「侵入した賊は氷漬けにして捕縛、か。お気の毒に」
「敵に情けなど不要ですので」
呂剛虎を倒した後、司波妹から賊を捕えたと言う結果報告を聞いていた。
ソイツは『
振り回されていた三人を余所に、賊が魔法協会支部へ辿り着いて中に侵入するも、待ち構えていた司波妹によって捕縛となった。
彼女は最初は魔法で誘導されていたが、柴田の眼によるアシストのお陰で、賊が侵入する道を先回り出来たようだ。
「兵藤君が美月を連れて行くよう助言してくれなければ、わたしも危うく七草先輩達と同じ目に遭う所でした。ありがとうございます」
「どう致しまして」
「チョッと待ちなさい、隆誠君!」
礼を述べる司波妹に俺が言い返した直後、エリカが突然割って入って来た。
「美月がいれば捕まえられるなら、何であたし達に教えなかったの!?」
「そうだぜ、リューセー。俺達のグループに柴田さんを加えてくれたら、簡単に捕まえられたじゃねぇか」
エリカの抗議にレオも乗っかって苦言を呈してきた。
因みに二人の台詞を聞いた真由美は口に出さなくても、俺に対して物凄く恨めしげな視線を送っているが無視させてもらう。
「仕方ないだろう。向こうが誘導させる魔法を使っていたなんて知らなかったんだ」
言っておくが嘘じゃない。侵入した賊が魔法を使っていたのは見抜いても、その詳細内容までは一切分からなかった。
ヘリで見た時、意識を逸らすだけの魔法と推測していた。だから真由美達なら問題無く
「加えて柴田は非戦闘員だ。捕縛も戦闘の内に入るから、参加させる訳にはいかないだろう?」
「それは……」
「まぁ、確かに……」
万が一に賊がエリカ達に不意打ちを仕掛ければ、真っ先に被害を被るのは柴田となる。迎撃や防御に関する魔法を使えない彼女であれば猶更に、な。
エリカとレオも理解したようで、さっきまでの勢いが無くなって反論出来なくなっていた。聞いている真由美も含めて。
これ以上の反論は出来ないと思ったのか、エリカが途端に話題を変えようとする。
「ところでさぁ、呂剛虎はどうなったの? 隆誠君とあの女の無事な姿を見れば勿論勝ったんだろうけど」
「お察しの通りだ。奴はもう既に警備の魔法師達に連行されてるよ」
俺によって身体の骨がバラバラなってるから、例え起き上がった所で抵抗すら出来ない状態になっている。
「移動してる最中に凄ぇ音してたけど、お前と渡辺先輩は一体どんな戦いをしてたんだ?」
「いや、俺一人で戦ってた」
「……はぁ?」
質問に答えると、レオが素っ頓狂な声を出した。
聞いていたエリカも訝しげに訊いてくる。
「呂剛虎は君とあの女で戦ったんじゃなかったの?」
「理由は今も分からないが、呂剛虎が戦う筈の摩利さんを無視して、何故かいきなり俺に狙いを定めてきたんだよ。だから俺一人だけで戦わざるを得なくてな」
問題無いように答える事で、エリカとレオだけでなく、司波妹や柴田、そして壬生と桐原もキョトンとなっていた。
「チョ、チョッと待って、リューセーくん」
まるで聞き捨てならない内容だと言わんばかりに、先程まで会話を聞いてるだけだった真由美が俺の方へ近づいてくる。
「それって本当なの? 貴方一人だけで呂剛虎と戦ったのって」
「信じられないのでしたら、あそこにいる摩利さん達に聞いて下さい」
尤も、彼女は俺が呂剛虎を倒した時から呆然としたまま固まってて、今も上の空同然の状態だ。まるで現実逃避してるかのように。
もうついでに、摩利の他にも戦いを見ていたメンバーもいた。呂剛虎以外の敵兵を対処していた幹比古と五十里と千代田が。あの三人も何故か分からんが摩利と一緒に呆然としていたんだよなぁ。
俺一人だけで呂剛虎を倒したのは予想外なのは分かるが、何もあそこまで極端な反応をしなくても良いだろうに。
