「レイとディーネの話によると、この辺りだな……」
夜中に自宅で
渋谷にあるビルの屋上に転移後、すぐに自身の周囲に視覚阻害用の結界を張り、飛翔術を使って目的地へと向かう。
空から移動している為、閉鎖されている施設の敷地内へ簡単に侵入できたので整備されている森林区域に着地した。
周囲に人間の気配は無いが、万が一の事を考えて結界を維持しながら歩いていると――
「姿を現せ。そこにいるのは分かってるぞ」
「!」
姿が見えない筈なのに、背後から聞こえた声に俺は目を見開いた。
後ろを振り向いた先には、如何にも怪しいと思われる人物がいる。
ケープ付きのロングコートと目深に被った帽子。帽子の下は灰色の生地に黒の
見舞いの時にレオから聞いた吸血鬼の特徴は部分的に合っていたが、決定的に違うところがあった。ヤツは女じゃない。俺が見ている対象の大柄な体格の他、声も明らかに男だ。
レオが俺に嘘を教えていないのは勿論分かっている。恐らく目の前の覆面男は仲間かもしれない。
ついでに、レイとディーネが探知した悪霊は吸血鬼と同じ存在であると判明した。吸血鬼の正体はパラサイトと言う悪霊だと幹比古が考えていたから、
視覚阻害用の結界を張ってる俺が見えてるとなれば、この世界で異能も同然である
「もう一度言おう。
今度は俺の特徴の一つである髪の色を当てたどころか、視覚阻害用の結界についても指摘してきた。
やはり見えているなと思いながら、俺は相手に言われた通り結界を解除する。
「漸く素直になったようだな。感謝するよ」
此方が姿を現した事によって気を良くして礼を述べた。その割には随分尊大な態度であるが。
「それで、アンタは俺に一体何の用だ?」
向こうから俺に声を掛けて来たから、それに合わせるよう問う事にした。尤も、俺としては最初から覆面男に用はあったから、態々向こうから来てくれたのは正直ありがたい。
「訊きたい事がある。何故か分からないが、君から我々の
「
覆面男の言う同胞とは、恐らくレイとディーネだ。恐らく覆面男には
やはり幹比古の推測は正しいようだ。見た目が人間でも、中身は全く異なる異質の存在『パラサイト』であると確信出来る。レイとディーネの繋がりを感じ取れるのであれば猶更に。
「悪いけど言ってる意味が分からないな。それに加え、俺にはアンタみたいな怪しい格好をしたナカマなんていないんだが」
相手が普通の人間じゃないと分かっていても、敢えて惚けるように言った。
「私の言ってる事は充分理解していると思うのだが……ならば仕方あるまい」
あたかも気付いてる言い方をしながら、途端に構えようとする覆面男。
「君が
「それはどう言う事だ? 俺はアンタみたいな怪しい格好をする気は無いぞ」
「ふっ。この状況でまだ白を切るか」
再び惚けながら嫌そうに言う俺だが、何となく想像が付いていた。
恐らく覆面男は何らかの手段で、俺の身体に憑依しようとするのだろう。パラサイトと呼ばれる悪霊は人間に寄生するらしいから。
だが生憎、俺は憑依される気など微塵も無い為、思いっきり抵抗させてもらう。それどころか返り討ちにしてやる。
「実力だけでなく威勢も充分あるようだな、『シューティング・スター』」
「!」
覆面男が何故か自分に向かって不名誉な渾名を呼んだ事に、俺は思わず驚愕を露わにした。
どういう事だ、何故俺の事を知っている? それにあの渾名を知ってるのは一高の生徒、そして留学生のリーナで……っ。もしかしてコイツ……。
俺が虚を突かれた事で、覆面男は隙有りと言わんばかりに、凄まじいスピードで急接近しながら手にしてるナイフを振り翳そうとする。
普通の人間なら一瞬で終わるだろうが――
「遅い」
「がっ!」
超スピードで相手の攻撃を簡単に躱した俺は、相手の背後に回り込んで即座に回し蹴りを食らわせた。
予想外の反撃を受けた覆面男はその衝撃で吹っ飛ぶも、すぐに体勢を整えようとバク転し、上手く両足で地面に着地する。
「ば、バカな!? 躱しただけでなく、軌道屈折術式を展開してる私に攻撃を当てるなど……!」
まるで信じられないかのように驚愕の声を出している覆面男。
相手が魔法を展開しているのは分かっていたから、俺の脚に
どうやら相手が人外の存在でも充分に通用するようだ。となれば、光の槍に関する光弾も相応のダメージを与えられると見ていいだろう。
「貴様、一体何者だ!? ただの人間ではあるまい!」
