
そればかりか切りかかろうとさえした。
もしあのまま飛びかかっていたら怪我では済まない事になっていただろう。
言葉には出さなかったが彼にも一言謝罪をしたいと胸中で続ける。
ヘルヘイム騒動の時にはとんでもない醜態を晒してしまったのだから。
王の代理に武器を突き付ける等、本当は決して許されない事だと今のルファスならば痛い程に判ってしまう。
あの一件がうやむやで済んでいるのは彼の人格が素晴らしいというのもあるが、自分など相手にもされない小物だったからだ。
(彼は知って……いや、知らない筈だ。だってあの後は地下で化石を見たんだから)
一瞬だけルファスは考えた。
いや、思うだけでは何も変わらない。
間違っていると自覚したのならば正直に言うべきだ。
ここで何も言わないのは絶対にダメだと彼女は思ったのだ。
それは逃げるのと同じである。
あれは昔の自分で今の自分とは関係ない……そんな理屈など通るわけがない。
愚かだった自分はどう足掻こうと過去の自分であり決して他人ではないのだから。
声が少しだけ震えたが彼女は己の罪を懺悔するようにプランに述べた。
「実は以前……ヘルヘイム騒動の時の話だけど……彼に失礼な態度をとってしまったんだ」
「いや違う……怒りに駆られた私はあの人に武器を向けてしまった。
貴方があのタイミングで戻ってこなかったら切りかかってしまっていただろう」
本当にバカな事をしてしまったと自戒するように彼女は項垂れる。
そんな少女の言葉にプランの笑みは暖かいモノへと変わった。
無意識に彼は心から笑っていた。
自分の間違いを認めて口にするのがどれほど難しいか彼は知っている故に、勇気を出したルファスを責めようとは思わなかった。
「打ち明けてくれてありがとう」
ほっと肩と翼を落とすルファスにプランは少しだけ考える。
確かにガザドの仕事量は恐ろしいものがあるが、そろそろ落ち着いてきたと彼は知っているのだ。
ミョルニルの復興は至って順調であり、吸血鬼たちの国は何とか形を取り戻しつつある。
それに今回の手術はかなり大規模なモノになる故に、優秀な技師であるガザドも立ち会う事だろう。
「今度はガザド殿もいらっしゃるみたいだから、一緒に謝ろう」
「……うん」
一つ胸のつっかえがなくなるのをルファスは感じた。
まだまだ自覚してないだけで過去の“やらかし”はそこら中に転がっているかもしれないが、一つずつ解決していくしかない。
その為にも明日のプルート遠征は絶対に成功させなくてはならない。
自分に何が出来るかは判らないが、無駄に他者より高いレベルはあるのだ、必ず役に立ってみせるとルファスは決意する。
いや違う、役に立ちたいのではない。
役に立たないといけないのだ。
そもそもの発端は自分なのだから、逃げる事は出来ない。
話が途切れれば直ぐに嫌な予感が背筋を伝って登ってくる。
次に諦めたら今度こそ全部を失うという予感があった。
薄々彼女は悟っていた。
明日こそ自分にとっての試練の時だと。
もしも失敗したら彼を失うと。
彼女の本能がそう囁いているのだ。
微かに心臓が速まるのを彼女は感じた。
…………。
数秒間の沈黙を用いて心を落ち着かせた後にルファスはプルートの景色を頭の中で思い出しつつ、そこに天翼族がいたことに気が付いた。
ホース・イーター達を討伐した際に商人が語っていた事から考えるに、あそこに居た翼の色が白くない者達の殆どはプランが斡旋したのだろう。
(確かに居た。マルクトでも兵士を務めてた)
母と旅行した際の通りの眺めを思い出す。
あの時は気にも留めなかったが、確かにいた。
天翼族への嫌悪が勝った結果として意識して視界から外してはいたが。
…………分解された銃のパーツをじっと見つめながらルファスはもう一つだけ、今しか聞けない事を問う事にした。
聞こう、聞こうと思って気が付けば大分時間が経っていたがまだ遅くはない筈だ。
「天翼族について聞きたい事がある……いい?」
「勿論」
ルファスの探るような紅い瞳を見返しつつプランは内心で遂にこの時が来てしまったかと思っていた。
ユーダリルの依頼でルファスがホース・イーターを討伐してから何時かは問われると思っていた話題だ。
ルファスの出生と今後の人生にも関わってくる重大な話である故にこれは誤魔化せない。
「計画が始まったのは何時からだったの?」
「ノーガード騒動の後、改めて会議の続きを行ってね。
どうしても人類の戦力が足りないという事で自分が提案したんだ」
成程とルファスは頷く。
非の打ちどころのない完璧な答えだ。
