あれから数日経ったが、レオは未だに退院していない。普通の人間ならとっくに意識不明になってもおかしくない状態だから、それは当然と言えよう。
因みに司波一行が放課後に予定通りレオの見舞い後、チョッとした動きを見せていた。と言っても、主に動いていたのはエリカと幹比古だ。
あれは俺が夜中に単独行動をしてる時だ。(視覚阻害用の結界+飛翔術を使って)空から吸血鬼と思われる覆面女を捜してる最中、渋谷付近を歩いているエリカと幹比古を偶然見付けた。向こうは空にいる俺には当然気付いておらず、まるで何かを捜すように渋谷周辺を歩き回っていた。
気になった俺は少々申し訳ないと思いつつも、
エリカが報復する理由は、レオの敵討ちをする為だった。どうやらレオは千葉家の道場に通って修行した門人で、エリカが直々に技を手解きした最初の弟子のようだ。その弟子がやられてしまった為、師匠として黙っていられなくなって犯人である吸血鬼に報復をしようと動き出したと言うのが内情の様だ。弟子思いなのか友達思いなのかは分からないが、相当怒りのゲージが溜まっていた。
その事を知った俺は、今回の件とは別にチョッとばかり不味いと危惧する。レオが修哉と手合わせして未だに負け続けてる事は知らないみたいだが、それを知れば確実に面倒な事が起きるだろう。彼女の事だから、俺に有無を言わせない程の剣幕で勝負するよう言ってくるに違いない。改めてバレないよう気を付けておかなければならない。
次に幹比古だが、行動してる理由はエリカと一緒でも、半強制的に同行させられてるようだ。こればかりは俺としても流石に少々気の毒だと思った程である。
しかし、それとは別に大変興味深い情報を得る事が出来た。現在捜している吸血鬼の正体は、『パラサイト』と呼ばれる妖魔や悪霊の一種らしい。人間に寄生して人間以外の存在に作り替える魔性のモノであり、人間の幽体である精気を吸い取るようだ。
未だ確証を得ていないとは言え、今回の吸血鬼がそのパラサイトであるとするなら、不謹慎ながらも少しばかり安心した。今回の事件に、
同時に、レイとディーネがパラサイトを嫌悪する存在である事も理解した。自然を豊かにする精霊が、人間に寄生する悪霊と同じ扱いをされたらあの子達が怒るのは当然である。我ながら本当に失礼な問いをしてしまった事に、改めて反省する程だった。
十師族の真由美と十文字だけでなく、エリカと幹比古も別で動いていると分かった俺は、暫く様子を見る事に決めた。下手に俺が動いて万が一に遭遇した事を考えたら、確実に面倒な事になる。そう思えるほど、色々と厄介なメンバーが揃っているので。
かと言って、何もせず結果を待ってる訳にもいかないから、レイとディーネに俺の自宅から渋谷辺りにパラサイトの存在を探知するよう命じておいた。本当なら渋谷へ行かせて調べさせるべきなんだが、パラサイトがレイ達の存在を感知すれば何をするか分からない為、敢えて渋谷から離れてる安全な自宅でやらせている。
そして数日経った今も、パラサイトを発見出来ていなかった。それは当然、直接渋谷へ足を運んで捜しているエリカ達も含めて。
☆
昼休み。今日の昼食は持参した弁当で食べる予定であった為、修哉達と教室で談笑しながら済ませた。
その後に俺が一人行動してる際、隣の1-Eの教室でいつも司波達と一緒に学食へ行ってる筈のエリカが自分の机に突っ伏してるのを目撃した。この数日の間、深夜に渋谷を歩き回ってるから睡眠不足が原因である事は知っている。それは当然、幹比古にも該当しているが、教室にいなかったのを考えると恐らく保健室で休んでいるのかもしれない。
今日の司波一行は珍しくバラバラだなぁと思いながら廊下を歩いていると、角を曲がった先に司波兄妹と光井を発見。
(ん?)
