開会式が終わり、論文コンペのプレゼンが開始された。
一色から一条が俺に用があると言っていたから会いに行こうかと考えたが、アイツは警備に参加してる為に昼食の時間を見計らって会う事にしてる。
十一時が過ぎた頃、第一高校本日の主役である市原の他、真由美と摩利が会場に到着した。
予定していた時間より早く来たと言う事は、関本の尋問が終わったのではないかと思い、真由美に聞いたら大当たり。
詳しく訊いてみると、関本だけでなく、司波にちょっかいを掛けていた女子生徒――平河千秋の狙いは、論文コンペの資料らしい。そして今日の尋問で、関本はマインドコントロールを受けていた形跡もあったとの事だ。
マインドコントロールを聞いて、不意に壬生の事を思い出してしまう。春の一件で彼女がそれを受けた事でテロリストの「ブランシュ」に引き込まれ、騙された事も含め、色々と思う所があったから。
真由美の見解では、関本や平川を裏で操っていた組織は、もしかすれば今日の論文コンペで過激な手段を採ってくる可能性があるかもしれないと言っていた。確かに呂剛虎と言う凶暴な魔法師を送り込んで関本を殺そうとしていたのだから、大亜連合の連中がそうしてもおかしくないだろう。
ついでにその呂剛虎だが、護送中に逃げられたらしい。どうやら横須賀に向かっている途中で襲撃を受けたようだ。それによって軍も大分慌てており、出動準備を整えてるとの事である。俺がそれを知ったのは、司波兄妹に会っていた女性――
本当は午後から探ろうと思っていたが、
今日此処に訪れた一高のカウンセラーである小野遥だが、もう一つの顔がある事を判明した。『ミズ・ファントム』とか言う、如何にもスパイらしいコードネームだ。前々から単なるカウンセラーじゃないのは気付いていたが、藤林との会話でやはりと確信した。対して藤林も、小野に劣らない中々御大層な二つ名だった。『
と、そんな事は如何でも良いとして、本題は此処からだった。
藤林が小野と別れた後、(透明化してるレイとディーネも一緒に)通信用の
向こうの話によると、大亜連合の部隊が論文コンペ当日に呂剛虎を奪還したのは、今日行ってる論文コンペに何かしらの意図があると推定してるようだ。その為、軍の方でも動き始め、午後三時には此方に到着するらしい。
軍がそこまで警戒してる以上、相当深刻な状況になっているのは間違いないと改めて認識する。もう情報収集は充分だと判断した俺は、藤林に貼り付かせた透明化中のレイとディーネに戻るよう命じた。その後にはよくやったと頭を撫でると、
さて、この後はどうするべきか。向こうの極秘情報を知ってしまった以上、流石に無視は出来ない。かと言って、学生の身分である俺が口出し出来る立場でもないし、下手に動けば色々面倒な事になってしまう。
大亜連合の襲撃に備えているなら、そこは軍の方で任せるしかない。問題は論文コンペの会場だ。奴等が論文コンペの資料を狙っているのなら、間違いなく此処にも襲撃してくるだろう。
こんな事を考えるのは大変不謹慎だと重々理解してるが、修哉と紫苑が病欠で良かったと心底思った。あの二人も家族と同様に大切な友人で、もしも修哉と紫苑が襲撃で殺されたとなれば、怒り狂った俺は久々に真の姿――
☆
「一条剛毅さんが俺の作った茶碗の交渉で家に来る? 何でそんな
昼食の時間となり、運良く鉢合わせる事が出来たので、警備していた一条と喫茶店で食事を取る事にした。因みに一緒に警備をしていた一高生徒の十三束鋼は別行動中で、食事が終わり次第に合流する予定となっている。
そんな中、一条から予想だにしなかった話を聞いた事により、俺は思わず目が点になってしまう。
「詳しい事は俺も知らないが、親父の話によると、兵藤が作った茶碗は重要文化財らしいぞ」
「重要文化財って……」
アレは単に陶芸の体験教室で作った素人の作品である筈だ。チョッと趣向を凝らしただけの茶碗に過ぎないと言うのに、何故それが重要文化財になるのかが全く理解出来ない。