真由美達に状況を説明している中、俺は別の事を考えていた。向こうへ行った
☆
場所は国防軍と大亜連合が交戦してる港付近。
現在、真由美達がいる横浜ベイヒルズタワーには、アリバイ工作用として分身拳を使った俺がいる。言うまでもないが、本体の俺は変装済みだ。駒王学園の制服を身に纏い、『白般若』の面を被っている。
そして本体の俺は港付近へ来て早々、敵兵を数人捕えた。大亜連合が横浜へ侵攻してきた目的を探る為に。勿論、周囲の目が入らない場所に隠れてやっている。
あの戦争は日本が勝利して終結した筈なのだが、どうやら大亜連合からしたら未だ継続中のようだ。『講和条約や休戦協定を結ばれていないから』と言うこじ付けで、今回横浜へ侵攻したらしい。
これを知った俺、と言うより
当然呆れるだけでなく、憤りも抱いている。横浜に住む多くの民間人達が巻き込まれた。正直言って非常に許しがたい。
これまでとは違って、今回の侵攻では死傷者が多数出ている。無辜な
――ご主人様、アレを見てなの!」
情報を抜き取った敵兵を国防軍に連行されるよう、道端に放り捨てて移動してると、一緒に付いてきたレイが指しながら言ってきた。
その方向へ向けると、港に停留してる艦体が離岸していく。
ついさっき敵兵から記憶を読み取った際、アレは揚陸艦に偽装した大亜連合の戦闘艦だ。そして今回この横浜を侵攻した元凶でもある。
どういう事だ? 各場所で多くの部隊が未だ戦闘中だと言うのに、収容もせずに離岸するのはおかしい。敵兵の記憶でも、そんな予定はまだ早い筈だ。
何だかまるで敗走のように……ああ、成程。あの戦闘艦に乗ってる指揮官は、もう完全に分が悪いと判断して撤退を決断したのか。今も必死に戦っている味方を見捨ててまで。
あの指揮官の判断は決して間違ってはいない。寧ろ英断と言っても良いだろう。俺もほんの僅かだが周囲の戦況を確認した際、既に大亜連合側が劣勢に陥っていたのだから。
とは言え、
こればかりは、
軍人でも政治家でもない自分がやるべき事じゃないのは重々承知してる。余りこんな事は言いたくないが、今回の要因は日本側にもある。大亜連合に講和条約や休戦協定も結ぶのを怠った事で、奴等は横浜を侵攻する事になったのだ。他国からの視点だと、日本は詰めが甘いと思われざるを得ない。
そんな情けない姿を晒した日本に、少しばかり手助けしてやろう。向こうからすれば完全に余計なお世話だが、それに何より……今の
(それにしても、国防軍は随分変わった戦闘服を使ってるな)
戦闘艦の内部に侵入する為の転移術を発動させてる中、俺は夕焼けとなってる空を見上げた。視線の先には所々に国防軍の部隊と思わしき一団がいる。
身体には黒いライダースーツと思わしき物を纏ってる他、頭には少し変わったフルフェイスのヘルメットを被っている。端から見れば、まるで何処かの戦隊ヒーローみたいな格好だ。
あの部隊にいる内の一人は俺がよ~く知っている奴がいる。それは当然――司波達也だ。あの部隊は全員戦闘服を身に纏って誰が誰だか分からないが、
因みに向こうは俺の姿を誰一人捉えていない。あの部隊の数名が俺の姿が視界に入っていたにも拘わらず、何事も無かったかのように素通りしている。それは当然、俺の周囲には
もしかすれば妙な眼を使う司波なら万が一気付くかもしれないが、生憎そんな様子は全く見受けられなかった。戦闘に集中してて認識出来てない、もしくはアイツの眼でも
☆
敵艦が敗走同然の出港をするも、独立魔装大隊は隊長である風間からの命令で一旦帰投していた。
「!?」
「特尉、いきなりどうした」
「すいません、柳大尉。あそこで誰かが自分を見ていたような気がしまして」
「何? ………誰もいないじゃないか」
飛行魔法を使って移動本部へ帰投してる最中、達也は何らかの気配と視線を感じたが、柳の言う通り誰もいなかった。
