「うわっ、何これ!」
「酷ぇな、こりゃ」
VIP会議室に案内された後、北山がアクセスコードを使ってモニターにマップが表示されると、海に面する一帯が危険地域を示す真っ赤に染まっていた。
それを見たエリカとレオが余りの光景に思った事を口にして、他の面々も似たような表情となっている。尤も、司波だけは顰め面のままだが。
(今の状況を見る限り、相当な兵力がつぎ込まれてるだろうな)
エリカ達の反応を余所に、俺は冷静に状況を受け止めていた。
具体的な数はまだ分からないが、この侵攻速度から見て、大亜連合は相当の規模の兵力を注ぎ込んでいるだろう。少なくとも数百人以上の兵員は確実と見て間違いない。
尤も、あの程度であれば俺一人でも充分に殲滅出来る。分身拳を使って四人となった俺が散開すれば、あっと言う間に片付けられるが……それはあくまで最終手段にさせてもらう。警察や国防軍の戦況が不利と判断した時に。
巻き込まれてる民間人を守る為に、さっさと敵を倒すべきだと抗議する者がいるかもしれない。俺としても片付けたいのは山々だが、前にも言った通り、司波や軍に警戒されるどころか、家族にまで多大な迷惑を被ってしまう。それ以外にもある。市民を守る警察組織、日本を守る国防軍、それ等を含めた多くの組織を差し置いて、たった一人の民間人である俺が侵攻する大亜連合を殲滅させたとなれば、彼等のメンツが丸潰れとなってしまう。
組織と言う物は、規模が大きければ大きいほどメンツにこだわる傾向が強い。特に国を守る警察や軍が該当する。そこを俺がしゃしゃり出て大亜連合をあっさり殲滅したら、国民からの信頼はガタ落ちになる。その原因を作った俺を彼等がどんな行動に出るかなど、態々言わなくても分かるだろう。
それに加え、いくら
まぁ、いくら表立って介入しないとは言っても、自分の周囲にいる身近な人間を守る位はさせてもらう。こればかりは他の神達から何を言われようとも貫くつもりだ。
「兵藤、行くぞ」
「ん、分かった」
いかんな。深く考え事をしていた所為で司波達の会話に加わってなかった。
尤も、会話の内容は聞こえていた。シェルターへ避難する前にデモ機のデータを処分したいと、司波が言った事に皆が頷き、俺も賛成してる。ソレを処分しておかなければ、またゲリラ兵共が此処へ乗り込んで奪う可能性があるから。
☆
「何をしてるんですか」
(司波、それお前が言うなよ……)
デモ機が置かれているステージ裏へ行くと、司波は開口一番に自分の事を棚上げた発言をした事に、俺は内心呆れながら嘆息した。因みに此処には市原と五十里が避難せずにデモ機を弄っており、それを真由美、摩利、千代田、桐原、壬生が取り囲んで見守っている。
「データが盗まれないよう、消去しています」
市原が答えなくても分かっている。司波が本当に聞きたかったのは、「何故、まだ此処にいるのか」だったのだ。それを市原は質問を敢えて言葉通りに解釈して返したから、司波は絶句を余儀なくされていた。
「真由美さん達は護衛ですか?」
今度は俺が変わる様に問う事にした。
「ええ。リンちゃんや五十里くんが頑張っているのに、私たちだけ先に逃げ出すわけにはいかないでしょう?」
尤もな返答に俺は納得する。
ゲリラ兵共が襲ってくる事を考えれば、真由美達が残るのは当然であった。
「それよりもリューセーくん、今まで何処にいたの? あーちゃんが避難するまでずっと捜してたわよ」
「すいません。先程まで外にいる敵と交戦してましたので」
『!?』
俺があっさり答えた瞬間、真由美達が驚愕の表情となる。その中で一番に反応したのが壬生で、「大丈夫? 怪我はない?」と凄く心配された。
慌てている壬生をどうにか落ち着かせた後、俺は経緯を簡単に説明した。
