負けヒロインの姉に転生した私 ~どけ! 私はお姉ちゃんだぞ!!~   作:スーパーマンのみりん干し

4 / 28
ある妹の独白

 私は、自分の姉上が大好きで、そして大嫌いでした。

 私が物心つく頃には、大好きな姉上は他の殿方よりも強く、そして淑女としても凛とした方でした。

 幼い頃、そんな姉上が誇らしく、何時も姉上の後ろをついて回り、優しい姉上に甘えて我儘ばかり言っていました。

 私が遊びたいと言えば、姉上は稽古を中断して遊んでくれて、私があれが欲しいと言えば、多くはない小遣いの大半を使って、それを買ったりと、我ながら過ぎた我儘放題でした。

 今にして勝手ながら、私の我儘を聞いてくれた姉上も、ちょっと悪いのではないかと、本当に勝手ながら思ったりもするのですが、関係の無い話ですね。

 

 そして私は何時しか、そんな誇らしく思っていた姉上の事が、疎ましくなっていきました。

 原因は姉上ではなく、姉上と私を比べる周囲の声、それと私が抱える負い目。

 姉上は比べるものが無い強靭な体を、私は比肩するもの無き魔力を、母上から戴きました。

 しかしその結果、母上は私を産んでから、五年と経たずに亡くなりました。

 強い魔力を得た子は、時として母親の命を奪う。魔力というものは、先祖代々受け継がれていく。しかしその中で、子の魔力が母親を遥かに超えていた時、子は母親の命を奪う。

 母上の家系は代々強い魔力を持つ血筋でした。私が得た魔力は、その母上をも超える魔力。

 私は母上の胎の中に居ながら、母上の命を蝕み、姉上と父上、そして領民達から母上を奪った悪姫。魔力だけは優秀な弱姫。

 口さがない者達の、そういった何気ない言葉が、幼い私の心に突き刺さり、姉上と比べられる現実が、私の心を歪ませていきました。

 情けない話です。周囲を見返せばよかったのにそうはせず、ただ我儘に姉上に当たり散らし、鬱憤を晴らそうとして、それでも姉上の優しい手をはね除けられなくて、あの大きな目に優しく見守られるのが嬉しくて、そんな自分が情けなくて嫌で、そしてまた周りに当たってしまう。

 そんなどうしようもない子供は、忌み子と影口を叩かれ、姉上に護られ、そんな日々の中でついに限界を迎えました。

 

「皆、私より姉上の方が大事なんだ! 姉上なんて大嫌い!!」

 

 また何時ものように姉上に護られたある日、私は苛立ちに任せ、そんな事を叫び屋敷を飛び出してしまいました。すぐに追い掛けて来ると思っていた姉上も、姿が見えず、本当に私は要らない子だったのだと、子供ながらに絶望したものです。

 

 後で瑞穂から聞いた話では、姉上がすぐに追い掛けて来なかった理由は、私の叫びに呆けて固まっていたから、というものでした。

 家臣団二十人がかりで押しても引いても、微動だにせず、暫く呆けた後に大暴れして、屋敷から飛び出したそうです。……部屋と庭と壁が破壊されていたのは、それが理由でした。

 

 しかし、当時の私に屋敷以外に居場所はほぼ無く、ただ一人で領内を歩き、気付けば町の外れにある鎮守の森に居ました。

 誰もが入る事を躊躇う深い森、誰にも必要とされてないならと、その森に入りました。

 誰も入らない深い深い森の中、そこでとりあえずの寝床を用意しようと、枝葉を集めている時でした。

 魔獣化した猪に遭遇したのです。

 魔獣は、どれ程に弱い個体だったとしても、討伐には軍を動かさなくてはならない強大な存在。それが町の近くに現れた。

 鎮守の森の巨木にも引けを取らないそれに、まだ私は見付かってない。今、逃げれば助かるかも知れない。

 死にたくない。正直にそう思って、音を立てない様にゆっくりと逃げ出そうとした時、魔獣の視線が町に向けられている事に気付きました。

 逃げよう。気のせいだ。

 魔獣だって、必ずしも人を襲う訳ではない。寧ろ、進んで人を襲う魔獣の方が珍しい。

 だから大丈夫、今逃げれば間に合う。今から森を出て、急いで誰かに伝えれば、町に被害は出ない。

 

