4/14 睡眠魔法は問題があると、読者の方から指摘されましたので、内容を変更する事にしました。
「あの、一体何が遭ったんですか?」
「出来れば説明してもらいたいんだが……」
ヘリに入って脱出をしている最中、機内は何故か沈黙に包まれていた。
俺と摩利は最後に回収された為、口を開くのが憚られる雰囲気が漂っているのか全く分からない。
原因を作っているのは何となく分かっていた。何故か困惑気味な表情となってる五十里と桐原の他、まるで能面みたいに表情が硬くなってる司波妹だ。特に後者が一番の原因であると俺と摩利は察している。
空気を読めない発言だとは重々承知していながら尋ねてくる俺達に、真由美が漸く口を開いた。
「二人を拾う前、トラブルが起きたのよ」
そう言って真由美は、その時の状況を話してくれた。
司波一行(妹、エリカ、レオ、幹比古、柴田)を問題無く拾った後、二年一行(壬生、桐原、五十里、千代田)を回収しようとするも、そこで敵の不意打ちを受けてしまったようだ。桐原は銃弾によって右脚が太腿の下から千切れ飛び、五十里は榴弾の破片が背中に突き刺さって致命傷を負ったと。
それを聞いた俺と摩利は驚愕して二人を見るも、無傷である事に違和感を抱く。真由美の言ってる事が本当であれば、桐原と五十里は何故ああも無傷でいるのかが全く分からない。
だが、この話にはまだ続きがあった。
司波妹が冷凍魔法によって敵を凍らせ、彼女は司波兄と思われる黒尽くめの兵士を呼びつけた。そしてソイツは銀色のCADを五十里、桐原に向けて引き金を引いた。その瞬間、奇跡と言わんばかりの現象が起きて、二人は無傷の身体に戻って今に至っている。
致命傷を負った五十里と、右脚が千切れた桐原を司波兄が一瞬で治した事に、俺と摩利は信じられないと言わんばかりに驚愕するばかりだった。だが、二人の無傷な状態を見て納得せざるを得ない。
それとは別に俺……ではなく、
自分の知る限り、この世界の魔法は医療にも発達してると言え、そこまで万能なモノではない。あくまで傷の治療スピードが上がった程度だ。にも拘らず、司波はそれを覆す事を仕出かした。普通に考えれば医療魔法の常識を崩壊させているも同然の行為なのだから。
「……念の為にお聞きしますが、お二人は今も身体に異常は無いんですよね?」
「一応な。でも正直言って、俺自身まだ信じられないんだ。いっそ、全部幻覚だった、って言われた方がまだ納得出来るぐらいだ」
「でも桐原君、これは幻覚じゃない。紛れもない事実だ」
俺の問いに桐原が答えるも、五十里は改めて深刻な事実を突きつけられたのように受け止めていた。
確認の意味も含めて
「聞いたあたしにはいまいち実感は湧かないが……司波、達也くんが二人に使ったのは治癒魔法なのか?」
真由美から一通りの話を聞いた摩利は俄かに信じ難い内容でありながらも、真相を知っているであろう司波妹に問い掛けた。
彼女は未だに硬質な表情でありながらも答えようとする。
「お兄様が使った魔法は治癒魔法ではありません」
ですがその前に、と言って司波妹は俺の方へと視線を向けた。
「兵藤君。お兄様には後ほど話しておきますから、今この場で約束して頂けますか?」
何の約束だと問い返さなくても分かっていた。今から話す魔法については他言無用にしろ、と暗に言ってるのだ。
真由美達ではなく俺だけに言ってるのは、彼女もアイツと同様に俺を警戒しているからである。そんな相手に情報を教えるのは司波妹としては不本意の筈。
敢えてソレをやろうとするのは、司波妹は俺に対して一定の信用があると言う事になる。以前頼まれた司波兄の寝顔写真によって。アレを受け取った時の彼女は大変ご満悦であったから、それなりに信用出来る相手と認識した……と思われる。
「分かった。他言はしないでおくよ」
周囲に吹聴する気など最初から無い。俺や
因みにその後、他のメンバーも同様に誓約の言葉を返した。
前置きを終えると、司波妹は端整な姿勢で静かに語り始める。
「魔法の固有名称は『再成』。損傷を受ける前のエイドスを最大で二十四時間遡ってフルコピーし、それを魔法式として現在のエイドスに上書きする事で、損傷を受ける前の状態に復元します」
復元、ねぇ。それを聞けば確かに治癒魔法と呼べない。対象の時間を回帰させる魔法と言っても良いだろう。
その内容に真由美達は息を呑んだ。様々な表現方法であるが、表れている感情は同じだった。
