1998年2月。亀有公園前派出所休憩室。
「……ふぅん」
机の前でお茶を飲む休女は、交通課発行の青信号という新聞をつまらなそうに投げ捨てた。新聞の見出しには『両津勘吉特集~女性不人気部門ダントツNo.1男の全て~』と大きく書かれていた。
「あら、休女ちゃん。何かあったの?」
休憩室に入った麗子は面白くない顔をする休女の向かい側に座る。
「あ、麗子さん」
休女はつい先ほど投げ捨てた新聞を麗子に手渡す。
「あ、これね……」
すでに目を通していた麗子は微妙な顔をすると、新聞を元あった場所に置いた。
『両津勘吉特集~女性不人気部門ダントツNo.1男の全て~』には両津の数々のスキャンダルから『結婚したくない男』、『上司にしたくない男』、『最低な男』など人間性に関することから『顔が濃い男』、『不細工な男』など身体に関することなど合計17のワースト部門で2位以下を大きくで突き放す不名誉な記録を獲得したランキングが書かれていた。
「……まったく、何なんですかね。この特集」
不機嫌な顔で休女は口を開く。
「この記事を書いた人間には『お前らどこに目をつけているんだ?』って
「……休女ちゃんは両ちゃんに対して悪い印象はないの?」
両津に対して大半の婦警のように悪い印象を持っていない麗子は休女の態度に嬉しさを感じつつも、心のどこかでざわめきを感じながら尋ねる。
「そうですね……」
目の前のお茶を飲み干し、休女は答える。
「確かに両津センパイの顔は美男子には遠い不細工です。そして体臭はキツい。特に足の裏は犬の倍以上の嗅覚を持つ私には強烈……正直耐えられないです」
悪臭を思い出したのか、休女はブルッと体を大きく震わせる。
「休女ちゃんは両ちゃんが……新聞で言われるほど酷い男性じゃないって思っているんでしょう?」
言おうとした「もしかして好きなの?」という言葉を飲み込み言い直す麗子に、気付いた様子のない休女は「もちろんです!」と胸を張る。
「両津センパイは素晴らしい方です。金にがめつく汚ならしい所はありますけど、それを補ってなお余る人間味ある温かさ、弱者を守るためならばどんな巨悪にも立ち向かう勇気、そして……」
そう言って休女はおもむろに窓を見る。遠い日の思い出に浸るように。
「困っている人には手を差し出す優しさ。あの優しさに救われた人はいっぱいいるでしょう。私のように」
私のように。そう言った休女の顔は懐かしさと悲しさ、そして嬉しさが入り雑じった笑顔だった。
「両ちゃんが休女ちゃんに何かしてあげたの?」
休女の過去に踏みいっていいのかと考えつつも、麗子はあえて尋ねた。休女はフッと笑う麗子の方へと顔を向けた。
「私、大のお兄ちゃん子で兄の日暮熟睡男を追って警察官になろうと思ったんです。でも当時の募集は今より厳しくて身長の低さから私は落とされそうになったんです。その時に両津センパイに会ったんです」
当時を思い出したのか、休女は遠い目をする。
「兄から私の身体的特徴を聞いていたのでしょう。両津センパイから私に話しかけてくれました。緊張する私を笑わしてリラックスさせてくれた後に担当の人の元へ向かって行きました。後で
「……そ、そうなんだ」
両津の行動にドン引きした麗子は乾いた声で答える。
「でも私。すぐに警察を辞めようと思ったんですよ。皮肉なことに警察官になろうと思うきっかけになった兄の存在によって……」
「……」
休女の暗い顔に何も言えず、麗子は次の言葉を待つ。
「兄は超能力を持っています。その超能力で数多くの難事件を解決に導いてきました。それに比べて超能力を持っていない私は兄ほど貢献できず……。周囲から『兄貴と比べて妹の方は……』と陰口を言われて……。本当に『何で私は警察官になったんだろう?』って自分が嫌になりました」
「……」
「そんな時、『警察を辞めたい』と両津センパイに愚痴ったんですよ。そしたらセンパイは何をしたと思います? 女の私の頬を引っ張ったいたんですよ。そして地面に倒れて呆然とする私に言ったんです。『そんな下らん声に耳を貸すくらいなら治安の維持に貢献しろ! 俺達の仕事は皆の幸せを守ることだ。そんなつまらんことを気にするぐらいなら警察なんぞ辞めちまえ!!』って」
「……」
「私はその時始めて気づいたんです。警察官になろうとしたきっかけは兄を追ってでしたけど、警察官になってからは多くの人のお役に立てていることがスゴく嬉しいってことに。そして私が
「……」
「もし両津センパイが下手に慰めたりしていたら。私は自分の甘さに気づかずに他人の声を気にして……、兄を恨み続ける人生を過ごしていた気がします。だから私は両津センパイが大好きなんです。ちなみに顔の面が厚い私の頬を引っ張ったいたセンパイはあまりの厚さに涙目になりながら手を抑えてましたよ。あれは面白かったですね。あ、そろそろ仕事の時間なので!」
そう言うと休女は自分の私物を片付け、休憩室を後にした。
「…………」
両津の人間味溢れる過去を知れて嬉しい気持ちになりつつも、休女の『両津センパイが大好きなんです』という言葉に引っ掛かった麗子は、心配になった中川が「麗子さん、何かあったんですか?」と声をかけるまで考え事にふけっていた。
数時間後。
「あの角刈りはどこに行ったぁぁぁっっっ!!」
派出所の入り口には鬼のような形相で『投稿。とある童顔婦警の日常』という見出しと共に目隠しされた寝顔やパンチラ写真が掲載された雑誌を握りしめた休女の姿があった。
「あ、いや……その……」
休女の怒気に体を震わせる中川に
「両ちゃんなら写真屋さんに行くって出ていったわよ」
と麗子はどこか嬉しそうに答えた。
1999年7月。恐怖の大王が現れる。
そんなオカルトのような話を信じる者はほとんどいなかった。
恐怖の大王が実際に現れるまでは。
次回『