第1話 別れと約束
転生してから半年近く経過しようとしていた。最初の頃こそは自分が転生して赤ん坊になっていたことに戸惑ってばかりだったが、今となってはもう慣れてしまった。
今世での僕の名前はシオンと名付けられた。前世の記憶を持っていたために違和感を感じるが、年月が経てば慣れるだろう。そうそう、僕の家族である母さんとおじさんの名前だが……
「テレシアー、シオン、今帰ったぞー」
「お帰りなさい兄さん、今回は随分時間が掛かったみたいね」
「ああ、今回のターゲットが予想よりしつこくてな…いろいろと時間が掛かったのと、あのじいさんにしつこく絡まれたんだよ……」
「賞金稼ぎと名高い〝魔剣士〟ヒロトも海軍の英雄には敵わないってことかしら」
どうやら母さんの名前はテレシア、おじさんの名前はヒロトというらしい。妹が海賊をやってて、兄さんは何をしているのか気になっていたが賞金稼ぎをやっているらしい。
聞けば賞金稼ぎというのは海賊を狩る人のことらしいが……
それって母さんもターゲットに入ってるってこと!? おじさんは母さんと兄妹だから捕まえようとしないってことはわかるけど…海軍だけでなく賞金稼ぎにまで狙われているのか母さんは……
もう呆れを通り越して母さんが不憫に思ってきた。仮に自分が同じ状況に陥ったら精神が疲れ切りそうだ。
話が逸れるが、おじさんは〝魔剣士〟という異名をもっているらしい。なぜ、そんな異名なのかは気になるが…この穏やかで誠実そうなひとが〝魔剣士〟と呼ばれているってかっこいい!とも思ったが同時に少し疑問にも思った。剣士はともかく魔の要素が一切感じられないのですが……もしかして、戦いになると性格が180°変わるというあれですか。
まあ、おじさんが剣を持っていたことは1回も見たことはないが、大きくなったらその内見せてくれるだろう。この世界は決して穏やかではないみたいだし、戦う技術を持っておくべきだろう。
「シオンを産んでから半年近くか……随分早いものだな」
「ええ、あの船にいたときは毎日が慌ただしく感じたけど…案外早いものね」
「――あの頃に戻りたいと思うか?」
「ううん、わからないの。船長の船にいたときは毎日が冒険だらけで楽しかった。それから、あの船から降りた後に彼に誘われたおかげで海賊を続けられて、新しい仲間もできて、海賊が楽しかったことは否定できないわね」
母さんの話を聞く限り、母さんにとって海賊は特別なものなんだろう。僕にとって海賊がまだどんなものなのかは分からない。それでも母さんの話を聞いていると海賊が悪とはどうしても思えないな……
ん? 誰かが外から走ってくるような音が聞こえるな。一体誰だろう。
ドンドンドンドン! とドアを叩く音が聞こえてきた。
「うん? この気配はもしかして、一体どうしたんだ?」
おじさんがドア…おそらく玄関に向かっていった。
「テレシア! おるか!」
「ガープさん!? 一体どうしたんだ、そんなに慌てて。センゴクさんから逃げてきたんですか?」
「おお!ヒロトか! 確かにセンゴクから逃げてきたのは間違っておら……って違うわ! テレシアはおるか!?」
何だか元気そうなおじいさんが来たな。見たところ2人の知り合いみたいだけど、ガープさん?であってるのかな。職場の上司から逃げてきたようなセリフですね……。
「ガープさん? 私ならここにいますけど…もしかして何かあったのですか?」
「そうじゃ! すぐにここから離れた方がいい! お主があやつの船から降りて、東の海に隠れていたのが知られたんじゃ!」
「え――まさか父さんが?」
「あの、クソ親父!政府にとって危険な存在だからといって、自分の娘を躊躇なく捕らえるつもりか!」
待って。物々しい雰囲気になってきたんだが――母さん捕まってしまうのか。それじゃあ僕はどうなるんだ。まだ産まれてから1年も経ってないのに殺されるのか……
いやいや、そんなはずはない。深刻に考えすぎだ。きっと大丈夫なはずだ。母さんも…
このとき、僕は甘く考えすぎていたんだ。平和な世界で今まで暮らしていた僕は、今回のことを楽観的に考えていたんだ。まさか産まれてから半年近く、こんなことになるなんて……
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あれから数日……夕焼けの海岸に3つの人影がいた。1人は黒髪の男で背に黒い鞘に収まった剣を背負っていた。もう1人は髭を生やした大柄な体躯の男。そして、海を背に、小舟の近くに赤い髪の女性が立っていた。彼女は1人の赤ん坊…シオンを抱いていた。
「本当にいいのか…」
「うん、私までここにいると皆に迷惑かかっちゃうでしょ。それに、この島にはあの子もいるからね…」
テレシア、ヒロトはシオンを連れてガープの助力もあり自分たちが住んでいた島を出て、ゴア王国、ガープが度々訪れているフーシャ村、そしてコルボ山があるドーン島に移動していた。
「ごめんなさい、ガープさん。私の我儘を受け入れてくれて」
「……仕方ないことじゃ。本来であれば、海軍であるわしはお前を捕らえねばいかぬのだろうが、お前の事情が事情じゃからの……」
「テレシア、やっぱり俺も行…「それはダメ」っ!!」