「じゃあ達也は、どんな傷でも一度で治してしまう、ということですか?」
「一度で、ではありませんよ、吉田君」
幹比古からの問いに、司波妹は笑って否定する。
「一瞬で、です。それに対象は生物に限りません。人体だろうと機械だろうと、お兄様は一瞬で復元してしまう事が可能です」
あらゆる存在を全て一瞬で復元出来る、か。嘗て
「この特別な魔法の所為で、お兄様は他の魔法を自由に使う事が出来ません。魔法演算領域をこの神の如き魔法に占有されている為に、他の魔法を使う余裕が無いのです」
神の如き、か。
「……それで達也くんは、あんなにアンバランスなのね」
「ああ……それほど高度な魔法が待機していては、他の魔法が阻害されても確かに不思議は無い」
真由美と摩利は謎が解けたかのように納得の表情となるも、俺はまだ腑に落ちなかった。司波妹は全てを語ってるようには思えないから。
今の内に
普段から俺を密かに調べてる司波兄には辟易してるが、だからって司波妹から秘密を探ろうとすれば、やってる事がアイツと全く同じになってしまう。そんなのは遠慮したい上に、
「でもそれって凄いじゃない。二十四時間以内に受けた傷なら、どんな重傷でもなかった事になるんでしょう?」
すると、千代田が沈んだ空気を吹き飛ばすように突然そう言った。
「そうだね。その需要は計り知れない。何千、何万という人の命を救う事が出来る」
「そうよ! それに比べたら、他の魔法が使えないなんて些細なことだわ。こんな凄い力を何故秘密にしてるの?」
「五十里先輩、千代田委員長、その発言は軽率にも程がありますよ」
俺が窘めるように言った事で、二人だけでなく、他のメンバーも意外そうな反応をした。
「け、軽率って何よ、兵藤君!? あたしは――」
「直接見てなかった俺が言う台詞じゃありませんが、司波さんの話を聞く限り、その魔法には当然何らかの重い代償がある筈です。簡単に使える訳がない」
人間に転生した
「兵藤君の仰る通り、あの魔法は相応の代償を負う事になります」
「エイドスの変更履歴を遡ってフルコピーする為には、記録された情報を全て読み取っていく必要があります」
情報を読み取っていく必要があるだと? それはつまり――。
「そこには当然、負傷した者が味わった苦痛も含まれます」
冷静で事務的に言う司波妹の台詞に、誰もが言葉を失っていた。
「しかもそれが、一瞬に凝縮されてやって来ます。例えば……今回、五十里先輩が負傷されてからお兄様が魔法を使われるまで、およそ三十秒の時間が経過していました。それに対して、お兄様がエイドスの変更履歴を読みだすのに掛けられた時間は凡そゼロコンマ二秒。この刹那の時間に、お兄様の精神は五十里先輩が味わわれた苦痛を百五十倍に凝縮して体験しているのです」
「百五十倍……」
五十里は手を強く握りしめながら呻き声を漏らした。普通に考えて、人間がそんな苦痛を体験すれば正気を保つ事など出来ないだろう。死に至る程の激痛を
「お兄様は他人の傷を治すたびに、そのような代償を支払っているのです」
「だそうですよ」
俺が振り返りながら言うと、五十里と千代田はもう完全に何も言えず目を逸らしていた。
二人は改めて理解してるだろう。自分達がどれだけ軽率な発言をしたのかを。
だが、それとは別に気になる事がある。
「なぁ司波さん。アイツはそれを理解しながらも、何度も使い続けているのか?」
「ええ。そして今も恐らく、戦闘で負傷された兵士達にも使っていると思われます」
俺の問いに司波妹は何の疑問もなくアッサリ答えてくれた。その返答に真由美達は沈黙状態となる。自分達では想像出来ない苦痛を味わい続けていると思いながら。
過去に何度も使ってる、か。そう考えれば司波の精神は既に崩壊してもおかしくない筈だ。にも拘らず、アイツは今も無感情に近い状態で生活を送っている。その時点で既におかしい。
司波兄は妹の事になると感情的になるが、それ以外の事は全く関心がないと言うほどに反応が薄い。俺の事に対しては例外であるが。
もしかすれば、アイツが『再成』と言う魔法を使い続ける事が出来るのは、何かしらの理由があるかもしれない。感情を欠落する為の措置を施されなければ、あそこまで無感情にはならない筈だ。尤も、それは俺の推測に過ぎないから何とも言えない。
まぁどちらにしろ、司波には大きな秘密が隠されて――ん? このオーラは確か……。
「あっ!?」
俺が憶えのあるオーラを感知したと同時に、柴田が突然声を発した。