三高のプレゼン開始前の休憩時間中、外の空気を吸おうと出入り口付近で佇んでいた際、突如テロリストと思われる連中が重火器を使って会場を爆撃しようとしたから、俺がそれを阻止。自身の魔法で迎撃して鎮圧させ警備の魔法師達に任せてホールに戻ろうとしたところ、司波達と偶然遭遇し、共に行動してる事も話した。因みに非公開の会議室でハッキングを行った事は伏せている。
それらの話を一通り聞いた真由美達は納得と同時に安堵してる中、別の所から扉が開く音がした。
「司波、兵藤、七草」
ずっしりと腹に響くような声で俺達の名を呼ぶ十文字が、服部ともう一人の男子生徒――
三人とも桐原と同じく、鱗上に重なり合う小さなプレートで表面を覆った防弾チョッキを着ている。共同警備隊の総隊長である十文字がそう指示したのを、昼食中に一条が使ってる無線機から聞いたので知っている。
「お前達は先に避難したのではなかったのか?」
暗に「さっさと避難しろ」と言ってる十文字に真由美がフォローしようとする。
「データの消去をしているの」
「そんな大人数でか?」
消去するにしても人数が多過ぎる事に少しばかり苦言を呈する十文字。
「他の生徒は中条に連れられて、地下通路へ向かいました。それと兵藤、中条がお前をずっと捜して――」
「チョッと待って下さい。今、地下通路って言いました?」
服部が言ってる最中、俺が少々焦る様に言った事で空気が変わった。
「何か不味いのか?」
俺の台詞に沢木がそう訊いてきた。
「ええ。実は――」
彼女達に話した内容を簡単に言った後、次に地下通路の危険性について指摘した。
外で迎撃した敵の人数がかなり多かった為、もしかしたら、直通じゃない地下通路からも襲撃してくる可能性がある。そう言った遭遇戦を踏まえて地上へ避難しようと説明した後、十文字はすぐに決断を下した。
「服部、沢木、すぐに中条の後を追え」
「はい」
「分かりました」
勢いよく駆け出した二人を見送った後、十文字は次の行動に出る。
「俺は、他に逃げ遅れた者がいないか、もう一度見回ってくる。桐原」
「ハッ」
服部と沢木がいない為、十文字は市原の護衛をしてる桐原を連れてステージ裏を後にした。
迅速に行動をする共同警備隊とは別に、デモ機のデータ削除をしてる五十里が此方の方へ視線を向ける。
「司波君は別の部屋にある機器を頼めるかな」
五十里からの頼みに司波は反対する事無く無言でコクリと頷いた。
「終わったら控え室に集まろう。そこで今後の方針を決める」
摩利の指示に誰も反対せず、それぞれが行動を開始する事となる。
場所は変わって第一高校控え室。
デモ機のデータ消去が終わった事により、俺達は控え室に集まっていた。
「さて、これからどうするか、だが」
摩利がそう言いながら真由美に目を向けた。
「港に侵入した敵艦は一隻。海岸近くは殆ど敵に制圧されちゃってるみたいね。陸上交通網も完全に麻痺。こっちはゲリラの仕業じゃないかしら」
「そもそも、奴等の目的は一体何ですか? この横浜を狙ったからには、何か相応の理由があるはず……」
俺の質問に真由美と摩利が顔を見合わせた。
もしも大亜連合が論文コンペの資料を狙うと言う小さな目的であれば、こんな大規模な侵攻なんかしない筈だ。今も交戦が続いているとなれば、他にも何か目的があると容易に推測出来る。
「リューセーくんの言うように、
「魔法協会支部にあるメインデータバンク、ですか」
「多分ね。重要なデータは京都と横浜で集中管理しているから」
俺が先に答えを出した事により真由美は頷きながら、回答内容を補足した。
「救助船はいつ到着する?」
質問と言うより確認をしてくる摩利に、真由美は少々言い難そうな顔で答えた。
「あと十分ほどで到着するそうよ。でも人数に対して、