 そう考え、その様に動こうとした時、ふと姉上の言葉が頭を過りました。

 

「紫翠、まだ難しいかもしれないが、一応言うぞ?」

「なに? 姉上」

「私は貴族だ。貴族は偉い。だから、その権力に対する義務がある」

「義務?」

「そう、義務だ。私は貴族の権力と身分を使う代わりに、領民に対して対価を支払わなくてはならない」

「どうして? 貴族って偉いんでしょ」

「んー、紫翠にはまだ難しいか。でもね、紫翠。紫翠も何時かは理解しないといけない。それまでは、お姉ちゃんは紫翠の我儘を聞いてあげるから」

 

 貴族の義務、何故かその言葉が頭を過り、そしてその義務が何を指していたのか。

 この瞬間に理解出来たのです。貴族には権力があり、その権力には責任がある。

 貴族の権力は支えとなる領民があってこそであり、貴族は領民の支えに応えて義務を果たす責任がある。

 そして、私は貴族だから支えに応えなければならない。

 理解出来た時には、既に体が動いていました。

 

 手頃な石を魔獣化した猪に投げつけ、町とは違う方角、つまり私に視線を向けさせます。

 手には拾った木の枝、あの牙と巨体の前では、何の意味も成さないだろうと分かるそれでも、魔猪は私を敵と見たのでしょう。その目には確かな敵意と殺意が感じられました。

 自分はここで死ぬ。魔猪の牙に貫かれ、蹄に踏み潰され、巨体に蹂躙されて、元の形も判らない肉片となる。

 そう分かっても、私は退けませんでした。

 私は貴族で、私はシュレン家の娘で、私は母上の娘で、そして姉上の妹だから。

 だけど叶うなら、また……

 

「おい、お前。何をしようとしている?」

 

 魔猪の牙が眼前にまで迫り、本当に死を覚悟した瞬間、その声が聞こえて、魔猪の動きが止まりました。

 

「お前、もしかしてだが、これを私の妹にぶつけようとしたのか?」

「あね、うえ?」

 

 そこには、左腕で私を抱き抱える様にして立つ姉上が、魔猪の牙を掴み、右腕一本で魔猪の突進を止めていました。

 

「たかが猪如きが、私の妹に何をしようとした?」

 

 魔猪の蹄が地面に食い込み、その馬鹿げた膂力の凄まじさを伝えてきましたが、私からは恐怖は消えて、ただ安堵の内に、その力を眺めていました。

 だって、そんな力も更に強い力を前に、なにも出来ずに震えるだけでしたから。

 

「私の妹を殺そうとしたのか? 魔獣化し、力に酔った獣風情が……!」

 

 一瞬でした。姉上が右腕を振るうがままに、魔猪の首が捻れ、骨の砕ける音と断末魔が森中に響き、次の瞬間には物言わぬ肉塊となっていました。

 

「紫翠、怪我は無いか?」

「は、はい」

「そうか、良かった……。お前に何かあったら、私は何をしていたか……。さ、帰ろう」

「でも、私は……」

「大丈夫だ。お前は紫翠・シュレン。私、翡翠・シュレンの大事な妹で、母上の大事な娘だ。……とりあえず、父上と馬鹿共には、私が一発カマしたからな」

「え、父上大丈夫?」

「私達の父上だからな」

 

 実際、父上は大丈夫でしたが、私の影口を叩いていた家臣達は、少々無事では済まなかった様で、何人かは後日暇願いを出して、屋敷から居なくなっていました。

 

