あの日、母さんが小舟に向かうときに寂しそうな感じがしたからつい声を出して呼びかけてみたけど、泣かせてしまってどうしたらいいか戸惑ってしまった。頬に触れて『大丈夫だよ』と言ってみたつもりだが、うまく言葉にはならなくても通じたみたいだ。
母さんがどんな事情を抱えているのかは分からない。でも、だからといって僕は母さんを恨むつもりはない。たった半年近くいたというだけでも、母さんが僕を愛してくれていたことは十分伝わったのだから…
あの日から半年、生まれてから1年が経過したが、今の僕はヒロトさんと一緒にこのフーシャ村? という所で暮らしていた。見た目が若そうなこの人をおじさんと呼ぶのはなんだか嫌な感じがしたからヒロトさんと心の中で呼ぶようにしている。
あの後、ガープさんが「さっさとダダンの所へ行くぞ!」と言っていたが、「せめて、もう半年ぐらいは待ってください! まだ1年も経ってないのにあそこに預けたら何があるか分からないんですよ!ただでさえエースも預けられているっていうのに!」とヒロトさんが怒鳴り散らしていた。僕もてっきりダダンという人に預けられるのかと思っていたが、あまりの剣幕に心配になってきた。本当にそこは預ける場所に適してるんですか……
そんなこんなもあり、あれ以降ヒロトさんが僕を育ててくれている。ときどき、フーシャ村に住む人たちが様子を見に来てくれる。ありがたいことだ。
しかし、賞金稼ぎとしての仕事は大丈夫なのだろうか。僕がそんなことを気にしていると……
「ヒロト! おるか!!」
ガープさんがやって来た。相変わらず大きな声ですね……
「ガープさん…声が大きすぎますよ……。それで何か御用ですか?」
「そうじゃ! そろそろシオンをダダンの所へ連れていこうと思っての。センゴクがお主を引っ張ってこいとうるさいのもあるが……」
「本音が漏れてますよ。本心を言えばもう少し大きくなってからだと思ってたんですが仕方ないか…センゴクさんに迷惑をかけるわけにはいきませんからね」
とうとう僕は預けられるのか。いつきてもいいようび心の準備はしていたつもりだが、いざくるとなると変に緊張してくるな。
「……前から思っとったがお主、海軍は嫌っとるようじゃがセンゴクのことは嫌いじゃないようじゃな」
「センゴクさんには恩を感じているからだけであって海軍全体はあまり好きじゃないですよ。あのクソ親父もいますし……」
「海兵のわしがおるのに堂々とよくそんなことが言えるのお主……というかまだあのことを根にもっておるのか……」
「テレシアが許したとしても俺は許すつもりはありませんよ。――あいつのせいで母さん達は……!」
ヒロトさんから怒気が感じられて少し冷や汗をかいた。ヒロトさんの親父――つまり僕のお祖父さんと母さんたちの間で何かあったのだと前から薄々感じていた。僕としては家族の仲がギスギスしているのはあまり望まないことだ。まあ、そこは当事者たちに任せるしかないのだと思うが。
「それで、今すぐ行くつもりですか?」
「今から行くに決まっとる! ついでにお主も海軍本部に連れてこいとのご指名じゃ!」
「はぁ…わざわざ本部に行くのも面倒くさい気もするが……分かりましたよ。その前に色々と準備させてからにしてください。ついでに俺もダダンの所について行きますから」
場所は移り変わって僕たちがいるところは山の中である。前世は山なんて一度も登ったことはなかったが、見るからに野生の動物が潜んでいるとひしひしと感じた。というよりすでに野生の恐怖を体感しましたよ!!
山を登っている最中に狼、ヘビ、ワニと遭遇したし……極めつけにはトラって何だよ!? なんで生まれてから1年しか経っていない子どもがこんなにも命の危険を感じなければならないんだよ!?