真由美の情報は、VIP会議室で確認した情報と内容が一致していた。
すると、さっきまで携帯端末を使って会話を終えた市原から情報が入る。
「シェルターに向かった中条さん達の方は、残念ながら兵藤君の懸念が的中したようです。ただ敵の数も少ないらしく、もうすぐ駆逐できると、服部君から連絡がありました」
やはり地下通路にも潜んでいたか。これでもし修哉と紫苑がいたら、俺は今頃此処にいなかっただろう。
「状況は聞いてもらったとおりだ。船の方はあいにく乗れそうにない。こうなれば、多少危険でも駅のシェルターに向かうしかないと、わたしは思うんだが、皆はどう思う?」
三年生は真由美、摩利、市原。
二年生は五十里、千代田、壬生。
一年生は俺、司波兄妹、エリカ、レオ、幹比古、柴田、光井、北山。
この場にいるのは計十五人。
言い出した三年の摩利や、真由美達も口を閉ざしている。下級生である俺達の意見を聞いてから発言するのだろう。
「……あたしも、摩利さんの意見に賛成です」
二年の千代田がそう言うと、五十里と壬生も同意するように頷いていた。
最後の一年は司波、そして俺にも向けられている。
特に反対する理由は無いから摩利の意見に賛成すべき――
――大変なの、ご主人様!
――主、大きな乗り物が、急速に此方へ、向かってきます!
と思いきや、レイとディーネからの緊急報告が入って来た。
ゲリラ兵共を倒した後、俺は会場周辺を見張るよう
すぐにレイと視覚を共有させる為に目を閉じると、会場の出入り口へ向かってくる大型トラックが急接近していた。明らかに止まる気が無く、会場へ突入する気満々の勢いである。
馬鹿者が。そんな愚行を
「お兄様!?」
「達也くん!?」
思わず閉じていた目を開けると、司波が何故か拳銃型CADを壁に向かって構えていた。この先は会場出入口で、その先に大型トラックが……コイツ、まさか気付いて……!
その瞬間、司波は引き金を引く。気になった俺は再び目を閉じてレイと視覚共有すると、接近していた大型トラックが塵となって消えていた。
消えてしまった運転席から放り出され、地面を転がって壁面に激突するドライバー。
――え? 何が起きたの!?
――主、今のは、一体?
一緒に見ていたレイとディーネは、俺の
後で話すから引き続き監視を続けるよう念話を送った俺は、司波の方へ視線を向ける。
「……達也くん、今のは?」
「司波、出来れば何をしたか詳しく教えて欲しいんだが」
「……………」
真由美と(大型トラックを塵にしたのを全く知らないように装う)俺の質問に司波は無言だった。というより、答える気が無いのだろう。
俺の技や魔法について遠慮無く訊いてくるくせに、自分の事になるとダンマリか。随分いい性格してるな、コイツ。
思わず司波の頭の中を覗いてやろうかと考えた直後、控え室の扉が突然ガチャリと開く。
「お待たせ」
入って来たのは一人の女性。しかも凄く見覚えがある。
「えっ? も、もしかして、響子さん?」
「お久しぶりね、真由美さん」
戸惑う真由美とは別に、野戦用の軍服を着た女性――藤林響子が親しげな挨拶をした。
因みにこの後、再びレイとディーネからの緊急報告で、会場に小型ミサイルの群れが飛来するも、それは別の者達が処理していたので気にする必要は無かった。
それよりも、今は目の前の事に集中しなければならない。
入室してきたのは彼女だけでなく、その後ろから、同じく軍服に身を固めた壮年の男性が入ってくる。
珍しく司波が困惑するも、男性は俺達の前で手を後ろに組んで立った。
「特尉、情報統制は一時的に解除されています」
藤林がそう言った直後、司波の顔から困惑が消え、姿勢を正して、目の前の男に敬礼で応じた。