「美月、どうしたの?」
彼女の声に反応した司波妹が柔らかな口調で真っ先に訊ねた。
「えっと、魔法協会があるベイヒルズタワー辺りで、野獣のようなオーラが見えた気がして……」
「ああ、いるな。真由美さん、摩利さん、あそこに見覚えのある奴がいますよ」
柴田の言ってる事が正しいと証明する為、俺が二人に窓の先を指す。そこにはゲリラ兵を連れた呂剛虎が、タワーの出入り口付近で警備の魔法師達と交戦している。見てるだけで、明らかに
もうついでに、呂剛虎は前に会った時と違って白い甲冑を身に纏っている。見るから察するに、アレが奴本来の装備なのだろう。
奴の戦闘力を
賊の侵入に誰一人気付いている素振りすら見せていない。あそこまで堂々と侵入されても全く気付いてないって事は……魔法か。
何の魔法かは知らないが、俺の見る限りだと、術者を気付かせない為の認識を阻害する精神干渉系魔法を使っていると見ていいだろう。以前の九校戦で九島烈が懇親会の他、俺に直接会う為に使っていたのと少しばかり似てる。
「あいつは!?」
俺と同じく窓から見た摩利が対象を見た途端、愕然とした声を上げる。
「あの時の人だね……呂剛虎。逃げられちゃったんだ」
真由美は魔法によって視たのか、対象の名前を言い当てていた。
そう言えばレイとディーネを通じて、藤林が風間との通信で呂剛虎に逃げられた話をしていたな。避難やら防衛やらあって、チョッとばかり忘れていた。
もうついでに、(直接見た)摩利と(魔法で視た)真由美は賊が魔法協会支部に侵入してる事に気付いていない様子だ。
「呂剛虎……」
「エリカ、知ってんのか?」
レオに訊ねられたエリカは、興奮する様に頷いた。
「強敵よ」
「へぇ」
目を輝かせているエリカとレオを見て俺はすぐに分かった。呂剛虎と戦いたがってると確信できる程に。
だが生憎、この二人では呂剛虎に挑んでも返り討ちにされるだろう。特殊鑑別所で直に見た俺は、奴の実力を把握してるから。
それよりも、あの状況を見る限りでは明らかに不味い。あと数分もしない内に制圧されてしまうだろう。
さてどうするか。周囲の雰囲気を見る限り、明らかに戦闘に介入する気満々だ。エリカとレオだけでなく、司波妹もCADを持っており、冷凍魔法を使う気でいる。
相手が相手だから、安全策も兼ねて俺一人で済ませたい。けれどそうしたところで真由美達から反対されるのが目に見えてる。加えて俺は先程の防衛戦で無理を押し通したから、これ以上の勝手は許されないだろう。
俺がそう考えている中、此方の配置が決まりつつあった。桐原と壬生は支部のフロアを守る司波妹の他に柴田の護衛、五十里と千代田と幹比古は呂剛虎以外の敵兵を抑える事になった。
「摩利」
「ああ。あの男は、あたし達で倒す。リューセーくん、エリカ、西城、お前達にも手伝ってもらうぞ」
「言われなくても」
最後に真由美、摩利、俺、エリカ、レオの五人で戦う事となった。
挑戦的に答えるエリカに対し、レオは何も言わずとも笑みを浮かべて力強く頷いている。
よし、此処で言おう。
「チョッと待って下さい。魔法協会支部に侵入してる賊は後回しにするんですか?」
『!?』
俺が意見を出した瞬間、真由美達は驚愕の表情となった。
「賊ってどう言うことなの、リューセーくん」
「え? 真由美さんと摩利さんには見えなかったんですか? 賊が別の経路からベイヒルズタワーに入るところを」
「何だと!?」
答えを提示してみると、驚きの声を上げる摩利と真由美の反応を見て、本当に気付いていなかったようだ。やはり精神系干渉魔法によって認識を阻害されているのは間違いないか。
「お二人が何故か
「意識を向けて? ……っ!」
真由美は俺の言った台詞の一部を鸚鵡返しをした数秒後、気付いたようにハッとした。
「摩利、予定変更よ。私達は魔法協会支部へ行くわ」
「な、何故だ?」
察しの良い真由美に対し、摩利は未だに分からず困惑気味だった。確かに突然変更すると言われたら、彼女がそうなるのは無理もない。
「忘れたの? 敵の狙いは魔法協会支部にあるメインデータバンク。呂剛虎があそこまで派手に戦ってるのは――」
「ッ。そうか、奴は他の魔法師達を惹きつける為の囮か!」
漸く理解した摩利は、敵側の真の目的に気付いた。聞いていたエリカ達も同様に。
真由美の言う通り、侵攻してきた敵――大亜連合の目的が魔法協会支部にあるメインデータバンクなら、それを手に入れようとする部隊がいる筈。