竜王が作り上げる大規模な軍団に対抗するためにヴァナヘイムにおいて居ない者として扱われていた者らを引き抜くというのはあらゆる意味で良い考えである。
混翼の者らは権利を得る事が出来る。
人として生きて認められる権利を。
そして各国は飛行能力を持ち、優れた天法の素養をもつ人材を得られる。
ヴァナヘイムは……まぁ、ゴミ掃除が出来てせいせいしたとでものたまうことだろう。
「よく説得できたね。……私みたいな人ばっかりだったでしょ」
きっと物凄く苦労したんだろうなと苦い味を噛み締めながらルファスは言った。
9年間であそこまで自分は歪みに歪んだのだ。
それでも自分には母という救いがあった。
それさえもなく何十年、何百年と虐げられた人たちの心がどうなっているかなど想像もできなかった。
プランは顔色は一つも変えなかったが、彼の内心が微かにざわめいたとルファスは思った。
「一度ではダメだったのは確かさ。根気強い説得が必要だった」
初回の時は攻撃魔法を叩き込まれたり唾を吹き付けられたという事は黙っていた。
後はスラムを退かすのにジスモアの許可を得た事も黙っておいた方がいいだろう。
視線で「どうやったの?」と聞いてくるルファスの疑問に彼は答えるべくあの日の記憶を掘り返していく。
泥水の底に沈む何人もの亡骸。
きっと、ヴァナヘイムの麓にはああいう風に何の希望も与えられずに死んだ者たちの屍が積もっているのだろうなと思いながら。
「……こういう交渉事においては時として自分が相手に何を与える事が出来るかを明確にしておくのが大事な時もあるんだ」
「貴方はどんな報酬を彼らに差し出したの?」
ルファスも気になる事であった。
何百年もの差別によって凝り固まった彼らを口説き落とした文句/報酬とは何なのかを。
「人間としての“自由と権利”さ」
「────」
あぁ、と思わずルファスは頷いていた。
確かにそれならば喉から手が出る程に欲しいだろう。
最後にルファスはもう一つだけ問う。
どうしても知りたかったことを。
「……貴方は混翼の人たちを見てどう思った?」
「…………………」
難しい質問だなとプランは指を顔の前で組んで考え込む。
デリケートな話題であると重々承知している故に突発的に答えずに言葉を練る。
練って、練り続けて、どうしてもうまい言い回しが作れなかった。
だから彼は素直に己の内心の一部を晒すことにした。
「ルファスにとってはかなり……失礼な言葉になるかもしれない」
「いいよ。教えて」
「────“勿体ない”と思った」
放たれたのは人間性の全くない、人の命を頭数としか思っていないような凍り付いた言葉であった。
しかしプランの人間味の感じない無機質な感想にルファスは何も言わなかった。
ただ瞳で続けてと促すだけだ。
「混翼の人たちの多くはルファスの様にマナによく馴染む身体を持っているというのに」
「素晴らしい原石を磨こうとしないのは本当に……勿体ないと思った」
「ルファスが竜王の呼び声を聞いたというのもその一助になった。
彼に取られる前に取らなくては、と」
きっと彼らに適切な知識を与え、鍛錬を施せばとてつもない人材に化けるかもしれないのに、それを活かさない事に微かな苛立ちがあったと彼は打ち明けてしまう。
平然とこんな言葉を吐いてしまう自分への自己嫌悪を微かににじませつつプランは正直な感想を口にする。
この雑談がルファスとの最後の会話かもしれないという緩みのせいなのかもしれない。
どうにもプランはルファスの前だと皆の前で取り繕っていた“良い人”の仮面が緩んでしまう。
ルファスがかつて強い自分の仮面を被っていたように、第三者から客観的に見て“良い人”と思われるような人を演じているのがプランの本質なのだ。
彼の本質は誰よりも一族のサガに忠実なアリストテレスなのである。
どれだけ嫌だと思いつつもその思考と行動、その在り方全ては傑作と歴代に言われる程に彼はアリストテレスなのだ。
「…………」
プランは困ったように微笑んでルファスを見つめる。
あぁ、きっと軽蔑されるだろうなと思いつつ。
少し前であったのならば「このクズが」と当然の感想を当然の様に叩きつけられただろう。
客観的に自分を見れる彼は今の発言が如何に非人間的で糾弾されるだろう事なのかを良く判っている。
その上でこんな事を言ったのだ。
嫌われるのは覚悟の上である。
いや、本当はあえて嫌われる為に言った可能性さえあった。
プランは自分がどうしてこうも露悪的な発言をしてしまったのか判らなかった。
明日を境にこの関係は終わるのだから、いっそ嫌ってもらった方がいいかもしれないと思ったからか?