はぁ、もう泣きたくなってきたよ……もう泣き叫んでいいですか。これじゃ寿命が何回縮んでもおかしくなそうだ……
「ガープさん、もう少し安全な道は無かったんですか? さっきから野生動物と遭遇してばっかり何ですが」
「なんじゃ、別に構わないじゃろ。いずれ強い海兵に育てるのだから、これぐらいでへこたれるようでは――」
「わずか1歳ばかりの子どもになんてこと考えてんだあんたは!? むしろトラウマを植え付けるようなものだぞ!!」
うん、すでにトラウマになりかけてました。ただでさえ凶暴な動物と遭遇することに慣れてないのにこんなにも連続で遭遇することになるとは……
というか考えることがおかしすぎますよ。こちとらまともに話すことも動けないのに。ちなみに遭遇した野生動物たちはヒロトさんが蹴散らしてくれた。僕を抱えてくれているから手が両方使えなくて、足で対処していたが――とにかくすごい威力だった。まるでボールのごとく吹き飛んでいったから。この世界の人たちの戦闘能力の高さは一体どうなってるんだか。
「ダダン! おるか! さっさと開けんか!」
ようやく危険な道を通りきって目的地についたのか。目の前には家が見えてきた。ガープさんは相変わらずだな。他の人を訪ねるときもそんな感じなのか。
「誰だ!? こちとら忙しいってのに、ここをダダン一家の根城だと理解してここに――」
「ワシじゃ」
これまた元気そうなおばさんが出てきたな。ダダンは思わぬ来客に何度か目を瞬かせた。
「……………………ガ、ガープさん!?!?」
「あ、ダダン久しぶり。俺もいるよ」
ヒロトさんが友達に会ったような口ぶりで話しかけた。
「ヒ、ヒロトぉぉぉぉ!?!?」
うん、忙しそうな人だな。ダダンはまるで猛獣に睨まれたみたいに縮こまってる。まあ、ガープさんは見た目からして明らかにヤバそうな雰囲気がするからな。ヒロトさんは優しい人だと思っていたが、つい先ほどの戦闘能力を間近に感じて評価を改めたよ……この2人に押しかけられるなんてこの人も不運だなぁ…と僕は思った。
「……ふ、2人して一体何だってここに来たんだよ!?」
「どうしてもお願いしたいことがあってね――」
「あんたら2人の頼みごとなんて厄介事の匂いしかしないよ!」
随分と辛辣だな。この人の胃が心配になってきた。明らかにこの人は苦労人って感じがする。
「この子を預けにきたんじゃ」
「誰だい!? その子は!?」
「俺の子みたいなものかな……」
「あんたの子ぉぉぉぉぉぉ!?」
ヒロトさん、さりげなく自分が父親みたいに言ってますね。まあ、僕にとっては育ての親みたいなものかな。
「だから、ガープさん! あんたはここを託児所か何かと勘違いするな!? ただでさえ、こちとらエースの面倒見るってだけで手を焼いてるってのに!! 山賊を一体何だと思ってるんだ!?」
「お前さんらをを捕らえないだけよりはましじゃろうが!」
この二人は案外相性がいいのかもな。喧嘩するほど仲がいいともいうが――というか今聞き捨てならない単語があったんですが――山賊って言った!? 僕って山賊に預けられるの!? 山賊って聞いたら悪いイメージしか沸かないよ……。あまりの状況に嘆息した。
「無理を承知で頼むよダダン!事情は話すから…」
「……はぁ、とりあえず中に入りな。事情はそこで聞く」
「わかった。ガープさんは先に戻っててください。俺が話しますから」
「何故じゃ! わしがいちゃならんという理由は――」
「あんたはさっさと戻ってろ!! クソジジイ!! こちとらあんたのせいでストレスが溜まりまくってるんだよ! 一度海深くまで沈められてこい! ただでさえ、賞金稼ぎなのに日頃からあんたの尻拭いしてる上にセンゴクさんから愚痴を聞かされるこっちの身にもなれ!! こっちの頼みを受け入れてくれているのはありがたいけど、それとこれとは話が別だ! いいからさっさと戻りやがれ、この脳筋ジジイが!!」
あの優しいヒロトさんをここまで怒らせるとは…ガープさん、あなたは普段から何をやらかしてるんですか……これはもはや呆れを通り越して胃が痛くなりそうだ。ガープさんもあまりの剣幕に少しビビってる。温厚な人をぶち切れさせると怖いって話は聞くが、これがいい例だな。怒ってるとこはたまに見かけたが、今日だけで何回怒ったのだろうか……溜まりまくった日頃の鬱憤は怒りのボルテージが上がりまくってついに溢れたのだろう。
そんなこんなもあり、ガープさんはさっさと戻っていった。ヒロトさんも少し落ち着いたのか元の優しい雰囲気に戻ってる。今のところ生まれてかれ2番目に濃い日になりそうだな。1番目は…まぁ、あの日ですね……
うん? 誰かがこっちを見てるが誰だろう? 目つきの悪そうな子供だけど……
とりあえず、僕はヒロトさんに連れられて家の中に入ったが、ダダンと2人で話すことがあるのか僕を他の山賊に預けて違う部屋に入っていった。話が終わるまでは待ってるしかないだろう。そう思い、僕はしばらく待ち続けた。
それから時間が経って、話が終わったのか部屋から2人が出てきた。ヒロトさんは僕を抱いて家から出た。あれ? 僕を預けていかないのかな? そう思っていたところ――
「おっ、やっぱりさっきからいたのか。おーい、エースー!」
「何だよ、ヒロト。何か用か」
岩陰から1人の少年が出てきた。この子が以前から話に出てたエースか…
さっきも見てたのはこの子だったみたいだ。
「話は聞いてたけど本気かよ…まだこんなちびっ子をここに預けるなんて」
「ああ、以前から話し合ってたことだからな。まあ、そんな顔するなって。この子、泣き虫じゃないし、結構かわいいぞ」
「ふーん…」
あまり気が進まない顔をしながらもエースが僕の頬を突っついてきた。くすぐったくてつい、口元に笑みを浮かべたらエースがそっぽを向いた。もしかして、照れてるのかな? 見た感じ、見た目は悪そうな子どもでも心根は優しいのかもしれない。願わくばいい関係を築きたいなとは思う。
ふぁ……今日もいろいろあったからもう眠くなってきたな…
「じゃあ、頼むぞエース。この子のこと…お前の弟だと思って接すればいいからな」
「…………はぁ…わかったよ。ダダンのやつは、あまり面倒見ねぇと思うからおれが見てやるよ」
「ありがとな、エース。しばらく会えないと思うがシオン…元気でな」
この日が、シオンとエースの初めての出会いだった。
ヒロトがセンゴクと親しい理由は先の話で明かすつもりです。