(いや、確かにいた。俺の眼でも視えない誰かが、あそこに……)
柳はいないと言われても、そこに絶対誰かいたと確信している達也。
国際会議場の控え室で、大型トラックが突入してくるのが分かったのは、師である八雲に鍛えられた直感によってだった。今回もそれが働くも、対象が全く見当たらない。
それでも、達也は払拭出来ずに周囲を警戒していた。改めて全方位を視る為に『
(まさか……いや、流石にそれはないか)
自分を見ていた人物を思わず推測するも、無理があり過ぎると思ってすぐに切り捨てた。今も深雪達の傍にいる筈の男――兵藤隆誠がいる訳が無いと。
達也は隆誠を最大級警戒人物として警戒しているが、非常に高い実力に関してだけは認めている。深雪を守って欲しい為に頼み込むしかないと言う苦渋の決断を下して。隆誠からすれば内心『いくらなんでも大袈裟だろう』と非常に呆れていたが。
この時の達也は失念していたが、後ほど思い出す事になる。隆誠とは別に、過去に二度も自分の行動を妨げた人物――『白般若』の存在を。
☆
「艦長、日本軍の敵艦が……!」
「問題無い。そのまま気にせず進めろ。奴らはあくまで威嚇してるだけだ。攻撃はしない。寧ろ、そんな度胸があるものか」
「それはつまり、日本軍がヒドラジンの流出を恐れているからですか?」
「そう言うことだ。どちらにしろ、今更環境保護などという偽善に囚われているから、みすみす敵の撤退を許すことになる。覚えておれよ、この屈辱は倍にして返してやる……!」
「自分達は攻撃されないと高を括っているから、みすみす敵の侵入を許すことになるんだよ、おバカさん」
転移術による侵入をして早々、艦内に安堵感が漂わせていたので、俺は思わず皮肉を言い返してしまった。日本語でなく大亜連合側の言語で、な。
艦内に俺の台詞が耳に入った途端、先程までとは打って変わり、一気に緊迫した雰囲気に変貌する。
「誰だ貴様! 一体どうやって入って来た!?」
侵攻軍の総指揮官と思われる大亜連合の軍人が、俺を見ながらそう叫んだ。
「そんな事は如何でも良いだろう。貴様等を牢獄へぶちこむ為、これから日本へ逆戻りするんだからな」
「ッ! 何をしている!? 早く侵入者を始末しろ!」
俺を日本軍の敵兵だと思ったのか、総指揮官が周囲の部下達に向かって命じた。
ソイツ等はCADや銃器を俺に向けて始末しようとするが、俺が右手を軽く上げた途端にパチンッと指を鳴らした瞬間、一斉にバタンバタンと倒れていく。
「なっ!?」
「安心しろ。チョッと眠らせただけだ。尤も、簡単には起きれないがな」
今使ったのは
これは嘗て、
その気になれば一生目覚める事が出来ない状態にする事も可能だが、この後には日本の牢獄生活を堪能してもらう為、敢えて数時間程度で抑えている。それまで絶対に目覚める事は出来ないが、な。
「一瞬で全員眠らせただと!? そんなバカげた魔法は……っ! ま、まさか貴様、あの忌々しい
信じられないと驚愕してる総指揮官だったが、途端に俺を恐れるような表情となった。
四葉って確か、十師族の中でも悪名高く『
あんな非道な一族と一緒にされるとは心外である。俺は極普通の一般家庭で生まれた(自称)一般人なのだから。
もし仮に四葉家が何かしらの目的で俺や家族を捕えようとするなら、
まぁ、そんなの俺には如何でも良い事だ。
「俺の事なんかより、自分の身の心配をしたらどうだ?」
「!」
ポキポキと指の骨を鳴らしながら、ゆっくりと総指揮官に近付いていく。
向こうも自分が窮地に追い込まれている事を漸く理解したのか、慌てながらボタンを押した瞬間、艦内全域に広がるブザー音が鳴り響く。恐らく別の部屋に待機させてる兵達を此処へ呼び寄せる為の警報だろう。