ルファスは……意外な事に微笑んでいた。
机に手を置き、身を乗り出してプランの瞳を覗き込む。
「やっと、貴方の本音を聞けた気がする」
ルファスの心にあったのは本当に奇妙な事に充足であった。
5年もの間一緒に過ごしていて、欠片も触れる事の出来なかった彼の心にようやく指先が届いたような感覚であった。
確かに彼の今の発言は褒められたモノではないだろうが、それでもプランは混翼に価値を見出していた。
「つまり“必要”ってことでしょ?」
身もふたもない纏め方をしたルファスは内心で続ける。
ヴァナヘイムは私達には一瞬たりとも、生きる価値さえ認めてくれなかったんだよ、と。
存在さえ許されない中で価値を認めて貰えるというのは、凄く嬉しい事だと彼女は知っている。
「少し貴方は自分を露悪的に捉え過ぎだと思う。悪い言い回しをわざとやってる」
「………かな?」
「そうだよ」
自信満々に断言してくるルファスを前にプランはこれ以上は何を言っても勝てないと悟った。
なんだかよく判らないが、自分が墓穴を掘っているような気がする。
困ったものだとプランは視線をさ迷わせた後、そういえばまだ銃のメンテナンスが終ってない事に唐突に気が付いた。
これは問題だ、早く片付けてしまおうと夢中で作業を続行することにした。
そんな彼を少女は悪戯を成功させた悪童の様な笑顔で見ているのであった。
「手術ん前にしっかり手洗いはすましぇとくごと!」
「一度はじまったら止められんけんな」
かつてルファスの髪飾りを直してくれた“職人”が腕を組み、プランとルファスに対しての忠告を発していた。
プランは相変わらず微笑みながら、そしてルファスは半目でジトっとした視線をドワーフに向けている。
(……また、隠し事してた)
プラン・アリストテレスは明らかに“職人”の正体と彼が母と自分と接触した事も全て知っていた筈だ。
だというのに今まで一言もソレを明かさなかった。
こんな土壇場になっていきなりこのドワーフの正体はプルートを統べるドワーフ王モリアであると打ち明けたのだ。
三度目のプルート来訪。
諸々の会話やら何やらを済ませた後の話である。
喪失した右腕の先端を削って接続部分を製作する話題となってから現れた職人とその正体にルファスは心から驚いたモノだ。
プランをジトっと睨むが、彼は素知らぬ風な態度を崩さない。
「え? この方ともう会ってたの?」と何食わぬ顔でシラを切る有様だ。
本当に汚い大人の見本と言ってもいい態度であった。
いつかその隠し癖を矯正してやるとルファスは決意した。
必ずかの邪知暴虐なアリストテレスを真人間にしてやると彼女は己の使命を見出したのだ。
「長丁場になるけん覚悟はしとくごと」
「ありがとうございます」
プランは深々とお世話になるモリア王に頭を下げた。
彼に遅れてルファスも同じくドワーフの王にして偉大なる職人に敬意を表す。
モリア王の語るプランの義手についてであるが、どうやら今回の話はルファスが思っていた以上に複雑で危険である様だ。
ルファスの考えていた義手は直ぐに取り外し可能な今の彼が使っている【バルドル】の様なモノだったが、彼らの想定するモノは全く違った。
本当の腕を作る。
その一言に尽きた。
遠い世界においては“サイバネティクス”や“インプラント”と呼称される超先進技術である。
人のゴーレムを作れるのならば、人とゴーレムを一体化も出来るのでは? というのが発想の根幹であった。
プルートにて盛んなゴーレム製造を人の身に当てはめ、人と模造品の境界線を崩す新しい挑戦である。
もしもこれが成功すればミズガルズにおいてはありふれた四肢の欠損に対する天法以外での全く新しい治療法が生まれるかもしれない。
熱さや冷たさ、痛みや触感を感じられるように神経を接続するのは序の口。
プランが保持するマナ……もっと言ってしまえば魂レベルで融合した義手の枠を超えた偽腕を生成するのが今回の計画の目的であった。
そしてその為にプランは今回、ほぼ麻酔は使用しない。
神経を効率よく繋げる為でもあるが、何より彼自身が実験体であると同時に彼は執刀医の一人でもあるのだ。
【一致団結】をモリア王に発動させ、彼の目線を間借りした状態で自分の腕を装着する手術を行おうとしている。
こうして会話している間にも裏では輸血用の血液の準備などが進んでいる。
鼻もきくルファスは微かに漂う血の臭いに眉を上げた。
(狂ってる。おかしい。何を考えたらこんな計画が浮かぶの)
……明らかに正気の沙汰ではなかった。