痛みに耐えながらも俺の事を『君』と呼んでいた覆面男は、余裕が無くなったみたいで『貴様』に変わっていた。
「さぁな。少なくとも、俺はお前のような変質者じゃない」
「ほざけ!」
俺の軽口に激高した覆面男は、コートの中に隠し持っていた四本のナイフを投げつけた。
ただ投擲しただけじゃないようだ。それぞれのナイフがまるで意思を持つように散らばっていき、俺を囲むように向かってくる。恐らく移動術式による魔法で遠隔操作していると言ったところか。
並みの魔法師だと一つのナイフを操るだけでも相応の集中力を要する筈だが、覆面男は四本のナイフを簡単に操作していた。その時点でヤツは相応の実力を持った魔法師と言う事になる。もしくはパラサイトによる寄生で魔法力が強化されていると言う可能性もあるだろうが。
しかし、そんなものは
軽く上げた右手でパチンと鳴らした瞬間、俺の両腕両脚に刺す寸前だった四本のナイフが爆発する。
「何だと!?」
俺が翻弄されて動けないと勘違いして勝利を確信していたみたいだが、全てのナイフをあっさり壊された事で再び驚愕の声を出していた。
完全に動揺してる相手を余所に、今度は此方も反撃をしようと、即座に左手の人差し指を相手に向ける。その瞬間、その指から高速の光線が発射される。
「ぐぁっ!」
覆面男はチョッとばかり本気を出した俺の光線――『キルビーム』の速さを捉え切れなかったみたいで、ヤツの右肩に命中し貫いた。
突然の痛みが襲い掛かった事で、覆面男は左手で自身の右肩を押さえようとする。
「何故だ!?
ほう。以前の私、ねぇ。
やはりヤツはパラサイトに寄生された事によって人格も変質しているな。明らかに別人のように言い切っている。
あの覆面男はレオを襲った犯人ではないが、それとは別に色々調べる必要がありそうだ。その前にヤツの意識を奪わなければいけないが、それも時間の問題だった。
「一応訊いておくが、まだ続けるか?」
「くっ、私だけでは分が悪過ぎる……!」
そう言って覆面男は完全不利と悟って逃走を図ろうとするも――
「っ! な、何だ、身体が……!」
突如、ヤツはガクンと体勢を崩して両膝を地面に付けた。それどころか身体をまともに動かせなくなっていく一方だ。
言うまでもないのだが、さっき当てたキルビームは
「どうした? 急に動けなくなったみたいだが」
「き、貴様……さっきの、魔法は、一体……」
技のタネを教える気など毛頭無い俺だが、向こうは気付いたようだ。動けなくなった原因は、さっきの
だがもう遅い。覆面男は動けなくなったどころか、意識も完全に失い、うつ伏せとなって倒れた。
思っていた以上に呆気ない終わり方だが、ソレで済めば越した事はない。無駄に長引いて、真由美たち十師族や、今も渋谷を歩き回ってるエリカと幹比古に気付かれたら面倒な事になってしまう。
取り敢えず覆面男が
さっさと済ませる為に、俺は先ずヤツの帽子と覆面を取る為に手を伸ばそうと――
「動くな!」
「そこで何をしている!?」
直後、女性二人の声がして、明らかに俺に向かって叫んでいた。
邪魔が入ったかと内心舌打ちをしながら、伸ばしていた手を一旦止めて、声が聞こえた方へ振り向く。
私服姿の若い女性二人が俺を挟むように立っている。揃って夜遊びに興じる格好をしているが、銃口をこちらに向けてる時点で、ただの一般女性じゃない事が丸分かりだった。
けれど、この覆面男の仲間ではなさそうだ。この二人にはヤツから感じる邪念も同然の
「……逆に問いますが、お姉さん達こそ何者なんですか? そんな格好で銃を持ってるって、明らかに婦警さんじゃないですよね?」
「我々は私服警官だ」
「それより此方の質問に答えろ。君は此処で一体何をしていた? 通報者から騒ぎがあると聞いて、急いで駆け付けて来たのだが」
抵抗の意思を見せないように両手を上げながら問うと、向こうはすぐに返答してきた。
あたかも自分達は怪しい者じゃないと主張している二人だが、
「お姉さん達、もっとマシな嘘を吐く事だな」
「嘘ではない。我々は正真正銘の――」
「知らないのですか? 日本の警察官が所持する拳銃には、サイレンサーを付けてはいけない規則になっているのを」
「!」
この世界の警察の詳細な規則については知らないが、少なくとも日本の警察は対象を逮捕する際にサイレンサー付きの拳銃を使ったりしない。発砲は勿論するが、主に相手を威嚇する為に使うのが目的だ。音と威力を突き付ける為の威嚇射撃をするのが前提となっている。