「言っておくが、艦内にいる他の兵士達を呼んでも無駄だぞ。今頃は俺の仲間によって一人残らず眠らされているからな」
「何だと!?」
仲間と言ったが、それは
あの子達には『俺の邪魔が入らない為に、チョッとやそっとじゃ起きないように敵を眠らせておけ』と命じていた。それを受けたレイとディーネは凄く張り切った表情となり、此処へ来て早々、この指令室を除く艦内全体に強力な催眠魔法が発動していた。精霊であるあの子達の魔法力は、並の古式魔法師なんかと比べ物にならないから、今頃は即座にスヤスヤと眠ってるだろう。
「さ~て、総指揮官と思われる貴様には落とし前を付けさせてもらうぞ。殺したりしないから安心しろ。まぁその代わり、日本へ戻るまでの間、死んだほうがマシと思われる激痛を味わってもらうからな♪」
「ヒィッ!」
今回の侵攻で横浜にいる多くの日本国民に死傷者が出た。その命令を下した総指揮官は俺が始末したいどころだが、軍に連行させて、大亜連合に関する情報を吐かせる役目がある。それ故に殺す事は出来なかった。
出来れば九島に依頼したいところだが、それは流石に不味い為、今も頑張ってる軍に引き渡す予定だ。そこには司波が所属してる独立魔装大隊もいるから問題無い。
「ま、待て! わ、私をこの場で捕えても無駄になるだけ――」
「その台詞の続きは牢獄の中でやるんだ、な!」
「ブゴッ!」
逃亡を図ろうとする総指揮官に一瞬で接近した俺は、(加減しながらも)強烈な顔面パンチを繰り出す事にした。その後には拳のラッシュを繰り出し、ボロ雑巾同然の姿となる総指揮官であったとさ。
☆
場所は変わってベイヒルズタワーの屋上。そこには独立魔装大隊の風間少佐、真田大尉、藤林少尉、そして今もムーバル・スーツを身に纏ってる達也がいる。
敵残存兵力の掃討を別の部隊に任せている彼等は、敗走した敵艦を撃沈する為に来ている。こんな場所でやるには当然理由があった。
「大黒特尉。マテリアル・バーストを以て、敵艦を――」
「少佐、待って下さい!」
風間が達也をコードネームで呼びながら命令を下してる最中、藤林が突如慌てるように言ってきた。
「どうした、藤林」
「何かあったのかい?」
彼女の慌てように風間だけでなく、先程CAD『サード・アイ』の封印を解除した真田が怪訝な表情となって訊ねた。達也はフルフェイスのヘルメットで顔は見えないが、藤林の方へ視線を向けている。
「て、敵艦が急に進路を変更後、再び横浜へ戻ろうとしています!」
「何だと!?」
予想外の情報が耳に入った事により、驚きの声を上げた風間は勿論の事、真田と達也からも同様の反応を示す。
当然これは彼等だけでなく、敵艦を追っている日本軍の艦体にいる指揮官達も疑問を抱いている。敗走してる筈の大亜連合が何故戻っているのかと理解不能だった。
風間は当初、達也の戦略級魔法――『マテリアル・バースト』で敵艦を撃沈させる予定だった。しかし、向こうが突如逆走している為、中止するしかない。今は藤林を通じて情報を得るしかなかった。
(この状況、どこかで……ッ!)
達也は思い出した。
夏の九校戦終了後、横浜にいる
(まさか、今あそこには……!)
そして達也は推測した。大亜連合の敵艦がああやって逆走してるのは、今まで全く足取りが掴めなかった存在――『白般若』がいるのではないかと。
確証は無いが、可能性は非常に高い。すぐに『
そう考えた達也は一刻も早く調べようと風間に進言する。
「風間少佐」
「どうした、特尉」
「今のところ断言出来ませんが、もしかすればあの敵艦は――」
達也が珍しく早口でありながらも、自身の推測を述べ、大亜連合の敵艦を調べてみようと申し出た。
原作で大亜連合の敵艦は達也のマテリアル・バーストで撃沈しますが、この作品では隆誠によってUターンとなりました。