ヒロトが一緒に行くと言おうとしたがテレシアに遮られた。彼女はただ微笑んでいた。だが、その表情からはどこか寂しさを感じさせていた。
「兄さんが私に付いて来るということは、兄さんも海賊だと言われることよ。以前いた場所は、私たちのことを知らない人がいたから大丈夫だったけど、今の状況では私は離れるしかないの」
大切な妹と離れなくてはいけないことに、何より彼女が危険な存在だと政府に扱われていることにヒロトは苦虫を噛みつぶしていた。
「でも、お前が海に出ればきっと政府は……親父が黙って見過ごすはずがない! あいつはお前を危険人物として扱っているんだぞ!」
「それは私の責任よ。私が海賊になってしまったために父さんはそうせざるをえなかったの。今のこの状況は私が招いたこと……それを、あなたやこの子に背負わせるわけにはいかないの」
テレシアの目からは覚悟が感じられた。たとえ自分が捕まったとしても、兄や自分の子を巻き込もうとしないという覚悟が。
「兄さん、あなたはこの子が大きくなるまで見守ってあげて。この子のことを知っているのはここにいる私たちだけだから。そして、もしこの子が困っていたら手を差し伸べてあげて」
「ガープさん、この子のことをよろしくお願いします。あの子のことがあって大変なのは分かっているつもりです。それでもこの子は、自分が生まれてきてよかったと思ってほしい。海賊の血を引いているということは決して覆られません。私のことも恨まれるのかもしれない。でも、この子には生きてほしい…この世界に産まれたのなら元気に育ってほしいの」
テレシアは自分の願いを2人に告げた。それは、1人の母親としての願いだった。彼女はシオンを自分の腕からガープへと預けた。
「わかった。この子はわしが預かろう。じゃが、わしに預けるからにはこの子は海兵にするぞ。それは異論は言わせん」
「わかってます。それとダダンさんにもよろしくお伝えください。シオンのことをよろしくお願いしますと」
「はぁ……やっぱりダダンの所に預けられるのか」
「仕方ないじゃない! ガープさんは海軍の仕事で忙しいし、兄さんも賞金稼ぎで度々この島を出るでしょ。だったらこの島で安全な所っていったらあそこしかないじゃない」
「果たしてあそこを安全な場所と言っていいのか…」
さっきまでの雰囲気とは違い、3人の間には和やかな雰囲気があった。テレシアは頬をふくらませ、ヒロトはため息をついていた。3人はしばらくの間、団欒の時を過ごした。
「じゃあ、そろそろ行くわね」
テレシアは、小舟へと乗り込もうとしたそのとき…
「あーぅ、あーぅ」
「――っ!!」
後ろから声が聞こえた。その声は言葉になっていない赤ん坊の声、まるで自分を呼び止めるように聞こえた。彼女はゆっくり振り返った。彼女の目にはガープの腕に抱かれているシオンがこちらに向かって腕を伸ばしている姿が捉えられた。
「シ、オン…」
彼女の頬に涙が伝った。覚悟したはずなのに。最愛の息子を置いてでも自分は離れると誓ったのに。息子の手を伸ばす姿は自分のその思いを瞬間的にふきとばしてしまった。
駆け出した。自分の子どもの元に。ガープの腕に抱かれていたシオンを自分に抱き寄せた彼女は……
「ごめん、ごめんね……あなたの成長を見守らずに置いていくダメなお母さんで……」
涙が溢れるのを止められなかった。自分の子供と別れることになって寂しくないはずがないのだ。どれほど経とうと涙が止まらなかった。
そのとき、頬に温かい感触がした。
「あーぅ、あーぅ、あーぅ」
シオンがテレシアの頬に触れていた。まるで涙を拭うように。そして、言葉にならない声で自分に語りかけていたのはまるで――
「『泣かないで』って言ってるみたいだぞ。まだ半年近くだというのに気遣いができるなんてすごい子だな」
ヒロトが感心するように言った。彼はシオンが触れているテレシアの反対の頬を拭って2人を抱きしめた。
ガープは彼女の肩に触れた。
「安心しろ。この子は俺が必ず守ってみせる。お前の子どもだ。強く、優しい子どもになれるように俺が守るよ」
「わしのことも信頼してくれ。姪の頼みじゃ。お主との約束は守ってみせる!」
2人の強い言葉にテレシアの涙は止まった。もう迷いは無い。この子は自分の家族が必ず守ってくれる。心の底からそう思えた。
「ありがとう、2人とも……もう大丈夫だから。シオンも心配してくれてありがとう。必ず大きくなって成長したあなたと再会するわ。だからこれはその約束ね」
小指を差し出して、シオンとテレシアは指切りをした。必ず再開するという約束を…
「それじゃあ、今度こそ行ってきます! 3人とも!元気でねー!!」
「気をつけるんじゃぞ! 無事なのはともかく間違ってもあやつの所に戻るのは承知せんからな!」
「あーぅ! あーぅ!」
腰に一振りの剣を携えて笑顔で彼女は3人に手を振り大海原へと駆け出していった。ガープも片手で手を振り、大声で彼女に呼びかけ、シオンも自分が出せる精一杯の声で母親を送り出した。
そして、ヒロトは周りに聞こえない声量で呟いた。
「元気でな。
ガープさんの口調、こんな感じで大丈夫かな?合ってるか心配になってきた。