だが、この女性達は、明らかに発砲を前提としてるようにサイレンサー付きの拳銃を俺に向けている。もし仮に本物の婦警であればサイレンサーを外す筈だ。
嘘を吐いてる事を証明する為に、俺が彼女達の持ってる銃について指摘した途端、向こうは思い出したかのようにハッとした。
「加えて、この施設は現在閉鎖されている時間帯ですから、この場にいる俺達を除いて今は誰もいない。大きな音を立ててないのに、誰かが通報するなんておかしいでしょう。にも拘わらず、お姉さん達が此処へ来たって事は、何らかの手段を使って俺達を発見し、適当な理由を付けて拘束する……と言ったところでしょう。どこか間違ってるなら、遠慮なく指摘して下さい」
「「…………………」」
俺の推理に女性達は何も言い返せない様子だった。恐らく図星なのだろう。
この二人の素性は未だに分からないが、魔法師である事は判明している。彼女達が持っている拳銃は明らかにCADであるから。
「ならば仕方ない!」
演じる事を止めた背後の女性がCADらしき物を取り出した途端、ガラスを引っ搔いたような無音のノイズを俺に浴びせた。
「これは……」
「無駄だ。このノイズを受けている以上、君はもうCADを使う事は出来ない」
先程まで感情があった喋り方から一変して、今度は無機質な口調となった。
「そこに倒れている者の事も含め、此処で起きていた事を全て話してもらおう。素直に教えてくれれば危害は加えない」
逆に言えば、嘘を言った瞬間に危害を加えるようだ。それを躊躇いなくやろうとするって事は、この女性達は明らかに普通じゃない。まるで軍人みたいだな。
別に教えても良いんだけど、未だに正体が判明してない相手に教える気は毛頭無かった。こんな一方的に教えろと上から目線で言ってくる相手には猶更に、な。
一先ず、この鬱陶しいノイズをどうにかしよう。俺には全く無意味な物であっても、こんな不快なモノをいつまでも聞きたくはない。
「動くな!」
「それ以上動けば撃つぞ!」
「どうぞご自由に」
動いた瞬間、警告してくる女性二人に俺が挑発する様に言い返したと同時に二発の銃声が鳴った。と言っても、サイレンサーによって静粛化された発射音だが。
「「………?」」
「どうしました? 当たってませんよ」
撃った筈なのに当たってない事で疑問を抱く女性二人に対し、何ともないように言い返す俺。
照準が外れたと思ったのか、今度は連続で撃って来た。
「そんな!」
「何故当たらない!?」
確実に当てるよう撃ってる筈が、俺の身体に全く当たらない事で信じられないように叫ぶ女性二人。
「もう撃ち終わりですか?」
銃声が止んだ為に俺が問うも、向こうはそれに答えようとしなかった。
なので当たらなかった理由を教える為に、俺が二人に向けて握り締めてる手を開いた瞬間、銃弾と思わしき物がパラパラと落ちていく。
「「!?」」
身体に当たらなかったのではなく、俺が手で受け止めていたと分かった女性二人は、驚愕の声を出していた。
「バカな! 魔法は一切使っていなかった筈だぞ!」
「まさか、そこのデーモス・セカンドのようにキャスト・ジャマーが効かないのか!?」
何やら興味深い単語が聞こえたが、取り敢えずさっさと倒すとしよう。
「隙だらけですよ、お姉さん達!」
「「うぁっ!」」
開いた両手を女性二人に向けていた俺は、即座に遠当てを発動させた。
魔法じゃない見えない衝撃波が彼女達に襲い掛かり、直撃した事で軽く吹っ飛び、そして仰向けに倒れた。
女性達は起き上がる事が出来ないどころか気を失っている。チョッとばかり力を込めた他、当たり所が悪かったかもしれないが、起き上がっても多少の痛みが残る程度だ。
何者なのかは気になるが、取り敢えず後回しだ。今はさっさと気絶中の覆面男、改めデーモス・セカンドとか言う奴の情報を頂かないと。
そう思いながら、改めてヤツの方へ意識を向けて、もう一度帽子と覆面を取る為に――
「って、またかよ!」
腕を伸ばすも、突如四本の短剣が凄まじいスピードで飛んできて、俺に襲い掛かろうとしていた。
いきなりの事だったので、超スピードを使わず回避する為に後方へ跳躍する。
飛んで来た短剣は地面に刺さる寸前、ほんのすれすれで反転して、そのまま俺の方へと追跡していく。
「ちっ!」
どうやら相手は覆面男以上に操る事が出来る魔法師のようだ。