今までプランの常識はずれな所を見てきたルファスでさえ絶句する程に頭がおかしい計画だ。
麻酔無しで自分の骨を削る時点で唖然とするのに、それを第三者の視点を借りてまで見ようとするなど狂気以外の何と表現すればいいのか。
そんなルファスの内心を見通したかの様にモリア王はルファスに対して柔らかい視線を投げかけてから言う。
「お嬢しゃん、しっかりと手綱ばにぎっておくんだったい」
「はい」
今回ルファスも手術に同行する事になっていた。
プランは最初物凄く───今までルファスが見た事がない程に反対していたのだが、結局はモリア王の一存によって押し通されてしまったのだ。
ルファスは天翼族の例にもれず高度に天力を操る事が出来る上にレベル800の身に秘めたSPは膨大なものがある。
仮に非常事態が発生しても、最後の砦として機能するだろうとモリア王は判断したのだろう。
彼の腹部の件を考慮に入れたとしても、ルファスの底力は凄まじいものがあり捨て置くには惜しい。
「……本当に見苦しいモノを見るかもしれないから、ルファスは外で待っていた方がいい」
右腕に装着していた【バルドル】を外し、丸みを帯びた切断面を晒しながらプランが言う。
どうやら彼はまだ諦めていなかったようだ。
何としてもこの場からルファスを排斥しようと彼は試みている。
「見ない方がいい。きっと、暫く食事の味がしなくなってしまうから」
プランの瞳は平時に湛えている余裕などはなく、何処か鋭かった。
ときおり見せる冷静な大人の顔で彼はルファスを説得しようとしていた。
「かなり血が飛び散る上に、今までルファスが見た事もない程に凄惨な物を見る事になると思う」
蒼い瞳はまるで死んだ星の様に光がなく冷たかった。
視線を向けられているだけだというのに、まるで刃物の切っ先が自分に向けられているようだとルファスが思う程に。
「自分はルファスにはまだこういうのは早いと思っている」
「だから、外で待っていなさい」
彼には珍しい命令口調。
有無を言わさぬ圧を感じたルファスは微かに気圧された。
プランの言葉はきっと正しいのだろう。
15歳の少女が人間の腕の切断面を見る等、本当は倫理的に許されない事だ。
モリア王は腕を組みルファスの反応を黙ってみていた。
きっとこのドワーフ王はルファスが辞退するのであれば責め立てることはせずにその判断を尊重してくれるだろう。
ここで頷けば全ては丸く収まる。
ルファスは適当に用意された豪華な部屋で温泉に入るなり、読書でもするなりして全てが終るまで待っていればいい。
そうすれば彼は新しい右腕を手に入れる事ができ、ルファスも己の罪の象徴ともいえる失った四肢の跡地を見る事もなくなる。
それはとても楽な道であった。
全てから眼を逸らし、背を向けてしまうのはいつだって楽であるし、時にはそうすることが必要な時もあるだろう。
だがそれは今じゃないとルファスは知っている。
ジスモアが、天翼族の悪習が、等といった言い訳は必要ない。
彼の右腕を奪ったのは自分だ。それだけはどうあっても覆らない絶対である。
今更の話ではあるがルファス・マファールはプラン・アリストテレスにとてつもない借りがある。
命を救われたのだって一度や二度ではなく、己の命などよりも遥かに大切な母さえも幾度も助けてもらった。
で、あるのならば例え自分の腕を千切ってでも彼に返すのは当然の事だとルファスは考えていた。
彼が決してそんなことを望まなくとも、もしも必要だというのなら腕の一本など惜しくはなかった。
蒼い眼を真っ向から見つめ返す。
言葉はなく、態度で彼女は示した。
翼を広げ堂々と佇むルファスとプランは暫し視線をぶつけ合ったが……先に折れたのはプランであった。
「本当に……」
その先の言葉が続けられずにプランは俯く様に頭を下げると、瞠目した。
かつての彼であるのならば絶対に考えられない行為である。
ルファスと出会う前の彼ならばまず絶対に折れる事はなかっただろうに。
「強か子だ。こりゃきっと素晴らしかじょしぇいになるばい」
ガハハハとモリア王はルファスとプランを見比べてから豪快に笑う。
あのアリストテレスの変わりようは驚愕に値するが決して不愉快ではなかった。
このまま関係が進めば、近い内にこの男はこの強かな少女の尻に敷かれるなと王は今までの経験から推察し、笑いが止まらない。
「………………」
“今でも十分に強い子ですよ”とプランは返したかったがあえて口には出さないのであった。
100話目指して頑張ります。
そしてもうそろそろ曇らせもぶち込みたいと考えてたり。