司波兄が携帯端末で誰かと話していたから、俺は思わず足を止めて様子を伺う事にした。相手と話すのに集中してるのか、司波兄は俺に気付いた素振りを全く見せていない。
「ああ、ほのかに聞いたんだが、そっちでも吸血鬼が暴れているそうだな。詳しい話を知っていたら教えて欲しかったんだ」
『アメリカではいまのところまだ、都市伝説扱い。少なくとも、メディアでは報道していない』
(ほう……)
司波達との距離が少しあったから、俺は少し集中して向こうの会話に耳を傾けると、中々興味深い内容だった。会話してる相手はアメリカに留学してる北山雫のようだ。
他所の友人達の会話を盗み聞きするのはマナー違反である事は分かってるが、吸血鬼事件に関する情報であれば是非とも聞いておきたい。一般人である俺では細かな情報を集める事が出来ない為、エリカと幹比古と同様、今度は司波から情報を入手させてもらう。
如何でも良いけど、俺が今やってる事って、普段からコソコソ調べてる司波と全く変わらない気がする。チョッとばかり自己嫌悪したくなるが、今回はやむを得ないと言う事にしておく。
その間、司波は北山にレオが吸血鬼に襲われた事を話していた。それを聞いていた彼女は心配そうな声を出していたが、命に別状はないと分かった後に安堵した声になったのが聞こえた。
『そっか。だから達也さんは、
「ああ。だがどうしてもってわけじゃない。分かる範囲で良いんだ」
『でも、アメリカに手掛かりがあると思ってる。違う』
「手掛かりと言うか、正直に言えば、吸血鬼事件の犯人はアメリカから来たと思っている」
ふむふむ、成程。どうやら司波は今回の事件が他国によるものだと推理してるようだ。
それがアメリカでも起きているとなれば、アイツがそう考えるのは当然だろう。しかし、一緒に聞いてる光井と司波妹は初耳みたいだ。
「だから余計に、危険な真似は謹んで欲しいんだ、雫。くれぐれも危ない橋は渡るなよ」
『……うん、無理はしない。だから、期待しないで待ってて』
念を押してる司波だが、北山は何やらやる気を出すような声で言っていた。それが却って不安に感じたのは俺だけでなく、話をしてる司波達も同様だろう。
これ以上の情報は無いと思った俺は聞き耳を立てるのを止めて、廊下の角を曲がる。
司波達が誰かと話しているのを偶然見かけたように装いながら歩くと――
「あ、兵藤くん」
「!」
視界に入った司波妹が俺の名を呟いた瞬間、司波兄がハッとするように此方を振り向く。
「何だよ司波、その反応は?」
「……兵藤、今の聞いていたのか?」
司波は俺の質問に答えないどころか、逆に問い返してきた。
コイツが用心深い性格をしているのは前から知っており、先に答えなければ会話が成り立たない為、敢えて答える事にする。
「ついさっき来た俺が、そっちの会話を聞いてる訳ないだろうが。俺に聞かれたくない会話をしてるんだったら、こんな人がたくさんいる廊下で話すなよ」
「すまなかった。少しばかり神経質になっていた」
チョッとばかり苛立たしげに答える俺に、司波は俺の言葉を信用してすぐに謝罪した。まぁコイツの言う通り、さっきまで盗み聞きしてたのは事実だが。
俺と司波の関係を理解してる光井と司波妹も、このやり取りに苦笑気味だった。
『そこに兵藤さんがいるの? 達也さん、代わって貰えないかな』
すると、電話越しで聞いていた北山がそう言ってきた。
司波は手にしてる携帯端末を此方に渡してきたので、俺はソレを受け取って彼女と対面する。
『久しぶり、兵藤さん』
「やぁ、北山。楽しくやってるみたいだな」
彼女と顔を合わせるのは、去年のクリスマスパーティ以来だった。日数からして約四週間経ってるから、本当に久しぶりである。
表情から察するに、とても活き活きしている。如何にもアメリカで楽しそうに留学しているのが分かった。
『うん。一高の授業と違って、とても新鮮で毎日楽しい』
「それは何よりだ。んで、俺に何か用かい?」
簡素な返答でありながらも、それだけで充分に伝わった俺は本題に入る事にした。
それを聞いて北山は、俺に合わせようと答えようとする。
『兵藤さんがアメリカで有名なのはもう知ってるよね?』
「ああ。こっちの留学生から詳しく聞いたよ」
以前にリーナから、『シューティング・スター』と言う渾名で呼ばれた事は鮮明に憶えている。俺にとっては不名誉極まりない渾名だが。
それは当然、一緒に聞いていた司波達も知っている。俺が複雑な表情となった事に、無表情な司波兄を除き、司波妹と光井は再び苦笑している。
「俺が九校戦で見せた魔法や剣技が、向こうでは相当大人気だったようだな」
『加えて、私が兵藤さんの知り合いと分かった途端、今も色々訊いてくるから凄く大変な目に遭ってる』
「あらら……」
何となく予想していたが、やはりそうなっていたようだ。アメリカにいるハイスクールの生徒達が、一斉に彼女に根掘り葉掘り聞き出そうとする光景が容易に想像出来る程に。
『その中でも、レイが兵藤さんの大ファンになったみたい』
「レイ?」
留学先の生徒の名前だと思われるが、知らない名前である為に鸚鵡返しをしてしまった。
因みに光井も聞いた事無いのか、ピクリと反応していたが気にしないでおく。
『留学先で最初に知り合った男子生徒。色々教えてもらって友達になった』
「ほほう、それはそれは」
思わず何れ恋仲になるんじゃないかと下世話な事を考えてしまうが口に出さない。そんな失礼な質問をすれば、北山の気分を害してしまうだろうから。
『兵藤さんの事を軽く教えたら、凄く不思議がっていたよ。「あんな凄い魔法や剣技を使えて二科生なのは、普通に考えて絶対あり得ない」って』
「あはは……」
入学試験の時の成績が全然ダメだったから、俺が二科生になるのは至極当然だった。
「ちょ、チョッと待って雫! 向こうで男子の友達が出来たなんて、私それ初耳なんだけど!?」
すると、ずっと聞いていた側の光井が突然会話に割って入って来た。
親友の登場に、北山は無表情のまま言い放つ。
『ほのかに教えたら、色々訊いてくると思って敢えて話さなかった』
「そんなぁ~!」
まるで親友に裏切られたみたいな悲痛な叫びをする光井だった。
それとは別に、北山が話してくれたレイと言う留学先の男子生徒が自分に電話してくるなんて、この時の俺は全く想像しなかった。
今回のリューセーは達也達から情報を頂いています。
やってる事がセコイと思われるでしょうがご容赦ください。