舌打ちをしながら、オーラを薄く纏った俺の右手刀は、此方へ向かってくる短剣を全て叩き落した。当てた瞬間、付与されていた術式もキャンセルさせたから、これでもう術者が操る事は出来ない。
一体誰の仕業だと思いながら短剣が来た方向へ向けると、仮面を付けた女が現れる。
「……リアス?」
俺は思わず小声で呟いてしまった。そうするのには理由がある。
尤も、似ているのは髪色だけだ。仮面をしていても人相が全く違う。
俺が知ってるリアスは、気品と愛情を兼ね備えた優しい眼をしていた。あんな敵を射抜くようなギラギラした目なんかじゃない。
とまあ、今は
顔や髪はともかく、首から下は分厚い服に包まれていた。一般人じゃないのが一目で分かる。同時に彼女が持っている拳銃は、さっき倒した女性二人と同型の物だ。恐らく彼女達の仲間かもしれない。
すると、仮面の女は自分の近くにいる気絶中の覆面男へ視線を向けた。まだ死んでおらず、ピクピクと身体を動かしたのを見た直後、いきなり拳銃をヤツに向けた。
「お、おい待て!」
俺が止めろと言おうとするも、向こうはお構いなしに銃弾を放ち、覆面男の背中に命中させた。その瞬間、ヤツのオーラが消えた事で絶命する。
「何て事を……!」
折角の情報源である覆面男が死んだ。その為にヤツから情報を得る事が出来なくなってしまった。
相手の頭の中を探る
「おい、何も止めを刺す必要は――」
「彼女達をやったのは貴様か?」
俺が言ってる最中、仮面の女はまるで聞いてないように、さっき俺が遠当てで吹き飛ばした女性二人を見た後、横柄な態度で訊ねてきた。
敵と思われる相手に言っても無駄だと思うが、人の話は最後まで聞けっての。
さて、どうするか。
仮面の女は明らかに女性二人の仲間と思って良いだろう。同時に覆面男を平然と殺したのは、敵対してる関係と見ていい。
ついさっき俺が彼女達を倒してしまったから、ここで素直に答えれば向こうは容赦なく俺に襲い掛かるのが目に見えてる。と言ってもあの女の様子からして、どう返答しても襲ってくるかもしれないが。
それとは別に、仮面の女から感じるオーラに妙な違和感がある。まるで外見だけを偽っているような、余りにも不自然過ぎるオーラだ。まるで変装してるんじゃないかと考えてしまう。
「答えないのであれば――」
仮面の女が最後通告をしながら俺に銃口を向けると、不意に誰かが割って入って来た。
今度は俺じゃなく仮面の女の方で、街路樹の影から電撃が放たれる。
仮面の女が此処に来る前から、誰かが隠れていたのは既に分かっていた。覆面男から情報を抜き取った後、一瞬で隠れてるヤツの背後を取って気絶させる予定で今まで放置していたのだ。
「不味い!」
しかし、仮面の女は全く気付いてなかったみたいで、電撃が襲い掛かろうとしていた。
咄嗟に助けようとするも、電撃は彼女の身体に届く事なく消滅。
どうやら反射的に領域干渉を展開していたようだ。それによって隠れていたヤツの魔法を無効化されたってところか。
改めて電撃を放った犯人の方へ向けると、そいつはレオが話した覆面女だった。特徴が一致してるから、俺が捜していたヤツに間違いない!
だが、仮面の女も用があるみたいだ。逃走したヤツを見た途端、真っ先に追いかけようとしている。
恐らく覆面女を殺す気だろう。さっき覆面男を容赦なく殺したのだから、同じ仲間であるもう一人を殺す事に、何の躊躇いも無く殺すと断言出来る。
これ以上邪魔されてたまるかと、俺は仮面の女を阻止する為に超スピードを使い、一瞬で彼女の懐に接近する。
「なっ!」
「悪いが手は出さないで貰おう」
戸惑う仮面の女を余所に、俺は手に収束していた光弾を相手の腹部に当てた。その直後、光弾は凄まじい勢いで彼女ごと突進する。
「がはっ!」
突進していく光弾の先には大木があり、それが背中に激突した仮面の女から空気を吐き出すような声を出していた。その直後に光弾は消えていく。
光弾と大木。その二つの衝撃が同時に腹部と背中を受けた事で彼女はそのままズルズルと落ちて気を失う。
「少しの間、そこで寝てろ」
邪魔された恨みを晴らした俺は、覆面女を追跡する為に、超スピードを使って姿を消した。
「くっ……逃がさ、ない……!」
だが、俺は気付かなかった。仮面の女が既に意識を取り戻していた事に。
パラサイト一名、スターダスト二名、そしてアンジー・シリウスとの三連戦でした。
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