今回は特殊工作部隊に所属してる呂剛虎が正面から戦っている。敵が正面から侵入すると認識した瞬間、大抵の魔法師達は止めようと最優先するだろう。それが囮である事に気付かないまま。
奴ほど格好の囮はいないだろう。世界から『人食い虎』と呼ばれる凶暴な魔法師であれば猶更に。
「だが真由美、呂剛虎の方もどうにかしないと不味いぞ。あのままでは……」
「それは分かってるけど……!」
呂剛虎を止めたいと言う摩利の意見に、真由美は分かっていながらも賊の捕縛を優先したがっていた。
二人の言い分も分かる。どちらも優先しなければいけない事なのだ。
俺がチラッと外を見てみると、今も防衛側の守備を次々と突破していく呂剛虎達の姿がある。
敵の狙いが判明したとは言え、呂剛虎を放置していたら、ベイヒルズタワーが占拠されてしまうのは時間の問題だ。確かに奴が囮であるとは言っても、無視できる存在じゃない。
だが侵入した賊を捕縛しなければならない。そうしなければ魔法協会支部にあるデータを盗まれてしまうから。
呂剛虎の阻止、侵入した賊の捕縛。同時に並行しなければならない重要な案件である。
となれば――
「ならばいっその事、思い切って分担しましょう。」
俺が分担案を出すしかなかった。呂剛虎の足止め、侵入した賊の捕縛。という分担案を。
「それはダメよリューセーくん!」
「分担など危険過ぎる!」
「そんなの今更ですよ。ついさっきまで俺達はヘリが来るまで間、防衛戦をやろうと分担してたんですから」
「「………」」
真由美と摩利が危険だと難色を示すも、俺が先程までやっていた戦闘を持ち出した途端、二人はぐうの音も出なくなってしまった。
俺が提示した分担案を受け入れるしかない二人は渋々と了承する事となり、呂剛虎と戦闘する予定だった五人の配置が決まった。
賊の捕縛組……真由美、エリカ、レオ。
呂剛虎の足止め組……摩利、俺。
各組のリーダーは提示した真由美と摩利である為、残りの俺達は別々に分担される事となる。
以上の分担組を提示するも、誰かが即行で変更の異議を唱えた。
「チョッと、あたしは捕縛なんかより足止め役が良いんだけど」
「俺もだ。こればかりは譲れないぜ。リューセー、代わってくれないか?」
それは当然、エリカとレオだ。二人揃って呂剛虎の相手をしたいと言う理由で、俺に向かって役割を変えろと言っているのだ。
「却下だ。お前達の事だから、どうせ摩利さんの言う事を一切聞かないで、勝手に突っ走る気満々だろう?」
「「うっ……」」
図星だったのか、エリカとレオは俺の指摘に何も言い返さなかった。
この二人はチョッとした前科がある。論文コンペ前から千代田達の忠告を無視するどころか、神経を逆撫でするように引っ掻き回す行動をしていた。
加えてエリカはとある理由で先輩である摩利に対して反抗的である為、彼女の指示通りに動く気など無いと容易に想像出来る。レオもソレに乗っかって勝手な行動をするだろう。
俺の言い分の他、二人の反応を見た真由美と摩利はチョッとばかり呆れた感じで嘆息している。
「それじゃあ、千葉さんと西城くんは私と一緒に来てもらうわね」
「お前達、真由美の指示にちゃんと従うんだぞ」
苦笑しながらも念を押すように言ってくる真由美と摩利に、二人は最早従うしかなかった。
エリカの性格を考えると、この件が片付いた後、俺に色々文句を言ってくるだろうが、そこは聞き流す事にしておく。余りにもしつこかった場合、俺が千葉道場へ行ってエリカに圧倒的敗北を教えて……いや、それは短絡的だから止めておこう。下手をすれば千葉家にも目を付けられ、後々面倒な事になってしまいそうだ。
とにかく配置が決まった事により、俺達は行動を開始しようとする。
と、その前に――
「司波さん、チョッと良いかな」
「何ですか?」
真由美から魔法協会支部のフロアを守る役目を与えられた司波妹を呼び止める。
「出来れば柴田も連れて行ってくれ」
「美月を、ですか?」
疑問を抱く司波妹に助言すると、取り敢えずと言った感じで柴田を連れて行く事となった。
取り敢えず賊が侵入に成功した場合の対策も備えておいたから、俺は摩利と一緒に呂剛虎がいる戦場へ向かう。
次回は隆誠と呂剛虎のバトルになります。
防衛戦ではアッサリ終わったから、今度は細かく書いてみようと思います。
4/14 睡眠魔法の内容を削除して、分担する内容に変更しました。