「何かの間違いじゃないのか?」
「俺だって最初は耳を疑ったさ。けど事実だ。それに今回は十師族じゃなく、石川県民代表として行くそうだ」
「何でだよ」
どちらにしても、公の立場として来る事に間違いない為、俺は手を頭の上に置きながら嘆息する。
藤林から得た情報とは別に、これはこれである意味重要な物だった。ごく普通な一般家庭である筈の兵藤家に大物が来るなんて、普通に考えてあり得ない。後で母さんに言っておかないとパニックになるのは確実だ。
「なぁ、一条。まさかとは思うが、もし交渉が拗れた場合、剛毅さんが一条家の権限使って俺や家族を捕らえる、何て恐ろしい事はしないよな?」
「そんな事するわけないだろう!」
心外だと言わんばかりに一条が少々声高になって否定した。
確かに一条家がそんな外道な事をしないのは分かってるが、それでも確認したかった。権力者と言うのは時によって非情な決断を辞さない場合がある。
だから俺の茶碗如きの為に俺の家族に迷惑が掛かるなら、
「すまん。今のは俺が悪かった。けど、一条家の当主が態々俺の家に来るんだから、そんな風に考えてもおかしくはないだろう? 十師族なら猶更に、な」
十師族、並びに百家は一般人を装っても、その裏では様々な組織と繋がって相応の権力を持っている。当然それは一条家も例外ではない。
目の前にいる次期当主も理解してるようで、さっきと違って再び声を荒げる事はしなかった。
「……確かに否定出来ないが、少なくとも、親父はそんな外道な手段を取らない。そこは俺が保証する」
「そうか」
次期当主である一条将輝が断言するのであれば、大丈夫と判断しても良いだろう。コイツの真っ直ぐな性格は父親譲りだから。
会話しながらも食事を終え、俺と一条は喉を潤す為に飲み物に口を付けようとする。
「あ、そう言えば一条。この前あげた司波さんの写真、今も大事にしてるか?」
「ぶっ」
俺が飲む前に尋ねると、水を飲んでる途中の一条が吹き出した。と言っても、俺に被害は無いが。
写真と言うのは、以前金沢で一条家に泊まった際、報酬としてあげた物だ。それには誰もが魅了するような笑みを浮かべた司波妹が写っており、受け取った一条は物凄く喜んでいた。
入手方法についてだが、九校戦中の間に司波兄の寝顔写真を撮って欲しいと言う、司波妹からの依頼を達成したからである。大好きな兄の寝顔写真を手に入れた司波妹が、大変ご満悦だった表情は今でも憶えている。因みに司波兄は一切知らない。というより、もしアイツの耳に入ったら(俺に対して)確実にキレるだろう。
一条はゴホゴホと咳き込むも、数秒後には顔を赤らめながらも俺を睨んでくる。
「兵藤、お前なぁ……!」
「あ~……その、度々すまん」
一条が抗議しようとする寸前、所持してる無線から通信が入る。
『一高の十文字だ。共同警備隊に通達する。隊員は午後から防弾チョッキを着用すること。繰り返す。必ず防弾チョッキを着用して警備にあたること』
それを聞いた事に一条だけでなく、耳に入った俺も目を見開いた。
防弾チョッキ着用とは、まるで襲撃に備えてるかのような感じだ。十文字がそんな指示を出したって事は、真由美から関本の尋問の件を聞いて警戒を強めたのだろうか。
だとすれば、その判断は正しい。大亜連合の連中が此処を攻め込んでくるかもしれないから、いざという時に防弾チョッキは必要だ。
十文字からの指示を聞いた一条は、先程とは打って変わって途端に真面目な表情となる。
「兵藤、悪いが俺はこれから十三束と合流する」
「どうぞ。さっきの詫びにはならんが、此処は俺が片付けておくよ」
「助かる」
そう言って一条は喫茶店を後にして、俺はすぐに食事で使った容器を一通り片付ける事にした。
さて、午後からは一体何が起きるのやら。俺としては出来ればこのまま何事も無く論文コンペが終わって欲しいが……恐らく無理だろう。