その姿に司波妹以外の者達が、丁度控え室に入って来た十文字や桐原も含め、驚きを隠せず見詰めている。因みに俺は大して驚く様子を見せず、やはり九島の言う通りだったかと確信していた。
司波の敬礼に敬礼で答えた壮年の男性は、十文字の方へ視線を向けた。
「国防陸軍少佐、
「貴官があの風間少佐でいらっしゃいましたか。師族会議十文字家代表代理、十文字克人です」
自己紹介をする壮年の男性――風間に対し、十文字も魔法師の世界における公的な肩書きで名乗った。
その後からは藤林による状況説明の他、風間が司波に向かって「特尉」と言う呼称と共に任務を命じていた。防衛に加わる為の出動要請を。
直後、俺はすぐに理解した。目の前にいる軍人達は、九島が教えてくれた国防軍の特殊部隊――『独立魔装大隊』である事に。
「国防軍は皆さんに対し、特尉の地位について守秘義務を要求する。本件は国防軍秘密保護法に基づく措置であるとご理解頂きたい」
風間からの厳めしい単語や重々しい口調に加え、その視線の力で有無を言わせないようにしていた。
だが、
権力を持った
「特尉、君の考案したムーバル・スーツをトレーラーに準備してあります。急ぎましょう」
控え室の出入り口に控えていた男性軍人が声を掛けると、振り向いていた司波が頷いた。
あの男に見覚えがあるな。確か九校戦で俺が『ジェネレーター』を外へ誘き出す際、藤林と一緒に尾行していた一人だ。その時にはもう一人の男もいたが、此処にはいないか。
「皆様には私と、私の部隊が護衛に付きます」
藤林がそう言うと、司波は彼女に向かって小さく笑みを浮かべている。
「すまない、聞いてのとおりだ。皆は先輩達と一緒に避難してくれ。それと兵藤」
「何だ?」
「………これは本当に、本当に不本意だが……もしも万が一、深雪に害する敵が現れた場合……」
「はいはい、分かった分かった。もうそこから先は言わなくていい」
まるで苦渋の決断を下すかのような苦々しい表情で言ってくる司波に、俺はうんざりしながら了承する事にした。
この超シスコンお兄様が俺に大事な妹を任せるのは嫌であっても、戦闘力は信用してるから、頼らざるを得なかったのだろう。
非常に癪な頼み方であるが、頼られた以上は遂行するつもりだ。それが例え利用する事であっても別に構わない。俺としても、周囲の人間を死なせるつもりなど毛頭無いから。
因みに俺と司波の仲が余り良く無い事を知ってる一年のエリカ達は苦笑しており、それ以外の面々は目が点になっている。特に軍人の風間達は司波の様子を見て少々意外そうに、驚くように見ていた。
そして頼み終えた司波が風間の後に続こうとするも――
「お兄様、お待ちください」
どう言うつもりか分からないが、何故か司波妹が呼び止めた。
藤林を除いた軍人二人は察したかのように控え室を後にしており、司波兄妹は見詰め合う。
数秒後、見上げてる司波妹が手を頬に差し伸べると、司波兄は戸惑いながらも片膝をついた。まるで姫君に跪く騎士のように。
そして彼女は瞼を閉ざした兄の顔を上へ、自分の方へ向けて、そのまま腰を屈め、兄の額に接吻のような口づけをした。
すると、変化は唐突に訪れた。
司波兄の身体から激しい光の粒子が沸き立った。
まるで封印の枷が解かれたかのように、凄まじい暴風が吹き荒れてるようだ。
(やはり、そう言う事だったか)
誰もがよろめくように目を守る様に腕で覆っている中、俺は謎が解けたかのように納得していた。この兄妹のオーラが酷似していたのかも含めて。
それは入学式の頃から抱いていた疑問だった。あの時は兄妹で何かしらの封印、もしくは誓約を掛けているんだと予想していたが、それは見事的中した。
莫大な
「お兄様、ご存分に」
「
俺がそんな事を考えてる事に誰も気付いていない中、万感を込めた妹の眼差しに見送られた兄は、戦場となった横浜の街へ出陣した。