「……姉上、ごめんなさい」

「いいぞ。紫翠はまだ我儘な年だから、まだお姉ちゃんに甘えていいんだ」

「でも、私、姉上の事、大嫌いって……」

「いいんだ。紫翠、お前の感じた事は、人なら誰だって一度は感じた事のある気持ちなんだ。だから、お前は間違ってないし、お姉ちゃんはお姉ちゃんだから、紫翠を許す。だけど、紫翠。帰ったら皆に謝ろうな?」

「うん」

 

 それから、私は今までの自分を戒め、シュレンの娘として相応しくある様に、稽古や鍛練に勤しみました。

 目指すべきは姉上と、己を律し常に淑女として勤め、シュレンの名に恥じぬ様に過ごしていきました。

 

 そんな穏やかな日々の中、領内に攻め入ってくる異民族や帝国や連邦、協商連合との戦いで中で、名将と讃えられた父上が病を患い、杖無しでは歩けなくなってしまいました。

 無論、シュレンには父上以外にも将は居ますが、大黒柱となる将は父上以外他に無く、皆が最悪の想定を始めた頃、姉上が立ち上がり領内に侵攻していた異民族を、押し返してしまいました。

 家臣団は口々に姉上の勝手を責めましたが、

 

「囀ずるだけの雀が、人間の言葉を喋るな。私を責めたいなら、将として兵としての務めを果たしてから責めろ」

 

 その言葉通りに、姉上は父上が戦えない間、シュレン領軍を率い、王国にシュレン領に攻め入る敵と戦い、着々と名を上げ、姉上はロムレシア王国に過ぎたる者と、そう謳われるまでになりました。

 そして遂に、異民族を完全に追い返し、目下最大の脅威でもあった帝国や、元々貿易を行っていた協商連合とも和平を結ぶに至りました。

 

「これで利かん坊の連邦も、暫くは動けないだろう」

 

 元々、あの戦争は連邦が突然始めたもので、同盟を結んでいた帝国と協商連合は、それに引き摺り込まれた形で、王国から秘密裏に申し込んだ和平の申し出に、両勢力は手放しに飛び付き、両勢力の軍事力を当てにしていた連邦は勢いを削がれ、連邦最強の重装騎兵隊を姉上が壊滅させた事が止めとなり、戦争は終結。

 姉上はシュレン領の守護に戻り、時折やってくる協商連合の騎士であるユリアナ様と、仲良く談笑されたりと、穏やかな日々に戻っていました。

 

 しかし姉上、談笑されるのはわかりますが、何故にいきなり薙刀を振るうのですか? 

 ユリアナ様もさも当然と斧槍を振るわれますし、戦場の倣いというものなのでしょうか? 

 

 そんな穏やかな日々の中、私は不肖ながら恋をしました。

 お相手は、帝国の第一皇子であるラインハルト・ガーデンベルグ様。一辺境領主の次女が恋するには、過ぎたる身分ですが、ラインハルト様は問題無いと言い切られ、帝国でもその様に動いてくれているとの事でした。

 会える時間は少ないながらも、ラインハルト様は王国に立ち寄られる事がある度に、シュレン領を訪れ、あまり外に出ない私に、様々なお話をお聞かせくださり、お手紙も事ある事に、事細かに贈ってくださいました。

 

 しかし姉上、姉上もラインハルト様をお気に召したのは解りますが、ラインハルト様は姉上程お強くはないので、手合わせはどうか程々にお願い致します。

 

 私は幸せでした。

 あの報せを聞くまでは。

 

 姉上、私もシュレンの娘、王国貴族の端くれです。

 叶わぬ夢がある事は、承知の上です。

 覚悟は既に済まし、シュレン家の名に恥じぬ振る舞いを以て、此度の役目を果たしましょう。

 だから姉上、どうか壮健に、威風堂々と振る舞ってくださいませ。

 しかし姉上、一つだけ願えるなら、この短い旅路の間だけは、嘗ての様に甘えさせてください。

 そしてラインハルト様。私は貴方に恋する事が出来た事を、何よりも嬉しく思います。

 私の事は忘れ、どうかお幸せに。

お姉ちゃんに平八以外の幼馴染み

  • いる(♂)
  • いる(♀)
  • 要らないぞ
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。